DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

23 / 31
シャザム:The Sigh of the Six

 

 

フォーセットシティ――今の先進国では珍しい高い出生率を持つ街であり、

多くの子どもたちが暮らしている都市。

ビリー・バットソンも面倒な学校の授業を終えて、

学友であり身内のフレディと一緒に下校をしていた。

 

「お前も何かチームに入んないの?」

 

松葉杖をつくフレディが、歩調を合わせて並ぶビリーに尋ねた。

帰りの雑貨屋でドリトスを買い、大口を開けて頬張っていたビリーが、

スナックをフレディに差し出した。

 

「ジャスティスリーグに入ってたじゃん」

 

「インターナショナルにもな」

 

「そっちはやめろ!」

 

ビリーが声を荒げて菓子袋を取り戻した。

ジャスティスリーグ・インターナショナルに

在籍していたことは確かにあるが、

あそこはアホとボンクラの異常空間が渦巻く恐るべきチームだ。

 

在籍した期間は短く、どうにも力不足を感じて自ら脱退を申し出たが、

やめてしばらく経って気づいた。

あのチームにいると、叡智を司るソロモンの力が麻痺していたのだ。

麻痺、それは無力よりも恐ろしい。

力が使えないのではなく、使えないことに気づくことすらできない。

 

「でもよぉ、俺は羨ましいぜ?

 ジャスティスリーグっていやあ、どっちもセクシーな女性ばっかじゃん」

 

「つーかお前だって昔はティーンタイタンズにいただろ」

 

「わかっちゃいないねえ、ビリーくん。

 こういうのは年上じゃないと意味ないわけよ」

 

「お前、そんなことばっか言ってるとマリーにドヤされるぞ」

 

ビリーが呆れていると、交差点に差し掛かり、

赤信号だったので立ち止まった。

道路を挟んだ向こう側では、親子が動物園に向かっている。

 

「ちょっとトーニーに会ってくるわ」

 

「俺も行こうか?」

 

「いいよ、もうすぐテストだろ。帰って勉強しとけよ」

 

「テストはお前もだろ」

 

「まあ……そりゃそうだけど……

 いざとなったらこっそりアレをやるわ」

 

ビリーが悪い笑顔を浮かべて、

手でSの字を作った。

 

「うっわあ、お前ヴィランになるぜ」

 

「言ってろよ、じゃあな」

 

もちろんSの字はスーパーマンのことではない。

ビリーには6柱の神が力を行使することができる。

ソロモンの叡智を利用すれば、テストだろうとお茶の子さいさい。

100点はいくらなんでもやりすぎとしても、

マリーに叱られないくらいの点数を取ればいい。

 

以前、スーパーマンは、彼が子どもの時は

力を悪用しないようにしていたと語ったが、

ビリーにはよくわからない考え方だ。

運良く持てた力なのだから、程々に楽しむために使った方が得ではないか。

 

フレディと別れて動物園に向かいながら、

ビリーはつらつらとそんなことを考えていた。

 

「おらぁっ、金出せや、コラ!」

 

「や、やめてください……」

 

怯える女性の声と、荒々しく恫喝する男の声が聞こえた。

建物と建物の間を見ると、

女性からハンドバッグを奪い取ったモヒカン頭の男が出てくるところだった。

 

「あぁっ!? なに見てんだ、ガキが!」

 

ビリーの顔に唾がかかり、

女物のショルダーバッグを乱暴に振って強盗が去っていく。

チンピラの威圧感に周囲の人々が道を開けていき、

ビリーがひと目に付かない場所を探した。

 

「おっ、いいの見っけ」

 

ちょうどホームレスがダンボールで作った家が見つかり、

家主は出ているようで、陰に隠れた。

 

意識を集中させ、胸が高揚する。

ヒーローでいるのは好きだ。

子どもの短い手足じゃなくて、

大人の、どこまでも行けて大きい手足になれる。

 

深呼吸してビリーはいつもの6文字を叫んだ。

 

「SHA――」

 

だが首がチクリとしたと思いきや、

声が出ずに地面がビリーに迫ってくる。

慌てて大地から離れようとするも上手くいかず。

 

黒服の足がいくつもビリーへやってくるのだけが見えて、

意識が途切れた。

 

 

########

 

「起きなさい、ビリー・バットソン」

 

冷たく、高圧的で余裕のない女の声でビリーの目が覚めた。

冷血な取調室が、起きたビリーを取り囲んでいる。

扉の前には小銃を下げた兵士が立っていて、

目の前には太った黒人女性のアマンダ・ウォーラーがいた。

 

寝ぼけて覚醒しきっていない意識を揺さぶって、ビリーは尋ねた。

 

「食いもんない?」

 

「貴方に任務があるわ、ビリー・バットソン。

 いえ……シャザムと言うべきかしら」

 

「いきなり言うことかよ?

 こっちはテスト勉強を頑張っていたところだぞ。

 チーズバーガー3個を持ってこねえと話す気にはならねえぞ、コラ」

 

ありったけすごんでみたが、

女は少しも動じず、ビリーを羽虫のように観察していた。

 

「すでに持ってきているわ」

 

見張りの兵に合図をすると、チーズバーガーがビリーの前に現れた。

手錠の鍵が外されて、自由になった手で、すぐにチーズバーガーにありついた。

ハンバーガーをどこが作っているのかは大して興味がないが、

味わいから察するにケンタッキー・フライド・チキンだと判断できた。

 

ケンタッキー・フライド・チキン、

略してKFCは世界の頂点に立つとされているハンバーガー店だ。

チェーン店だが、作るハンバーガーのクオリティは

個人営業の高級バーガー店に匹敵するとされ、

世界で一番、チェーン店から抜きん出たクオリティを持つ

バーガーチェーンと評価されている。

 

「うーん、やっぱ超ウメえな。

 それで何だよ、下手なこと言ったら

 今すぐSHAZAMっちまうから覚悟しろよな」

 

口の端に付いた溶けたチーズを親指で取り、食べた。

 

「貴方の宿敵、ブラックアダムがカーンダックを

 統治しているのは知っているわね?」

 

「知ってるけど、俺が帰らなかったら

 俺の身内がどうするか知ってんだろうな。

 めっちゃ心配するし、俺も今すぐSHAZAMって脱走すんぞ」

 

目の前の学校の先生より何倍も威圧感がある女を睨みつける。

正直言うと、けっこう怖い。

いわゆる不良なんかじゃ足元の蟻にしかならないプレッシャーを

ウォーラーは持っている。

 

ビリーの虚勢も歴戦練磨のウォーラーには屁でもないらしく、

特に効いた様子もなく、滔々と要求を告げた。

 

「貴方の家族には適当に言いくるめておいたわ。

 フレディやマリーに口裏を合わせるように頼んである。

 そして、貴方が要求を拒んだら……バスケス一家は困った立場になる」

 

「このクソババア……偉いからって偉ぶってりゃ

 ラクショーと思ってんじゃねえだろうな!?」

 

バスケス一家の名を出されて、頭にみるみる血が登ったビリーが

例の”6文字”を口ずさもうとするが、ウォーラーに直接口を塞がれてしまう。

 

「貴方にはほんの数日、ブラックアダムの様子を見て、報告してもらいたいだけよ。

 心配しなくても危険性はないし、特別に悩んでいるテストの回答を見せてもいいわ。

 旅費はA.R.G.U.S.が全額負担するし、

 万が一、テストが受けられなくても追試を受けられるようにする。

 私達はお抱えの生徒を立ち食いそば屋で

 全乗せトッピングもできない苦学生にするほど冷酷じゃない」

 

「……何の話?」

 

「こちらの話よ。それで答えは?」

 

ビリーは正直、悩んだ。

ブラックアダムとはまがりなりにも殺し合った仲であるし、

彼がカーンダックで復活したというのも知っている。

おまけに海外旅行は一度やってみたかったので、

旅費を負担してもらえるのは嬉しい。

 

だがアマンダ・ウォーラーの、

こちらの感情を無視するやりくちにはムカついている。

 

無理矢理にでもSHAZAMってしまおうかと悩んでいるところに、

アマンダが最後の後押しをした。

 

「カーンダックのKFCは一味違うそうよ」

 

「マジで? じゃあ行ってみるわ」

 

 

#########

 

シャザムとなり、ビリー・バットソンは雲一つない空を飛ぶ。

アメリカと中東の違いは何かと聞かれたら、それは空の青さだ。

湿度が段違いなことから生み出される雲という不純物のない空の青さは、

シャザムとなって公私問わず

様々な空を飛んだビリーにとって最もお気に入りであった。

 

カーンダック。独裁者をブラックアダムが殺害し、王位に就いたことで

一躍、先進国に登りつめようとしているとかなんとかで、

近年、ニュースでやたらと流れている国だ。

普段なら、ミルクに溶けたシリアルの歯ごたえの方がよっぽど身近な問題だが、

直接戦った間柄としてビリーもそこそこに注目していた。

 

一緒に戦った他の5人の感想は

「なにも殺すことないじゃない!」

「いいんじゃねえの? プラマイだとプラスだよな」

「ブラックアダムが王様ならビリーも王様になれるってこと!?」

「それよりこの前、カーネル・サンダースに会ったよ」

「国連の出方が気になるところだよね」

と、様々だったが、ビリーの関心はただ一つだった。

 

それは”サインってオークションで高値販売できるんじゃね?”という一点だ。

 

一般人を虐めているという声は聞かず、

むしろ評価は上々なのがブラックアダムだ。

 

アメリカでも嫌われているとまではいかないし、

彼のサインを横流しすればかなりの値段で売れるに違いない。

殺し合った間柄というのが大きな障害だが、

ブラックアダムとそういう関係になってしまったのは

ビリーとしても大変に残念な結果となっているし、

話せばサインしてくれるだろう。

 

それを売ればビリーどころかバスケス一家は向こう1,000年、金に困らないはずだ。

有名人が触るものって何でも高値のはずだし。

 

「これで俺もニンテンドーSwitchゲット間違いなしだよなあ!」

 

来る金持ちの未来に胸をときめかせたシャザムの下に、

カーンダックの国土が見えてきた。

シャザムの6文字とは

ソロモンの知恵、ヘラクレスの剛力、アトラスのスタミナ、

ゼウスの全能、アキレスの勇気、マーキュリーの神速であり、

クリプトン星人が地球で持つような超聴力は持てないが、

見た感じでは大変に景気が良いのがわかる。

 

カーンダックの通貨はたんまりもらったし、

Googleでオススメのグルメはリサーチ済みだ。

まずは腹ごしらえをすべきだろうと考えたシャザムは地上に降下した。

 

だがそんなシャザムを雷光纏った黒影が殴りかかってきた。

速く、強く、重い。

シャザムにとってはめったに食らうことがないダメージだ。

200mも後退し、反射的に防御していた腕を下ろす。

 

すると上空から幾百もの雷槌がシャザムを狙って降り注いでくる。

逃げ場がなく、シャザムにしてもヘルメスの俊足では無理だ。

 

「SHAZAM!!」

 

シャザムは両手に魔雷の防御壁を発生させ、

雷の飛来にぶつける。

衝突する雷は同色であり、同質。

 

スピードフォースの雷光は黄色、青、黒と階位を上げていくが、

この雷にはレベルといったものは存在しない。

最強の魔術による雷は上がりも下がりもしないからだ。

 

「何をしに来た?」

 

襲う雷を防いだシャザムの前に黒い人影が立っている。

冷静であり、威厳に満ちた声の持ち主、ブラックアダムだ。

そこから一歩でも動けば容赦はしないという意志がこめられていた。

 

「遊びに来たよ。美味いものとか食べたい」

 

「……そうか、ならまずは入国手続きをだな」

 

「面倒だからやだ」

 

お役所仕事の気配を敏感に察知したシャザムが無視して無理に入国しようとした。

だが、先回りされ、背骨を殴られて地面に落下し、

グルメの代わりに土が口に入ってきた。

 

「うぉっ、マズっ!」

 

砂と小石を吐き出したシャザムが口元を拭い、

ブラックアダムへと拳を突き出した。

だがそれよりも速く相手のパンチが胸に突き刺さる。

攻撃が読まれ、苦し紛れに前方へ雷を放つと運良く当たり、

ブラックアダムの攻撃が止まった。

 

その頬に張り手をし、カウンターでシャザムの横腹に強烈なパンチが直撃した。

たまらず膝を折ったシャザムの胸ぐらを掴み、ブラックアダムが持ち上げる。

 

「絶好調だな。でもお前がやる気だって言うなら俺も隠された真の力ってのをだな」

 

「獅子は兎を狩るのに全力を尽くすが、

 私はお前にはそれなりの対応をするのみだ」

 

「優しいこと言ってくれるじゃねえの。改心でもしたか?

 いきなり攻撃してきやがって」

 

「お前に殺されて以来、私も色々と学んだ」

 

それは皮肉なのか? シャザムは内心で葛藤したが、

ブラックアダム本人は腕組みをしている。

恐らくは、事実を語っただけだろうと判断したシャザムは少し、砕けてみることにした。

 

「マジでぇ? いやあ、良かったよ!

 俺たち、あんなことになっちゃったじゃん?

 でもぶっちゃけ結構、後悔しててさあ!

 お前が死んじゃったの残念だったんだよねえ!」

 

ブラックアダムは一向に、態度を崩さない。

これにはシャザムも焦燥が激しくなってきた。

気まずい、かつて殺し合った間柄というのはなんと気まずいのだ。

 

「とりあえずサイン貰っていい?」

 

「駄目だ。私にはまだわからないが、

 ああいうのは気軽に書いては価値が下がるらしい。

 だが明後日にはサイン会を開くから、

 一参加者としてならサインをしてやらんでもないぞ」

 

「それって複数でもいいの? 家族分、持って帰ってやりたいんだけど」

 

「何故にお前の家族が私のサインを欲しがるというのだ。

 ごまかす必要はない。換金したいのだろう。

 お前の家庭の経済事情は把握しているが……

 ひとり、一枚と決まっている。それで我慢してもらおう」

 

「なんかケチくせえなあ~~」

 

「同感だが……私はお前と違って社会を知っている」

 

話をしている限りでは中々に良い感じなのではという感想を抱ける。

これは予想以上に観光に時間を割きつつ、適当なところで問題なしの報告をし、

人生初の海外旅行を終えられるのではないかと期待が持てた。

 

「それで、ここには何をしに来た? 本当のことを言え」

 

「頑張ってるって聞いたから見に来た」

 

「嘘をつけ。私も、お前の周辺の情報は集めている。

 もうすぐテストだろう。そんな時期にここには来るまい」

 

「実はアマンダ・ウォーラーに様子を見てこいって言われた。

 他の奴だと普通に殺されそうだって。

 でも俺は安心してっから気にすんなよな。なんか良い感じっぽいじゃん!」

 

暗雲が垂れこめた交渉をシャザムは慌てて取り繕った。

だがブラックアダムは言い訳は気にせずに、物思いにふけった。

 

「……まだ信頼を得るには足らないか」

 

「そうだけど、きっとみんな知らないからだよ。

 お前はよくやってると思うぜ、うん」

 

落ち込まれてはマズいと考えて肩に手を置き、シャザムは笑いかけた。

だが手を肩から外されてブラックアダムは素っ気なく答えた。

 

「勘違いするな。我々は未だに敵同士だ。

 お前が我が国で動くとなれば、その力を制限しない訳にはいかない」

 

「どういうこと?」

 

「我々はロック・オブ・エタニティの力を借りることで

 他者のSHAZAMの力へのアクセスを制限できる。

 私は知恵と魔術の神ジェフティ(トート)の知識と

 太陽神アトンの神通力を応用すれば、

 同じことを短期間だが成せるわけだ」

 

「マジか。なんか便利すぎねえか、それ」

 

「お前にしか使うことがないのだから、そうでもないだろう」

 

シャザムはソロモンの知恵、ヘラクレスの剛力、

アトラスのスタミナ、ゼウスの全能、アキレスの勇気、マーキュリーの神速

の6柱神の力を駆使している。

 

ブラックアダムは大気の神シュのスタミナ、天空の神ホルスの俊敏性、

太陽神アモンの怪力、知恵と魔術の神ジェフティの知識、

太陽神アトンの神通力、太陽神の船を守護する神メヘンの勇気を司る。

 

どちらが上かはわからないが、どちらがヒーローチックかは知っている。

圧倒的にブラックアダムが行使する神々の力のほうがヒーロー的だ。

シャザムの剛力に相当するヘラクレスはかつてアマゾネスを虐げた最低最悪の暴君だし、

全能のゼウスはギリシャ神話においてあらゆる女性の尊厳を踏みにじるクソ野郎。

これはSHAZAMの3分の1はクズで出来ているということにほかならない。

 

シャザムの力に興味があったビリーは

ワンダーウーマンに聞いてそれらのことを知ったが、

まさか自分よりもブラックアダムの方が神パワーにおいて高打率だとは思いもしなかった。

 

「お前、けっこうスゴイことできんのな。

 べつに良いけどさあ。今からでも神様を交換する気ないかな?」

 

「断る。私が言うことではないが、自分が使う神の力には尊厳を持っておけ」

 

「そういうのはクジ運が良いから言えるんだよ。

 まあ、いいや。制限するならしていいぞ」

 

「もっと考えるべきではないか? お前の力の源だぞ」

 

「クズの力なんて知ったこっちゃねえよ。ほら、やれやれ。俺もう腹減ってきたわ」

 

予想外の反応なのか、制限をかけるブラックアダムの方が渋い顔をしている。

ビリーには未知のことだが、他者にとっては神々の力というのはそれなりに重要らしい。

真に重視すべきは神の力ではなく、誰の力を使うかということな気がするのだが、

どうやらブラックアダムはそうは思わないらしい。

 

納得いかない口調でブラックアダムはシャザムの口を抑えた。

 

「私はお前の私生活をスパイを使って事細かに把握しているからな。

 制限はパスワードを介してであり、

 お前が”絶対に言わないこと”を口ずさめばすぐさま解ける。

 良いか、絶対に言いそうにないことだからな。私はお前のデータを把握している」

 

「いいから早く」

 

「了解した――――――SHAZAM!!」

 

シャザムに豪雷が降り注ぎ、全身に漲っていた力が奪われる。

残った少年、ビリーはいつもの体と知恵のみを持ち、広大な中東にぽつんと立つハメになった。

 

「これからどうする?」

 

「美味い飯屋へ行きたいわ」

 

「そうか。我が国も昨今は他文化の受け入れに貪欲だ。

 カーンダックのKFCもできたから、興味があるなら食べてみると良い」

 

「真っ先にKFCって感じじゃないんだよな~~。

 実はここに来る前にケンタッキーのバーガー食っちゃったし」

 

「ならば、我が宮殿に来るか? 食事なら出すぞ」

 

「今、昼過ぎじゃん。そういうのって夕食に豪勢なのっつうイメージなんだよな」

 

「もう知らん。勝手に食べろ」

 

何でも不平を出すビリーに嫌気が差して、

ブラックアダムは飛び去っていった。

周囲にはサボテンと灼熱の陽射ししかない。少年が狼狽えた。

 

「待てよ! せめて街中に連れてってくれ!」

 

唾を吐いて叫んだビリーを、

黒い影がお情けに抱えてカーンダックに連れて行ってくれた。

 

突風を感じ、過ぎ去ったと思いきや前にはホテルが立っている。

一瞬で終わったカーンダック到着に、ビリーは空へと手を振った。

 

「サンキュー、アダム!!」

 

#########

 

天井扇風機が重低音をたてて回っている。

硬い安宿のベッドに寝っ転がり、開けっ放しの窓から入ってくる風を浴びていた。

なんとなく、アマンダから借りたスマートフォンを弄って

内蔵のミニゲームをプレイしているが、あれやこれやと操作しても

あまり楽しいとは思えない。

 

適当にゲームを購入するにもロックがかかっており、

にっちもさっちもいかなくなってきた。

ならば外に出て暇つぶしをすればいいのではと思うところだが、

ビリーの予想以上に赤道付近の国は外に出ると暑い。

 

建物の中では、場合によってはアメリカの夏よりも過ごしやすいが、

外に出れば太陽光が肌を貫き、全身から水分を搾り取っていく。

これには現代っ子で大して健康的な生活をしていないビリーには堪えた。

 

「飽きた」

 

そう独りごち、電池がなくなってきたスマートフォンをポケットにしまう。

窓から外に腕を伸ばしてみると、まだ日光がヤケドしそうに熱い。

どうすべきかとビリーは迷った。

 

ブラックアダムは大丈夫そうなので観光して適当に報告しようかと考えているのだが、

この暑さは如何ともしがたい。

だが初めての海外宿泊なのだから観光はしてみたい。

 

「あれ?」

 

窓の向こうにある灼熱の空に黒い人影が浮かんでいる。

ブラックアダムが地上を見渡して、こことは反対の場所に降りていく。

 

「いい加減、外に出たらどうだ」

 

「うぉっ!?」

 

背後からブラックアダムに声をかけられ、

飛び上がりそうなほどに驚いた。

腕組みをしたブラックアダムが呆れたようにビリーを見ている。

まさかここまで走ってきたのだろうか。

ブラックアダムの脚力なら簡単だろうが、意味不明なことをする奴だ。

 

「ここっていつ涼しくなんの?」

 

「夜」

 

「じゃあそれまでゴロゴロしているわ」

 

「もうすぐ試験だろう。雑にやれとは言わないが早く帰って勉強しろ」

 

「この際、試験すっぽかそうと思ってさ。

 アマンダのババアが良い感じにとりなしてくれるだろ」

 

「ダメだ。子供の本分は学業にある。

 もしもテストの日までにレポートを書けないのなら

 こちらで用意したものを持っていってもらう。

 試験は受けろ。教育を受けられるというのは素晴らしいことだ。

 ……お前の養親を失望させるな。お前はともかく彼らは尊敬に値する人物だ」

 

「っ! そんなんわかってるよ。お前は俺の何なんだよ!?」

 

養親のことを話題に出され、

ビリーの内にある罪悪感が痛んだ。

それを知っているだろうが、アダムは平然と答えた。

 

「世間が言うにはシャザムの宿敵らしい。

 そうだな、ならば私の調査に同行するか?」

 

「なにそれ!」

 

ようやく興味を引く発言が出てきてビリーが目を輝かせた。

 

「最近、我が民の気性が無駄に攻撃的になっており、小競り合いも増えている。

 ただの喧嘩だというならかまわないが、一昨日は大規模な暴動が起きた。

 警察に任せてもいるが、私としても原因を突き止めたい」

 

「なるほどねぇ」

 

少年は指を鳴らして不敵に笑った。

 

「面白そうじゃん」

 

#######

「ブラックアダム様がいらっしゃった!!」

 

「アダム様! 我らが王! 我らの救い手!」

 

ブラックアダム、カーンダックの王である彼は、民に非常に慕われている統治者だ。

独裁者を殺して玉座に就いた彼は、瞬く間に与していた組織の高官も処刑し、抵抗を続けていたレジスタンスを取り立てて役職に就けている。

 

その鮮やかな手並みは強硬であり、その上で迅速に適切な解を導いてきた。

ジェフティの知識と知恵を用いて石油を掘り当て、カーンダックを一躍、豊かな国にも押し上げた。

ブラックアダムは事あるごとに自らをヒーローと称しているが、人々は彼を救世主と讃えている。

 

「ずいぶんと人気があるな」

 

「お前たちではできないことをやったからだ。

 いや、やろうとしないことと言うべきか。

 ヒーローからの評価が芳しくないことは知っている。

 だがこの国は我が故郷であり、救いたかったそのものだ」

 

ブラックアダムを慕い、引き寄せられる人々。それぞれと握手をし、短い会話を交わしている。

 

「ブラックアダム様! 貴方の加護のお陰で妻に無事、子供が生まれました」

 

「しばらくは妻を支えてやれ」

 

「貴方様の助言によって研究が進みました!」

 

「期待しているぞ」

 

こういった光景はスーパーマンと一緒に行動している時によく見かけた。

世界最高のヒーローと名高いスーパーマンは、ほんの少し話しただけの警察官や消防士、市民の名前を決して忘れずに記憶していた。

 

「仕事柄、人の顔と名前は忘れないんだ」とスーパーマンは言っていたが、シャザムはソロモンの叡智を持ってしても公式を覚えるのが大変に面倒であり、教師の名前も覚えたくなかった。

 

「スゴイな」

 

「何がだ」

 

「気づいてないならいいよ」

 

ビリーに力を渡した魔翁はブラックアダムにヒーローの資格なしと判断したが、彼の所業を知っていても、今この時の人々への振る舞いを見るとわからなくなってくる。

あのジジイもすっかりボケて偏屈だから、老人の癇癪と言えばそれまでだが。

 

「なんていうか、あの時はごめんな。やり過ぎたかもしれない」

 

ブラックアダムはじろりとビリーを横目で睨み、聞こえていないふりをした。

 

「ここで争いが起きた」

 

「けが人は?」

 

ブラックアダムに導かれて着いた場所は、駅前のひらけた道路だ。

カフェがあり、少し行けばショッピングモールもある。

テレビから流れるケンタッキー・フライド・チキンのCMがカフェから聴こえてくる。

 

「重傷者はいないのだが、不思議な話だ。

 目撃者によると腹から血を流した者を見かけたという。

 病院を調べても重傷者はおらず、行き倒れも見つからない」

 

「誰かが拉致してるってことか」

 

「それに、ここからは魔力の臭いがする」

 

アスファルトに染み付いた血を指でなぞり、嗅いでいる。

 

「魔法が絡んでるならいよいよ、俺もシャザムになって協力しようか?」

 

「駄目だ。お前が犯人だった可能性もある。

 勘違いしないでもらいたいが、お前と馴れ合うつもりは毛頭ない」

 

「バットマンみたいなことを言うね」

 

「外敵への対応は奴を規範としている」

 

ブラックアダムとの距離が縮まってきたと思えていたのだが、どうやらそれはこちらの早合点だったらしい。

わかってはいるが悲しいものだとビリーは内心、ため息をついた。

 

そうこうしていると街中から悲鳴が発生した。

カーンダック銀行から両腕に巨大なマシンアームを装着した巨漢が出てきた。

警官が銃を撃っているが、人体ほどに太いアームに阻まれてしまっている。

 

ビリーは迷わず走り出す。

観衆の注意はヴィランに向いているし、落ちる雷で視界も覆える。

こんな時はとっておきのアレを使えば楽勝だ。

お待ちかねのアクションタイムにビリーは胸を踊らせて叫んだ。

 

「SHAZAM!! ってダメなんだった、ええい!」

 

力を失っているのを忘れていたビリーだが足を止められず、ドクロのマスクをしたヴィランの前に躍り出た。

 

「やいやい! 何バカなことしてんだ、テメエ!

 ここはブラックアダムの国だぞ! 無謀なことをしてないで働け!」

 

「危ないから下がりなさい!」

 

警官に制止されたが、ビリーは聞く耳を持たない。

やらかしたことは自覚しているが、出てしまったものは引き下がれない。

 

「ほぉ、ガキの分際でこの骨破王たるボーンブラスター様に楯突く気か!」

 

「知るかボケナス!」

 

やぶれかぶれに蹴り上げた爪先がボーンブラスターの股間を強打した。

大人との喧嘩にはこれに限ると理解しているが、残念なことにボーンブラスターの股間はファールカップで防護されている。

 

少年の細い足を捕まれ逆さ吊りにされたビリーへ、ボーンブラスターはがなり立てる。

 

「この糞ガキが! 己の不埒を悔いて骨を砕かせるがいい!」

 

マシンアームが振動を起こし、ビリーの骨が絶叫を奏でた。

ビリーに当たるのを恐れて警官は手を出せず。

今にも骨が粉砕されるのが、本能で理解できる。

 

「そこまでだ」

 

振動が終わり、ビリーは頭から落下した。

相手が改心したのかと希望を持ったが、自身の足に敵のアームが腕ごとくっついているのを悟って青ざめた。

 

ボーンブラスターの腕が肩から千切り落とされ、肩を抑えた哀れなヴィランがみっともなく鼻水を垂らして泣き叫んだ。

 

「あぎゃあああ! テメエ、ぶっ壊してやる!」

 

無事な腕でブラックアダムに掴みかかるが、一般人では敵いもしない武装も世界最強の魔術師の前では紙くず同然だ。

真っ向からの腕力で機械の腕が握りつぶされ、上空高くへと放り投げられる。

 

「SHAZAM!」

 

パフォーマンスめいたかけ声で、多重並行世界の中央に座する魔巨岩の力による極大の雷槌がボーンブラスターを呑み込み、灰も消し去った。

 

雷というのには人の心を圧倒するモノがある。

轟音、光、大きさ、これらを使えば目の前で犯罪者が死んだ流れも、民衆にとっては神々の力を行使する誅殺になる。

 

6柱の神々の威力が示されたことで、人々は歓声に沸き立ち、口々にブラックアダムへの感謝と崇敬の言葉を口にする。

一般人の立場からヒーローへの称賛を観察するのは中々に新鮮なことだ。

 

ブラックアダムがやったことは、紛うことなき殺人だが、犯罪者を王が処刑することの是非はビリーにはわからない。

 

すっかり忘れ去られたビリーは、たまたま見つけたKFCに入った。

フォーセットシティと同じ空気に浸れて、心なしか落ち着いた気分になるが、客の多さは比べ物にならない。

列はすぐに縮まるが、並んでいるビリーの後ろにも次々と人が入ってくる。

 

フライドチキンを一本頼み、テイクアウトし、離れた場所からブラックアダムの事件後の対応が終わるのを待つことにした。

チキンを噛みちぎり、咀嚼してみると、みるみる酷い味が口の中に広がり、思わず吐いてしまう。

 

「なんだこの味……」

 

ケンタッキー・フライド・チキンと言えば子供にも優しいお値段で、達人級の訓練を受けたスタッフが、入念な研究を元に編み出したスパイスとレシピを元に絶品ファーストフードをお出しするチェーン店だ。

 

ファミリー向けのセットメニューも充実しており、ケンタッキー・フライド・チキンはバスケス一家も愛好している。

 

だがカーンダックのKFCと来たら、出るのは速く、値段もアメリカのものの十分の一でも味の方はと言うと、残飯を粘土にしてチキンの形にしたようなまずさだ。

 

KFCの低質なクオリティに戸惑っていたビリーだが、ブラックアダムの犯人退治に沸き立つ人々の群れから離れる少年が見えた。

不審に思ったビリーがマズいチキンを捨て、少年の後を付いていく。

 

深夜に動物園に忍び込んだりと、盗みはしないがいたずらはやってきているビリー・バットソンである。

尾行はスムーズに進み、工場の庭で特徴的な服装の男と密会しているのが見えた。

 

「あれは……KFCの制服?」

 

店の外だと言うのに制服を着たうつろな目の男が、少年となにやら話をしている。

もう少し近くで聴こうと茂みや木の裏を伝って二人へ接近していく。

 

あと5歩でも近づけばというところで枯れ木を踏んでしまい、乾いた音をたてた。

二人がこちらを振り返り、KFCの制服を着た男が懐からフライドチキンを取り出した。

凶器用のフライドチキンだろうと瞬時に見当をつけたビリーは、突進気味に相手を殴り飛ばす。

相手が振ったチキンの先端で頬が切れた。

 

「お前ら、こんなところで何してるんだ!」

 

呆気なく倒れた男に、もう一人の少年は催涙スプレーを吹きかけた。

 

「げっ!」

 

目に食らったビリーが両目を抑え、闇雲にキックをするがあたらず。

硬い棒状のものが後頭部にぶつかり、昏倒した。

 

#######

 

「ビリー! おい、しっかりしろ!」

 

肩を揺さぶられ、後頭部がズキズキし、ビリーはゆっくりと体を起こした。

殴られた箇所を触ってみると出血はしていないが、大きなコブができていた。

 

どうやら木の棒で殴られたらしい。

あの少年のことはともかくとして、それ以上にビリーを起こした男が問題だ。

寝ぼけまなこをこすって痛みが沈静化していくとようやく誰かわかり、絶叫した。

 

「うわぁーーーーっ!! アホのブースターゴールドだぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ひいぃぃぃぃっ!」

 

「なんでお前も悲鳴を上げるんだよ!」

 

「一緒に驚いたら彼も落ち着くかなと思いまして」

 

ブースターゴールドとスキーツ。

ハブシティで主に活動しているヒーローだ。

悪名たるや凄まじく、スキーツは優秀で真面目だがマスターのブースターは、いる場所すべてをアホに変えていく尋常ならざる魔力を持っている。

試験が近いビリーが最も会いたくない相手だった。

 

「ここで何してるんだよ!?」

 

「探しものがあってブラックアダムの許可取って捜査してんだよ。

 ついでに最近増えたっていう暴動のこともな。

 ところでマリーちゃんはいないの?」

 

「あいつは家にいる」

 

「そうか……俺についてなんか言ってた?」

 

「言ってねえよ! っていうかお前にだけは絶対に会わせねえよ!?」

 

ビリーの妹であるマリーはマリー・マーベルとしてスーパーバディズに所属していた経歴がある。

彼も心配でことあるごとに様子を見に行っていたのだが、普段は真面目で口うるさい彼女が見る見るうちにアホになっていく過程には恐怖を覚えたものである。

おまけにブースターは変身したマリーにたびたびスケベな視線を送っていた。

家族としてはまず近づかせたくない相手だ。

 

「目覚めたか」

 

「アダムの旦那ぁ!!」

 

圧倒的な強さを持つ推定ヴィランにブースターは揉み手をし、ゲヒた笑みを浮かべて擦り寄っていった。

 

「へへっ、今夜の夕食も楽しみでございますねぇ!

 あんたはまさしく、俺の救世主様でさぁ!」

 

「お前には失望したぞ、ビリー・バットソン」

 

ブースターのゴマすりを無視し、ブラックアダムはビリーを蔑んだ。

 

「今、その身にはシャザムの加護がないのを忘れたか。

 万が一にもお前が死ねば、フォーセットシティを誰が守護する?

 先ほどのボーンブラスターで学んだと思ったのだがな」

 

「……ごめん。でもちょっとでも役に立ちたくてさ」

 

ビリーは素直に反省した。

たしかにブラックアダムの言うことにも一理ある。

一歩間違えていれば死んでいた可能性はあった。

 

「お前はあくまで客人だ。同行を許したのも、我が国を見る助けになると考えたまで。

 忘れるな。私はシャザムの無いお前という人間には一切の期待をしていない」

 

「まあまあ、ブラックアダム様。このガキだって貴方様の力になりたかったんスよ」

 

「つか言わせてもらうけどシャザムって助け合いが大事じゃん?」

 

「何を言うかと思えば」

 

反省はしていたが、ここまで馬鹿にされるとビリーもかちんと来た。

こんな時はいつかかっこよく決めようと考えていた名言を口にするに限る。

きっとブラックアダムの頑なな心も和らぐはずだ。

 

「あのなあ、ブラックアダム。SHAZAMの6文字は1人じゃないって意味なんだぜ?」

 

「ん?」

 

「どういうこと?」

 

「なるほど、良いこといいますね」

 

ビリーのとっておきはスキーツ以外には通用せず。

目の前の少年が唐突にそれっぽいことをテンションに任せて繰り出したかのような雰囲気になった。

まだ十代のヤンチャな少年には苦手な雰囲気だ。

挽回しようとするも言葉が出てこない。

 

「わからないお二人に解説しましょう。

 SHAZAMのZはゼウスの全能を意味しています。

 全能となれば普通に考えれば1柱だけで全てがこと足りると思われますが、

 わざわざ5柱の力も借りるのは、

 ゼウスと言えども1人では限界があることを示しているのです」

 

「ふん、くだらん」

 

「おー、名言じゃねえの、ビリーくん」

 

ブースターは拍手して頷くも、アダムの方は鼻を鳴らして顔を背けた。

解説してもらわなければ伝わらないというのは切ないが、とにかくリアクションはまずまずのようだ。

 

「まあ、いい。勝手なことはしないと約束しろ。

 お前が倒したKFC社員のことだが、

 どうやら意識のない催眠状態だったらしい」

 

「俺を殴った奴はいなかったのか。同い年くらいの奴なんだけど」

 

「ケンタッキー・フライド・チキンは私とおまけが調べた限りでは中々に怪しいですよ」

 

「ねえ、俺のことオマケ扱いした?」

 

「ここ数週間の暴動や犯罪は、ケンタッキー・フライド・チキンの近くで起きていることが多いです。

 ですが例外も多いので、あまり当てにはできませんが調べてみる価値はあります」

 

「だがケンタッキー・フライド・チキンの何を調べるのだ?

 評価の高い大企業なのは把握しているし、

 カーネル・サンダースは高潔な男と聞いている」

 

「会ったことはあるか?」

 

「ない」

 

大人たちが話している中でビリーもビリーなりに考えてみることにした。

カーンダックのケンタッキー・フライド・チキンはひどい味だが店内は混んでいた。

この国の人がとてつもない貧乏舌や文化が違うという可能性はあるが、ホテルで食べた食事は普通に美味しかった。

 

「もしかしてCMに毒電波が流れてんじゃないか?

 CMのサブリミナルとかでこう、

 頭がアレになっちゃうってコミックで読んだことがある」

 

「まさか……」

 

「じゃあ流してみましょう」

 

そうスキーツが言うやいなや目にあたるモニターにKFCのCMが流れている。

BGMが楽器のバンジョーなのを除けばアメリカのものとだいたい同じだ。

KFCはフライドチキンが絶品で世界最高のファーストフード店というものだ。

それに異を唱える者はいないだろう。

 

「なんだこれは?」

 

スキーツが流しているCMにブラックアダムが反応した。

 

「音楽に催眠魔法がかかっている。微弱だが、何度も触れれば影響は出るだろう。

 KFCに依存するようになってしまう」

 

「決まりだな。お手柄だぜ、ビリー」

 

「馬鹿な…………私は、民が喜ぶと思って」

 

「世の中そんなものですからあまり気に病まないほうがいいですよ。

 検索したところ曲を作った犯人がわかりました。

 今すぐ向かいましょう」

 

「だが俺達だけで大丈夫かな。

 マリーちゃんもいれば楽勝なんだけどビリーはどう思う?」

 

「黙れ」

 

ブースターの下心丸出しな提案を却下し、落ち込むブラックアダムの背中に手をやった。

 

「人間、誰だって失敗はあるって」

 

「気安く触るな」

 

少年から逃げるようにブラックアダムはスキーツと飛んでいく。

置いて行かれたビリーを抱え、ブースターは言った。

 

「やっぱ慰めるのは可愛い女の子に限るよな!

 こりゃ今すぐにでもマリーちゃんを――」

 

「だから呼ばねえって言ってんだろ、ぶっ殺すぞ!!」

 

#######

 

 

ケンタッキー・フライド・チキンのスタッフルームの壁を力づくで壊し、ブラックアダムが押し入った。

 

「ひいぃぃっ! 何だお前ら!?」

 

ケンタッキー・フライド・チキンの制服を着た禿頭で恰幅の良い中年男性が、怒れるブラックアダムの形相に腰を抜かさんばかりに仰天した。

武器にするつもりなのかバンジョーを持ち上げ、掻き鳴らそうとするも指をブラックアダムに逆側へ折られた。

 

「ぎゃあ――」

 

痛みに声を出そうとする男の口を手で抑え、6柱神の力を持つ魔人が凄んだ。

 

「叫んだら殺す。嘘をついたら貴様の家族も友人もすべて殺す。いいな?」

 

緑のスーツに帽子と陽気な流しのバンジョー弾きといった見た目の中年オヤジが、両目から涙、鼻からは鼻水をとめどなく流して頷いた。

 

「お前の名は? 目的は何だ?」

 

「み、Mr.バンジョー! 目的は知らねえ! 金で雇われただけなんだよぉ!

 俺はただのバンジョーで金稼ぎするだけのヴィランなんだよぉ!!」

 

「誰が雇った?」

 

「カーネル・サンダースだ!

 あいつに依頼されてメタヒューマンを刺激する音楽を書けって!

 おまけに売り上げも伸ばせって無茶振りされて大変だったんだよ~~!」

 

「メタヒューマン? 行方不明者がそうだったんですね」

 

「頼むよ! 命だけは助けてくれ。

 そりゃ一般人まで効果が出たのは悪かったけど

 狙えと言われたのはあんたを脅かすメタヒューマンだけなんですぅ!」

 

「私がメタヒューマンを差別すると思ったか……!?」

 

首にかかった手に力が入り、ビリーがアダムの腕に飛びついた。

このままではMr.バンジョーがブラックアダムに殺されてしまう。

そう判断したビリーはアダムを止めようとする。

 

「よせよ、殺すほどの悪人じゃないだろ!」

 

「どけ!」

 

振り払われたビリーをブースターがキャッチした。

ブラックアダムの呼吸が荒くなり、食いしばった歯が怒りと屈辱を表している。

 

失禁しそうなMr.バンジョーに背を向けて、ブラックアダムは気持ちを落ち着けるために深呼吸している。

ずっとカーンダックの民に慕われ、敬われる救世主だったブラックアダムが、徐々に怒りに心を支配された狂える魔人になっていくのがビリーにもわかった。

 

どうにかしたいと考えるビリーの横で、ブースターゴールドがブラックアダムに厳しい目つきを向けていた。

ヒーローがヴィランに向ける目だ。

 

「なあ、ブラックアダム……」

 

「危ねえ!」

 

とにかく声をかけようとしたビリーをブースターが押し倒す。

展開されたフォースフィールドが金色の飛来針を防いだ。

 

「気をつけろ、設置型マシンガン・フライドポテトだ!」

 

ケンタッキー・フライド・チキンはフライドチキンという名の通り、チキンの美味さで知られているが、フライドポテトのクオリティも高い。

 

外はカリカリ、中はポテトがしっとりであり、塩加減も完璧なフライドポテトは、ポテトの風味を犠牲にすることで刃物以上の鋭さを備える。

 

カーネル・サンダースが犯人だということまで突き止め、ついにケンタッキー・フライド・チキンが牙を露わにしたのだ。

ブースターのフォースフィールドがポテトの嵐で罅が入りだす。

その間にブラックアダムが被弾を恐れずにマシンガンを破壊。

スキーツが店内中の武装を調べて潰していく。

 

「もう大丈夫そうだな」

 

フォースフィールドを解いたブースターが、ケンタッキー・フライド・チキン中をのし歩くブラックアダムに忍び寄る。

バンジョーの調べですでに洗脳された店員達がチキンを棍棒にしてアダムを襲うが、どの攻撃も裏拳ひとつで破壊し、店員の意識を奪っていく。

 

まさに神の力と言うに相応しい。

どんなチキンもブラックアダムの体に傷一つつけない。

 

敵が片付き、アダムの怒りも収まりを見せた瞬間、ブースターゴールドが大ぶりの攻撃をアダムの頭に喰らわせた。

 

「死ねやあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

超人の中の超人であるブラックアダムが、ブースターゴールドの不意打ちを受けて吹き飛ぶ。

余波だけでKFCの店が崩壊してスキーツに守られたビリーが、急展開にのけぞった。

 

「何やってんの、あいつ!?」

 

「こちらの任務です」

 

アダムの顔にはいきなりの出来事に困惑だけが浮かんでいる。

まさかさして悪いことをしているわけでもないのにヒーローが攻撃してくるとは予想だにしなかったのだろう。

 

アダムが体勢を立て直す前にブースターは顎を蹴り上げ、宙に向けてガントレットレーザーを乱射していく。

千を超える光線が残らずアダムに命中する。

 

空に光が爆発し、市民が逃げ惑う。

 

「ちょっと待って、どういうこと?

 何であいつが発狂して暴れてんの? つか強いな、ブースター!!」

 

「やったか!?」

 

当然、仕留めていないアダムが猛スピードでブースターを殴らんとする。

読んでいたブースターがフォースフィールドで受け止めるも、一発で壊れて攻撃を防ぎきれない。

 

不可視光壁の破片が飛来し、アダムの雷球がヒーローを取り囲み、一点に集中する。

それを直進で避けたブースターのパンチをアダムが受け止め、両腕を槌にしてブースターの頭をしこたまに打つ。

 

下に沈んだブースターゴールドをアダムが繰り返し打ち続けて、虫の息になったブースターの頭と足を掴んで高々と持ち上げた。

 

「どういうことだ!?」

 

「す、すいませぇん。こうするしかなかったんですよ、旦那様!」

 

攻撃を仕掛けたのが嘘のようにブースターは持ち上げられながらも平謝りした。

 

「あの、実は、その……この事件で貴方がやばいことになって国を滅ぼすらしくて!

 原因を取り除こうとしたんですが、偉大なアダム様を見て、

 こりゃ短気だから無理だって判断したんです!!」

 

「ふざけるな! 最初からそのつもりだったのか!?

 お前を歓待するための費用は全て我が民の血税からだぞ!!

 それにどこから来た情報だ!!」

 

「それは……占いでガス! でも的中率99%のやつなんですよ!」

 

「占い! 許せん! 殺してやるぞ!」

 

「ヒビィ~~~~~!」

 

バンジョーとは比べ物にならないくらいに震え上がったブースターが、みっともないくらいに怯えて取り乱した。

ブースターのしたことはビリーからしても擁護の余地はないが、殺させるわけにもいかない。

 

「やめろぉ! お前はヒーローからの信用を得たかったんだろ!?

 殺すのはどう考えてもヤバいぞ!」

 

「こいつを庇うか!? ならばこの下衆がなんて言ったか教えてやろう!

 ”ねえ、ブラックアダム様。

 あなた、マリー・マーベルと戦ったことがあるならスカートの中も見えたんですよね?

 あっしにその色を教えてもらえやせんかねえ、ゲースゲスゲスゲス”と笑ったのだ!」

 

「………………スキーツ。あいつってどれくらいやっても死なないかな?」

 

「背骨真っ二つくらいは唾つければ1分で治せますよ」

 

「ばっ、この野郎!」

 

「背骨ヤッて良いってさーー!」

 

「ふんっ!」

 

「ひげぇっ!」

 

振り下ろされたブースターの体がアダムの膝に迎えられる。

常人では両断されたオブジェになる一撃で、ブースターの体が見事な逆くの字に折れ曲がった。

 

無造作にブースターだったものを放り投げ、ブラックアダムは頭を抱えて悲痛な叫びを吐露した。

 

「なぜだ……なぜ私はヒーローになれず、こんな男がヒーローになれる!

 私と貴様らの、何が違うというのだ!!」

 

「アダム……」

 

スキーツの言葉通り、ブースターの背骨が急速に治癒されていき、ゴールドの向こうにある青い目が、ヴィランの悲痛な訴えに揺らいだ。

 

「ごめんな、ブラックアダム。それはわからない。

 きっと大した違いなんてないんだ。

 俺の場合はただ運が良くて、それが52週間ずつ続いてるだけさ」

 

「何故……何故……!?」

 

ブースターゴールドの言葉はブラックアダムには届かず。

額を掻き毟る強さでアダムは己を苛んでいる。

 

世に絶望したヴィランとそれに同情したヒーロー、それにアンドロイドと力のないヒーローの四人。

加えて、高価なステッキが奏でるコツコツという音が聞こえた。

 

「大変そうだねえ、ブラックアダムくん」

 

でっぷりと太った体に豊かな髭、体毛の全てが白くなった老人。

世界的なマスコットとしても、KFCの守護神としても知られるカーネル・サンダースが現れた。

その隣に、ビリーを殴った陰気な少年も控えている。

 

「貴様あ!!」

 

敵の姿を確認して、ブラックアダムはカーネル・サンダースを抹殺しようとした。

相手が誰だろうと光速に匹敵しかねない速さとアダムのエネルギーにかかれば真っ赤なミートソースがオチだ。

 

怒りと悲しみに支配されたアダムの拳だったが、カーネル・サンダースはステッキで難なく受け止め、あろうことかアダムを打ち払う。

 

「まったく優雅じゃないなあ。

 もしや君達は私があの醜い白豚野郎と思っているのかね?

 よく見給えよ諸君! この黒いスーツを。我はカーネル・サンダース。

 だがこの歪んだ世界ではない、

 理想郷から来たりしカーネル・サンダースだ!」

 

横にいる少年にステッキを渡し、カーネル・サンダースがファイティングポーズを取る。

KFCのヒーローである彼が本来は屈強なファイターであるのはあまりに有名だ。

 

彼が編み出したファーストフードも本来は、激戦続きの日々で如何に人々を喜ばせ、エネルギーを補充するかを熟慮した結果だ。

 

そしてこのカーネル・サンダースは邪悪な反転世界、アース3よりやって来た者。

フラッシュとこの世界のカーネル・サンダースに敗北したと聞いたが、まさかカーンダックに狙いを定めるとは。

 

「何の理由で我がカーンダックを蝕む!?」

 

「理由なんてないよ。第三世界は常に我らの獲物さ」

 

「おのれっ!!」

 

冷静な思考力を無くしたブラックアダムが同じ軌道で、アース3のカーネル・サンダースにぶつかっていく。

前の攻撃は予想以上のカーネル・サンダースのKFCパワーに負けたが、本来はブラックアダムはスーパーマンに真っ向から勝てる数少ないヴィランの1人だ。

 

普通に考えればアダムの勝利は揺るがない。

 

けれども、カーネル・サンダースの付き人らしき少年が、ステッキを掲げて声高く叫んだ。

 

「MAZAHS!!!!」

 

雷鳴が轟き、光が落ちる。

神々の祝福を体現した英雄が極大光より浮遊する。

黒く、神々の轟雷を従える、世界最強の魔術師の一角。

シャザムの宿敵であるブラックアダム。

 

「嘘だろ!?」

 

目の前の光景を疑ったビリーが素っ頓狂な声を出す。

 

怒れるブラックアダムを新たなブラックアダムが正面から組み合った。

しばし、拮抗する力比べだったが、四ツ指の争いは新ブラックアダムが圧倒し、圧されたアダムが膝を折った。

 

「だっせー! これが僕のご先祖様かよ!」

 

常ならば厳粛な王であるブラックアダムが絶対に見せない酷薄な顔と、貧しい性根が出ている声音だ。

力比べに勝ったことで興味を失った新アダムがブラックアダムを投げる。

 

道路のはるか遠くまで放られたブラックアダムが数回バウンドして、指をブレーキに停止できた。

埃まみれの顔に脂汗を浮かべたアダムが衆目に晒された。

 

「アダム様……だいじょうぶ?」

 

遠巻きに眺める観衆の中で、勇敢な少女が救世主を慮って歩み出た。

 

「失せろ、小娘!」

 

冷静さをなくしたアダムが少女を一喝し、それから相手の反応を見て悔恨に悶えてしまう。

神々の力を持つという自負と、思い通りにならない現実に挟まれてブラックアダムの感情が行き場を失い、暴発寸前に追い込まれていく。

 

「僕が誰だか、ご存じないのかい?

 僕の名はテオ・アダム! あんたの子孫だよ!」

 

「私の子孫がいるのは前に把握している。

 だが、お前は! 自分の国で暴れている!」

 

「つまんねえこと言うなあ、テス・アダム。

 それがあんたの馬鹿なとこだよ。スーパーマンにも勝てるのに

 どうしてこんな小さな国に収まってるのさ!?

 僕のMAZAHSはスゴイぜ! 相手の力を奪えるんだ!!」

 

 

二人のブラックアダムが激闘を繰り広げる。

それを見たブースターゴールドが気を新たにした。

 

「アレが俺達の探しものだ。アース3のMAZAHSから奪った力が詰まったロッド。

 いいか、ビリー。戦いはアダムが負ける。

 そこを俺が割り込むから、お前は説得して力を取り戻せ」

 

「瞬殺されるぞ!」

 

「安心しろ。やっぱ手加減無用のヴィランの方がテンション上がるわ」

 

「でもあいつ、俺の話を聞かなかったし……」

 

躊躇ったビリーの両肩に手を置いて、

今の今までクズの限りを尽くしていたブースターゴールドが、

少年の目を真っ直ぐ見つめている。

 

ビリーの知らないブースターゴールドだ。

記憶の限りでは、この男はいつも物事から顔を背け、

ふざけているばかりで、真剣になるのはマリーのパンツのみというタイプだ。

 

「ブラックアダムは迷っている。誰だって一度は見失うものを求めている。

 俺もずっと、それが真実だってわかってたんだけどな……

 気づいた時には両足が神の領域に浸かっちまってた」

 

ブースターから透けて見えるのは、底知れない後悔と無力感。

相手の感情や心情を気遣うのが苦手なビリーでも、それだけはわかった。

 

「お前にあるのは無限の可能性だ、ビリー・バットソン。

 その魂で、あいつの曇った心を晴らしてやれ」

 

テオ・アダムのブラックアダムが、ついにアダムを撃墜する。

 

一切のジョークも茶化しもない言葉に、

ビリーは頷き、スキーツに先導されてブラックアダムの方へと向かった。

 

追い打ちをかけようとするテオ・アダムをタックルで阻み、

眼中になかった敵にブラックアダムは揶揄した。

 

「お前ごときのヘボが僕に敵うと思ってんの?」

 

「そろそろ私も混ぜてもらおうかね」

 

前方をブラックアダム、後方をカーネル・サンダースに挟まれるも、

ブースターゴールドはわけもなく肩を竦めた。

 

「怖いなら逃げていいぜ、ボクちゃん達」

 

 

#######

 

「アビャーーーーーーーーー!!!!!」

 

戦いが続くカーンダックで、ブースターゴールドが負ける音が響き渡る。

10秒に1回は聞こえるペースだが、

これが続いている限りは死んでいないという証拠だ。

 

「本当にブラックアダムが俺の言うことなんて聞くかなあ」

 

「大丈夫ですよ。自信を持ってください」

 

「でも俺とあいつじゃ立場がぜんぜん違うし」

 

「誰だって立場が違いますよ。

 テッドの死を悲しむブースターの気持ちを本当に理解することはできません。

 しかし、想像はできます。

 彼が生きていてトリオを組んでいたら、

 ハゲ・デブ・ちっちゃくてキュートなマスコットになっていました。

 引き立て役が二倍になれば、我がマスコットパワーは

 声のかん高いドブネズミを圧倒できたでしょう。

 そう思えば、惜しむ気持ちができます」

 

スキーツに励まされてどうにか気持ちを奮い立たせたビリーが、

蹲るブラックアダム――テス・アダムを発見した。

 

「アダム!!」

 

様子がおかしいブラックアダムを揺さぶり、

俯く彼を覗き込んだ。

すると、アダムの手がビリーの胸ぐらを掴み、締め上げる。

 

「やはり初めからこうすべきだった。

 貴様の力を寄越せ、シャザム!

 それなら全てを成すことができる!

 従わなければ即座に貴様の家族を皆殺しにしてくれる!」

 

血走った目は焦点が合わず、ろれつも回っていない。

激情に突き動かされた体は、臨界点を突破した核融合の危うさだった。

 

息苦しさを覚えたビリーは、そんなアダムに懸命に語りかけた。

 

「俺もシャザムになって、協力するよ。

 二人ならなんだってできるさ」

 

「貴様に何ができる!?

 何も知らない、何もできない子供が!」

 

「俺はシャザムだ。お前と同じだ」

 

アダムの両目に走っていた雷光が、勢いを弱めた。

 

「なあ、アダム。俺はけっこう考えているんだ。

 この時代に選ばれしヒーローが二人いる意味は何かなって」

 

「決まっている!

 あの魔術師が私を見限り、貴様を選んだからだ!」

 

「それはジジイの話だろ。

 あいつのことはどうでもいいよ。

 アレは大した考えとか持ってないって、絶対」

 

フライドチキンとは鶏肉をこんがり揚げたものであり、

ジューシーな肉汁を閉じ込めつつも、

歯ごたえを損なわない完璧なバランスの上に成り立っている。

 

だがこのフライドチキンも武器に転用すれば、

膨大な油で生まれた衣は鋼鉄よりも硬く、重い、肉厚の棍棒となり、

熱々の肉汁が傷口に入り込むのは、

すなわちマグマに浸かるのと同義だ。

 

衛生観念の乏しい発展途上国において、

ファーストフードが清潔かつ安全であるのは、

カーネル・サンダースやドナルドといった守護神が編み出した

ファーストフード殺法によるものであるのは、

説明するまでもないことだ。

 

すでにこれ以上ないほど冷や汗まみれの

ブースターの背中が、さらに冷や汗に濡れた。

 

「ちっ、このせっかちさん達め!

 喰らえ、必殺の太陽け――」

 

「うるせえっ!」

 

叩き揚げのフライドチキンが鼻面に突き刺さる。

顔面が陥没しかねない攻撃に、

ブースターゴールドは地面に倒れ伏した。

 

その瞬間、カーネル・サンダースに燃え上がる雷が降り注いだ。

避けることも叶わず、

黒スーツの悪党KFCは焦げ、煙を吐く。

 

「そこまでだ、お前たち。

 何人たりとも、我が外套の下での狼藉を許さん」

 

「降参するなら、今のうちだぜ!」

 

「何を言うかと思えば、時代遅れのSHAZAMふたりかよ。

 このMAZAHSの力の前じゃ、雑魚同然だ」

 

「俺が魚なら、お前はチキンだな。

 セットにポテトもいかがだ」

 

「言ってろ!」

 

挑発に乗ったテオ・アダムがシャザムに肉薄した。

拳が交差し、シャザムが押し負けるが、

テオの背後をアダムが取り、襟首を掴む。

そこをシャザムが突き抜ける拳を叩き込んだ。

 

「ぐぁっ!」

 

苦痛に顔を歪めたテオが暴れ、二人から逃れようとする。

 

「クソッ!

 お前ら二人がかりなんて卑怯だぞ!」

 

「チームワークってやつだ。なあ、アダム?」

 

「さあな」

 

テオの両手のひらから雷の珠が幾つも生まれ、

シャザムとアダムを追尾していく。

分断するよう仕向けられ、

逆方向に散った二人のうち、

アダムの方へとサンダースが襲いかかった。

 

フライドポテトを投擲され、

尖ったポテトがアダムの腕に突き刺さり、皮膚を破る。

設置型マシンガン・フライドポテトとは違う、

手作りならではの凄みが、アダムを確実に削っていく。

 

「クク、我が力はKFCの売り上げで増大する!

 民の売り上げが、王を殺すのだ!」

 

「お前は客を喜ばせようとは思わないのか?」

 

「思っているとも!

 ファーストフードなんて欲しがるクズは、

 豚の餌でも上等にすぎるわ!」

 

「接客業を舐めているな」

 

アダムとサンダースが戦えば勝利するのは前者。

だが後者はあくまで時間稼ぎに徹し、

テオ・アダムがシャザムを倒すのを待っている。

 

ブラックアダムが両腕で拘束しようとするも、

あらゆる具材の鮮度を維持し、

ホカホカに包み込むツイスターの生地が攻撃を受け止め、

巧みに逸らした上で、チキンとポテトの連携技を繰り出す。

 

一方、シャザムはテオのブラックアダムに押されていた。

経験の差もあるが、

基本的にアダムとシャザムではアダムの方が戦闘力は上だ。

その彼が苦戦する相手に、

力押し主体の少年ヒーローであるシャザムでは分が悪い。

 

「どうしたどうした!?

 こんな程度で負けるつもりか!」

 

「こんにゃろ!」

 

苦し紛れの拳は片手で受け止められ、

腹部に十発の突きを喰らったシャザムが腹を押さえて呻く。

そこへ、零距離の雷撃が炸裂した。

 

「ハァーッハッハッハッハ!

 終わりだ、終わり!

 クソガキが僕に勝てるもんか!」

 

「勝てるんだなあ、これが!」

 

テオの真後ろから、シャザムの声が響いた。

遅れて、新アダムの胸を稲妻の剣が奔流となって貫く。

 

 

遅れて、新アダムの胸を稲妻の剣が奔流となって貫いた。

ブラックアダムの攻撃では大して効かなかったテオに、

ようやく確かなダメージが通り、

カーンダックでこつこつと力を集めてきたテオ・アダムの顔に、

明確な驚愕が浮かんだ。

 

「お前を見て考えたよ。

 MAZAHSが奪う力なら、SHAZAMは何かってな。

 俺達の力は“分け与える”ものだ。

 今の俺には、アダムのホルスの速さとアモンの怪力がある。

 流石に二段重ねじゃあ、お前でもヤバいみたいだな」

 

ブラックアダムがフォーセットシティで復活を果たした時、

彼はビリーの力を無理矢理に譲渡させようとした。

だが奇しくも、アプローチそのものは正しかったらしい。

 

もどかしさに、テオが雄叫びを上げて再び攻撃に転じる。

 

「MAZAHS!」

 

「SHAZAM!」

 

超極大の神雷エネルギーが正面衝突し、

空気が悲鳴を上げる。

均衡は一瞬で崩れ、

テオ・アダムが押し負けた。

 

ブラックアダムの力を得たシャザムの圧倒的な強さだった。

 

テオは醜く四つん這いになり、

口汚く吐き捨てる。

 

「クソ、クソクソクソ!

 お前!

 ヒーローのくせに、ヴィランの力なんて借りやがって!」

 

「そんなこと言われても、

 とっくにクズ神の力を使ってるしなあ。

 それに、俺はあいつが悪人とも思えないんだよね。

 つーか、お前、弱えーーーー!」

 

癇癪を起こしたテオ・アダムが逃走を図る。

追撃しようとした瞬間、

ブラックアダムを投げつけられ、

シャザムは受け止めるのに足止めを食らった。

 

「馬鹿者め!

 私はいいから、奴を倒せ!」

 

テオはカーネル・サンダースの首を掴み、

指を食い込ませてKFCの力を吸い上げていく。

 

カーンダックで蓄積された悪のフライドチキンの力が、

テオ・アダムへと流れ込み、

その存在感が一気に膨れ上がった。

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

「お前はもう用済みだ」

 

しゃぶり尽くされた鶏の骨のように干からびたサンダースを放り捨て、

力を増大させたテオ・アダムは上空へと浮遊する。

両腕を天へ掲げ、雷を集束させていく。

 

空が震え、

大地が軋み、

カーンダック全土が恐怖に包まれた。

 

だが、ビリーは一歩も引かなかった。

ブラックアダムの胸を軽く叩き、

一歩、後ろへ下がる。

 

「がんばろうぜ」

 

「うむ」

 

ソロモンの知恵、

ヘラクレスの剛力、

アトラスのスタミナ、

ゼウスの全能、

アキレスの勇気、

マーキュリーの神速。

 

六柱の力がブラックアダムへと流れ込む。

 

大気の神シュのスタミナ、

天空の神ホルスの俊敏性、

太陽神アモンの怪力、

知恵と魔術の神ジェフティ(トート)の知識、

太陽神アトンの神通力、

太陽神の船を守護する神メヘンの勇気。

 

十二柱の力が重なり、

灰より蘇った古代の英霊が完全に目覚めた。

 

「お前が後生大事にしたカーンダックごと、くたばれ!

 俺が代わりに、最強の王になってやるよ!」

 

凝縮された雷が解き放たれ、

国を滅ぼす光が降り注ぐ。

 

「MAZAHS!!!」

 

「「SHAZAM」」

 

テオの雷を優に上回る雷の壁が展開され、

それは国土を包み込みながら拡大し、

テオ・アダムを完全に呑み込んだ。

 

中東全土を光が覆い尽くし、

やがて静寂が戻る。

 

力を使い果たした少年、テオ・アダムは、

傷だらけの体で地に伏していた。

 

「お疲れ!」

 

力を返してもらったシャザムが、

ブラックアダムにハイタッチを求める。

だが共闘したヒーローに、その手はすげなく無視された。

 

戦いを恐怖とともに見守っていた民衆は、

遅れて状況を理解し、

口々にブラックアダムを讃え始める。

 

「アダム様!

 やはり、貴方こそが我らの救い手!」

 

「太陽も月も、その威光にはひれ伏すでしょう!」

 

ヒーローとして称賛されるのは好きだが、

王としての崇敬にはどうにも慣れない。

ビリーは少し距離を取り、

遠巻きにその光景を見守ることにした。

 

「よー、すげえじゃん!

 ビリーくん」

 

テオ・アダムから回収したMAZAHSのロッドを手に、

ブースターゴールドが軽い調子で声をかけてくる。

 

「あいつ、大丈夫かな」

 

「大丈夫かどうかは、お前がじっくり見極めろよ。

 世の中には色んな奴がいる。

 ヒーローになりたくても、怒りと殺意を忘れられないアダムとか、

 ヴィランになりそうな奴をこっそり倒そうとして、

 馬鹿のふりして贅沢を貪る俺とかな!」

 

「お前は論外だよ」

 

「んー!

 最近の子はキビチイ!

 ま、いっか。

 アマンダに報告はしなくていいぞ。

 やっぱ強引にでもお前を呼んだのは正解だったわ!」

 

「はぁ?」

 

訝しげに振り返ったビリーだったが、

周囲にはすでに誰の姿もなかった。

頭を振り、

こちらへ歩いてくるブラックアダムを待つ。

 

一対一で向かい合う二人。

シャザムは普段通りだが、

ブラックアダムはどこか気まずそうに視線を逸らしている。

 

「ごくろうだった。

 だが、これで私が気を許したとは思わないことだ」

 

「わかった。

 ところで、ガチで腹減ってきた!」

 

「夜に国を挙げて宴を開く。

 特に理由はないが……

 お前も一市民として参加してもいい」

 

「やりぃ!」

 

「それと……私は借りを返す主義だ。

 次に会った時は敵同士かもしれんが、

 助力を求めるなら助けてやる。

 お前が気に入らないなら、自重するが」

 

「なんでよ?

 どんどん助けてくれよ!」

 

「しかし……」

 

歯切れの悪いブラックアダムが、

しばし迷った末に切り出した。

 

「お前と約束しただろう。

 もう二度と、フォーセットシティに近寄らないと」

 

その瞬間、

シャザムは腹を抱えて爆笑した。

 

「お前、真面目君かよ!!」

 

眦に浮かんだ涙を拭い、

ばしばしとアダムの背中を叩いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。