DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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グリーンランタン:サイモン&ジェシカ

早朝の食堂、仕事に向かう人達が大枠のウィンドウ越しに見

える。

学校に向かう子供達の姿もあり、日々が始まるのがわかる。

だが向かい合う男女2人には関係ない。

サイモン・バズとジェシカ・クルーズは

宇宙の秩序を守るヒーローのグリーンランタンだが、

前者は姉夫婦の家に居候し、

後者は5年以上に渡って部屋から文字通り一歩も出なかった筋金入りのニートだ。

 

ヒーローと言えどもプライベートでは手に職を活かした仕事に就くのが一般的だが、

グリーンランタンの無職率は凄まじいことでも知られている。

 

「パンケェ~~キ!!」

 

「おぉいしぃ~~~!」

 

サイモンが皿の上のパンケーキにたっぷりシロップをかけ、

フォークで乱暴に突き刺して一口で大きく頬張った。

彼の陽気さにつられてジェシカもナイフで切り取ったパンケーキを口に入れていく。

仕事のない者というのは概ね、

周囲の正常に労働する人々に無意識からの気後れを感じてしまうものだが、

遍く恐怖を超克する素質を持ったグリーンランタンにしてみれば造作もない。

 

日課のバディ一緒のパンケーキが終わった2人だったが、

食事を済ませるとサイモンの表情が曇った。

 

「あのさ……この間、姉ちゃんに叱られちゃって……

 いい加減仕事を見つけろってさ」

 

「まあ」

 

「おまけに母ちゃんに相談するって……」

 

「あらー!」

 

グリーンランタンに無職の恐怖は影響しないが、

サイモン・バズはまだ新米の地球人グリーンランタンだ。

すでに姉夫婦には子供ができており、

甥っ子に無職の姿を見せ続けるのを我慢できるほどにサイモンは強くない。

 

「でも仕方ないじゃない。

 ハルだってGLが仕事を見つけるのは本当に難しいって言ってたし。

 カイルだって家賃を恋人に払ってもらっていた頃にランタン隊員に選ばれたそうよ?」

 

「でもジョンは建築家だってよ。

 やっぱ来る人には来るんだよ、仕事って。

 つか可愛い甥っ子に無職のおじさんの姿を見せたくないぜ」

 

「そうねえ」

 

サイモンの姉夫婦と子供とはジェシカも何度か会っているし、

本当に良くしてもらっている。

たしかにあの家族に養われ続けるのは良心が咎めるだろう。

 

「なあ、見ろよ。グリーンランタンがヴィランを退治したシーン!」

 

「俺の父ちゃんが警官なんだけど、いい人だったって!」

 

「女の地球人ランタンとか珍しいよな!」

 

学校へ登校していく子供達がスマートフォンを覗き合って、

ジェシカ達の活躍を動画で視聴していた。

頬杖をついてぼんやりとその様子を眺めていると、

以前は彼女もああしていたのを思い出す。

悩みも悲しみも恐怖もなかった無垢な時代だ。

 

「子供っていいわね」

 

「ああ! あの子達の未来が俺達の手にかかってると思うとーー」

 

「自分より下の存在を見ると心が落ち着く」

 

「そう……」

 

サイモンが悲しそうに目を伏せて紅茶に口をつけた。

なにかまずいことを言ってしまったのだろうかとジェシカは訝しんだが、

特に思い当たる節がなかった。

 

「貴方達、いつも食べに来てくれるわね。

 ありがとうよ」

 

「いいってことよ、おばちゃん」

 

半ば顔見知りになった食堂の従業員に声をかけられ、

以前とは比べ物にならないくらいに

上昇した対人会話術を実践しようとしたものの、

同調するように近くに座っていた老人も囃し立てた。

 

「あんたらカップルかい!?」

 

「あっ、あの、違うくて、その……」

 

流暢に話していたジェシカの滑舌が途端にどもり、

血の気が引いて言葉をなくした。

 

「馬鹿言うなよ、ただの仕事の同僚さ!」

 

やはり駄目だった。

今のジェシカが捌ける話し相手の人数は1人が限度だ。

ヴィランが相手なら複数相手でも戦うこともできるが、

一般人とヒーローが相手では2人以上になると声が出なくなる。

 

これでもグリーンランタンが相手ならば

かなりスムーズに話せるようになったのだが、

ジェシカは顔を真下に固定してもじもじしながら

サイモンと従業員や客の会話が終わるのを待っていた。

 

「ところで今日はどうするよ」

 

「あのね――」

 

ようやくサイモンがこっちに注意を向けてくれた。

あと3秒遅ければ立ち直るのに一日必要だっただろう。

 

相棒との会話が弾み、

パンケーキを後一切れで食べ終わるという段になって

パワーリングがシグナルを発した。

 

『ジェシカ。世界最高の探偵からキュートな貴方に連絡が来ていますよ』

 

「ありがとう」

 

『気をつけてね。彼は高圧的な人だから毅然と接するのよ』

 

「うん!」

 

「あいかわらず人間みたいな話し方をするパワーリングだ」

 

腕組みをしたサイモンが感心するものの、

ジェシカにとってはパワーリングは大変に話しやすい相手である。

 

地球人じゃなくて異星人でもなくて、ただの指輪なことに加えて、

基本的には一対一で話すことから話をしてもどもったり、

考えがこんがらがったり恥ずかしい思いをしないで済む。

ジェシカがそんな風に接する相手といえば姉妹と

サイモンとバットマンとハルくらいなものだ。

 

「あなたもちゃんと自分のパワーリングとお話しなよ。

 それじゃあ、開くよ。ハーイ、バットマン! 相変わらず怖い顔ね!」

 

「ちょっ……!!」

 

立体通信映像で浮かび上がったオレンジくらいの大きさのバットマンへ

ジェシカはにこやかに手を振り、

それを見てサイモンは大げさにうろたえた。

 

バットマンは度々、怖いだの偏屈だの何を考えてるかわからないだの、

いつか絶対にやらかすタイプだのと言われているが、

本当は凄く優しいのをジェシカは知っている。

 

とはいえ、一番優しいのはフラッシュであり、

一番素敵なヒーローはフラッシュなのだが。

 

『サイモン・バズ、ジェシカ・クルーズ。事件だ』

 

「おっしゃ、腕が鳴るじゃねえの」

 

「そ、そうね……」

 

やる気十分な相棒に合わせてジェシカも返事をするが、

実際のところは非常に面倒くさい。

もちろん人助けが大切なことは知っているし、

グリーンランタンの力を正しく使いたい情熱もある。

 

だが事件が目の前に立ちはだかると腰が途端に重くなり、

精神が引きこもり時代に引きずられそうになる。

例えるならゴミ出しや部屋の掃除をしろと言われたらやる気がなくなるが、

言われなかったら言われなかったでやる気が出にくいというものだ。

 

そんなジェシカの微妙なテンションを知ってか知らずか、

バットマンは話を続けた。

 

『現場はお前達がいる街の地下鉄。

 地下鉄パイレーツが絵画”パリ喰らい”を手に入れたらしい』

 

「地下鉄パイレーツ…………?」

 

「ついに来たか……! 俺のアークヴィラン!」

 

「知ってるのサイモン?」

 

「ああ! ネットで見たことがあるぜ!

 地下鉄の海に漕ぎ出してトレジャーハントする海賊だ。

 車派の俺には許しがたい連中とかで、因縁持てんじゃないかと目をつけていたとこだ。

 相棒のお前も車派と電車派の間で揺れ動くことになるかもな……」

 

「自宅派には他人事の争いかなあ」

 

『とにかく、スーパーマン対策に地下鉄の要所要所を鉛で舗装しているし、

 彼は彼の事件で手が空いていない。

 十年ぶりに美術館に展示することになって、ゴッサム美術館へ移送中に奪われた。

 非常に危険な物だから、お前たちに急行して取り返してもらう。

 最悪、手におえない場合は破壊しろ』

 

 

 

地下鉄パイレーツと言えば地下鉄で活動する海賊だ。

正確には地下鉄以外でも暴れまわるが、盗んだり獲得した財宝を保管するのが

もっぱら地下鉄なためにこう言われている。

 

目撃情報は多岐に渡っており、

NY、メトロポリス、ゴッサムシティ、コーストシティ、トウキョウと

地下鉄が発達している都市には必ず現れるとされている。

 

今やメタヒューマンの発生により、

無断での地下鉄線路の建造が不可能ではなくなり、

地盤沈下の危険を物ともしない冒険野郎と

悪党達が跋扈する未知の海となってしまった。

 

そんな地下鉄の航路を船である電車ではなく、

サイモンのソリッドライトで構成した車に乗って走っている。

ジェシカにはわからないが映画で観るような高級感のある車だ。

きっとスポーツカーというものなのだろう。

 

「それにしてもなんで地下鉄で海賊なんてやってるのかしら」

 

「わからないでもないぜ。

 俺だって昔は走り屋でブイブイやっちまってたからな。

 俺の人生で背負った恥といやこれがNo.1だが、

 あの頃は身内にも社会にもツッパってりゃ

 クールになれると勘違いしてたからよ」

 

「でも貴方はもう改心したじゃない。

 貴方のお姉ちゃんからツッパってた時の写真がよく送られてくるわ。

 マっジで大爆笑はなはだしくて最高よ。あれでモテると思ってたのね」

 

「やっぱ送ってたんだな!? 姉ちゃんに絶対送るなって言っといたのにクソッ!」

 

顔を赤くして叫んだサイモンの肩に手を置いて、

スマフォにある一番のお気に入りの画像を見せた。

 

「ほら……これとか落ち込んだ夜には本当に効くのよ。

 ”世界最高にクールな俺達”ってわざわざTシャツに

 お手製プリントするなんて……青春よね!」

 

「んもう! やめてくれねえかな!」

 

「このファッションって何のドラマを参考にしたの?」

 

「オ、オリジナルだよ!!」

 

これから戦いとなると、

どうしてもジェシカが4年間引きこもる事件が

自動的にフラッシュバックしてくる。

心が恐怖に縛られそうになっても、

こうしてサイモンと話せば緊張が和らぐ。

 

サイモンがいて良かったと思う瞬間の一つであった。

バディになれと言われた時には何の罰ゲームで口ベタ引きこもりが

見るからに頭の悪そうな腐れヤンキー崩れの面倒を見ないといけないのだと落胆したが、

今では彼と会わなかった自分を想像できない。

 

地下鉄という場所柄か、あらゆる音が反響し、

混ざり合うことでかえって静けさを醸し出している。

 

「しかし、いねえなあ、海賊」

 

メトロポリス警察が把握している限りの

路線図とにらめっこしてジェシカも首を傾げた。

 

「もっとうじゃうじゃいると思ってたのにねえ。

 カリブな格好をしないとダメなのかしら」

 

「まさか」

 

地下鉄にて不法開発された海賊領域は

言葉だけなら夢に満ちていそうであったのだが、

実際に走ってみるとわかることがある。非常に暗い。

 

二人ともグリーンランタンであるから光源に不足はないが、

見通しが効かないのは困りものだ。

 

「とりあえず電飾でも付けましょう」

 

この気遣いは中々にパーティガールのようだと自画自賛し、

ジェシカは暗い、何処までも続く地下鉄の壁に光源を構成していく。

緑の光で明かり一つないトンネルを照らすと

四方八方から罵声が響いてきた。

 

「テメエこら! 明かりを付けたら灯台がわかんねえだろうが!」

 

「信じらんねえ! 地下鉄王が怖くねえのかよ!?」

 

「つーか、憎っくきグリーンランタン様じゃねえかぶっ殺してやるぜ!」

 

強い翠光が浸透した線路内に次々と見えていく並走する地下鉄電車の数々。

運転席から海賊帽を被った荒くれ者たちが顔を出して鉤爪やサーベルを振り回している。

貰った路線図が氷山の一角にもならない広大さとわかる無数の分岐した路線。

 

電車の窓から伸びる砲身から大砲の弾が吐き出され、

ジェシカが樹木を作って防壁にせんとするも

高速で走る車と電車の間では上手くいかない。

 

「うおっ!? この野郎!

 やっぱ電車は車に喧嘩売ってくる宿命ってやつだな!」

 

ソリッドライトの車を壊すまでには行かなくとも、

直撃することで車体が跳ねた。

上下に揺れてハンドルから手を離しかけ、

助手席に座るジェシカがリングで相手の線路の先に茨の網を作る。

 

網目のど真ん中に突進した電車が光の縄の一本一本を強く引き伸ばす。

ジェシカの意志に負荷がかかり、額の先に軽い痛みが走るが、

これくらいならば4年間の引きこもり生活で日常的に味わうストレス。

難なく海賊電車を捕獲し、流れに乗って次々に捕獲を試みていく。

 

だが半ば同じ速度で走っているとは言え、

まだグリーンランタンになったばかりで精密動作や

個別の光構成体展開に不慣れなジェシカでは取り逃しが多くなってしまう。

 

「サイモン! 私じゃ無理みたい! 交代して!」

 

「んなこと言われても俺がハンドルを外したら誰が運転するんだよ!」

 

「自動操縦すれば!?」

 

「バッカ野郎ーー! 走り屋がハンドルいらない車に乗れっかよ!」

 

「じゃあ私が運転する!」

 

「お前免許持ってねえだろ!?」

 

「貴方だって無免許運転したことあるって聞いたけど」

 

「また姉ちゃんから聞いたのかよ。

 俺はいいんだよ、グレたクズだったんだから!」

 

乗組員達が古めかしいフリントロック式の銃を次々に撃ち込んでくる。

今の時代ではただの趣味としか思えない代物だが、

両側から撃たれ続けると中々に効くものがある。

 

精密動作はサイモンの方が上手いのだが、

元走り屋のプライドに拘っており、敵も考慮してくれない。

疾走する車が走る線路と海賊電車の線路が交わろうとしている。

飛んで逃げるにも高さが足らず、電車にぶつかるのは必須だ。

トラックがぶつかろうと平気だが、

爆走電車の衝突を次々に受けても無事な自信はない。

 

「ブレーキ踏んで!」

 

「ダメだ間に合わねえ、坂を作れ! 車の底力ってのを見せてやるぜ!」

 

言われるがままに線路にラフレシアの花弁で作った上り坂を作ると、

逆にアクセルを踏んで速度を上げて坂から大きく緩い円を描く壁面に跳んだ。

 

「ひえええぇ!」

 

激突すると思って悲鳴をあげるジェシカだが、

車の屋根が取り払われ、

サイモンがハンドルを大きく切ると辛うじてトンネルの壁を走行できた。

 

「おら!! てめえらの海賊旗を狙い撃ちだ!」

 

地下鉄パイレーツと言えども海賊旗がシンボルであるのは変わりないようだ。

高さが足りずに掲げてはいないが電車の屋根に海賊旗がでかでかと乗っている。

 

前方斜め上の天井を走るジェシカが下に向けてリングを構え、

相手に倣ってフリントロックピストルを生み出し、引き金を引いた。

襲い掛かってきた海賊旗が翠の弾丸に穿たれ、裂かれる。

 

「うわああああ! 俺達の魂が壊されていくううう!」

 

堪らず悲しみの叫びを漏らして電車が停車した。

その隙を逃さずにジェシカは大きな蔦を作って電車ごと

地下鉄パイレーツの海賊を羽交い締めにする。

 

「しゃあっ! やっぱ車は電車よりも強しだぜ!」

 

ガッツポーズをあげたサイモンだが、

前方から超高速の弾丸電車が体当たりをしてきた。

超巨大戦艦電車というべきものであり、

前面に骸骨の半分一方に髭を生やした海賊旗があった。

 

粉砕されたソリッドライトの車からサイモンとバズが飛び出し、

ジェシカは宙を滑空してなんとか着地したが、

運転手の方は対応が間に合わずに頭から落下した。

 

「だ、大丈夫?」

 

「心配ねえ、今からダンスだって踊れるぜ」

 

頭を抑えて起き上がったサイモンの頬を銃弾が掠める。

巨大な戦艦地下鉄電車から雪崩込んで来るのは大勢の乗組員と

指揮を執る顔面の半分に髭が生えた5分5分のコントラストを持つ船長。

 

「野郎ども! 片髭様の縄張りに迷い込んだヒヨコどもだ!

 丁重にもてなして骨まで美味しく料理しな!」

 

「アイアイサー!!」

 

「へっ、バカどもが! こっちがヒヨコならてめえらはミミズだぜ!」

 

サイモンの言葉通り、翠のサーベルを作り、

自由自在に武器を操って海賊たちを倒していく。

近くで見れば海賊達の構成員は何かの実験体か突然変異なのか、

どう見ても人ではない半魚人やリザードマンのような外見の者も多い。

彼らが海賊家業に身をやつしたのも中々に深い事情があるだろうが、

それはそれとして襲いかかってくるのだから対処するしかない。

 

だがジェシカは船長、

片髭の奇妙なファッションセンスに意識を掴まれてしまった。

 

「なんで顔の半分だけ髭を……?」

 

グリーンランタンとは概ね細かいことは気にしない性格の持ち主がなるものだが、

彼女は物事を一度、考え始めると止まらないというタイプだった。

それは明晰な頭脳の持ち主という意味ではなく、

単純に想定外のことが起きると意思決定に大きな支障が発生してしまうという意味だ。

 

「ファッションなのかしら、それとも海賊の風習とか験担ぎ?

 いっそのこと本人に聞いてみるとかでも失礼かもしれないし、もしかしたら

 片方だけ髭が生えない特殊体質ってことも……きゃっ!」

 

そんなことをぶつぶつ呟いてると片髭本人による横一文字の斬撃がジェシカを襲った。

集中ができなくなっているジェシカには

ただの刃物でもフォースフィールドに罅が入り、

脇腹に傷がつき、バランスを崩して倒れた。

 

「ハハハァーーーー―!!! 女首ゲットォ!!」

 

相棒が駆けつけようとするが手足を屈強な地下鉄乗りに掴まれて遅れてしまい、

白刃がジェシカの頭に振り下ろされんとする。

これは不味いと心の奥底で冷静な自分が囁く。

どれほど戦っても、犯罪者の悪意にあてられると、

友人達が殺されていくのに背を向けて走り去った過去が蘇り、

恐怖が心をたちまち縛る。

 

それに連動してリングで作ったスーツの輪郭がぶれ、

生身と変わらない防御力にまで弱体化した。

 

「ジェシカ!」

 

頭が真っ白になりかけた彼女の耳に相棒の声が聞こえ、

恐怖のさらに奥に燃え上がる翠の太陽に背中を押されて

導かれるように翠の金属バットを作り、刃を受け止めた。

 

「とぉっ!」

 

精神面のバランスを立て直したジェシカは跳ねて起き上がり、

勢いに任せてバットを振り回し、海賊に立ち向かうも、

一合、二合、三合と攻撃をいなされ、たたらを踏んだ。

 

「残念だったなあ、嬢ちゃん!

 女の分際で地下鉄に出ようなんてのが間違いだぜ!」

 

御しやすい相手と思われたのか刃を舌で舐め、

悪どく笑った片髭が両手で握ったサーベルを振り上げて

大上段で斬りかかってきた。

もう髭のことがどうでもよくなったジェシカは張り合うのをやめ、

バットを捨てるとリングから巨大な蔓の鞭を生み、

船長の腹をしたたかに打ち据えた。

 

「ぎぇっ!!」

 

目玉が飛び出るほどのダメージを受けた片髭が膝を屈して崩れ落ち、

ロープでぐるぐる巻きにし、足蹴にしたジェシカが声を振り絞って叫んだ。

 

「野郎ども!! あんたらの船長は負けたんだから降伏しなさい!」

 

サイモンと乱闘中だった海賊達がボスの敗北を知って次々に武器を捨てて

頭の後ろに両手を組んだ。

 

サイモンがまとめて拘束している間に

ジェシカはグロッキーになった片髭の頬をペシペシ叩いた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど貴方達が盗んだ”パリ喰らい”っていう絵を知らない?」

 

「へ!? お前らが俺らから奪ったんじゃねえのかよ」

 

「どういうこと? 私達以外にもグリーンランタンがいるの?」

 

「おお、いるともよ! この間から地下鉄に棲みついた犬のコンビでな。

 俺達が盗んだ財宝を片っ端から力づくで奪い取ってやがるのよ!

 まったく、変死も多いしどうなってやがんだか」

 

「犬のグリーンランタン……サイモン、知ってる?」

 

「そりゃあリスのグリーンランタンがいるんだから

 犬のグリーンランタンもいるんだろうけど聞いたことがねえなあ」

 

宇宙中に散らばって宇宙のために戦うのがグリーンランタンだ。

セクターごとに担当箇所が分かれているとはいえ、

犯罪者を追う過程でバッティングしてしまうこともあるかもしれない。

そう考えたジェシカはロープの端を掴んで片髭を持ち上げた。

 

「そのグリーンランタンがいる場所を教えてくれる?」

 

######

 

 

空気の逃げ場が少ない広大な地下鉄という海に隠された一角。

財宝の臭いが充満する室内には

金銀財宝の山と、その上に簡素な安楽椅子があった。

 

「すごいお宝の数ね、どうやって手に入れたのかしら」

 

「そりゃあやっぱり地下鉄線路を航海してゲットしたんだろうな」

 

地下に秘密資産を隠すというのは非常にポピュラーなスタイルだ。

マフィア、政治家、豪商、資産家と多くの金の亡者が

人に取られない資金の隠し場所に地下を選んでいる。

 

財宝を求めて大海に乗り出すのが海賊ならば、

次の財宝の探求場所に地下鉄を選ぶことの合理さは明らかだ。

事実、行方不明で消息を絶った海賊の多くは地下鉄パイレーツに鞍替えしたことは

専門家の研究によって続々と明らかになっている。

 

ジェシカは財宝や冒険のロマンに馴染みがないが、

サイモンは瞳を輝かせてうっとりしている。

 

「しかし、すげえよなあ……こんなのがまだ地下鉄にはうようよあるんだろ?

 一個でも見つけたら甥っ子の学費にあげられるし、

 二個見つけたら母ちゃんに超高級マッサージチェアを買ってやれるぜ?」

 

「でもやってることは冒険よりも強盗がほとんどじゃない」

 

「まあそうなんだけどね。

 宇宙海賊よりはこっちの方が安全っていうか地に足の着いたイメージがしないか?」

 

「べつに……そういうのだと私は荒くれ者が集うバーのマスターになりたい!

 一筋縄じゃいかないゴロツキ達を軽々と扱うのって憧れる!」

 

「へ、変な所で庶民くせえ……」

 

「だって私達無職じゃない」

 

「海賊に現実を見せないでほしいんだよなあ~~!」

 

ボヤいたサイモンが口を尖らせて財宝を漁っていく。

全てを押収するのが妥当だが、

優先すべきはパリを喰ったことがあるという絵画だ。

 

金貨や宝石をちりばめたネックレスに王冠の中を探していくと、

厳重に梱包された大きな箱が見つかった。

 

「これじゃね?」

 

「開けてみましょう」

 

「待て待て……これは……これだ!

 これっぽい……ぞ!?」

 

中から出てきた絵画に歓声を上げるも歯切れが悪いことを

不審に思ったジェシカも確認してみると、

筆も使わずに絵の具をありったけ無造作に塗りたくった絵だった。

絵心というのは一切感じられないが、

こんなものが絵であるはずがないのが説得力をもたせた。

 

「本当にこれ?」

 

「わからん! 他を探すにも面倒だし、

 この場所を記録していったん帰った方が――」

 

「お前ら盗人だ!!!」

 

くぐもった、かすれて嗄れた声に怒鳴られ、

見つかったと思って音の元を探ろうとするも見つからず。

絵を掴んだサイモンの腕が毛むくじゃらの腕に掴まれた。

 

「お前達は誰だ!? ラーフリーズの宝物を盗みに来た奴らか!?

 許さない! ラーフリーズはラーフリーズ以外の欲張りを許さない!」

 

財宝の山から顔を突き出し、唾を撒き散らす

オレンジランタンのラーフリーズが現れた。

欲望を司り、酷薄な性格を持っているが普段は遠大な宇宙の片隅にて

かき集めた財宝と一緒にいることから無害とされている。

 

まなじりに目ヤニがたまり、

目の焦点も定まらないことから、どうやら眠っていたのがわかる。

 

「聞いたことがあるぞ、お前はオレンジランタンだな!」

 

「ちょっと! 絵! 絵!」

 

殴りかかろうとしたサイモンを

ジェシカが慌てて止め、

舌打ちしたサイモンが絵を渡してからラーフリーズを殴った。

 

尻餅をついたラーフリーズへ追い打ちをかけるか迷ったサイモンだが、

背を向けてジェシカを促して逃げ出した。

 

「逃げるの!?」

 

「だってオレンジランタンだぞ!

 せめて絵をどっかに隠してからじゃないと危ないって!」

 

スポーツカーを構成してドアに手をやったが、

その車を橙色の光弾に粉砕された。

 

やせ細り、飢えた野犬のような外見のラーフリーズが肩を怒らせて

こちらへ向かってくるのがわかる。

 

「どうしてラーフリーズから物を盗む!?

 ラーフリーズはヒーロー! 海賊から盗ってるだけ!」

 

「げっ……」

 

「もしかして盗人なのは私達ってこと?」

 

「聞いてくれ! これは盗品で貴重な物だから元あった場所に戻さないと――」

 

「殺す!!」

 

ただでさえ狭くて閉鎖された空間のいっそう狭い場所にて

ラーフリーズの声が幾重にもこだまする。

こちらの弁明を聞く気がないのは明らかだった。

 

そうこうしている内にラーフリーズの背後から

4名のオレンジランタンが出現し、

意志が見えない動きでグリーンランタンへ橙色のソリッドライトを行使した。

 

オレンジランタンであるラーフリーズの恐るべき力は

単独でありながらも4人のオレンジランタンを繰り出す点だ。

思考を持たず、欲望のライトを司るパワーバッテリーに縛られる彼らは

文字通り不死身の軍隊となる。

 

ラーフリーズの力をよく知らなかったジェシカは

いきなり敵が、それもオレンジランタンが増えたのに腰を抜かすほど驚いた。

そこをオレンジランタンが襲いかかる。

幽体というのに浮かべる表情は一万年は食事を取っていない餓鬼が如しである。

 

「きゃっ!」

 

反射的に絵を掲げてしまい、

遅れてまずいことをしたと気づいたが

もはや取り返しがつかない。

 

オレンジランタンが絵ごとジェシカを倒そうとするも、

盾のようになった絵画が超常的な迫力を発した。

ちょうど絵の正面になる方角にいたサイモンが反射的に避けるも、

ほぼ死んでいるオレンジランタンは絵の猛威をまともに受けた。

 

”パリ喰らい”の異名がわかる事態が起きた。

絵の真正面から一直線に空間そのものが忽然と穿たれ。

初めから何も存在していなかったかのように、

線路もオレンジランタンも消えた。

 

「…………あー、こりゃ危険だな。

 これは危険だぞ、ラーフリーズ!!!」

 

「知るか! ラーフリーズは全てを手に入れる!!」

 

慌てて諭してはみたものの、ラーフリーズは本当に聞き入れない。

 

「よーし俺が引き受けるから、お前は絵を持って先にいけ。

 ランタン相手なら俺にはとっておきがあるからよ」

 

果敢にサイモンが立ち向かうも

翠の弾丸や剣では攻撃があたったとしてもオレンジの兵隊が意に介することがない。

 

オレンジ色のゴーストめいた影がサイモンの両サイドを囲み、

前後左右にオレンジ色の光弾を撃ち出してきた。

大型トラックを盾にし、攻撃を防ぎ、

緑の宝石を拳銃の形にして引き金をひく。

 

「ラーフリーズとどうして戦う!?

 ラーフリーズはヒーロー! グリーンランタンがヴィランと呼んだ!」

 

「……えっ、そうなの?」

 

まだランタン隊員になって日が浅いサイモンは

敵の言葉に動揺し、多数の手足を持つ橙色の異星人に羽交い締めにされた。

 

「駄目よサイモン! 過去は過去として攻撃しているのは確かなんだから!」

 

「で、でもよ……」

 

刃の歯車で敵の手足を切り落とし解放されたサイモンに

オレンジの巨大なレーザーが迫り、盾で受け止めた。

 

アメリカに移住したムスリムを母に持つサイモンは

子供の頃から周囲にテロリスト予備軍と見られて生きてきた。

そんな経緯を持つためか、サイモンは敵には果敢に立ち向かうものの、

少しでも同情の余地があれば、相手の心情に寄り添おうとしすぎる。

 

そんなサイモンが相棒だからジェシカも

グリーンランタンを続けられたのは確かだが、

戦いでは足を引っ張ることもあった。

 

そんな彼を置いて大丈夫かと心配で

後ろ髪が引かれる思いだったがジェシカは一刻も早く出口を探す。

 

「パワーリング。ここから一番近い出口は?」

 

『北東300mの所にマンホール』

 

指示の通りに向かうと本当にマンホールがあった。

梯子を登ろうとすると足に激痛が走り、

絵画を落としてしまう。

 

噛み付いていたのは太くて丸い胴体に四本の腕が生えた

異星人のオレンジランタン。

人間をニ、三人はぺろりと飲み込める

大きな口と尖った歯でジェシカの足を齧っていた。

 

「ひっ!」

 

悲鳴をあげたジェシカが敵の口にありったけの花の種を作り出し、

開いた顎から足を引き抜き、スレッジハンマーで叩き潰した。

弾けて霧散したオレンジの残滓だったが

すぐに同型、同一のオレンジランタンが顕現した。

 

絵画を庇って半身にリングを突き出すが、

足の傷がじくじくと痛み、

茨の森で敵を包み込むと片足で

不格好に梯子を登りマンホールを持ち上げた。

 

「おや」

 

マンホールを出るとちょうど入ろうとしていた、

ラーフリーズを40キロ太らせた

犬のランタン隊員が太陽の光を背にして

膝に手をやり、ジェシカを見下ろしている。

 

「ええいっ、この!!」

 

「キャインっ!」

 

うんざりした彼女の翠の鉄拳で

犬にストレートパンチをお見舞した。

蹴られた子犬のように跳び、数回バウンドして止まった。

 

「ぐぅぅ……」

 

「あれ、もしかして人違い?」

 

よく観察するとカラーリングがオレンジではなく

自分と同じ緑であることに気づいたジェシカが

口元に手を当てて慌てた。

 

地下鉄パイレーツがオレンジとグリーンを間違えたらしいのには

馬鹿じゃないかと思ったものだが、

なるほど気が動転すると色とはわりとどうでもよくなるものだ。

 

「し、しっかりして! 貴方、誰!?」

 

抱き起こして揺さぶると

白目を剥いた腹のデカいグリーンランタンが目を覚ました。

 

「うーん……誰だいお嬢さん?」

 

「ジェシカ。セクター2814の担当よ」

 

「おお! また地球人のグリーンランタンが出たのか。

 私はグノート。誰も知らない最高のグリーンランタンだよ」

 

最高のグリーンランタンとはハル・ジョーダンのことではないだろうかと

内心で首を傾げたが流すことにした。

 

「どうして地球に?」

 

「ふむ、よくぞ聞いてくれた。

 実は私もジャスティス・リーグの

 リーダーを務めていたことがあって地球には詳しいのだ。

 我が従兄弟のラーフリーズは乱暴者でね。

 ここで盗賊を倒してお宝をかき集める生き方を提案したのだよ」

 

「貴方のせいじゃない!!!」

 

頭を支えた手を離され、後頭部から落ちたグノートが頭を抑えて呻く。

 

「痛ぁい」

 

「ご、ごめんなさい。

 でも貴方が狂った異常者を地球に持ってきたせいで大変なのよ!

 この絵! すごい危険なものでパリを食べちゃったんだって!

 貴方の従兄弟がパクったし私の相棒が戦ってるのよ!

 どうしてくれるの、これ!?」

 

「へぇーー何だか聞いたことがあるがそんなの盗ったかなあ。

 まあいいさ。なら一緒に行こうか。

 私にかかればラーフリーズもお手が好きなワンちゃんだ!」

 

#########

 

サイモン・バズの人生は後悔で出来ていた。

ムスリムの生まれということで周囲からの偏見の目に長年晒され、

厳しい母親と真面目で優秀な姉への反抗からチンピラに堕ちた。

親友のナジールと車を毎晩かっ飛ばして憂さ晴らしをし、

その結果が姉の夫でもあるナジールを事故で長年、昏睡状態に陥らせていた。

 

「ラーフリーズは貧乏な家の23番目の子供だった。

 22人の兄と姉に毎日、虐められてた!

 そしたらある日、別の星の侵略者に奴隷にされて家族が殺された!

 ラーフリーズはとても悲しかった……そして反乱者として立ち上がった!!

 宇宙一凄い・偉い・かっこいい!」

 

だからかヴィランの烙印を押されて苦しむ者達には

可能な限り手を差し伸べようとする。

互いにあぐらをかいて向かい合い、ラーフリーズが語り終わり、

サイモンはふんふんと頷いた。

 

「なるほどな。あんたのことがよくわかったよ。

 でもやっぱりこんなのはいただけないぜ?

 俺達は色々辛いことがあるけどがんばって乗り越えないといけないんだ」

 

諭してみるが相手に伝わっているのかわからない。

しかし、やってみないことにはわからないものである。

 

「俺もさ、ガキの頃からずっと捻くれてたけど

 グリーンランタンになってちゃんと生き……

 ニートだけどグレるのはやめたよ。

 やっぱりせめてまっとうに生きるのが一番楽しいんだよな」

 

「ラーフリーズ! まっとう!!」

 

「そ、そうだな。とにかくこれで仲直りだな!」

 

「嫌だ! 盗った絵を返せ!!

 ラーフリーズはラーフリーズから奪う奴を殺す!! 死ね!」

 

「おわっ!?」

 

流れるように敵意を再燃させたオレンジランタンが

女性のオレンジ光をリングより放った。

無表情に橙色のレイピアで刺突するのを緑のサーベルで弾く。

 

ただの荒くれ者が相手ならいざ知らず、

地下鉄という空間ではオレンジランタンは凄まじい相手だとわかってきた。

複数を一網打尽にする攻撃はともすれば地盤沈下を引き起こす危険があるし、

狭い空間の内では個別に動くオレンジランタン達を捉えるのが難しい。

 

「よせって! これ以上、罪を重ねるな!

 盗られたものは元の場所に戻さないといけないんだよ!」

 

「知らん! くたばれグリーンランタン!」

 

出来るかはわからないが、

一か八かでサイモンは片髭が乗っていた超巨大戦艦電車を

そっくり構成して、オレンジの亡者に突進させるのを思いついた。

 

光弾を撃ち続けつつ、意識を集中させ

なんとかそれらしきものをサイモンと相手の中間に生み出す。

全てを把握はしていないからほぼハリボテとなったが

とにかく発車させてみた。

 

狙い通り轟音をたてて電車が進み、

すぐに音速並の速度をだして電車がオレンジランタンを轢き潰す。

……かに見えたが超質量の勢いが弱まり

停止して電車の至る所に罅が生まれだした。

 

無数の破片に砕けた緑の地下鉄電車の向こうで

元気なオレンジランタンが立っている。

グリーンランタンはパワーバッテリーにて

チャージした光力を用いることであらゆるものを生み出せる。

 

だが、構成物への知識や思い入れがあるものほど強度や力が高まる。

冷静沈着なジョン・ステュアートは意思の爆発はないが、

建築家としての深い造詣から構成物の歯車やネジまで精巧に再現することで

抜群の安定性と強度を生み出している。

 

そして、サイモンを指導したことがあるカイル・ライナーは

「パトレイバーと機龍が戦えば勝つのは間違いなく後者だ。

 でも僕はパトレイバーを漫画、アニメ、劇場版全部を何度も観て何でも知ってる。

 僕が作るパトレイバーはデス・スターにだって勝てるぜ。

 どうだ、パトレイバーに興味が湧いただろ?

 アニメや映画ばかり語られるんだけど漫画もこれがまた良い出来で――」

と、サイモンにはわからないようでいて要点だけは伝わることを

えらく長々と語ったものだ。

 

つまり、グリーンランタンといえども生半可な知識と思い入れでは

確固たる構成物を作れないということだ。

橙色の欲望が首魁自らがサイモンの首を切り取りにかかった。

 

もう躊躇っている場合ではない、

覚悟を決めたサイモンは欲望の獣が掴みかかるのを

カウンターで大砲を撃った。

 

「もう怒った! お前を許さない!

 MINE! MINE! MINE!」

 

「とっくの昔に怒ってただろ!」

 

砲弾が鼻面にあたり見事に錐揉みしたラーフリーズを

一瞥すらすることなく、オレンジの兵隊が

グリーンランタンへリングを構えた。

 

「こっちも兵隊だ!」

 

地下鉄の海が深い場所から

魂が脈動するエンジンの音をがなり立て、

サイモンが子供の頃から夢見ていたスーパーカーを召喚し。

見事なドリフトでオレンジランタン達を薙ぎ払う。

 

それでもすぐに復活してしまうが、

今回は中に兵隊も載せている。

 

「カモン! マイ海賊!」

 

サイモンのスポーツカーのドアが開くと

中からは見た感じで高級感のあるスーツを着た男達が出てきた。

一様に貧乏な青年が夢見るようなセレブの格好をしており、

構成者の貧しいステータスが伺えた。

 

「おら! 行けやセレブ! 特攻で死ね!」

 

薄っぺらい笑みを浮かべたセレブの群れが

次から次へとオレンジランタンへ無策に突っ走る。

一体一体ならばオレンジランタンに瞬殺されるが、

サイモンが手がけたセレブの波は無尽蔵にスポーツカーから出てきた。

 

「なんだそれ!? そんな便利な乗り物があるのか!

 欲しい! 欲しい! 欲しい!」

 

「お望み通りたっぷり喰らわせてやるぜ!」

 

線路に密集するセレブが一塊になって出て来る。

サイモンの作戦が功を奏した。

子供の頃に観ていた車のCMの再現だ。

 

すぐに再生する強力なオレンジランタンと

初めから力の限り量産されるいけ好かない特攻セレブ隊が拮抗する。

それでもまだ決め手が出ない。

体中が脂汗でびっしょりになり、頭痛も酷くなった。

 

「よしたまえ、我が従兄弟よ!」

 

的確にオレンジランタンの兵のみを捕獲する檻が展開され、

サイモンをひたすらに苦しめてきたオレンジの亡者が大人しく捕獲された。

不意を突いたとは言え、中々のテクニックだ。

 

サイモンに背を向けて両腕を広げた巨大な犬が立っていた。

 

「我を忘れてどうした!

 私と君は大切な家族じゃないか!」

 

「グノート! ラーフリーズの従兄弟!

 そのクズから離れろ!」

 

「グ、グノート……? 聞いたことがあるぞ。

 そんな名前の歴代最低グリーンランタンがいたとかなんとか」

 

「いいや、離れないぞ!

 私達は家族だがこの青年は私の同僚だ!

 あの絵だって持ってきた!」

 

グリーンランタンのグノートが

ジェシカが持っていた絵をこれ見よがしに掲げた。

 

「我が従兄弟よ!! ラーフリーズは嬉しい!」

 

「そうだろう、そうだろう」

 

「でもラーフリーズは盗人を絶対に殺す!!」

 

痩せきった体躯から想像もつかないほどに

鼻の穴を大きく膨らませてラーフリーズが息巻く。

だが、チャンスだ。グノートの仲裁が役に立ったかはよくわからないが

従兄弟のオレンジ亡者を捕まえてくれている。

 

「……ダメだったか。ねえ、新人君。

 君が裏切ったことにして今すぐ死なないレベルにぶちのめしてくれ」

 

「あいよっ!」

 

気前よくグノートの頭をバットで殴り飛ばすやいなや、

脱兎のごとく駆け出して巨大なグローブで

兵隊に囲まれていないラーフリーズの意識を奪わんとする。

 

あくまで敵の意識を奪わなかっただけなので

グノートの檻は消えていない。

 

チャンスとばかりに真正面からラーフリーズと激突するも、

やはり疲弊が溜まり過ぎている。

憔悴したサイモンの構成した腕が霧散した瞬間。

 

「喰らえ!」

 

敵の頭上に空いた穴からジェシカが降り、

引きこもりとは思えない長い足を用いた踵落としを御見舞した。

 

「ごえぇぇっ!?」

 

意識外の攻撃を脳天に受け、ラーフリーズは倒れた。

 

「ジェシカ!?」

 

「サイモン! よかった、間に合って!」

 

抱きついてくるジェシカの両脇に手をやって

高くリフトアップしてくるくる回した。

 

「マジで助かったぜ、超クールだよ!」

 

「えへへ、そうでしょ!」

 

しばしそうしてから相棒を降ろし、

サイモンはラーフリーズをどうするか迷った。

 

「こいつをどうすればいいのかな?」

 

「さあ……?

 警察は無理だからファントムゾーンかGLCに引き渡しかしら」

 

「でもよ、悲しいもんだぜ。

 腹を割って話して見たら、こいつも昔は圧政に立ち向かった英雄だってよ。

 きっとその時のトラウマで欲望に狂っちまったんじゃねえかな」

 

「たぶんだけど、それは嘘よ」

 

「なにっ! どうしてそう思うんだ?」

 

「私はトラウマで4年間、一歩も部屋から外に出なかった女よ?

 トラウマで心が潰れた人は見れば感覚的にわかるの」

 

心が折れた者に関して一家言あるようだが、

サイモンは納得できない。

 

「け、けれどもさあ。あくまでお前の直感だろ?

 俺はこいつにも良心があると信じたいもんだぜ」

 

「サイモン……貴方って元チンピラなのに天使の心を持ってるのね」

 

急にしみじみと呟かれて

戸惑ったサイモンが頭の裏をボリボリ掻いた。

 

「そういうのはいらないから」

 

「きっとお母さんもお姉さんも良い子に育ったって喜ぶわ」

 

「この状況で母ちゃんと姉ちゃんを出すのはよせっての!」

 

「んまー、照れちゃって」

 

からからと笑ってジェシカがサイモンの背中をバンバン叩いた。

 

「ところで君たち、私のことを忘れてないかね」

 

「そうだ、忘れてた! この人はグノートって人よ。

 この先輩が凄いのよ! 色々なマニュアルをくれたし、

 こっそり掘ってた抜け穴を教えてくれたの!」

 

「ぬ、抜け穴……勝手に掘って大丈夫なのかそれ?」

 

「もちろんグノートの凄さはそれだけじゃないわ!

 ほら、私に言ったのを教えてあげて」

 

内気な彼女にしては珍しく、

グノートに熱心に語りかけていた。

地球人ランタン以外との隊員へのコミュニケーションはまだまだ躓くが、

どうやらここでも成長が見えたようだ。

 

「サイモンくんだったかな。

 君は入隊訓練をどれくらいやったかね?」

 

「俺達は実戦経験積んだ後で始めたから一日で終わったよ。

 他の奴らは一ヶ月やったりするらしいな」

 

「私の入隊訓練期間は17年だ」

 

「じゅっ! じゅじゅじゅじゅじゅじゅ17年!?

 すっげえ!! すごいのかよくわかんねえけどすっげえぞ、あんた!!!」

 

「でしょ! おまけに毛並みは犬なみで触ると毛皮が気持ちいいの」

 

「照れるね」

 

馬鹿にしているのか本心から尊敬しているのか

よくわからないが、ともかくジェシカはグノートが気に入ったようだ。

しかし、17年。途方もない期間であった。

 

「じゃあ、あんたに聞こうか。このラーフリーズって奴はどうすればいい?

 正直、人を殺したわけじゃないから困ってる」

 

「ふーむ……私としては寛大な処置を望みたいんだが。

 実は彼はこの間、上位次元からやって来た全知全能神と戦って撃退したんだよ」

 

「全能の神? 凄いのが出たな……」

 

「私達もいつかそういうのと戦う日が来るのかな。

 でもそういう功績があるなら無実で釈放しても良い気もしてくるかも」

 

「こいつは死刑が妥当だよ」

 

「んっ?」

 

「なんだ?」

 

目を覚ましたラーフリーズが会話に割り込んできたが

なにやら様子がおかしい。

血走った目も黄ばんだ歯から垂れ続ける涎もない。

 

「あんたらはこの子のデマカセに騙されてるみたいだけどね。

 こいつはとんでもないろくでなしだよ!

 産んだあたしが言うんだから間違いないさ!!」

 

「こ、これは……二重人格ってやつか!

 深刻なトラウマを負うと逃避先の人格ができあがるっていうぜ!?

 やっぱりこいつも悲劇のヴィランってやつなんだ!」

 

「違うわ! これはイマジナリーフレンド系よ!

 一人でいるのが寂しい時はそれっぽい人格を作り上げて話し相手にするの!

 作り込みは孤独レベルに比例するシステムになってるわ!

 ちなみに私のベストイマジナリーフレンドはジョスっていう

 なんでも受け入れてくれるシャイでお金持ちのオシャレボーイ。

 引きこもり卒業で解散式をやったけど

 総勢7名のイマジナリーフレンドとの別れは思い出すだけで涙がでるわ」

 

「そ、そうなの……?」

 

急に語りだしたジェシカに戸惑うが、

サイモンには違いがよくわからなかった。

二重人格もイマジナリーフレンドも人を求めているのは変わらない気がするが。

 

「グノート。あんたは知ってたのか?」

 

「そういえば……

 いきなりおばちゃんくさい話し方になったことがたまにあるな。

 まさか彼の母君だったとは。彼の母君で合ってる?」

 

「あんたのことはクズのこいつも大事に思ってるよ。

 でもねえ、かといって過去に行った罪は消えないよ!

 こいつは最低最悪の裏切り者さ!」

 

「独裁者を裏切ったってことなら、それは――」

 

「純な子だねえ。こいつがやったのはまっっったくの逆だよ。

 いの一番に同族を独裁者に引き渡して、同じ民族の奴隷が反抗しないように

 ずっと監視してたんだよ! こいつの告げ口で死んだヒーローは100じゃ効かないねえ」

 

「まさか、そんなのありえねえ」

 

明かされたラーフリーズのあまりの所業に

言葉を失った哀れな相棒の肩にジェシカは手を置いて頷いた。

 

「貴方の言いたいことはわかるから代わりに言ってあげる。

 ”うっわぁ、マジでないわ、こいつ”」

 

「あたしも同感だね。でもそれはそれとして忠告することがあるよ。

 この穴蔵には少し前から妙なものが棲みついてるのさ。

 おかげでカモだった海賊達が殺されて、こいつもカンカンだよ!

 そいつを倒せばちょっとはおとなしくなるんじゃないかねえ」

 

そういえば地下鉄パイレーツも同じことを言っていたのを思い出す。

危険度で言えばラーフリーズよりは、その怪物の方が大きそうだ。

サイモンも見過ごしたくはなかった。

 

「グノート。絵とラーフリーズを確保しといてくれ。

 俺達はその怪物を倒してくる」

 

########

 

意外かもしれないが、

地下鉄パイレーツがはびこる地下鉄では、

住むのはなにも海賊ばかりではない。

 

ラーフリーズのイマジナリーフレンドである

彼の母親に教えられた場所を辿っていくと、

回収されずに放置された変死体が次から次へと見つかった。

 

これが地下鉄社会の文化なのだろう。

地表より下、地下に広がる地底魔界より上に暮らす者ならば

供養もいらずに土に還るのみということか。

 

「酷いわね……」

 

「まったくだ。地下鉄人とはいえ、

 この人達にだって名前はあったろうにな」

 

胴体には傷一つないが

頭部は原型がイメージ不可能なくらいに破壊されている。

リングでスキャンしてみると内側より膨張した何者かに砕かれたようだ。

 

奇妙なことに変死体が生まれた地点は

多少、曲がったり迂回することはあっても

一筆書きできれいな線となった。

 

地下なために低温度だが湿気が強く、

空気の行き場も少ないために、

血と腐敗の臭いが充満し、常人ならば一分も保たずに卒倒するだろう。

 

「ごめん、私もう限界」

 

無残な死体の数々にあてられ、

真っ青になったジェシカは憔悴して壁に手をつき、

胃の中のものをぶちまけた。

 

『少しいい、ジェシカ?』

 

「なに?」

 

胃の中のものを全部、吐ききってすっきりしたジェシカに

パワーリングが呼びかけた。

 

『死体をスキャンしたところ、

 どれにも残留する意志の力が皆無みたい。

 死んでいるとはいえ、多少なりとも残るはず』

 

「そうなんだってさ」

 

「俺のパワーリングはそんなこと教えちゃくれなかったぞ」

 

『聞かれませんでした』

 

「おかしいとは思わなかったのかよ……」

 

『おかしいとは?』

 

埒が明かないと感じたサイモンが肩をすくめる。

ジェシカがパワーリングを話し相手にしているのは知っているが、

こういった利点があるとは盲点だった。

 

「他に気になる点はある?」

 

『死体の周りに多くの足跡があるわね。

 孤独に死んだようでもありますが、少なくとも直前までは人といた。

 そして被害の流れと足跡が一致している』

 

「つまり、逃げる奴らを捕まえて意志力を吸うなりして爆発しまくったのか。

 お前のパワーリングは凄いな。バットマンみたいだ」

 

「褒められたね」

 

『光栄だわ』

 

「私の手柄でもあるわね」

 

「おっしゃる通りで」

 

ジェシカと初めて会った時は

相手の目もまともに見れず、話す時は決まって下を向いていた。

そんなおどおどした様子にいらだちを覚えたりもしたものだが、

今となっては頼れる相棒になった。

わからないものだ。無理やり組ませたハルはこうなることを見抜いていたのか。

 

「纏めると人の頭に乗り移って意志力を喰いながら殺し回る

 ウィルスとか危険生物とかヴィランがいるんだな」

 

「つくづく凄いわ、世の中って……」

 

地下鉄変死事件のおおよその全体像を掴めてきた2人は

ペースをあげて死体の道筋を辿っていく。

先程、地下鉄パイレーツの船団を拿捕したことで、

地下鉄電車が走る音は聴こえないが、

かすかに反響めいた音が耳に届く。

 

ソリッドライトで作ったマップに打ち込んだデータから導き出した

危険存在が進むと予測される方角と地下鉄船の航路が重なった。

広大な地下鉄世界で人間の精神を媒介に飛んでいく生物を探すのは至難を極めたが、

奇しくも片髭を捕まえたのが功を奏した。

 

「うわあああ!! なんだその頭あぁぁぁぁ!!」

 

「えぇっ!? 何ぃ! 俺の頭がどうかばあぁーーーー!」

 

停車している地下鉄パイレーツの小規模な一団がちょうど件の生物に襲われていた。

リザードマンといった獣人もどきも混じった海賊の乗組員の頭が醜く膨らみ、

眼球が押し出されても痛みを感じることなく、何が起きたのかわからないままに破裂した。

 

「見つけた!」

 

「実際に見るとなおのことグロテスクね」

 

口元を手で抑え、胃液が逆流するのを我慢するジェシカが、

リングを使って乗っ取られた者がいた周囲に花を咲かせていく。

花びらが舞い、敵の姿が現れた。

 

細い四肢にメタリックな仮面を付け、双眸が炯々と暗い赤光をたたえている怪物。

間違いなく、生物ではあった。

しかし、ジェシカのソリッドライトを紙のように切り裂き、

怪物は次の獲物の頭部に入り込んだ。

 

「落ち着いてこの車に乗れ! 何があっても絶対に降りるな!!」

 

無事なパイレーツ達を緑の大型バスに乗るよう指示し、

サイモンが精神を喰われんとする者と相対する。

 

「ひっ、なんだよあんたら!」

 

自分が置かれた状況が理解していないのか、

乗っ取られた乗組員が不可解な平常さを保っていた。

すぐにでも裡から飛び出した刹那を叩こうと狙うも、

こうされると相手がまだ助かるのではないかと疑念が湧く。

 

リングにスキャンさせると相手の意志力がぐんぐん減っていく。

筋骨隆々だが地下生活のせいで色白な海賊の背後から怪物が飛び出して

サイモンに異様な長い指を突き立てに来た。

 

速い。

二の腕が爪に切り裂かれ、

ハンマーを振るっても空を叩き、

敵ははるか彼方にいる。

 

「お前は誰だ?」

 

心音がざわめく低くて冷たい声だ。

 

「そういうのは先に名乗っておくもんだぜ。

 つうか喋れたんだな」

 

「私は無名(UnNAMED)。無形の存在、過去なき者」

 

「それっぽいこと言いやがって。

 過去のない奴がいるわけねえだろ」

 

「いいや、本当さ。私は何千年も生きてきたはずなんだが、

 何も覚えていなくてね。こんな生命があるわけないとはわかっているんだが、

 故郷が何処かは自分でもわからないんだ」

 

仮面の奥にある暗い闇がせせら笑ったように見えた。

莫大な意志を持つサイモンをして総毛立つ迫力だった。

 

「俺達はグリーンランタンだ。

 お前を倒しに来た」

 

「わからないなあ。誰も顧みない地下鉄世界で食事をしているだけなんだが」

 

「正直言えば成り行きだが、

 お前の食い散らかした後を見てがぜんやる気が出てきたぜ」

 

「似たことを言って餌になったのは何人いたかなあ」

 

「喜べ、聞き納めだぞ」

 

シニカルに笑うことで自分を元気づけ、

今度は無名の怪物が瞬速を捉えた。

しかし反撃をしても敵に攻撃はあたらない。

 

ジェシカも加勢するが、リングのコントロールがサイモンに劣る彼女では

取り憑きを基点に現れる怪物に太刀打ちできない。

 

「この!」

 

ヒットアンドウェイを繰り返す敵に

大きなチャイルドシートを出してシートベルトを使って縛り付けようとする。

だが、怪物の爪が緑のベルトを微塵切りにして抜け出した。

 

速い、サイモンでも追うのがやっとで

ジェシカでは視認するのも難しい。

 

ためしにサイモンがカイルに習った

複雑な造りの迷路を周囲に構築してみたが、

そうすると今度は怪物は存在を希釈させて消えた。

 

『ジェシカ、恐らくは彼の顕現距離には限界があるわ。

 まずは依代を捕まえましょう』

 

「なるほど! 相変わらず優秀ねえ」

 

得心が行ったジェシカが今や精神を喰われ尽くして

痛々しく棒立ちする依代に向かった。

すると生気のない海賊から怪物が直線状の光線となって走った。

反応が遅れ、首筋に冷たい予感が迫るも、

サイモンが光弾を撃ち、距離を縮めて怪物を引き受けた。

 

ジェシカが依代に蔓を巻きつけて

遠い場所に投げつけると

推測が当たり、サイモンの前から怪物が消えた。

 

厳重に縛り付けた依代だが、

これをしてどうなるかというと難しいものがある。

サイモンが考えたのがもはや死体同然の依代ごとの粉砕だが、

それをしても倒せるのか不明だ。

 

だが思案に耽る暇はない。

ここは地下鉄、数千の線路が行き交う荒くれ者たちが夢の世界。

じっとしているだけで、のんきに航海をしている

地下鉄パイレーツが通りがかってしまうかわからない。

 

必死に思考を巡らせたサイモンだが、

それすらも後手だったとすぐにわかった。

捕まった依代が無表情で顔を天井に向けると

人間には不可能な声量で叫んだ。

 

「うわああああぁぁぁぁん!!

 怖いよおおおぅ!! 誰か助けてえぇぇぇ!!!!」

 

それは十歳を過ぎたくらいの少女の声だった。

海賊は絶対に出せない音である。

事実、叫びながら海賊の口から夥しい血が溢れていた。

 

これは非常にマズい。

地下鉄は海賊も多いが、住む場所のない浮浪者も多い。

地上では生きられない者達の集落も何処かにあると聞く。

地下鉄村にもしも善良な地下鉄人がいて、

可憐な少女の危機だと知って様子を見にでも来たら。

 

サイモンは迷わずにリングを外し、

無力な常人の姿をさらけだす。

バットマンの睨みもあって銃を捨てたのを後悔したが、

どっちにしろ無意味だ。

 

「サ、サイモン!?」

 

切迫した事態で頭が動かなくなってしまっていたジェシカが、

相棒の行為に目を見開く。

こちらの意図に気づいてるかわからないが、

ともかくサイモンは親指を立てた。

 

「行ってくるぜ」

 

駆け出したサイモンが胸を叩いて

高らかに絶叫した。

 

「おらっ! てめえにごちそうをプレゼントしてやるぜ!

 宇宙最強の意志力を持ったグリーンランタン様だ!

 ビビってんならショボい一般人でも食ってひもじい腹を満た――」

 

言い終わらないうちに

サイモンの脳に”それ”が来た。

凄まじい激痛だ。頭蓋骨の内側から脳を齧られ、引き毟られる感触がする。

 

「ぎいぇぇぇぇ!!?」

 

覚悟していた痛みをゆうに超えられてしまい。

頭を抑えてサイモンは転げ回った。

意思が内部から喰われていくという激痛を完全に舐めていた。

 

必死の抵抗を試みるが雲を掴むように心もとない。

サイモンの脳裏を高速で過去がフラッシュバックする。

母に手を取られて歩くも、周囲がひそひそとテロリストだの囁く幼少時代。

歴史の授業でテロの話題に入ると不愉快な視線を教師含めた教室中から浴びせられた学生時代。

すべてに嫌気が差して夜の街で車を飛ばした時代。

そして、リスのグリーンランタンに導かれ、ジェシカと相棒を組んだ現代。

 

「しっかりして!」

 

頬を殴打する勢いで叩き、胸ぐらを掴んでがくがく揺すりながら

サイモンの相棒、ジェシカが呼びかける。

目に涙を浮かべるくらいに真剣なためか顔にやたらとつばが飛んできた。

 

何かを言おうと思ったが、気力が衰えて口が動かない。

 

「聞いて、サイモン!

 私ね、今でも貴方がいなくなるとどうすればいいかわからないの!

 ずっと部屋から一歩も出られなかったけど、

 貴方と会えてようやくコンビニの店員くらいなら

 スムーズに話せるようになったのよ!」

 

コンビニの店員くらいというのは酷い言い草では?

サイモンは訝しんだが頭がとても痛かった。

怪物に喰われ、無名に堕ちようとしかけているサイモンに

ジェシカは残酷にも姉が送った過去の写真を見せつけた。

 

親友で義兄のナジールと一緒に

白地のシャツにペンキで「世界最高にクールな俺達」とペイントしたものを着て、

気取ったポーズを決めてる十代の頃の写真だった。

当時は頭がおかしかったのでそれがイケてると思っていたのだ。

 

「バイトの面接に何度落ちてもこの写真を見るたびに元気づけられるの。

 こんなやっべえセンスかまして挙句の果てには

 不良になって更生して現無職っていう経歴を持っても

 人間は生きられるんだって思えるの! 4年間、一歩も部屋を出なかった私が!

 私も貴方と一緒なら”世界最高にクールな俺達”になれる気がするのよ!」

 

「ちょ……やめ……もうその辺……」

 

意味のない言葉しか口に出せない

サイモンへジェシカは写真に映ったシャツを

そっくりそのままリングで実体化させ、いそいそとサイモンに着せた。

加えて、ジェシカも全く同じシャツを具現化して袖を通した。

 

だが、それはサイモンも同じであった。

境遇に拗ねて不良の道に逃げ込み、

補導経験も前科もある彼にとっては、

気弱で口下手だが成長しようと足掻き続けるジェシカは勇敢に見えた。

 

そして、甥っ子も大きくなった姉夫婦の家に

ヒーローをやっているとはいえ、居候同然に住んでいる自分でも

彼女の世話をして、彼女が成長するのを見守る度に、

自分もなんとかやれる気になれた。

 

「意識を集中して、貴方の翠玉の太陽を見つけて!」

 

翠玉の太陽とはグリーンランタン・コァに伝わる概念だ。

曰く、生きとし生けるものすべての内にはそれぞれの太陽が照らされており、

それが一際大きいエメラルドの火球なのがグリーンランタンというものだ。

 

震える手でリングを嵌めなおし、

ランタンになったサイモンは己の内側に潜り込んでいく。

暗く、昏く、失意と怒りと恐怖が渦巻く己の内面宇宙。

そこには太陽という立派なものはなく、

せせら笑う無名の怪物の姿なき声と咀嚼する音が鳴り渡っている。

 

何処にも太陽がない。

深く、希望がない闇の中、

サイモンはもしや、と思った。

これはいわゆる目の前の相棒こそが自分の太陽ではないかと。

 

むしろ、これがお約束だ。

激痛と薄くなった意識の中で朦朧としたサイモンは

これぞ天啓だと考えた。

 

「もし…………」

 

ジェシカに狙いを定めていかにこれを太陽に見立てるかの

手段を探ろうとしたサイモンの耳におずおずとした声が聞こえた。

灰色の肌に垂れた尻尾、ケロイド状に溶けた皮膚。

生まれつきなのか、何かの実験体が逃げ出したのかわからないが、

兎にも角にも地下鉄村なのは明らかだった。

 

怪物が発した助けを求める偽の声に

勇気を振り絞ってやって来たのだろう。

体中に刻まれた傷跡から、彼が受けていた境遇が見えた。

彼の後ろにはさらに数名の似たようなはぐれもの達がおり、

迫害を受けつつも人助けをしようという人々が地下鉄にもいるのだと

サイモンはぼんやりと思った。

そして、自分が失敗すれば彼は――

 

「In brightest day, in blackest night,

 No evil shall escape my sight

 (最明なる昼も、深闇なる夜も、

 我が瞳――悪を逃さじ)」

 

サイモンの精神世界に太陽が燃え上がった。

何処に隠れていたのかまったくわからないが、

今のサイモンは翠の意思が灼熱となっていた。

 

「Let those who worship evil's might.

 Beware my power

 (悪に魅入られし者達、我が威に屈せよ)」

 

まだ入隊して日が浅いサイモンだが、

裏社会にて囁かれる二つ名がある。

”奇跡の成し手(The Miracle Worker)”。

完治不能な傷を癒やし、

怒りに囚われたレッドランタンの憎悪を癒やす。

 

「なんだ、それは……?

 こんな意思は見たことがない。

 貴様、本当は何者なんだ!?」

 

まだ使いこなすことは到底不可能だが、

少なくとも、今は使えるという確信があった。

無名の怪物ごときでは決して食いきれない太陽に、

数多の意思を喰ってきた怪物が震えた。

 

「――Green Lantern's light!! (グリーンランタンの光に!!)」

 

リングの付けた手をこめかみに接着し、

拳銃で撃ち抜くのをイメージ。

太陽の意思をソリッドライトに転換させ、

脳へと翠の光を放射した。

 

「GYAAAAA!!!!」

 

姿なき闇が翠の炎に焼却され。

脳を掻き乱す怪物が消え去った。

 

「よかった……」

 

へたり込んで安心しきった笑顔を浮かべるジェシカに頷きかけ。

力が戻った両足で立ち上がり、今一番したいことをすることにした。

 

「ねーよ、このシャツァ!!!!

 あと、そこの人達、マジでサンキューな!!

 あんたらが今日のMVPだぜ!!」

 

サイモンはそう叫ぶや否やシャツを強引に引きちぎり、

怪物の罠にハマって誘き出された人々へ手を振った。

目の前で起きた事柄を理解できない彼らは一様に首を傾げて去っていくが、

気分が良いのでまったく気にならなかった。

 

「さて、化け物退治も終わったし、

 グノートからラーフリーズと絵を受け取るか!」

 

「ハッピーエンドね!」

 

「ああ、こうなったのも全て

 俺達のチームワークってのが

 いよいよ熟成され「イエーイ!!」ん、んんん?」

 

この激闘を上手い具合に総括しようとしたところを

ジェシカが流れを読まず、かぶせ気味にハイタッチを要求してきた。

戸惑ったサイモンだが、こういうのにジェシカが全く慣れていないのは知っている。

その証拠に地下鉄海賊、ラーフリーズ、無名の怪物(UnNAMED)との戦いでは

見られなかったくらいに爛々と瞳孔が開いて異様な色をしていた。

 

「そうだな、イエーイ!」

 

「ふふふ、イエーイ! イエーイイエーイイエーイ!!!」

 

ハイタッチに乗るとジェシカは何度も何度も掌を叩く。

力加減がわからないのか、強かったり弱かったりとちょうどいい具合に行かない。

ところどころでやけにスリリングな振る舞いをする相棒だと

サイモンはつくづく嘆息した。

 

『あの、ジェシカ。お取り込み中のところいいかしら?』

 

「イエーイイエーイ! どうしたの?」

 

『ラーフリーズがグノートと絵を連れて地球を去ったようです』

 

「そ、そんな!?」

 

「ここまで来てそうなる!?」

 

『ちょうど無名の怪物と戦っている時だし、

 どうしようもなかったわ。

 失敗があるとすればグノートに任せたことくらいでしょう』

 

「どうしよう…………」

 

この世の終わりと言わんばかりに崩れ落ちて

ジェシカ・クルーズの目から生気が失われていった。

本当にインスタント感覚でテンションが急降下するなと

サイモンは思ったがデカイ失態を自分以上に落ち込む相棒を見て平静を保てた。

 

『グノートからラーフリーズの居場所を受信したわ。

 絵の居場所は大丈夫。正式な隊を編成して向かえば取り返せるし、

 グノートが過度な暴走のストッパーになるでしょう』

 

「まあラーフリーズは棲家からめったに動かないっていうし、かえって安全

 ……というアプローチでバットマンに説明しよう。

 あんなもん展示しようという方がおかしいしな」

 

方針を強引に打ち立て、

しゃがみ込んでジェシカに目線を合わせた。

 

「ほら、一緒に行こうぜ相棒」

 

「駄目よ……もう駄目駄目よ私……」

 

「提案があるんだ。バットマンに叱られる前にパンケーキを食ってこうぜ」

 

「賛成!! もう、サイモン。貴方って本当に最高よ!」

 

「あったりまえだろぉ? 俺達は宇宙一クールなバディだぜ!」

 

誰かの言葉だが、

2人というのは良いものだ。

悲しいことは半分で済むし、嬉しいことは2倍になる。

 

揃ってニートで任務も半ば失敗ではあったが、

先程までの絶望が嘘みたいにハグしてくるジェシカを見てそう思った。

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