ジャスティス・リーグ・インターナショナル。
世界中で活動するヒーローの中でも
名だたるアホとボンクラを寄りすぐって結集したチーム。
某発展途上国の大使館を格安で買い取った本拠地にて、
ロシアから派遣された国際派ヒーロー、
ロケッドレッドは優雅に仏字新聞を読んでいた。
「ふーむ……」
豊かな髭を撫で、自室のベッドに腰掛けて
ロケッドレッドことドミトリ・プーシキンは唸った。
1単語たりとも読めなかった。
当然のことである。
ドミトリはロシアではエリート中のエリートではあるが、
フランスにはあまり興味がなく、語学も英語や中国語はできるがフランス語は少し習った程度だ。
しかし、少しでもフランス語ができるようになっておかねばならない。
彼はもうすぐロシアからアメリカ、アメリカからフランスに引っ越さなければならない。
この時代、世情は不安定であり、
アメリカとロシアの関係も冷戦を引きずっていたが、
ジャスティス・リーグ・インターナショナルは暗黒時代の波に負けじと
アホの種をヨーロッパにも汚染させんという計画を練っていた。
その第一歩がジャスティス・リーグ・ヨーロッパ。
ロケットレッドと彼の盟友、キャプテンアトムが中心となり、
ウォリー・ウェスト、ラルフ・ディブニィ、カレン・ゾー=エル、
バディ・ベイカー、レックスも参加する
フランスを本拠地としたチームである。
フランス語話者が探偵のラルフしかいないのに
パリを本拠地にするヒーローチーム。
無謀極まりない試みだが、故にやらかすのがJLIの誇りであった。
「ブースターとテッドの馬鹿野郎は何処だ!!!!」
やはりバットマンに頼んでおいたバットフランス学習ビデオの完成を待つべきかと
思案していた所に壁をぶち破って
友人でありJLIのリーダーでもあるマーシャン・マンハンターがやって来た。
「どうしたのだ、同志ジョン・ジョーンズよ」
「ドミトリか!? まさかあの馬鹿どもを匿ってはないだろうな!?」
ドミトリの尻が大きく震えた。
「おいおい馬鹿なことを言うな。
私はちゃっきちゃきのコミュニスト。
赤き思想がリーダーを裏切るわけがあるまい」
「本当だな! 信じるぞ!」
「しかし、大変な剣幕だな。いったい何があった?」
「むう! 聞きたいか!?
奴らめついにやりおった!!
私が大事に保管していたオレオを世界中にバラ撒いたのだ!!」
「また買えば良い話ではないか」
ジョン・ジョーンズが買い貯めしているオレオは1,000tを優に超える。
オレオとJLIが半独占契約しているも同然であった。
しかし、ジョン・ジョーンズの怒りは収まらない。
「そうやって甘い顔をするから奴らは際限なくつけあがるのだ!
今日という今日はいい歳して学生気分が抜けない大人の末路を思い知らせてくれる!」
「そ、そうか……とにかく二人はここにいないぞ」
「見つけたらすぐに知らせろ!!」
そういって鼻息荒くマーシャン・マンハンターはドミトリの部屋を出ていった。
嵐が火星に吹くのかは知らないが、もしも火星嵐が存在するなら
まさしくああいったものなのだろう。
ドミトリは尻の下で蠢く物に呼びかけた。
「もう行ったぞ」
「サンキュー、ドミィ!! やっぱ困った時はコミュニスト様だぜ!!」
「危うく絞め殺されるところだったよぉ!」
ベッドの下からブースターゴールドが、
クローゼットからブルービートルが出てきた。
どちらも息を潜めてマーシャン・マンハンターから隠れていた。
そのせいか陽気なようでいて幾分、青ざめている。
「ところで奪ったオレオはどうしたんだ?」
「世界中の孤児院に配って回ったよ」
「オレオくらいならヒーロー名義であげれば国際問題にもならないしな」
「なるほど……感心だ」
「たしかに」
出て行ったはずのジョン・ジョーンズの声とともに、
閉じたドアがぐにゅぐにゅと不定形に変形した。
緑肌の無毛な巨漢が肩を怒らせてブースターとテッドの前に立ちはだかった。
「ふぁっ、ふあ~~~~~~~っ!?」
絶叫して逃げようとするブースターゴールドの首根っこを掴み、
首に腕を巻き付けて吊し上げた。
「よせぇ!!」
親友のブースターゴールドの危機に
テッドは勇敢にも音波銃を構えた。
「ブースターに危害を加えるなら僕が――」
「悪いのは貴様らだろう!!」
しかし、最優ヒーローとして
多くのヒーローに信頼されるマーシャン・マンハンターは
探偵としても腕利きとして知られている。
加害者サイドを入れ替えんとする巧みな作戦を見破り、
有無を言う暇も与えず足を伸ばしてテッドを遥か彼方に蹴り飛ばした。
否、正確にはテッドの最近贅肉がついてきた腹に足の裏を置き、
そこを起点に脚そのものを延長したのだ。
その長さたるや地平線の向こうまで続いている。
普通の市民やヴィランなら死ぬが、
ヒーロー相手には多少の殺人技を繰り出しても意外と死なないものだ。
同じことはバットマンがスーパーマンやロビンを
相手どった経験から極めて正確なデータを出している。
「す、凄いとこまで伸びたな……」
足そのものを伸ばしてテッドを運ぶという形をとったことで
壁に空いた大穴を覗き、ドミトリが冷や汗をかいた。
バットマンを怒らせようともワンダーウーマンを怒らせようとも
いつもは怯えないブースターゴールドだったがようやく事態の深刻さを理解し始めた。
「オ、オギャー! オギャー!
マンマァ~~! マンマァ~~!
クソ怖ぇでチュー!」
ブースターゴールド。親指を咥えてクレバーに赤ちゃんを装い、
我を失うほどに激怒するマーシャン・マンハンターを鎮める作戦に出た。
オレオに狂っていてもマーシャン・マンハンターは宇宙五本指に入るヒーロー。
赤ちゃんを傷つけることは本能的に避けると読んだ。
「大したものだ……
命惜しさにそこまでやるか普通?」
感嘆するドミトリ。
ブースターの行為が実を結び、ジョン・ジョーンズの手が緩んだ。
「無駄なことは言わず、ただYESかNOで答えろ。
私が大事に保管しておいたオレオを世界中の孤児院に配ったんだな?」
「ハァーイ!」
「寄付したのは良しとしよう。
だが、何故にオレオ、それも私が大事にしていたオレオを使った?
まさか……まさかとは思うが……私をおちょくるためだけにやったのか?」
「チャーン!!」
「どうやら死にたいようだなぁ!!!!!」
「バッブゥーーー! ギブギブ! ギブでチュー!」
いっそう、事態が悪化し、ブースターゴールドの顔が土気色になっていく。
見かねて助け舟を出そうとしたドミトリだったが、
ちょうど室内備え付けのアラームが鳴り響いた。
「おお、同志ジョン・ジョーンズよ。
出動要請が来たぞ。きっとどこぞのヴィランが大暴れしているのだ。
正義の鉄拳を喰らわせねばな!」
「こいつらをぶち殺してから相手してやると悪党に伝えておけ!!」
「むぅん。これは予想外だな」
豊かな髭を撫でてドミトリはひとりごちた。
まさか本気で殺す気はないだろうが半身不随くらいはありえるだろう。
いくら馬鹿二人とは言え、それはあまりに酷というものだ。
仕方なく、ドミトリは机の引き出しからラッピングした
レコードくらいの大きさの平べったいプレゼントを取り出した。
「同志よ。これを進呈しよう」
「後に――オレオの匂いだ」
「そうだ。貴君の誕生日にプレゼントしようと思っていた。
特製オレオだ。ラッピングを開けてみると良い」
「おお!」
ラッピングを開けると、
円盤状に平べったい形で世界地図が彫られたオレオが出てきた。
アルフォートの船とは比べ物にならない精巧な代物だ。
体を自由に変えられるシェイプシフターなジョン・ジョーンズが口を真横にし、
巨大円盤オレオを一口に呑み込んだ。
「うーむ……素晴らしいオレオだ。
礼を言うぞドミトリ」
はちきれんほどに膨らんだ鬼神火星人が誕生日プレゼント用の特注オレオによって
みるみるいつもの柔和な顔立ちに戻っていく。
それに連動してブースターゴールドが解放され、テッドがジョンの足と一緒に戻ってきた。
「た、助かった?」
「そのようだな。これに懲りたらもう少し行儀よくするんだぞ。
いいか、馬鹿をする前に自分の歳をよく考えるんだ。
子供がいてもおかしくないんだぞ、お前たち」
「ありがとう、ドミトリ!
あんたは命の恩人だよぉ!」
オレオをじっくりと味わい恍惚状態のジョン・ジョーンズ。
嵐が去ったとわかり、命拾いしたブルー&ゴールドが抱きついてきた。
「ハッハッハ、そうだろうそうだろう。
良い機会だ。お前たちもコミュニストに改宗するか?」
「ぶっちゃけ未だに共産主義ってよくわからんけど来世になったら考えるぜ!」
「僕はちょっと……だけど借りは絶対に返すから!」
どうにか和やかな空気になって来た所を
血管を浮かべて頭を掻き毟りながらマックスウェル・ロードが怒鳴り散らしに来た。
「いつまで遊んでるんだガキども!!
警報鳴ってるんだから早く来いや!!」
#########
「ロケットレッド!!
馬鹿野郎、なんで俺なんかを助けた!?」
「これで良いのだよ、ブースター」
「駄目に決まってるだろ、俺なんかが生きてどのツラ下げろっつうんだよ!!」
「妻と子供達に愛していたと伝えてくれ」
「ドミィィィィィィッ!!」
#########
昔、遠い昔は神の力が欲しかった。
スーパーマンのように力強く、バットマンのように賢く、
フラッシュのように素早く、ワンダーウーマンのように弱者を教化し、
アクアマンのように未知に通じて、グリーンランタンのように宇宙的。
そんなヒーローになりたかった。
だが、真実、神の如き力を得てわかるのは、
人でいることの難しさばかりだ。
アース22。
絢爛たるキングダムに至った世界にいるとつとに思う。
「なぜだ! どうして俺の邪魔をする!?」
絶叫して槍を振るうのはマゴッグ。
カンザス数万人が死亡する事件に関わり、
それと同時にアース22が絢爛たるキングダムへ向かうピースのひとつである。
「悪いな、マゴッグ」
短く告げ、最小限の動きで攻撃を躱す。
マルチバースとは時に音楽に例えられる。
1つ1つの世界は異なる振動を奏でているが、
どれか1つが歪んだ音を出すとマルチバース全体の不協和音に繋がることもある。
そうした事態を防ぐのもブースターゴールドの任務のひとつだ。
「どけぇ!」
荒々しい攻撃を繰り出してくるマゴッグ。
彼は本来、家族経営のヒーローに近い。
一族で最も強い者が武装と灼熱の右目を受け継ぐとされており、
アース22のマゴッグはマルチバース全土において最強だ。
踏み込んで相手の懐に入り込み。
胸元にガントレットの光線を撃ち込む。
しかし、予想していた通り、マゴッグには効かない。
人々がスーパーマンを超えて選んだだけあって、
ブースターゴールドでは到底勝ち目がない性能だ。
「毎晩毎晩、夢の中で呪われるんだよ!
俺の耳から離れてくれねえんだ!
どうして解放されちゃいけねえんだよ!! 誰も困らないだろ!」
正攻法から素早く切り替えたブースターは
突き出してきたマゴッグの槍に両手を添える。
このアースのニューエイジ・ヒーローの特徴だ。
力任せで技術がない。
突きに載せたエネルギーをそのままマゴッグの右目に吸い寄せる。
彼の右目はラーの瞳だ。太陽のエネルギーを蓄えた増幅器。
破壊するのは困難を極めるが、マゴッグの槍ならば割ることができる。
「ちくしょう!!」
右目を抑えて膝をついたマゴッグが、
ブースターゴールドではなく、
遠くに見える過去のマゴッグを睨みつける。
カンザスの青空の下、もうすぐマゴッグが核爆発を引き起こし、
周囲一帯を不毛の大地に変える。
それが歴史だ。
「この人殺しめ……」
マゴッグが血走った左目でカンザスが消失する瞬間を睨みつける。
「すまない」
淡々と謝罪し、ブースターゴールドはマゴッグを拘束した。
ありったけの憎悪を滲ませ、
何者かに誑かされて時間を超えたマゴッグが叫んだ。
「この人殺しめぇ!!!」
########
マゴッグを元の時代に戻し、
つつがなく今回のミッションも終えて
ブースターゴールドはヴァニッシングポイントに帰還した。
過去に起きたカンザスでの核爆発を防ぐという
マゴッグの試みを防ぎはしたが、唆した者までは未だ届かない。
過去に押し潰されたマゴッグだが、後に彼はバットマンやスーパーマンと和解し、
荒々しくも正道にいるヒーローとなる。それも歴史だ。
そう割り切れるのもブースターゴールドが歴史を俯瞰できる立場だからではあるが。
ブラックビートル。いつになれば正体が掴めるのか。
冗談のように神出鬼没なタイムトラベル系ヴィランだ。
あとどれだけ戦えば終わるのか、
途方もない道のりであった。
ブースターゴールドが最後に人間らしい感情を出したのはいつだったか。
「スキーツ。俺はもう何年間戦ってきたのかな?」
「3264年です。
一昨日も同じことを聞いてきましたよね」
これが長いのか短いのかもわからない。
歴史を飛び回っていると、体感時間が全てとなり、
自分の立ち位置を見失えば時間とは流れもせずに止まりもせずたゆたう泡と同じだ。
「三千年か。へっ、笑えるぜ。もはや……」
「今回はちゃんと続きが思い浮かびましたか?」
「もはやだぜ……」
「駄目みたいですね」
スキーツの反応的に似たようなやりとりをしたというのはわかる。
だが、時間の連続性の把握すら放棄せんとする
ブースターゴールドにとっては瑣末事であった。
人間性の喪失による、全ての価値の並列化。
自分が何故、動いているのかもわからなくなってきた。
「最近、何もかもが無価値に見えてくるんだ……」
「その路線、ジェイソンとかぶってますよ」
「ちょっと! チャチャ入れるのやめてくれる!?
とにかくよぉ……乾いちまってるのさ……」
「やはり頭髪から鮮度が消えているのを自覚していましたか。
けれどもやっぱり遺伝だと思いますよ。
貴方の家系は後頭部から来るようですし」
「髪の話もしてねーよ!! まだフサフサだろ!」
とにかく、スキーツがいてくれてよかった。
彼とこうしてやりとりをしていなかったらば
とっくの昔に神のような性質に呑まれていただろう。
「バットマンから通信が来ました」
「開けてくれ」
スキーツの目部分を模したディスプレイがバットマンを映している。
会うのもかなり久しぶりな気がするが、
実際にはほとんど時間が経っていないはずだ。
「ブルース」
「ふむ」
用件どころか挨拶すらせずに、
バットマンはじっくりとブースターゴールドを値踏みした。
忘れかけていたがバットマンはそういう男であった。
世界最高の探偵が優先するのは常に、
世界と人々を守る最善手のみだ。
「やはり私の危惧は正しかったな。
ブースターゴールド。君はもうすぐ悪に堕ちる。
その時に備えて私にスキーツを解析させて欲しい」
「お前、酔ってんの?」
思わず言ってしまった。
すぐに失言だったと内心で舌打ちする。
これが他のヒーローやヴィランなら正当な抗議になるが
相手はバットマンだ。
何がブラザーアイに繋がるかわからない。
「私は反対です。バットマンがヒーローの弱点を探るのはいつものことですが、
ブースターゴールドの弱点がもしも敵に知られたら世界の危機に直結しかねません。
これは私のデータも同じことです」
「信用できないか」
「そうではありませんが……僭越ながら
サイドキックのことだろうと、たとえヒーロー2人の間でも
不可侵のブラックボックスは持っておくべきです」
「馬鹿野郎、そんなこと言っちゃいけねえよ。
お前だって立派なヒーローじゃねえか、スキーツ」
「…………なるほど、訂正します。
ブースターゴールドを入れて三人です」
「除外されていたのは、俺だった……?」
呆然としてしまったブースターだったが
立ち直りバットマンに頷きかけた。
「いいよ、全部じゃないけどできるだけ
スキーツのデータを送るからそれで満足してくれよな」
「やはり賢明な判断をくだしてくれたな。
ともに君が悪に堕ちる日に備えよう」
そう言ってバットマンは一方的に通信を切った。
「やっぱやべーわ、あいつ」
本人がいなくなってブースターゴールドは呟いた。
やべーわ、あいつと思ったのは確かだが、
それがバットマンなのも知識としては知っていた。
だがバットマンのバットマンさに直に触れると無数の歴史を見てきた
ブースターゴールドをして発狂しかねないものがある。
それだけブースターを評価していると光栄に思うべきなのかもしれないが
面と向かって悪に向かう時の備えをしていると告げられたら良い気はしないものだ。
「良いんですか、あんなことを約束して」
「俺はたびたび考えるんだ。
どうしてバットマンはブラザーアイを作ったのかなって。
やっぱりさ、みんなでバットマンが住み良い環境を作っていかないと」
バットマンはみんなのために、それは事実だが
みんなもバットマンのために、ということも忘れてはいけない。
しかし、バットマンが言った
ブースターゴールドが悪に堕ちる日が近いというのが気になる。
ディック、アルフレッド、クラークが悪に堕ちる日にも
常に備えているのがバットマンだとしてもだ。
やはり自分の心も度重なる時空を超えた戦いに狂ってきているのか。
そんなことを考えながらブースターゴールドはリップの元に行く。
無数のモニターが映し出すマルチバースや時間軸の様子。
待っていたリップがいつものように居丈高に命じてきた。
「アース0の歴史が歪んだ」
「ハイハイ、どんな風に?」
「ロシアとアメリカの対立が激化し、
量産型ドゥームズデイを使うロシアと核を乱用した米によって
アメリカとロシア以外が消滅した地球になった」
「また大変なことになってるな。
オッケー、なら分岐点に行ってくるわ」
流れ作業で任務に赴くブースターゴールドに
リップハンターが眉をひそめた。
いつもは何かしらで文句をつけるのが、今回はないことに違和感があるのか。
「質問がないなら何よりだが……
分岐した歴史ではロケットレッド……
ドミトリ・プーシキンが生存している。
そのことを覚えておけ。念の為に、現地のJLIの協力を仰ぐんだ」
#######
「おっ、さっそくドゥームズデイ発見だ」
時間を超えて降り立ったのは
ジャスティスリーグ・インターナショナルが繁栄していた時代。
天高くから飛び出したブースターゴールドの下にドゥームズデイがいた。
「すごい偶然……と考えてはいないですよね?」
「違うの?」
「貴方の転移点を読んでいたに決まっているでしょう。
つまり、背後には貴方と敵対している何者かがいます。
ブラックビートルでしょうね」
ブラックビートルが絡んでいるのならば
今回こそ、尻尾を掴まねばとブースターゴールドは警戒を強めた。
とりあえず、目下の敵はこちらに狙いを定めたドゥームズデイだ。
この年代は歴史にドゥームズデイが初めて現れる前。
恐らくはスーパーマンを殺害した個体ではない、
ロシアがアメリカに侵攻させるという量産型のはずだ。
地上に降りたブースターゴールドとスキーツの前に、
凶悪な形相のドゥームズデイが鼻息を荒くして立っている。
とりあえず先制攻撃を仕掛けたブースターゴールドのパンチを、
ドゥームズデイは丸ごと跳ね返して体当たりした。
「ぐあっ!」
初撃で理解した。
これは断じて量産型ではない。
スーパーマンを殺害せしめたあのドゥームズデイだ。
ブースターゴールドも対決したからよくわかる。
腕がへし折れたがクロノアルエナジーによって回復していく。
スピードフォースに比べれば超再生というのもおこがましい回復速度だが、
ないよりはマシだった。
「これは危険ですね。今すぐこの時代のJLIに援軍を要請しましょう」
「いや、大丈夫だ」
「えぇっ?」
提案を退けたブースターにスキーツが素っ頓狂な声をあげた。
だがブースターの心にあったのは
目の前のドゥームズデイへの郷愁めいた感情。
「おかしなものだよな……今の俺が心の髄まで本気を出せる相手といえば、
お前くらいになっちまった」
ブースターゴールドが最も避けねばならないのは、
己の正体(シークレットアイデンティティ)を知られること。
アホでスケベなダメ人間とされる彼が実は人知れず世界と歴史を守る
ディックの大きいハンサムヒーローと知られては出生率が低下し、
全人類の半数がブースターゴールドの子孫になりかねない。
だが、知性のない怪物相手ならば、
これまでの激戦で培ってきた技術とパワーを存分に振るえる。
その事実に高揚し、ブースターゴールドは叫んだ。
「さあ、誰に憚ることなく――――踊り狂おうかっ!」
「グルルッ」
「ほげぇ~~~~~~!!」
ブースターゴールドが喋っているのをおかまいなしに
ドゥームズデイがブースターの右頬を殴り抜いた。
歯が十本ほど粉砕され、みっともない悲鳴をあげたブースターだが、
空中で優雅に回転し、着地した。
口だけでなく鼻からも夥しい血が流れている。
一緒に目から涙も溢れてくるが
これだ、これこそが死闘の幕開けだ。
「ふっ、鮮烈な挨拶だな」
ニヒルに笑うブースターは有史最強の化物の攻撃を
今度は容易く避けていく。
空振りするドゥームズデイの後頭部にガントレットからレーザーを撃つも、
あまりに相手の耐久力が高すぎてダメージが通らない。
手を変え品を変え、ドゥームズデイに打撃を加えるも有効打は一切ない。
「あの、もう満足しました?」
長年の相棒スキーツが呆れているのが伝わってくるが、
ブースターは逆に失望を覚えた。
連れ添った相方ですら、ブースターの本気を推し量れないとは、
残念に思う一方で自分の隠された本気に震えてしまう。
「そうだな、お遊びはこの辺にしておこうか」
クールに髪を掻き上げ、絶命必死の攻撃を時空の歪に溶けることで逃げる。
敵の気配が忽然と消失し、ドゥームズデイが周囲を見回す。
すると、遠くにブースターゴールドが現れ、
さらに同じブースターゴールドが現れる。
それが地平を埋め尽くすほどに続き、
ドゥームズデイを数千のブースターゴールドが取り囲んだ。
「偏在する我が3,000の時空連続体!
耐えられる存在がいるものかよ!」
ドゥームズデイの全体をブースターゴールドによる
全出力のレーザーが包み込む。
周囲10kmを光で埋め尽くすほどの熱量。
ついに繰り出せた最大攻撃にブースターゴールドはひとり、黄昏れた。
「終わってみると、呆気ないもんだぜ……
だがお前を責めるわけにはいくまい。
俺が強くなりすぎちまったのさ……」
絶対の存在だったドゥームズデイすら、
今のタイムマスターには赤子の手を捻るが如し。
これが超常の力に至った者が持つ優越感というものだろうか。
全てが虚しく、散在としていて、重さがない。
全時空の歴史を束ねられる渦動の調停者たる彼ならば、
今やバットマンがブラザーアイを造ったとき以上に管理をーー
「ねえ、満足しました?」
思考があらぬ方へ飛んでいたブースターゴールドの意識を
スキーツが起こした。
「うん」
「そろそろお知らせしたいところなのですが怒らないでくださいね」
頃合いを見計らっていたスキーツが
機械であり、容赦もない彼には珍しく気まずそうに言った。
「残念ですが……あのドゥームズデイは何者かに転移された、
スーパーマンを殺した個体です。
彼がスーパーマンを殺すのは上書き不可能な歴史として固定されていますし……
その……元も子もないことを言いますけど、
針ほどの攻撃を全身に受けてもあまり意味がないですよね」
スキーツの話が耳に入ってはいるものの、
ブースターゴールドには事態が呑み込めない。
針の先を刺すくらいの攻撃とはいえ、3,000も積もれば中々になるのがセオリーではないか。
まさかここまで頑張ったのに倒せないなんて言うことが――
「グルルルルルル」
「ハ、ハバーーーーーーーーッ!!」
光が収まると、傷一つないドゥームズデイが仁王立ちしていた。
目玉が飛び出す勢いで驚愕したブースターゴールドへ
無情にもドゥームズデイが連打をする。
あまりの出来事にまったく反応ができず、
受け身もせずに、まともに喰らってしまう。
一発一発が消し飛びかねないダメージ。
打つ手なしになり、マウントを取られたブースターゴールドは
悲鳴をあげて逃れようとした。
「ぴぇ~~~~ん! みんなあ! JLIのみんなあ!
お願いだから助けてぇ!!! 僕ちゃん死んじゃうぅ!!」
「それでこそ貴方です」
泣き喚くブースターゴールドの息の根に王手をかけたドゥームズデイの顔へ
スキーツの小さなレーザーが放射された。
「私が相手になります」
「ちょっ!! そりゃ無茶だって!!」
ブースターゴールドの髪を掴んでいた硬質の手が
スキーツを捕まえるために離された。
相棒の危機だと思い、意識が飛びそうなのを踏みとどまって
上体を起こし、必死に藻掻くブースターゴールド。
彼の髪が炎に逆立ち、全身に黄金のオーラが立ち込める瀬戸際、
スキーツとドゥームズデイを結ぶ直線上にタイムスフィアが出現した。
知性ある怪物ならば避けるか止まるかするところを簡単にタイムスフィアに入り、
自動でドアが閉まり、タイムスフィアが怪物を連れて別の時間に行った。
「終わりましたよ」
傷一つなく、あっさりとドゥームズデイを追い払った相棒に、
ブースターゴールドは開いた口が塞がらない。
「すげえ! アッサリ終わるもんなの?
つかあいつ何処に行った」
「本来いるべき時間と地点に送りましたよ。
タイムスフィアは粉々に砕けたようですので再生に時間が必要ですが」
「お前、どんどん有能になってくな……
俺がやったのはなんだったんだ」
「そう気を落とさないでください。
ダメージは与えられなくとも消耗はさせられましたから。
貴方の攻撃がなかったらタイムスフィアに一瞬でも閉じ込められませんでしたよ」
「ほ、本当に?」
「ええ。上手く場を暖めてくれましたよ」
「ブヘヘヘヘ、そいつは光栄でゲス」
卑屈な笑みを浮かべ、ブースターゴールドは相棒に揉み手をした。
薄々感づいてはいたが、元がアホなブースターゴールドよりも
アップグレードを繰り返して性能を向上させるスキーツの方が遥かにガジェット戦闘に適応している。
万が一にもありえないがスキーツに捨てられることがないよう、
ブースターゴールドは処世術を考慮せねばならないと感じてきた。
「それでは当初の予定通り、NYにあるJLI大使館に行きましょうか」
「了解でゲス」
#######
NYにあるJLI大使館。
某国がNYの土地代に屈して手放した大使館を
ヒーローが使えるように改良したものだ。
チームリーダーに用意された一室にて、
火星のヒーロー、マーシャン・マンハンターと
アメリカ軍の実験が生み出した強力メタヒューマン、キャプテンアトムが睨み合っていた。
「誰が何と言おうと考え直すことはない」
「この腰抜けめ。米軍の名が聞いて呆れるぞ」
マーシャン・マンハンターが腕組みして鼻を鳴らす。
「しかし、私はもうジャスティスリーグ・ヨーロッパのリーダーを辞めたいんだ」
「だからそれが腰抜けなのだ。
JLEのメンバーを挙げてみるが良い」
「フラッシュ、メタモルフォ、アニマルマン、
エロンゲイテッドマン、ロケットレッド、パワーガールだ」
「天国ではないか。ドミトリの何が不満だ」
「べつに彼に不満はない。
むしろ彼がいなかったらとっくに音を上げている」
JLEことジャスティスリーグ・ヨーロッパとは
ジャスティスリーグ・インターナショナルから枝分かれした新たなチームだ。
その名の通り、フランスのパリに本拠地を構えつつも、
キャプテンアトムも含めてエロンゲイテッドマン以外の全員が
フランス語を話せないという
豪気なスタイルで戦ってきたチームである。
「だがそれ以外は……パワーガールも有能だな。二人以外は子供過ぎる!
空き時間には庭でベンチを置いて平然と日焼けに勤しむし、
私が渡したフランス語教材は全く目を通さない!
おまけにチームの要になれるウォリー・ウェストは
未だにタイタンズ気分が抜けない始末だ!
私は子守をするためにリーダーの座を押し付けられたのか!?」
「その通りだぞ、キャップ。
ついでにお前だってフランス語は話せないだろう。
いい加減、覚えておけ」
「馬鹿な…………」
真実に打ちひしがれたキャプテンアトムに
マーシャン・マンハンターは憐憫の情が湧いた。
彼と同じことをJLIのリーダーに就いた時には考えていたものだ。
まさか、火星滅亡を唯一、生き残って地球に流れ着いて
やっていることがいい歳こいた子供の面倒を見るというものとは。
事実を受け入れるのに時間がかかり、
火星式瞑想とオレオの摂取がなければ狂っていたに違いない。
マーシャン・マンハンターは後ろにある窓を開けて、
悩める新たなリーダーに下を見るように促した。
そこには世界の正義と真実を守るべくして戦うヒーロー達が
魔法使いのローブをつけて
箒に跨がり、ドタバタ走り回る光景だった。
「彼らは何をしているんだ?」
「一目瞭然。クィディッチごっこだ。
この世の地獄があそこにある」
「やはりそうだったか……
しかし楽しそうだな。私も混ざった方がいいか?」
「そういうところがJLIに染まった原因だぞ、ネイトよ」
JLIの面々とJLEの面々が箒に跨がり、
ブースターゴールドが扮するスニッチをシーカーの
エロンゲイテッドマンとウォリーが追いかけている。
選手とスニッチの飛行能力を禁止にすることで
スリルのある互角のバトルにし、
フラッシュであるウォリーも股に箒を挟むことで超スピードの90%を殺していた。
「昨晩、私はあそこのスニッチにゴミ出しを頼んだ。
少しでも責任感が身につくように私がやってきたことを担当させようと考えた。
ひとりではやりたくないとダダを捏ねたのでテッドにも任命した。
だが、二人が起きたのは昼の13時……そして謝罪もせずに箒に跨がってごっこ遊び……
これが今のジャスティスリーグだ。
寝込みを襲って首をへし折ってやろうかと迷わぬ夜はない」
「マーシャン・マンハンター……」
「これがリーダーの重圧というものだ。
お前も男だったらどんと構えて責任を果たさんか」
「性別に絡めた発言は
今ではセクハラ扱いされるぞ」
「チィッ! 何歳だ貴様!」
「もうすぐ90歳だ」
「…………!!」
ああ言えばこう言う奴だと
マーシャン・マンハンターは心の中で毒づいた。
やはりキャプテンアトムも根っこは
JLIの一員なのだと再確認せざるを得ない。
元はエリート中のエリートであるはずなのに
いったいどうしてこんなざまになったのか。
ジョン・ジョーンズは運命の残酷さを嘆いた。
「取ったぞおおおおおお!」
庭でスニッチに箒ごとのドロップキックを使い、
ウォリーが見事にゲームを終了させた。
箒に跨がりながらのスピードフォースは障害が大きいが
遮二無二に体ごと跳躍してスニッチに蹴りをお見舞いするという
原作を読み込んだヲタクだからこその勝利といったところか。
スニッチ役のブースターゴールドが負傷してしまったのが苦痛を訴え、
親友のテッドに連れられて病院に向かっていく。
あいつらは体が資本だと理解しているのだろうかと
ジョン・ジョーンズは何度目かの心配をした。
「お取り込み中のところ、失礼いたします」
ノックもなしにふよふよと浮かぶ金色の弁当箱もどきが入ってきた。
その後ろに揉み手をしながらへこへことブースターゴールドが付き従う。
クィディッチによる負傷でそこまで品性が堕ちるものなのかとジョンは少し訝しんだが、
もとより品性下劣なのがブースターゴールドであった。
「病院に行ったんじゃなかったのか……いや――なるほど」
探偵としても鳴らしているジョン・ジョーンズは
ブースターゴールドの髪の生え際に目を走らせ、一瞬で事態を把握した。
遅れてキャプテンアトムも頷く。
「な、何故にクィディッチの試合で生え際が……そうか未来から来たのか」
「さすがはお二人。話が速くて助かります」
「軍人と探偵って凄いですね、スキーツの兄貴!!」
「今はふざけるのはやめましょう。彼らも混乱します」
「それもそうだな」
未来から来たブースターゴールドとスキーツが佇まいを直し、
JLIとJLEのリーダーに向き直った。
「ちょっとまずいことが起きたからお前らの力を借りたい。
無理にとは言わないけど、ロケットレッドだけは最低でも必要だ。
それと過去の俺には未来に俺が来たとは教えないでくれ」
「一切教えては駄目ということか? せめて育毛剤を勧めるくらいは?」
「おいおい、今はジョークの時間じゃないぜ、キャップ」
肩を竦めてブースターゴールドが苦笑し、
キャプテンアトムは律儀にひきつった笑みを返した。
マーシャン・マンハンターは腕組みをし、
ブースターゴールドを頭の天辺から爪先まで検分する。
かなり鍛え直したのは見てわかる。
顔つきもJLIにいた時とは雲泥の差だ。
未来で何が起きたのかはわからないが真のヒーローになったのだろう。
やはり自分の指導方針は間違っていなかったのだと
マーシャン・マンハンターは自画自賛した。
今夜は誕生日プレゼントにバットマンからもらったバットオレオを開けてもいいだろう。
「この時代のお前には秘密にしておくべきなのは理解した。
して、事件は何処で起きている?」
「何処で起きてるんだっけ?」
危うく自分の任務の詳細も忘れたのかと怒鳴りかけたが、
マーシャン・マンハンターは落ち着いてオレオを頬張った。
「地下です。地下鉄パイレーツのフィールドよりもさらに下になります。
ドゥームズデイウィルス……と言っても、
ドゥームズデイはこの時代にはまだいませんね。とにかく危険なウィルスです。
派手な戦闘になる可能性は低いと思われますから
ステルス性に優れたヒーローがいいですね」
「私達は今から政府の役人との会議があるからな……
よし、お前が援軍を編成しろ、ネイト」
「私が?」
きょとんとしたネイトにジョン・ジョーンズは頷きかけた。
「リーダーなのだからこういうのもたくさん経験しておけ」
「わかった」
キャプテンアトムは窓から身を乗り出して
庭で駄弁ってたヒーロー達に手を振って叫んだ。
「お前達ーーーー! 暇してるなら地下に行かないかーー!?」
「あいつ、あんなんで軍人に戻れるんかな……」
「先のことはわからんが、この時代のお前はアレより遥かに酷かったぞ」
困惑する未来のブースターゴールドに
マーシャン・マンハンターはちくりと釘を差した。
とにかく、ブースターゴールド含めて未来が無事らしいのは僥倖だ。
例えば、今こうしている間にもマーシャン・マンハンターにだけ、
キャプテンアトムやブースターゴールド、フラッシュを凝視する
歯車の音を奏でる青い巨人の存在が天高くに見えてしまうとしても、
少なくとも乗り越えたということだ。
まさか誰も気づかぬ内に敗北しているということもあるまい。
――暗黒時代
そんな声が聞こえても未来に希望はあるということだ。
########
「しかし、時間があったのは四人だけか」
一緒に地下を移動している
ロケットレッド、Mr.ミラクル、ビッグバルダ、
エロンゲイテッドマンを見てブースターがひとりごちた。
「急な話なのだからしょうがあるまい」
ロケットレッドが新聞を読みながら言った。
彼らが乗っているのはバットトレイン。
地下空間にて縦横無尽に張り巡らされた地下鉄を走る
探索型地下鉄であった。
バットマンは不在だったので任務に参加できなかったが、
こうして乗り物を借りられたのだから文句は言えない。
「華のないメンツだよな」
「僕は神だよ。っていうかハニーがいるだろハニーが。
妻は女神中の女神だよ」
手を挙げてMr.ミラクルが訂正した。
たしかに彼が神……ニューゴッズの1柱なのは事実だが、
その神がなにをしているかというとバットトレイン備え付けのドリンクバーで
ジュースのブレンドにチャレンジしている。
「私はこのメンバーの共通点を見つけたぞ。
ブースターゴールド以外は結婚している」
「そう言えばそうだな」
「俺をハブってまで共通点見つける意味なくねえ!?」
「未来から来たんでしょ? まだ良い人いないの?」
オレンジジュースとメロンソーダを混ぜた液体を飲みながら
ミラクルは首を傾げた。
「おっと、未来のことを教えるのは原則厳禁だ。
まあ…………未来じゃ俺の仇名がハチミツディックなことだけは伝えておこうか」
「参考にどの星からもらった性病か聞いていい?」
「性病じゃなくてフェロモンだよ!」
「ハハハ、まあ言われてみると妻帯者がこうも集まるのは珍しいな。
恐らくは結婚生活では私が一番の先輩かな。
良い機会だし結婚の先輩としてアドバイスを送れるかもな」
「そう言えば子供もいるんだよね、何人だっけ?」
「息子と娘がひとりずつだ」
「まあ、ある意味理想的な組み合わせだな。
僕たちはまだ子供を持つ気はないけど立派だと思うよ」
「おいおい、弱気だなあ、スコット!
スゥとは子供でフットボールチームを作れるくらい欲しいね!
なんなら私が産んだっていいよ。
伸びる体だしむしろ出産向けのスーパーパワーだろ」
「あまり想像したくないな……」
わいわい話すメンバー。
ブースターは腰を上げてバルダがいる車内キッチンに行った。
身長2mを超える巨大な美女なスコット・フリーの妻が
コーヒーを淹れて人数分のショートケーキを切っていた。
「酷い顔だな」
開口一番にそう言われて、
ブースターはニヤリと笑った。
「まだハンサムが暖まってねえからな」
「油を差しおけ、ハゲ」
「ハゲてねえっての!!!!!」
「でも私はマスコットですよ?」
「だからなんだよ!?」
タイムトラベルにて過去や未来で活動するのは
スパイとして敵地に潜入することと似ている。
ディック・グレイソンと親しいのもそんな理由からだろう。
「先に食べる?」
「じゃあいただこうかな」
珈琲とショートケーキが乗ったトレイを受け取り、
近くの椅子に深く座り込んで外の景色を見た。
整備された地下鉄と違って、今走っているのは未開の線路だ。
もちろん荒くれ者たちやハミだし者が利用しているが、
光のあたる地下鉄と暗闇に伸びる地下鉄では走りやすさが違う。
バットトレインが荒れた線路を疾走していると、
やがて開けた空間に出た。
地下鉄村である。
「地下鉄村に来んのも久しぶりだな」
地下鉄村とは地上では生きづらいメタヒューマンや犯罪者に政治犯、
それに亡命者が逃げ延びて作られた村だ。
村人もワケありな人間からトカゲやタコの姿をした異人に
ゴリラ、宇宙人、ロボットまで様々だった。
「おっ、あそこにフレディ・マーキュリーがいるぞ。
さっそく情報を集めようぜ」
##########
地下鉄村はロックスターが多くいる。
ビートルズ、ストーンズ、ボブ・マーレー、ピストルズなどなど、
そうそうたる顔ぶれである。
もちろん本人ではなく、脱出王であり、
凄腕の技術者の顔も持つMr.ミラクルがヴィラン組織より脱走した
ロボットを保護して外見を改造しているのだ。
下手すれば肖像権で訴えられかねない所業だが、
近頃のマイブームがラジオを聴くことなスコット・フリーのイマジネーションに寄せた
ロボット整形は、組織を抜けたロボット達にも好評だった。
「しかし、地下鉄世界のさらに奥深くか。
悪事を企むにはもってこいだよな」
「いよいよきな臭くなってきた……ミステリーの匂いだ!」
「うおっ!! だからそれ、キモいだけだからやめろや!」
鼻の先端をいきなり、
にゅっと伸ばしたラルフにブースターゴールドが顔を歪めて叫んだ。
「妻がこれを気に入ってるんだよ。
知り合いたての頃はベッドで鼻を伸ばしたら、
ちんこみたいだってドッカンドッカン来てたもんさ」
「最低ね……いつもこんな話をしてるの?」
バットトレインを降りて情報収集をしたブースター達は、
フレディ・マーキュリー、ボブ・マーレー、ミック・ジャガー、レイ・チャールズ、
スタン・ハンセン、ブリトニー・スピアーズから得た目撃情報に基づいて、動いていた。
広く、深い地下。
普通の人びとならば生涯、足を踏み入れないだろう領域のさらに奥、
アメリカ合衆国が禁忌としてきた空間。
地底アメリカ合衆国である。
地底アメリカ合衆国とアメリカ政府の付き合いは長い。
元祖は原始時代、精霊信仰を持つインディアンが精霊の声をさらに聴くために潜ったのが
始まりとされているが、真相は不明だ。
歴史の陰日向で動いており、リンカーン大統領に与したとも、
ジョン・F・ケネディの暗殺の実行犯であるという噂もある。
ケネディは地底アメリカ合衆国への支持を停止する方針を進めていた大統領だ。
彼の命を奪った凶弾が背中の上部から喉仏に向かった、
つまりは下方からということに地底アメリカ合衆国の関与があるのは、
専門家の間では暗黙の了解である。
「なんということだ……」
余所者が取引をしていたという地点にて、
ロケットレッドが呻いた。
陰から覗いてみると、ちょうどKGBらしき者と小さな者が密会をしている。
もちろん一目でKGBとわかるには通常ならばバットマンクラスの知識が必要だが、
ロケットレッドは心も見た目も名前もアカき男だったからわかった。
隠れていたブースター達に指を立て、エロンゲイテッドマンが耳を掴んで腕と一緒に伸ばした。
全身が伸長自在なのがエロンゲイテッドマンの能力だ。
暗い地底を見つからないように耳を伸ばして、なにやら話をしている方に近づけた。
「どうやら地底アメリカから兵器を買い付けているらしいな」
「それだけわかれば十分だ。なで斬りにしましょう」
ニューゴッズが使う神器コズミックロッドを握り、
ビッグバルダが言った。
「ちょっと待ってくれ」
「待たん」
突っ込もうとするバルダをブースターが止める。
掟破りの初手ドゥームズデイを仕掛けるのが今回の敵だ。
他にもどれほどの怪物が隠されているかわかったものではない。
「せめて敵の情報をもう少し掴まんと、こちらが危ないぞ、バルダ夫人」
「そんなちょこざいなものを出されるより早く叩き潰せばいい」
「ハニー」
「……わかった」
ミラクルに諌められてようやく、バルダが武器を下ろす。
流石は夫婦なだけのことはある。
ビッグバルダと言えば地獄惑星アポコリプス育ちの戦闘主義者。
そんな彼女に非戦の概念を教えたスコット・フリーも並大抵のことではない。
しかし、そんなミラクルの行為を裏切り、
KGBと地底アメリカ人がこちらを見ていた。
「おい、どうしてバレてるんだ」
「誰かが私達を視ているようだ。
ブラックビートルと言っている」
やはり、糸を引いていたか。
仲間が怪訝な顔になる中、ブースターゴールドが警戒を強めた。
こちらに気づいたKGBと地底アメリカ人が地下深くへ去っていく。
「よし、エロンゲイテッドマンとロケットレッドはあいつらを追って、バルダはサポートだ。
俺とミラクルは派手に騒いで敵の目を引きつけるぞ」
「ダーリンに危ない真似をさせる気じゃないでしょうね」
口を尖らせたバルダをどう言い含めようかと考える前に、
地底USAが超常的なプレッシャーに包まれた。
これは、まずい代物である。
陰、光のない虚空から鋭いクナイが飛んできた。
フォースフィールドを展開し、攻撃を防御した。
クナイ、古来よりニンジャのスキルを修めた者が携える武器だ。
「ブースター!」
ブースターゴールドの頭上より、黒装束の忍者が脳天に踵落としをしてくる。
とっさにミラクルは手首のスナップを効かせてフライングディスクを投げた。
腕の骨に食い込ませるつもりが、敵の腕が両断された。
ブースターゴールドがレーザーの狙いをつけるも、
高速かつどんどん数が増えてキリがない。
「なんなのだ、こいつは!?」
「タロンだ! 不死身の忍者だから気をつけろ!!」
ゴッサムを陰で支配していた梟の法廷。
その最大戦力が、さまざまな不死身忍軍タロンである。
「指示はそのままだ! すぐに追いつくから、ここは俺たちに任せてKGB達を追え!」
先に進もうとするロケットレッド達を阻まんとするタロン達。
スキーツが天井を射撃し、彼奴らに向けて大量の土砂を降らせ、
視界が一色に染まった。
########
「大丈夫かい、ふたりとも」
壁に手を置きながら、するするとMr.ミラクルが先導する。
大きく地形が変わり、未知の場所だというのに1つの迷いも感じられない。
脱出王の異名を持つだけのことはある。
「なあ、ブースター。君っていつもこういうことをしてるのかい?」
「まあこの時代の俺は違うけど、そんなとこさ」
「凄いなあ……いつかニュージェネシスとアポコリプスに
大戦争が起きたらタイムスフィア借りていい?」
「ダメ」
密閉された暗所にて数名のタロンに遭遇した。
首筋に繰り出された貫手をするりと躱し、
裏拳で的確に相手の顎を捉えた。
「やるねえ!」
歓声をあげたブースターも襲ってきたタロンを背負投した。
しかし、タロンとはゴッサムが生んだ不死身忍者。
ひとりを倒すくらいならたやすいが、
倒しても倒しても向かってこられると押し切られる形となってしまう。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁぁ……!」
スマートに戦ったミラクルだったが、
ついにはタロンの猛攻に押し切られてヘッドロックを極められてしまう。
Mr.ミラクルは善神の頂点ハイファーザーの実子にして
悪神の極みダークサイドの義息だ。
その独創性と人間性と知性は素晴らしいが、
反面、神には極めて希少な暴力にとんと弱いという欠点を持っている。
だが焦る必要はない。Mr.ミラクルは脱出技の天才。
これはすなわち、あらゆるサブミッションから抜け出せるということだ。
気道を締められた状態からミラクルは自分とタロンにマントをかぶせ、
密室の状態を作る。
「ワン・ツー・スリー!」
かけ声によってミラクルは秘技・関節滑りを行い、
タロンから距離をとった。
忍者特有の人体力学を無視した予想し難い動きにて、
上下左右からタロンがまたもミラクルに迫る。
Mr.ミラクルの前には忍者とて脱出・逃走容易な手品。
その半面、ミラクルの腕っぷしでは
にっちもさっちもいかないのも事実であった。
「ひぇぇぇぇ!! どうしよう、ブースター!」
「慌てるんじゃねえ! ……頑張るんだ!」
「こういうののプロなんじゃないの?」
「相手は基本的に動く死体ですので殺す気でやりましょう」
「オ、オッケー!」
スキーツの提言によって心を決めたミラクルは、
飛行円盤のフライングディスクをかざして手近にかかってくるタロンにかざした。
顔面がチェーンソーのように回転するディスクによって深く裂け、
ミラクルの顔面におびただしい肉片が降り注いだ。
「うわあああ、地元を思い出すよおおお!!!」
びくびくと痙攣する忍者に押し倒され、
絶叫したミラクルにタロンが山ほど積み重なっていく。
そこを0秒脱出したミラクルが宙高く跳び上がって、
二対のフライングディスクをフリスビーの要領で投げた。
「ショータイムだ!」
「オッケー!」
世界最高の奇術師による超繊細なテクニックで
フライングディスクがタロンの山を切り刻む。
それらをブースターゴールドがフォースフィールドを作り、逃げないように覆った。
「よっしゃ、お疲れ」
ひとまず危機を脱して、ブースターゴールドとMr.ミラクルがハイタッチした。
「今日、終わったら何処で飲む?」
「何処って……」
ブースターゴールドは言い淀んだ。
たしかにMr.ミラクルはブースターゴールドとブルービートル
……通称ブルー&ゴールドと最も飲んだ回数が多いヒーローだ。
しかし、ブースターゴールドはこの時代の人間ではない。
「この時代のブースターゴールドと飲めよ」
「彼はクィディッチの怪我で療養中だからね。
それに君だってブースターゴールドなのには変わりないだろ?
見舞いが終わったらテッドも合流するし、みんなで楽しもうぜ」
Mr.ミラクルの言っていることは正しい。
ふと、彼があまりに人間的な感性を持っていることが気になった。
スーパーマンは神の如き体を持っていても、
赤ん坊の頃からカンザスの農家育ちだから当然かも知れないが、
生まれも育ちも神なMr.ミラクルの人間さも驚きであった。
「お前ってさ。こう……なんもかんもバカバカしくなったりしないの?」
「ないけど、どうして?」
「……どうしてだったかな。
とりあえずお前、めっちゃ長生きだけど俺たちって違うじゃん。
なんっつうか全部が死人とか化石に見えてこない?
いや、ないならいいんだけどね。ちょっと気になって」
答えを濁すブースターゴールドに、Mr.ミラクルは頷いた。
「僕がアポコリプスを脱出して最初に見た青空の美しさを忘れたことはないよ。
でも、僕は一文無しでね。あてもなく何週間もその辺をほっつきまわってたんだよ。
僕が最初に味わったのはホームレスの気持ちだったさ、神なのに」
「つ、つまり?」
「ようは気の持ちようってことだよ。
神(スーパーマン)は人間(クラーク・ケント)だったし、
人間(バットマン)が神(バットマン)になるのがこの世界なんだからさ。
どうにもならないことなんてないでしょ」
いつものようにMr.ミラクルが飄々とした態度をとる。
だがブースターゴールドは、そんな彼にただ感嘆した。
「やっぱお前って凄いと思うぜ」
「そう?」
「デカ女を嫁にしてるのはちょっと理解に苦しむけど」
「ハニーはあのデカさが良いんだって!!」
そうこうしている間にもブースター達はバルダ達に追いつこうとしている。
何人かのタロンがエロンゲイテッドマンやロケットレッドの方に向かったが、
特に問題はないだろう。
その証拠に、ここからでもビッグバルダの猛る戦闘音が届いてくる。
地底の壁を突き破ってタロン十名がまとめてぶん投げられてきた。
いずれも全身の骨が砕け散っており、死者の顔に怯えが浮かんでいた。
そして、穴の向こうには臨戦態勢により、
常の2倍も巨大に見えるビッグバルダが肩を怒らせている。
ここからでも腰を抜かす威圧感を発している妻を見て、
隣のブースターの脇腹を肘でつつき、Mr.ミラクルが得意そうに笑った。
「な? たまらないだろ?」
どう答えていいか迷い、愛想笑いをしてブースターはバルダに尋ねた。
「おい、ロケットレッド達は?」
「私がこいつらを引き受けて先に行かせた」
タロンが何故、こんなところにいるのか、
梟の法廷が地下世界と関係しているとは知らなかったが、
これくらいならばまだ対処できる。
いわゆるドゥームズデイ・ウィルスを精製しているのは予測しているが、
そこに向かうのはどうすればいいのか。
「ところで陰から覗き見してた、こんなのを拾ったんだが」
ビッグバルダが小人の首を掴んで掲げた。
牧歌的ないでたちに一切の感情も見えないガラス玉めいた真ん丸の瞳。
地底アメリカ人だ。
「おぉっ! でかした、ハニー!」
「僕のハニーだぞ」
「よし、お前らの企みを洗いざらい話せ」
「お前さん達、何者じゃ?」
首を起点に持ち上げられた地底アメリカ人が
平坦なトーンで言った。
「ジャスティスリーグだよ」
「おお、わしらの同志じゃないか!
お前さんたちも知っての通り、
ロシアや中国はアメリカの仮想敵国として目障りじゃろ?
そこでロシア政府の抵抗組織にドゥームズデイ・ウィルスを売りつけて
内側からユーラシア大陸ごと木っ端微塵にしてもらおうと思ったんじゃ!
奴らは馬鹿じゃから自分らが扱うブツのヤバさなどわからんからのぉ!」
「なるほどなるほど」
「………………えっ、なるほどなの、この話?
僕には頭がプッツン切れてるようにしか聞こえないんだけど!?」
頷くブースターゴールドにMr.ミラクルが困惑した。
たしかに神には馴染みが薄いかもしれないが、
地底アメリカ合衆国とは元来、法も倫理も隔絶しているが
何故か同じ大陸にいるというだけで地上に同胞意識を抱いている国家である。
地底アメリカ人が何を考えているかを慮るのは無理な問題であった。
「よぉし、地底アメリカ人のおっさん!
そのドゥームズデイ・ウィルスは何処にあるのかな!?」
「あっちにあるぞい。
ちょうど今日、売りつけたからKGビーストが持っとる」
「サンキュー!」
「じゃがお前さんらジャスティスリーグは残念なことに奴らの味方らしいからのぉ。
ここで死んでもらうしかないんじゃ」
地底アメリカ人の発言に背筋が凍る不吉なものを感じ、
ブースターゴールドが小人の肩を揺さぶった。
「どういうことだ!?」
「お前さんがたが来ると聞いてのぉ。
大量の爆弾をセットしておいたんじゃ。
地上に影響はないが、お前さんらが生き残る可能性は万に1つもないぞ」
「お前らも死ぬんじゃねえの!?」
「その通りじゃな。まあ、大事なのはやっちまえ精神じゃよ」
「うっそだろ、こいつ!!」
さしものブースターゴールドも恐ろしいものを感じ、
恐怖を浮かべて後ずさった。
「仕方ないわね、私達でその爆弾をどうにかするから、
お前は先に行っておけ」
「終わったら電話してくれよな」
「なんじゃ、爆弾を見たいのか?
無理もない。お前さんらが人生最後に目にする花火じゃからのぉ」
ビッグバルダとMr.ミラクルが地底アメリカ人を連れて、
爆弾があるという地点に走り去っていった。
見送ったブースターゴールドとスキーツが、
ロケットレッドとエロンゲイテッドマンがいる場所に駆ける。
「そう言えば地底アメリカ人に私達のことを話したのが誰か聞いてませんでしたね」
「どうせブラックビートルだろ」
「そうでしょうけど、本当に何者なんでしょうね。
これまでの出来事を考慮するに、おそらくあなたの正体も知っていますよ」
言われてみれば、その通りである。
ブラックビートルと初めて出会ったのは、ブースターゴールドが
テッド・コードの死んだ歴史を変えようとした際だ。
その時は、遠い未来でスカラベに適合したと聞いたが、
実際は正体不明の時間犯罪者だ。
これまで何度もブースターゴールドの前に立ちはだかってきたが、
ブースターゴールドの素性を把握しているとしか
思えないようなアクションをしかけてくる。
言われてみると何者なのか。
ブースターゴールドは己の素性を隠し続けているが、
それは犯罪者に正体を知られたら
スカイネットとジョン・コナーのような事態になるからだ。
そんなことを考えていると、ほとんど舗装されてない地下の穴ぐらから、
ようやく、整備された空間に出てきた。
ロケットレッドとエロンゲイテッドマンがKGビースト率いる軍団と交戦しており、
それを他人事のように地底アメリカ人が観戦していた。
「おお、同志よ! 他の奴らはどうした?」
「別行動をしている!
KGビーストが持ってるドゥームズデイ・ウィルスを奪うんだ!」
「この裏切り者め、祖国ロシアと共産主義に忠誠を誓いながらアメリカに与するか!」
筋骨隆々の巨漢、KGビーストが携行式機関銃を振るって大暴れしている。
KGビーストは元KGBの凄腕エージェントだった男だ。
しかし、冷戦の敗北を契機に規模縮小を続けるKGBに切り捨てられ、
祖国ロシアの現政府への憎しみとアメリカへの敵意を糧に生きている。
「このロケットレッド!
無辜の人々を見捨てる気は毛頭ないわ!」
「よし、こっちはゾンビ忍者と戦ったんだ!
KGB崩れなんて余裕だぞ!」
事実、その通りであった。
KGビーストの戦闘力は大したものではあるが、
しょせんは銃火器しか武器がない。
ロケットレッドは分厚いアーマーを着込んでいるし、
エロンゲイテッドマンは自在に伸縮するゴムの体を持っている。
「エロゲ! 誰がウィルス持ってるかわからないか?」
「慌てるなって。名探偵ディブニィの鼻はどんな臭いのも嗅ぎ取るぜ!」
ドゥームズデイ・ウィルスの所有者を探そうにも、
KGビースト達は一様に同じケースを持っている。
それでもエロンゲイテッドマンの観察眼にかかれば、どうということはない。
すでに交戦相手を一通り見て回った探偵エロンゲイテッドマンは、
鼻をひくひく動かしてあたりをつけた。
敵の1人にエロンゲイテッドマンは体を縦に伸ばし、
巻き付いて締め上げた。
「ふふん、私から逃げようだなんて甘いぞ」
KGB崩れの全身を締め付け、握っていたスーツケースが零れ落ちた。
「ハイ、ゲットー」
そこをスキーツがキャッチし、すぐにブースターゴールドに投げ渡す。
受け止めたブースターゴールドがスムーズに
この時代にあってはならないウィルスを時空転移によって
ヴァニッシングポイントに飛ばした。
「っしゃあ! 解決! お前らザマァ!!」
ガッツポーズをしたブースターゴールドだが、
不可解なことに敵の士気に陰りがない。
その理由を判断する前に、
エロンゲイテッドマンが巻き付いている敵が呟いた。
「クァジ=ダ/変身」
KGB崩れを装っていた男の背骨。
そこに埋め込まれたスカラベの脚が大きく開き、
男に絡みつき、全身を漆黒のメタリックボディに変えていく。
変身の反動によってエロンゲイテッドマンは意識を切られて倒れ。
現れたブラックビートルの右腕がキャノンに変形し、
エネルギー弾を撃ち出した。
「危ねえ!」
とっさにフォースフィールドを展開して防いだブースターゴールドは無視し、
ブラックビートルはロケットレッドへ急接近した。
ブースターが止める間もなく、鉄球に変形した右手がロケットレッドの装甲を崩した。
「ぐふぅっ!」
苦しそうに吐血したロケットレッドを助けんとするブースターゴールドを、
KGビーストが羽交い締めにした。
「邪魔だ!」
投げ飛ばされたKGビーストだったが、受け身をとり
すぐに攻勢に転じる。
「なあ、ロケットレッド」
寡黙が常のブラックビートルが口を開いた。
「私達と組む気はないか?
KGビーストのように」
「笑止!」
ロシアの宇宙技術が詰まったアーマーが、
宇宙随一のアーマーを辛くも押し返す。
それだけでなく、ジェットの噴射によってブラックビートルに体当りした。
「そいつは俺がやるから、お前はKGビーストを頼む!」
入れ替わりにブースターゴールドが飛び蹴りで追撃する。
両腕に展開したシールドでブラックビートルが防御した。
「お前はこのヒーローを信じられるのか?
ロシアのヒーローが、この愚か者を」
「当然だ!」
「ちょっとやそっとの国際ネタで
俺らの信頼が揺らぐと思ってんじゃねえぞ、バーカ!」
「ほぉ」
ブースターゴールドと撃ち合うブラックビートルのマスクが嘲笑に歪んだ気がした。
「本当にそう言えるか、ブースターゴールド?
彼に未来を教えてやったか?」
「テメェ……!」
ブラックビートルの口を閉じようと攻撃を焦ったブースターゴールドが、
闇雲に突きを繰り出した。
その攻撃を捌かれ、加えて頬を拳が撃ち抜いた。
膝を折ったブースターゴールドの後頭部に攻撃をし、ブラックビートルは続ける。
「お前の結末を教えてやろう、ロケットレッド」
「やめろ! 言うんじゃねえ!!」
もがくブースターの頭を踏みつけ、黙らせる。
歴史の守護者をあざ笑う調子でブラックビートルは
ロケットレッドに歴史を突きつけた。
「ロシアのヒーローであり、
仮想敵国アメリカのチームに所属したお前は死ぬ。
アメリカのヒーローに殺される。このクズを庇ってな」
突っ伏したブースターゴールドからはロケットレッドの表情が見えないが、
いつも豪放磊落な彼の声が震えているのがわかった。
もしもブースターが否定すれば、ひょっとすればドミトリは信じなかったかもしれない。
ブースターゴールドには出来ないことだったから無用な仮定ではあった。
「本当なのか、ブースターゴールド?」
「…………そうだよ」
「そうか……そうなのか……この国で上手くやっていると思ったのだがな」
普段は張りのあるドミトリ・プーシキンが弱々しくうなだれた。
いつもパワフルでウォッカの似合うロケットレッドがそんな調子になっただけで、
ブースターゴールドの胸が痛む。
ブラックビートルの足が離れたが、
ブースターゴールドは起きようとしなかった。
「どうだ、こいつが憎いだろう?
お前の命を踏み台にしてようやく真のヒーローになり、
そのクセ、お前に未来を隠してのうのうと協力させたこいつがな」
「ドミィ」
地面を凝視し、食いしばった歯の隙間から懺悔が漏れる。
「ずっとお前に助けられたのを覚えていたよ。
お前の命日には必ず『グッバイ、レーニン!』を観ることにしてた。
でも、それだけで、歴史を歪めてまで助けようとはしなかった。
友達を見殺しにしたくてヒーローになったわけじゃないのにな……」
どれほど糾弾されるかと覚悟したブースターの耳朶に、
穏やかなロケットレッドの声が響いた。
「顔を上げろ、ブースターゴールド」
弱々しく顔をあげたブースターゴールドにロケットレッドは頷きかける。
「”脳みそポコチン頭”。それが我が国でのお前の呼び名だった。
あらゆるハニートラップに引っかかっても
一向に学習しないお前の馬鹿さ加減が由来だ。
お前を庇うために私がどれだけKGBやプーチンに頭を下げたことか……」
ブースターゴールドの近くに立つブラックビートルをロケットレッドの光弾が襲った。
KGビーストが機関銃の狙いを付けるより速く、
ロケットの速さで真紅の拳が巨大な体を叩いた。
「だが、ジャスティスリーグ・インターナショナルに加入して間もない時、
メディアでロシアが送り込んだ”赤き脅威(レッドメナス)”と取り沙汰される私を、
なんでもない普通のヒーローとして接してくれたのはお前だけだった」
ブースターゴールドを起き上がらせ、ロケットレッドは呵呵と笑う。
「お前は私に未来を見せてくれたのだ、友よ。
25世紀にお前のようなボンクラがヒーローになるのは頭が痛い話だが、
少なくとも命を賭けるに足る明日だった」
「ドミィ……」
「ふっ、それにな……『グッバイ、レーニン!』は
名作だけど共産主義関係ないぞ」
「だから言ったでしょう」
KGBエージェント崩れをあらかた片付けたスキーツが言う。
そんな光景を前にブラックビートルが憎悪を滲ませた。
「何故だ……何故許す!
わからんのか、ロケットレッドよ!
バットマンに殺されたヒーロー! そこの拝金主義者が憎いだろう!?」
「こいつに殺されたわけではないのに憎むも何もな……
だがそうか、私はバットマンに殺されたのか……
ん? なんだ、私を殺したヒーローってバットマンか。
よくもニアピンで私を唆そうとしてくれよったな、悪党めぇ!!!」
拳を握りしめ、怒りに震えたロケットレッドが
ブラックビートルに飛びかかった。
「い、いや違うってロケットレッド!
トチ狂ったバットマンが俺たちをいつでも倒せる兵器を作って
セッティングもすませて発射寸前のとこを
ドグサレヴィランが横取りして実行しただけだって!」
「さして変わらん! それはそれとして
バットマンに殺されるのが怖くてヒーローをやってられるものかぁ!!」
一理あった。
燃え滾るロケットレッドの怒りを鎮めようとしたブースターゴールドだが、
彼の暴れっぷりは一向に静まらない。
ブースターゴールドも加勢しようとするも、
すでにロケットレッドの猛攻によって
ブラックビートルの装甲が剥がれて来ている。
あまりに脆い。
ロケットレッドを寝返らせなかった動揺が響いているのか。
「我らJLIの友情を侮った報いを受けるが良い!!」
ラッシュの仕上げに両拳をロケットレッドは降ろす。
そこいらのメタヒューマンヴィランならば勝負が決まるところだ。
しかし、ブラックビートルは巨大化した両腕で受け止め、
それだけでなくロケットレッドを持ち上げる。
「図に乗るな、ドミトリ」
背中から延びるスカラベの脚が鋭利な触手として、
ロケットレッドの全身を貫いた。
遅れてブースターゴールドが両者の間に割り入る。
「消えろ……!!」
髪が燃え盛る炎に逆立つ黄金の巨人に変わり、
ブラックビートルの装甲の腹部を大きく刳る。
そしてロケットレッドの時間を巻き戻し、負傷・損壊を消した。
ぱくりと消えたブラックビートルの腹部から正体が露出する。
黄金の巨人、ウェブライダーの眉が上がった。
「…………?」
そこにあったのは大きく弛んで膨らむ腹。
およそヒーローにもヴィランにもありえない醜く肥えたもの。
ブラックビートルは唇を歪め。
「ずいぶんと良い友人達を持ったな」
ウェブライダーは時空を自在に干渉できる魔人だ。
ダークサイドレベルは難しいかもしれないが、
スペクター、モングル、パララックスに匹敵する力を持っている。
時の流れを司るクロノアルエナジーの具現体。
そのウェブライダーをして、ブラックビートルには不透明なものがあった。
「父に虐待され、父の甘言に乗り、輝かしい将来を喪い。
お前が初めて幸福を知ったのは、この時代のはずだ。
それを奪った二人はお前にとってのジョー・チルか、リバースフラッシュか。
なあ、ブースターゴールド…………」
何処かで会った覚えがある。
だがスカラベを使うせいだと思っていた既視感の正体が掴めない。
「お前は本当にバットマンを許したのか?」
そう言い残しブラックビートルが消えた。
戦いが終わり、余韻が残る中。
ずっと遠巻きに観戦していた地底アメリカ人が騒ぎ始めた。
「終わった」
「終わってしまったのじゃ」
「見込みが外れたのじゃ」
「こうなったら仕方ないのじゃ。
ロケットレッドを殺害して宣戦布告じゃ」
「やっちまえ、やっちまえ」
「やるんじゃKGビーストくん」
「わ、私が……?」
まだ余力があることに目をつけられたKGビーストが自らを指さした。
「せめてジャスティスリーグに所属するロシアヒーローくらいは殺すんじゃ」
「愛国心の見せ所じゃぞ。融和クソくらえじゃ」
「やっちまえ、やっちまえ、やっちまえ」
そうそそのかされてもKGビーストは決して愚かではない。
頼みの綱なブラックビートルには実質、見捨てられ、
周囲はむしろ得体の知れない地底アメリカ人に囲まれ、
おまけにブースターゴールドは超常的な巨人に変じている。
「ふむ。ノリが悪いのぅ」
「仕方ない。使わず仕舞いだった核爆弾を起動するか」
「な、何故!?」
「いつかは使おうと思っていたんじゃよ。
ロシアのヒーローが爆殺されたらロシアも喧嘩売ってくるじゃろ」
「そこをガツンじゃ!」
異口同音に核爆発の声が高まっていく。
地下に広まっていく熱狂に取り残されたKGビーストが、
困惑どころか助けを求めるようにウェブライダーを見てきた。
「ブースター……」
意識が戻り始めたロケットレッドの手を、
ウェブライダーは掴んだ。
黄金魔人は微笑み、言った。
「ずっと、お前らの思い出に力を貰ってきたよ。
ありがとうな」
そうして、ウェブライダーは自身に満ちるクロノアルエナジーを解放し、
周囲一帯の記憶を消した。
何処かのアース、何処かの時代。
深い暗闇の中、ブラックビートルは円卓に座っていた。
歴史に繋がる全てを掌中に収めんとするヴィランチーム。
それがタイムスティーラーであり、ここは会合の場であった。
そして、同席している者はいずれも血を流し、息絶えている。
だが唯一、命のある者に向け、語った。
「ヒーローとは皆、相反する属性を持っている。
至高には凡夫、無敵には常人、最速には愚鈍、愛には戦士、
創造には蛮勇、未知には王。そして、奴は全知にアホ」
対する何者かは沈黙を保つ。
「脳みそポコチン頭……それがロシアがつけたコードネームだ」
その場に怒りと憎悪が瞬時に凄まじい熱量で生まれた。
ロシアと”脳みそポコチン頭”。
そのふたつが、余人には理解できない感情の爆発を引き出す。
「ふふっ、ハハハハハハ!」
哄笑するブラックビートル。
「彼は奴を警戒こそすれど狙いはしなかった。
だが我々は違う。奴こそが怨敵。
おぞましき暗黒時代を繁栄させし元凶!
我らが復讐を果たすべき者!」
スコッチが残るグラスを強く掲げて彼は言った。
「我らこそが全知にふさわしい!」
「今回もなんとかなったな!
もっとも、いつも通り慌ただしさの極みだったけどさ。
毎度のことながら殴って殴られて馬鹿やっての繰り返しだ」
ウェブライダーから戻り、
危険なレベルに使い切ったクロノアルエナジーを、
タイムスフィアに搭乗して回復するブースターが言った。
「そうですね。一時はどうなるかと思いましたけれど」
受け答えをしながら、スキーツは解析を進めている。
「何してんの?」
「先程、回収したブラックビートルの破片を調べています。
スカラベに少しでもDNAが付着しているかもしれませんからね」
「バットマンに頼んだ方が良いな」
「言われてみるとそうですね。後で頼んでみましょう」
「にしても酷えよなあ、なんだよ”脳みそポコチン頭”って。
俺、そんな風に思われてたなんて知らなかったぞ、まったく」
頭の後ろで両手を組み、ブースターゴールドが脚を投げた。
「ほんと…………馬鹿だよな」
「ですが貴方は知ることができます。
死した者のことは思い出でしか会えないのが普通ですが、
貴方は現実に出会い、生きている時のことを知り、
過ぎた人々のことを再構築できます」
くつろいだ姿勢のまま、
無言のブースターゴールドにスキーツは端的に締めくくった。
「だから貴方はヒーローなのです。
少なくとも、私にとっては」
「他の奴にとっては?」
「ポコチン野郎でしょう」
「ひっでえ!」