DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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バットマン:猛禽の法廷

 

 

すべてには始まりがある。

例えば、崩壊するクリプトン星からカンザスの農村へロケットで送り出されたり、路地裏で両親が射殺されたり、墜落した宇宙船を発見したり、幼少期に母を殺されて父を濡れ衣で奪われたり、父に虐待されて父の誘いに乗ってすべてを喪ったりがそうだ。

 

そして、それはタッグにも同じことが言える。

バットマン&ロビン、ダイナミック・デュオ。

ゴッサム最強のコンビとして暗黒都市を駆け抜けた彼らは、サーカスの一座が始まりだった。

 

「君がこの時代に来たことで、未来が開けた」

 

グレイソン一家が所属するサーカスの跡地。

バットマンが25世紀から来た黄金の男へ語った。

 

「途方もない暗闇の中、いつ報われるとも知れぬ戦いの日々で、バットマンは、少なくとも黄金に繋げることができたのだ」

 

「お前……」

 

夕暮れの橙色に染まるサーカスの跡地で、蝙蝠の装いをした世界最高の探偵が、未来から来た男を見下ろす。

 

「君は私に明日を見せてくれたのだ、ブースターゴールド」

 

#########

 

民衆が求めるのは常にパンとサーカスというが、ゴッサムではサーカスは一種の花形だ。

貧富の差が世界で最も激しいとされるゴッサムでは、奇想天外なショーを魅せるサーカスは老若男女が楽しめる数少ない娯楽として人気がある。

 

ウェイン産業の顔役であり、ゴッサムで一番の大富豪にしてプレイボーイなブルース・ウェインは女を連れてサーカスを訪れた。

しなだれかかっているドレス姿の女は誰だったか、名前も顔も覚えていないが、しょせんはブルース・ウェインという仮面を維持するための道具だ。今夜限りの関係でしかない。

 

「やあ、楽しんでいるか?」

 

浅黒い肌にサングラスをかけた陽気な男が手を上げて挨拶をしてきた。同行者もなく、1人でサーカスに来ているようだ。

 

「ハハハ、まだ始まってもいないだろう」

 

「そうだが、おいおい言わせるなよ」

 

不躾気味に女を顎でしゃくった。

彼はリック・マローン。ブルースが推進する都市再生計画に賛同し、支援する実業家だ。

 

「あら、失礼ね」

 

女が眉をひそめて、口を尖らせた。

だがそんなことよりも、周囲のざわめきの中でもリックの存在感が異様にくっきり浮かび上がっているのが気になった。

 

彼のことは徹底的に調べたが、特に不審な点はない。貧しい家庭から必死に成り上がった才人だ。

若い頃にハンセン病を発症し、貧しかったことから治療が遅れて、後遺症によって左手を人前に晒せなくなったとのことだが、それを感じさせない闊達さがある。

このプラスの存在感は、彼が後天的に取得したものかもしれない。

 

「君もサーカスを見に来たのか? 1人で?」

 

「悪いかい? うちは貧乏でね。たまに来るサーカスの公演が楽しみだったんだよ。それも今夜は、あのフライング・グレイソンの空中ブランコだ。一度は観てみたかったんだよ」

 

フライング・グレイソンとは、父、母、息子の三人で行う空中ブランコショーが大評判の演目だ。

ブルースも以前に父と母のみで行う空中ブランコを観たことがあるが、評判になるだけのことはある演技であった。

 

「よかったら一緒に観ないか?」

 

「やめておくよ。そろそろ彼女が睨んでくるのが怖くなってきたからね。お邪魔虫はひとり寂しく隅っこでショーを観るさ」

 

「そうか……残念だな。気が変わったらいつでも合流してくれ」

 

「ちょっとぉ、誰とデートしてると思ってるのぉ?」

 

名前も知らない女が口を尖らせた。

彼女は誰だったか、今夜のためにあつらえた相手なのだが意識に入ってこない。

犯罪に関与しているか徹底的に調べたところ、父親が麻薬密売業者だったのは把握しているが、本人は白だ。それがわかれば後はどうということもない。

 

リックが手を振り、去って行く。

まだ知り合って日が浅いが、不思議と人好きのする男だった。

軽口を叩く陽気な性格はジャスティスリーグにいる、いけすかない緑のボンクラを思い出させるが、リック・マローンと話していても奴のような不快感はない。

 

もっとも、ジャスティスリーグの緑如きの知性で自分を不愉快にさせることもないが。と、ブルースは自己分析した。

 

「さあ、行こうか」

 

腕を組ませてサーカスのテントに入ろうとしていくと、小人症の男が不審な動きをしているのが見えた。

 

「すまない。急用を思い出したから、先にテントに入っていてくれ」

 

「はぁっ!?」

 

不満の声を上げるが、それを無視して小人症の男を尾行する。

サーカスと言えば、スポットライトの当たる華やかなステージだが、演じる芸人達はというと、むしろ表舞台とは程遠い人物が多いものだ。

 

食い詰め者、多額の借金を背負った者、生まれつきのハンデを見世物にするしかなかった者、そういった者達が肩を寄せ合うといえば聞こえは良いが、どうしても悪事に走る者は出てしまう。

 

物陰から様子を伺っていると、小人症の男が、同じ小人症だが白髪で恰幅の良い老人と話しているのが見えた。

 

「頼むよぉ! 俺をあんたんとこに入れてくれ、オベロン!」

 

「そんなこと言われてもなあ。お前さんとこのサーカスも良いところじゃないか」

 

「んなの昔の話さ! ギャグスワースの綱渡り芸と言えば花形だったが、あのくそったれグレイソン一家の空中ブランコにお株を取られて、今のおりゃぁチンケなピエロよ。だからあんたんとこに口利きして雇ってくれねえか?」

 

「いかんいかん! うちの脱出芸は超繊細なテクニックを要するんじゃ。わしとMr.ミラクルの40年越しの信頼関係がなければ一瞬でおじゃんよ。それに、お前さん、サーカス仲間からの評判も悪いぞ。すまんが、他をあたってくれ」

 

白髪の老人がギャグスワースと名乗る男の懇願を断る。

すると、ギャグスワースが顔を真っ赤にして小型のナイフを取り出し、オベロンへと斬りかかった。

 

「ちくしょう! お前なんか――!!」

 

ブルースがバットラングを投擲する前に、ギャグスワースの腕に鋭利なダーツが刺さった。

 

「ぐえぇっ!」

 

みっともない悲鳴をあげてギャグスワースがナイフを落とした。

まだバットラングを投げ切ってないブルースは、ダーツの主を探した。

 

「サーカスは夢の国だろ、ギャギー。忘れちまったのか?」

 

左腕に機械仕掛けの篭手を装着した男が、ギャグスワースの首根っこを掴んで持ち上げた。

猛禽類を模したマスクで顔の上半分を隠しており、何者かはわからないが、浅黒い肌としなやかな身のこなしは見覚えがあった。

 

「おお、助かったよ。ほら、生きているか。ギャギー?」

 

頬をぺしぺし叩き、オベロンが呼びかけた。

 

「悪く思わんでくれよ。Mr.ミラクルのショーに関与できるのはワシを除けば神くらいのもんじゃ」

 

騒ぎが収まったのを判断したブルースは、テントに戻るか考えたが、姿を見せることに決めた。

スーツの下にバットスーツを着用していたおかげで、マスクをかぶればすぐにバットマンだ。

 

「おぉ」

 

物陰から音も気配もなく現れたバットマンを見て、オベロンが声を上げた。

猛禽類のマスクをつけた男はにこやかに手を振ってくる。

 

「おっ、バットマンじゃないか! 会えて光栄だよ」

 

「お前は何者だ」

 

ギャグスワースを奪い取り、厳重に拘束する。

小人といえどもサーカス団員の悪人というのはおおよそ驚異的だ。

サーカスと言えば忍者以上に謎の多い職業。どのような秘技を持っているのかわかったものではない。

 

バットマンの無遠慮な振る舞いに気分を害した様子もなく、猛禽類のマスクマンが答えた。

 

「俺はラプター。ブルードヘイヴンがホームのヴィジランテさ」

 

ブルードヘイヴンはゴッサムとメトロポリスの間に位置する街だ。

ゴッサムから逃げた住人と、メトロポリスに住めなくなった者が集うことで成り立っている。

住民の出入りが激しいことから長期的な産業は育ちにくいが、カジノなどの観光産業に特化したことで独自の長所を持っている。

 

「ほぉ〜〜、これがバットマンか。初めて目にするが、面白いコスチュームをしとるもんじゃ」

 

ラプターを睨みつけるバットマンのマントやメイルを、オベロンがべたべた触れていく。

無言で一歩離れるとオベロンは両手を上げた。

 

「おやおや照れ屋な蝙蝠さんだ。まあ、かまわんかまわん。助けてくれてありがとうよ、ラプターとやら」

 

「じゃあなオベロンさん。次の公演を楽しみにしてるよ」

 

オベロンが去って行った。

襲われたばかりだというのに剛毅な男だ。あまり積極的に関わりたいとは思わないタイプではあるが。

 

「さて……二人っきりだな」

 

「何が目的だ」

 

「そう睨まないでくれよ、俺だって。君の友達のリックさ、ブルース」

 

顔の上半分を隠すマスクの下端を指でつまんで引き上げた。

眼病を患っているという目そのものはわからないが、それを除いても輪郭で間違いがないのはわかる。

もっとも、バットマンにかかれば相手の変装など重心と呼吸のリズム、立ち居振る舞いで無意味同然だが。

 

だが、問題はそこではない。

 

バットマンはバットラングを3枚投げる。

それぞれが不規則な弧を描くように調整されたバットラングだったが、ラプターは苦もなく払い落とす。

その間にバットマンは間合いを詰めてラプターの頬を強く殴った。

 

大きくぐらついたが、ラプターは泰然としている。明らかに攻撃を見切っていた。敢えて喰らうとは。

 

「……なぜ避けなかった?」

 

「俺なりの親愛の証さ。ヒーローを殴るのが好きなんだろ?」

 

ラプターの発言は間違いだ。

バットマンはヒーローを殴りたいと思って殴ったことはない。ヒーローが敵になった、または信用に値しないと判断した時だけ殴るのだ。

 

「じゃあ今度はこっちの番な」

 

そう言ってラプターが鉤爪篭手ではない右手で殴ってきた。

衝撃が左頬から右頬へ抜け、脳が揺れたが意識は落ちなかった。

 

「これでおあいこだ」

 

「違う」

 

頬を抑えていつも以上にしかめっ面をする。

だが、ラプターへの警戒心は不思議と消えていった。妙な男だが、嫌いにはなれない。

 

「まあいいじゃないか。細かいことを気にしてると偏屈ジジイになるぜ? 実は俺、サーカス育ちでね。こういうところには思い入れがあるんだよ。もちろん、君の事業に投資しているのは本心からだし安心してくれよな」

 

「御託はいい。ブルードヘイヴンからわざわざゴッサムに来た目的は何だ?」

 

「梟の法廷って知ってるか」

 

「…………何を掴んでいる」

 

梟の法廷。幼少時代に、ブルースが探し求めた秘密結社だ。

ゴッサムを裏から支配しているというが、お伽噺の寓話的存在に近いとされている。

事実、バットマンも梟の法廷の痕跡はついぞ掴めなかった。

 

「このサーカスが法廷と繋がりを持ってるらしくてな。タロンって知ってるかい? 法廷の狗なゾンビ忍者なんだけど。今夜、グレイソン一家の秘蔵っ子のディック・グレイソンを改造するんだとさ」

 

眉唾ものだ。

情報の出処を聞いても、この男がやすやすバラすとは思えない。

拷問して吐かせる手もあるが、情報が真実なら時間がない。

 

「それが本当だとするなら――」

 

「本当だって。ほら後ろを見てみろよ」

 

ラプターに指摘される前に背中に飛来したナイフを掴んだ。

人で賑わうサーカスの裏手に、異様な風体のニンジャが次々と現れた。

梟の仮面に、しなやかな身のこなし。ニンジャの出で立ちだが実態は無音の死人に近い。

 

鋭い抜き手を繰り出され、危うく躱したが一体一体がかなりの力量であることがわかる。おそらくは体術のみならばバットマンと同等以上だ。

 

バットラングで牽制をしても痛覚のない体では一向に意味をなさない。

ためしに関節技で相手を破壊しようと試みるが、相手の技術が高すぎる。強引に抜けられて逆に顎にアッパーを喰らってしまった。

 

「ここで戦うと周囲に巻き添えがでかねない。人気のない場所に誘導するぞ」

 

グラップネルガンを使い、放置されていた空中ブランコ用の設備を起点に宙へ移ると、ニンジャ達も次々に追ってくる。

ラプターもワイヤーを射出してバットマンについていき、人気のない廃工場まで進んだ。

 

機器を用いて空中を跳んできた二人と違い、ろくな装備もなく木々や電柱、電線を走ってきたニンジャ達は、酷使によって足があらぬ方に曲がっている者もいる。

 

だが、多少捻っている程度は動きに全く支障がないと言わんばかりにバットマンに蹴りを浴びせてきた。

防御をして、軸足にバットラングを刺した。それで機動力を殺せるかと思ったが、バットラングが刺さった足を強引に持ち上げてバットマンに膝蹴りをする。

 

「そいつらは既に死んでいる。殺す気で対処しろ」

 

バットマンは決して他者を殺さないことを己に課している。

たとえ相手が死人と教えられても、そうそう頷けるものではない。

ためらうバットマンを他所に、ラプターは的確にニンジャを倒していく。

 

左手に装着した篭手からネットを射出してニンジャを一纏まりに捕らえた。

カーボン樹脂に加えて脂を染み込ませており、ニンジャの脱出を防いでいる。

バットマンがニンジャを観察しようと寄ろうとするのを、ラプターが制止した。

 

「よせ!!!」

 

バットマンの目の前で、睫毛が灰になるほどの大爆発が起こった。

ニンジャ達が自爆用の爆弾を隠し持っていたのだ。

反射的に頭部を庇って四肢を丸めたが、それでどうにかなる威力ではない。

だが、バットマンは近頃、あらゆる状況を想定し、重装備傾向にある。

 

爆風を防ぐケブラー繊維を編み込んだマントによって命に別状はないはずだ。

しかし、それを抜きにしても衝撃があまりになさすぎる。

疑問に思ったバットマンが爆風の過ぎたことを確認し、顔を上げると、覆いかぶさるようにラプターが爆発から庇っていたのがわかった。

 

「馬鹿な……」

 

「ハハッ、無事かい?」

 

平時と同じく、ラプターが親しげに笑いかけてくる。

彼がバットマンから離れると、体におびただしい火傷がある。

 

意識どころか命があることが不思議な怪我であった。

 

「何故、そんなことをした! 私ならどうにでもなったというのに」

 

「そうなのか? まあ、気にするなよ。なったものは仕方ないだろ」

 

「大丈夫なはずがない。今すぐ、適切な治療を――」

 

「聞いてくれ」

 

バットマンの肩を掴み、ラプターが真剣な様子で語りかけてきた。

 

「今夜、グレイソン一家に事故が起きて、一人息子のリチャード・グレイソンが梟の法廷に攫われる。情報の出処を教えることはできないが、確かなものだ。……君に託したい」

 

「わかった。だが、それはお前を後回しにして良い理由にはならない」

 

「俺に痛覚はない」

 

左手に装着した金属製の篭手を持ち上げ、バットマンの眼前に見せつけた。

普段は手袋で見えない彼の素肌が醜くただれているのがわかる。

 

「俺はスラム出身でね。まあ、例によって糞みたいな人生を送っていたんだが、区画にハンセン病が大流行して、俺ももれなくだ。骨が曲がるわ、皮膚がただれるわで絶望しきった俺は、膝を抱えて震えていたよ」

 

ブルースも彼の出自は調べていたが、そんな話は出てこなかった。

訝しむがラプターは続けた。

 

「そんな時、俺を連れ出してくれたのがマリーだった。彼女は……自由な夜闇に導く翼だった。二人で営利を貪る製薬会社から薬を盗んで、区画中にバラ撒いたよ。初めての義賊行為だったけど……俺は楽しかった」

 

義賊行為の詳細は語られずとも、内容は概ね想像できる。

マリー・グレイソンにそんな過去があったとは知らなかったが、それがサーカスというものだ。

テントと舞台に入れば誰もが人生をやり直す余地がある。

 

「本当の俺は、盗人として指名手配されていて本名も名乗れないが、ずっと彼女のことは見守っていたよ。だから、頼む。彼女の子供を守ってくれ」

 

ラプターが義賊……盗賊だとしても、彼の頼みを聞かない理由にはならない。

篭手を掴み、バットマンは力強く頷こうとし――

 

「ヤッホー、大変なことになったから来たよ、バットマンってうわああああああああバットマンだあああああ!!!!!」

 

天に開いた時空の歪から金色の男と小型アンドロイドが飛び出してきた。

男の方はバットマンを見つけるや否や腰を抜かしてみっともなく叫びだした。

急に空気が変わったのを感じたバットマンが警戒心を露わに男へ向き直り、先制攻撃にバットラングを放った。

 

「危ねえ!」

 

グリーンランタンなども纏うフォースフィールドによってバットラングを弾いた男が立ち上がって胡散臭い笑顔でにじり寄ってきた。

 

「やあやあ俺はブースターゴールド! 歴史とマルチバースの守護者。THE GREATEST HERO, YOU'VE NEVER HEARD OF(お前の知らない最高のヒーローさ)!!」

 

「そして私は彼より可愛くて有能かつ指示担当のスキーツです」

 

ならばそのスキーツというアンドロイドだけで良いのではないのかと思ったが、それはどうでもいいことだ。

この男に対処し、排除するのを優先する必要がある。

 

「まあ聞かれる前に答えるけど、未来が変わってお前が死んで梟の法廷が世界征服するようになって、そのトップがなんとディック・グレイソンって訳! ヒーローは法廷に皆殺しにされるしえらいこっちゃなんだけど、その分岐点がこの日らしくて来たよ。一緒にディックを守ろうぜ!」

 

「この時間軸の彼は、まだディックを知らないと思いますよ」

 

「あっちゃあそうだったか。でもバットマンがディックを見捨てるわけないしな」

 

「勝手に話を進めるな」

 

口を挟んだバットマンが油断なく1人と1体を睨みつける。

ブースターゴールドと名乗った男は見るからに下品で知能が低く、小型の飛行アンドロイドはドローンと大差ない武装のようだ。

 

「ていうかラプターいるじゃん! バットマン! そいつが犯人だぞ! お前からロビンを奪ってタロンのトップに教育する悪党だ!」

 

「ロビン……? ロビンフッドのことか」

 

ラプターがやっていたという義賊行為で最も有名なのがロビンフッドだろう。

だが、バットマンは原則的に盗みという行為は比較的避ける傾向にある。

ロビンフッドを奪われたところで困るものなどない。

 

「やはり、この時間軸ですと、まだわかりませんよね。貴方は今日、サーカスの公演中にある野望によって両親を奪われた少年、リチャード・グレイソンを引き取って後見人になります。まあ、後に養子縁組を結びますが、重要なのは彼から脈々と受け継がれるバットマンのサイドキック、ロビンの伝説が始まるということです」

 

「サイドキックということは私はゴッサムでそのリチャードと一緒に行動するのか?」

 

「はい」

 

「彼が何歳の時に戦場(ゴッサム)に出すんだ?」

 

「引き取ってすぐになりますね」

 

「でもそれで暗黒に彷徨ってた、お前の魂が救われるってことよ」

 

「受け継がれるということは、私は他の少年もゴッサムで戦わせるのか?」

 

「おいおい、細かいことは気にするなよバットマン」

 

「未来の私は外道に堕ちているのか?」

 

「ディックを助けようぜ!」

 

現状、ブースターゴールドとスキーツを信頼できる要素は万に1つもない。

そもそも、この歴史の守護者とほざく男からは、ハル・ジョーダンに近いものを感じる。

 

すなわち、傲慢極まりなく、あらゆる知略を臆病と馬鹿にするクソッタレのように見えるということだ。

 

「お前たちを信用はしない」

 

「そんなぁ……」

 

「よく聞いてください、バットマン。貴方が引き取ることになる少年は、善悪のアンカーになる人物です。彼が死亡するか、悪に傾く世界はほぼ例外なく、醜悪なものとなります」

 

まるで信憑性はないが、奴らの話に真剣味が宿りだした。

少なくとも自分達の言っていることが本当だと確信しているはずだ。

 

「お前たちの言い分はわかった。だが証拠がない。歴史を守護する……タイムトラベラーである証拠だ」

 

「お前の正体はブルース・ウェイン。大富豪でジャスティスリーグじゃ参謀担当だ。クラーク・ケントとの初対面はアルフレッドとあちこち旅していた時に、スモールヴィルで車が故障して、修理している最中に近くで鼻垂らして遊んでるクラークと会った」

 

誰にも話したことのない情報だ。

どうやら相手が最低でも歴史を包括的に観測できる立場なのは間違いないようだ。

沈黙を保っていたラプターが、バットマンを見上げる。

 

「おい……まさかあの馬鹿どもの話を信じるのか?」

 

「安心しろ、奴らが善だとまでは信じていない」

 

「ならよかった」

 

「だがお前を信じた覚えもない」

 

そう言ってラプターに麻酔ガスを嗅がせようとするが、俊敏に跳び上がって距離を取られてしまう。

 

「酷いな……いきなり何をするんだよ」

 

ラプターの口角が、これまでとはうってかわって酷薄に吊り上がる。

義賊はおよそ、浮かべることがないだろう表情だ。

バットマンは、これまでついぞ義賊というのを見たことはないが。

 

「ほら! な! あいつ、未来から来た悪党ですぜ旦那!!」

 

「黙れ」

 

ブースターゴールドが鬼の首を取ったように騒ぎ立てるのを止めさせ。

爆発の被害など一切の影響も見せずに、ラプターが左腕に装着する篭手を弄った。

 

「残念だなあ。せっかく、仲良くなれたと思ったのに」

 

「私に語ったことは嘘か。その傷も」

 

「いや、どれも本当だよ。サーカスと火は近い兄弟だ。そうそう殺されるかよ」

 

陽気な様子は崩さないが、様子が明確に一変した。

オレンジを基調にしたコスチュームが血の色と錯覚しかねない。

 

「だから、俺は、貴様を、殺すってわけさブルース・ウェイン」

 

篭手から高速で連射されるダーツが、バットマンを防護するフォースフィールドに弾かれた。

 

「おいおい、偉大なタイムトラベラーヒーロー、ブースター様の前で舐めたクチ効いてんじゃねえぞ?」

 

「お前のことは聞いている。使命を除けば取るに足らないD級ヒーローだと」

 

「はぁ? 俺様はマーシャン・マンハンターとは母と赤ちゃんの如き親しさだぜ? ボクちゃんを馬鹿にしたらママが黙っちゃいねえぞ、バッブゥ」

 

ラプターが片手を上げると、彼に従って不死身ニンジャが次々と現れてくる。

この男が彼奴らを呼び寄せたということか。猛禽の仮面をつけた男が顎でしゃくった。

 

「奴は俺の獲物だ。邪魔者を片付けろ」

 

「上等じゃねえか」

 

先程よりはるかに多いニンジャの集団をブースターゴールドとスキーツが相手取る。

ニンジャの強靭な蹴りを、一歩ずれただけで躱し、カウンターで敵の背骨を壊す。

その上でガントレットからのレーザーで、フォースフィールドでも耐えられないだろう量の敵を牽制していく。

純粋な数というのは脅威なものだが、どちらも苦にせず捌いていく。

一見するとただの愚か者ではあっても、実力は確かなようだ。

 

バットマンがバットラングを投擲するとラプターがダーツで撃ち落とす。

しかし、投げたのは煙幕内蔵バットラングだ。

濃い煙が敵の視界を覆い、死角からラプターの腹部にパンチを突き立てる。

それをラプターが超常的反射神経で防いだ。

 

「危ない危ない」

 

「…………何故だ」

 

眉を上げたラプターにバットマンは、つぶやく。

 

「何故、未来から来てまで、私を殺そうとする。私の正体を知っているのなら、未来だろうと手段はいくらでもあるはずだ」

 

ラプターの動きは素早く、捉えるのはニンジャ以上に厳しい。

とは言え、追いつけない速さではない。

距離を詰め、ラプターの首に腕を巻き付け、膝蹴りをお見舞いした。

相手の体が持ち上がるも、ダメージを受けていないかの如くバットマンに目突きを仕掛ける。

 

間合いが空き、痛覚のないアクロバティック使いの厄介さを改めて認識した。

 

「貴様が……あの子の才能を歪めたからだ」

 

「あの子? 私が引き取るリチャード・グレイソンのことか?」

 

「そうだ!!」

 

憎しみに歯を剥いてラプターが唸る。

獣ではなく獲物を見つけた猛禽の冷たさだ。

 

「あの子はロビンフッドになるはずだった。マリーの血が、俺の思いが、あの子をあらゆる貧しさを救う義賊にするはずだった! それを貴様が……何不自由なく生きてきた貴様が、あの子の才覚を穢したのだ!!」

 

唐突に感情をむき出しにするラプター。

またゴッサムにやたらとよく出てくる怪物の気配を感じ、バットマンは内心、気が滅入った。

 

「……ロビンフッドは現実には存在しない。モデルとなった者は数名いるが、私は、義賊が義賊であり続けた例を知らない」

 

「俺が義賊だ!」

 

バットマンの足首にワイヤーが巻き付き、バットラングで切断する間にラプターの左フックがバットマンを打ち据えた。

 

「俺が! マリーと俺こそが悪しき富豪から奪い、弱者に施す唯一の義賊だ!!」

 

バットマンが把握する限り、ラプターは紛れもない善良なる者だ。

貧しい者、社会的弱者に手を差し伸べることを旨とし、ブルース・ウェインも彼との語らいを楽しんでいた。

 

だが、バットマンにしてみればそんなことはどうでもいい。

彼奴は怪物であり、ゴッサムに牙を剥く者だ。

 

敵はガジェット使いだ。

それはバットマンも同じであり、故にバットマンには攻略法がすぐに見えた。

共闘している間も、バットマンはラプターの動きをつぶさに観察してきた。

 

篭手にガジェットの全てを内蔵しているラプターは、ガジェット切り替えの際に右手で篭手を抑えようとする癖がある。

ハンセン病の名残が残る左手を庇うためだろうが、やはりガジェットはユーティリティベルトに入れておくのが最上だ。

 

バットラングを一枚投げると当然撃ち落とされる。

だが、今投げたバットラングは半分に分割するタイプだ。

両端に分かれたバットラングが別々の軌道で敵へと迫る。

撃ち落とすのをやめて、篭手にある鉤爪で切り裂こうとするのを、音もなく移動していたバットマンが跳び上がってラプターの顔を蹴り上げた。

 

「ぐあぁっ!!」

 

衝撃にラプターの仮面が破れ、崩れた体勢を逃さずに左腕を取って、腕ひしぎを決めた。

 

身軽なラプターに、極め技がどれほど効くか不明だ。

それでも、できた時間で篭手を左腕から取り外すことはできる。

武器を奪う上に、ラプターは左腕がハンセン病で醜く爛れているのをコンプレックスとしている。

それを曝け出すこととなれば、相手の戦意を折るにも十分だ。

 

バットラングの切っ先で強引に篭手の継ぎ目を破壊し、鉤爪と兵器群を両立させていた装備から、ハンセン病の跡が痛々しい左腕が露出した。

 

「さあ、お前の勝ち目はもうないぞ」

 

「バットマン……」

 

左腕とともに、初めて目にするラプターの瞳。

金色の双眼、人ならざる鷹か鷲の瞳だった。

それが悲しそうに揺らめく。

 

「残念だよ」

 

ラプターの左肩関節が外れ、腕ひしぎから逃れると、バットマンが追撃するより早く関節をはめ直し、左腕で突きを決めてきた。

 

これまでとはレベルがあまりに違う一撃だった。

機動力を軽視した、全身ケブラー繊維のアーマー越しでも弾丸を凌駕する打撃だった。

醜い左腕を前に出して、半身となったラプターが左腕のみの打撃を浴びせてくる。

 

ジャブ、アッパー、フック、裏拳、振り下ろし、掌打。

100方向から来る攻撃の乱舞に、バットマンはまったく反応できない。

左から来たら右から、上から来たら右斜め下から、どれもが変幻自在かつ正確な打撃だ。

 

距離を取ろうとするも、バットマンの後退よりラプターの左腕が速く伸びる。

かくなる上はとグラップネルガンを使わんとしたが、とっくにユーティリティベルトごと盗られていた。

バットマンの襟首を掴み、子供相手のように持ち上げた。

 

「俺の全身は、痛覚がない。痛みも、快楽も、この皮膚で味わったことはない。だが、この左腕だけは別だ。皮肉なことに、俺の全身の感覚は、最も醜い左腕に集中している」

 

「わかったぞ…………」

 

首を傾げたラプターを、バットマンは嘲る。

大きく息を吸うと全身に激痛が走るが、ラプターが無痛ならばバットマンは痛みを超克できる。

時間を稼ぐ必要がある。

 

「この時代に生きている方のお前が今日、何をしているかだ。国際指名手配犯なお前は、マリーと結ばれることは選ばなかった。だが、近くで見守りはしていたはずだ。ならば、そう。お前も、グレイソン一家と同じサーカスに在籍しているだろう」

 

ラプターの目が細まった。

 

「今日はマリーの誕生日だ。盗賊として目利きのお前は彼女の夫であるジョン・グレイソンよりも良い物を贈ろうと考えた。ならば、お前が最上の物を手に入れる手段は? 公演を観に来る大富豪から盗むことだ。そして、公演に来る客の中で最も裕福な大富豪がブルース・ウェイン。私と会ったのも偶然ではない。この時代のお前を見つけやすいよう、私に近づいたのだ」

 

「だからなんだと?」

 

「サーカスで盗みをするのに最も適したタイミングは、観客が最も目を奪われるショーの真っ最中だ。そして、ブランクがあるお前は、サーカスの花形、フライング・グレイソンの演目中に、ブルース・ウェインの手から腕時計を抜き取るつもりだった。誤算は……盗みに没頭している間に、マリー・グレイソンが殺されることか」

 

飄々としてたラプターの手に力がこもった。

 

「黙れ」

 

「お前がこの時代に来たのは、リチャードを引き取った私を逆恨みしているため。そして、マリーが死ぬ原因そのものを取り除かないのは……認めたくないんだろう? 彼女が死んだ原因は、チンケな盗みをしていた自分にもあると」

 

「黙れっ!!!」

 

「お前は義賊ではない。ロビンフッドはあらゆる歴史にも世界にも存在し得ない。盗みによって成されるヒーローは存在し得ない。お前はただのヴィランだ、ラプター」

 

言葉のない絶叫をあげてラプターがバットマンを突き飛ばし、不死身ニンジャに喚き立てた。

 

「お前たち! こいつを殺せ!! 今度こそ手加減せずに爆殺しろ!!!」

 

顔を抑え、バットマンから逃げるようにラプターが背を向ける。

ブースターゴールドとスキーツに群がっていたニンジャ達が一様に狙いをバットマンへ切り替える。

 

彼らが対応する前に、ニンジャ達が強引にバットマンへ群がっていき、再度の大自爆を仕掛けた。

 

#######

 

「平気か、バットマン?」

 

フォースフィールドによって爆発から守られたバットマンを、ブースターゴールドが心配そうに見下ろしている。

 

「ラプターは?」

 

「逃げたんじゃねえかな」

 

逃げた。それは当たっているのかも知れない。

ブースターゴールドがいる以上、爆発でバットマンが死ぬとは考えないはずだ。

 

「今、スキーツにラプターの行方を探ってもらってる。まあ十中八九、フライング・グレイソンの所だろう。先んじて追おうぜ、ディックを助けねえと」

 

「もちろん、彼は助けるが、私は引き取らないぞ」

 

「おいおいぃ〜〜。そりゃ俺も個人的には、ティーンエイジャーを戦場に出すのは非道だと思うぜ? でもよ、バットマンにはロビンが必要なんだ。というかいないと世界が滅ぶんだ」

 

「だがお前は、ロビンとやらを初めから取らないバットマンの結末は知らないだろう。私ならばどうにかできるはずだ」

 

体に異常がないかを確かめ、立ち上がる。

この場を離れようとするバットマンの肩をブースターゴールドが掴んだ。

 

「待てって。もしかしてユーティリティベルトを盗られたからブルーになってんのか?」

 

「違う」

 

そう逃れようとしたが、ブースターゴールドが予想以上に膂力を用いている。

バットマンが超人に属する者を嫌う理由の最たるものだ。

言葉で説得できないと知れば、常人には太刀打ちできないパワーを使ってくる。

 

ため息をついたバットマンは口を開いた。

 

「恐らく、本来の私はリチャード・グレイソンを引き取る際に、こう考えただろう。『この少年なら、私のような――――』」

 

言い切ろうとして、口淀んだ。

ラプターの苦痛が脳裏に浮かんでしまう。

奴の行いに擁護する点はないだろう。

しかし、己の怪物性に直面し、そのせいで最悪の事態を招いた絶望は慮るものがある。

 

「――怪物にはならない、ってか?」

 

続きを引き受けられ、つい振り返ってしまった。

出会ったばかりで軽薄さしか受け取っていない男だが、ゴーグルの向こうには真摯な態度があった。

 

「お前が何もかもを疑うのが、ずっとわからなかった。敵や超人が怖いのかと思ってた。でも、最近ようやくわかってきたよ」

 

ブースターゴールドが頷きかける。

 

「お前が一番怖がっているのは、自分自身だ。全ての悪は心から生まれる。それでも、ホントに勝たないといけないのは自分の心だ。心に空いた馬鹿みたいにデカい穴から吹き出す感情に、呑まれてはいけないんだ」

 

この場にいるのはバットマンとブースターゴールドのみ。

だが、自然とうつむき、バットマンは声を潜めた。

 

「ジャスティスリーグにいると、痛感することがある。私は、彼らと違う。人間ではいられない」

 

ジャスティスリーグには多くのヒーローがいる。

みな、それぞれに悲劇を抱え、それに呑まれぬ人間性を持っていた。

バットマンには到底真似できないものだ。

 

「探偵とは、不可能を可能にする者のことだ。あらゆる未知を可知にあてはめる者だ。スーパーマンに勝利し、アポコリプスを撃退し、ありえぬことを達成していく日々で、私は必ず直面する。全ての驚異を制し、排除する神の一手に」

 

首を振り、投げやりに吐き捨てる。

 

「そして、私は抗うことはできず、己の怪物性に間違いなく呑まれる。これは予言ではない、確信だ」

 

「俺は……まあ、ゴッサム生まれ、ゴッサム育ち。父親が屑で俺も屑。25世紀からヒーロー装備を盗んで21世紀に来たけどさ」

 

「お前もか」

 

ラプターに続いて、この男まで盗人だと知って、流石にバットマンは驚いた。

いつから犯罪者がヒーローになる時代になったのだろうか。

 

「21世紀でヒーローになったことは、酷く幸せだったよ。俺が初めて、安らぎとか愛情を本心から持てたのは、ヒーローになって友達が出来てからだった。ただ、ある怪物が友達を殺してね」

 

「それで、お前はどうした?」

 

「どうもしないよ。そいつらが、俺の胸に開けやがった穴は……もう埋めようもねえけど、そいつは自分のしたことにムカついているのがわかったからな」

 

逆だった髪を掻き上げてブースターゴールドはバットマンを真っ直ぐ見つめた。

探偵である蝙蝠をしても、伺い知れない感情が見えた。

 

「俺はそいつを許したよ。あんただってジョー・チルを許したじゃないか。ディックに伝わるのは世界を滅ぼしてテッドやドミィを殺す怪物性だけじゃないはずだ」

 

この男が言っていることは見当違いだとバットマンは知っている。

ジョー・チルを殺さなかったのは、奴を許したからではない。

一生、怯えて震えさせてやりたかったからだ。

 

しかし、否定する気も不思議となかった。

 

「それにあいつとはたまに飲みに行くからよ。歴史が変わったら俺も困る」

 

「……もういい。時間を無駄にした。ラプターを追うぞ」

 

「でもまだスキーツが何処行ったかわからないって。普通にグレイソン一家のところに行ってみるか?」

 

「私には見当がついている」

 

発信器を作動させ、ゴッサムシティの夜に降りるバットプレーンに乗り込む。

 

「ひゅう、さすがバットマンだ!!」

 

置いていかれたブースターゴールドがスキーツと一緒にバットマンを追いかけた。

 

#################

 

「見つけたぞ」

 

光の差さない洞窟。

死なずの忍者軍団を引き連れたラプターがバットマンを見上げた。

 

「よくわかったな……」

 

「お前は、マリー・グレイソンにもリチャード・グレイソンにも向き合えない。ならば、どうするか。バットマンを完全に破壊するのだろう」

 

バットケイブへと続く道。

バットマンとアルフレッドによって無数の罠を設置しており、ここに至るまでも多くの犠牲忍者が見えた。

 

「また負けに来るとはいい度胸じゃないか? 蝙蝠の脳味噌とは意外と小さいな」

 

「腰抜けの猛禽類は爪よりも口を動かす方が得意らしい」

 

「ハハッ!! おいおい言われてやんのラプターくん!」

 

バットマンの背後でブースターゴールドが指をさして囃し立てた。

 

「……お前はどうしてバットマンに任せっきりなんだ?」

 

「はぁっ!? バットマンに勝ったお前に俺が勝てるわけねえだろダボがっ!! さっ、場が暖まってきやしたでゲスよ、先生! 一緒に歴史を救いましょうや!」

 

捉えどころがない……というよりも、捉えられる範囲の9割が愚か者なブースターゴールドだが、ここはいないよりは遥かにマシだ。

 

さっきと全く同じくブースターゴールドが忍者達を引き受け、バットマンとラプターが向かい合う。

 

「ガジェットの補充はしたか?」

 

「必要ない」

 

拳を握りしめ、純粋なファイティングポーズをバットマンが取った。

 

「来い、盗賊」

 

それに応えてラプターが跳躍する。

天井を足場にし、さらに踏み込んでバットマンに左腕で攻撃を仕掛ける。

落下速度も乗せた打撃は先程よりも速い。

バットマンには到底見切れたものではなかった。

 

だから足の置き場を少しずらし、罠を起動させる。

 

「グウっ!」

 

投石が横腹に直撃してラプターが血反吐を吐いた。

バットマンは岩壁の、とりわけ小さい凸を押す。

すると強風が吹き、ラプターの視界を遮った。

 

「クソっ、何処に行った!」

 

「ここだ」

 

ラプターの左腕を掴み、洞窟の硬い地面に背負い投げをする。

頭から直撃するも、痛覚のないラプターには影響がない。

 

「どうした……ホームグラウンドなら勝てると勘違いしたか」

 

「大したものだ。痛覚が無いことに依存してはいない。柔軟性、反射神経、純粋な体術……いずれも私を凌駕している」

 

「おとなしく殺されるか?」

 

「ますますわからないな。何故、私からリチャード・グレイソンを取り上げようとしなかった。お前がマリーの死に罪悪感を抱いていることはわかるが……少年のことをどう見ていた?」

 

ラプターが左ストレートを放つ。

逃げに徹したバットマンはするりと避け、相手の頭上に逃げた。

 

ブースターゴールド達の戦闘は一地点に留まっているが、バットマンとラプターは徐々に洞窟の奥へと進んでいく。

 

飛来してきた矢をはたき落としたラプターは鼻を鳴らした。

 

「また俺の感情を揺さぶる気か? もう通用しないぞ」

 

バットケイブに通じる通路は非常に複雑だ。

盗賊としての目と嗅覚を持つラプターですら、バットマンの残り香を辿らないとたちまち迷ってしまう。

 

巨岩が落ちてきたのを素手で砕き、向こう側にバットマンがいるのを見つけた。

疾走するラプターが手頃なバットマンに追いつきかけたところ、息の詰まる洞窟から、光は無いが広大な空間に出た。

 

「ここがバットケイブだ。初めて来たのだろう?」

 

バットマンはまたしても姿を消し、巨大画面に蝙蝠男の顔が一面と映し出された。

指を組み、顎を乗せて、彼は低く宣告する。

 

「お前は……ここに入り込めば、チェックメイトと思ったのだろう」

 

恐竜の声が耳をつんざき、巨大な柱の陰から昔の説に基づいたTレックスが現れた。

作り物とは言え体長15mは軽い大きさに身構えてしまう。

 

「だが、バットマンにおいて最も強固な点こそがバットケイブだ。アルフレッドに裏切られても問題ないよう、悪心に溺れた彼をいつでも倒せる手筈を整えている」

 

電光が灯され始め、ラプターの周りをぐるりと取り囲んでバリエーション豊かなデザインのバットモービルが兵装を向けてくる。

 

「お前は一度もリチャードを取り返そうと考えなかったのだな。少しでもバットケイブを調べれば、ここに来る愚かさがわかったはずだ」

 

大画面に向いていた椅子が反転し、一糸まとわぬ姿のバットマンが腰掛けていた。

仰々しく立ち上がり、呆然とするラプターに相対した。

 

「…………Dick」

 

「お前はお前の弱さと罪悪感によって、敗北する。しかし、今なら勝利を収めるチャンスもある」

 

「何のつもりだ」

 

「あれが本来の私と勘違いされるのは困るからな」

 

スーツもガジェットもなく、手招きをする。

 

「かかってこい。それとも、盗賊ラプターは丸腰相手では気が乗らないと?」

 

「後悔するなよっ!」

 

ラプターが咆哮を上げて左腕を大きく伸ばす。

バットマンがついぞまともに受けられなかった攻撃だが、コスチュームを脱いだバットマンは肩で受け止めた。

 

「なにっ!?」

 

「身軽になればこんなものだ」

 

右足を振り上げてラプターに攻撃を浴びせる。

痛みのないラプターには多少のダメージなど無意味だが、本来はそう喰らわない回し蹴りを与えたことで、敵の心は大きな傷が入る。

 

「お前の敗因を教えてやろう」

 

「黙れ……まだ敗けてはいない!!」

 

吠えてはいるが、ラプターの動きは精細を欠いている。

左腕のストレートに手刀を浴びせれば、全身の痛覚が集まっていることから、ラプターが絶叫した。

 

「お前は自分の罪から逃げ続けた。己の浅ましさのせいでマリーが死んだ。だが、もしも次の瞬間に、引き取り手に名乗り出ていたら? リチャード・グレイソンはお前を愛し、お前は贖罪を果たせた」

 

「黙れ……黙れ黙れ!!」

 

「己という怪物に恐れを成したとしても、立ち上がり、リチャードを迎えに行くことも出来た。私に事情を話してくれれば……私は最大限の助力をしただろう。リチャードを奪り還えしに来るのなら、お前は今、バットケイブにいなく。私はお前に勝つことができなかった」

 

錯乱したラプターが蹴りを出してきた。その足を取り、極め技で関節を外す。

無理にでも立ち上がったラプターはバットマンに掴みかかってくる。

 

「答えろ、ラプター。お前は何故、リチャードから逃げ続けた」

 

「俺は…………」

 

ついに戦意を喪失したラプターが、両の目から失意の涙を流して崩れ落ちた。

 

「あの子は……マリーの目を持っていたんだ……っ! 俺に……彼女の目に見つめられ続ける勇気が無かった!!!」

 

もはやラプターに戦闘続行は不可能だろう。

一糸纏わぬ姿であるブルースはラプターの手にそっと手錠をかけた。

未来から来たというこの男をどうすべきかはわからないが、きっとブースターゴールドとやらに任せるのが良いのだろう。

 

そうしているとブースターゴールドとスキーツが不死身ニンジャ達を倒し終わり、バットマンを追いかけてきた。

 

「よっしゃ! さすがはバットマンだ! なんでポコチン晒してんのかサッパリだけど一件落着だな!」

 

「貴方、今回は何一つ役立っていませんよね」

 

「うん!」

 

思い返せば、ラプターの本名が何なのかさえわからないままだ。

だが、それを知るのはバットマンの仕事ではないのだろう。

探偵たる存在にはおよそありえない考えだが、今夜は不思議とそう考えられた。

 

「この男はどうするんだ?」

 

「来た時代に戻すよ。ここにいた記憶は消えるけどな。後は、お前がディックを引き取って任務完了さ」

 

「そうか。しかし、もうリチャード・グレイソンを引き取る時間ではないな」

 

「任せとけ」

 

ブースターゴールドによって、その場の全員が公演直前の時間軸にあるサーカスに移動した。

バットマンが真っ裸なため、着用していたのと全く同じスーツをスキーツに手渡され、着替えた。

ちょうどテントから抜け出した時間のようだ。

 

「じゃあ、ここでお別れだ」

 

「世話になったな」

 

ブースターゴールドとバットマンが硬い握手を交わす。

俯き、連行されるがままのラプターが口を開いた。

 

「リチャードを守ってやってくれ。あの子だけは、ロビンフッドになれる男なんだ」

 

「約束しよう」

 

別れを交わし、未来からの来訪者が帰っていく。

虹色の光が放たれ、バットマンは小さく呟いた。

 

「大したものだ。ゴッサムに黄金が――」

 

#######

 

「故に、黄金たるお前は死ななければならない」

 

全てには始まりの場所がある。

バットマン&ロビン、ダイナミック・デュオが発足するきっかけであったサーカスのテント。

そこにて、バットマンは全てを終わらせることを選んだ。

 

激闘もなく、小競り合いもなかった。

バットマンはブースターゴールドを呼び出し、難なく圧倒し、大の字で倒れた黄金の男(マン・オブ・ゴールド)を見下ろしている。

 

ここはダークマルチバース。

世界に光ではなく、暗黒在れと願われ、無数の可能性が混沌に点在する領域。

 

「何のつもりだよ……」

 

「全て、お前が悪いのだ。お前が私に未来を見せた、バットマンの戦いが結実すると、暗黒都市は、少なくとも25世紀にて黄金を生むと教えた」

 

ヘルバットスーツを脱ぎ、拳銃を構えたバットマンが銃口を向けた。

 

「……だからあの子達は死んだのだ。人生とは選択の連続だ。だが、仮に、現状を歩み続けた先を見せつけられたら? それこそが、私が望む繁栄の1つを体現していれば? 他にどんな選択肢があった? お前のために、全てを失う以外」

 

「馬鹿な」

 

「だから、私は未来を否定する。お前の弱点は簡単だ。お前はヒーローを決して否定できない。父に虐待されて、未来を喪ったお前は、ヒーローになることで幸福を知った。そんなお前に、幸福とリンクするヒーローを憎むことは無理だ。本当は、マックスウェル・ロードさえ本心からは憎悪できなかったのだろう?」

 

バットマンが盛り上がった山に被せられた布を取り外す。

そこには猿轡を噛まされ、目と耳を潰されたJLIのメンバーと、ドミトリの妻子がいた。

 

「そこで、私はお前に憎まれることにした。ふむ……どちらにすべきか。お前は足繁く、ドミトリの家族の様子を見に行っていたな?」

 

かつて、バットマンが愛する夫、尊敬すべき父を奪ったように、今度は銃口から噴いた火によって、彼らの命を奪った。

 

「テメエ!!!!!」

 

「ふむ……まだ駄目か? お前は何を考えているんだ? この時点で、私はジョー・チル未満の大外道じゃないのか。仕方ない……ファイアとアイスを殺そう」

 

「よせっ!!」

 

「ブースターゴールド……よほど幸せだったんだな。ガイ・ガードナーの部屋の掃除を命じられた時はどう思った? 殺してみよう。

一時期は毎晩のように、新婚なのをかまいもせず、

フリー夫妻の家にお邪魔していたな。殺そう。

ネイトは、正体を知ることなく、お前を評価した唯一のヒーローだな。殺す。

マーシャン・マンハンターを父(ママ)と呼んで慕っていたな……今、殺した」

 

気安い調子でバットマンはJLIのメンバーを殺していく。

為すすべもなく、またしてもバットマンのせいで死んでいくメンバーを、

ブースターゴールドは血走った目で見つめていた。

 

「まだか…………まだなのか?

 お前は……本当にヒーローを愛していたんだなあ」

 

感心して頷くブルースは、

ブースターゴールドの見知ったフォルムのアンドロイドを呼び寄せた。

 

「そうだ。お前の親友スキーツだ。

 だが、今は私の友だ。

 言っておくがもう、彼の人格はないぞ。

 私が隅々まで手がけたからな」

 

親友の死を乗り越え、マルチバースを救い、

歴史の守護者として無数の戦いを経験したヒーロー。

その目に絶望と……別の感情が芽生えてくる。

 

「こればっかりは申し訳ないが、私の目的に必須だった。

 だがかまわんだろう。テッドも私の尻拭いで死んだのだ。

 スキーツも私のために死んで……機械に死ぬというのもおかしな話だな」

 

「ぶっ殺してやる……」

 

ブースターゴールドが激怒と憎悪を放ち、

誰にも向けたことのない殺意を、バットマンに向けて言い放つ。

 

「ぶっ殺してやるよ、ブルース・ウェイン!!!!!!」

 

絶叫して殴りかかるブースターゴールド。

しかし、彼の体が透過して、攻撃が透ける。

 

「もう終わりだ」

 

軽い調子から、常の重いトーンに戻し、

ブルース・ウェインは頷いた。

 

「お前はゴッサムの生まれだ。

 私が守ったゴッサムにいた以上、お前は私の流れにいる」

 

ブースターゴールドがガントレットレーザーを放つも、

バットマンは手に持っていたスカラベで防御した。

 

「これこそが歴史の守護者……誰も知らぬ最も偉大なヒーローを消す方法だ。

 ”バットマンが、バットマンでなくなる”」

 

多少の歴史改変ならば耐性のあるブースターゴールドでも、

根源からの改変には抗う術がない。

消滅間近なヒーローは、膝を屈して、無力に敗北を待つのみ。

 

「お別れだ……ハイメを通して解明したスカラベによって、

 私は、お前の力を掌握し、全知を手に入れよう」

 

首元まで粒子に溶けていくブースターゴールドが、

憎しみを込めて、罵った。

 

「ROTTEN IN HELL,BRUCE(地獄に堕ちろ、ブルース)」

 

そうして、ゴッサムが生んだ歴史の守護者。

黄金の男、誰にも知られぬ最高のヒーローは、存在した事実が消える。

 

「これで――」

 

暗黒都市は黄金を生まず、

希望の都市は31世紀に少年少女の夢にはならず。

万物は一切の光明なき暗黒へと至る。

 

「ようやく、幸せになれる」

 

########

 

「というわけですよ、バットマン」

 

歴史の流れより独立した特異点、ヴァニッシングポイント。

調査によって観測したダークマルチの出来事をバットマンに見せ、

スキーツは締めくくった。

 

腕組みをしたバットマンはいつものように請け負う。

 

「ダークマルチバースは想定外だが……『悪に堕ちた私がブースターゴールドを殺害し、

 さらなる力を目当てにこちらへ攻め込んでくる』

 これまで3467回は想定した事態だ」

 

「おぉ……!」

 

「私に考えがある。JLIを召集するのだ」

 

「やっぱバットマンはすげえや!」

 

「そろそろぶち殺すかという案を採らなくて良かったですね!」

 

「バッカ、おめぇ、そこは内緒だろ!?」

 

 

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