薔薇色の人生というのは味わったことがないかもしれないが、
クラーク・ケントは間違いなく、己がそれに近いと実感していた。
大都会メトロポリスに田舎から出てきて、
人気新聞社で働き、広くはないが不自由のない賃貸で妻や息子と暮らしている。
仕事の書類をまとめ終わったクラークは、窓を見るともう夜になっていたのだと気づいた。
超聴力を持つ彼は、あらゆる悲鳴を聴き逃さない。
しかし、それ以外は仕事に没頭すると忘れてしまいがちだ。
精神的な疲労が目元に集まった気がして、眉間を指で揉みほぐす。
これをして良くなるかわからないが、なんとなくの習慣だ。
空になったコーヒーカップを台所に戻しに行くと、息子のジョンがゲームをしていた。
ジョン・ケント。上司ペリー・ホワイトが名付け親の少年は、
自慢の息子であり、クラークのヒーローだ。
「そろそろ寝る時間だよ」
「待って、もう少しだけ! ダミアンに怒られる。
喰らえっ! 倒れろっ!」
バットマンの息子、ダミアンとジョンは親友だ。
だが最近、彼の影響かジョンの言動が少し荒っぽい気がする。
まさか夜中に及んでまで友達とゲームで殺し合いに熱中しているとは。
クラークが子供の頃はどうだったろうか。
そもそもTVゲームが近くに売っていなかったから、
たまに仕事で都市部に行った父がお土産に買ってくるか、
友達の家で触らせてもらうかのどちらかだったはずだ。
そういえば手伝いを頑張るから、友達と同じのを買って欲しいと駄々をこねた覚えもある。
今はどんなゲームもネットで買えるようになり、素晴らしい時代だ。
少年時代のクラークに現代を教えたら、これぞ栄えある明日だと興奮したことだろう。
だがフォートナイトやらAPEXやらは、そんなに魅力的なゲームなのだろうか。
まずあれだけの人数が1フィールドに閉じこもって争い合い、
勝者が1人、1チームしか出ないというのがあまりに不公平に思える。
しかし、ジョン達は熱中していたし、
ハル・ジョーダンも一時期はかなり熱中して、
これからはゲーム配信で食っていくと言っていた。
いつものように一週間で心変わりしたが。
「終わったよ!」
「TVの電源」
「あ、ハーイ」
冷蔵庫から冷えたピザを出し、
腹ごなしをしようとするとジョンもテーブルに着いた。
夜食……両親もたまになら許可を出していた。
妻は良い顔しないだろうが、クラークは両親の教育を信じる。
「仕事終わったの?」
「そうだよ」
仲良く二人で冷えたピザを食べる。
息子ができたらやってみたかったことのひとつ。
「父さん、仕事好き?」
上目遣いでジョンが聞いてくる。
素っ気ない様子だが、好奇心は伝わってくる。
いつもはヒーローのことばかり話しているが、
ジョンもこれからだんだんと自分の進路について考えるのだろう。
ここは父としての背中の見せ所だ。
「ああ。新聞やテレビといったメディアは、みんなの心に響くとても有効なものだからね」
「ヒーローより?」
「種類が違うよ。スーパーマンが目の前の人を助けても、力になれる限界はある。
けれども、新聞や言葉の力は世界や世代、環境を超えて訴えるパワーがあるのさ。
短期的か、長期的か、だよ」
「母さんの記事みたいに?」
「父さんの記事みたいにだよ」
「どっちが上なの?」
おっと、いきなりのクリティカルだ。
クラークは我が子の鋭さに舌を巻く。
彼とて妻が自分より上でないといけないわけではない。
むしろ、結婚前から尻に敷かれることを承知していたくらいだ。
だが、それを言葉にするのは躊躇われた。
クラークの瞼の裏には今なお、
広大な大自然で日々汗を流して働く父の背中が焼き付いている。
あの頃ほどに理想化してはいないが、こうなりたいと夢見ているのは同じだ。
「どちらが上とかはないんだよ、ジョン。
お母さんは言ってみればジャーナリズム界のスーパーマンだ。
そして、父さんはジャーナリズム界のバットマンだ。
得意不得意、役割が違うんだよ」
「じゃあ母さんを倒せるクリプトナイトがあるの?」
「ハッハッハッハ」
笑い声がうっかりかすれてしまった。
そんな便利な兵器はない。
あったらばとっくにピューリッツァー賞を受賞して、
新聞業界にクラーク・ケントありと謳われていただろう。
だが、ここは男と男の会話だ。
性別による違いとかそういうのではなく、
クラークはこういった時に父親であることを見せたいと常々思っていた。
「実はね……あるんだよ」
「スゴい!!」
「父さんは『十年計画』に従って働いていてね。
これが実れば、十年後には編集長の座につけるんだ」
「編集長になるの!? グラントさんみたい!」
ジョンの見る目が一目瞭然に変わった。
尊敬の眼差しはヒーローをしている時の父へも注ぐが、
言ってしまえば公園のごみ拾いをしたり、路駐自転車を整理したようなもの。
けっきょくはできることを可能な限り行い、社会に貢献しているに過ぎない。
だが、新聞記者として、社会人としての父が尊敬をされるというのは、
あまりに格別な快感があった。
世の父親が子どもにあることないこと教えるわけだと、この時に理解した。
「そうだろう。そして、編集長になったら父さんは母さんの上司。
それどころか会社でもとっても偉い立場になれるんだ!」
「母さんに勝つんだね!!」
「そう! 入社して以来、ことあるごとに僕の上を行き、
何度も何度も丹精込めた記事をスモールヴィル臭いと意味不明にいちゃもんつけてきた、
あのロイス・レーンについに勝利するのさ!!」
「記事では勝てないから策略を練ってペリーさんに気に入られるんだね!」
「そう!! いや違う! 記事でも父さんは勝つよ!
さあ、もうおやすみ」
だんだん熱くなってきたので会話を切り上げ、
ジョンをベッドに送った。
息子の部屋のドアを閉めると、長時間のゲームで疲れていたのだろう、
すぐに寝息が聞こえてきた。
「クラーク」
妻のロイスが廊下に立っていた。
二人の寝室で仮眠を取っていたはずだったが、起きたようだ。
敏腕新聞記者なだけあって、わずかな眠りで活力が充実し、
すっかり覚醒しているのがわかる。
「コーヒーでも淹れようか」
「お願い。貴方の仕事はどう?」
「順調だよ。ペリーも気に入ると思う」
「へえーー」
意味深にロイスは腕を組んだ。
なんでか職場にいる気がしてバツが悪い。
「野心がないわね、うちの旦那は」
「我らがヨーコと違ってレノンは堅実派なんだよ。
これでも最近はみんなからの評判も良い。
ジミーは僕との仕事が一番楽しいって言ってくれるよ」
「ハッ、業界人ウケで満足しちゃう?」
結婚して一番得をしたのは、仕事の話題でも気後れせずに済むことだ。
クラークはたった今、そう結論づけた。
「まあ見てなよ。僕の強みはね。宇宙中を飛び回って色んな人と話ができることだ。
その内に君のド肝を抜く特ダネを書くよ」
「首を長くして待ってあげるわ。なにせ十年ですものねえ?
ジョンの学費や家のこととかあるのにあと十年!
編集長さんの忍耐は財布の軽さに耐えられるのかしらねえ」
「聞いていたのかい!? どこから!」
「アイム、バットマン」
頭の両脇に人差し指を立てた手を添え、
スーパーマンの愛妻はだみ声で囁いた。
やはり自分には彼女しかいないと、クラークは確信した。
#############
嫁に言われたことは、正直言ってなかなかに堪えた。
最近は宇宙やマルチバースクラスの危機が巻き起こったり、
別マルチバースからの軍勢が侵攻したりと忙しく、仕事への意識が低くなっていた。
よく考えると毎日がこうなのだから、これからもずっとそうなのだ。
この世界や宇宙やマルチバースの危機に順応しつつ、
仕事でもクリエイティブでシティボーイ&アダルティにならねば。
クラークは気合を入れ直す。
ここはメトロポリスとゴッサムの中間地点にあるブルードヘイヴン。
ロイスに言ったように、人脈を活かしてネタを嗅ぎつけたのだ。
待ち合わせ場所であるバーに入ると、
総じて景気が良い街ながらも、普遍的な荒さがあった。
「待ったかい」
「ぜんぜぇんだよぉ」
赤いキャップが特徴的な青年がカウンターに突っ伏している。
グラスの山が目の前にあり、かなりの飲酒量だとわかった。
彼はロイ・ハーパー、グリーンアロー/オリバー・クイーンの元サイドキックにして、
現在はアーセナルという名前で活躍するヴィジランテだ。
「それにしても飲みすぎじゃないか?」
正直な感想を口にすると、
バーのマスターも同意した。
「おい、あんた。こいつを連れ出してくれねえか。
何度やめろと忠告しても聞きやしねえんだよ。
この店で中毒死なんてごめんだぞ」
そう言えばロイ・ハーパーは酒に関して深い因縁があったはずだ。
オリバー、ジェイソン、ディックと親しい者達は一様に言いたがらなかったから、
特に追求しなかったが、もしや一刻も早くここから出すべきだったのではないかと、
クラークは遅れて思い当たった。
「さあ、出よう。オリバーもこんな姿を見たら心配するよ」
「バカヤロー、俺が酒浸ったくらいであのクソ野郎が気にすっかよ!!」
「そうかもしれないがジェイソンやタイタンズのみんなは違うだろう?
ほら、一緒にここを出ようじゃないか」
「嫌だあ!! 一杯飲んじゃったらついつい止まらねえんあ!!
呑まねえと約束したのに、何度も何度もちょっと一口でもうお酒ちゃんにゲットされ――」
酔っぱらい特有の論理性に薄い高説が、外より高速飛来したマンホールの蓋にて中断された。
頭部に分厚いマンホールの一撃を喰らい、
両腕をぶんぶん振り回して抱きかかえられるのを抵抗していたロイが停止する。
「ロイ!?」
「たとえ木の中、草の中、森の中〜〜」
仰天したクラークだったが、家族同然に親しい友人が来店し、そちらを向いた。
バーのドアがマンホールの蓋にて穿たれ、そこを通ってきたのは
ディック・グレイソン。ブルードヘイヴンで活躍する名ヒーローだ。
「クンクンクン、臭うぞ臭うぞぉ。
薄汚いアル中の臭いがプンプンするぞぉ〜〜」
「ピ、ピカチュー!!」
予想外の出来事に硬直したクラークの腕にて、
恐怖に震えるロイがネズミの如き鳴き声を発した。
巨体であり、怪力のクラークから逃げ、
腰を抜かしたロイが必死にこの場から逃れようとする。
が、ディックが発する圧倒的な鬼気に絡め取られ、心身から屈服していた。
ロイ・ハーパーがヘロイン中毒だったのは知っているが、
まさかアル中まで行っていたとは。
とりあえずクラークは超スピードでマンホールの蓋を拾い、
元あった場所に戻してきた。
蓋があった場所には代わりの板が敷かれており、
シャブ中・アル中の親友を目にしても失われない、防犯意識の高さが窺えた。
「なあロイ。ロイ・ハーパー。
お前、アル中で苦しんでたよね。
去年は僕になんと言ったっけ?」
「も、もう酒は絶対に呑まねえと誓いまひたあ!!」
「そうだよね。じゃあここは?」
「バー!」
「お酒は」
「ありまぁす!」
「なんで来てんの?」
「ぐぇーーーー!!」
一切の反論の余地も許さぬ追求にロイ・ハーパーはただ萎縮した。
こんな時、クラークは己がしょせんは地球の養子だと思い知る。
クリプトン星生まれの地球育ち、地球人と変わらないとは言え、
こういった埒外の事態にはついていけないことが多々あった。
まさか親友の頭にマンホールの蓋を高速投擲して殺さずに済ませられるとは。
クラークには到底真似できない芸当である。
マンホールの蓋とは相当に硬く、重い物体のはずなのに、
軽々と持ち上げ、命を奪わぬ兵器にした。
理解不能の事象を前に、宇宙人の疎外感を抱いてしまう。
「もしかして酒を持ち歩いてるんじゃないだろうな?」
「ギクゥ! 持ってねえよ!」
「じゃあジャンプして」
「足を挫いちまったぁ!」
「じゃあ立たせてあげる」
ディックはかまいたちが発生するレベルのローキックを放つ。
常人ならば始点すら気づかぬ内に下半身がへし折られる技だが、
アルコールに浸っていようとロイはスピーディの異名を持つ凄腕だ。
その動体視力たるやスピードフォース無しに弾丸を目視するという。
反射的に跳び上がったロイ。
羽織っていたジャケットが急激な上下運動で翻り、
ポケットにて盛り上がる握り拳大の直方体が動く。
「何か持ってるな?」
「ち、ちがっ……」
執拗なローキックを捌き切ることができず、
徐々に被弾していくロイの脚。
ついに立てなくなったアーセナルは両膝を地につけて這いつくばった。
ジャケットをまさぐったディックが大きなスキットルを取り出し、
ロイの前に振った。
「言いたいことは?」
「す、すまねえ……」
「なにがすまねえの?」
「何もかもにすまねえ!
俺が集めたチームが上手く行かねえからって丸投げしてすまねえ!
ナンパする時にいつもダシに使っちまってすまねえ!
アル中になった時もシャブ中になった時もただ1人、つきっきりで看病してくれたってのに!
お酒の誘惑に乗っちまってすまねえ! でも信じてくれ!
誓って、シャブはやめたままなんだよ、お兄ちゃん!」
「僕はお前のお兄ちゃんじゃないぞ」
「でもよ、心の兄弟ジェイソン・トッドはお前を本当はお兄ちゃんって呼びたがってるんだよ。
それにタイタンズって家族じゃん!」
「知ってるしアルフレッドがおじいちゃんでブルースが父さんだ。あいつの中ではね。
もちろん、タイタンズは僕にとってもう一つの家族だけど、
それでもお前の兄じゃない」
ディック・グレイソンやロイ・ハーパー、そしてウォリー・ウェストは、
すでにメンターに勝ると劣らない実力を身に着けたとされる実力者だ。
特にディック・グレイソンはバットマンに匹敵する魔人とされ、
ウォリー・ウェストの速さに追いつく者は全マルチバースに1人たりとて存在しない。
少年少女のヒーロー達の集まりたるティーン・タイタンズから始まったタイタンズは、
今やジャスティスリーグに並ぶ強豪チームと言えるだろう。
「OK、ふたりとも落ち着こうじゃないか。
ディック、君はロイを心配しているんだろう? あまり追い詰めると逆効果だよ。
ロイ、君は……お酒を控えよう。このことは僕からオリーに話して――」
「あんな奴の名前、聞きたくもねえ!
俺にはお兄ちゃんとジェイソンしかいないんだよぉ!
ジェイソンに会いたぁい!」
ロイとオリ―の関係は非常に複雑だ。
深いところではお互いに想い合っているはずなのだが、
表層では遭う度に険悪な関係か、目も合わせないのがザラとなっている。
「とにかく、君は会わせたい人がいるんだろう?」
「ああ」
本題に入ったことで、ロイの顔からアルコールの気配が引いていく。
元ヘロイン中毒にしてアルコール中毒者と言えど、
流石は名ヴィジランテとして名を馳せる男だ。
「最近、ある元ヴィランと連絡取っててさ。
アル中吸血鬼なんだけど、面倒見てくれねえかな」
「更生志望か…………良いことじゃないか」
頷いたディックが遅れて気づく。
「えっ、僕が面倒見るの? お前じゃなくて?」
「当たり前だろ。ヘル兄に見せろってのかよ」
「君はどうするんだい?」
「俺は見学だよ。あんたのアシスタントになるぜ、クラークさん!」
この青年は仕事を舐めているのかと、さすがのクラーク・ケントも一瞬だけ腹が立った。
だが、彼もまた道に迷いし若人である。
いつもの百万倍頼りにならないジミーと考えれば大丈夫のはずだと納得した。
「ていうかアル中吸血鬼の支援するのに何で呑んでるの?」
「それは……もうなんか人生辛くて辛くて。
今思うとこんなとこで待ち合わせしたのも頭にアルコール入ってたとしか……」
クラークとディックがうなずきあう。
マスターに人数分のジンジャーエールとタコスを頼み、
ロイを椅子に座らせた。
鋼鉄の男が迷える青年の肩に手を置き、尋ねる。
「話してごらん?」
##########
ブルードヘイヴンはカジノで栄えるギャンブルの都だ。
ゴッサムとメトロポリスからの流れ者が集いやすい性質上、
街としての歴史はあまりなく、その分だけ可能性に満ちている。
「さあ、今日もより良い市民になるためがんばろうじゃないか」
元ヴィラン達が集まり、更生の道を歩む相互扶助会の落語者(ランオフ)。
そこの取りまとめ役をしているディックが、慣れた調子で進行をしていく。
最初は固定メンバーで回していたそうだが、
今や卒業した者も多く、初期メンバーはスタリオン、ゴリラグリム、リスのグーバーのみ。
そして新たに鮫頭のグッピーが参加していた。
クラーク・ケント、スーパーマンも日々多くのヴィランと戦っているが、
彼らの更生を信じない日はない。
もちろん、世の中にはジョーカーやレックス・ルーサーのような極悪もいるが、
多くは変われる可能性を秘めているはずだ。
「みんなに紹介したい人がいるんだ。
暖かく出迎えてね」
ディックが示した方のドアから堂々とした足取りで、
中世ヨーロッパの貴族然とした格好の男が入ってきた。
「知ってる人もいるかな? ドランクラってヴィランだったナイトブラッド男爵だ」
「「「「こんにちは、ナイトブラッド男爵」」」」
「うむ、よろしく頼むである」
「頑張れよ男爵!」
クラークの隣に座るロイ、アーセナルが声をかけて手を振る。
少し固さが見えた吸血鬼だったが、
アーセナルの姿を見て安心している。
ナイトブラッド男爵。ヴィラン名ドランクラは、
数世紀を生きてきた長命の吸血鬼だ。
特に大規模な事件は起こしていないが、
ルーサーが率いるリージョン・オブ・ドゥーム……
の下部組織なアノイアンス・リーグ(ウザい奴ら)というヴィランチームに入っていた。
世間一般的にはD級ヴィランに属するのだろうが、
クラーク個人としては良いヴィランの素質があると目をつけていた男である。
そんな彼が更生に乗り気なのは喜ばしいことこの上ない。
加えて、彼が励む様子を取材して記事にすれば、
犯罪者も、その周囲も希望が持てて、
ヴィランの可能性を広げられる可能性がある。
記事が評価されればクラークも上司に褒められて出世しやすくなり、給料も上がり、
ついにはスモールヴィルの出世頭クラーク・ケントにもなれるかもしれない。
これは素晴らしい仕事だとクラークは確信していた。
「それじゃあ男爵。自己紹介して」
「うむ」
咳払いして周囲を見渡し、よく通る声で彼は言った。
「吾輩はナイトバロン。由緒正しき吸血鬼である。
好物は酒……を飲んだ人間の血であるが、
断酒をしており、2ヶ月はアルコールを摂取していない。
同じヴィランとして苦しんだ間柄、どうかよろしくしてほしい」
ナイトバロンの自己紹介を受けて、周囲がざわついた。
無理もない。鮫・ゴリラ・リスはさして珍しくもないが、
この世界でも吸血鬼はなかなかに貴重な存在だ。
「なあ、そいつが行くべきところって断酒会の方じゃねえか?」
もっともな質問だった。
クラークはすぐにメモを取る体勢になる。
「そうかもしれないけど、よく考えなよ。
断酒会は酒を飲まないようにする人達が参加するところで、
酒を飲んだ人の血を断つ吸血鬼とは違うだろ?
潜在的酔っ払いがうようよしてるじゃん。」
「ふーむ、なるほど」
「この世界はまだまだマイノリティへの配慮が足りないんですね」
スタリオンが顎を撫でて唸り、ゴリラグリムも追従した。
本人としては話したくないだろう話題。
すぐに助け舟を出したディックのサポート術が光っている。
周囲の理解を得られて気を良くしたナイトブラッドが近況を語っていく。
心配そうにしていたロイも安心した様子だ。
「じゃあ今日の集まりは終わりだけど、最後にナイトブラッドへの支援者を決めようか。
グーバーにお願いできるかな?」
「チィ」
リスのヴィランであるグーバーが気前よく手を挙げていた。
とても可愛らしい仕草だ。
クラークの知らないヴィランだが、きっと良いヴィランだったに違いない。
「…………なんだと?」
ところがナイトブラッドは不服のようだ。
人が迷った時、ひとりで立ち直るのは非常に困難だ。
だから常に話相手になる支援者が非常に重要になる。
まさか吸血鬼はそれを知らないというのか。
「待って欲しい。他の者を支援者に選んでほしいのだが」
「どうして?」
「いや…………その…………」
言いづらそうにナイトブラッドがグーバーを顎でしゃくった。
「リスはちょっと困るである」
「なっ……!」
「ええっ!?」
「野郎。リスの何が悪いってんだ!」
見た目通りに直情型のスタリオンが食ってかかった。
仲裁に入ろうとしたロイを止めて、
クラークはディックの判断に任せることにした。
ナイトブラッドの不満も理解できなくもない。
農場育ちのクラークにとって、
リスとは頭の痛い可愛い害獣でもある。
男爵ならば領地経営の経験があるのは必然。
リスという種族に良い感情を持てないかもしれない。
それにグーバーは英語を話すこともできないのだ。
断言されたわけではない推定だが、英語はわかっても話せないタイプだと
新聞記者として推察している。
「ならば言わせてもらうが、我輩も時代には迎合しているつもりである。
宇宙人・海底人・地底人・異世界人・神・ゴリラ・鮫……もういいである。
だがリス……ただの動物!!」
「このレイシストが! 俺らは全員宇宙船地球号のお友達だろうが!」
「でもリス! せめて英語を話してほしいである!」
一理あった。
「チィ…………」
しょんぼりとうなだれるグーバーに胸が痛む。
「頼むぜぇ、ディック。
世の中は英語だけじゃないのを見せてやれ」
アーセナルがハラハラと事態を見守っているが、
強く出ようとはしない。
やはり、彼もまた仲間であるディックを信じるヒーローであった。
「まあ初日だし不安になるのもわかるよ。
でも君は吸血鬼で、何処にでも行けるんだ。
そんな君についていけるのはリスくらいのものさ」
「しかし……」
「なら最初の一週間はグッピーもつけよう。
彼は穏やかで理知的な鮫だ」
「僕にはまだ早いよぉ!」
鮫の体を持つ青年が悲鳴をだした。
グッピー。彼が起こした事件は記憶に新しい。
あるヴィランに唆され、かつてのマフィアだった父を殺害し、服役していた。
彼の凶行は頭脳派ヴィランの恐ろしさ、
寝たきりとなった父の介護によって疲弊しきった心身、
周囲に軽んじられ続けた半生とさまざまな要因が絡んだ悲劇である。
「グッピー。君は良くやっている。
そろそろ次のステップに進んで良い頃だ」
ディックが励ます。
彼の周りには自然と人が集まる。
それは彼の話術やユーモア以上に、
一緒にいると自然と自分に自信が持てるようになるという面が大きい。
「僕は君を信じる」
あれこれと言い訳をしようとするところだろうグッピーが、
ディックに諭される形で、首肯した。
「わかった。やってみる」
「まあ、困ったことがあったらすぐに相談してよ。
僕の電話はいつだって空いてるぜ?」
「そういうことなら、我輩も受け入れるである。
失礼なことを言ってしまったである。申し訳ない」
「へっ、いいってことよ」
「チィ」
険悪なムードが収まり、
一同が握手を交わす。
そんな情景を目に、クラークのペンは勢いを止めず、
一方で感極まって目が潤んでいた。
胸を打つものがある。
ヴィランの更生というだけではなく、
人が持つ力によって助け合おうとする。
こんな世の真実を伝える使命感に、クラークの野心も燃え上がっていた。
「流石はリーダーだぜ」
拍手をしてアーセナルが褒め称えた。
同意だったが、彼にもっと仕事をさせてみてもいいかもしれない。
########
「実は二人にやってもらいたいことがあるんだよ」
真夜中のブルードヘイヴン。
ゴッサムで夜中に出歩くのは金持ちか貧民か命知らずだが、若干治安がマシなブルードヘイヴンならば、ちょっとの危険で済む。
アーセナルが得意そうに胸を張っている。
「俺が追ってた犯罪組織が超兵器の売買をするらしくてさ。
いっちょ退治してみようぜってわけ」
「へぇ、アル中吸血鬼を連れてきただけじゃないのか」
「なんだよ、お前だって人助けできて嬉しいだろ」
「ハハハ」
若者二人に挟まれ、あまり出ることがないスーパーマン。
実際の年齢は10違う程度だが、やはり子持ちの父になったというのは、青年とそれより上を分ける大きな隔たりとなっていた。
そして彼が子供のころから家族同然に付き合ってきたディックは、スーパーマンにとっても甥っ子同然、家族同然でも、ロイとはあまり付き合いがない。
彼へのオリーの対応には、あのバリー・アレンをして、不快感を露わにするものだったが、クラークはあまり口を出さないことにしていた。
バットマンとの付き合いで学んだというか、妥協を覚えたというべきか。
他人の家庭に口を出すのは非常に難しい問題だ。
特に、こちらがクラーク・ケントであるなら。
「ちょっと失礼」
アーセナルとナイトウィングに断りを入れ、超高速移動で3km先にて、暴漢に襲われていた家族を助けた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、お気になさらず」
軽い挨拶を交わして暴漢をブルードヘイヴン警察署に運び、ナイトウィングとアーセナルのところに戻った。
この間、約3秒。
「やあ、おまたせ」
「すげぇ」
「相変わらずスーパーマンはかっこいいなあ」
ディックとロイが昔と変わらずキラキラした表情でこちらを見てくる。
もはや実力はさして変わらないと思うのだが、変わらないものがあるというのは良いものだ。と同時に、むず痒いものがある。
「よし、じゃあ行こうか」
「ああ!」
「がんばるよ」
大変に素直に頷いてくれる若者たちに、スーパーマンも責任感と意欲が湧いてきた。
アーセナルに先導されて到着したのはレックス社の子会社。
若人が倉庫に忍び込み、気配を消している。
スーパーマンですら、そうと言われなければ気づけない。見事なものだ。
上空10kmから目と耳を集中して、集まって来る者達を伝える。
「銃を持っている者が10人、メタヒューマンが3人、兵器の総重量は300kg」
通信を通して淡々と知覚した情報を伝えていく。
いつも通りの人目を避けて生きる者特有の動きによって、集まった者達が取引を始めていく。
スーパーマンが不得意な奇襲をかけてもらおうと、若者達にGOを言おうとした。
しかし、積荷の正体に気づいて、思いとどまる。
「二人とも、まずは僕が行くことにする」
返事は聞かずにスーパーマンが悪漢達の前に飛び出した。
「やあ君たち。そろそろ門限じゃないかい?」
「スーパーマンだあ!」
「やっちまえぇ!」
次々にマシンガンを連射していくが、当然のようにクリプトン星人のボディには通用しない。
「さあ、例の物を出すといい」
「ちっ、仕方ねえ! 野郎ども! アレを出しな!!」
睨んだ通り、秘密兵器を運んでいた悪人達が奥から小さな円盤を取り出した。
予想とはまるで違った形状に、内心驚く。
取引に混じっていたフードの男がそれを受け取り、人差し指で円盤を回していく。
「ダイアル4376、『HERO』!!」
「ダイアルHか!?」
想像以上に危険な兵器の登場にスーパーマンが突撃をした。
フードの男からダイアルを奪おうとするも、手は剛力によって阻まれる。
光に包まれた敵に掴まれた腕ごと上半身を両肩に載せられ、上空へ高らかに跳躍した。
「キン肉バスター!!」
「ぐうぅっ!?」
順当なプロレス技を喰らい、スーパーマンは血反吐を吐いた。
地面に投げ出され、口を拭ったスーパーマンの前には、超人的な筋肉で全身を覆うタラコ唇がいた。
「キン肉マン!」
「屁のつっぱりはいらんですよ!」
ダイアルHは『HERO』を指す番号にアクセスすることで、あらゆるヒーローに成れる未知の兵器だ。
ただの変身ならば経験の無さを突けるだろうが、ダイアルHの特徴に、ヒーローのオリジンからトレースできるというものがある。
その通り、キン肉マンのラッシュを捌こうとするが、バットマンに匹敵する技術にスーパーマンは何発も喰らっていく。
「スーパーマン!」
「加勢するぜえ!!」
参戦しようとするナイトウィングとアーセナルの前に、スーパーマンが予期していた兵器が今度こそ現れた。
瞬速が二人の若きヒーローを轢き上げていく。
「アイヴォだ、気をつけろ!」
忠告を聴いたロイは宙空で体勢を立て直し、予測進行地点に矢を撃ち込んだ。
膨らんだ粘性ジェルに脚を取られて、目視できなかった敵が姿を見せる。
「よし、お前がやれ、アーセナル!
僕は雑魚を蹴散らす!」
「えぇっ、俺に無理難題押し付けないでくれや!」
「いや、できるだろ」
「そりゃな」
振り返ることなく背後で銃を抜いたマフィア4人の手を矢で射抜く。
そしてナイトウィングは敵の群れに飛びかかり、アーセナルはアイヴォを引き受けた。
ただの武器の取引と聞いていたのだが、ずいぶんな武装である。
ダイアルHにアイヴォとは、スーパーマンがいると知っているようにしか思えない。
「キン肉ラリアットーーーーっ!」
肉厚のギロチンめいたキン肉マンの巨腕を受け止め、アッパーをお見舞いする。
顎を捉えてキン肉マンが飛び上がるが、脚を掴んで叩きつけた。
超集中のダメージに、一地点にクレーターが出来上がった。
だがスーパーマンに一切の油断はない。
キン肉マンは超絶の達人だ。
一瞬でも気を緩めれば負けるのはこちら。
ダイアルHの能力が示すように、技には1つの曇りもない。
起き上がり際にキン肉マンがスーパーマンへ低空タックルを仕掛ける。
フットボールの経験を活かして迎え討とうとしたが、間に合わず下からのかち上げをもらった。
「さらに! 48の殺人技No.1、宇宙旅行だああああ!」
プロレスラー特有の常識外れな膂力にて、冥王星に向かって投げ出された。
超高速のGを必死に制御したスーパーマンだが、すぐにキン肉マンに両足を極められ、両腕にそれぞれの脚を固めての急降下が襲う。
「キン肉ドライバー!!」
「がああああっ!」
頭部への息の根を止めかねない大ダメージ。
たまらずスーパーマンもダウンした。
リングの掟は絶対。
だらりと脱力したスーパーマンにはカウントを取るのが作法。
しかし、ここはリングではなく、キン肉マンも本人ではない。
ブリッジによって腹部による跳ね上げをもらい続けたスーパーマンは、成すすべもなく次への繋ぎを良しとしてしまう。
相手は仕上げにかかっているのが、技からも伝わる。
マッスルスパーク・天によって、スーパーマンの関節が――――
「させるか!」
活力が戻ったスーパーマンがマッスルスパーク・天を跳ね除けた。
「な、なんでじゃあ!?」
「父さんに教わったコツだ。喧嘩は忍耐!
収穫を前にじっと耐える心の打たれ強さが勝ちを呼び込む!」
「何ぃーー!? キン肉星大王の私にそんなものが通ずるもんか〜〜!」
「だが結果は正直だぞ、ダイアルH。
浮かれた大技の連打が、ブリッジの脱力効果を甘くした!」
スーパーマンはプロレスにはあまり詳しくない。
リングに登った経験はあるが、フェイバリットなどは任せてもらえず、ネームバリューだけで湧かせられるのだから勝手にやれと投げられていた。
故に、スーパーマンが行うのは何千、何億と繰り返してきた愚直な一発。
キン肉マンの腹部に両拳を当て、天へ向けての高速上昇。
「UP」
さらに上げていく。
「UP」
もっと高く。
「AND AWAY!」
最高速に到達したスーパーマンが同じGをもたらす拳を振り下ろす。
威力に腹と背中の挟み撃ちをされたキン肉マンが、血反吐を吐いて昏倒した。
ダウンと同時に発光して変身が解除され、Xレイビジョンで透視せんとする。
「鉛か」
だがフードには鉛が仕込まれており、スーパーマンの透視を阻んだ。
間違いなく、こちらの存在を把握している。
ならば力づくで――――
フードに手をかけて脱がそうとしたところに、倒れた変身者がダイアルを再び回す。
「ダイアル4376、『HERO』」
「次は誰だ? 名乗れ!」
「愛」
「国木か!」
圧倒的な愛の侵略を察知し、スーパーマンは大きく飛び退いた。
あと一瞬、反応が遅れていればたちまち抱きしめられていたことだろう。
なにやら日本のヒーローが連続しているが、北海道の一都市で活動する者までカバーするとは、ダイアルHのカバー範囲も凄まじいものがある。
出方を考えていたところに、国木が人差し指を突きつける。
「おっと、動くんじゃないぜ、スーパーマン。
その一歩、求愛行為のつもりか?」
「くっ…………!」
「そうか……。もしやと思ったが、まさかだったか。
返事をしなくても、気持ちは伝わるよ。
スーパーマン、可愛いじゃないか」
「…………!?」
ゴッサムに匹敵する狂気の街で活躍するだけはある。
国木という少年、侮れぬ正気侵食力を持っていた。
年若いながらも勇壮にブラジャーを着こなすその姿。
ティーンとはいえ、恐るべき迫力だ。
ベースボールで鍛えた胸筋がブラジャーを今にも弾き飛ばさんとしている。
「フン!」
大胸筋の膨張によって国木がブラジャーを射出。
スーパーマンの両目にブラジャーが激突した。
弾丸の如きスピードだが、眼球だろうと弾速ブラジャーにダメージを受ける体ではない。
「目くらましのつもりか!」
透視によって相手の動きを確認しようとしたが、ブラジャーにすら鉛を仕込んでいたことで国木を見失った。
ダイアルHを掴めなかったのは手痛いが、今は状況の把握が先決だ。
ナイトウィングはギャングどもを蹴散らし終わり、アーセナルがアメーゾと対決しているのを観戦している。
「手を貸そうか?」
「いらねえ! 見てな!!」
アーセナルの卓越した動体視力と反射速度によって、フラッシュの速さで疾走するアメーゾの動きを予測していく。
関節部には紅蓮色の矢が突き刺さるも、超絶JL兵器アメーゾの勢いは止むことを知らない。
アメーゾはジャスティスリーグの能力を備えた人形兵器。
スーパーマンの能力、ワンダーウーマンの豪腕、フラッシュの神速、アクアマンの視力、グリーンランタンのソリッドライトを備えている。
「弓矢も搭載しておくべきだったなあ!」
アーセナルが背後に回ったアメーゾへノールック射撃をお見舞い。
着弾と同時に爆発するが、装甲には傷1つつかない。
アメーゾの進行方向へと次々に矢を射つと、膝、肘に真紅の鏃が突き刺さる。
定石ではあるが、敵はあまりに強い。
宇宙有数の天才科学者、プロフェッサー・アイヴォ謹製兵器なアメーゾは再現性の低さから出来にバラツキがある。
今回のアメーゾは中々の強さのようだ。
「アーセナル、危険だ!
僕達も協力しよう」
「あんたらの助けはいらねえぜ、スーパーマン!
アロー組……アウトローズの雑草魂を見せてやらァ!」
アーセナルが取り出すは、彼の心の親友レッドフードのヘルメット。
多種多様なバリエーションを持つジェイソン・トッドの仮面だ。
レッドフードの仮面が巨大な連弩に変形する。
「喰らいやがれ!」
いざ発射してみると、アウトローズ魂が乗った特筆すべき威力だ。
矢の一本一本が巨大であり、鉄筋ビルにも風穴を開ける勢いだ。
アメーゾはワンダーウーマンのパンチで叩き折っていくが、追いつかないとわかるやヒートビジョンで一掃を仕掛ける。
呆気なく無数の矢も巨大連弩も破壊されたが、熱視線を生み出す眼へとアーセナルは粘着矢を放った。
アクアマンの眼を塞がれ、アメーゾが無理矢理に剥がそうと奮闘する。
疑似餌矢を射ち、あらぬ方へ足音、息遣い、体温を発生させると、アメーゾがもどかしそうに大口を開けてスーパーブレスを吐き出した。
開いた口へと電磁矢を放ち、口腔を通っての冷凍ジェネレーターへ干渉を仕掛けた。
凍てつく吐息を生み出す装置が暴走し、アメーゾが暴れながらも内部から発生する凍結に乱される。
ついに全身が凍りつき、アメーゾが停止した。
「YEAAAAH! 見たか!
もうナイトウィング、フラッシュと来てアーセナル……誰?
なんて言わせねえぞ!!」
「そんなこと言われてたの?」
「凄いじゃないか、ロイ!」
スーパーマンが惜しみない拍手と賛辞を送る。
得意になったアーセナルが天に何本も矢を空射ちする。
#######
この世界は奇想天外に満ちている。
マッスルスパークに勝てても、国木のブラジャーに負けることもある。
それがこの世界だとスーパーマンは理解していた。
鉛によるスーパーマン対策がされていたことを話すと、ナイトウィングとアーセナルはすぐに調査をし、容疑者を絞り込んだ。
大したものだ。
人を疑うということが苦手とは言え、クラークも敏腕記者、犯罪への嗅覚は研ぎ澄まされていると自負している。
それでも彼らの仕事の速さを見ると、もしやこの鼻は麻痺しているのではと不安になる。
「まあやっぱり落伍者(ラン・オフ)の誰かだね」
「なんということだ」
平然と断言するディックとは対照的に、クラーク・ケントは打ちのめされた。
ヴィランと言えども人の子、誰もが心に光があるはずだ。
そんな彼らが更生へ励む落伍者(ラン・オフ)の活動を伝えるのは、社会において大きな意味を果たすと思っていた。
なのに、彼らの中に裏切り者が出るとは。
この世はかくも難しい。
「じゃあ早速こいつらを徹底的に洗い出すか?」
「そうだね。街中の監視カメラを使って、盗聴器も全員に仕込もう。
アメーゾが破壊されたんだし、すぐに次のアクションがあるよ」
「待って欲しい。彼らと直接話さないか?」
青年ヴィジランテが方針を話し合う中、新聞記者のクラーク・ケントが提案した。
「「ハァ?」」
全身で呆れを表現しているのがわかる。
クラークを能天気と考えているのだろう。
しかし、こちらにも言い分というものがある。
「彼らはれっきとした市民だ。
プライバシーを踏みにじって信頼を失うのはいけないよ。
ディック、君だって犯罪者として扱ったことを知られた後に彼らと顔を合わせるのは辛いはずだ」
「全然」
即答されてしまった。
ディック・グレイソンとは家族のように長年、接してきた。
実に素直で心優しく寛容的な人物だと評価している。
しかし、こういう時、彼も紛うことなきバットマンなのだと痛感する。
真実と秩序を求めるあまり、他者の感情を軽視し、無碍にすることに抵抗がない。
例え解決した後に自分が石を投げられる立場になると知っていようと、曇りがない。
真実と正義と秩序を成すことができれば、自分を追い詰める過程にも影響にも拘らない。
ジョーカーですら踏み込めない徹底的な自暴自棄と破滅願望の共有。
それが初代ダイナミック・デュオの特徴でもあった。
「でもね、僕と君は良く似ているよ。どちらもデータより足と目を信頼するロートル派だ。
心の中には、人を信じる心が捨てきれていないはず」
「……買いかぶりすぎだよ」
「まあ、やってみようじゃないか。
僕と君はこの時代だろうとアパートに固定電話回線を引くタイプなんだ。
ブルースも絶対に言わないだけで内心はそれを望んでいる。
君はサーカスのボーイワンダーだ」
彼を育てたブルース・ウェインは彼に己の全てを伝えた。
受け取ったものを十全に活かそうとも、彼は決して長男を褒めることはないが、その知識と技術は全て、自分と同じにするためではなく、自分と違う道を歩ませるためだ。
そのことを悟れないほど、ディックは愚かではない。
「わかった。折れるよ」
「折れる……?」
「わかった! 話し合いをしてみるよ!」
「アハハハ」
「朗らかにしてるところ悪いんだけど、え、何……スマホあんのに賃貸に固定電話回線引いてるの?
ネトゲのためとかじゃなく? 化石かあんたら」
二人の会話にアーセナルが困惑を隠せない。
「電話会社に安くしてもらえるんだよ」
「固定電話があることでの自宅感は代えがたいものがあるのさ」
ディック以外とは普段、あまり接することのない年代だが、こうして話すと感性がダイレクトに若返っていく実感に満たされる。
それに彼らも各々の問題を抱えており、師に反抗することはあっても、根っこの部分ではとても素直。
願わくばジョンもこんな良い青年達に――
「ところで話してもネタがわからなかったらどうすんだ?」
「指を5、6本折れば話すんじゃない?」
「やりすぎじゃね!?
まあ一応、拷問の準備もしとくか」
やはりジョンにはこんな風にだけはなってほしくないと考え直した。
########
話を聞くことにおいて、新聞記者はあまり適した職業ではない。
バットマンもちょくちょく似たようなことを言うが、人の隠したいことだろうとかまわず暴く以上、警戒されやすい。
それはクラーク・ケントも例外ではないが、誠意を持って接し、締切を厳守し、可能な限りの要望を取り入れるスタンスで堅実な評価を得てきている。
そういうところが記者としての大きな花火を上げられない原因だと、ロイスや上司のペリーにはよく笑われる。
だが、それが性分な以上は変えられない。
「僕が昨日、何をしていたか?」
喫茶店に呼んで巨大鮫の躯を持つ青年、グッピーに話を聞いている。
「ああ、実は昨日の22:00。隣のアーセナルくんが襲われたそうでね。
まるで測ったようなタイミングだった」
「…………僕を疑ってるのかい?」
「そんなことは……」
「ぶっちゃけそうだよ」
鮫を怒らせたかと思ったが、黒く丸い瞳を切なく潤ませただけだった。
良心が痛む。
「アーセナル!」
「隠しても仕方ねえ。人に信用されてない感覚ってのはわかるもんだ」
アーセナルが白い診断書を差し出した。
名前の部分は塗りつぶされているが、アルコール中毒とヘロイン中毒を持っていることは明記されている。
「でも俺はナイトブラッド男爵をどうにかしてやりたかったし、ディックの話を聞いて、お前に任せていいと思った」
ロイの話を聞いてグッピーが恥ずかしそうに俯いた。
唆されたことで父を殺してしまったが、それまでは寝たきりの親を献身的に介護してきたのだ。
更生の可能性は十分にある。
「でも役に立つようなことは話せないよ。
昨日、その時間だとナイトブラッドと一緒にいた。
グーバーは眠っていたけどね。か、可愛いよね彼」
「もちろんリスはとても可愛い。別れた後は?」
「家に帰って眠ったなあ」
これは本当なのだろうかとクラークは訝しんだ。
ためしに超聴力で相手の脈を聞いてみたが、臆病な彼は常に怯えを示していた。
ここはクラークの必殺技をお見舞いする時だ。
「見てくれ」
クラーク・ケントの親指が掌側ではなく手の甲側に曲がり、それだけでなく手の甲に乗った。
「どうだい? 柔らかいだろう」
「……………………?」
グッピーは意味が、これの面白さが理解できていないようだ。
だが心配はいらない。ジョンが連れてきた学友達に披露したところ好評をいただいた。
不安がる鮫青年の心にもドッカンドッカンな笑いの渦が巻き起こるだろう。
「フゥー! オッケ! ヤッベ楽しいわ! な、グッピー!」
「あ、こ、これ一発ギャグだったの?
ハ、ハハハ……面白い」
少し外したかもしれないが、グッピーに落ち着きが見えた。
「わかった。それじゃあナイトブラッドと話をしたいから、君には外してもらえるかな?」
「ぼ、僕もいるよ……心配だし」
アーセナルは不服そうだったが、クラークは受け入れることにした。
グッピーがナイトブラッドを迎えに席を立つ。
珈琲に砂糖をたっぷり入れて口にする。
甘党というわけではないが、仕事にはシュガーたっぷりの珈琲を飲むと、なにやら頭がシャッキリする気がしている。
アーセナルが交差した腕に顎を載せてテーブルに突っ伏している。
「どうしたんだい?」
「ナイトブラッドだったらどうしよう……」
「捕まえれば良い話じゃないか」
「でもまるで……俺が揉め事を持ってきたみたいだろ」
「常に揉め事はどこかしらで起きているよ。
それが世の中ってものさ」
慰めてもロイ・ハーパーの気は晴れない。
彼は陽気で自信に満ち溢れたかのように振る舞うが、根底には師匠のオリーに見捨てられたというトラウマを抱えている。
そんなところがジェイソンと通じ合った大きな要素なのだろう。
「僕もグリーンアローと組んだことが何度かあるよ。
彼は正直、バットファミリーや君のような突出したものはないかもしれない」
「どうせ『でも』が来るんだろ! いっつもそうだよ!
例えスーパーマンの言葉だろうと俺はあの悪魔への評価を変える気なんて一切ゼロだかんな!」
耳を塞いでイヤイヤと首を振るロイ。
二十も過ぎた男児としてはいささかに情けない。
だが、そう考えるのは性差別的かもしれないと自戒する。
スモールヴィルの男たるや力は強く、気は優しく、悪党にはガツンと一発。
それも今や遠い概念と言っていい。
「オリーと今回みたいなギャングの取引を潰した時、情報をくれたホームレスの人達がいてね。
グリーンアローのままで、自宅に招待してパーティを開いたんだよ」
「そんなんいっつもやってるだろ!
あいつはなあ……知らないシャブ中は好きでも知ってるシャブ中は嫌いなんだよ!」
まったく頑固な青年だ。
「とにかく僕は聞いたよ、こんなことをして危なくないかってね。
そしたら彼は『俺はバットマンとは違って、人間だからできることを裸でやるしかねえんだ』って答えたよ。
僕には絶対にできない。多くのヒーローができないだろう」
グリーンアロー。弓1つであらゆる困難を成し遂げたり、遂げられなかったりする弓の達人。
バットマンやナイトウィングのような神と同義の魔人には程遠いが、彼が持つ倫理観と雑草魂にはアマチュアならではの良さがあった。
「君だってナイトブラッドに手を差し伸べたのは彼みたいな精神性からなんだろ?」
「いや……」
話も佳境に入ったし、上手くまとめられたと思ったのだが、ロイの様子は芳しくない。
「俺の目的はもっと……自己中だ。
ずっとシャブ中、アル中、ピカチュウ元気でチュウだからよぉ。
アル中に苦しむ吸血鬼を助ければ……それを通じて俺も脱中毒の自信がつくって。
ククク、情けねえ話だ。ジャスティスリーグに入ろうと、俺は変わらず変われぬのシャブ中ボーイさ」
「ディックが言ってたよ。
ジェイソンが前みたいに家族の集まりに顔を出すようになったのは他でもない君のおかげだと。
彼だって内心では君に感謝しているはずさ」
「お兄ちゃんがそう言ってたのか?」
「彼は否定しているけど、お兄ちゃんだったのかい?」
「お兄ちゃんなんだ」
「じゃあお兄ちゃんがそう言ってたよ」
「そうか……」
ようやくロイが落ち着きを見せたところで、クラークだけに聞き取れる距離からグッピーとナイトブラッドの足音が届いてきた。
「お待たせしたである」
「お気になさらず。カフェは好きですから」
「アーセナル……」
「こんなことになって悪いな、男爵」
「こちらこそ申し訳ない……でも信じて欲しい。
決して悪事は働いていないである」
やはりクラークが睨んだ通り。
ナイトブラッドの瞳には潔白な者のみが持ちうる清らかさと誠実さがある。
スーパーマンを騙せる悪など前例はあれど、信じてやらずにどうするというのだ。
彼は深く重々しくうなずいた。
「もちろん! その通りだと信じ――」
「ごめん、俺は信じてるんだけど新聞記者のクラークさんは信じきれねえみたいなんだわ!」
「す、すまない。実はそうなんだ」
隣の青年がクラークの脛を踵で蹴り上げた。
痛くはないが、心が痛んだ。
「我輩は昨日……夜風にあたっていた。
高い高い塔の上にいればアルコールの香りが届かないから」
「その塔はブロックバスターのとこか?」
ロイの眼光が鋭くなった。
スモールヴィルが怖くなるほどに冷たい目であった。
「街最大のカジノだろ。酒と酔っぱらいの天国じゃねえかよ」
「そ、外から行ったのである。
蝙蝠の群れになれるから……」
ブロックバスターとはナイトウィングの敵だ。
ブルードヘイヴンを愛した亡き弟の意思を継ぎ、ダーティなことに手を染めながらも街を栄えさせた敏腕。
街を守ることに強い意欲を持ち、部下を家族と呼ぶ男だが、手段の過激さからナイトウィングとは難しい関係にある。
「すまない。正直に言うと、少しだけ酒の臭いにつられたのである。
でも誓って、少し通り過ぎただけで呑んでいないである!」
謝罪するナイトブラッドにロイは顔を手で覆った。
「まあ。気持ちはわかるからいいけどよ……」
もしやナイトブラッドは、そのブロックバスターと関わりを持ってしまっているのか。
鼓動や脈、発汗を探ろうにもクラークは吸血鬼に会ったことはあまりない。
バットマンを初めとしたヴィジランテとの違いだ。
彼らは知識と技術で他者の心を見抜くが、クラークは経験で推し量る。
これは縁遠い種族や、ゴッサム人物に国木といった狂人の考えていることが、まったく理解できないという弱点を持っている。
「ナイトブラッド男爵」
吸血鬼の手を両手で包み、クラークは真摯に語りかけた。
「僕は貴方を信じていますし、力になりたいと思っています。
だから、なんでも話してください。
間違ったことは正せばいいのですから」
「お前に我輩のことはわからない」
人間不信に凝り固まった赤目がクラークを射抜いた。
尊大な物言いをしていた昨日とは違う、一個人としての姿があった。
「我輩はずっと吸血鬼、夜の支配者として生きてきた……男爵ではあるが。
初夜権とは何のためにあるか知っているか?
吸血鬼領主が合法的に乙女の血を手に入れるためだったのだ」
「そうだったんですか?」
「現代のように輸血バンクを利用することも、更生することも許されずに領地を治めて、こっそりと領民を吸血してきたのだ。
この時代になってようやくである。アル中吸血鬼に手を差し伸べてくれたのは」
初耳の真実にクラークが眉をあげた。
やはり、物事とは当事者に会わないと掴めないもの。
吸血鬼を通じて判明した当時の風俗……イケるネタの香りがした。
忘れずにメモを取った。
「昔はどうにせよ、スーパーマン達の活動でようやくゴリラ、鮫、地底人、海底人、吸血鬼、リス、異星人の受け入れが進んだでしょう」
「しかし、そのスーパーマンが何をしてくれたであるか?
このアーセナルがいてくれたからこそである」
「ナイトブラッド……」
アーセナルが感極まって鼻の下をこすった。
やはり、と辣腕新聞記者は確信した。
グッピーとナイトブラッドはいずれも白。
「僕はお二人を信じますよ!
ですから、もしも困っていることがありましたら――」
「なんだこれ」
身を乗り出したクラーク、そしてアーセナルも相対している二人の異変に気づいた。
鮫と吸血鬼の周囲に、重い煙の如き靄が漂っている。
自然にありうる色ならば宇宙空間が最も近く、そのものずばりに色は形容できない。
ありのままを表現するとすれば……
「虚無」
今の今までは正常だったグッピーとナイトブラッド。
彼らの額から光れる門が顕現し、その彼方から謎の物質が溢れていく。
「どういうことだ!?」
「とにかくナイトウィング先生に確認してもらうか」
虚無がこちらに寄ってきたのでクラークは咄嗟に空のカップをぶつけた。
物理的な攻撃は意味がないのか、そのまま通り抜けて壁で粉砕となる。
撮影した映像を送信すると、すぐに返信が来た。
「これは反物質次元の虚無生命体、ヌルだ!
専用に拵えた装置で捕獲できるってよ!
……え、なんで知ってんだ、あいつ」
「凄いことじゃないか」
「世話になってる身であんまこういうこと言いたくないんだけどさ……
バットファミリーって何でも知りすぎてて、ちょくちょく気持ち悪くなるんだよな」
反論は控え、クラークはシャツをはだけてスーパーマンに変身する。
基地より自動運転でやってきたナイトウィングのバイクから、搭載されてる虚無捕獲グローブを装着。
手近の虚無を掴もうとするが、そもそも生きた虚無というのを見たことがないため、力加減が見当もつかない。
カンザスのコーン畑で虚無を見たことは一度もなかった。
あの牧歌的な村では31世紀からのタイムマシンが精々。
田舎育ちというのがここで響いたというのか、負けじとスーパーマンは己を鼓舞する。
鮫と吸血鬼から出てきた虚無によってカフェは騒然とし、人々が逃げ惑う。
動きが止まっていたスーパーマンの横を、アーセナルの虚無捕獲矢が通り過ぎた。
鏃から対虚無ネットが展開し、虚無生命体ヌルを包み込む。
流石はアーセナル。弓の腕は百発千中に値する。
負けじと飛びかかったスーパーマンが虚無を無事に捕まえられたが、べつの虚無に体内へ侵入された。
「なんだと!?」
全身の底から来る強烈な脱力感。
体内に蓄えたソーラーエナジーを喰われている。
「ほら、こっちだ!」
アーセナルが放った矢から疑似太陽光が発生し、それへ向かってスーパーマンの体内から虚無が飛び出して群がった。
光を喰い尽くした虚無の体が成長し、ひとまわり大きくなった。
「奴は光を求めて喰う習性がある。
ここは俺に任せて市民の避難誘導をしてくれ」
「わかった」
スーパーマンは虚無捕獲をアーセナルに任せ、気を失ったグッピーと男爵を抱える。
それから市民を誘導し、安全な場所へと導いていく。
外でも多くの市民に門が発生し、そこからヌルが這い出ている。
ヌルが狙うのはあくまで光であることから、傷つく者はいないが、放っておくとまずいことになる。
シェルターに二人を降ろし、上空から街を一望する。
これは間違いなく何者かによるものだ。
超視力を使って、首謀者らしき人物を探していく。
「カウント・ヴァーティゴ!」
裸の上半身にブカブカのコートを羽織った青年が、街で一番高い塔に陣取っていた。
ブロックバスターのカジノだが、とっくに光は失われており、避難も終わったのか人の気配がない。
「ブルードヘイヴン。良い街だと思わないか?
光のメトロポリスでもなく、闇のゴッサムでもない。
どちらにも馴染めない半端者が集う土地」
「何が狙いだ。ヌルで街を掌握する気か」
カウント・ヴァーティゴは”目眩”を齎すヴィランだ。
グリーンアローの街、スターシティで暗躍することが多いが、その脅威さはあまり知られていない。
「灰色の街だからこそ、ここの馬鹿どもは変身願望が強い。
そして、変わりたいと望む者にダイアルHは訪れる」
金色の鬣を揺らし、自己陶酔したカウント・ヴァーティゴは両腕を広げて天に語った。
「凄いだろう、ダイアルHは。キン肉マンから国木まで。
変身の可能性は無限大だ。なあ、鮫ちゃんよぉ」
振り返ると、気づかぬ間にグッピーが佇み、足元にはナイトブラッドが横たわる。
意識はないが、うなされているのか眉間に皺がよっていた。
意識を失っていたのに、人を抱え、気取られもせずここまで来るとは。
臨戦状態のスーパーマンの五感を通り抜けたことへの疑問があったが、俯いたグッピーが握る物で納得がいった。
「君がダイアルHの所有者か」
裏切られたという思いはない。
心の内で事態を受け入れている。
これまで何度も繰り返してきたことだ。
「簡単だったぜぇ。父親殺しを誑かすのはよぉ。
ちょいと脳を揺らして、罪悪感と眠った変身願望を刺激すれば完了だ」
「お前には聞いていない」
カウント・ヴァーティゴを睨みつけて黙らせ、スーパーマンはグッピーに問いかけた。
「何故だ? 君は更生しようとしていたんだろう。
ディック・グレイソンも君を信じていた」
「僕は……」
ぎくしゃくとした動きで、つぶらな瞳のグッピーがダイアルを握りしめた。
意気高揚の力ではなく、縋るための力であった。
「更生したくなんてなかった。
父さんはずっと僕に言い聞かせてきた。
鮫らしく、俺の息子らしく生きろって、誰にも舐められるなって」
鮫の硬い肌でダイアルに頬ずりする。
「だが、それで良いと思っているのか?
君に真剣に接し、応援する人々の優しさに背を向けてでも」
「僕は刑務所を出たくなかった!
父さんを殺した僕はスターだった! みんなが僕を恐れた!
このダイアルで……僕は鮫らしかったあの日々に戻るんだ!」
「考え直せ、グッピー!
君のお父さんは、ただ君が幸せに生きられるようにしたかっただけのはずだ!
息子の前だから自分を大きく見せようとしていたんだ!」
スーパーマンの説得が効くことなく、ダイアルを回し、父殺しの鮫人間が呟いた。
「ダイアル4376、『HERO』」
ブルードヘイヴンで最も高き塔、強大な光が集約していく。
「ハハハ、いいぜぇ!
ダイアルHは事態を打開するヒーローに変身する!
スーパーマンを倒すのに必要なヒーローは誰だろうな?」
ダイアルHの変身先は利用者本人にも予想できないという。
キン肉マン、国木と来て、次はいったい誰が来るのか。
まさか、孫悟――
クラークの足元に煙幕矢が撃ち込まれ、敵から姿を覆い隠す。
わからない行動だったが、スーパーマンの全身から急速に力が失われていった。
「こいつはいい! ダイアルHは異空を介してヒーローの力を模倣する!」
「馬鹿な……」
煙の向こうにいるのは自分自身。
青いスーツに赤いマント、Sのエンブレムをつけたスーパーマン。
「スーパーマンを倒すのはスーパーマンってわけだ!」
「真実と正義とアメリカンウェイのために戦うぞ!」
腰に両手を添え、胸を張ってスーパーマンが宣言する。
そしてクラークは、新聞記者のクラーク・ケント、ヒーローの力の一切を失った姿になっていた。
「これを着てくれ」
煙幕矢を放ったロイが遅れて到着し、景色が晴れる前にクラークにスーパーマンらしい衣装を手渡す。
急いで着るが、超スピードが無くもたついて倒れた。
ナイトウィングに助け起こされ、ただの一般新聞記者を守る形で二人のヴィジランテが前に出た。
「これはウケるぜぇ! スーパーマンに常人如きが立ち向かおうとしてやがる!」
「テンプレみたいなことほざいてんじゃねえぞ」
「やめるなら今の内だ。
考え直してくれ、グッピー」
ナイトウィングに呼びかけられ、スーパーマンに変身したグッピーが大笑いした。
「何をやめるっていうんだい!?
私はスーパーマンだよ。君は何者かな?」
「おせっかい焼きのピカチュウさ、ピカ・ピーカ!」
急造でスーパーマンの格好になったクラークに力はない。
それでも何かできることはと考え、ナイトブラッドの救助をしようと考えた。
全速力で走り出すと、すぐに気づいたスーパーマンのグッピーが、ヒートビジョンを絞る。
そこへアーセナルが超音波発生矢を放つ。
「ぐあああ!」
両耳を抑えて蹲ったスーパーマンの横で、敵のこめかみに太い血管が浮かび、その場の全員の頭蓋に強い圧がかかった。
クラーク・ケントが駆けていく。
超五感の調整技術はクラークが培ったものだ。
ヒーロー性を抽出したダイアル経由では模倣できないだろう。
スーパーマンが闇雲にアーセナルへの攻撃をしかけるが、ロイは軽々と見切って避けていく。
これでも弾丸より速いのがスーパーマンだというのに、アーセナルには触れる余地すら無かった。
ヒーローの力を無くして、間に合わせのスーパーマン衣装を着ているクラークには、どちらも想像の埒外領域に生きる神々にしか思えない。
ナイトブラッドを抱き起こそうとすると、カウント・ヴァーティゴが踵落としをしかけてきた。
「おっと、僕を忘れてるぜ」
ナイトウィングがエスクリマスティックを交差し、ヴァーティゴの蹴撃を防ぐ。
ダメージが下へ伝わり、地面に亀裂が走った。
「さあ、起きるんだ男爵」
頬を叩いて目覚めるようにしても、ナイトブラッド男爵は反応を示さない。
外傷はないのだから、起きても良いはずなのだが。
「無駄さ」
カウント・ヴァーティゴの能力により、ナイトウィングの攻撃が宙を舞い、平衡感覚を失ったことで掌底を喰らった。
「そいつがこのショーのメインディッシュだぜ?」
次にクラークへと狙いをつけて来たので、クラークはファイティングポーズを取った。
人間としての喧嘩の経験はほとんどない。
だが、こちらには大自然に抗うカンザスの男たるスピリッツがある。
「しゃあっ!」
全力のかけ声で殴る。
腹部に強烈なブローを喰らい、スーパーマンコスチュームのクラークは血反吐をぶち撒けた。
これが無能力者が食らう痛み。
だが、スーパーマンとて誰と戦おうと痛みも傷も負ってきた。
「はぁ!? 内蔵破裂させたぞ!」
「いつも破裂してるさ!」
そう言ってカウント・ヴァーティゴの頬を殴る。
クラークのカンザス魂がこもった良いパンチである。
だが、相手はメタヒューマン。
瞬間的にクラークの脳髄を揺らし、バランスを乱させた。
「アル中、吸血鬼、領地のない男爵、ヴィラン。
どれもこの世に生きるには適さないもんだ。
だが、故にこそ、やつの抱える虚は強大であり、必然としてブルードヘイヴンに導かれた」
「うるせヘボ! 連れてきたのは俺だ!」
聴覚攻撃から回復し始めたスーパーマンとの戦いの合間、アーセナルが横に弓をつがえて射る。
正中線を狙った矢は、軽々とヴァーティゴに掴まれた。
「それが必然だぜ、アーセナル。
ダイアルH……グラハム・ベルに天啓を与え、近代文明の背後に出てきたこいつは、全異空に通じるポータルだ」
ナイトブラッドの額に手をかざし、ヴァーティゴがダイアルを経由して門を開く。
ブルードヘイヴン中を蠢くヌルとは比べ物にならない虚無の気配が向こう側から伝わってくる。
「その門は空虚な脳を目眩で揺さぶることで開く。
脳を揺さぶり、未知へと至る。
酩酊(ヴァーティゴ)こそが最強の力なのさ」
ナイトウィング、アーセナルがスーパーマンと交戦しながら叫んだ。
「グッピー! 聞いただろう。こんな計画に加担してどうするんだ!」
「HAHAHA! 誰のことかな。I AM SUPERMAN!」
「スーパーマンはそんなの言ったことねえよ!
よく聞け、鮫野郎! アル中シャブ中極めたピカチュウな俺だからわかる!
人を殺して注目浴びるのを目的にしちまったら最後は殺人中毒のライチュウだ!
陽の当たる世界(スマブラ)に長く出られなくなっちまうんだぞ!」
「スーパーマンはゲームなんてしないのさ!」
「したことあるよ!?」
ヴァーティゴの目眩に徐々に適応できたクラークが懸命に男爵を取り返そうと突進する。
だが自身の脳に働きかけることで超常の力を発揮するヴァーティゴには通用しない。
腹部を蹴られてビルの屋上を転がる。
腕が骨折して鼻血も出ているが、これしきが怖くて農家の息子は務まらない。
怪我に臆する農家が何処にいるという話だ。
「まだまだ!」
クラークがハイスクールのフットボールで鍛えたタックルを使う。
何度もバットマンに武術の訓練を受けたが、彼曰く、武術の才能はクリプトン星人の身体能力を除けば中の中。
あまりの闘争心の無さがマイナスにしか働いていないと断言され、おとなしくスーパーマンとしての戦い方を磨けと言われた。
しかし、唯一褒められたのが、このフットボーラーのタックルだ。
母の美味い食事によって作り上げられた無敵のタフボディ。
スーパーマンの力を無くそうと変わらずある、最強の武器である。
「効くかよ、うっぜえな!!」
業を煮やしたカウント・ヴァーティゴが貫手でクラークの腹部を穿った。
「スーパーマン!」
思わず立ち止まってしまったアーセナルの足がブレスで凍る。
眼と反射神経を活かす機動力を殺され、アーセナルは成すすべ無く鋼鉄の魔人に正面から相対した。
「スーパーマンはこちらだよ、アーセナル」
アーセナルの頭頂部へグッピーがチョップを振り下ろす。
その至近距離でロイは相手の目へ閃光矢を突き立てた。
クリプトン星人の眼球はナイフを通さないが、視力への攻撃はまた別問題である。
瞼の裏だろうとおかまいなしの光が発生し、ナイトウィングがエスクリマスティックに仕込んでいたクリプトナイト製ナイフを投擲した。
両目を抑えて絶叫するスーパーマンの背中に突き刺さり、怒り狂った鋼鉄の魔神がナイフを抜いて無造作に投げる。
ナイトウィングへヒートビジョンを放った。
胸部を熱線で焼かれたナイトウィングが倒れ伏し。
「馬鹿だな、ナイトウィング。僕に勝てるわけないだろ」
クリプトナイトからの影響で全身の憔悴を引きずるスーパーマンが、ナイトウィングの首を握り、持ち上げる。
「君だけは何度も面会に来てくれた。
僕がこんなに早く出られたのも、すべて君のおかげさ。
本当に……よくも出してくれたね」
「後悔していないのか?」
口の端に血の泡を出してナイトウィングが問いかけた。
「まだ戻れるよ。みんなが君を信じていた」
「父さんは僕にタフになれって言い続けてきたんだ……!
勉強をしたいという僕を殴りながら……!」
スーパーマンの眉間に皺が寄った。
俯いて首を振った。
無言でナイトウィングの首にかけていた指に力を籠める。
だが、ブーツを脱いでいたナイトウィングがサーカスの軽業で敵の懐にあったダイアルHを足の指に引っ掛けた。
何処と狙いをつけるわけでもなく宙へ放り投げる。
放物線に乗ったダイアルの穴に矢が刺さり、圧倒的な技術で直角に曲がってクラークへ向かった。
健康的な肌を青白くしたクラークの掌にダイアルHが収まる。
「変身願望を持っているのは君だけじゃないぜ?」
力の入らない指を動かして黒い平らなダイアルを回す。
「ダイアル4376、『HERO』」
クラークの全身を光が包み込み、その中から小さな影が飛び出した。
スーパーマンのボディにまだ丸みのある拳が埋まり、けれども高い威力をもたらした。
「誰だ!?」
「ボクだよ。スーパーボーイさ!」
クラークの息子、ジョン・ケントが腰に手をあてて胸を張る。
「サイドキックじゃないのか!!」
「なに言ってんのスーパーマン。
ボクたちにサイドキックの関係はないでしょ」
息子に変身するというのは何とも奇妙な感覚だ。
思考も口調も様変わりし、まるでスーパーボーイそのものになったかのようだ。
10歳の少年を通して見た人生、過去が断片的に流れ込んでも来る。
「スーパーマン。やめようよ、こんなことは」
「そん……ハハハ、何を言うんだい息子よ!
私達は真実と正義とアメリカンウェイのために戦うんじゃないか!
邪魔をするならお仕置きしないといけないぞ!!」
鋼鉄の拳がスーパーボーイに襲いかかる。
気力充実、未来良好の少年では、
避けに徹しないとたちまち被弾してしまう。
しかし10歳とは凄いものだ。
まるで別物のようにこの世の全てが瑞々しく映り、
眼下のブルードヘイヴンの絢爛たる街並みも宝石箱に等しい。
スモールヴィルでの少年時代に悔いはないが、
こう突きつけられると都会で育つ少年時代も素晴らしい。
「ハッハー! 捕まえたぞぉ!」
スーパーマンに体を抱きかかえられて、
締め上げられる。
10歳であるということに気を取られてしまった。
剛力で胴体を締め付けられたスーパーボーイが至近距離からのブレスで
相手の口と鼻を凍らせた。
それで窒息する相手ではないが、グッピーの意識がまだあるなら、
反射的に怯んで力を弱めるだろう。
その通りになったところをスーパーボーイは逃さず、下からパンチをお見舞いした。
スーパーボーイがスーパーマンに勝っている点は残念ながらゼロ。
太陽光の蓄積が足りず、
スピードもパワーもまるで追いつかない。
だが、ダイアルHは事態を打開するのに適したヒーローに変われる異界のアイテム。
中国のスーパー・マンや従姉妹のスーパーガールではなく、
スーパーボーイに変わった意味を活かす。
小柄な体躯でスーパーマンの周囲を飛び回り、
捉えられないようにしていく。
マントを掴まれて首が引っ張られた。
振り返りざまにスーパーマンに右ストレートを放つ。
クラーク独自の技術が、赤ん坊の頃から地球にいたことで身についた
五感と身体能力の超精密調節だ。
料理の腕は何故か未だに母を超えられないが、
その気になればあらゆる名医すらできない手術をこなせる。
敵に攻撃が直撃する瞬間だけ、太陽光の力を爆発させる。
それだけでなんとかスーパーマンにもまともなダメージが与えられるようになった。
宙をスライドして大きく後退したスーパーマンが歯噛みする。
「この……! いい加減にしなさい!」
掴みかかってくるがそれを潜り抜けて、右、左とパンチを繰り返す。
鋼鉄の男、明日の男が両膝に手を付けて息を切らした。
「やっぱり」
スーパーボーイがスーパーマンにうなずいた。
「まともに戦うことができないんだね」
図星を突かれて、グッピーが首を振った。
「違う! 私はスーパーマン! 真実と正義とアメリカンウェイのために戦うんだ!」
「変身すればヒーローのオリジンがインストールされるでしょ。
君は知ってるヒーロー、知らないヒーロー問わず、
変身することで彼らの生き方に触れてきた」
クリプトン星の肌に苦渋の皺が集まる。
鋼鉄を素手で捻じ曲げる体が痛みを覚えているかのようだ。
「お父さんのことは本当に気の毒だけど、
君はヒーローに応える心があるんじゃないかな」
「うるさーーーい!!」
我を忘れたグッピーがビンタをしてきた。
スーパーボーイが両手で掴み、
優しく包み込んだ。
「僕は…………」
グッピーの言葉を引き受けてスーパーボーイが続けた。
「いつでもやりなおせるよ。
ナイトウィングだって信じたじゃない」
戦闘意欲が抜け落ちたスーパーマンが地上に降り、
ヒーローから弱々しい鮫の青年の姿に戻った。
顔を下に向けてつぶらな瞳からポロポロ涙を流したグッピーが謝罪する。
「ごめんなさい」
「なーに、困った時はお互い様だよ」
グッピーからスーパーマンの力が抜け、
クラークにスーパーマンの力が戻ってきた。
だが、姿は変わらず、スーパーボーイのままだ。
「……ごめん、これどうやったら戻るのかな?」
「さあ……?」
「ええっ」
まさかスーパーマンなのにまだボーイとは思わなかった。
こういうのは勝手に戻るとばかり考えていたのだが。
そうする間にもブルードヘイヴンの空には巨大な虚無生命体が上半身を現し、
触手を伸ばして光を吸い取っている。
「あれはアビスという生き物だってカウント・ヴァーティゴが」
「戻す方法は?」
「無いんじゃないかと」
「それなら後で考えよう。
よぉーし、とりあえず流れに任せてこのままあいつを捕まえちゃうか」
ディックより受け取っていた虚無干渉グローブを装着しようとしたが、
ここで重要なことに気づいた。
スーパーボーイの小さな手ではスーパーマン用のグローブが入らない。
まずい、と冷や汗が流れてきた。
どうするか迷っていたところ、グッピーが気まずそうに申し出た。
「僕がやります」
「いいのかい?」
「貴方がいいならですけど……」
「君は勇敢だ! 凄い! はい、これダイアルとグローブ!!」
グローブとダイアルを受け取ったグッピーが改めて確認した。
「僕を信用するんですか?」
「そうだよ。僕は門を開いてるヴァーティゴ達をなんとかするから頑張ってくれ」
「またスーパーマンになったら、貴方が困りませんか?」
「困る。でも善は急ぐものだ。
今日は一緒にスーパーマンさ!」
そう言って飛び立ったスーパーボーイを見送り、
グッピーは迷わずダイアルを回した。
ダイアルHは様々な機種がある。
多くはヒーローの力を模倣するものだが、
今回のようにヒーローの力を盗むものもある。
知っているヒーローに変身することもあるが、
それを圧倒する数の未知たるヒーローに変身する。
スーパーボーイに変身したままのクラークが飛んでいく背後で、
シロナガスクジラもかくやという大きさの鮫が夜を泳いでいく。
ダイアルHでグッピーが変身したヒーローだろう。
聞いたことも見たこともないが、きっと相応しい在り様だ。
ビルの屋上から戦場は変わっており、
ヴァーティゴ相手にナイトウィングとアーセナルが奮戦していた。
本来の2人ならば特に問題ないだろうが、
浮かんでいるナイトブラッドから開いた門が無数の虚無を喚んでいる。
「ハハハ! お前らに俺が負けるかよ!」
未知生命体ヌルにも注意しながらでは、カウント・ヴァーティゴを倒すのは難しい。
「お待たせ!」
だがここに来たのはスーパーマンの息子、スーパーボーイだ。
ヴァーティゴにある余裕が一瞬で消えた。
「あのヘタレ小判鮫野郎、裏切りやがったな!
問題ねえ、俺の目眩は無敵だ!」
「グッピーだよ」
「あん?」
「鮫くんの名前」
スーパーボーイの淡々とした訂正に、
カウント・ヴァーティゴは不快感を露わにした。
「知るかよ、んなもん!
テメエらにとっても裏切り者だろうが!」
「彼は光の道を歩みだした。
ボク達の同士さ」
「綺麗事め!」
敵のこめかみに太い血管が浮かび、
その場の全員の頭蓋に強い圧がかかった。
アーセナルがもんどりうち、ナイトウィングがふらつく。
バットラングを十枚投げ、それぞれが異なる軌道でヴァーティゴへ回転する。
目眩伯爵に残らず掴み取られ、ぞんざいに投げ返されると躱しきれずに被弾した。
「このまま逃げ切り果たさせてもらうぜぇ!」
だがクリプトン星人の肉体と
クラークの精神が合わされば接近するのは可能。
スーパーボーイがよたよたと千鳥足で接近し、
少年に宿る太陽の光を求めて虚無達がやってきた。
目眩が酷いスーパーボーイが彼らから逃れる術はない。
だが、こんな時のために、一計を案じておいた。
ワイヤーで束ね、ヒートビジョンで焼き切った髪の一房だ。
長い鋼線で振り回せるように細工しておき、
ヌル達が固まってる方角へ投げる。
「はあ?」
呆れたヴァーティゴ。
だが、少年は投げた髪に宿る太陽の残滓へ
虚無が群がるのが見えた。
手首のスナップで虚無の動きを誘導していく。
「行っけ―!」
それからワイヤーを長く持ち、
髪房とヌルの直線上にヴァーティゴが来るよう、
力いっぱい投げた。
光を求める性質を持つ無光生命体が、
岩石が如くになってヴァーティゴへ迫った。
「うわああああああ!!」
そのまま黒に呑まれて伯爵が流され、
ワイヤーを離して、ヌル達に髪の房を喰わせてやる。
夢中になって髪の房に集まり、美味しそうに瞬きの光を発している。
こうして見ると素直でなかなかに可愛い生き物だと思えた。
これでグッピーもカウント・ヴァーティゴも解決だ。
ナイトウィングが意識をなくしている以上、
スーパーボーイとアーセナルでナイトブラッドの門を閉じるしかない。
アル中吸血鬼のナイトブラッド。
カウント・ヴァーティゴに目をつけられ、
虚無を喚ぶポータルにされてしまった彼は、声が聴こえるかもわからない。
仮に聴こえたとして、それはグッピーに裏切られ、
またも暴力と悪略に巻き込まれたことを理解しているのを意味している。
「アーセナル。男爵に呼びかけるんだ」
「俺が?」
「彼は君を信頼していた。
君こそが彼にとってのスーパーマンだ」
浮遊するナイトブラッドへ歩み寄ろうとする
アーセナルに虚無が伸びてくる。
すかさずスーパーボーイが体内の太陽光エネルギーを高め、
囮として飛び回る。
高速にて飛ぶ彼に追いつくことはできない。
もう引きつける手段は理解した。
後は────
「逃さねえぞぉ!」
虚無の中からヴァーティゴの声がする。
追いかけてくるヌルを操り、
カウント・ヴァーティゴが怒号を発していた。
「喚んどいて操り方を知ってないわけねえだろうが!」
これは一本取られた。
クラークは逃げながら、素直に認めた。
「ナイトブラッド、目を覚ませ」
アーセナルが男爵を起こそうとしている。
無人なのを確認してから高層ビルの窓ガラスを一枚一枚外していく。
直角に飛翔すると、目眩に突き動かされた生命体がビルに衝突しながら追いかける。
昇る過程で窓ガラスを砕いて欠片にし、広範囲に振りまいた。
速度を最大限まで引っ張り上げ、
急停止して頭を下方に向ける。
指をピストルの形にし、
片目を閉じて狙いを定めた。
「バーンとね」
クラークの隠し手が1つ、
ヒートビジョン狙撃。
針の穴を1km先からでも通す熱線。
勢いを弱めて、ガラスに反射させる。
神業の角度で発射された赤い光が
ヴァーティゴに操られたヌルの周りを飛び交う。
それに引き寄せられ、虚無の動きが弱まった。
「あんたは立ち直れる奴だ。
少なくとも、俺は信じたい。
ヴィランのあんたが酒の誘惑を断ち切るなら、
俺も……まだヒーローができる気がするんだよ」
「HAHAHA!! あの野郎、馬鹿じゃねえのか!
ヴィランは一生ヴィランのままなんだよ!」
哄笑するヴァーティゴが、
無理矢理にヌルを押し進める。
「それでも、可能性を否定する理由にはならないさ」
「クセェ! 太陽に脳味噌焼かれてやんの!」
「明日を信じているからね」
「黙れええええ!!」
グッピーと戦っていた最大級の虚無生命体、アビスの活動が止まる。
「スーパーボーイ!」
アーセナルが門の閉じたナイトブラッドを抱え、
親指を立てた。
「クソぉぉぉ!!」
ちょうど良いタイミングでスーパーボーイの変身が終わった。
少年の体から大人の体に戻り、
生まれてこの方、浴びに浴びてきた太陽の力が全身に充填している。
これならば虚無に光を喰われても問題ない。
大柄な体を伸び伸びと広げ、
堅く握りしめた拳が不思議と発光している気がしてくる。
無敵の体にヌルが群がるも悠然たるノーガード。
奥底にいるカウント・ヴァーティゴへ、
雲の動きめいた大仰なパンチを放つ。
「ぎゃああああああ!」
虚無を引きずってなお、威力を弱めないパンチ。
カウント・ヴァーティゴのみを捉え、
相手を無明の中から押し出した。
重力に従って落ちていくヴァーティゴが、
地上にぶつかるところを回り込んでキャッチした。
ナイトブラッドを助け、
カウント・ヴァーティゴを倒した。
グッピーが遠くで巨大な鮫に変身して、
アビスと激闘を終わらせずに繰り広げている。
「やったな、スーパーマン!」
アーセナルがグラップネル矢で降りてきた。
ナイトブラッドは今度こそ、安らかに意識を喪っている。
ディックもそろそろ起きるだろう。
「でもどうするよ、スーパーマン。
まだまだヌルがいるし、
こいつらを捕まえておく場所なんてないぜ?」
「孤独の要塞に連れて行くよ」
北極にある孤独の要塞。
スーパーマンが個人的にプライベートな一時を過ごすためだったり、
ヒーロー活動で保護した貴重生物を飼育し、
犯罪に関する情報とアクセスも司る施設だ。
簡単に言えば、スーパーマンが丹精込めて作った秘密基地。
大人の隠れ家とも言うべき場所だ。
「ここから超遠いぞ!」
「大丈夫大丈夫。もうコツも掴んだからね」
スーパーマンは胸を張ってウィンクした。
「僕はスーパーマンだよ?」
#######
「本当はずっと意識があったである」
ナイトウィングの基地にある、
超最先端の機器による審査を終え、
ナイトブラッドはすまなそうに言った。
「あの時、我輩はたしかに絶望しきっていたである」
心身に問題ないことを確認はしたが、
さらなる精密検査が必要と考えたディックが
アルフレッドと連絡を取っている。
つまり、ナイトブラッドの告解を
ただ一人聴いたスーパーマンが、笑顔で言った。
「貴方が今、酒の血を吸わないことで、
アーセナルは己の可能性を信じるだろう。
そして、彼の中毒を心配するナイトウィングやタイタンズは、
安心して戦えるようになる。貴方の行いが繋がって、世界を救う力になった」
ナイトブラッドと固い握手を交わし、
明日の男は二度、三度うなずいた。
「世界を代表して、僕は感謝しますよ。ありがとう」
「なんとお礼を言ったら良いか……」
「気にしないで。実は、僕、ずっと前から
貴方は良いヴィランになれるとみんなに言ってたんですよ。
それが更生までするなんて、
これで僕はバットマン以上の洞察力持ちだ!」
ガッツポーズをするスーパーマンを、
男爵は胡乱気味に首を傾げた。
「よーし、男爵。行こうぜ!」
アーセナルが今日の〈落伍者(ランオフ)〉の集まりに迎えに来た。
一礼して、男爵がその場を去っていく。
「良いヴィランってなんであるか?」
「あー……あの人、たまによくわかんないこと言うから気にしないほうが良いぜ。
グリーンアローが言うにはアレがボーイスカウト流なんだとよ」
洗練された概念と考えているのだが、
どうやら『良いヴィラン』が定着する日は遠いようだ。
だが案ずることはない。スーパーマンにはとっておきのプランがある。
パンツの尻ポケットでスマホが振動した。
「あっ、ホワイトさん! 大丈夫ですよ、取材は最高でした!
えっ?メトロポリスの新聞にブルードヘイヴンの記事を載せる意味?
フッフッフッフ……僕の記事を見て同じことは言わせませんぜ。
題して、『良いヴィランからひとつ上の市民へ! アル中吸血鬼を通して知る、更生の道!』です!
任せてくださいよ、僕は何せあのロイス・レーンを口説き落とした記者!」
少し沈黙してから、ペリー・ホワイトは言った。
『いや、落とされたのはどう見てもお前だぞ』