DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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グリーン・ランタン:ハル・ジョーダンとシネストロ

 

「私はアビン・サーのように、お前に接しよう」

 

シネストロにとって、最高のグリーン・ランタンであるハル・ジョーダンは不倶戴天の敵だ。

彼らは「出会った瞬間からいがみ合っていた」と囁かれがちだが、実際は決してそうではない。

 

「彼は私に、グリーン・ランタンの気高さと、人を信じるということを教えてくれた。

 私が最高のグリーン・ランタンでいられたのは──

 きっと、彼が“初めて信頼したグリーン・ランタン”だったからなのだろう」

 

蒼い空がどこまでも続く世界で、

エアフォースのパイロットだったハル・ジョーダンへ、

赤紫色の奇妙な髪型の男が、穏やかに語りかけた。

 

「だから、まずはお前に私を信じてほしい。

 そこから始めたいのだが……お前はどうかな?」

 

「俺はもう、とっくにカリキュラム全部を教わったと思うんだけど」

 

頭をぼりぼり掻き、ハルは不服そうに呟いた。

この時から彼は恐れを知らなかった。

気に入らない相手なら大統領でも殴り飛ばす。

事実、彼は上司を殴って空軍をクビになった。

 

狂犬と言えば聞こえはいい。

だが実際は、歩き方も覚束ない子犬のような男だったのかもしれない。

 

シネストロとハルは、長きに渡る宿敵となる。

 

「まあ、あんたがそう言うなら。

 いいぜ、別に。よろしくな、シネストロさん」

 

固く握りしめた手。

これから最高のグリーン・ランタンになる男と、

最高のグリーン・ランタンでなくなる男の、初めての邂逅。

それは決して険悪なものではなかった。

 

シネストロは紛れもなく、最高のグリーン・ランタンだった。

 

 

 

「なぜだ!? なぜ、私にこのことを黙っていた!!」

 

 

 

今や最も憎悪し合う敵同士である彼らは、

かつて最も信頼し合う親友同士でもあった。

 

「これが──これが、全銀河に尽くしてきた者への仕打ちか、ガーディアンよ!

 ならば、知るがいい!!

 この腕の中で息絶えた我が愛!

 この心臓に生まれし光こそが、世界に平和を齎すものだと!!」

 

「恐れよ、シネストロの恐怖!!」

 

 

宇宙。眩き星々が瞬く暗黒の空間を、碧の光が一条となって飛翔する。

輝きの正体は、翠の光を操る男。

無限の意思を秘めた最高のグリーン・ランタン、ハル・ジョーダン。

 

『セクター1045。

 シネストロ・コーズが独裁体制を敷いています。

 担当ランタンとは連絡が取れません。至急、現地へ向かってください』

 

アビン・サーより受け継いだリングが、新たに課せられた任務を告げる。

堅物というより機械的なAIだが、暗闇で退屈するよりはマシだった。

 

『ガーディアンズより下されたオーダーは一つ。

 ──世界を恐怖より守れ』

 

「あいつらの言うことを聞くのは癪だ。

 っていうかさ、俺はこれからデートの予定だったんだぞ、ちくしょうが!」

 

文句を言っても仕方がない。

だがガーディアンの言葉は信用できない。

それはGLのメンバー、とりわけハルに近い者たちの共通認識だった。

 

「ハッ! なら帰ってバーのネーチャンとベッドで仲良くしてな!!」

 

荒い声が背後から飛んできた。

ガイ・ガードナー。イカれた男だが、心根まで貧しいわけではない──はずだ。

 

「その間に、あの赤ハゲは俺がぶっ殺してやっからよ!!」

 

だが品性の下劣さと過激さにおいて、右に出る者はいない。

速度を上げると、短髪で筋骨隆々の男がハルを追い抜いていく。

慌てて速度を上げても、先行するガイとの差は縮まらない。

 

「待てって、ガイ! おい、ガイ!!

 クソッ、今回の相棒はあいつかよ!!」

 

矢のように過ぎ去る惑星群を尻目に、

憤然としてハルは悪態をついた。

 

 

赤茶けた大地。荒野が地平線まで続き、

なだらかな丘陵が二つの太陽に照らされて長い陰影を落としている。

地球とはまるで違う風景だ。

空気は張り詰め、土壌は乾ききり、あとは死を待つだけ──そんな匂いがした。

 

降り立ったハルは、遠くの都市に目を凝らす。

赤い砂地に浮かぶ孤島のように、心細げにぽつんと存在している。

見ているだけで気が滅入った。

 

「どうするかな」

 

口ではそう言いながら、足はもう都市へ向かっていた。

先走ったガイはとっくに突入しているだろう。

だがグリーン・ランタンの光は数キロ先からでも目視できるほど強い。

 

……恐らく、まだ戦闘は起きていない。

それが何を意味するのかはわからない。

だが考えるより動く──それが信条だ。

ハルは再び飛び立ち、都市へ向かった。

 

四十秒ほどで到着した都市は、栄えていると言っていい。

人通りは多く、飛行車両や赤紫色の民衆が行き交う。

 

だが、その顔には押し並べて生気がない。

判で押したような表情で、機械のように往来するだけ。

 

呆けるように周囲を見回していたハルは、

壁に貼られた、にこやかな笑顔のシネストロのポスターを乱暴に剥がした。

それだけで周囲から悲鳴が上がる。

 

「なんだよ」

 

訝しみながら、近くの売店で腹ごしらえをしようと歩を進めた。

金は持っていないが、この空気だと貨幣の概念すら怪しい。

何事も、やってみるに越したことはない。

リングの翻訳機能をオンにし、陽気に手を振る。

 

「なあ、パンでもないか?」

 

「来ないでくれ!!」

 

血相を変えた店主が、目の前でシャッターを下ろした。

身に覚えのないハルは、がんがん叩いて声を張る。

 

「おい、どうした!? まだ金がないなんて一言も言ってねえぞ!!」

 

「なら尚更だ! シネストロ様は働かない奴を許さねえ!!」

 

「クソッ! 金がないだけで、働いてるっつうのに!!」

 

くぐもった返答だけが返り、店は静まり返った。

見切りをつけたハルは、近くを通りかかった赤ん坊連れの女性に声をかける。

 

「あんた、シネストロって知ってるか?

 ちょうどここの連中と同じ肌で、面白い髪型の……

 まあ、剃り込みが面白すぎるM字ハゲなんだが。

 ここで独裁やってんだろ? どこにいる?」

 

「嫌ぁっ!!」

 

買い物袋を落とし、女性は恐怖に顔を歪めて逃げた。

追いかけるハルは内心、

自分は何かまずいことを言ったのかと首を傾げる。

だが結果、行き止まりに追い込んでしまう。

 

「や、やめて……殺さないで、お願い……!!」

 

女性は赤ん坊を抱きしめ、しゃがみ込んで震えた。

 

「待てよ。俺がそんなことすると思うか?

 とにかく、シネストロがどこにいるか教えてくれりゃいいんだ。

 そしたら俺があの馬鹿をズタボロにしてやる」

 

懸命な説得に、母親はようやく顔を上げた。

どうやらハルを“あの連中”とは別の存在だと理解したらしい。

瞳に張りついていた恐怖が、ゆっくり解けていく。

 

「貴方はいったい……?」

 

安心させるように両手を上げ、肩を竦め、

ハル・ジョーダンはにかりと笑った。

 

「俺はハル・ジョーダン。グリーン・ランタンだ。

 おっと、グリーンだからな。イエローじゃないぞ?」

 

女性の袋からこぼれた林檎を拾い、

ソリッドライトのナイフで二つに割って片方を差し出す。

 

「腹ごしらえしながら落ち着いて話そうぜ」

 

今さらのように、赤ん坊が泣き出した。

ハルは肩を竦める。

 

「悪い。三等分にすりゃよかったな」

 

 

天を突く長大な尖塔。

白磁と見紛う滑らかな光沢で出来た惑星の中心地、総統府。

 

民を虐げていた悪徳の王を、薄汚い玉座から引きずり下ろし、

山吹色の光で消し飛ばした男。

シネストロは足を組み、尊大に来訪者を待っていた。

 

「来たか、ジョーダン」

 

鳴り響いていた戦闘音は、謁見の間にまで届いている。

分厚い壁を透過する気配と光の揺れが、断続的に鼓膜を叩いた。

 

やがて五メートル超の扉が蹴破られ、

両手を鳴らし、不遜に胸を張るハルが姿を現した。

その足元には、六名のシネストロ・コァーズが倒れ伏している。

 

「セクター担当者とガイはどこだ?」

 

指のパワーリング。握り込んだ拳。

ハルはそれを意識しつつ、シネストロを睨み上げる。

真紅の絨毯の先。王座の男は髭を摘み、微動だにしない。

 

「もし……すでに死んでいたとすれば、貴様はどうする?」

 

挑発に、ハルは間髪入れず光で答えた。

 

「こうしてやるよ!!」

 

碧色のソリッドライトがリングから形成され、放たれる。

硬質でありながら不定形に変容する翠の光が剣となり、シネストロへ肉薄した。

 

「激昂するな。貴様の心は、最高のグリーン・ランタンに相応しい。

 だが足を引っ張るのは、OAの偽善に曇った両の眼だ」

 

山吹色の盾を形成し、攻撃を受け止めながら、シネストロは泰然と語る。

 

「なぜ気づかん。世界は貴様を必要としているというのに。

 ガーディアンどもを盲信して、何になる」

 

「誤解してんじゃねえぞ、ハゲ!!」

 

刈り上げた側頭部と、頭頂部の黒髪が卵の殻のように見える髪型。

そのシネストロへ、ハルが跳躍した。

無数の流星を周囲に展開し、一斉に放つ。

 

「ガーディアンズなんてガンセット以外、信用したことねえ!!」

 

音速で突き進む弾丸の雨を前に、シネストロは不快そうに眉を寄せる。

 

「ならばなぜ、私に歯向かう!

 彼奴らに故郷を滅ぼされ、怒りに狂ったアトロシタスの悲劇!

 貴様も、その嘆きを忘れはすまい!」

 

咆哮とともにシネストロが突進する。

ソリッドライトで槍を形成し、突撃槍となって襲いかかった。

 

その背後へ、翠の光の雨嵐が降り注ぐ。

床を抉り、建物を揺らし、粉塵が舞い落ちる。

 

「ここへ来る間に聞いたぞ。お前が何をしたか。

 コルガーでやったことと同じだ。恐怖をばらまいて、闇で人を支配する!

 恐れで凍りついた連中が街を行き交い、光一つ点ける勇気も持てない!」

 

ハルの防御盾が高速の攻撃を受け止めようとする。

だが罅が走り、陥没した一点から、昏き太陽の槍が立ち上がり、胴体を貫いた。

 

内臓が破裂し、肋骨が折れる。

最高のグリーン・ランタンは残像を残す速さで壁へ叩きつけられ、

廊下を転がり、さらに壁を砕いてもんどり打った。

 

鼻と口から流れる血を拭い、ハルは立ち上がる。

 

「それが、お前のしてることだ!

 信頼じゃなく恐れに縋りすぎて、そのものになった。

 女子供を怯えさせる悪魔が、今のお前だ!」

 

「軽々しく私の覇道を見くびるなよ、小僧!」

 

山吹色の拳が突出する。

掻い潜り、ハルが掴んで壁へ叩きつけた。

折れた歯が床を転がり、翠の鉄球が追撃として放たれる。

 

両腕で抱え、押しとどめるシネストロへ、

ハルはダメ押しの機関銃を掃射した。

 

「私は──恐怖を克服し、掌握したのだ」

 

山吹色の防御膜が銃弾を弾く。

翠と山吹は弾け、混ざり合わず霧散していく。

だが防御が薄くなった一点へ、ハルの蹴りが落ちた。

 

白いブーツが赤紫の顔を蹴り飛ばす。

シネストロは足を掴み、振り回して投げ飛ばした。

だが胴体に絡みついていた翠の光が引っ張り、シネストロも引きずられる。

 

最初の謁見の間に転がり込んだ二人は、肩で息をし、

血だらけのまま対峙した。

 

『エナジー残量、残り10%』

 

ハルが充填用のパワーバッテリーを取り出す。

だが黄色の弾丸に弾かれ、手元を離れた。

 

「内臓が二つ破裂し、エナジーも残り僅か。

 どうするのだ、ジョーダンよ」

 

「どうするって、何がだ?」

 

尊大に腕を組むシネストロへ、

ハルは事もなげに言った。

 

「お前をぶちのめすには十分だろ」

 

「憐れだ。先見性の欠片もなく、猛進しか知らぬ男。

 最高のグリーン・ランタンでありながら、

 その精神を知性の低さで汚すとは」

 

嘆くような“かつての師”を、ハルは鼻で笑った。

 

「お前よりはマシだ」

 

「キャロル・フェリスの愛に応える力もなく、

 パイロットという職からも追いやられ──わかるか、ジョーダンよ。

 全ては貴様の自業自得だ。

 ランタンの使命こそ至上。それ以外は平和への奉仕に無用」

 

「奉仕だけで生きられるか!!」

 

ハルのリングに光が収束していく。

室内を照らす翠の光明が、昏きイエローを蝕む。

その中で、シネストロは口角泡を飛ばして叫ぶ。

 

「それしか貴様には適性がないと言っているのだっ!!」

 

「ドロップアウト組に言われたくねーよっ!!」

 

緑の極大の直線光がシネストロを包み込み、壁ごと貫いた。

押し出されたシネストロへ、ハルが巨大な鉄球で追撃を仕掛ける。

だがシネストロは右手でハルの顔を掴み、

横から禍々しい山吹色の大槌が叩きつけられた。

 

倒れたハルに馬乗りになり、乱打が降り注ぐ。

防御の翠の壁が急速に剥がれていく。

 

『エネルギー残量……0%』

 

リングが無情な時間切れを告げた。

武装を解いたシネストロはハルから離れ、悠然と浮遊する。

貫かれた壁の向こうには暗い夜。

その背後に、恐怖で統治された暗澹たる都市が横たわっている──はずだった。

 

「これは……っ!?」

 

暗闇に点々と灯る翠の光。

暗黒宇宙の星々のように瞬く輝き。

誰が灯したかなど、わかりきっている。

シネストロが手ずから救い、施政を敷いた住人たちが、光を点けていた。

 

翠の光。

山吹色の恐怖の象徴に抗う、意思の象徴。

 

「これが人間だろ、シネストロ」

 

満身創痍のハルが、息も切れ切れに立ち上がる。

その手にはパワーバッテリー。

そして、同じく満身創痍のガイがいた。

 

「使え、ハル。俺のバッテリーだ!!」

 

この星に来た時、暗闇から仕留めたはずだった。

だが辛うじて息があったらしい。

セクター担当者と違い、死体確認をしなかったのが手落ちか。

 

「お前が千の恐怖を植えつけるなら、

 俺たちは千一の意思で立ち向かう。

 それができるのが、人間ってやつなんだよ」

 

「戯れ言を。貴様の無限の意思に魅入られただけだ。

 所詮奴らは、貴様という輝きに唆された者どもに過ぎん」

 

「この、わからず屋が」

 

ハルがバッテリーにリングを翳す。

シネストロが阻止しようと迫るが、ガイが阻んだ。

 

「虫の息の貴様が、阻むか!!」

 

「このクソ馬鹿がぁっ!

 いきなり殴りかかってきた借り、返さねえと思ってたのか! ボケハゲ!」

 

ハルはリングをバッテリーに翳し、オースを口ずさむ。

 

「明るき日も、暗き夜も、

 我が瞳──悪を逃さじ」

 

ガイのソリッドライトが、全長二十メートルの“女神”を形作る。

フルヌードの巨像が拳を振るった。

 

「オラッ! 出血大サービスだ!!」

 

「効かん!」

 

イエローの刃が女神を八つ裂きにし、

その向こうでシネストロがガイの頬を殴り飛ばした。

ハルへ向かおうとするシネストロの足首へ、ガイがしがみつく。

 

「貴様、ガイ・ガードナー!!」

 

「悪に魅入られし者たちよ──恐れよ、我が光」

 

シネストロがガイを光の岩塊で封じた、その瞬間。

ハル・ジョーダンのリングが、意思の象徴たる翠で輝いた。

 

「グリーン・ランタンの光を!!」

 

翠の鞭がシネストロへ突き進む。

民家より巨大で長い剣鞭が、遍く恐怖の色を破砕し、

シネストロの胸を深く裂いた。

 

耳をつんざく轟音。

続いて、縦一直線の灯台のような威容が、シネストロを叩き潰した。

 

惑星を統括していた“象徴”が倒壊を始める。

支柱が砕け、全てを無へ帰そうとする。

 

「シネストロ! 行くぞ!

 ここももう潰れる!」

 

遥か下で大の字に横たわるシネストロへ、ハルが呼びかける。

独裁者は呻き、憎々しげに起き上がった。

 

「シネストロ! おい、立てるだろ!?」

 

「……なぜ、貴様はそうも私に呼びかける」

 

「何でって、何でが何でだよ」

 

「私は貴様に仇なすアークヴィランだ」

 

「それでも」

 

ハルが口元を弓なりにして笑う。

地に落ちたシネストロは、憧憬混じりにその顔を見上げた。

 

「お前は、俺が初めて信じたグリーン・ランタンだ」

 

翠の光。

かつての最高の男が捨てた光を宿す青年を、

黄色のヴィランは眩しそうに目を細めた。

そしてそっぽを向き、舌打ちしそうな顔で吐き捨てる。

 

「やはり、私はお前が嫌いだ」

 

瓦礫が崩れ、粉塵が舞う。

穴の奥へ呑まれる直前、ハルにだけ届く小さな声。

 

「また会おう、友よ」

 

 

「なんでこうなったのかなって思うことがあるよ」

 

任務から帰還したハルは、

腐れ縁の令嬢キャロル・フェリスと食事をしていた。

フェリス航空頭取の娘が選んだレストランだ。まずいはずがない。

だがハルの顔は晴れない。

 

「きっと、貴方にはわからないことなのよ。

 貴方は恐怖を知らない男だから」

 

「本当にそう思うか?」

 

「貴方のために建て替えてきたお金に誓って本当よ」

 

くすりと笑い、キャロルは首を傾げる。

ハルはフォークを揺らして口を尖らせた。

 

「真面目に話してるんだ。

 俺だって昔はパララックスに乗っ取られて、とんでもないことをした。

 でも恐怖に負けて悪魔を呼んでも、俺たちには意思と勇気があるだろ」

 

「暗い場所で光を見てしまったら、

 どんなものでも掴みたくなるわ。

 それを捨てるのは怖いものよ」

 

「そうかねえ」

 

小さく切ったステーキの最後の一切れを口にし、

ハルは心機一転したように笑った。

 

「で、このあとどうする?」

 

「どうするって?」

 

「おいおい。お互い子供じゃない。駆け引きなしにしようぜ」

 

不躾すぎる言い方に、キャロルは笑みを崩さないまま、

温度の下がった声で唇を開いた。

 

「まだデザートが残ってるわよ」

 

「俺、腹いっぱいだからいい。帰る時に“ご馳走になって”きたからさ」

 

「ハル」

 

グラスを手に、キャロルが問いかける。

並の男なら怯む気迫だが、ハルにそれを察する機微はない。

 

「お金は誰が払うと思ってるの?」

 

「君だろ」

 

ブドウジュースを頭から浴びせられ、

キャロルはテーブルに二百ドルを叩きつけて席を立った。

ハルは慌てて代金を払い、追いかける。

顔も拭かずに懇願した。

 

「ごめん! そういう気分だったんだよな!?

 ごめんって! 置いてかれたら家まで帰る車がねえんだよ!!」

 

「リングで帰れば?」

 

「シャワー浴びた時に便所に置いてきちまった!」

 

 

「傷ついた時、愛する者を失った時、敵が強大な時。

 誰だって恐怖に負けることはある。

 それで全部を喪うことだってある!」

 

シネストロの恐怖に屈した住人たちの前で、

ハル・ジョーダンが意気揚々と演説している。

 

「それでも俺たちは、立ち上がれる!

 最高から最悪に堕ちたって、戻ることはできるんだ。

 だから、教えてやろうぜ!」

 

天に突き出したリングが、群衆の恐怖を照らしていく。

意思の光が恐れと怯えを晴らし、

共鳴するように人々の瞳へ光が戻っていく。

一人、また一人とハルに呼応し、腕が突き上がった。

 

「たとえ恐怖が世界を覆っても、

 どんな時でも──前に進む光があるんだ!!」

 

 

 

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