「よく聞かれるよ。どうしてあんな奴と仲良くしてるんだってね。
まあ……彼は非常に問題のある奴だ。女の人の扱いがなっちゃいないし、
誰もがやろうとしないことを、
まるでひけらかすみたいにやってのける。
付き合ってる僕も、何度巻き込まれたか知れないよ」
体格の良い、柔和な印象の男は質の良い椅子に身を深く沈める。
そして、過ぎた時代を思い返すように、目を細めた。
「あの頃の僕らは、とにかく突き動かされていた。
不和、疑心暗鬼、不安、無力感。
『誰かが世界のために何かをしないと』。
わかっていても、できることがなかった。
だから、彼が……僕の親友が灰色を超えた行為をするのが、とても痛快だった。
一緒にいると僕の無力感を昇華できたし、戦いで芽生えた仄暗い感覚も見ずに済んだ。
彼は、ロールシャッハは僕の恩人で親友だよ」
##########
誰もが世界のために何かをしようと思うものだ。
通常の人間、ヒーロー、神などとは違う生まれをした
ヒーロー・オブ・ビーチことフレックス・メンタロも例外ではない。
窓一つ無い密室空間、質素な丸椅子に座り、
メンタロは力こぶを作り上げている。
謎の男に持ちかけられた仕事である
『ペンタゴンをサークルにせよ』に取り組んでいる最中。
全身全霊の筋肉を使い、米国最高政府機関たるペンタゴンをサークルにせんと励む
筋肉奇譚(マッスルミステリー)の達人。
蒸発した汗が天井付近で雲を作り、
筋肉を彩らんと雨の雫を落としていく。
水も滴る良い筋肉とは、筋肉界における常套句。
そのブーストを使ってでも、
メンタロは写真を通してペンタゴンに挑んでいた。
だが、できない。
いくら宇宙ただ一人たるマッスルパワーを使っても、
ペンタゴンはぴくりとも動かなかった。
この時のメンタロは、正確には大した野望を抱いていたわけではない。
ただ、圧倒的な筋肉力でたやすく人助けができ、
称賛も名誉も富も妻も得た彼は、無限に湧き出る筋肉を持て余していた。
「んぬううううううぅん!!!
何故だ!!! 何故、アメリカ国防総省ことペンタゴンは
我が筋肉で丸くならないぃぃぃ!!!!」
ヒーローには挫折が必要だ。
己が神でないと理解し、全能でないと知り、
それでも立ち上がり続けなければならない。
フレックス・メンタロが
真のヒーロー・オブ・ザ・ビーチになるのに、
ペンタゴンを円にできないという、
厳然たる事実と屈辱は必須の通過儀礼だ。
「お困りのようだね」
背後から気配が突如として現れた、
1つ、いや2つの何かが無から這い出てきた。
普通ならば緊急事態にもなるだろうが、
フレックス・メンタロは、
五角形(ペンタゴン)を円形(サークル)にするのに没頭していて、
何よりも、この時の彼には万物を筋肉で滅せる確信と慢心があった。
「何奴!?」
写真から片時も目を逸らさず、
全身から脂汗を沸騰させたメンタロは問いかけた。
だが、出てきた2名は答えない。
ただ、フレックスの発達し、この世の美という美を凝縮させた
筋肉に触れて、囁くのみ。
「このポージングはもっと、こう――」
ヒーローには挫折が必要だ。
失敗、喪失、悲劇、後悔が神の力を持つ者の精神を鍛え上げる。
それは、スーパーマンもバットマンもワンダーウーマンも、
フラッシュもアクアマンもグリーンランタンも変わらない。
もしも、その挫折が取り上げられれば、
ヒーローは神の力を暴走させ、歴史が根底から変容する。
故に、フラッシュの歴史改変がフラッシュポイントならば……
フレックス・メンタロがペンタゴンを円形にするどころか
二足直立してダブルバイセップスをさせるまでに至った世界はこう呼ぶべきだろう。
―――――マッスルポイントと。
#######
ブースターゴールドが目を開けると、
窓からはダブルバイセップス(旧ペンタゴン)が見えた。
米国国防総省がさながら人間のように雄々しく立ち上がり、
両腕を折り曲げて、筋肉を見せつけている。
その光景に、
ブースターゴールドは頷いた。
「なるほど」
「フレックス・メンタロが筋肉で
ペンタゴンを円形にしたことで改変されたようです。
ご存知の通り、万物はスーパーマンから始まっています。
そして、スーパーマンはアメリカ人、アメリカは地球の中心、
地球はアースの中心……
ペンタゴンをダブルバイセップスさせれば、
いずれはアースそのものがダブルバイセップスをするのは
極めて明快な道理に他なりません」
長年の相棒であるアンドロイド、
スキーツの状況報告を一通り聞いて、事態を把握する。
「なるほどねえ……
じゃあ過去に戻って歴史改変の発生点を突き止めようぜ」
いつもの任務なら、歴史が変わり
様変わりした世界を観測したら、過去に遡って
本来の歴史から大きく変化した原因を突き止めるものだ。
そして、その歴史改変発生点にタイムトラベルし、
原因を取り除いて世界は救われる。
これタイムマスターのルーチンワークだ。
「できません。ここは筋肉が唯一の普遍原理となった歴史です。
この世界にはスピードフォース、魔術、神々、
ソリッドライトへアクセスする方法がありません。
マッスルスピードフォース、マッスル魔術、マッスル神々、
マッスルソリッドライトに上書きされました」
「俺たちのクロノアルエナジーも?」
「マッスルクロノアルエナジーになり、
私達はタイムトラベルが不可能になっています。
あなたもクロノアルシンドロームを克服したことで得た
疑似不死体質が抜けているので気をつけてくださいね」
「オッケー」
似たようなことはフラッシュポイントで経験している。
あちらではバリー・アレンが母親の死の運命を変えたことで
世界の根底から覆る大規模歴史改変が発生していた。
その世界では、ブースターゴールドはドゥームズデイと激突し、
フラッシュに戻ったバリーが過去に戻る助けを果たした。
つまり、今回も同じく、
まずは過去に戻る門を探らないといけない。
ずきずきと痛む眉間を指で揉みほぐす。
タイムマスターとして、無限のIfを観測してきた歴史の守護者は
シンプルに「なにこれ?」と思った。
だが、そんなことはおくびにも出さない。
この世界はイメージできることは全て発生し、
イメージできないことも度々発生することを理解している。
「ああ…………なにこれ?」
だが、やはりブースターゴールドと言えども
脳細胞が根底から捻じ切られかねないシチュエーションは存在する。
頭を何度も振りながら、黄金の男はアーマーを身に着けて、
ホテルの一室から出ようと試みた。
このままでは、あのダブルバイセップス(旧ペンタゴン)に
魂を取られる予感があった。
ホテルの廊下は見たところ、何も問題がない。
彼が知る通りの21世紀のホテルだった。
あえていえば、少しだけ調度品が質素になった程度か。
「筋肉が支配した世界と言っても、
あんまり変わらないもんだな」
「油断は禁物です」
エレベーターでフロントまで降りると、
ボーイが恭しく一礼をしてきた。
さして筋肉ではなく、中肉中背だ。
「みんながマッスルボディってわけじゃないのかな」
「筋肉が独占されているのかも知れませんね」
この世界についてあれこれと推測していると、
外から騒ぎが聞こえてきた。
ヒーローとしてさっそく飛び出すと、
大柄な男と大柄な女がなにやら言い争いをしていた。
「てめえ、ふざけてんじゃねえぞ痰壷があ!!」
「ああっ!? あんたの舐めた収入じゃ
札束タンポンにもならねえっつってんだよ!!」
「許さねえ!! 今すぐ頭を下げやがれ!」
そろそろ仲裁に出るべきタイミングだろうが、
ブースターゴールドはまだこの世界についてよく知らない。
彼らには悪いと思うが、もう少し観察させてもらうことにした。
「上司に頭下げて出世させてもらいなあっ!」
「このぉっ!」
いよいよ爆発する瞬間、
どちらかが手を上げるなら
いつでも止めに入れる姿勢をとる。
「ふぅん!」
「ぬぅん!」
しかし、暴力が振るわれることはなく、
言い争う男と女がダブルバイセップスの姿勢を取った。
2者の間に不可思議な力場が生まれ、衝突し合う。
「ぐぅっ!」
「筋肉・筋肉・マッスルボディ!!」
筋肉波の衝突に敗北した男が膝を屈し、
女が己の筋肉を誇示して去っていく。
残された敗者に情がかけられることはなく、
周囲の人々は始めから何もなかったかのように通り過ぎていく。
「あれは……筋肉奇譚(マッスルミステリー)の力か?」
筋肉奇譚(マッスルミステリー)とは最も難解にして強力とされる魔術書だ。
生半可なマッスルボディでは目を通しただけで、発狂し、
全身を筋肉に侵されて死ぬとされている。
フレックス・メンタロと幾人かの高弟にしか許されない禁断の筋肉技である。
筋肉奇譚技(パワー・オブ・マッスルミステリー)の達人こと
フレックス・メンタロは、ドゥームパトロールに所属しているヒーローだ。
ブースターゴールドが所属しているジャスティスリーグ・インターナショナルとは
活動時期が通じていたため、共同任務に赴いたことも一度や二度ではない。
今の光景。
この改変された歴史では誰もが筋肉奇譚の魔技を使えるということか。
「まあ、治安はいいのかな。
見たところ、喧嘩が大事になる風潮もないし」
一見してわかるのは、車が一切排気ガスを出していなく、
店という店が無料で商品を販売しているということだ。
本来の歴史よりも飛躍的に豊かになり、社会主義が実現しているように見える。
「マルクスかロケッドレッドに見せたい景色だぜ」
「ようやく社会主義が理解できたようですね」
この新たな歴史は満ち足りていて、争いの気配が微塵もない。
牧歌的な雰囲気が強く、
テレビにはさまざまなマッスルボディが映っている。
「ここはゴッサムです。
ありえない治安の良さだと思います」
「ゴッサムだったの!?」
スキーツの発言に度肝を抜かれ、
ブースターゴールドは辺りを見回す。
その通り、出てきたホテルはゴッサムホテルであり、
近くにはゴッサムカフェ、ゴッサム図書館、ゴッサムスクールがある。
ここがゴッサムシティで、目の前で繰り広げられたいさかいが喧嘩であるとすれば、
なるほど、この世界は圧倒的な治安の良さを達成している。
本来のゴッサムなら確実にどちらかがマシンガンを出していた。
「とりあえずこの世界の事情通を探そう。
ゴッサムならバットマンに会いに行けばいいだろ」
「そうですね」
困った時にはバットマンに会いに行けばだいたいなんとかなる、
その宇宙法則に基き、
ブースターゴールドとスキーツはバットケイブに向かおうとした。
だが、そんなタイムマスター達を呼び止める、甲高くも野太さのあるサイレン音。
『ハイ筋肉ポイント発見! ハイ筋肉ポイント発見!!
カテゴリー、〈ヒーロー〉! ただちに焚べよ!』
「ちっ、やっぱり何かしらあるのか!」
「急いでバットケイブに向かいましょう」
駆けだそうとしたブースターの前方に筋肉の力場が発生する。
彼の知るフレックス・メンタロのものよりも低いエネルギーだが、
当たればダメージになるだろう。
「クソッ、さっそくかよ!」
歪められた歴史では、ヒーローがヴィラン同然に追われるのも珍しくない。
または本来は存在しない対ヒーロー特殊部隊と激突することもある。
今回は何だとブースターゴールドが身構えると、
遠方から空気を破裂させながらマッスルボディの一軍がやってきた。
「ブースターゴールドだな」
先頭に立つビキニパンツの男が言う。
「人違いだ」
「どちらでもかまわない。
お前には社会の糧になってもらう」
ブースターには相手の話がわからない。
だが、こちらを拘束しようとしているのはわかる。
マッスルボディの数は15人。決してやれない数ではない。
ほどほどに相手をして、頃合いを見計らって撤退するつもりだ。
「断るよ、これからケーキバイキングでね」
「問答無用!」
マッスルボディの一団がポージングをして
筋肉の波を凝縮させる。
だが、焦ることなくブースターゴールドは
フォースフィールドを前方に展開した。
筋肉奇譚の技は驚異的だが、大きな弱点に
力の方向性がハッキリしていて精密さに欠けるというものがある。
攻撃を防ぐだけならば、筋肉が襲うだろう方角に
フォースフィールドを展開するだけで事足りるものだった。
不可視の防壁が展開され、
筋肉による力場を遮らんとする。
ところが、本来はかなりの強度を誇るはずのフォースフィールドが、
紙切れのように砕け散り、後ろのブースターを捉えた。
「げえぇっ!?」
反射的に腕を交差したブースターゴールドの全身を、
群として筋肉が打ち付けていく。
全身に深いダメージが入るが、外傷は一切無い。
筋肉奇譚(マッスルミステリー)の御技は、この世界で最も慈悲深いもの。
暴力がもたらす血と罅はなく、体力と精神力を削っていく。
「くそっ、どういうことだ……?」
「解析しました。
この世界ではフォースフィールドが一切の効力を持ちません」
「えっ、どういうこと!?」
「この世界は筋肉が唯一普遍の原則となっているようです。
そのため、筋肉のないフォースフィールドは、
ただの空気と同義です」
「よっしゃあ! そうなりゃケツまくってとんずらだあ!!」
即断即決にて、ブースターゴールドは離脱を選んで、敵に背を向けた。
メタヒューマンと無能力者、超人と人間、その区切りが何処にあるのかというのは、
人によってさまざまだろう。
だが、唯一、絶対の法則として機能するのはパワー・スピードよりも頑丈さに他ならない。
星を砕く力を持とうが、弱点を突かれたら無意味。
超光速で駆け抜けようが、進行方向を予期されれば止まったも同然。
だが、全身を透明な膜で包むことも可能なフォースフィールドは、
いついかなるシチュエーションにも、相手にも有用なものだ。
極論すれば、フォースフィールドがあれば
ブースターゴールドのようなへっぽこであっても
スーパーマンにもバットマンにも勝ち目が出てくる。
それが無効となったとなれば、ブースターゴールドに打つ手はない。
マスターの決断に、スキーツもおとなしく従う。
ゴッサムの裏路地に潜り込み、迷路に等しい道のりを進む。
常のゴッサムならば異臭と血臭、ゴミと肉片とドラッグと兵器が転がっているものだが、
この世界は街の陰でもゴミ一つ無い。
そして、彼らの背後をマッスルボディの一団が、筋肉射撃をしてくる。
ブースターゴールド達から大きく離れた箇所に被弾し、
筋肉に干渉された場所が大きく歪む。
「このまま逃げ切れそうだな」
そう呟き、思い切って空中へ飛んでいこうと、
飛行機能のあるリージョンリングを起動させる。
最初に受けたダメージが癒えていない現状においては
とにかく少しでも離れるのが得策と判断した。
「止まれ」
すると、上空から重々しい声が聞こえてくる。
ブースターが見上げると、白を基調とした装甲に
赤を散りばめているアーマー隊が浮遊している。
「ロケッドレッド!?
安心しろ、俺は味方だ!
ドミトリ・プシュキンって知ってるだろ!?
あれ、もしかしてこの世界だと知り合ってもなかったりする?」
「何を言っているんだ、ブースターゴールド」
「ドミィ!!!!」
見知った相手に名を呼ばれ、
ブースターゴールドが表情を明るくした。
「会えて良かったよ、とにかくここから離れようぜ。
イカれたダブルバイセップスが追ってきてるんだよ」
ドミトリ・プシュキン、ロケッドレッドは
ジャスティスリーグ・インターナショナルのメンバー。
そして、彼は祖国ロシアではロケッドレッド・ブリゲイドのメンバーだ。
グリーンランタンのキロウォグによって鍛えられたブリゲイドは、
アホのJLIが関わらなければ世界有数の強豪軍として知られている。
改変された世界で合流する相手としては重畳だ。
ロケッドレッドに呼びかけるも、
相手は戸惑いを浮かべている。
ロケッドレッドがブースターゴールドへ腕を向けた。
豪、という噴射音がし、黄金に真紅の巨体が突き刺さった。
内臓が悲鳴をあげ、ブースターゴールドが営業中の服屋や電気屋を突き破る。
フォースフィールドの無い状態では、
一撃一撃が大ダメージだ。
「くそっ! おい、俺を忘れたのか、
それとも洗脳されたのか!?」
「何年も我らに歯向かうレジスタンスが何を言っている」
ダメージで遠のく意識を覚醒させると、
とっくにブースターゴールドはロケッドレッド・ブリゲイドと
筋肉の一団に囲まれている。
そして、ビキニパンツの筋肉使いの頭部がぱかり、と開き。
筋肉になった脳味噌がダブルバイセップスをしていた。
「筋肉・筋肉・マッスルボディ!!」
聞き慣れないフレーズを譫言のように繰り返す謎の集団。
「はぁっ!?」
ブースターゴールドが目の前の出来事に仰天し、
耐えきれずに動きが止まってしまう。
無数の可能性世界を目にしたブースターゴールドでも、
ビキニマッスルボディの頭が開き、
脳みそがダブルバイセップスをしている光景は、
理性と意思を貫通するのに十分な魔力を持っていた。
ドミトリが狂気の筋肉一団に指示を出す。
「脳みそ大開脚ダブルバイセップス軍団よ」
「脳みそ大開脚ダブルバイセップス軍団だと!?」
「奴へ放射し、屈服させろ」
かつての仲間がブースターゴールドを倒すよう命じ、
この世界を未だ掴めないままに、
脳みそ大開脚ダブルバイセップス軍団と呼ばれた
開頭筋肉軍団の攻撃が全方位からやってくる。
「ちっ、スキーツ。お前だけでも逃げろ!」
金色の平べったいピザ箱めいたフォルムのアンドロイド、スキーツを掴み、
遠方へ投擲しようとする。
「ですが、貴方を置いては――」
その時、橙色と黒色のコントラストが入った影が、
上空からブースターゴールドとスキーツを連れ去った。
グラップリング銃が歯ぎしりのような擦過音を出している。
「こんな所でなにをしている」
「デスストローク……ロリマンファッカーか!」
ビルの屋上に着地したデスストロークが、
そのままブースターゴールドを地上へ蹴り落とす。
「おい!」
抗議の声をあげ、着地したブースターゴールドが、
周囲を認識して眉を上げた。
「ここは……」
何の変哲もない小さな通り道。
しかし、わかる者にはわかる、異なる空気がある。
道路の標識が形を変えて、
ブースターとスキーツに語りかけてきた。
『こんにちは、ブースターゴールドとスキーツ』
「ダニー! ダニー・ザ・ストリートじゃないか!」
「お会いできて光栄です」
宇宙人、ゴリラ、海底人、地底人、異世界人、神、
この星に生きる知的生命体は多種多様だ。
中でも極めて珍しいのが、このダニー・ザ・ストリート、
名前の通り意思を持ち、生きて語りかける通り(ストリート)だ。
存在は知っていたが、会うのはブースターゴールドも初めてである。
生きるストリートというのは、それだけ貴重だ。
このストリート種族は神出鬼没を特性にしている。
「お前が俺たちを呼んだのか?」
洋服屋のショーウィンドウで着飾るマネキンが首を振った。
この通りにあるもの全てがダニー・ザ・ストリートの思い通りだ。
マネキン達がブースターゴールド達に劇場を指し示す。
「ついてこい、ボスが待っている」
「ロリマンファッカー……」
遅れて到着したデスストロークがブースターゴールドへ殺気とともに
首筋へ刃を突きつける。
デスストロークはティーンタイタンズ、
そしてディック・グレイソンと因縁を持つ世界一の傭兵だ。
かつては飄々と軽口を叩く凄腕の仕事人だったが、
タイタンズとの激戦にて目の前で息子を失い、
冷血なサイコパスに変貌している。
ブルースが両親の死でバットマンになったとすれば、
デスストロークは息子の死で少年を殺し、
少女を抱く鬼畜ロリマンファッカーになったと言えるだろう。
「二度とふざけた名で俺を呼ぶな」
「ふざけてるのはてめえのペニスだろ、クソ野郎。
俺も世間知らずなティーンガールみたいによがると思ってんのか。
いつもみてえにマスかきながら意識高ぇことほざいてろ、ゴミ」
「やめてください、ブースター。
どう考えても言い過ぎです」
ダニー・ザ・ストリートの往来で
一触即発となったブースターゴールドと
デスストロークをスキーツが仲裁する。
刃を睨みつけたブースターが、熱くなりすぎたと反省して頷いた。
「悪い、言い過ぎた」
かつて少女を育てていたからか、
デスストロークへの生理的嫌悪感が激しく強いと自覚した。
だが彼もまた、大きな挫折に敗北した憐れな被害者でもある。
それが自業自得だとしても、ブースターゴールドには、
運命の敗者を責める気にはなれなかった。
ダニーに導かれるままに
ブースターゴールドとスキーツは劇場へ入っていく。
デスストロークは何処かへと消えたようだ。
照明のない暗闇にて席につく。
ダニー・ザ・ストリートの中ではあらゆる現象と演出がありえるが、
彼の人柄、通り(ストリート)柄は知っていた。
ステージにスポットライトが当たり、
幕に青い巨体が浮かび上がる。
金色のゴーグルに青いスーツ、柔和な顔立ちは
ブースターゴールドが決して忘れないものだ。
「テッド!」
「やあ、マイキー」
電動車椅子に乗ったブルービートル、テッド・コードへ
ブースターゴールド、マイケル・ジョン・カーターが駆け寄った。
ぶくぶくに膨らんだ肥満体のテッドにハグし、
マイケルがはしゃぐ。
「どうしたんだよ、そのデブデブな体!」
「この世界で生き残るのに必要なんだったんデブゥ」
片手に持ったハンバーガーにかぶりつき、
テッドはマイケルを見上げた。
「ところで、君は何処から来たマイケルなんだい?」
ひと目見ただけで、ブースターゴールドの正体を見抜く。
テッドはいつもそうだ。
彼にとっては、別世界のドッペルゲンガーも、違う時間軸の存在も
ただ一人の親友とイコールには決してならない。
それはブースターゴールドにとっても同じだ。
「別の歴史からだよ。
なんか凄いことになってるじゃん」
「フレックス・メンタロが米国国防総省をダブルバイセップスに変えて、
宇宙のトップに収まったからね。
もう全ては筋肉で回っているんだよ」
「他のヒーローは?」
テッドが手を挙げると、スクリーンが降りてきて、
映像が映し出された。
そこにはダブルバイセップス(旧ペンタゴン)に組み込まれ、
同じくダブルバイセップスしているヒーロー達の姿があった。
「あれは!?」
「この世界のエネルギー源だよ。
何もかもが筋肉で賄えるけれども、
消費を支えるには膨大な筋肉が必要だ。
ヒーローもヴィランも、あそこに組み込まれ、
物言わぬダブルバイセップスとして燃料にされてる」
「なんてこった……」
「このアース、いいやマルチバース全体でも
残った反筋肉組織は僕たちだけだ。
君も加わって欲しい」
「もちろん、当たり前だろ」
「私も尽力しますよ」
「ありがとう、二人とも」
ピザを食べ終えたテッドが大きくゲップをし、
コーラを流し込んだ。
「お前、体は大丈夫なのか?」
「しかたないデブゥ。
今じゃ筋肉があれば自動で奴らに補足されるデブゥ。
君もこれから全身の筋肉を作り変えてもらうデブゥ」
「なんだそれ」
首を傾げると、テッドが額縁に飾られた一枚の絵画を取り出す。
「覚えているかい?」
「パリ喰らいの絵か」
ジャスティスリーグ・インターナショナルと
ドゥームパトロールの共同任務にて対処した危険物だ。
絵の内部には絵画世界が広がっていたと、
潜入したドゥームパトロールに聞いていた。
あの時と違い、絵にある景色は黒い闇。
テッドと一緒に、パリ喰らいの内部に入っていく。
絵の裡に広がっていたのはパリではなく、
広大で深淵のバットケイブだった。
「ダニー・ザ・ストリートと絵画世界。
この2要素を使いこなせたら、
あいつらに捕捉されることは絶対にないデブゥ」
息を荒くしながら百貫デブのテッドが先導する。
「これからどうするんだ?」
「ダブルバイセップス(旧ペンタゴン)からヒーロー達を解放する。
そのためには、なんとしてもフレックス・メンタロを対処しないと。
物言わぬダブルバイセップスになったネガティブマンが
ネガティブスピリットを出して向こうの様子をスパイしてくれてもいる」
「ブースターゴールドじゃねえか」
話しているところに、ジャケットを羽織った大柄なロボットが登場した。
彼に隠れながら黒髪の女性がブースター達を覗いてもいる。
「ロボットマン! クレイジー・ジェーンも。
元気にしていて安心したぜ」
ロボットマンと握手を交わし、
クレイジー・ジェーンにも手を差し出すが無視される。
予想していたことだが、ブースターゴールドには少し悲しくもあった。
「ちょうどよかった。君たち、彼にここを案内してくれない?
僕はこれから作戦を練るデブ」
「やっぱり、もうすぐなのか」
「このままじゃジリ貧だからね」
ロボットマンとテッドが言葉を交わし、
電動車椅子が肥満体を運んでいった。
「よし、じゃあどうすっか」
「手合わせしてもらっていい?
まだここのことがよくわかんないからさ」
金メッキのチープなビジュアルのロボットマンは、
脳だけが生身の繊細なメタル・タフガイだ。
機械の体が繰り出す怪力はスーパーパワーの如しで、
頑丈さも折り紙つきのパワー系と言える。
この2人をバットケイブで見るというのは不思議なものだが、
こういうことがありえるのも改変世界の醍醐味だろう。
「おっ、良いねえ。相手してやるぜ」
「ごめん、二人がかりで来てくれないか?」
バットマンが訓練をしていたスペースに来て、
ブースターゴールドが堂々と手招きをする。
バットケイブの深部、これまで何度も血が滲み骨が砕ける訓練が行われ、
まれに捉えた敵の拷問空間としても活用された、由緒正しい場所だ。
「カマン」
ロボットマンの後ろにいたクレイジー・ジェーンが
戸惑いを浮かべてブースターを見つめる。
「これは必要なことなの……?」
「ああ、まだここに不慣れだしな」
「ぞんぶんにかましてやれよ」
ロボットマンに背中を優しく押され、
おっかなびっくりにクレイジー・ジェーンが歩を進める。
「なら覚悟しな!」
そして、ジェーンの顔つき、身のこなしが急変し、
長い足を伸ばしてブースターの側頭へ蹴り込んできた。
蹴撃をたやすく防いだブースターだが、ダメージは重い。
フォースフィールドの使えない状況というのは、感覚的なズレが大きい。
クレイジー・ジェーン、
今はハンマーヘッドの外見になった者の足を掴む。
「離しな!」
荒くれ者の、気性が激しいハンマーヘッドから、
世をひねたメタラーの出で立ちに変化し、
声が、言葉が刃の形になって飛んでくる。
上体を逆反りすると、背後からメタルの両鎚が迫った。
「こっちもあるぜえ!」
フォースフィールドを地面から垂直に生やす。
防御として無力になったのなら、
軽い飛び道具として使ってみたが、狙い通り攻撃がずれた。
ステップでロボットマンとジェーンから距離を取り、
両方の動きがつかめる位置に移った。
「……やるじゃねえか」
「はは、俺も色々経験したからね」
「生え際が後退しただけのことはあるじゃないか」
「してねえよ!」
叫んでブースターゴールドがロボットマンと組み合う。
喧嘩殺法が主体な相手の動きは読みやすいが、
純粋なパワーが相当なものだ。
「そらっ!」
車を軽く持ち上げるブースターの体が宙に浮く。
そこに容赦なく言葉を硬質化させるスーパーパワーを持つ
シルバートンガーの暴言の雨が襲いかかる。
「ハゲケチバカアホクソちんこ!」
「ハゲじゃないって!」
ガントレットレーザーを起動し、
ロボットマンの腕を灼く。
解放されたブースターがメタルの体を蹴り、
それからシルバートンガーに殴りかかる。
「燃えてくるじゃない! うずいちゃうわ」
接近したブースターの頬に手を添え、
胸元に指を這わせて、
シルバートンガーからセックスボムへの人格に切り替わる。
彼女の周囲が大爆発を起こし、ブースターが姿勢を低くしてやり過ごす。
クレイジー・ジェーンは64の人格を持つ超多重人格者で、
それぞれに別個のスーパーパワーがある最強メタヒューマンの一角だ。
気質と素性のせいで前線に出ることはあまりないが、
彼女に勝てる存在はそういないだろう。
「うわっ!!」
今度はサン・ダディの人格が表出し、
それに従って顔が火の玉になり、5mもの巨人になった。
巨体を活かした上空からの火炎放射が周囲を焼き払い、
逃げるブースターをロボットマンが羽交い締めにした。
「げえっ!」
腕力任せに重たいボディを払いのけるが、
逃げる前にサン・ダディに踏み潰されてしまう。
巨人の片足を通して熱が流し込まれ、
ブースターゴールドのアーマーが大きく軋んだ。
「舐めやがって! ブチギレたぜえ、俺様はよぉ」
「えっ、でもお前が2人がかりでいいって」
「お前らは知らないだろうけどなあ!
こっちは歴戦的なのになってるから余裕勝ちして、
あいつ何者? すごく強くなってる的な
軽い持ち上げターンが欲しいんだよぉ!」
「もう口に出したらおしまいですよ、それ」
サン・ダディが足をあげたところを狙い、
素早く疾走し、背後に両腕のガントレットレーザーを射出した。
その推進力をそのままタックルに変換してロボットマンに体当たりをした。
不意打ちの高速攻撃にロボットマンが目を回してへたりこむ。
サン・ダディがクレイジー・ジェーンに人格スポットを渡して、
ロボットマンに駆け寄る。
「ご、ごめん。やり過ぎた……?」
死ぬことはまずありえないが、
ダメージが大きすぎたかと心配してブースターはおろおろした。
ここまで根底から改変された世界は珍しく、
あまり勝手もわからないのにやりすぎたという不安が浮かび始めた。
クレイジー・ジェーンの人格は治癒能力を持つ貴重なメタヒューマンだ。
ロボットマンに治すものは脳くらいしかなく、意味はないが、
彼女はメタルのタフガイに強い感情を寄せている。
そして、クレイジー・ジェーンが立ち上がると
また明らかに人格が変わった。
これまでのものとは空気が違い、総毛立つ迫力と、
刃の表面をなぞるような冷たい戦慄が生じる。
「やりますね」
構えるより早く、
クレイジー・ジェーンがブースターゴールドの横に着き、
足を払われて後頭部から投げ落とされた。
ぎりぎりで後ろに手をやり、意識の喪失を防いだブースターが、
そのまま相手に掌底を繰り出す。
空を切り、上から膝が落ちてきて、
相手の拳が鳩尾に刺さる。
「…………があっ」
「立ちなさい」
ほうほうの体で起き上がったブースターが
新たな人格と向かい合う。
「あんたは?」
「イー・チンと言います。
彼女の中に住まわせてもらっている者ですよ」
イー・チン老師。この世界最強の武術家として名高い。
バットマン・ナイトウィング・レッドロビンの3人を相手にしても
たやすく子供扱いするほどの達人だ。
圧倒的な武術の技を誇り、スーパー・マンを素手で卸した唯一の非メタヒューマン。
いわば世界に五本の指も存在しない無敵超人の域に立った常人だ。
「名前は聞いたことがあるぜ。
どういう理屈で65番目になってるんだ」
「魂魄になり、彼女の深層領域に
間借りさせてもらっています」
「肉体からアストラル体として離脱して
ジェーンに乗り移ったってことか……
メタヒューマンだったんだな」
「いいえ」
しゃなりとした立ち姿に、
人民服を着たイー・チンが首を振った。
「功夫のたまものですよ」
「……ちっ、無能力者系はいつもそうやって
何もできない面しながらわけわかんねえことを押し付けやがる」
「勘違いしがちですが、
人間は己の五体だけでたいていのことはできるものですよ」
「舐めやがって! 流れ的に勝てる気はしねえが、
せいいっぱいの全力を出そうと思いますぅ!!」
片腕を振り上げて全力で殴りかかる。
イー・チン老師の重心が下がり、肘に手を滑らせて
そのままブースターのサイドにステップ。
「そこだコラァ!!」
殴った腕からレーザーを発射、
無理矢理に力の流れを変えて腕を逆方向に飛ばす。
その攻撃がイー・チンに直撃し、
その前にブースターの胸元に発勁が決まる。
ブースターゴールドが大きく飛んで、壁に激突し、
深々と埋まっていく。
這い出ても力は残っていなく、
つるりとした床に這いつくばった。
「ぜぇ……ぜぇ……嘘だろ……?」
「まあ気を取り直せよ。よくやったんじゃねえか。
お前があんなに強かったなんて俺ぁびっくりしたからよぉ」
ロボットマンがクーラーボックスからビールを出して、蹲るブースターの横に置く。
顔をあげずに震えるブースターの背に手をやった
タフガイロボットは、次第にうろたえ始めた。
「……もしかして泣いてるのか?」
「だってぇ……俺、すっごい頑張ってきたのにぃ……!
まさかこんな……
初対面の爺さんに負けるなんて思ってもなくてぇ……!!」
「いや、イー・チンってスーパーマンの氣を持ったクソガキに
素手で勝ったんだぞ。徒手空拳だぞ。
普通に勝てるわけなくねえか?」
「そのクソガキなスーパー・マンに勝てると思ってましたぁ!!」
「いいじゃないですか」
イー・チンがにこやかに笑いかける。
「最後の一撃は大したものでしたよ」
「そんな慰めはいらないんですぅ!」
臍を曲げた黄金の男を
ロボットマンとスキーツも慰める。
「次もっとがんばればいいじゃねえか」
「じゃあ、あたしはがんばってこなかったってわけ!?」
「まあ、私のサイドキックにしては上出来ですよ」
「やかましい!」
「顔を上げましょう、ブースターゴールド」
言われるままに見上げると、
イー・チンが腰を下ろして覗き込んできた。
「強いからなんだというのです。
貴方達メタヒューマンは武術では到底できない数の
人命救助ができるではないですか」
「でも、俺は…………」
ブースターゴールドは歴史とマルチバースの守護者だ。
彼の活動は多くが歴史改変者を倒すことに集中し、
人を助けるという活動はめったにない。
「相手を倒すことしかしてないんだ」
「ブースター……」
その発言の真意を知っているスキーツのみが、
ブースターゴールドを気遣う。
そうしていると人にはありえない重量が動く音がする。
遠くから近づくその音は、次第に振動に変わり、
しわがれただみ声ががなり立ててきた。
「なあに大の男がうずくまってんだい!!
おばちゃんの美味いもんくって元気だしな!」
灰色肌の大柄な人物が分厚いサンドイッチを口にねじ込んできた。
圧倒的な怪力に、顔を遠ざけて口に入ったものを噛む。
「ハハッ、ありがとう。
見知らぬおばちゃ――――ダークサイドッ!!!」
サンドイッチを籠に詰め、
エプロン姿で給餌をする超次元悪神に、ブースターゴールドは腰を抜かした。
##########
数日後。
絵画世界のバットケイブでブースターゴールドは訓練を終わらせ、
ダークサイドの食堂でシチューを食べていた。
フレックス・メンタロの筋肉改変によって、
マルチバースは根幹から別物になり、
それは上位次元フォースワールドも例外ではなかった。
ゴッサムと並ぶ暗黒社会のアポコリプスも一夜で崩壊。
血と魂を込めて治めていた惑星の終焉に、
ダークサイドも心を壊し、
今や食堂のおばちゃんに身をやつしているという。
「いやいやいや、演技に決まってんだろ、そんなもん」
「そりゃあそうさ。
でもダークサイドの力は基地防衛に必須なんだ」
「んもう、人聞きの悪いことを言わないでくれるかい!?
おばちゃんはこの道十年の大ベテランだよ!」
「うるっせーぞ、ババア!
こっちはてめえの魂胆なんてお見通しだ!!」
テッドと食事をしながらブースターが
スプーンを振り回して叫んだ。
「まったく、口ごたえばっかり。
親の顔が見てみたいよ……」
「こっちはてめえがスコットにやってきたこと
忘れる気ねえからな!?」
「まあ彼女のことはいいよ。初めから信用してないし」
テーブルに並べたフライドチキンの山を
テッドが次々に食べていく。
本来の歴史では心臓病で脂っこい食事は厳禁なのだが、
こちらでは問題ないようである。
「良かったな。そんだけデブっても平気で。
俺の知ってるお前は血糖値で
こんなもん食えなかったぞ」
「まあ一応これは合成肉デブゥ。
もうすぐフレックス・メンタロの居場所がわかりそうなんだ」
「へえ」
「この世界にいないから、
何処にいるのかなあと思ってたんだけどね。
たぶんロック・オブ・エタニティにいるよ」
「あそこか。シャザムたちはどうしてる?」
「物言わぬダブルバイセップスにさせられてる。
ジョンもだ。オレオ生産停止に耐えることができず、
単独で脳みそ大開脚ダブルバイセップス軍団に挑んだ」
「ひでえことしやがる。ジョンからオレオを奪うなんてよ」
この世界の歪みを聞いて、見知った者達の境遇を知ることで、
闘志が湧いてくるのを感じている。
ジョン・ジョーンズ、
マーシャン・マンハンターとブースターゴールドは父子同然の絆で結ばれていると、
ブースターゴールドは確信してやまない。
「とにかく決戦は近いよ」
「そうだなあ」
「終わったらどうする?」
テッドに聞かれても、ブースターゴールドが
戦いが終わった場にいることはまずないだろう。
クロノアルエナジーとのリンクを復旧させて、
歴史改変発生地点に行かないといけない。
しかし、それをテッドに言うのも野暮だ。
「まあパーティでも開こうぜ。
助けたヒーローも入れて……なんならヴィランも入れてさ」
「いいねえ。僕、前から危険な女こそマッチするんじゃないかと思ってたんだ!」
「そんな腹してたら危険なのはお前の生活習慣病だろぉ!?」
「この腹がデンジャーなホルモンを放つんデブゥ……」
親友の腹をぱんぱん叩いて遊び、
テッドが作業があると離れた。
ブースターゴールドとスキーツでしばらく話していると、
ロボットマンとジェーンが来た。
「よう、座れよ!」
「その前に少しいいですか?」
スキーツに言われ、2人を席に座らせてからその場から離れた。
暗いバットケイブのさらに暗い場所に行く。
じめっとした湿気が髪と肌にまとわりついて、なんとも不快だ。
「どうしたんだ、スキーツ。
……もしかしてバットエロ本を見つけた?
おいおい可愛そうだろ。とりあえず見せてくれ。
たぶん猫モノだよな」
「私は、長きに渡って、ある選定を独自にしてきました。
それは『この歴史なら、
貴方はより良い幸福を見つけられるのではないか』ということです」
「え、エロ本は?」
見込みと胸のときめきが外れたブースターゴールドが
目を丸くして首を傾げた。
「貴方は歴史を守り、
誰にも知られること無く全てを守ってきました。
しかし、貴方にだって一つは特権が与えられて然るべきです」
「………………」
沈黙したブースターゴールドに、
スキーツは話を続ける。
「もちろん、この歴史が完璧とは言いません。
それでもマッスルポイントには
貴方の喪った友人たちがいます。
ここを終の棲家に定めても良いと思うんです。
私達で筋肉のより良い運用方法を模索しませんか?」
スキーツが真剣なのはブースターゴールドにも伝わる。
この小さなアンドロイドは、
常にブースターゴールドのことを考えてきた。
彼が主の幸せを考えない時など存在するはずもない。
その上で、ブースターゴールドは首を振る。
「しないよ」
「何故……!」
首を振ったブースターゴールドにスキーツがもどかしそうに問う。
静かな表情でマン・オブ・ゴールドは目の前の相棒を指差した。
「この歴史だと、たぶんお前は生まれないだろ」
「…………気づいていらしたんですね」
「筋肉が全てで、結果、満たされるなら……
もう機械技術の進歩は止まって、
アンドロイドを求めることもなくなる。
お前が消えるなら駄目だ。テッド達だってそんなことは望まない」
「私は貴方が真のヒーローになるのを見届けることができました。
できれば……この人工知能が朽ち果てるまで、
お仕えしたいと思います。
しかし、全ては過ぎた望みです。役目は果たしました」
「違うよ」
小さく笑いブースターゴールドはゴーグルを外す。
「あの日。テッドを喪ってから、
俺はずっとお前に支えられてきた。
お前は俺を真のヒーローと言うけれども、
俺にとって、お前はずっと最高のヒーローだ。
俺をこれまでずっと助けてくれていた。
マルチバースも歴史もお前がいたから守れたんだ」
親しみを込めてスキーツを叩く。
「俺を幸せにして終わりみたいに言うなよ。
ずっと一緒だ。ダブルバイセップスをペンタゴンに戻そう。
それが俺たちの生きる世界なんだからさ」
「おう、ここにいたか」
ロボットマンがジェーンを連れてやってきた。
ジェーンの人格が誰かはブースターにはわからないが、
いつもと変わらずロボットマンにくっついて離れようとしない。
「テッドが呼んでるぜ。
いよいよ突入なんじゃねえか?」
その時、絵画世界のみならず
ダニー・ザ・ストリート全体が揺れるのがわかった。
絶対の安全が保証されているダニーがなにかに干渉されている。
ブースターゴールドがすぐに絵の外に出て、
遅れてロボットマン達も絵から出てきた。
筋肉・筋肉・マッスルボディ!!
ストリートの四方を、地の底から響く斉唱が囲んでいる。
筋肉・筋肉・マッスルボディ!!
かつてスーパーマンは、自らが戦う理由に
真実・正義・アメリカンウェイを三本柱に挙げたとされている。
アメリカンウェイとは、
米国の片田舎カンザスのさらに辺境たる
スモールヴィルの農家のライフスタイルに過ぎないが、
クラーク・ケントの人生の指針そのものである。
その三本柱は、
フレックス・メンタロによるマッスル・ポイントによって
筋肉・筋肉・マッスルボディという
原子かつ原初かつ原始の概念に書き換えられている。
その筋肉三本柱を掲げた何者かに、
ダニー・ザ・ストリートは力場干渉を受けていた。
ダニー・ザ・ストリートは意思を持つ通り(ストリート)。
加えて、さらに大きな特性として
自由自在にテレポートできるスーパーパワーがある。
古来、神隠しの途、悪魔に魅入られしスポットというのは枚挙に暇がないものだ。
そんな言い伝えの大半にはかつて繁栄した
ダニー・ザ・ストリートの同種族が関わっていたのは、
想像に難くないだろう。
しかし、そんなダニー・ザ・ストリートは
今やロケットレッド・ブリゲードの侵攻を受けていた。
「どうなってやがる、ダニー。
今すぐテレポーテーションだ!!」
ネオンに浮かぶ瞳が動揺に揺れ、
近くの街灯が否定の意に左右へ揺れた。
「これは……ストリートを
脳みそ大開脚ダブルバイセップス軍団が囲んでいます。
筋肉力場によってダニーの動きが制限されているようです」
「その通りだ」
「投降しろ、命までは取らん」
上空からブラックアダムとロケットレッドが降下し、
滑らかに着地した。
ブラックアダム。この状況と手勢では
絶対に会いたくない存在の一角だ。
食堂のおばちゃんにダークサイドを控えている
こちらが言えた話でもないが。
「ブラックアダム。あんたもそっち側についたってわけか」
「逆に聞く。お前たちは何故、反抗するのだ?
フレックス・メンタロは
病も貧困も消し去った真の救世主だ」
「考え直せ、ブースターゴールドよ」
「ヒーロー達を解放しろよ。
じゃなかったら、和解はなしだ」
「それは無理だ」
「将来的には解放できるかもしれんが、
このユートピアを維持するのを優先する」
「おい、ブースター。
こいつぁどう考えても不味いぜ」
取り巻くロケットレッド・ブリゲードと
最強存在の一角であるブラックアダムにロボットマンがぼやいた。
戦力差は絶望的だ。向こうが本気になれば
こちらは数秒で全滅するに違いない。
「確保する!!」
ブリゲイドの1名がブースターゴールドに攻撃をしかけてきた。
防御をする前に、隣で浮かんでいたスキーツが、
敵の股間部へレーザーを放つ。
マッスルポイントにはフォースフィールドは存在せず、
筋肉に傅いた者達は筋肉の加護を受けている。
しかし、アンドロイドの細い光線が股間に当たっただけで、
筋肉の使徒のシルエットが揺らぐ。
そこを逃さず、ブースターゴールドが右ストレートを打った。
「スキーツ!」
「私の解析が当たりました。
みなさん、聞いてください。
筋肉の弱点は股間、それも亀頭があるだろう箇所です。
脳みそ大開脚ダブルバイセップスが脳みそを開陳しても
股間を隠していたことから明らかです。
この世界はペニスだけは筋肉にできていません」
「流石だな。よーし、みんな! 俺の説がバッチリ当たったぞ!
こいつらの弱点はちんぽこ! そこを起点に攻めて行け!」
ロボットマンが正面からロケットレッドのひとりと組み合い、
鋼鉄の太い脚を相手の股間に振り上げる。
すると、ロケットレッドの動きが確かに緩み、
そのまま押し切って敵に鉄拳を振り下ろした。
「スキーツの言うとおりだ! こいつは凄え!
殴ってもまるで効かなかったのが、
ちんこを蹴れば弱まってくぜ!」
「それだけで凌げると思ったか?」
意気をあげたロボットマンをブラックアダムが殴り飛ばす。
ダニーの建築物へ突っ込み、追撃しようとした魔法の黒帝を
ジェーン、イー・チンが制した。
「退け、老体。聞くがいい反乱者たち。
我らが神は不遜なる貴様らにも慈悲を垂れようとしている。
殺すなとは言われているが……抗うというのなら、
物言わぬダブルバイセップスで終わらないかもしれんぞ」
「ご忠告、感謝しますよ」
中国四千年の武術を極め、
陰陽の究極を修めたとされるイー・チンの掌打がアダムを打つ。
両腕で掴んだアダムが捻ろうとするのを
ロボットマンが体当たりで体勢を崩させ、
そこに華奢な女性の体を借りた達人が発勁を決めた。
「よし、よくやった!
あとは俺に任せて、二人は少しでも頭数を減らすんだ。
ロボットマン、ジェーンをカバーしてくれ!」
「よし来た! ジェーンに手出しさせねえぞ、テメエら!」
「今は白髪の老人ですけどね」
ブースターゴールドがアダムに追撃をしかけると、
眼前に白雷の壁が現れた。
フォースフィールドなしには突破できずに止まったブースターの前に、
ブラックアダムが雷をかきわけて現れる。
「こっちから言うぜ。止まれ、ブラックアダム。
お前と殺し合いをしたくはない」
「貴様如き愚物が意見するか」
「俺が愚かなら、王を辞めて筋肉のスジを舐めてるあんたはなんだ?」
「王が目的ではない。虐げられし者達の守護が、我が使命だ。
むしろ……お前たちは何故歯向かう?
弱者を守るのがヒーローだろう」
言葉は説得しているが、
ブラックアダムの立ち振舞いには少しの穴もない。
ここでブースターが考えなしに攻撃をしかけても、
今の彼ではたやすく雷に灼き尽くされる。
「弱者、ね。それがお前が王に、救世主に成れても、
ヒーローにだけはなれなかった理由だ、
暴雷の黒帝ブラックアダム。
俺たちはすべてを守らないといけないんだよ。
正義も悪も強者も弱者も、何もかもだ」
「戯言を」
周囲が黒に染まる。
それはブラックアダムの雷が放つ火花だ。
ブースターゴールドがガントレットレーザーを放っても、
雷は留まらず、退路である背後を振り返ると
ブラックアダムが回り込んでいた。
アダムのパンチがブースターの頬を狙うが、
身を捩ってダメージを軽減させ、
ブースターが逆にブラックアダムの腹部を打った。
ダメージは平等に通るこの世界なら、
スーパーマンに並ぶボディでも攻撃だけは通る。
眉間に皺を寄せたブラックアダムに、ブースターが連打をしかけた。
敵の顔を埋めるほどの突きの繰り返し。
この距離なら雷を繊細に操作するにも集中力が必要だ。
「SHAZAM!!」
ブラックアダムに超極大の稲妻が一条に刺さる。
読んでいたブースターがすでに離脱をするも、
跳んでくる破片だけでかなりの衝撃だ。
粉塵から黒い暴虐の腕が伸び、
金色のヒーローが相貌を掴まんとする。
「オギャア!! オギャアア!!」
だがその動きを、おしゃぶりをつけた赤ちゃんブースターがへたり込んで回避する。
今の今まで果敢な攻撃をしかけてきた男の、
予兆なきベイビーにブラックアダムは動きが止まった。
「オンギャアアア! オンギャアアアアア!!」
「お、おい……戦闘中だぞ」
「怖いでちゅうううう! お家に帰りたいでちゅうううう!!
―――おや、攻撃が来ねえな?」
呆然と立ち竦んだブラックアダムに、
おしゃぶりを外したブースターゴールドが不敵に笑った。
「な、何……?」
「それがお前の限界だ。
俺の付け焼き刃ベイビーの気迫に負けて、相手を攻撃対象から外す」
「黙れ!!」
心乱れた者の魔術は狂った者の攻撃よりも読みやすい。
一直線の電撃をフォースフィールドの集中展開で、
軌道を逸らすさせる。
「弱者だけを守ると決めても、
元フットボーラーな赤ちゃんは迷っちまうか?
お前には迷いがあるんだ、ブラックアダム。
その迷いは、いつかお前を最悪の暴君(タイラント)に変える」
暴君だが下々への慈悲も持ち合わせたブラックアダムの目の色が変わった。
「だが、あんたもビリーの兄弟みたいなもんだ。
あいつがJLIにいられたなら、あんたも……
あんたの家族も良いJLIの素質がある」
「貴様……侮辱するかあ!!」
殴ってきたかと思えばベイビーになることで意表を突き、
さらにはそのことで揚げ足を取って上から目線の説教をするブースターゴールドに
ブラックアダムは明確な殺意を向けた。
「死ねええええ!!」
ブラックアダムが追ってきたのを、今度は全力で逃げ惑い続ける。
相手はホトンの神速を持っているが、
この世界では神々の力そのものが筋肉の支配により大幅に弱体化している。
「お助けええええ!!!!!
ごめんなさああああい、言い過ぎましたああ!!」
誠心誠意の謝罪を叫びながら逃げ惑うブースター。
周囲も鉄火場になっていて、ロケットレッド・ブリゲードと、
ヒーロー残党の戦いが行われている。
その間隙を潜り抜けて飛び回るブースターゴールドを、
ブラックアダムが自身の味方を巻き込みながら追い回す。
「逃さんぞ、ゴミ虫があ!」
ついに捕まったブースターゴールド。
首を捕まれ、怒り狂ったブラックアダムがへし折ろうとする。
しかし、そうは行かずに、その場の全員に超巨大な重力がのしかかった。
「くっ、なんだこれは……!?」
「同志ブラックアダムよ、
あれを見ろ……!」
ドミトリが上を向くと、
上空、それよりも上の宇宙空間に、目視可能な巨大惑星が浮かんでいた。
緑のランタンのマークを背負い、意思を携えて正義のために戦う、
宇宙唯一の惑星タイプなグリーンランタンのモゴだ。
「貴様ら……味な隠し玉を!」
「おっと、隠し味ならおばちゃんを忘れてもらっちゃ困るよ!」
「よくがんばったね、みんな」
電動車椅子を青いアーマーに変形させたファット・テッドと
気が狂って食堂のおばちゃんになったダークサイドが姿を見せた。
「さあ、テディちゃん! おばちゃんは何をすれば良いんだい!?」
「ダニーとみんなを守るんだ。誰も殺さずに」
「ちぃっ、おばちゃん、殺さないのは大の苦手さ!」
ダークサイドの双つの眼が禍々しく発光、
放たれる怪光線が寸分違わずブリゲイドとダニーを取り巻く筋肉の股間へと降り注ぐ。
第四神界を超えて万物の頂点に立つ悪神の熱視線。
如何なる筋肉の加護を得ていても次々に筋肉軍が崩れていく。
「ダークサイド……!」
「まずいぞ、同志よ。奴はあまりに強すぎる」
「ブースター。ここは僕たちがなんとかするから、
君はジェーンとロボットマンを連れてロック・オブ・エタニティへ行くんだ」
アーマーを駆って暴れるテッドが内蔵していたマザーボックスを起動させる。
PINGという耳慣れない音をたててブームチューブが現出した。
浮遊するネガティブスピリットがブームチューブにネガティブパワーを送り、
筋肉に鎖ざされたフレックス・メンタロの牙城(ジム)への道が開ける。
「良いのかよ、テッド。お前を置いていって」
「大丈夫。ダークサイドがいる」
「良いのかよ!?」
ダークサイドとブラックアダムが組み合い、
テッドとロケットレッド達がぶつかりあう。
「おい、もう行くしかねえぜ」
「でもよ……」
次々に敵の増援が増えていく中で、
ブースターゴールドが躊躇う。
モゴとダークサイドが味方でいるのなら何も心配はない。
しかし、食堂のおばちゃんになったダークサイドなど、
親友を預けられるはずがない。
「俺も出る。お前達は行け」
「ロリマンファッカー(デスストローク)……」
何処かへと行っていたデスストロークが
マシンガンと日本刀を携えてブリゲイドを斬り伏せていく。
「息子たちに伝えろ。
何もかも俺のせいだ。幸せに生きろ、と」
「断る」
「なに……!?」
睨みつけるスレイドへブースターが指差した。
「ボーイキラー/ガールファッカーのやらかしが
他人ヅテの謝罪で許されるわけねえだろ。テメエが直接言え」
「…………」
「お前が言えよ。良いな」
沈黙したスレイドにテッドと戦場を任せ、
ブースターゴールドはロボットマンとクレイジー・ジェーンを連れて
ブームチューブに飛び込んでいった。
###########
永遠の巨岩(ロック・オブ・エタニティ)。
マルチバースの中央に座遊せし、神魔の根源は、
その在り様から万物がロックンロールを理としている証明となっている。
故に、ペンタゴンをダブルバイセップス(旧:ペンタゴン)にし、
すべてを筋肉で動くようにした世界では、巨岩も形を変えていた。
「永遠のダンベル(ダンベル・オブ・エタニティ)……」
岩はダンベルに鋳造され、マルチバースを司る筋肉を育む器具に落ちていた。
そして、その永遠のダンベルで今もトレーニングし続けている筋肉こそがフレックス・メンタロ。
白いシャツに虎柄の短パン、そんな服装でありながらも漂わせるオーラは圧倒的な筋肉。
目視するだけで脳味噌が筋肉になりかねなかった。
「クリフ……」
筋肉に怯えたジェーンがロボットマンにしがみつく。
並の精神なら、ここにいるだけで物言わぬダブルバイセップスとなったことだろう。
「ブースター。彼がこの歴史の中心です」
「ああ、見りゃわかるぜ、スキーツ」
永遠を籠めた巨大なダンベルを降ろし、
純白の歯を見せてフレックス・メンタロが笑う。
「やあやあ、これは……お客さんかな」
朗らかな笑顔、邪気の一切もない優しげな風貌。
ダイアモンドも凌駕する高貴な胸板。
ヒーロー・オブ・ザ・ビーチの異名を体現していた。
「俺はブースターゴールド。
後ろのふたりはロボットマンとクレイジー・ジェーン」
「そして私はスキーツです」
「おう、筋肉の支配を辞めてもらいに来たぜ。
もうヒーローとヴィランを解放してやっちゃくれねえか?」
3名の話を聞いたフレックス・メンタロが
腕組みをして、しばし思考した。
「ふむ、どうやら誤解をしているようだ。
私は彼らをそのままにしておくつもりはないぞ」
「なに?」
「彼らはあくまで一時凌ぎだよ。
私が全アースのエネルギー源になるまでのね。
それができる筋肉をここで育んできた。
もう少し待ってほしい。
そうすれば後は私が永遠の筋肉パワーバッテリーになろう」
なんてことのない些事を語るかのように、
フレックス・メンタロが己の辿る末路を説明する。
地球での戦いがまるで取るに足らない出来事であるかのように。
「ひとり、物言わぬダブルバイセップスになって世界を支える……
それが目的か。それでいいのか、お前は?」
「ね、ねえどうするの? それなら私達が戦う理由もないんじゃ……」
「本当なら話が大きく変わっちまうぞ」
「関係ない」
ブースターゴールドが腕を上げてレーザー射出口の照準を合わせる。
「この世界は間違っている。
筋肉を収めるんだ、フレックス・メンタロ」
「そうか」
悲しそうに目を伏せたメンタロが
右腕を折り曲げて力こぶを作る。
すると、目の前にテーブルクロスのかかった食卓が現れ、
豪勢な食事が並べられる。
「金目当てのヒーローなのだろう?
私なら望む全てを無限に生み出すことが可能だ」
「無限なんてのはありえないんだよ、メンタロ。
俺たちは人間だ、神じゃない。
そうである以上、お前の世界は必ず破綻を迎える」
そう言ってブースターゴールドがレーザーを放つ。
しかし、静かにフレックス・メンタロがシャツを脱ぎ、
胸筋をピクリと動かしただけで光線は霧散した。
だけではない。天井知らずの高温、絶対の零度でも生み出せない、
形容不可能な領域が筋肉の1ピクリで顕現する。
ここにやって来た全員が、全身を震わせた。
「ブースター! 彼はあまりに危険です。
正攻法では太刀打ちできません」
「策は!? 俺には何も思いつかねえ!」
「私のハイパーAIにも無理です」
「チッ」
完全に圧倒されたロボットマンが、ジャケットを掴んで震えるジェーンを見て覚悟を決めた。
「ビビってんじゃねえぞ。
あいつだって、ヒーローだ。ぶん殴れば痛えに決まってる!」
ジャケットをはためかせて
ロボットマンがメンタロへ飛び出す。
鈍重な動きだが、フレックス・メンタロも
スピードのない遠距離型筋肉使い。
本来の歴史なら拳を出せば当てることは十分に可能だ。
「私は人間だと言ったか」
メタルの腕がメンタロの鼻に接している。
普通ならば鼻梁が折れるだけでなく、顔が陥没している。
「物言わぬダブルバイセップスにするには、
ボディの筋肉を通じて脳にアクセスする必要がある。
お前には無い。地球では筋肉を喰らわなかったことだろう」
「馬鹿な……」
ロボットマンのジャケットがフレックス・メンタロの腹筋の脈動ではき取られる。
シャツ、ジャケット、擦り切れたジーンズでキメたタフガイのファッションが、
筋肉によって一糸まとわぬブリキの木偶の坊に変えられた。
「クリフ!! てめえ!」
ジェーンの人格が変わり、シルバー・トンガーの声が刃物に物質化し、
メンタロに襲いかかっていく。
「見ればわかるように、私は人間ではない。
オールドゴッズに近きものだ。
フィクション、いじめられっ子の創作から生まれた私は、
信仰無くしては存在も許されない。
だが、この世界ならブリキだろうと脳にダイレクト筋肉ができる」
筋肉がサイドバイセップスになると、
刃の言葉が花びらに変化する。
「私は人間ではない。人間どころか……リアルですらなかった」
「や、やめろ……」
大きなジャケットがないロボットマンはスレンダーなブリキ人形だ。
虚勢めいたファッションを奪われ、
かつてはレース界のスター、今はメタルのタフガイが、
マッチ棒の人形のようになすすべなく動かされる。
「筋肉を止めろ!」
ブースターがガントレットレーザーを連射する。
傷一つとして、玉のようなマッスルボディにはつくことがない。
「やめてくれ! せめて、服を……!」
「安心しろ。すぐに解放してやれる」
ロボットマンの懇願を無視し、
フレックス・メンタロが彼を物言わぬダブルバイセップスに変えた。
饒舌だったロボットの体に人の脳を載せたヒーローが、
ただのオブジェに成り果てている。
「私はリアルになりたいのだ。
そのためには全身全霊をもって全てに奉仕しなければ。
この残酷な世界で何かを成すことで、
私は真の永遠普遍の実在を手に入れられる」
「メンタロ……!」
怒り狂ったジェーンの人格が暴走する前に、
イー・チン老師が技術による神速で筋肉へ接近する。
スーパー・マンを感服せしめ、圧倒した最強の武術。
その歩法は幽幻であり、
繰り出す拳は視認不可能だ。
「よせ、筋肉に歯向かうな」
イー・チンの体が大きく跳ねて蹲ると、
瞬時に跳ね起きて銀の弾丸を口から吐き出す。
「ふむ。興味深い」
筋肉を隆起させることで防ぐと、
巨大化したジェーンの人格が火炎を放射してくる
「なるほど」
「こっちも忘れるなよ!!」
脳味噌を筋肉に変えられないことに
わずかの驚嘆を見せた筋肉。
その背後をブースターゴールドが急襲する。
「黙れ」
「げえええええっ!!!」
全身を筋肉に打たれて一蹴されたブースターゴールドが倒れた。
「さまざまに人格を変え、それら個別にスーパーパワーを持つ。
人格とスーパーパワーが不可分だと示す好例だ。
そして、超常の力とは無垢な願いから生じるものだとも示している」
「死ねええええ!」
「だが、私は筋肉だ」
フレックス・メンタロにすれば脳味噌を筋肉にして
相手を物言わぬダブルバイセップスに変えるのは紛うことなき慈悲である。
故に、その慈悲から少し離れれば、暴虐の力としてクレイジー・ジェーンを圧倒する。
「人は無数の概念を生み出してきた。
正義、愛、自由、平和、欲望、絶望。
だがそれらの根源にあるのは……? そう、筋肉だ」
ゆっくりと、静かに、しかし異常なプレッシャーを讃えて
フレックス・メンタロが両腕をあげていく。
「さあ、これが全力のダブルバイセップスだ」
その場の全員に脳髄が白滅し、
マルチバースの中心が激震した。
「ぐあああああっ」
問答無用の脳味噌筋肉化にブースターゴールドが絶叫する。
己を内側から変えられる不快感と恐怖、
慣れた感覚だが、侵食レベルが桁違いだ。
「動けるか、スキーツ!」
「駄目です……
私の人工知能まで筋肉になろうとしています!」
「当然だ。機械に筋肉はない。
ならば? 筋肉物理学に基づけば極めた筋肉の前に機械は無力だ」
横たわるクレイジー・ジェーンが脳を筋肉化されまいと
無限に人格を切り替えている。
口からは泡が溢れ、必死にロボットマンの元へと這っていく。
「そうだな。愛する者の隣でダブルバイセップスになるがいい」
「クソッ、頭が。頭、脳幹がムキムキしてきやがる!」
血が出るほどに頭を掻き毟り、
ブースターゴールドが立ち上がろうともがいている。
「ほお……大した抵抗力だ。
私のダブルバイセップスに共鳴しないとは……」
「てめえ、狂ってるのか!?」
「紙とインクで生まれた私に正気など初めから存在しなかった。
これから手に入れるのだ。
永遠無限のモニュメントになることで!!」
「そんなにポージングしてると肩凝るぜ、いじめっ子」
ダブルバイセップスをしているメンタロの肩に、
自由になったロボットマンが手を置き、
もう片方の手で殴り飛ばした。
「馬鹿な」
「血だ! おい、見ろ、スキーツ。
血だぞ血! 倒せるってことじゃん!」
口が切れて、血を流すメンタロに
ブースターゴールドが大はしゃぎをした。
目を見開いた筋肉の男がロボットマンに触れたクレイジー・ジェーンを見た。
「そうか、治癒能力者。脳を筋肉から戻したか」
ロボットマンがさらに攻撃をしようとするのを、
メンタロが両者の間の空間を破裂させて、弾いた。
クレイジー・ジェーンが絶えず人格を切り替えながら、
仲間の脳の筋肉化を防いでいる。
「何故だ。何故、そうまでして私に逆らう。
筋肉を受け入れさえすれば良いだけだというのに」
「ブースター。貴方に託します」
そう言うとスキーツが内蔵していたクロノアルエナジーを
ブースターに注入し、それに連動して
歴史改変からの干渉を防いでいたスキーツが消えていく。
脳が筋肉になる干渉から解き放たれたブースターゴールドに力が戻り、
両の脚で直立し、景気づけに両頬を叩いた。
「帰りをお待ちしますね」
「ああ、すぐ終わらせっからよ」
歴史改変に呑まれてスキーツが消える。
筋肉でマルチバースを統べた男を
黄金の男と機械の男が囲んだ。
「お前まで我が筋肉から解放されるのか……?」
「俺がロシアになんて呼ばれていたか知っているか。
脳みそポコチン頭だ」
「……なるほど。ペニスを筋肉化はできない。
ならば脳がペニスなら……我が力も効かない、ということか。
だが、お前は人間なのか……?
そんな理屈が通ると思っているのか……?」
「わけわかんねえが、てめえをぶちのめせば話は終わりだ」
ロボットマンとブースターゴールドが同時に仕掛けるも、
フレックス・メンタロがマッスルポーズを取るだけで
両者が筋肉波に押しのけられる。
「わかったぞ、ロボットマン。
こいつは力の調節ができないんだ。
何度でも突っ込めばその内に……なんとかなる気がしてきたぜ!!」
「本当かよ」
ブースターの言葉通り、愚直に突っ込んでは失敗するのを繰り返していく。
何度も。何度も、何度も。
フレックス・メンタロはただ全力のダブルバイセップスをしているだけだが、
罅が入るのは筋肉よりも感情の方だ。
「もうやめろ。どれだけ繰り返す気だ!!」
「へっ、だんだん俺もお前がわかってきたぜ、メンタロ」
裸一貫の心もとない姿なロボットマンがニヒルに笑った。
彼に表情筋はないので、あくまでそうした気がするだけではあった。
「お前、寂しかったんだろ」
ロボットマンの指摘に、フレックス・メンタロの頬が歪む。
初めての、不快感を顕にした表情だった。
「違う」
「わかるぜ。俺もそうだった。こんなサイボーグに比べりゃ
ポンコツ甚だしい体に脳みそだけ載せられて。
ガキのおもちゃのような見た目になっちまったんだ。
一発ギャグ以外の何をしろってんだよなあ? 筋肉使い」
「撤回しろ」
「でもよ、お前だけじゃねえ。マッスルポーズで変なもん出して活躍するヒーロー。
そんな出オチの体現者は、お前だけじゃねえんだ。
俺を見ろ。なんだこの21世紀じゃねえようなフォルムのロボ」
「やめろ!!」
メンタロの悲痛な叫びに、ダブルバイセップスのバルクが盛り上がる。
キレを極めた筋肉がロボットマンの片腕を吹き飛ばし、
ブースターゴールドの全身を砕いた。
己の筋肉が成した明確な暴虐に、
フレックス・メンタロが叫んだ。
「私はいじめられっ子のヒーローだ!
正義の筋肉は弱者を虐げるものではないという願いから生まれたのだ!
私はあまねくモヤシのスーパーマンでなければならない!
救うのだ! 奉仕するのだ! このダブルバイセップスで!」
「でも、自分が救われることもできるんだよ、メンタロ」
粉砕された骨が高速で治り、
空間を歪ませながらブースターゴールドが言う。
「俺達ヒーローはそれぞれの玉座へ登っている。
正義には正義、若さには若さ、
アホにはアホ、トンチキにはトンチキ。
まっとうな正義の同盟では救いきれない人が、
ヒーローが、ヴィランがいるから、
俺達は寄り添い、協力しあってきた。
そうしなければ己が救われないかのように」
筋肉もマッスルボディも陽炎の儚さになったメンタロへ、
ブースターゴールドが、未来のウェブライダーが歩み寄った。
「たとえ、その果てが永遠無限の孤独だろうと。
救われた思い出があれば、
我々は人間で居続けることができる」
「お前もこっちに来いよ, メンタロ。
俺らはドゥームパトロール。
どんなトンチキネタ持ちだろうと歓迎するぜ」
無限の岩で鍛えた筋肉が、ヒーローの言葉に
神でいることをやめていく。
フレックス・メンタロがビーチに戻った。
「私は……」
意気消沈したフレックス・メンタロに
ブースターゴールドとロボットマンがハグをした。
「気にすんなよ。とりあえず、飲みに行こうぜ」
「まあ、妥当なチョイスだな」
筋肉の脅威から解放されたクレイジー・ジェーンを、
ロボットマンが抱きかかえる。
「まずは永遠のダンベルを巨岩(ロック)に戻そう。
そうすれば全部解決って――――」
Darkseid is./反生命方程式、発動。
###############
反生命方程式(アンチライフイクオーション)とは
万物の頂点に立つ暗黒悪神ダークサイドが数億年に渡り求めてきた数式だ。
世界を動かす生命方程式ならば、反生命方程式は世界を反転させる。
正義は悪になり、悪は正義になり、死は生になり、生は死になる。
だが、それですらも理解の億分の1にもない。
反生命方程式とは無限無数の多様性を掌握することだ。
変化し続ける世界と法則を固定化させることだ。
故に、反生命方程式を使われれば、
何者にも太刀打ちできない。
「おいおい、やべえことじゃんってんじゃねえの!」
ブームチューブを通って戻ってきたブースターゴールド達が、
ダブルバイセップスを解いて暴れまわるペンタゴンを見上げた。
「ブースター。よし、戻ってきたね!」
アーマーをつけたテッドが這々の体で駆け寄ってきた。
「テッド! 良かった、生きてたんだな」
「食堂のおばちゃんとして働かせた恩があったからね。
まあ予想はしてたけど大変なことになったよ」
「私のせいなのか……?」
破壊されていく街並み。
筋肉陣営の者達が抵抗していくが、
反生命方程式の前には肉塊に変えられていた。
その有り様を見てフレックス・メンタロが力なくうなだれた。
「そうだね。
筋肉世界は数式にするのが容易だったろうから……
まあ過ぎたことだし、
ダークサイドは常に災厄を齎すから仕方ないよ」
「しかし……」
「俺達はジャスティスリーグ・インターナショナルだ。
誰もが過ちを犯すアホだと知っている。
大事なのはあの元クソババアをどうするかさ。
もちろん、備えてたんだよな、テッド」
「当然。スレイド! あれを持ってきて」
市民の避難誘導をしていたデスストロークが、
持ち運んでいた6個の小瓶を出してテッドに手渡す。
小瓶には液体めいた緑の物体が蠢いていた。
「それは……もしかしてジョンか?」
「筋肉に挑む前に体の一部を切り分けていたんだ。
かねてより練ってきた
JLI最終兵器をお見せする時が来たようだね」
「えっ、そんなんあったの!?」
驚いたブースターゴールドにテッドが小瓶を渡し、
それからロボットマン、クレイジー・ジェーン、フレックス・メンタロにも渡す。
「残りの1個は……よし、ブラックアダムだ。
お願いするよ、スレイド」
「任された」
最後の1個の小瓶を持って、スレイドが
グラップリングガンを駆使して
暴れるペンタゴンと激突しているブラックアダムのところへ向かった。
「どうすんだよ?」
「火星人は肉体を好きに変容できる。
だから原理上は巨大にもなれるんだ。
とはいえ火に弱いから的が大きくなるだけだったんだけどね」
デスストロークの通信を受けた
テッドが小瓶を開け、
他の全員にも開封を促す。
言われた通りに瓶を開けていくと、
中から緑の物体が溢れ、
上空にいるモゴへと昇っていく。
そして、瓶を持っていた者達も、
引っ張られる形で空へと向かっていった。
グリーンランタンの力を持つ惑星モゴに溶け、
表面を覆い、ソリッドライトで体積を増すことで巨大化していく火星細胞。
取り込まれたブースターゴールド達を内部に置き、
地球に巨大な1人の火星人が舞い降りた。
「でもマザーボックスを組み込んだ無限オレオ生成装置と、
五肢と胴体に操縦者がいれば―――もう火なんてへっちゃらさ。
超巨大人型火星人、Mr.ビスケットの誕生だ!
ブルービートル、頭部操縦席に到着!!」
「なるほどぉ!!!!
ブースターゴールド、右腕操縦席に到着!」
「やってやるぜえ!
ロボットマン、右脚操縦席に到着!」
「……えぇ、どういうこと?
クレイジー・ジェーン、左脚に到着」
「………………………………ビリー・バットソンはずっと、
この空気に耐えてきたのか?」
「我が贖罪に如何なる筋肉も使う所存!!
フレックス・メンタロ、胴体操縦席に到着!!!」
各々が操縦席に着き、
有機体から無機体めいた姿になり、
緑のフォルムに機械の意匠となったMr.ビスケットが屹立する。
「みんな、相手は反生命方程式と言っても、
筋肉というシンプルな世界に適用されるものだ。
いわば反筋肉方程式!
方程式はシンプルなほどに手を加えやすい!」
ブースターゴールドが操縦桿を倒すと、
Mr.ビスケットの腕が大きく動き、
ビル群の上を取ってペンタゴンに殴りかかる。
物言わぬダブルバイセップスになっていた
ヒーロー・ヴィランを動力源にしたペンタゴンが、
Mr.ビスケットのパンチを受け止める。
そして、腹部から火炎放射で劫火を放った。
ペンタゴンとは米国国防総省。
つまりは地球で最も火属性の機関だ。
従って、生み出す火炎は想像を絶するにあまりある。
「やべえ、火星人に火だ!」
「オレオ1億個生成!」
火によって形を崩しかけたMr.ビスケットが、
体内を流れるオレオによる多幸感で踏みとどまった。
火への本能的退避は、体のすべてを操縦者に預けることで克服している。
ブラックアダムを通じて雷を展開させるMr.ビスケット。
モゴのグリーンソリッドライトでステッキを構成し、
それに雷を纏わせて、突いた。
遙か太古、西暦2000年には国防総省のコンピューターが一斉誤作動を起こす
地球の危機が訪れるとされていた。
つまり、ペンタゴンの弱点は雷に他ならず、
ステッキを避雷針にした稲妻の一撃に、ペンタゴンが叫ぶ。
「イケる! これイケるぞ!
信じらんねえけど、よく考えたら最初からそんなんだった!
このまま押し切るぞ、みんな!」
「レーサーのキックを喰らいなあ!」
右脚を挙げると、それの風圧だけで
周囲の建造物が薙ぎ倒された。
全体重を載せ、のしかかるように右脚をペンタゴンに押し付ける。
掴んで離そうとするペンタゴンへ、
ジェーンの人格経由の刃持つ言葉が刻まれていく。
鉄筋コンクリートの山々をへし折りながら、
ペンタゴンを地面に押し倒した。
「SHAZAM!!」
惑星級の雷が落ち、ペンタゴンを
白く禍々しい光が包み込む。
「倒した!!」
「いや…………」
Mr.ビスケットの巨体が浮かび上がる。
ペンタゴンが理屈度外視の怪力で雷を喰らってもなお、
巨大火星人を持ち上げた。
「どうするどうする! テッド!!」
「メンタロ、君の筋肉だ!!」
「しかし、私の筋肉はすでに数式に覆されているぞ!」
「君は信仰で存在しているんだ。
マルチバース中の君への信仰を集めれば
太刀打ちできるかもしれない!」
「だが……」
「我が救世主、メンタロよ。
アトンの神通力を使えばマルチバースにアクセスが可能だ!」
「間違えようと、この歴史のスーパーマンはお前だったんだ!
反乱者だろうが誰一人と殺さずに助けてきたお前を、
みんなわかっているはずだ!」
――――Darkseid is.
ペンタゴンの力がどんどんと増していく。
反生命方程式、反筋肉方程式が猛威を上げ続けていた。
ダークサイドによる破滅を体現したペンタゴン。
それを前に、フレックス・メンタロ、
ヒーロー・オブ・ビーチは覚悟を決めた。
Mr.ビスケットの両腕を上げ、
アトンの神通力がマルチバース中の人々にその姿を見せる。
折り曲げた腕には力こぶが膨れ上がり。
モヤシもいじめっ子も傷つけない
筋肉の体現者の在り様を顕現させた。
「全力のダブルバイセップス!!!!!」
マルチバースの希望が筋肉に集中し、
反生命方程式のペンタゴンが光に溶けていく。
視界が奪われた中で、極限の悪が去っていくのが、
誰の心にも理解できた。
「やった! 私の筋肉で……」
「これで一件落着かな。
ハハッ、僕たちでダークサイドに勝てたって凄くない!?」
「こりゃお祝いするっきゃねえぜ!!
ヒーローもヴィランも助け出して巻き込んでよぉ!」
「それが終わったらなあ、テッド?
野郎どもで抜け出しての……」
操縦席にいるブースターゴールドと
テッド・コードが鼻の下を伸ばした品のない笑みを浮かべた。
「「ストリップバーっしょぉ〜〜〜〜!!」」
そして、目の前で無愛想なホットドッグ屋の店主が
ブースターゴールド、マイケル・ジョン・カーターに注文の品を突き出す。
何も変わらない、何もなかったかのような世界、日常。
熱々のソーセージを前に、マイケルはしばし呆然としていた。
「おい、いらねえのか」
「あ、ああ。もらうよ」
ホットドッグを受け取るマイケルを、
店主がじろりと睨めつけた。
「あんた、ブースターゴールドだろ」
「そうだけど。もしかして、ファンかな?」
「恥ずかしくねえのか?」
そう吐き捨てて店主はテレビに流れる
いつものスーパーヒーロー達の活躍を顎でしゃくる。
「金儲けばっかしてねえで、
スーパーマンやバットマンみたいによぉ……
人様のためになんかしようと踏ん張ろうとしろよ。
あんたみたいなのがだらしねえから、
世界が糞っ垂れなんだろ」
「ハハッ、ファンの応援かな? サンキュー!!
これからも頑張るよ!」
店主の暴言を受け流し、マイケルは店を去った。
その隣にはいつものようにスキーツが浮かんでいる。
「気にすることないですよ」
「もちろんわかっているさ」
ホットドッグを齧ると、通信が鳴った。
遠く、長き戦いにて授かった愛息子のリップハンターからだ。
『父さん。気になることができた。
できれば早い内に来てくれ…………どうかしたのか?』
「何がだい?」
『凄く、悲しそうだよ』
「おいおい、リップ。私はお前のスーパーマンだぞ。
どんな時でもへっちゃらさ。
食事が終わったらすぐに向かうよ」
通信を切り、ブースターゴールドはベンチに腰かけ、
ダブルバイセップスをするペンタゴンなど
存在するはずもない空を見上げた。
歴史が変わるのも、元に戻るのも
いつだって突然でダイナミックだった。
今回の一件も、何千、何万とこなしてきたミッションの1つでしかない。
…………そうブースターゴールドは己に言い聞かせている。
「夢を見ていたよ、スキーツ」
「夢……ですか」
「ああ」
目を細め、ホットドッグのマスタードとケチャップで、
滲む視界と痛む胸を振り払った。
どれだけ経験しても、この胸を穿つ痛みには慣れることがない。
「とても楽しくて、
醒めるのがほんの少しだけ辛かったけど」
###########
「まあ、みんな言うよね。
なんでブースターゴールドと一緒にいるんだって。
わかるよ。あいつは馬鹿だし、女にだらしがないし。
でもね。僕はスカラベに選ばれなくて、
それでも何とか頑張ろうとして、
どんどんと焦燥感に囚われていったんだ。
『誰かがこの世界のために何かをしないと』ってやつにね。
彼は……彼といるとね。凄く楽しかった。未来に希望が持てた。
変な話だけど、未来から来たブースターゴールドは、
今を受け入れることを教えてくれたんだ」
「君が羨ましいよ」
「そうかい? もうひとりの僕。いや、名前が違うんだっけ」
「君は心の在り処を理解していたんだね。
私は……失うまでわからず、ずっと、この胸の穴を抱えている」
「それは……とても辛かったね。お悔やみを言うよ。
僕にできることがあったらなんでも――」
「だがそれもこれまでだ。
どうすればいいかをすべて理解している。
私は心を奪り還し、僕は人間に戻ってみせる」