DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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フラッシュ:スピード・スターとローグス

 

セントラルシティは、僕が子どもの頃から“最速の街”だった。

人は時間に追われ、効率を求めて忙しく歩き回る。

 

幼かった僕は、速さを愛していた父に連れられて、レース場へ行ったことがある。

 

最初で最後、父と並んで、時間と速さの極限を求めるF1カーを眺めた。

その日、新記録が生まれていた。

けれど記念すべき日だというのに、父はどこか残念そうで、僕の頭を撫でた。

 

「また今度、来ような」

 

父は“いつものレース”を僕に見せたかったのだろう。

最速が生まれた日ではなく、

速くあろうとする人たちが、どう生きているかを。

 

####

 

「みんな、止まってくれないね」

 

セントラルシティは世界一、速い街だ。

誰もが前だけを見つめ、より良い明日を作ろうとしている。

だからだろう。車が故障して路肩で途方に暮れる僕と母を、誰も助けようとはしなかった。

 

「ぼくだったらさ、絶対に止まってたよ」

 

「みんな、それぞれ用事があるのよ」

 

腕まくりしてボンネットに頭を突っ込み、エンジンと格闘していた母は、

オイルで黒くなった顔を上げて、穏やかに微笑んだ。

 

「でも、もしあなたが、困っている人のために立ち止まれる人になってくれたなら。

 かあさんは、すっごく嬉しいな」

 

父のことも母のことも、思い返してみれば、

僕はどれだけ理解できていたのだろう。わからない。

 

母は殺され、父は“妻を殺した極悪人”として、今も服役している。

 

僕はバリー・アレン。

父の冤罪を晴らすために鑑識課に入り、

世界最速のヒーロー──フラッシュとなった。

 

####

 

薄汚れた廃工場めいた空間。

剥き出しの壁に、乱雑に貼られた無数の資料。

机の上に散らばる、数え切れない新聞、雑誌、写真。

すべてが、ある一人の男に関するものだった。

 

その名は、フラッシュ。

 

机を囲む屈強な男女が、打倒を誓う宿敵。

彼らはローグス。スピード・スターに魅入られた犯罪者集団だ。

 

「11回。これが何の数かわかるか?」

 

手を組み、顎を乗せて沈鬱に問いかけたのは、ローグスのリーダー──キャプテン・コールド。

パーカーのフードを深くかぶった青年だが、その鬼気は、大の男ですら凍りつかせる。

 

「聞くまでもない。今月に入って俺たちがフラッシュに負けた回数だ」

 

「マジかよぉ!?」

 

腕を組み、思慮深い目に憂慮を浮かべたウェザー・ウィザード。

机を叩いて大げさに吠えたヒート・ウェーブ。

ウェザーは事態を真摯に受け止めているが、ヒートは悔しさで歯ぎしりしていた。

 

「ちっくしょぉ! フラッシュの野郎め!!

 俺たちを何度も何度もコケにしやがって!!」

 

「なら、どうする?」

 

コールドが静かにヒートを睨む。

 

「諦めて、他の街にでも行くか?」

 

「んなわけねえだろ!

 俺は今すぐにでも銀行強盗に行きたくなってきたぜぇ!!」

 

「しかし、また銀行強盗ではな。

 こうも失敗が続くなら、そもそもロケーションが悪いのではないか?

 もっと場所を選べる、知的な詐欺行為などを──

 ……いや、ただの詐欺ではフラッシュが気づかない恐れがある。

 金だけ得て、フラッシュを倒せないのでは本末転倒だ……難しいな」

 

血気にはやるヒート。冷静に次の一手を考えるウェザー。

対照的だが、望むのはただひとつ。フラッシュから勝ち取る栄光だけ。

こいつらもまた、何度負けても敵愾心を燃やしている。

コールドはゴーグルの奥の目を、感慨深く細めた。

 

「それでこそ、ローグスだ」

 

満足げに頷くコールド。

ローグスは、何度泥を舐めさせられようと、決して屈しない。

 

他のメンバーはまだ刑務所から出られておらず、

妹のグリッダーは恋人のミラー・マスターの元にいる。

 

コールドは、TVに垂れ流しのフラッシュ映像を凝視し、しばらく思案する。

やがて覚悟を決め、散乱した資料の中から目的の紙を拾い上げた。

 

「なら、今日も行くとしようか」

 

「さすがコールド!」

 

「話が早いな」

 

鏡から現れたのは、肌の露出が多い女性──グリッダーだった。

金の絹のような髪をなびかせ、キャプテン・コールドの妹リサは、浮遊しながら兄の肩に手を置く。

 

「サムは準備できたそうよ、レン」

 

「ここではコールドと呼べと言っただろう」

 

コールドは資料をコピーし、ローグスへ配る。

配り終えると背で手を組み、声高らかに宣言した。

 

「今日も、ローグスの掟──斉唱いくぞ!」

 

「応よ!!」

 

「一つ! 無用な殺しは絶対にしない!!」

 

「「「一つ! 無用な殺しは絶対にしない!!」」」

 

ローグスは、ゴッサムの魔人どものような外道ではない。

罪なき無力な民衆の命を、決して奪わない。

特に警官には注意が必要だ。携行する銃は危険で、隙を見て割り込んでくる。

だが彼らもまた、真面目に生き、職務を果たそうとする善良な人間だ。断じて殺してはならない。

 

「二つ! ドラッグには手を出すな!!」

 

「「「二つ! ドラッグには手を出すな!!」」」

 

ドラッグは判断を鈍らせる。

麻薬に狂った犯罪がゴッサムで後を絶たないのも、そのせいだ。

つまりローグスに掟を破らせる危険を孕む禁断のブツ。近寄らないに越したことはない。

 

そして、最後が重要だ。

 

「三つ! ローグスの誇りを忘れるな!」

 

ローグスは決して外道ではない。

そう信じるからこそ、辛うじて生きていられる。

悪党であっても下衆にはならない。

殺しを楽しむ領域に堕ちず、フラッシュを“殺さずに倒す”という偉業へ向かう意思。

その矜持こそが、フラッシュと戦うために最も必要なものだった。

 

 

---

 

続き、【2/4】は「鑑識課→事件発生→氷壁突入→ローグス戦(ヒート撃破〜)」を校正して出します。頃から“最速の街”だった。

人は時間に追われ、効率を求めて忙しく歩き回る。

 

幼かった僕は、速さを愛していた父に連れられて、レース場へ行ったことがある。

 

最初で最後、父と並んで、時間と速さの極限を求めるF1カーを眺めた。

その日、新記録が生まれていた。

けれど記念すべき日だというのに、父はどこか残念そうで、僕の頭を撫でた。

 

「また今度、来ような」

 

父は“いつものレース”を僕に見せたかったのだろう。

最速が生まれた日ではなく、

速くあろうとする人たちが、どう生きているかを。

 

####

 

「みんな、止まってくれないね」

 

セントラルシティは世界一、速い街だ。

誰もが前だけを見つめ、より良い明日を作ろうとしている。

だからだろう。車が故障して路肩で途方に暮れる僕と母を、誰も助けようとはしなかった。

 

「ぼくだったらさ、絶対に止まってたよ」

 

「みんな、それぞれ用事があるのよ」

 

腕まくりしてボンネットに頭を突っ込み、エンジンと格闘していた母は、

オイルで黒くなった顔を上げて、穏やかに微笑んだ。

 

「でも、もしあなたが、困っている人のために立ち止まれる人になってくれたなら。

 かあさんは、すっごく嬉しいな」

 

父のことも母のことも、思い返してみれば、

僕はどれだけ理解できていたのだろう。わからない。

 

母は殺され、父は“妻を殺した極悪人”として、今も服役している。

 

僕はバリー・アレン。

父の冤罪を晴らすために鑑識課に入り、

世界最速のヒーロー──フラッシュとなった。

 

####

 

薄汚れた廃工場めいた空間。

剥き出しの壁に、乱雑に貼られた無数の資料。

机の上に散らばる、数え切れない新聞、雑誌、写真。

すべてが、ある一人の男に関するものだった。

 

その名は、フラッシュ。

 

机を囲む屈強な男女が、打倒を誓う宿敵。

彼らはローグス。スピード・スターに魅入られた犯罪者集団だ。

 

「11回。これが何の数かわかるか?」

 

手を組み、顎を乗せて沈鬱に問いかけたのは、ローグスのリーダー──キャプテン・コールド。

パーカーのフードを深くかぶった青年だが、その鬼気は、大の男ですら凍りつかせる。

 

「聞くまでもない。今月に入って俺たちがフラッシュに負けた回数だ」

 

「マジかよぉ!?」

 

腕を組み、思慮深い目に憂慮を浮かべたウェザー・ウィザード。

机を叩いて大げさに吠えたヒート・ウェーブ。

ウェザーは事態を真摯に受け止めているが、ヒートは悔しさで歯ぎしりしていた。

 

「ちっくしょぉ! フラッシュの野郎め!!

 俺たちを何度も何度もコケにしやがって!!」

 

「なら、どうする?」

 

コールドが静かにヒートを睨む。

 

「諦めて、他の街にでも行くか?」

 

「んなわけねえだろ!

 俺は今すぐにでも銀行強盗に行きたくなってきたぜぇ!!」

 

「しかし、また銀行強盗ではな。

 こうも失敗が続くなら、そもそもロケーションが悪いのではないか?

 もっと場所を選べる、知的な詐欺行為などを──

 ……いや、ただの詐欺ではフラッシュが気づかない恐れがある。

 金だけ得て、フラッシュを倒せないのでは本末転倒だ……難しいな」

 

血気にはやるヒート。冷静に次の一手を考えるウェザー。

対照的だが、望むのはただひとつ。フラッシュから勝ち取る栄光だけ。

こいつらもまた、何度負けても敵愾心を燃やしている。

コールドはゴーグルの奥の目を、感慨深く細めた。

 

「それでこそ、ローグスだ」

 

満足げに頷くコールド。

ローグスは、何度泥を舐めさせられようと、決して屈しない。

 

他のメンバーはまだ刑務所から出られておらず、

妹のグリッダーは恋人のミラー・マスターの元にいる。

 

コールドは、TVに垂れ流しのフラッシュ映像を凝視し、しばらく思案する。

やがて覚悟を決め、散乱した資料の中から目的の紙を拾い上げた。

 

「なら、今日も行くとしようか」

 

「さすがコールド!」

 

「話が早いな」

 

鏡から現れたのは、肌の露出が多い女性──グリッダーだった。

金の絹のような髪をなびかせ、キャプテン・コールドの妹リサは、浮遊しながら兄の肩に手を置く。

 

「サムは準備できたそうよ、レン」

 

「ここではコールドと呼べと言っただろう」

 

コールドは資料をコピーし、ローグスへ配る。

配り終えると背で手を組み、声高らかに宣言した。

 

「今日も、ローグスの掟──斉唱いくぞ!」

 

「応よ!!」

 

「一つ! 無用な殺しは絶対にしない!!」

 

「「「一つ! 無用な殺しは絶対にしない!!」」」

 

ローグスは、ゴッサムの魔人どものような外道ではない。

罪なき無力な民衆の命を、決して奪わない。

特に警官には注意が必要だ。携行する銃は危険で、隙を見て割り込んでくる。

だが彼らもまた、真面目に生き、職務を果たそうとする善良な人間だ。断じて殺してはならない。

 

「二つ! ドラッグには手を出すな!!」

 

「「「二つ! ドラッグには手を出すな!!」」」

 

ドラッグは判断を鈍らせる。

麻薬に狂った犯罪がゴッサムで後を絶たないのも、そのせいだ。

つまりローグスに掟を破らせる危険を孕む禁断のブツ。近寄らないに越したことはない。

 

そして、最後が重要だ。

 

「三つ! ローグスの誇りを忘れるな!」

 

ローグスは決して外道ではない。

そう信じるからこそ、辛うじて生きていられる。

悪党であっても下衆にはならない。

殺しを楽しむ領域に堕ちず、フラッシュを“殺さずに倒す”という偉業へ向かう意思。

その矜持こそが、フラッシュと戦うために最も必要なものだった。

 

####

 

「バリー、起きろ! まだ終業時間じゃないぞ!」

 

机に突っ伏して眠っていたバリーは、目をこすりながら大きく伸びをした。

時計を見ると昼休みの少し前。たしかに眠るには早すぎる。

真夏に効いた冷房が、寝ぼけた頭に重くのしかかる。

 

「頼むぞ? まだまだ仕事が溜まってるんだ。

 今朝も、その前も、その前も遅刻しただろ。

 たまには定時で帰ったらどうだ」

 

「ごめん。考えておくよ」

 

そう言って同僚に手を振る。

バリーはセントラルシティでは異質というか、変わった人間性を持っている。

のんびり屋で、時間よりも“仕事の出来”を重視するタイプだ。

 

それは“世界最速の街”において、必ずしも良い結果を生むとは限らない。

それでも理解者に恵まれたバリーは、私生活では比較的穏やかな日々を送れていた。

 

整頓されたデスク。目の前に積み上がった仕事。

深呼吸して取り掛かろうとした、その時。ニュースが耳に飛び込んだ。

 

『高速道路を犯罪者たちが占拠。

 車を氷で強引に停止させた後、金品を強奪する悪質な犯罪を行っています。

 現在、死傷者は0。警察が出動するも手出しできない状況です』

 

「アレン、室長が呼んでるわ」

 

すでにもぬけの殻になったデスクに、同じ課の女性が立っていた。

見当たらない探し人をきょろきょろ探し、首を傾げる。

その頃には、バリー・アレンはフラッシュになっていた。

 

指輪に収納されたスピードフォース圧縮のコスチュームを展開し、

一秒もなくクリムゾンレッドのスーツを身に纏う。

雷の形をしたスピードフォースが靡き、速さが音になる。

 

伸びていく赤い影。稲妻の光。

秒針が一歩進む頃には、フラッシュは現場に到着していた。

 

騒然とする高速道路。高く聳える氷の壁。

赤灯が回り続けるパトカーの群れ。その周りに集まる警官たち。

 

「来やがったか、フラッシュ」

 

苦虫を噛み潰したような顔の警官が吐き捨てる。

フラッシュはおどけて笑い、辺りをぐるりと見渡した。

来る途中にも確認したが、ハイウェイにしては車が少なすぎる。

ヴィランを避けて回り道をする人間は多いだろう。だが、元々いた車はどこへ消えた?

 

警官が顎で氷壁をしゃくる。

 

「車は全部、中だ。

 野郎、財布だけガメて、民間人は全員追い出しやがった」

 

「つまり、罠ってことだね」

 

フラッシュはクラウチングスタートの姿勢を取り、スタートダッシュに備える。

氷壁は分厚く、弾丸を弾く硬度だ。プラスチック爆弾でも破壊は難しいだろう。

 

「気をつけろよ、スピード・スター」

 

「もちろん!」

 

構成原子を超振動させ、物質を形作る分子の隙間をすり抜ける。

氷壁を抜けた瞬間、フラッシュの足が滑った。大きくスピンする。

 

案の定。

コールドが氷の床を作っていた。

 

回転する視界の中、満面の笑みを浮かべたローグスが襲いかかる。

 

「来たわね、スピード・スター!」

 

「テメエのムカつくニヤけ面を、毎晩夢に見てきたぜ!!」

 

金色の稲妻。真紅のスーツ。

最速のヒーローはいつもの調子で、マイペースに微笑んだ。

 

「正しい生き方をすれば、そんな夢も見ないで済むよ」

 

「はぁ────────っ!?

 テメエをぶっ殺せば済むことだろぉ!!」

 

「物騒だなあ」

 

苦笑いするフラッシュへ、グリッダーの布が襲いかかる。

足元の氷が高速機動を封じる。やむを得ず速度を落とし、体勢を低くして走った。

被弾覚悟で避けるべきは“拘束”だけ。

車が密集する地点へ寄せられれば、ミラー・マスターに異次元へ引きずり込まれる。

 

次の瞬間、前方から灼熱の火炎が放射された。

ヒート・ウェーブの仕掛けが早い。

 

横へ逃げれば車に寄る。寄れば鏡に取られる。

だから、フラッシュは炎へ突っ込んだ。

 

燃え盛る熱が迫り、顔の表面が焦げる感触がする。

周囲の温度が急激に上がり、視界が真っ赤に染まる。

 

皮膚と肉が“溶ける”寸前、フラッシュはようやく見つけた。

コールドの氷を、ヒートの炎が溶かした一箇所。

氷が溶け、水が蒸発して“足が取れる”地点だ。

 

そこへ足を伸ばし、スピードフォースを集中させる。

 

最大速度を叩き出せる踏み込み。

鏡に取り込まれない速さで車を蹴り、斜めからヒートへ突撃した。

 

背後で、狙っていたのだろう。

ミラー・マスターの腕が鏡から飛び出し、空を掻いた。

 

間に合わない。

フラッシュの突きがヒートの頬を打ち、彼を吹き飛ばす。

 

「ぎゃぁっ!」

 

潰れた蛙みたいな悲鳴。ヒート・ウェーブが意識を失う。

 

ウェザー・ウィザードは、やり場のない怒りに杖を握りしめた。

 

「相変わらず、いけ好かない男だ!!」

 

「お褒めにあずかり光栄だね」

 

「褒めてないわよ!」

 

顔を赤くして、ウェザー・ウィザードが局地的な竜巻を生み出す。

とぐろを巻き、一切を裂く風の災害。

 

その背後から、グリッダーが布を鋭く尖らせ、フラッシュの両足を狙う。

 

命を取る気はないだろう。だが貫かれ、竜巻に直撃すればひとたまりもない。

熱で奪われた体力は、まだ戻っていない。

 

右足に鋭い痛みが走った。

美女の攻撃が当たり、フラッシュは身を捩って大きく姿勢を崩す。

 

機を逃さず、竜巻が真紅のヒーローへ襲いかかる。

だがフラッシュの武器は速度だけじゃない。

 

左腕を高速回転させ、空気の流れを操る。

ウェザーと同種の“横殴りの竜巻”を発生させ、ぶつける。

 

しかし相殺するには、足腰の踏ん張りが足りない。

腕が斬られる。悲鳴が喉元まで込み上げるのを押し殺す。

 

フラッシュは一瞬で三発、ウェザー・ウィザードへパンチを叩き込んだ。

 

「やってくれる!!」

 

「そう怒らないでくれよ」

 

だが浅い。軽い脳震盪で、ウェザーは距離を取る。

次に彼が生み出したのは濁流だった。

水鉄砲じゃない。ハイドロキネシスに近い、渦巻く水柱。

 

けれどフラッシュは、ニヤリと笑って大きく迂回する。

頭に血が上ったウェザーは、車ごとフラッシュを薙ぎ払いにかかった。

高速のフラッシュを追って、水柱が暴れ狂う。

 

「ウィザード!」

 

グリッダーの悲鳴。

その声でようやく、怒りと脳震盪に曇っていたウェザーの意識が戻った。

 

浮遊するグリッダーへ、ウェザーの攻撃が直撃しかけている。

 

危険だ。致死傷の一撃ではない。

だがそれは“高速治癒が可能なスピード・スター相手なら”の話だ。

グリッダーは金色の霊体だが、直撃したらどうなるか、誰も試していない。

 

「避けろ、リサ!!」

 

思わずウェザー・ウィザードと、鏡の中のミラー・マスターが同時に叫んだ。

 

「OK」

 

フラッシュは両足を完全に固定し、回復しきらない足を踏ん張って大地を踏みしめる。

傷口が広がるのも構わず、両腕を回転させた。

その回転が水柱の軌道を逸らす。

 

水滴がいくつか、グリッダーの霊体をかすめて通り過ぎる。

浮かんだままの美女が、呆れて肩を落とした。

 

「馬鹿ね。これくらいで死なないわよ」

 

「まあ、無事で何よりだよ。君たちもそう思うだろ?」

 

フラッシュが笑顔で問いかけ、

ウェザーと鏡のミラー・マスターは憮然として押し黙った。

 

腕組みして様子を見ていたコールドが、ようやく口を開く。

 

「ウィザード、ミラー・マスター、グリッダー。

 試合終了だ。お前たちは外れろ」

 

その言葉に、全員が息を呑んだ。

真剣な面持ちで、右手にフリーズ銃、左手に札束の詰まった袋を下げ、

ローグスのリーダーが毅然と立っていた。

 

「スピード・スターに借りを作っちまった。

 何もしないで通すわけにはいかねえ」

 

「でも、コールド!」

 

「グリッダーは無事だった――」

 

「馬鹿野郎っ!!

 そういう問題じゃねえだろ!!

 ローグスの掟、その四はどうした!?」

 

――ローグスの掟、その四。

我らはファミリー。互いを尊重することを忘れるな。

 

冷血でありながら、鉄の信念。

その言葉に、ウェザー・ウィザードは歯を食いしばり、戦闘態勢を解いた。

グリッダーも兄の意思を受け入れ、去り際にフラッシュへ囁く。

 

「助けてくれてありがとう。

 本当は……大丈夫かわからなかったの」

 

「どういたしまして」

 

氷のドームが霧散し、太陽が真上に昇る。

明るい空の下で、フラッシュとコールドが向かい合った。

 

どさり、と重たい音を立てて革袋が投げ捨てられる。

 

「いいのかい?」

 

「邪魔だからな」

 

「それだけ持って逃げるかもしれない」

 

コールドは眉間に皺を寄せ、フリーズ銃を振った。

 

「そうしたら……てめえの背中を撃つ。

 これで満足か?」

 

「あれ、面白くなかった?」

 

「まったく」

 

ローグス、警官、民衆が見守る中、二人は距離を取る。

破壊された車が瓦礫の砦を作り、緊張が肌を刺す。

 

高架を抜ける風が、戦い疲れた体を冷やした。

 

「いい空気だ。これだからやめられねえ」

 

「僕はこういうの、あんまり好きじゃないんだけどね」

 

フラッシュが一歩踏み出す。

コールドは瞬きもせず、銃口を向けた。

 

「来やがれ、フラッシュ!」

 

突風。

真紅のヒーローが景色から消える。

 

破壊された車からガソリンが跳ね、

硬質な“線”が走行軌道を描く――はずだった。

だが、その速さを視認できる人間はいない。

 

五発の速攻。

銃身が受け止める。

 

横からの一撃を読んだコールドが、冷気を撃つ。

フラッシュが身を捩った、その瞬間。

 

――足払い。

 

最速のヒーローは速度を殺せぬまま、数百メートル転がった。

道路に亀裂が走り、裂傷だらけのフラッシュが立ち上がる。

全身はガソリンに濡れ、鈍く光っていた。

 

「やるね」

 

「少しは黙って戦え」

 

「それは無理さ」

 

フラッシュがコールドの周囲を旋回する。

攪乱ではない。

生まれた真空が、周囲の酸素を奪っていく。

 

コールドの呼吸が乱れる。

 

舌打ちし、足元へ銃を向けて撃つ。

隆起した氷柱がコールドを空へ押し上げた。

 

見下ろす形になるフラッシュ。

だが高さは無意味だ。相手は弾丸より速い。

 

氷柱をアーチに変え、銃を肩に担いで降下する。

 

「仕切り直しだ」

 

同時にフラッシュが走る。

青白いパーカーのヴィランと、赤と黄色のヒーロー。

 

――直撃。

 

のはずが、

砕けた氷柱が盾となった。

 

降りる際に仕込まれた罅。

壊れるタイミングまで計算済み。

 

氷塊の嵐が、フラッシュの軌道を“描写”する。

コールドは静かに銃を構え、誘い込まれたその先へ――

 

フラッシュが指を弾いた。

 

火花。

次の瞬間、真紅より赤い炎が灯る。

 

だが燃え上がったのは、手の甲だけ。

それで十分だった。

 

フラッシュの拳が、冷気へ突き出される。

 

原子停止の冷気が、火を掻き消す。

その“一瞬”が、フラッシュの狙い。

 

全身が凍結するより僅かに早く、

パンチがコールドへ――

 

コールドは笑った。

 

フラッシュの全身が、刹那分だけ先に凍りついた。

 

勝ち名乗りを上げようとした、その瞬間。

凍結直前、つま先だけで大地を蹴ったフラッシュが縦回転し、

踵がゴーグル越しに鼻を打ち抜いた。

 

コールドは倒れ、朦朧としながら立ち上がろうとする。

 

――間に合えば、勝ち目は。

 

「ぷはぁ、ラッキー!!」

 

超振動。

氷が一斉に溶け、フラッシュが動き出す。

 

「運が悪けりゃ、君の勝ちだった」

 

完全に倒れたコールドを見下ろし、フラッシュは笑った。

 

「ガソリンを被った僕に、雷が落ちてたら――」

 

「馬鹿が」

 

血を拭い、コールドが吐き捨てる。

 

「ローグスがそんなことするか」

 

「だよね」

 

フラッシュは肩を貸し、コールドを運んでいった。

 

薄氷を踏むような勝利だった。

ほんのわずかな歯車のズレがあれば、

ローグスはついにフラッシュに勝っていただろう。

 

歓声が上がる。

警官も、市民も、誰もがフラッシュの勝利を喜んでいた。

 

コールドの足を引っ張ったのは、ローグスの誇り。

フラッシュの背中を押したのは、彼らへの奇妙な信頼。

 

ヴィランを信じる優しさ。

そして、そこへ至るまでの忍耐。

 

それこそが――

セントラルシティが誇るヒーロー、フラッシュだった。

 

「ともかくだ」

 

すでにローグスは現場から離脱している。

手錠をかけられたコールドが、護送車の前で立ち止まり、

鋭い眼光でフラッシュを睨んだ。

 

「次こそは負けねえぞ」

 

「それよりも……」

 

フラッシュは肩を竦め、

コールドの肩を軽く叩く。

 

「いい加減、更生しなよ。レオナルド」

 

護送車の扉が閉まり、

コールドは何も言わず、ただ鼻で笑った。

 

 

---

 

####

 

子供の頃のこと。

 

車をなんとか直し、

バリーと母は帰路についていた。

 

何時間もかかった修理。

疲労と、それ以上の達成感。

 

夜の車窓をぼんやり眺めていたバリーが、

路肩に停まる一台の車に気づいた。

 

開いたボンネット。

エンジンを覗き込む中年の男。

泣きそうな顔で立ち尽くす少女。

 

無数の車が通り過ぎていく中、

母は当然のようにハンドルを切った。

 

「止まるの?」

 

「そうよ」

 

「また、何時間も待つことになっちゃうよ」

 

不満げに言うバリーの頭を、

母は優しく撫でた。

 

「あなたは優しい子よ、バリー。

 いつか、同じように困っている誰かを助けたら、

 きっとその中の一人くらいは、あなたを助けてくれるわ」

 

 

---

 

####

 

「フラッシュは今、セントラルシティにいない。

 アポカリプスとやらと戦ってるらしい」

 

スピード・スター不在の街に、

再びゴリラの群れが侵攻してきた。

 

病院が壊され、学校が潰され、

路頭に迷う病人と子供たち。

 

街がヒーローの帰還を願う声で満ちる中、

光の届かない場所で、犯罪者たちが静かに立ち上がる。

 

「誇りも知らねえクソどもに、

 いっちょ教えてやろうじゃねえか」

 

武器を手に取る、フラッシュの宿敵たち。

 

「セントラルシティの金を狙う悪党がいるってことをな」

 

彼らはヴィランだ。

だが、街を壊すだけの怪物ではない。

 

フラッシュが信じた“誇り”を、

彼らもまた、手放してはいなかった。

 

最速の街は、今日も止まらない。

それでも――

誰かが立ち止まることで、守られるものがある。

 

セントラルシティは、

世界一速くて、

そして、ほんの少しだけ優しい街だった。

 

 

 

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