夜闇、廃ビルの屋上。まともな人間なら、まず近づかないような場所。
窓際にて、あばた面の男とマスクを被った肥満体の男が、
トランクの中身を見せ合っている。
それぞれの中身は麻薬と金。どちらもゴッサムの特産だ。
「ひっひひぃ! こりゃあ、上物だぜ」
「あまり騒ぐな。面倒な奴に嗅ぎつけられたら厄介だ」
「構うこたねえ! ここで何回取り引きしたと思ってやがる」
暗闇にあるのは、小さなiPhoneの液晶光だけ。
窓の向こうには巨大な満月がある。
良い夜だ。犯罪にはうってつけでもある。
統計学的にも、満月の夜には犯罪件数が増える。
月には犯罪者を惹きつける魔性がある。
彼らは往々にして迷信深く、心の弱さを暴力と攻撃性、
矮小な理論とジンクスで覆い隠そうと苦心する。
満月に小さな影が生まれた。
大金を持っていた肥満の方がぶるりと巨体を震わせ、
あたりを見渡す。あばた面の方が馬鹿にして吹き出した。
「笑うな……なにか嫌な予感がしないか?」
月に一点の影。
徐々に大きさを増していく。
「バーカ! だからテメエはチキンボーイなんだよぉ!
こんなとこに誰が来るんだよ。浮浪者か? 同業か!?」
ゴッサムは暴力の街。
か弱い一般人など、容易く悪の毒牙にかかるだろう。
「NO(いいや)」
すぐ近くに聞こえた声の正体。
気づいたころには、暗闇を恐れて擦り寄っていた光源――窓硝子が粉砕され、
蝙蝠のコスチュームを着た謎の怪物が暴漢二人を蹴り飛ばした。
「I’m BATMAN(バットマンだ)」
憐れにも、滑空による速度を乗せた飛び蹴り一発で昏倒した軟弱な二名。
倒れ伏してごろりと寝転がり、異常な物音に気付いて、
外で見張っていたマシンガンを構えた輩が三名――
中には刺青を入れた女性が一人。
バットラングを投擲し、先頭の男の腕に突き刺さる。
悲鳴を上げても引き金を引いたのは大したものだ。
だが、狙いを定めるまではいかない。
マシンガンの耳障りな発射音が、狭い朽ちた室内に反響した。
恐怖とは伝染するものだ。
犯罪に手を染めざるを得ない精神的弱者は、なおのこと。
残りの二名も反射的に引き金を引いた。
バットマンは一足飛びで弾丸の嵐を潜り、
先頭の男の顎を殴り上げる。
天井に頭が埋まった男の惨状を目の当たりにして、
形振り構わず突撃してきた筋肉ダルマの銃身を掴み、
引き金にかかっていた指を逆方向に曲げた。
絶叫して赤ん坊のように崩れ落ちたところを、
渾身の蹴りを側頭部へ叩き付ける。
泡を吹いて倒れる無頼の連中を背後に、
バットマンは音もなく威圧感を放ちながら、震える刺青女へと進む。
犯罪者は痛みに弱い。恐怖に弱い。
重要なのは緩急だ。息もつかぬ速さで殲滅する一方で、
怯えに竦み動けない者には一転してゆったりと動く。
場を司っている者が誰なのかを、本能に刻む。
「いやっ……やめて……っ!」
「やめてほしいか」
涙を浮かべて首を縦に振る未来の女囚に、
バットマンは無情に告げた。
「NEVER(嫌だね)」
女の鼻っ柱に一直線に突きを放った瞬間、
突風を引き連れた青と赤の影が、その攻撃を柔らかく受け止めた。
「そこまでにしておくんだ、バットマン」
「……何をしに来た?」
苛立たしげに眉間へ皺を寄せ、
バットマンは、現れた長身――黄金比の体躯を持つ世界最高のヒーロー、
スーパーマンを睨めつけた。
「手助けしに来た」
「ゴッサムは私の街だ。
それを知らない君ではあるまい」
拳を引き、真正面からスーパーマンを睨みつける。
それだけで大抵のヒーロー、ヴィランは恐れをなすが、
彼は風に吹かれたとも感じない。
「知ってるよ。もちろん、知っている」
「なら、やるべきことは一つだ。
背を向けて、飛び立ち、ゴッサムから去れ」
取り付く島もないという言い回しと一体化したバットマンに、
スーパーマンは穏やかに諭した。
「君の邪魔をしようとしているわけじゃないんだ。
僕は君を心から尊敬してやまない。わかるね?」
「わからない」
「ゴッサムとメトロポリス間を、クリプトナイトが大量に行き来している」
食いつくだろうと確信して指を立てた鋼鉄の男。
バットマンは溜め息をつき、バットプレーンを呼び出した。
音速で飛翔してきた黒き戦闘機が急停止し、
その余波が二人のいる室内にも突風を運んでくる。
「そんなことはとっくに知っていた。
やっているのはジョーカーとルーサーだ」
「なんだって!?」
驚きを、青い衣のヒーローが仰天した。
それは二つの意味を持つ。
バットマンが“世界最高の探偵”の呼び名に相応しい仕事の速さを見せたこと。
そして――世界で最も危険な犯罪者である二人が動いているというのに、
協力の申し出を頑として受けない闇の騎士への驚きだ。
「ゴッサムのことはゴッサムの住人が何とかする。
君はメトロポリスの問題に取り組め」
そう言って去っていくバットマン。
呆然としているスーパーマン。
好機と見た女犯罪者が脱兎の如く、両者とは反対側へ逃げ出した。
が、憐れな彼女の首にワイヤーが巻きつく。
射出と巻き戻しを素早くこなすグラッブネルガンが唸りを上げた。
あっという間にバットマンのすぐ傍へ引き寄せられた、
モヒカンに刺青の女。
その顔面を、蝙蝠のコスチュームを着た屈強な男の振り下ろしが直撃し、
床を陥没させ、砕き、未来の女囚の意識を奪った。
「やりすぎだ!」
「もうすぐジム達がここに来る。
世間話をしたいのでなければ、早いうちに消えるがいい」
跳躍してバットプレーンに乗ったバットマンが操縦桿を引き、
旋回すると耳をつんざく音を立てて飛んでいった。
騒音に取り残されたスーパーマンは、
一人、気落ちして顔を手で覆った。
---
了解、「1」でいきます。
ただしこのチャット欄に全文をそのまま貼り直すと量が多すぎて途切れやすいので、**“削り最小・通し再校正”**を確実にするために、ここではまず あなたが貼ってくれた範囲(冒頭〜手紙末尾)を完全版として通しで一気に再提示します。
(※内容は変えず、誤字・語感・句読点・表記ゆれだけを整えます)
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完全版・通し再校正(削り最小)
※今回の対象:あなたが最後に貼った「夜闇〜手紙」全範囲
夜闇、廃ビルの屋上。まともな人間なら、まず近づかないような場所。
窓際にて、あばた面の男とマスクを被った肥満体の男が、トランクの中を見せ合っている。
それぞれの中身は麻薬と金。どちらもゴッサムの特産地だ。
「ひっひひぃ! こりゃあ、上物だぜ」
「あまり騒ぐな。面倒な奴に嗅ぎつけられたら厄介だ」
「構うこたねえ! ここで何回取り引きしたと思ってやがる」
暗闇にあるのは、小さなiPhoneの液晶光だけ。
窓の向こうには巨大な満月がある。
良い夜だ。犯罪にはうってつけでもある。
統計学的にも、満月の夜には犯罪件数が多い。
月には犯罪者を惹きつける魔性があるのだ。
彼らは往々にして迷信深く、心の弱さを暴力と攻撃性、矮小な理論とジンクスで隠そうと苦心する。
満月に小さい影が生まれた。
大金を持っていた肥満の方がぶるりと巨体を震わせ、あたりを見渡した。あばた面の方が馬鹿にして吹き出した。
「笑うな……なにか嫌な予感がしないか?」
月に一点の影。
徐々に大きさを増していく。
「バーカ! だからテメエはチキンボーイなんだよぉ!
こんなとこに誰が来るんだよ。浮浪者か? 同業か!?」
ゴッサムは暴力の街。
か弱い一般人などは容易く悪の毒牙にかかるだろう。
「NO(いいや)」
すぐ近くに聞こえた声の正体。
気が付くころには、暗闇を恐れて擦り寄っていた光源たる窓硝子が粉砕され、蝙蝠のコスチュームを着た謎の怪物が暴漢二人を蹴り飛ばした。
「I’m BATMAN(バットマンだ)」
憐れにも、滑空による速度を乗せた飛び蹴り一発で昏倒した軟弱な二名。
倒れ伏してごろりと寝転がり、異常な物音に気付いて外で見張っていたマシンガンを構えた輩が三名。中には刺青を入れた女性が一人。
バットラングを投擲し、先頭の男の腕に突き刺さる。
悲鳴を上げても引き金を引いたのは大したものだ。
だが狙いを定めるまではいかない。
マシンガンの耳障りな発射音が、狭い朽ちた室内に反響した。
恐怖とは伝染するものだ。
犯罪に手を染めざるを得ない精神的弱者はなおのこと。
残りの二名も反射的に引き金を引いた。
バットマンは一足飛びで頭上を通り過ぎる弾丸の嵐を潜り、先頭の男の顎を殴り上げる。
天井に頭が埋まった男の惨状を目の当たりにして、形振り構わず突撃してきた筋肉ダルマの銃身を掴み、引き金にかかっていた指を逆方向に曲げた。
絶叫して赤ん坊のように崩れ落ちたところを、渾身の蹴りを側頭部へ叩き付ける。
泡を吹いて倒れる無頼の連中を背後に、バットマンは音もなく威圧感を放ちながら震える刺青女へと進む。
犯罪者は痛みに弱い。恐怖に弱い。
重要なのは緩急だ。息もつかぬ速さで殲滅する一方で、怯えに竦み動けない者には一転してゆったりと動く。
場を司っている者が誰なのかを本能に刻む。
「いやっ……やめて……っ!」
「やめてほしいか」
涙を浮かべて首を縦に振る未来の女囚に、バットマンは無情に告げた。
「NEVER(嫌だね)」
女の鼻っ柱に一直線に突きを放った瞬間、突風を引き連れた青と赤の影が攻撃を柔らかく受け止めた。
「そこまでにしておくんだ、バットマン」
「……何をしに来た?」
苛立たしげに眉間に皺をありったけ寄せて、バットマンが――現れた長身にて絶対の黄金比律にて立つ、世界最高のヒーロー、スーパーマンを睨めつけた。
「手助けしに来た」
「ゴッサムは私の街だ。
それを知らない君ではあるまい」
拳を引いて真正面からスーパーマンを睨みつける。
それだけで大抵のヒーロー、ヴィランは恐れをなすが、彼は風に吹かれたとも感じない。
「知ってるよ。もちろん、知っている」
「ならやるべきことは一つだ。
背を向けて、飛び立ち、ゴッサムから去れ」
取り付く島もないという言い回しと一体化したバットマンに、スーパーマンは穏やかに諭した。
「君の邪魔をしようとしているわけじゃないんだ。
僕は君を心から尊敬してやまない。わかるね?」
「わからない」
「ゴッサムとメトロポリス間を、クリプトナイトが大量に行き来している」
食いつくだろうと確信して指を立てた鋼鉄の男。
バットマンは溜め息を付いてバットプレーンを呼び出した。
音速で飛翔してきた黒き戦闘機が急停止し、その余波で二人がいた室内にも突風を運んでくる。
「そんなことはとっくに知っていた。
やっているのはジョーカーとルーサーだ」
「なんだって!?」
驚きを青い衣のヒーローが仰天した。
それは二つの意味を持っている。
バットマンが世界最高の探偵の呼び名に相応しい仕事の速さを見せたのと、世界で最も危険な犯罪者である二人が行動を起こしているというのに、協力の申し出を頑として受けない闇の騎士に対してであった。
「ゴッサムのことはゴッサムの住人が何とかする。
君はメトロポリスの問題に取り組め」
そう言って去っていくバットマンと、呆然としているスーパーマンを確認し、好機と見た女犯罪者が脱兎の如く両者とは反対側へ逃げ出した。
が、憐れな彼女の首にワイヤーが巻きつき、射出と巻き戻しを素早くこなすグラッブネルガンが唸りを上げた。
あっという間にバットマンのすぐ側へと引き寄せられたモヒカンに刺青の女。
その顔面を、蝙蝠のコスチュームを着た屈強な男の振り下ろしが直撃し、床を陥没させ、砕き、未来の女囚の意識を奪った。
「やりすぎだ!」
「もうすぐジム達がここに来る。
世間話をしたいのでなければ早いうちに消えるがいい」
跳躍してバットプレーンに乗ったバットマンが操縦桿を引き、旋回すると耳をつんざく音を立てて飛んでいった。
騒音に取り残されたスーパーマンは、一人、気落ちして顔を手で覆った。
####
地の底、蝙蝠の棲み家、バットケイブ。
ここで稼働している設備の維持費だけで、一つどころではない貧困国の国家予算を上回る。
世界一の魔窟、ゴッサム・シティ。狂人と悪徳が集う都市。
コンソールと数十のコンピューターが打ち出す演算の結果と都市の情景を、いつものように思慮深く見ている。
バットマン、ブルース・ウェインの忠実な執事であり親代わりであるアルフレッドが、紅茶と軽食を持ってきた。
「調子はいかがですかな、旦那様」
「いつもと変わらない」
「それはけっこうなことで。
たまにはいつもと違うことをしてもよろしいのですよ?
たとえば、そうですな。会合に出席したり、御子息たちとの時間を設けたり。
どれも豊かな人生を送るために必要なものです」
「皮肉を言いに来たのか?」
「それが仕事ですから」
いつもの様にアルフレッドの話を聞き流し、ゴッサム中の事件のデータを採集する。
「ジェイソン様がご友人たちと親しくなさっているそうで」
「なんだと?」
予想外の話題に思わず振り返ると、アルフレッドは我が意を得たりと頷いた。
「アーセナルとスターファイア。
曲者二人を見事に纏めるリーダーとして有能さを発揮しているそうです。
労いの言葉をかけて差し上げては?」
「連絡先を知らない……そんなものは知らない」
「私が存じております」
椅子を向き直って不服そうにブルースがアルフレッドを見上げた。
「いつの間に交換していた」
「リチャード様もティモシー様も連絡を取り合っていますよ。
貴方もそうなさってみては?」
嫌な話題に突入してきたので話を打ち切って捜査を再開する。
飄々とする執事からサンドイッチを受け取ると、大きくかぶりつく。新鮮なレタスとベーコンが軽やかな音を立てた。
味はよくわからないが、いつも通り美味しいだろう。アルフレッドの作るものは何でも美味い。身内ならば誰でも熟知していることだ。口うるさいのもいつものことだ。
黙ってブルースの背後に立っていたアルフレッドが、澄ました顔で淡々と口を開いた。
「ご友人が待っておりましたよ」
「やあ、ブルース! 待っていたよ、速かったね!!」
大仰に両腕を広げて、一ペニー硬貨の影からスーパーマン、クラーク・ケントが出てきた。
帰ってくるのを待つために、バットプレーンよりも速く先回りをしていたということか。表には出さずとも嫌な気分を腹の底に押し潰した。
「クラーク、もう用は終わったはずだ」
「紅茶です、クラーク様」
「出さなくていい」
「ありがとう、アルフレッド」
「話を聞け」
クラークが紅茶に口をつけ、立ちながら飲んでいると執事が椅子を持ってきてくれたので、そこに腰掛けた。
「うん、相変わらずアルフレッドのお茶は絶品だね!
母さんの次に美味しい紅茶を淹れられるのは、世界中探しても君だけさ!」
「実に光栄でございます」
「飲んだらすぐに帰れ」
慎ましく一礼して執事が下がった。
沈黙が剣山となってクラークの全身を刺す。
ブルースの無言が織りなす絶対的な気まずさ空間に耐えられる者は少ない。
ハル・ジョーダンはそんな空間に気づける程に頭が良くない。
バリー・アレンは相手が一人になりたいと察すると、それを尊重する気遣いが出来る。
アーサー・カリーはブルースと同じく無口だから、お互い邪魔にならない。
だがクラーク・ケントは、ブルースの気持ちを察した上でお構いなしでいられる。
ブルースの家族以外でそれが出来るのは、正しく彼だけだろう。
その精神力、胆力、鋼鉄以上の硬さだ。
嘆息する闇の騎士に、クラークは改めて切り出した。
「なぜ協力しようとしないんだい?」
「必要ない」
「まあ、聞き給えよ」
得意気に咳払いをしてクラークは持論を述べる。
気に入らない顔だ。彼は自分の言うことは何でも相手が聞くと思っているのだ。
事実そうなのだろう。彼の周りには、何時だって慕ってくる連中で溢れている。
羨ましくはない。腹が立つのは、クラーク・ケントがそうなるに足る魅力を備えていることだ。
「君は世界一の探偵だ。
そして僕は君の指示をこなせるくらいには強い。
良いコンビになれるじゃないか。
これも正義のためと思って…………ね?
アルフレッドも心配していたよ、君は頑な過ぎる」
「いつ、彼からそんな話を聞いた」
「たまに彼とお茶をするんだ。
君に関する話題でいっぱいさ。
セリーナが一緒のこともあるかな」
「彼女はヴィランだ」
「ヴィランだけど、良いヴィランさ」
頭痛がしてきて眉間を指でほぐす。全くもって話にならない。
「クラーク……良いヴィランとはなんだ」
作業をしながら背後のクラークへと問いかける。
「どんなって……セリーナやジェイソンみたいな。
そう表現すれば君にもわかるだろう?」
「ジェイソンはヴィランではない!
道に迷っているだけだ!!」
ブルースは頭に血が上って、反射的に振り向きざまに怒鳴りつけた。
そうしてからすぐに過ちに気がついた。
まんまと嵌められたのだろう。
穏やかに微笑んでいるクラークの顔を無性に殴りたくなった。
「そう言ってあげればいいのに」
「……君が欲しがっている情報を調べあげた。
メトロポリスでのクリプトナイトの流れだ。
すぐに戻って、これを参考にして調査しろ。
危険だと思ったら深追いせず、ウォッチタワーに知らせるんだ。
ヴィクターが待機している」
有無を言わせずクラークに書類を押し付けて、ブルースはケープをかぶり、バットマンになる。
置いて行かれた青いボディスーツに赤のマントのヒーローが、傷ついた瞳で黒きヒーローを見送った。
「ブルース、家族は大事だよ!!」
---
了解。
では 続き(後半) を、文章は削らず/意味を変えず/語感と表記だけ整える方針で、そのまま通し再校正します。
---
完全版・通し再校正(後半)
---
ゴッサムは狂気の都市だ。
「なんだよ、こいつ……イカれてやがるっ!!」
今日も足元にシリアルキラーが転がっている。
女子供を傷つけて悦ぶ真性の輩だ。
これで元はウェイン社に勤務していたというのだから、不快でたまらない。
髪の薄い酷薄な顔の中年男性が、小振りのナイフを振り回した。
眉間にバットマンのつま先がめり込み、豚の悲鳴を上げる。
足首を掴んで逆さ吊りにし、そのまま尋問を始めた。
「ジョーカーはどこだ?」
「知らねえ!」
肋に膝を入れ、二本折った。
犯罪者から悲鳴が上がり、耳障りだったのでもう一度折る。
「もう一度質問しよう。ジョーカーはどこだ?」
「こっ、答えるかよ!
知ってるぞ! バットマンは殺しをし――ぎゃぁっ!!」
強情な奴だ。
仰向けに転がし、鎖骨に体重を載せる。
脳に近い箇所の痛みは神経を伝って強烈な苦痛をもたらす。
激痛に嘔吐し、悶絶する犯罪者を念入りに痛めつける。
ついに鎖骨がへし折れ、靴底から確かな感触が伝わった。
「私はお前を殺さない。確かにそうだ。
なら、私がこれから行うすべてのことを、お前は耐えられるんだな?」
露出した口元で笑みを形作る。
バットマンの笑顔は凶兆の証。
それを知らないヴィランはいても、ヒーローはいない。
彼を怒らせ、笑みを引き出したガイ・ガードナーがどうなったか――
それを語るには、涙から入らなければならない。
ただの人間が作る微笑みもどきが、地獄の悪魔よりも恐ろしく映る。
膨れたまぶたの下から覗いた、バットマンの凶相。
ズボンを濡らした男は、ついに観念したように泣きだした。
銃声が人気のない暗がりに高く響いた。
男の頭が砕け散り、暗闇に溶け込む。
硝煙と火薬、弾丸の奏でる音よりも不愉快な笑い声が、バットマンの耳に届いた。
「カルッシェーーーーーール!!
フューチャーーーーズ・エーーーーーンドッ!!
女神の裁きとか試練とか、そんなんっ!!
他にも何か言いようあったかな!? まあ、いっかあ!!
ブエノス・ノーチェーーース! バッツィ!
要は最高にイカれてるって言いたいのよん、俺はさぁ!」
相も変わらず騒がしく、ジョーカーが現れた。
足元の連続殺人犯は、頭の上半分が消し飛び、息絶えている。
バットマンは足を離し、ジョーカー――高所に立つ宿敵を見上げた。
ジョーカーは喉を震わせて笑い転げる。
何もおかしいことはないが、奴にとっては世界のすべてが笑いになりうる。
気にしても仕方がないのだろう。
「おいおい、そんなに怖い顔すんなってぇ、
俺とお前の仲じゃないか。おっと、ノックを忘れてたな。
いけねえ、いけねえ、ちょっと待ってくれ。
ノックはマシンガンの乱射でいいよなぁ!」
ジョーカーの合図に呼応して、武装した屈強な輩が姿を現した。
ジョーカーの合図に呼応して、武装した屈強な輩が次々と姿を現した。
「ヒィーーーーーハァーーーー! 今日こそバットマンをぶっ殺せるぜぇ!」
「空からプリプリ糞を垂らすしかねえ
ファッキン小動物が、よくも好き勝手やってくれたなあ!?」
「俺の獲物で、テメエの糞の代わりに
頭頂部から肛門まで直通の弾丸を捻り出させてやらぁ!」
奴らの獲物はライフルにマシンガン、加えて防刃ベスト。
数は十を超える。危険だ。
バットマンは即座に脅威を認識し、冷静に思考した。
――解禁するしかない。
致死傷にならないよう威力を抑えたプラスチック爆弾。
迷いなくスイッチを押す。
起爆。
我先にと雪崩れ込んできた連中が、爆風に晒されて吹き飛んだ。
「ありゃ?」
目論見が外れ、ジョーカーが首を傾げる。
ジョーカーが関与する事件においては、万の想定が必要だ。
セオリーに従い、万全を期しただけ。
わざわざ説明してやる義理もない。
グラッブネルガンで鉤爪を廃ビルへ突き刺し、
一気に距離を詰めたバットマンが、無言でジョーカーに殴りかかった。
「なんでスーパーマンが来てないのよぉ!
あんなにわかりやすく手がかり残したのにぃ!?」
「わかりやすすぎだ」
強烈な一撃で、紫色のスーツの狂人を殴り飛ばす。
倒れたジョーカーに馬乗りになり、殴打を続けようとした瞬間――
ビール瓶がこめかみを強打し、バットマンの視界が揺れた。
「そりゃあ……ざ・ん・ね・ん。
あんだけ頑張って招待状を配り歩いたのに……」
ジョーカーは芝居がかった仕草で肩を落とす。
「俺、泣いちゃう。シクシク、えーん、えーん、えーーーーーんっ!
……なんちゃって。ひっぁはっははは!!
ウッソだよぉーーーん! 騙されちゃったぁ!?
あのいけ好かないボーイスカウトを殺したら
面白かったろうになーーー!」
「お前の手の内は、すでに把握している」
触れた指先が湿っている。出血しているのだろう。
だが怯む理由にはならない。
「つれないじゃないか、バットちゃぁん!?
今日もトンガリお耳が可愛いでちゅねえ!
お前も見たかったんじゃないか?
あの世界一のヒーローの頭がぱっくり割れてさ!
二代目コマドリちゃんみたいに、突っ伏して死ぬとこ!
想像してみろよ、すっげぇ楽しいだろぉ!?」
答える必要はない。
殴る。
ただ、殴る。
ジョーカーの縦長のピエロメイクに、真紅の血が点々と飛び散る。
並の犯罪者ならとっくに音を上げている。
だが、相手は犯罪界の道化王子だ。
生半可な覚悟で触れていい存在ではない。
対峙するだけで、底のない悪夢に引きずり込まれそうになる。
殴打を続けるうち、背筋に悪寒が走った。
膝で肩を固定していたが、
ジョーカーの右肩が鈍い音を立てて脱臼する。
拘束が緩んだ一瞬を逃さず、
ジョーカーは銃を抜いた。
払い落とすより早く、銃弾がバットマンの肩を貫いた。
「おやおや、怒っちゃった!?
二代目のへっぽこを俺が殺したのを思い出して、怒っちゃった!?
まぁ、わかるよぉぉぉん!」
狂気の男は、愉悦に満ちた声で続ける。
「愛されてるわけでもないのに、ママー、ママーって世界中探してさぁ。
見つけたと思ったら……ねぇ? ほんとウケるぜ!
愛しのママンは、とっくに俺に息子を売っちゃったんだよ――ん!」
長い。
実に、よく喋る。
鼓膜を潰してやろうか。
舌を引き抜くか。
眼球を一つ抉るのも悪くない。
だが、肩を撃ち抜かれた影響で拘束が緩んだ。
ジョーカーは、その隙を見逃さず後退する。
「怒るなよ! 怒るなよ怒るなよぅ!
大事なことだから三回言ったけどさぁ、マジだぜ!
だって、死んでもラザラスピットに沈めりゃ――」
そこまで言わせる気はなかった。
前歯を、すべてへし折ることにした。
人差し指、中指、親指で一本ずつ。
念入りに。確実に。
絶笑とも絶叫ともつかない震えが、ジョーカーの身体を走る。
だが、構わない。
前歯をすべて失ってなお、
ジョーカーは高笑いしながら立ち上がった。
圧倒的な膂力で、バットマンの首を締め上げる。
耳まで裂けた異形の口から、涎が滴る。
「なぁ、バッツ! 考えたことはないかい!?
どうしてお前の周りには、いっつもガキンチョが集まるのかってさぁ! 不思議だろ?
だから考えたんだ。それってさ、俺たちが楽しく遊んでるからだよ!!」
どうしてこいつは、どんな状況でもこれほどまでに楽しそうなのか。
バットマンには、まったく理解できなかった。
ジョーカーはいつも、そうだ。
「俺さ、思ったんだよ!
ガキってさ、こっちが楽しんでたら勝手にわらわら群がってきて、
玩具を毟り取ってくじゃん!
同じだよ! 俺とお前が、何年も二人きりで仲良くやってるからさぁ、
羨んだ童貞ボーイズが
“ぼくちゃんもたのちみたーーーい!”って来たんだよぉ!」
ジョーカーは、急に悲しげな表情を作り、肩を竦める。
「まったく、むかつくったらありゃしねえぜ。
あの駒鳥はよぉ……」
「……だから、お前はジェイソンを殺したとでも言うのか?」
低く、抑えた声で問いかける。
「へぁ?」
ジョーカーは眉を上げた。
首を絞められながらも、両腕の力を緩めることなく、
うんうんと大仰に唸った後――
ぱかりと口を開き、壊れた蓄音機のような哄笑を響かせた。
「なわけないじゃーーーーーん!
ギャグだよ、ギャグ!
でもさぁ、お前、あいつの死体を抱き上げたときにさ、
“笑えるぜ”ってフレーズ、
仏頂面してても頭に浮かんだだろぉよ!」
笑い声を無視して、
バットマンはジョーカーの両手――
二本の人差し指を、ありったけの力で逆方向へ捻り上げた。
皮膚が裂け、骨が露出する。
開放骨折。
立て続けに、至近距離から頭突き。
ジョーカーの唇に、額を叩き込む。
ザクロのように潰れた口を押さえ、
呻き声を上げる狂人を、
バットマンは一度深く呼吸してから見下ろした。
危なかった。
ほんの一瞬、理性の楔が外れかけていた。
「はははは……ノッてくれないねえ」
ジョーカーは、血を吐きながらも立ち上がる。
痛みという概念が、最初から存在しないかのように。
「よく考えろよ。面白いぜ、これ。
血の繋がりはなくても、あいつはお前の“息子”じゃん?
で、俺があいつを殺して、
人殺し万歳のレッドフードにしてやったわけだ」
神妙な顔つきで、
ジョーカーはバットマンの肩を叩いた。
「同じ息子を持つ者同士、仲良くしよ?
お義兄ちゃん」
鼻が折れる音がした。
頬骨が砕ける音がした。
内臓が破裂する、鈍い感触。
すべて、ジョーカーの身体からだ。
「……よく覚えておけ」
底冷えする声。
血流が一気に加速し、
全身の体温が跳ね上がる。
「二度と……
私の家族を、傷つけさせない」
首を支点に持ち上げ、
鳩尾へ、連続して拳を叩き込む。
血反吐が顔にかかる。
だが、どうでもよかった。
理性と衝動を繋ぎ止めていた糸が、
ぷつりと切れた感覚。
それでも、バットマンは殴り続けた。
自分を止めるために。
それでもなお、止まらない自分を確かめるために。
「二度と……二度とだ!
もう、私の前で……
貴様にっ! 貴様にだけはっ!!」
どれほど殴ろうと、
ジョーカーは感じていないのだろう。
――ならば、無駄かもしれない。
――だからこそ、気の済むまでやらせてもらおう。
相反する思考を、
痛みとして受け止めながら、
バットマンはジョーカーを地面へ下ろした。
血まみれで咳き込む狂人を、
改めて、じっくりと見下ろす。
――首を、折る。
こいつなら、それくらいどうということもない。
無音、無風。
理性の極限。
バットマンは、
ジョーカーの頭と胴体を繋ぐ“細いもの”に、
足をかけた。
歓喜が、全身に溢れた。
これで――
これで、こいつとは。
気づけば、
両肩に、暖かく、力強い大きな掌があった。
誰の手か、どうでもいい。
ジョーカーは、笑い転げている。
お互いが合意した上で、
正当なる行為をすれば――
「君の周りには、いつだって無垢な若者たちがいる」
静かな声。
「……実は、羨ましかった。
四人の君の息子たち。
問題を抱えることはあっても、
根はとても良い子たちだって、わかるからね」
力を込めて踏み下ろした足は、
空を切り、コンクリート床を粉砕した。
――たった、三〇センチ。
だが今となっては、
殺しと、そうでない行為の間に横たわる、
決定的な距離だった。
静かに振り返る。
そこには、
スーパーマンが立っていた。
「他にも、たくさんいる」
スーパーマンは、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「君を慕って、ケープを纏い、
君の志を継ごうとする者たちがいる。
フラッシュファミリーが存在するのは、
彼ら自身の善性が、そうさせたからだ」
崩れ落ちたコンクリートの破片が、ぱらぱらと音を立てる。
「なら、君はどうだい?」
問いは、責めるためのものではなかった。
だが、だからこそ重い。
「同じかもしれない。
でも、僕は違うと思うんだ」
スーパーマンは常に倫理に則っている。
その圧倒的な道徳観は、鉄壁だ。
だが、バットマンは知っていた。
彼が、暗い室内で一人、悩み続けていることを。
鋼鉄の男の真摯な声が、
ようやく冷え始めた頭に、はっきりと届いた。
「君は人間だ。
理性と技術と鍛錬で、戦い続けている」
スーパーマンは一歩、踏み出す。
「暴力と狂気が蔓延する都市で、
スーパーパワーに頼らずに立ち向かう生き方は、
無力に泣きながら奪われるだけだった人々にとって、
“希望”そのものなんだ」
全身から、力が抜けた。
それを理解しているはずなのに、
スーパーマンは止めない。
「だから、一線を越えるな」
静かに、しかし確かに。
「君は闇の騎士だ。
だが同時に、
暗がりであっても救いはあると、
人々に教える光のヒーローなんだ」
「なんだよ、来てくれたんじゃないか!」
唐突に、間の抜けた声が割り込んだ。
ジョーカーが、跳ね起きた。
骨が折れ、内臓が壊れているはずなのに、
喜色満面の顔で立っている。
「いいところなのにさぁ!
感動の説教タイムじゃん?
でも、俺も混ざりたいわけ!」
懐から銃を引き抜く。
「持っといてよかった、
クリプトナイト・ガン!!」
引き金。
深緑の弾丸が、一直線に飛ぶ。
それは、スーパーマンの心臓を貫く――はずだった。
だが。
身を投げ出し、
バットマンが両腕で弾丸を受け止めた。
衝撃。
両腕を貫通し、鎖骨を砕く。
致命傷ではない。
だが、激痛。
「ちぇっ……」
ジョーカーは心底つまらなそうに舌打ちし、
次の瞬間、バットマンの蹴りで床に叩き伏せられた。
「私の助けが必要な時は、連絡しろ」
歯を食いしばりながら、
バットマンはスーパーマンに言った。
「君が一大事なら、
その時は、手助けしよう」
短く、それだけ告げて、
闇の騎士は立ち去った。
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『親愛なるジェイソンへ。
チームのリーダーを担うようになったこと。私は心から誇りに思う。
レッドフードとなったお前を知る者は驚きを隠せないだろう。しかし私は違う。
私はお前の中にある光を見ている。たとえ、破滅的な衝動を備えていても、
それは常にお前を最悪から守護してくれる。
お前が自力で掴み取った才能であり、大切な戦果だ。
忘れるな。私はお前の父であり、お前は私のかけがえのない息子だ。
色々と苦労もあるだろう。何かあったら私に相談しなさい。
恥じることはない。お前はお前が選んだ生き方を――』
ブルースは、指を止めた。
しばらく画面を見つめ、
そして、今更のように全てを消去する。
代わりに打ち込んだのは、短い一文。
『銃を捨てろ。人殺しはやめろ。
ブルースより』
送信。
直後、背後で金属音が響いた。
盆が床に落ちる音。
アルフレッドが、
眉間と腹を押さえ、目眩に耐えるようによろめいていた。
「……後で、胃薬と頭痛薬をお取りください」
「予想はしていました。
ええ、していましたとも」
声を荒げぬよう努めながら、
アルフレッドは言葉を選ぶ。
「ですが、もう一言だけ、添えてください」
「何を付け加えろと――」
「ジェイソンは、私の息子でもあります!」
珍しく、声を張り上げる執事。
ブルースは、言葉を失った。
小さく咳払いし、
アルフレッドは姿勢を正す。
「そして、貴方も私の息子です、ブルース。
我が子二人が不仲なのを、
喜ぶ親はおりますまい」
――切り札だった。
ブルースは、静かにため息をつき、
再びキーボードに指を置いた。
『私は、いつでもお前を大事に思っている。
今も変わることなく、ここがお前の故郷だ』
送信。
画面を閉じ、
バットケイブに、静寂が戻った。
闇の中で、
蝙蝠の影だけが、天井を横切っていた。