了解。削らずに、主に「誤字・脱字」「てにをは」「語の統一」「読点の位置」「主語のねじれ」「言い回しの自然さ」だけを整えた再校正版を出します(内容・展開はそのまま)。
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校正後(ほぼフル維持)
子供の頃、夜が嫌いだった。
スーパーパワーに目覚めて、うまくコントロールできなかった僕は、幾晩もベッドの上で覚醒した意識を持て余していた。
両親を心配させないように寝たふりをしてから、こっそり屋根に登って星を眺める。
まだ自分が宇宙の果てまで、その向こうまで行けるとは想像もしなかったが、故郷の星が浮かぶ空間をじっと仰いでいれば心が休まるかと考えていた。
実際はそんなことはなく、発達した超聴力は世界中の悲劇を教え、僕は父さんや母さんに同じことが起きたらどうすべきかと怯えていた。
結論から言うと、僕の子供らしい漠然とした不安はバレバレで。
ある日、いつものようにベッドに行こうとした僕を呼び止めて、母さん――マーサ・ケントは焼きたてのアップルパイを出してくれた。
アイスクリームを載せた特別製だ。我が家の最高級品だ。
父さん――ジョナサン・ケントは悪戯っぽくウィンクしてワインを出してくれた。
こっちも最高級品だと謳っていたけれど、あれは10ドルそこらの安物だったはずだ。
アイスの冷たさとアップルパイの熱さ、香ばしさに舌鼓を打って、ワインという未知の味にくらくらした僕を両親が笑った。
情けないことだが、その時になって僕はようやく、自分はどこまで行ってもただの子供なのだと痛感した。
その夜はぐっすり眠れた。その次も、次も。今日に至るまで。
つまるところ、自己紹介するとすれば。
僕の名はクラーク・ケント。カンザスのスモールヴィル生まれ、農場育ち。
それが最も身の丈に合っているということだ。
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ゴッサムは狂気と暴力の街だ。
スーパーマンの活動エリアであるメトロポリスとは、空気も景観もまるで異なる。
歴史を感じさせる建造物は多いが、それは歪みと穢れを押し隠したようでもあり。
何度来ても、鋼鉄の男をして慣れないものであった。
武装ギャングが雇ったMr.フリーズとポイズン・アイヴィーを倒し、ゴードン警部に引き渡してから、スーパーマンは空高くに浮遊して街を見渡していた。
「バットマン、聞こえるか?
スーパーマンだ。こちらの仕事は終わった」
レックス・ルーサーが大量のクリプトナイトを所有してからの足取りは、ようとして掴めない。
毎日レックス・コーポレーションの社長室を見張っていても、戦果は顔見知りになった秘書からの挨拶だけだった。
ジャスティス・リーグの基地である巨大衛星ウォッチタワーを経由しての無線。
ノイズもなく、クリアにバットマンから返事が来た。
『終わったか。そうしたら後は私でどうにかするから、今日は休め』
「このまま合流しよう」
『必要ない』
バットマンの方から爆発音が聞こえ、車体が大きく揺れたのがわかった。
スーパーマンの超聴力が、通信相手の状況を教える。
『やったぜぇ! あのクソコウモリ男の車を爆弾でバッカンしやしたぜ!』
『あんにゃろうもこれにはひとたまりもあるめえ!
ルーサーさまさまだーーーっ!』
『ボスーーーッ!
後で望遠鏡で、車巻きのシャワルマになったバットマンをこっそり覗きましょう!
良いシャンパンを用意してやすぜ――――!!』
『黙りやがれタコ! メトロポリス生まれが汚え言葉を使うな。
ここは優雅にずらかるぜえ……!!』
ガラガラ声で大騒ぎし、集団が足音高く走り去っていくのがわかった。
それを聴いてただごとではないと悟り、必死に向こうに呼びかけた。
「大丈夫かい!?」
『問題ない。どうやら道路にプラスチック爆弾を仕掛けられていたようだ。
中々の数だが、やはりレックス・ルーサーと関わりがあったな。
この前の意趣返しといったところか』
「すぐに行く!」
『かまわん。爆弾があるのは主に車道。
ならば歩道があるではないか。行ってくる』
意味不明なことを口にしたバットマンを無視して通信を切り、音速でスーパーマンは飛行した。
100㎞先で追跡していたバットマンの元へ飛んで行く。
新幹線よりも、飛行機よりも速い。
着いたのは都市のかなり外れにあるスラム街。
爆発によって煙が濛々と立ち込め、しかし不思議と爆弾による被害は止んでいた。
その理由を知って、スーパーマンは顎が外れるほどに驚いた。
「なんということだ……」
バットモービルが鮫のように荒々しく疾走する。
歩道を逃げ惑う犯罪者たちを、弾けたポップコーンのように跳ね続けていた。
絶句した世界最高のヒーローなどお構いなしに、機雷を仕掛けたばかりで走り去ろうとしていた悪漢を立て続けに轢いていく。
戦慄すべき光景だった。
野太い断末魔を残し、一掃された麻薬組織。
一仕事を終えたバットマンが車から出てきて、スーパーマンは即座に問い詰めた。
「帰っていなかったのか」
「帰っていなかったのかじゃないだろう!
やりすぎだ! 今回は特にやり過ぎだ!!」
珍しいくらいの剣幕に、なぜ怒られているのかわからないバットマンは、こともなげに例によって低く掠れた声で答えた。
「死んではいないが」
怒鳴りそうになるのを堪えて小さく咳払いし、落ち着いて、スーパーマンは穏やかに語りかけた。
「そういう問題じゃない。車で人をピンみたいに撥ね続けたんだ。
自動車事故で年間どれだけの人が亡くなっているのか、知っているだろう?
人命は、車でボーリングをするためのものじゃない。
君のやったことはあまりに――そっぽを向くんじゃない! 子供か!!」
お説教を無視して、バットマンは撥ねてきた連中の状態を簡単に確かめ、やれやれと首を横に振った。
「どうやら君ともあろう男が、わかっていないようだ」
子供を威圧感で黙らせる時の調子で、バットマンは低い声で堂々と居丈高に諭した。
「車が危ないのは、死ぬ可能性があるからだ。
私は加減を心得ている。これほど安全なものはない」
……彼は何を言っているんだ。
鋼鉄の男を深刻な目眩と頭痛が襲った。
アルフレッドやディックは、よく気が狂わずにいられるものだ。
まるで怪物と話をしている気がしてくる。相手は蝙蝠のケープを被った人間なのに。
バットマンのヒーローとしての貌には、スーパーマンも最大限の敬意を払っている。
だが、彼がなんの力もない蝙蝠のコスチュームを着た「人」だからこそ、時にどうしようもない疑問が浮かび上がって離れない。
――バットマンとは、犯罪者に復讐しているだけのヴィランなのではないか、と。
バットマンが小刻みに痙攣している組織のボスを踏みつけて意識を覚醒させた。
全身の骨が折れている。地獄に引き戻された気分だろう。
表に出さずとも楽しんでいるのがわかるバットマンを見ると、どうにも否定できなくなってしまう。
「バットマン。僕は君のやり方を尊重している。
僕とはまるで正反対であってもだ。
でも、もう少し信頼と優しさというものを持つべきだよ」
「そんなものを持って何になる」
「道を踏み外した人に、愛を与えることができるよ」
バットマンがぽかりと口を開けて停止した。
やれやれと闇の騎士が首を振る。
これ見よがしに靴底で虫の息の重傷者を揺すった。
「遍く罪人は善だとしか思わない超人には理解できないのか。
こいつらにそんなものが効くとでも?」
「まあ、見てごらん」
バットマンが足蹴にしていた男を抱き起こして、善性の男は優しく語りかけた。
「もう安心だ。
君は病院で然るべき治療を受けられる。
わかるね? もう傷つけるものはどこにもいないんだ」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!」
骨折五箇所、捻挫二十箇所、脱臼三箇所の重傷でありながら、不憫な犯罪者は必死にスーパーマンから逃げようとする。
「頼む、もう足を洗うから!
あのキチガイから離してくれええええ!!」
「性善説と愛とやらを振りかざして、気は済んだか?」
目論見が外れて鋼鉄の男は固まった。
付き合う気がないバットマンはバットモービルに搭乗した。
「必要な情報は既に得てある。
ジムには証拠を渡しているから、あとは彼らがどうにかしてくれるだろう」
言うだけ言って去っていったバットマンを愕然と見送り、四十名にも渡る「車に轢かれて苦しむ者たち」の中で、スーパーマンは悄然とうなだれた。
「僕のやり方は、そんなに甘いのかなあ」
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デイリー・プラネット。スーパーマンの街では最大手の新聞社だ。
もとは社員を酷使して、なおかつ薄給で社会正義を追求するという夢を追う有象無象のひとつであったが、スーパーマンの独占インタビュー等の独自の記事で地位を高めて、今では立派な高給で社員を酷使する権威ある社となった。
そこに駆け足で入社するのは、野暮ったいスーツに分厚く大きい黒縁眼鏡、今どき珍しいほどにぴっちりと髪を七三に分けた猫背の男性。
記者とカメラマン、その他さまざまな人種でごった返す社内に飛び込み、近くの社員に片っ端から挨拶していく。
「やあ、おはよう!」
「おはようじゃねえよ、こっちは二日前から徹夜だぞ。
時間の感覚なんてどっか行ってるわ!」
「おはよう、クラーク。
今日もなんというか……変わらないわね」
「そろそろメガネくらいは変えろよ!」
「考えておくよ!」
どんくさくあちこちの人とぶつかりつつも、クラークは意気揚々と編集長の部屋のドアを開けた。
「おはようございます、ホワイト編集長!」
「おう、来たか」
白髪の目立つ頭髪、安物の紙巻煙草を灰皿に押しつぶして、荒くれ者めいた顔つきの壮年男性がクラークを出迎えた。
日々の苦労を背負った証の目尻の皺は深く、鋭い眼光はクラークをして居心地の悪さを感じさせるのに十分だった。
「今日の担当はわかるな」
「三ツ星シェフは如何にオクラに拘るか、の記事ですよね。
大丈夫ですよ、自信があります。任せて下さい!」
胸を叩いて純朴な男――クラーク・ケントが力強く答えた。
だが、ペリー・ホワイトは無碍に首を振る。
「それはなしだ」
「なんてことだ……いったい何が起きたんですか?」
予想外の出来事に衝撃を受けたクラークを、ペリー・ホワイトはギラリと睨みつけた。
「今日、我が社にブルース・ウェインが視察に来る」
「うちの株主がですか!?
いったいどういう理由で……ま、まさかデイリー・プラネットが倒産……?
待つように言いましょう。この記事があれば経営も上向くはずです」
「いや、それはねえよ。
とりあえずその辺も探りを入れてくれれば――って、
お前にできるわきゃねえか」
ウェイン産業はアメリカ一の企業だ。
世界中に影響力を持った財力は、さながら大統領と揶揄されることもある。
株価が暴落することは日常茶飯事だが、どういうわけか不死鳥のごとき強靭さを兼ね備えている。
おまけにデイリー・プラネットの株を八割以上手にした超大手のスポンサーだ。
「で、ミスター・ウェインは何時いらっしゃるんですか?」
「11時だそうだ。
それまでお前には待機してもらう」
「チーフ! あのブルース・ウェインが来ましたよ!
ツーショット写真撮ってもらいました!!
これで僕にも運が向くかも!?」
鼻息を荒くしてクラークの親友であるジミー・オルセンが入ってきた。
赤毛にそばかす、小柄で童顔の青年だが、歳はクラークより少し上だ。
クラークとは違う意味で永遠の少年たる性格であり、気が合うのもあってよく行動を共にしている。
編集長が頭を掻き毟って呻いた。
「今すぐ行って来い」
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お騒がせセレブにして大富豪のブルース・ウェインが来たというのは大ニュースではあったが、クラークが物陰を定位置にした時には既に野次馬が去った後だった。
曲がり角の、観葉植物の背後に大柄な体格を隠した彼は、そっとブルースのいる方を覗き見ていた。
ラウンジにて気障な出で立ちの富豪と向かい合って楽しげに歓談するのは、クラークが思いを寄せるロイス・レーン。
凛とした佇まいと強い意思を秘めた瞳、物怖じしない態度は田舎暮らしのクラークには新鮮であり、惹かれるに十分だった。
マナー違反だとはわかっている。盗聴、盗み聞きなど最低だ。
なのに、その場から去れず、出て行くこともできず。
膝を握り、クラークは耳をそばだてた。
「それじゃあ、貴方は兵器輸出には興味が無いのね」
「あいにくとね。私の興味、目的は少しでも多くの貧困を救うこと、
この世界――せめてゴッサムから暴力を根絶することさ」
身振り手振りを交えて甘いマスクの青年――ブルースが語った。
完璧な所作だ。貴族然とした風貌でありながら、子供らしさを損なわない。
“仮面”をつけた彼を見るたびに不思議になる。
いったいぜんたい誰なんだ、あれは。
「素晴らしいわ、ミスター・ウェイン」
「どんな所がかな? できれば女性を口説くのに参考にしたいね」
思わず観葉植物の影から身を乗り出して、クラークはマジマジと想い人の顔を確かめた。
そこにあったのは、いつもどおりの力強い、活力に満ちた眼差しだった。
探るようにブルースの目を凝視して、ロイスは口を開いた。
「私は人の目を見るようにしているの。
目って凄いわよ。たくさんのことを教えてくれるの。
貴方は世間が批判するような人とは違う。目に蓋をしている。
まるで仮面をつけているみたい」
「私はシャイなんだ。
君みたいな美女と同席するだけで胸がドキドキしている」
「本当にそうなのかしら?」
蠱惑的に唇を歪め、ロイスは首を傾げた。
ブルースが苦笑して肩を竦めた。
「女性の勘でも働いているのかい?」
「違うわ。記者の勘よ」
ここまで聞いてきて、クラークにもついに罪悪感が湧いてきた。
ブルースとは親友で、ロイスとは良い友人関係であり、好意を寄せている。
そんな二人の会話を盗み聞きしてしまうなんて。
自分はなんてダメな奴なんだ。
クラークはどんどん惨めな気分になっていった。
もう駄目だ。静かに立ち去って、近くの自販機で珈琲を飲もう。
体育座りをやめて立ち上がり、肩を落として立ち去ろうとすると、肩を叩かれた。
「何をしている?」
ロイスとの会話を切り上げ、ポケットに手を入れたブルースが、プレイボーイ然とした仮面を脱ぎ捨て、不機嫌と偏屈の体現者としてクラークを見上げていた。
気配を微塵も感じさせなかったが、いつものことだ。
バツの悪い気持ちで頭を掻いた彼は、正直に打ち明けることにした。
「いやあ……ごめん。
君を案内しろって言われていたんだけど」
「必要ない。これは抜き打ちの視察だ。
君が盗み聞きを始める前に、あらかた済ませていた」
「なるほど。立派だなあ」
両腕を組んでクラークは感心した。
どうしてかそれを見てブルースが呆れていたが、気にしなかった。
「ロイス・レーンの前では、あまりボロを出さないように気をつけろ」
「大丈夫だよ。上手くやっている」
ブルースは胸を叩くクラークをまるで信じていなかったが、特に追求することもなく、帰り際に一言だけ残した。
「少なくとも彼女は気づいていないから、上手くやるといい」
「ありがとう!」
手を振って見送る。
やはりブルースは大きい男だった。
昼間は大企業の社長兼プレイボーイとして世間を欺き、夜はバットマンとして戦う。
「親しかったの?」
隣に立っていたロイスが驚いた様子でクラークを見上げた。
「以前ここに来た時に話してみただけだよ」
「そうなの」
納得がいったのか二度三度頷いて、関心を持ったのか一人で思考の海に入っている。
邪魔していいのか駄目なのか迷っていたが、ブルースの言葉に背中を押されて意を決して勇気を出した。
「ねえ、ロイス。このあと――」
「でも納得できるわ。
あなたたちって似てるもの」
長身を猫背にしているクラークが、予想外の発言に停止した。
知ってか知らずか、つらつらとロイスは自分の考えを口にし始めた。
「ブルース・ウェインとクラークって、どちらも目には自信と覚悟が漲っているのよ。
前者はわかるけど、貴方は不思議よね。気弱でドン臭いっていうのに」
じっと、ロイスの知性を帯びた情熱的な瞳がクラークを見上げた。
大柄の男がスマートな女性に見つめられてアタフタしている。
奇妙な光景だが、二人を知る者にとってはいつものことだった。
しどろもどろとなってクラークの耳――人間の数千倍は発達した聴覚が、はっきりとワンフレーズを聞き取った。
――HELP!(助けて!)
「っと、ミスター・ウェインの相手をしなくていいなら、時間が空いてしまうか。
ごめん、ロイス。速いけど昼食をとってくるよ!」
「今まだ9時半よ!? 朝食は採らなかったの?」
「まさか! 朝食は一日の活力源だよ。じゃあ、また後でね!」
不審そうにするロイスに、走りながら手を振って別れを告げる。
人目を避けられる場所。エレベーターからわらわらと人が出てきた。
何食わぬ顔で無人のエレベーター内に駆け込み、ドアを閉じた。
「超人は休む暇もなしか」
「それは君も同じじゃないか。
ところでロイスを寄生虫博物館に誘おうと思うんだけど、どうかな?」
「……流石に問題外だ」
「駄目かぁ」
気配を断った状態で同室していたブルースに話しかけながら、クラークは背広とワイシャツを両手で押し広げた。
「後でオススメを教えてくれ」
クラーク・ケントの胸元には、下に着用していた青のコスチュームと、大きく、真っ赤なSの字が。
一瞬で服を脱ぎ捨て、クラーク・ケント――スーパーマンは外へと飛び出す。
人目に止まらぬ速さで飛行し、少女が車に轢かれそうになったのを助け、川で溺れかけているのを救い、木に引っかかった風船を泣きそうになっている子供のために取った。
「あれは鳥か!」
「飛行機か!」
「なわけない! あれはスーパーマンだ!!」
銀行強盗の現場。野次馬が取り囲む中で、スーパーマンが上空から舞い降りた。
歓声に迎えられ、周囲に笑顔を振りまく鋼鉄の男にして明日の男が、Xレイビジョンで銀行の中に立てこもった強盗と人質を確かめた。
それ以外には中に人がいない。僥倖だった。
硝子が割れ、次の瞬間には強盗がスーパーマンに取り押さえられていた。
「まったく、もう少し人のためになることをしないといけないよ。
君もまだまだやり直せるし、メトロポリスは良い街だ」
首根っこを掴みあげて真摯に説得する。
中年の男はがくりとうなだれ、床に降ろされた。
人質として銃を突きつけられていた少年が近くに来て、スーパーマンは朗らかに笑いかけた。
「よく頑張ったね。偉いぞ」
そうして子供の頭を撫でようと手を伸ばし、彼の手首に深々とナイフが突き刺さった。
目を見開いてよろける。確認しなくてもわかった。
体中の生気が抜かれ、頭に靄がかかり、全身の血液が冷えていく実感。
クリプトナイトを刺された。
『諸君らを告発しよう!
人間は堕落してしまった!!』
独裁者の威勢が銀行の外より聞こえてきた。
スーパーマンに称賛を送っていた民衆が一斉に空を見上げた。
青空一面には、立体映像機器によって投影されたレックス・ルーサーの顔があった。
傲慢と不遜を隠しもしない、頭髪一本もないその姿。
偉大なる知性を備えてはいたが、それ以上に残虐な名誉欲の塊。
『メトロポリス住民はいつも空を見上げる!
まるで神の恩恵を待つ信仰者のように!
何故か!! それはあの傲慢にして不遜なスーパーマンが
手取り足取り諸君らを助けるからだ! だが、それは間違っている!
我ら人間は、断じて異星人に導かれるほど脆弱ではない!!』
恐慌して逃げ惑う人々。
カリスマの存在を面白がる人々。
さまざまであったが、スーパーマンは努力して彼らに呼びかけた。
「駄目だ……逃げるんだ……!!」
『そして、メトロポリス市民よ!
私とともに、自立した人間の道を歩み!!
世界をより良くしようではないか!!
この世界最高の知能を持ったレックス・ルーサーにはできる!!
癌やHIVの根絶も! 紛争のない世界も!!
つまりは死ねい、スーパーマン!!!』
銀行を狙って発射されたレーザーから強盗と少年を庇う。
爆風が巻き起こり、待合室が廃墟と化した。
疲弊した身を推して飛び出したスーパーマンの前には、太陽光を反射する頭部のルーサーがいた。
緑色の大柄なアーマード。
全身を武装で固めているのに頭部だけはそうしないのは、レックス・ルーサーの自尊心と誇示欲の顕れか。
「ついに現れたか、レックス・ルーサー。
お前が、あの二人を唆したんだな」
「唆したとは人聞きが悪いじゃないか」
残忍な笑み。歓喜と狂喜の貌だ。
奴は間違いなく勝利を確信している。
「公平なビジネスだ。金に困って首を吊ろうとしていた親子に、
大金と就職先を与え、そのお返しに一役買ってもらう。
私は資本主義というものを愛している。
一方的に与えるだけの貴様と違ってな!!」
「誤魔化すな。お前は嫉妬と強欲に取り憑かれているにすぎない」
「それが人間の姿だ!! 異星人の一方的な施しはいらん!」
ルーサーの胸部が押し開かれ、クリプトナイト製の弾丸が立て続け様に発射された。
同じ物質で構成されたナイフは抜いたが、傷はまだ癒えていない。反射神経も落ちている。
咄嗟に避けたが脇腹を弾丸が掠めた。
それだけで大きく体力が削られてしまう。
野次馬が大方逃げ切ったのを確認して、スーパーマンは殴りかかる。
だが、遅くて弱い。ナイフの一撃が深刻な痛手であった。
弾丸よりも速かったパンチが、ルーサーに呆気なく防がれた。
「弱いなぁ!!」
痛烈な打撃がスーパーマンを襲う。
「脆いなぁ!!」
腹部に零距離で放たれたレーザーがスーパーマンを焼いた。
「こういうのをなんて言うんだったかな。
守ってきた大衆という名の豚に裏切られて地を舐めることを。
ああ、そうだ。ざまあねえな、スーパーマンよ」
足蹴にして満悦至極にルーサーが見下ろした。
体中の細胞を総動員してスーパーマンがルーサーの足をどけた。
たたらを踏んだ巨大な機械鎧に鋼鉄のパンチが直撃する。
ルーサーの額に冷や汗が浮かび、鎧が火花を散らしたが、それで終わりだ。
「圧倒的な力で下々に奇跡を施してきた気分はどうだった!?」
ルーサーが唾を撒き散らして殴り、スーパーマンもそれに応じる。
乱打戦であり、人類の叡智の結集に超人が迎え撃つ。
風圧と衝撃波だけで道路のコンクリが抉れた。
勢いが弱まってきたのはスーパーマンの方だった。
呼気が乱れ、顔色が悪くなり、筋力が留まることなき低下を続けている。
「ルーサー。お前は勘違いをしている」
太い機械鎧の巨大な腕を掴み、バットマンに教わった柔術の原理で投げ飛ばした。
「世界に奇跡は……ある。
眩い太陽がそうだ。頬を撫でる気持ちの良い微風がそうだ。
世界の一部となって営みを続ける草花が、そうだ。
大自然を悠然と逞しく生きる動物が、そうだ。
私の想像を常に超え続ける地球人が、そうだ」
肩で息をし、倒れそうになるのを叱咤し、スーパーマンは立ち続けている。
あの鎧も恐らくは大量のクリプトナイトを使用しているのだろう。
近くにいるだけで毒ガスに身を晒しているようだった。
「一度、僕はこの力を持って世界征服に乗り出せばどうなるか、シミュレーションをした。
まずは僕側につく者と、バットマン側につく者に別れ、
そしてバットマンとお前が手を組み、最後まで歯向かう。
恐らくは五年もあれば、世界を僕の意のままにできるだろう」
起き上がったレックス・ルーサーが訝しげに眉を顰めた。
「だが最後は僕が負ける。
お前たち二人が何をしでかすか、やらかすかわからないからだ。
きっとバットマンとレックス・ルーサーは僕の予想を超える手段をとる。
――いかなる計算でも完全に弾き出すのは不可能だ」
構えをとるルーサーに、スーパーマンは根気と善意を持って語りかけた。
「自分を誇れ、レックス・ルーサー。
お前は誰かと比較する必要なんて、まるでないんだ」
「うるせーーーーーーっ!!!」
足の裏の噴射口がレーザーを吐き出し。
レックス・ルーサーがスーパーマンに突撃した。
馬乗りになって世界最高の頭脳を持った科学者は世界最高のヒーローを殴り続ける。
「くだらない理想論なんかじゃなく!
貴様に! 骨の髄まで教えてやりたい!
人間の強さ! 可能性! 偉大さ! 勇敢さ!! 知性!!!
そして! 何よりも!! 何よりも!!!」
グロッキーになった仇敵を持ち上げて、
ルーサーの腹部から、特大のクリプトナイトの砲丸が放たれた。
真正面での被弾、スーパーマンは錐揉みして銀行へと直撃し。
高層ビルのようだった建築物が音を立てて崩壊した。
「この俺が! I Am No.1王者だあああああっ!!!!」
#####
意識が朦朧としている。
スーパーマンの命が、秒針が進む速さで削がれている。
暗い、冷たい、瓦礫と瓦礫の間。
どうしてこんな空間ができたのか。
答えはすぐ下にあった。
彼を陥れた少年と、その父親らしい男がいた。
逃げられなかったのだろう。
父の方は意識を喪っているが、少年の方は怯えていた。
「ごめんなさい……」
まだ10くらいだろう、その子はひたすらに謝り続ける。
身なりは普通だが、服は買ってもらったばかりのようだった。
恐らくはレックス・ルーサーからの報酬で着たものだろう。
「ぼく、ほんとうに駄目なやつで……」
瓦礫は、力を抜けばすぐに倒れる。
クリプトナイト砲丸はどさくさで瓦礫に呑まれてくれたが、それでも力と生命力の低下は免れない。
どれだけ持ち堪えられるか。
聡明だからなのか、感覚的になのか、少年は自分達が何をしたかを把握できていた。
「ごめんね。ぼく達も、スーパーマンだったら良かったのに」
スーパーマンみたいだったら良かった。
そう思ったことは何度もある。
彼を慕う皆が考える、強靭で、悩みもなく、どんな問題も容易く解決できる理想的な存在だ。
瓦礫に潰されかけている奴とは正反対だ。
「……実はスーパーマンになる秘訣があるんだ。
君にだけこっそり教えてあげよう。クラスの皆には内緒だよ?」
ウィンクして紫がかった唇を動かし、震える舌と不味い唾液を意識から外した。
「アイスクリームを載せたアップルパイを食べるんだ。
味はバニラが良いけど、ストロベリーも良いね。
夏の暑い夜、月明かりの下をわけもなく駆け抜ける。
屋根に登ってこっそり星を眺めて、言葉に出来ない気持ちになるのも大事」
教えたことを覚えていられるか気になって、ちらりと少年の方を気にした。
視界がぼやけて暗くなっていたらしい。
わからなかった。
「ダンスパーティで気になる女の子と踊ったりして、
その帰りにファーストキスを失うんだ。
で、一ヶ月後にその子がクラスのフットボールのスタープレイヤーと歩いてて、
なんだか苦い気分になってベッドで丸まる」
背中にのしかかる重量が強まり、切れた血管から血が流れ始めた。
スーパーマンはにっこりと笑って、最後の秘訣を教えた。
「最後に、大切な人のことを考えると、
たまらなく胸が熱くなって力が湧いてくる。
そうなれば君も立派なスーパーマンさ」
もう声帯も役に立たないだろう。
少年がなんて答えたかわからない。
このままではスーパーマンは死ぬに違いない。
だが、心配はしていなかった。
この件には、あの悪徳の都市も巻き込んでいる。
ならば――――
重さが消えていく。
断続的に爆発の振動が伝わってきた。
どうやら最近は妙に爆弾と縁があるらしい。
瓦礫が取り除かれ、光が差し込んできた。
網膜にもわかる太陽光の強さ。
そこから浮かび上がる黒いシルエット。
「よくわかったね」
「念のため君に盗聴器と発信機と小型カメラを取り付けていた。
ここまで役に立つとは思っていなかったが」
プライバシー侵害のフルコースにスーパーマンは憮然としたが、やがて小さく吹き出して首を振った。
「そういうのも一概には否定できないね。
こうして助けてもらったのだし」
「そうだろう」
「でも、なるべく控えてくれ」
太陽の下に引きずり出され、スーパーマンの視界が徐々に慣れてくる。
闇の騎士が運んできた光を全身に浴びると、力が微かに戻ってきた。
「飛べるか?」
「うん」
「ならここは任せて、君は太陽になってこい」
ブルース・ウェイン――バットマンが、バットプレーンで吹き飛ばされたレックス・ルーサーに向かい合う。
怒りの形相のルーサーがレーザーを放ち、避けたバットマンが飛んできた瓦礫に殴られる。
彼に現状を任せ、スーパーマンは空に飛び立った。
空に近づけば近づくほどに力が湧き、飛行速度が上昇していく。
どこまでも速く、高く、無数の雲を突き抜けて。
大気圏に至ると、何にも邪魔されない広い空、近い生まれ故郷たる宇宙、力強く恵みを齎す太陽があった。
手を顔の前に翳してスーパーマンは息を漏らした。
「美しい」
体中からはちきれんほどの力が湧く。
無尽蔵のソーラーバッテリーが役目を十全以上に果たし、スーパーマンの視界は広大に、繊細に開けた。
両腕を突き出して、垂直にスーパーマンは飛行する。
摩擦熱も介在しない。空気の薄さは関係ない。
鳥以上にかっこ良く。
飛行機以上に力強く。
彼の名はスーパーマン。
世界一のヒーロー。
「はっ! しょせんはバットマンといえどこの程度か」
呆気なく無力化されたバットマンが傷だらけで横たわった。
ただの人間が稼いだ時間としては上々だが、けっきょくはそれだけだった。
「哀れだな。レックス・ルーサー。
お前はスーパーマンの最大の強さを理解できていない」
口の端を拭い、仏頂面のままバットマンは立ち上がった。
「私ならば、あの少年の顎を折っていたかもしれない。
私にあの力があれば、とっくに世界を意のままにしようとしたかもしれない。
だが、スーパーマンは決してそうはならない。わかるか?」
「わからんなぁ! 私の覇道の上に立ちはだかる邪魔者の精神性など!!
お前の心が貧しいからそう思うだけだろう。
浅いスーパーマン考察だ!!」
「一言で表現するならば」
バットマンが右腕を伸ばし、レックス・ルーサーの心臓を指さした。
「彼の心は太陽だ」
レックス・ルーサーの心臓部に、真紅の熱視線が突き刺さった。
クリプトナイトで無力化されたものでは断じてない。
最高のコンディションによって行われるスーパーマンのヒートビジョン。
防御しきれずに容易く砕け散った。
バットマンの背後にスーパーマンが降りてきた。
黄色太陽光の恩恵を十分に受け取った彼の生気は膨大であり、収まりきらずに溢れだした強さは黄金の光輝を放っている。
最高の探偵である闇の騎士の指示を、世界最強のヒーローが待った。
「スーパーマン。君の敵は卑しいエゴを、陳腐な人間賛歌で塗り固めたヴィランだ。
やるべきことは一つ。どんなに主義主張の違いで反発しあおうと、私達が続けること」
スーパーマンは腕組みをして力を見せびらかすような傲慢さはなく、後ろに腕を組んだらジミー・オルセンにかっこわるいとダメ出しをされた。
だから彼はいつでも腰の横に両手を添えて、微笑みを浮かべて希望を与える。
対照的に無表情にして不機嫌なままの闇の騎士。
親指を下にして、バットマンは声高らかに告げた。
「やっつけろ」
「OK!!」
クリプトナイト弾を発射しようとするも、アーマーの表面をコールドブレスで凍らせる。
口汚く罵るレックス・ルーサーの前で、スーパーマンは大きく拳を振りかぶり――――シンプルに殴った!!
「おのれ!! おのれぇぇぇぇぃ!!!!
その憎たらしいニヤけヅラを必ず破壊してやるぞ!!」
飛んで行く。レックス・ルーサーが飛んでいく。
憎悪に顔を歪め、真っ赤になってこの期に及んで悪態をつけ続ける。
宿敵にヒーローは笑顔でウィンクした。
「だとしても、僕は負けないさ」
アーマーが砕け散り、上空高く飛んで行くルーサーをスーパーマンは笑顔で見送った。
戦いが終わり、スーパーマンとバットマンの周りを勇猛果敢な報道記者が取り囲んだ。
その中にはロイスとジミーも混じっている。
「スーパーマン! レックス・ルーサーに対して一言!」
「バットマンとスーパーマンは不仲だそうですが、
それについてお二人はどうお考えですか!?」
「かっけええええ! スーパーマンかっけええええええ!!」
もったいぶった質問攻めの中、ひとりだけ子供のようにはしゃいでシャッターを押し続けるジミーへと、スーパーマンは笑ってピースをした。
腕組みをして適当に抜け出そうと考えているだろう、口をへの字にしたバットマンの口の端を、スーパーマンが片手の指で上にあげた。
「おおおっ!! バットマンが笑っている!!
すごいな、初めて見たぞ!!」
ジミーがいっそう興奮し、バットマンがじろりとスーパーマンを睨めつける。
何処吹く風とスーパーマンは軽やかにアドバイスをした。
「君もたまには笑いなよ」
「………………嫌だ」