DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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ブースター・ゴールド:THE HERO NEVER TOLD

 

 

ゴッサム大学はバカとアホとクズの学び舎だ。

25世紀には、かつて悪徳が栄える魔都とされた都市も、かなり治安が向上している。

しかし、それでも罪を犯す馬鹿とイカれた魔人の多さでは並ぶものがない。

そんな都市の大学に、金と頭に優れた親が自分の子供を通わせるわけがないのは道理だ。

 

俺が知る限りでも、あの大学は、誰もが惚れるハンサムフェイスの俺と、

史上最弱のバットファミリー、ステファニー・ブラウンという、

そうそうたるヒーローを排出していた。

ハル・ジョーダンがゴッサム大学出身という、

どちらの名誉が損なわれるかわからない噂もある始末。

 

フットボールのスターだった俺は、クソオヤジの八百長試合に加担して全てを失った。

腐って美術館の警備員をしたが、

ある晩、「俺ってスーパーマンを超えられるんじゃね?」と思い立ち、

展示品のタイムスフィアとパワードスーツ、

切っても切れない絆で結ばれることになる

警備ロボットのスキーツをかっぱらって21世紀に降臨した。

 

それからは戦いの連続。

最高の親友であるテッド・コード、ブルー・ビートル。

世界一の探偵のバットマン、誰よりも人間らしいオレオ狂いの火星人。

頭のネジが全部外れたガイ・ガードナーと、

素晴らしい戦友たちとともに巨悪と戦った。

 

辛くも充実した日々だった。

俺は自分の使命をこの時代に見出し、

親友の尊い犠牲に涙しながらも、世界のために戦い続けた。

 

時にはロマンスもあった。

ワンダーウーマンはベッドの上でもワンダーだった。

パワーガールのおっぱいはパワーがパーンだった。

スターファイアと過ごした一夜はファイアーだった。

 

そう、俺の名はマイケル・ジョン・カーター、

《黄金の男(マン・オブ・ゴールド)》という呼び名を持つブースター・ゴールド。

 

世界中の女性がメロメロなヒーローであり、

めっちゃ超すごい――『ちょっと盛り過ぎじゃないですかね?』

 

####

 

『ちょっと盛り過ぎじゃないですかね?』

 

マイケルは充実した創作活動に没頭していた。

ブラウザに打ち出される文章を、隣でふよふよと浮かぶスキーツが眺めていた。

振り返ることなく、鼻の下を伸ばしたマイケルは夢中で自伝を執筆する。

 

「わかってねえなあ。

 こういうのはな、やり過ぎくらいが良いんだぜ!?」

 

ノートPCを指さしてブースター・ゴールドは胸を張った。

未来にて道に迷う者のために教えを残すという重要な仕事をこなしているのだ。

真実を誇張するのは、長く売れて名を残すためにはやむをえないところだろう。

おまけに今は暇だ。暇な時こそ文化活動をするべきだ。

 

『じゃあ、私のことはですね。

 うーーん……“その比類なき黄金の両翼を持つ天使、

 ブースター・ゴールドの良き友として何度も世界を救った”

 って書いておいてくださいよ』

 

「スキーツ……」

 

回転椅子を動かして、天使どころか金ピカのランチボックスと形容するのが相応しい

彼の相棒を真剣な表情でじっと見つめた。

金色の小型飛行機械とオフの状態にいるブースター・ゴールドの間に沈黙が横たわった。

 

「いいねーー!!」

 

『ウェーーーイ!』

 

「ウェーーーイ!」

 

スキーツもかつては真面目に職務に励む警備ロボットだったが、

今では硬軟使い分ける優れた人間性と知性を獲得している。

喜んで小さく振動するスキーツの額にこつんと拳を当て、

ブースター・ゴールドは執筆を再開した。

ここはスターバックスの中だが、デキる男こそスタバで執筆すべし。

昨日読んだ自己啓発本のアドバイスを早速実践するマイケルの姿があった。

 

わいわいがやがやとした店内だが、

普段着の金髪青年に金色の空飛ぶランチボックスへ注意を向ける客はいない。

これがバットマンやスーパーマンなら違うのだろうが、

自分がいてもしょせんはこの程度だ。

 

失った名声を求めてわざわざこの時代に来たが、

とくに何が変わったわけでもない。

落伍者の馬鹿は馬鹿のままであり、

喪った人たちは戻ってくれない。

 

そんなことをつらつらと考えながら素晴らしき執筆活動を切り上げると、

優雅な読書にとりかかる。

本の中では赤毛でメガネをかけた知的な風貌の女性が、

惜しげもなくヌードを見せびらかしている。

人体力学の神秘に、知的な閃きと感動が湧き出してきた。

 

『ここ人前ですよ』

 

「ちょっとだけだから」

 

『家に帰って読むべきだと思います』

 

苦言を呈してきたスキーツと並んで、

静かに人間賛歌を描いた哲学書を読み耽る。

機械にこの良さはわからないだろうが、

ピコピコとライトを点滅させている。

 

店内のTVでブースター・ゴールドのスーツを着たマイケルが、

真っ白な歯を見せびらかす満面の笑みで歯磨き粉を手にしている。

 

『金色よりも光りたいならブースター・ゴールドが勧めるこの歯磨き粉だ!!』

 

「あー、アホのブースターだ」

 

「馬鹿面なのに元はジャスティス・リーグ出身だっけ?」

 

「どうせ足手まといでしょ?

 スーパーマンもバットマンもあんなのを相手にするほど暇じゃないって」

 

「へっ! あんな金メッキよりはC3POの方がよっぽど上等ってなもんだぜ!!

 金紙になってケツでも拭きな、あのクソゴールド野郎がぁーーっ!!」

 

本人がいないと思ってか、女性客が口々に好き勝手言い始める。

ガイの声も聞こえてきたが、気のせいだろう。

と、こちらに気づかずにグリーン・ランタンであるガイが席を立って店外に出ると、

緑の光に包まれ、宇宙に飛び去っていった。

相変わらず呼吸と罵倒の違いを理解していない男だ。

二酸化炭素と悪口を呼吸器官が判別できないのではないだろうか。ありえる話だ。

 

「あの野郎っ!」

 

『じゃあ私はR2D2ですかね?』

 

「ルークは誰だよ!?」

 

『冗談ですよ、これぞ21世紀ジョーク』

 

頭に来てガイを追いかけようとしたマイケルだったが、

スキーツに毒気を抜かれてそのまま椅子に座った。

こちらを気遣ってか、内蔵スピーカーから彼が音楽を流し始めた。

 

「なんだ、それ?」

 

『プリンスのThe Gold Experienceですよ。

 心を打つ名アルバムです』

 

「他にはどんなのがあるんだ?」

 

『4億曲はダウンロードしてあります。

 一応、見境なしではなく私の視聴に耐えうるものを厳選しているので、

 あくまでスキーツ・ベスト選といったところですかね。

 音楽は良い……心が洗われます』

 

「そのうちレコード会社に訴えられるんじゃないかと心配だよ」

 

うっとりするスキーツを横目に、

砂糖とミルクをありったけ入れた珈琲を飲み終えた。

ブースターは哲学写真本をビニールで包み、防水鞄にしまいこんだ。

盗品であるリージョン・フライト・リングから、

プライベートには聞きたくない声が聞こえた。

 

『任務だ、ブースター。

 今すぐタイムスフィアに乗り込め』

 

####

 

この世界は無数の火種がある。

宇宙全土の平和を守るのがグリーン・ランタンなら、

時間、歴史を守るのがブースター・ゴールド。

一度失敗すれば、このアースどころか52のアース全てが消滅する危険を孕んでいる。

 

誰もが世界を救い、

ブースター・ゴールドの場合は、

たまたま誰にも言えない使命を果たしているだけのこと。

彼の上司――黒いTシャツにジーンズという極めてラフな格好をしたリップハンターが、

いつものように時間の特異点を観測している。

 

「来たか、ブースター」

 

「今回は何だ?」

 

「ダミアン・ウェインが死んだのは聞いているか?」

 

意表を突かれてブースターは言葉に詰まった。

耳には入っている。あの少年とは二、三回会ったことがある程度。

生意気であり、おまけに暴力的という困った少年だった。

しかし、ブルース・ウェインにディック・グレイソンと、

世界で指折りのヒーローから指導を受けていたのだ。勇敢な最期を遂げたに違いない。

 

「ブルースも悲しんでいるだろうな……

 それでダミアンの死がどうかしたのか?」

 

「これを見ろ」

 

タイムスフィア内では歴史改変の影響を受けない。

今は万華鏡の如き光の濁流が流れるタイムストリームの中にいる。

ここからブースターたちは望んだ時間を観測することが出来た。

 

「あれは……!?」

 

そこに広がるのは荒廃した街並み。

屹立した堅い壁の外では、ゾンビめいた人間が蠢いている。

灰色の雲がペンキのように空にぶち撒けられていた。

太陽の光のない死の都、それがゴッサムだった。

いつもと大して変わらないようでいて、この都市は一目で死に瀕しているとわかった。

普段のゴッサムが犯罪者たちの楽園ならば、目の前に映るゴッサムは鮫に食われる餌だ。

 

「これがお前のいた時間のゴッサムだ」

 

「いったい何が起きたんだよ!!」

 

「ダミアンが死亡しなかった歴史のようだな」

 

観測地点をずらしてみると、

頭髪がなくなった屈強なダミアンがいた。

10歳ながらも口が達者なクソガキの面影はない。

歴戦を経た戦士の顔立ちだった。

いったいどうなっているのかわからない。

何が起きても不思議じゃない世の中だが、あんな10歳児はいないはずだ。

 

『死んだはずのダミアンがいますね。

 彼が生存した場合の歴史ということでしょうか』

 

「それでこうなったキッカケは?」

 

「どうやらバットマンとダミアンが初めて会った時間にあるようだ」

 

「それって何時だ?」

 

「今から大体1年半ほど前だな。

 場所はジブラルタル海峡の要塞だ」

 

リップハンターが、時空を跳びまわるタイムスフィアを作動させ、

時間の流れを拘束で遡っていく。

堅物な彼は必要最低限以外のことはほとんど話すことがない。冗談も言わない。

親の顔が見たいものだと、ブースター・ゴールドはいつも思っていた。

 

『バットマン絡みですか』

 

静かにスキーツが呟いた。

 

『縁がありますよね』

 

たしかにそうだった。

バットマンはジャスティス・リーグ・インターナショナルでは

いちいち口煩い奴であり、その後は訳あって固い信頼関係で結ばれた。

二代目だったか三代目だったかのディック・グレイソンとも似たようなものだ。

 

「ああ、だからこそ絶対どうにかしないとな!」

 

歴史を守るヒーロー、ブースター・ゴールドは力強く拳を打ち合わせた。

 

####

 

暁色の空。世界屈指の環境テロ集団――

リーグ・オブ・アサシンが放ったマンバットの群れが港町を襲う。

住民が次々に毒牙に倒れていく上空に、タイムスフィアが現れた。

 

『酷い有様ですね』

 

「やっぱりリーグ・オブ・アサシンはろくでもないな。

 ゴッサムのノリを他所に持ってくるなんて、

 いくらヒヒ爺の娘が美人だからって、やっていいことと悪いことがあるぜ」

 

『ええ、許しがたいことですよ』

 

出動したブースターとスキーツが歴史を改変した犯人を探す。

下では次々に死人が出ているが、それに干渉するわけにはいかない。

人ひとりの命を安易に救えば、その影響力は計り知れない。

そのことは、かつて親友が死ぬ運命を変えた時に思い知っている。

 

首を切り落とされた女性の血が壁に散り、

逃げ遅れた老人が踏み潰される。

反射的に助けに行こうとしたスキーツを掴んで、

厳しい顔でブースターが首を横に振る。

 

『すみません、ついカッとなってしまって』

 

「気にすんなよ。こういうのはおたがいさまだろ」

 

真っ白な歯を見せてマイケルは笑いかけた。

時間移動した時に検出されるタキオン粒子の残り香をスキーツが探知し、

相棒を導いていく。眼下の惨状はどうしようもなく、

最も濃いタキオン粒子がある場所に、黒と赤が入り混じった影があった。

 

『あそこにいるのは……バットマンですね』

 

「バットマン!? 中身は誰なんだ」

 

目を凝らしてみると、バットマンは全身を覆い隠すアーマーを身につけていた。

黒一色の装甲、胸にあしらった真紅の蝙蝠のシンボル。

蝙蝠の耳が悪魔の角のようであった。

 

着地したブースターとスキーツがバットマンに接触を試みた。

バットマンは海岸からじっと一隻の潜水艦を睨みつける。

近寄りがたい気配を発していたが、それはいつものことだ。

それにブースターはバットマン――

ブルースとディック両方とは個人的に深い信頼関係を築いていた。

背を向けたまま、闇の騎士が重々しく口を開いた。

 

「君たちか」

 

「その声はブルースか!

 よかった! 誰かと思ったよ!!

 どうしたんだそれ? なんか本郷猛っぽいっていうか、仮面ライダーっぽいぞ」

 

『仮面ライダーとは違うと思います』

 

「対ダークサイド用に作ったバットアーマーだ」

 

「へぇー」

 

しげしげと上から下まで対ダークサイド・バットアーマーを眺める。

いつものグライド用マントではなく、完全に飛行するための翼すらある。

見るからに超兵器だ。こちらのスーツとどちらが上か、一目瞭然と言える。

釣られてスキーツもそれに倣ってしげしげと見た。

 

『金色じゃないですね』

 

「バットマンに金色は似合わないだろ!」

 

場を和ませようと二人が冗談を飛ばすが、

ブルースはようとして口を開かない。

スキーツがそっと身を寄せてマイケルに耳打ちした。

 

『きっとブルースはなにかしら目撃していますよ。

 この時代のブースターを装って聞いてみましょう』

 

「そうだな」

 

頷いたブースターが、いつものようにおどけて話を振った。

 

「たまたま通りがかったんだけど、大変だよなあ。

 ジブラルタル海峡にリーグ・オブ・アサシンがいて、

 港町にマンバット集団が来たんだろ。

 それでお前は何をやっているんだ? 何か見たのか?」

 

「あれを見ろ」

 

バットマンが沖の方を指さした。

スキーツとブースターが目を凝らすが何も見当たらない。

 

「もういなくなったみたいだな。

 いったい何を見たんだーーーーーー!?」

 

疑問形が伸びた瞬間、バットマンが不意打ちにブースターを猛打した。

たまらず吹き飛んだブースターは倉庫の数々を壊し、受け身も取れずに頭から埋まった。

 

「やはり、不意打ちでは意識を奪えないか。

 さすがだな、ブースター・ゴールド」

 

『バットマン!? 何をやっているんですか!!』

 

「何を……? そうか、君たちはここで何が起きるかわからないのか」

 

スキーツの抗議に、バットマンは潜水艦を顎でしゃくった。

陽が沈みゆく海面にぽつりと浮かぶ船影はおどろおどろしく映る。

 

「あそこにダミアンの母親がいる。

 もうすぐ彼女は、かつての私の目の前でダミアンと共に破壊された潜水艦と沈み、

 リーグ・オブ・アサシンに帰っていく。

 今が彼女をダミアンから永遠に引き離すチャンスだ」

 

「おまえ……何を言ってるんだよ」

 

瓦礫から抜けだしたブースター・ゴールドが、

困惑を露わにして理性の体現者に問いかけた。

 

「乗る気はなかった。私は、このような手には乗らないつもりだった。

 だが、私は――こうすることにした。

 ダミアンを取り返す。私の息子をこの手で」

 

「ブルース?」

 

自暴自棄めいたブルース・ウェインに、

ブースターは素直に戸惑った。

彼はこういうことをする男ではないはずだった。

あの世界最高のヒーローの一人である、

自分とはまるで違う彼だけは。

 

「まだわからないか」

 

ひどく悲しそうにバットマンがブースターとの距離を詰める。

それだけで常人と相対しているとは欠片も思えない悪寒が背を走った。

一挙手一投足が死の宣告に錯覚すらさせる。

 

『落ち着きましょう、バットマン。

 じっくり話しあえば分かり合えるはずです』

 

硬直したマイケルを庇うように、

スキーツがバットマンに特攻した。

体当たりだったが跳躍によって回避され、返し刀の踵落としが直撃し、地面が陥没した。

 

「スキーーーーツ!」

 

すぐに駆け寄って相棒を抱き起こし、ペシペシと叩いた。

金色の両目が点滅し、スピーカーから苦しげな声が漏れた。

 

『ちっ、ドジっちまったぜ…………』

 

「クソッ! キャラを見失ってやがる!!」

 

意識が朦朧としたスキーツを戦いに巻き込まれないだろう場所に移し、

危害が及ばないように目立たない場所に寝かせた。

ブースターは改めてバッツと向かい合う。

 

「邪魔しないでくれないか」

 

「悪いな、ブルース」

 

「私は息子を取り戻したいだけなんだ。

 大切な者を喪う辛さは、君も知っているはずだ」

 

「くどいぜ、バッツ」

 

拳を力強く握りしめ、構えを取る。

バットマン相手に勝ち目というとまるで見えない。

しかし、そういったことでも何とかしてきた。しなければ世界は滅ぶ。

 

「これが俺の使命なんだ」

 

まずはアドバンテージを取りに空中戦を仕掛ける。

普段は空を飛ぶわけではないバットマンには、

空中での戦闘というのは地上戦に比べてはるかに不利のはず。

そこからガントレットのレーザー機能を駆使する。

光が手首の射出口から放たれた。

 

光線がバットマンを襲うがビクともしない。

足首にワイヤーが巻かれ、グラップネルガンが

凶悪な蝙蝠を運んだ。

目の前にやってきたバットマンの突きを躱し、

肘を極めようとするが避けられ、空中でステップのついでに胸部へ攻撃を食らった。

 

それを堪えて突っ込むと、超至近距離でエナジーレーザーをバットマンに撃つ。

落下し、土煙をあげたバットマン。

ブースター・ゴールドが反撃を警戒し、空中を旋回した。

 

「世界は君たちに大いなる借りがある。

 それを知っているのは残念ながら私だけだが、

 だからこそ君たちを相手に油断と過小評価などという愚は犯さない」

 

「おいおい、照れるなぁ! もっと褒めてくれよ」

 

「道化を装う策も通じない」

 

煙の膜から黒い影が飛び出した。

即座に上体を逸らした。

風圧だけでバランスが崩れ、そこを突かれてバットの膝蹴りが頭上から。

両腕を交差して受け止めるが、骨にヒビが入るのがわかった。

痛みに顔をしかめたブースターをバットマンが投げ飛ばす。

 

「お前がやろうとしていることはゴッサムを破滅に導くぜ?

 さっき俺はこの目で見たよ。ひどいありさまだった。

 ダミアンも生きていたけどな、ありゃ不幸としか言い様がない」

 

「ならば私がその歴史をも変えよう」

 

「この馬鹿野郎が」

 

「失望したか?」

 

「親近感が湧いてきたからべつにいいよ」

 

体感的にはブースターのスーツの状態はまだ大丈夫だ。

相手の方はというと、よくわからない。

やってみるとまだ調整中のものに思えるが。

 

「このアーマーはまだまだ完成の域には行っていない。

 君かスーパーマン、ダークサイドと本格的に戦うことにならない限りは、

 過剰戦力と見なしていただろう」

 

バットマンは強い。それは肉体面ではなく、精神面での話だ。

不屈不撓の体現者の彼は、その頭脳に無限の経験とシミュレーションが蓄積されている。

 

「なあ、ブルース。歴史を変えるっていうのがどういうことかわかるか?

 それまでの出来事が全部無かったことになるんだ。

 お前のこれまでのダミアンとの思い出も全部、別のものに作り替えられるんだ。

 考えなおせよ。それでいいわけないだろ」

 

殴りかかったブースターの拳をバットマンが受け止めた。

顔にある切れ長な真紅の双眸がマイケルを睨み、

ブースターの肘を逆方向に叩く。

激痛に呻き、苦し紛れに掌底をバットマンの顎に食らわせる。

 

よろめいたバットマンに連続突きを畳み掛けた。

数十の攻撃のどれもをブルースは巧みに急所を避けていく。

ブースターとて、これまでで強敵とは何度も戦ってきた。

魔人パララックス相手に5人がかりで食い止めた実績もある。

 

「思い出か」

 

だがバットマンには届かない。

どれもが見切られ、いなされている。

 

「思い出なんてまた作ればいい」

 

目を見開いたブースターの攻撃が弱まった。

その隙を逃すほどバットマンは甘くなく、

頬を黒い巨大な腕が打ち付けた。

さらに、何度も何度も。

 

「私は、自分が父親だとあの子たちに証明したいだけだ!

 自分が! あのクライムアレイで両親を見殺しにした少年のままではないと!!

 それが何故わからない! 無くした未来を掴みたいと思うことがわからないのか!!

 栄光を失い未来から21世紀に逃げてきた、君に!!」

 

周囲に血が撒き散らされていく。

顎の骨が折れて脳に激痛が伝わっていく。

ブースター・ゴールド、窮地。

 

「俺はずっとクズだったよ」

 

だが彼は30世紀の未来にて黄金の男という称号を得る者。

ダイレクトな打撃に、根性で応えていた。

 

「無くした未来を求めて、過去に来た。

 馬鹿だよな。俺が自分自身に変わったことを証明しない限りは無駄だったのに」

 

頬にバットマンの拳を感じ、

顔が大きくひしゃげたブースターが、おちょぼ口で力強く言った。

 

「偉業や名声はもういいんだ。

 そうやったら、俺は絶対に間違いを犯す。っつか、もう散々やらかしてきた。

 もう俺は――――いつまでも殴ってんじゃねえ!!」

 

ブースター・ゴールド、52の宇宙をも人知れず救ったヒーロー。

彼の意思はダイヤモンドよりも硬く、

バットマンに渾身の一撃を食らわせようとし、

ふわりと投げ飛ばされた。

日本の柔術すらも極めたブルース・ウェインが相手だ。

その場の勢いで勝てる相手ではないか。

 

「今回だけは私の選択を受け入れてくれ」

 

尻もちをついたブースターが声高く笑った。

 

「ブワハハハハハハハ!!」

 

ひとり、笑い転げた。

不審に思ったバットマンは、

絶好の好機であっても警戒して仕掛けない。

 

「ブワーーーーーーハハハハハハ!!!」

 

顔を手で覆って笑い転げる。

大爆笑を終えたブースターが一転、真剣な表情に戻った。

 

「悪いな、バットマン。

 あいつと約束したからよ」

 

「…………なにをだ?」

 

「テッドのことを思い出すときは笑うってなっ!!」

 

バットラングを無数に投擲してくる。

そのどれもをレーザーで撃ち落としていく。

バットマンの全身に緊張が漲ってきた。

 

ブースターの動きが徐々に鋭さを増していく。

マイケル・ジョン・カーターの真の姿が現れる。

21世紀で活動したのに評価されるのは30世紀という矛盾。

運命的な尻上がりの体現者。

 

バットマンのストレートを体勢を低くして躱し、

そこから顎を跳ね上げる。

上空に飛んだバットマンの足首を掴み、観光名所――

ジブラルタル・ロックに投げ飛ばす。

 

大きく弧を描く切り立った巨大な一枚岩。

空中で身を翻して着地したバットマンと、追ってきたブースターが睨み合う。

 

「俺は、テッドのことを覚えている。

 スゥや他の死んだ奴らのことも、覚えている。

 俺はそれでいい。あいつらが死んだ世界を、守り続ける。

 そうして、俺は、俺自身と、あいつらと、お前に証明し続ける」

 

「なにを証明――――そうか。

 そうだったな、私が、あの時、君に言ったんだったな」

 

フルアーマーの下でブルースが小さく笑った気がした。

しかし、相手は世界一の精神力を持つバットマン。

一度決めたことは何があろうと曲げない頑固者。

 

「来な、バッツ。

 無銘の馬鹿ヒーローを倒すくらい、お前には造作もないだろ」

 

同時に疾走する二人。

超高速で回廊の如き一枚岩を突き進んでいく。

誰にも知られぬ戦い。ゴッサムの未来を賭けた戦い。

道を踏み外したダークナイトに黄金の戦士が挑む。

 

金色のゴーグルが黒と赤のカラーリングに、

激闘にて静かに壊れていくアーマーを映し出す。

子供のために狂った探偵が腕を振り上げて巨大な爪をブースターに繰り出す。

それをガントレットで迎え打ち、一瞬の鍔迫り合い。

押し出されたブースターが弾き飛ばされた。

 

そこに一撃を繰り出されるのを、回転しながらの跳躍で黄金の陰影が躱す。

一瞥が交じり合い、至近距離で歯を食いしばった二人が衝突し、

あまりのエネルギーのぶつかりあいが起こした余波で海峡が波打った。

 

風圧と衝撃に互いのスーツとアーマーの表面が剥がれ飛んで行く。

黒いアーマーの腕が一振りの槍と化し、

密着距離でブースターを貫かんとし――

 

「もう一度、お前が俺に言ったのを返すぜ」

 

ブースターが両腕を後方にまわし、一斉にエナジーを大量放出した。

肋にも打撃が入ったが無視した。

 

「I am THE GREATEST HERO(俺は最高のヒーローだ)」

 

時空を歪まんとする意思に呑まれた男の槍が肩をかすった。

それだけで筋繊維が千切れ、夥しい血が流れる。

だがそれ以上に音速となった黄金が弾丸よりも速く突撃する。

四次元世界を統べる邪神を倒すために作られた赤黒のアーマーと、

美術館でかっぱらってきたろくでもない由来のスーツが激突した。

 

互いのオリジンの差は意思で埋め、

ついにアーマーが全壊したブルースが血を吐いて倒れ伏した。

 

「NEVER TOLD(誰も知らないけどな)」

 

白目を剥いて気絶したブルースに、

顔中が腫れに腫れたブースターが笑顔で親指を立てた。

同時に、ジブラルタル海峡に浮かぶ潜水艦が煙をあげて沈んでいった。

あそこにはタリアが乗っており、

つまりはもうタリアをダミアンから引き離すのは不可能。

 

「私は…………」

 

疲弊と負傷でブースターがへたり込み、

気絶したと思われていたブルースが額に手の甲をあて、

虚ろに目をうっすらと開けた。

 

「……間違っていたのか」

 

「もちろん」

 

倒れているブルースにマイケルが手を差し伸べた。

 

「誰だって間違えるもんさ」

 

#####

 

「毎日戦っていたら自分が何のためにやっているか見失いがちなんだよな」

 

雪の降るゴッサム。

犯罪が後を絶たない都市だが、今日は珍しく静かだった。

しんしんと新雪が毎日手入れされた庭に積もっていく中で、

ブースターがバットマンを連れていた。

 

胡乱げに目を細めるブルースに、

マイケルは笑って肩を叩いた。

 

「行ってきな。俺はここで待っているから。

 言っとくけど、ここでのことは内緒だからな?」

 

促されたブルースは普段の彼からは想像できないくらいに、

心許ない足取りでウェイン邸に近づいていく。

窓からそっと覗きこむと、そこは広間。

ブルース、ディック、ティム、ダミアン、アルフレッドが思い思いに椅子に腰掛けていた。

真っ暗な室内を照らす唯一の光源はTVの映像。

それも白黒のものだから、微かでしかない。

 

両親が死んだクリスマスの日、

家族で観に行った映画、マスク・オブ・ゾロ。

まだ生きていた頃のダミアンが退屈そうに画面を観ていた。

 

「父さん、本当にこんなのが好きなの?」

 

「まだ始まったばかりだろ。最後まで観ようぜ」

 

「ディックの言うとおりだよ」

 

ダミアンがじろりとティムを睨みつけた。

 

「点数稼ぎのつもりか、ドレイク。

 言っとくけどな、最高のロビンはこのオレだぞ」

 

「はいはい」

 

肩を竦めてダミアンの威勢をティムが受け流した。

アルフレッドがこっそりとブルースに囁いた。

 

「久しぶりですな」

 

「あまり観る暇もなかったからな」

 

「いいことです」

 

口元に笑みを湛えたアルフレッドが紅茶を口にした。

 

「想い出に浸るならケープを脱がなければ」

 

「おい、何ヒソヒソやってるんだ、ペニーワース」

 

「みんな、静かにしよう」

 

ブルースが口に人差し指をあて、

全員がそれに従った。

 

喪った時間だった。

得ようとしても得られない時間だった。

過去に背を向けてブルースが歩き去っていく。

 

「家族に胸を張れるヒーロー。

 そうだったな、すっかり忘れていた」

 

「そして自分にも、だろ?」

 

ブルースがマイケルの手を強く握りしめて、握手を交わした。

 

「そうだ……そうだったな。

 あの日の私に、悪を倒す騎士がいると、見せたかった」

 

目を閉じて、噛みしめるようにブルースが頷いた。

雪が積もりゆくセピア色の過去。

大切な者を求めて歴史を変えんとした二人のヒーローが、振り返ることなく去っていく。

 

「それでも、私は――――」

 

#####

 

傷はすっかり癒えたが、それでも激闘の感触というのはそうそう取れないものだ。

まだひりひり痛む気がする体で、

青く晴れた空の下、ブースターは哲学書の入った鞄を墓標に供えた。

 

「お前好みの赤毛の美女だ。

 浮浪者のおっさんに取られないようにしろよ?」

 

テッド・コードという墓碑銘が刻まれた場所に、

缶ビールもことりと置いた。

大富豪だというのに、舌が安いのが彼だった。

昔は二人で安酒に手ごろなつまみで夜通し騒ぎ明かしたものだった。

 

この戦いを始めてすぐに、マイケルはテッドを取り返そうとした。

事実、一度は成功したが代償はヒーローたちの敗北と荒廃した世界だった。

ブースター・ゴールドが破壊者にならずに済んだのは、

誇るべき親友が過去に命を差し出したからだ。

 

何がどうなったわけでもない。

傍から観たらプラスでもマイナスでもないゼロだ。

それがブースター・ゴールドの仕事だ。

 

ブルースに時間移動の手段を授けたのは、予想通り

ブラック・ビートルだった。

あの後、調査をしても行方を掴むことはできなかった。

バットマンが敗北したのを見るや、乗ってきたタイムスフィアで逃げ去っていたからだ。

 

「じゃあな、また来る」

 

別れを告げてブースターは墓地を去っていく。

昼のゴッサム。活気のある街。

悪徳が鳴りを潜めた時間帯。

そして、ブースターが確かに救った世界。

 

『みんなもオレオの魅力に取り憑かれてみないか!?

 真っ黒なクッキーに甘いクリーム、そしてミルクがあれば、

 君もブースター・ゴールドみたいなタフガイに早変わりだ!!』

 

「あー、誰だっけあいつ」

 

「俳優じゃねえの?」

 

「いや、ヒーローだったって父ちゃんが言ってた」

 

「まっさかー!

 あんなバカ面がバットマンやスーパーマンと一緒に戦ってたのかよ!?

 風評被害にもほどがあんだろ!!」

 

店頭に陳列されたTVからCMが流れ、

通りすがりの少年たちが手厳しいことを思い思い言ってマイケルとすれ違う。

涙目でブースター・ゴールドが口笛を吹き始めた。

 

『でも誰かはわかってくれるんですよ』

 

無言で付き従っていたスキーツが呟いた。

苦笑いを浮かべたブースターが着信を知らせるスマホを取り出した。

 

「よっ、ブルース」

 

『約束は今日だったろう? 何時にするんだ?』

 

「バッカだなあ! 昼からに決まってるじゃん!?」

 

『昼からか』

 

戸惑ったブルースが暫し沈黙した。

少しの間を置いて、諦めたように探偵が快い返事をした。

 

『仕方ない。話し相手になることを約束したのは私だからな。

 今日くらいは付き合うとしよう』

 

「さっすが、話がわかるぅ!」

 

それから短い雑談をして、マイケルは通話を切った。

ポケットに両手を突っ込み、寒さに身震いして歩を進めた。

 

『ジャスティス・リーグで歴代最低のメンバーは……ブースター・ゴールドでしたぁ!

 ほんっっと、こいつなんでいたんだ!? それ以前に何やってんだ!?

 ピザ屋のバイトじゃないだろうな!』

 

「まあ、俺が必死こいて戦おうと何か変わるわけじゃないけど」

 

TVを無視し、硝子に映った自分の姿に、

マン・オブ・ゴールドはウィンクして笑いかけた。

 

「バットマンを飲みに連れ出せるっていうのは、中々のもんだよなぁ?」

 

 

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