DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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フラッシュ:最速の遅刻魔

 

フラッシュは稲妻の走者だ。

クリムゾン・レッドのスーツを着込み、

超高速での行動と思考をしてみせる。

セントラルシティを象徴するヒーロー。

 

そんな彼は今日も走る。

木の枝に引っかかった風船を取ると、下で泣いている子供に手渡し、

車に轢かれそうな老人を抱きかかえて道路を横断し、

排水口に引っかかった首輪付きの猫を救出すると飼い主を探す。

 

「今の風はもしかしてフラッシュ!?」

 

「ちっきしょう! 写メしようとしても早すぎてフレームに――」

 

「呼んだ?」

 

地団駄を踏むハイスクール生らしき少年の前に戻り、

フラッシュは笑顔で気取ったポーズをとった。

たちまち人垣が生まれて、フラッシュにカメラや携帯のフラッシュが降り注ぐ。

 

「やったー! 帰って息子に見せようかしら!」

 

「かっこいいなあ、フラッシュ!」

 

「相変わらずとてつもねえスタイリッシュだぜ!

 ローグスの名にかけてぶっ殺してやる!!」

 

「フラッシュ可愛い~~!」

 

それぞれに愛想よく笑顔で手を振り、

最速のヒーローは再び走り始める。

雷光の火花を残り香に、線となって疾風となったフラッシュがひたすらに足を動かす。

その時々で困った人たちを助け、

陽が昇りきったのにようやく気づいたフラッシュは、慌てて職場に向かった。

 

路地裏でスーツを解き、

いつもの野暮ったい白衣に戻ったバリーは慌てて鑑識課へと走っていく。

同僚や別部署の知り合いに声をかけつつ、飛び込むようにしてバリーはドアを開けた。

 

「すいません、今日もやっちゃいました!」

 

「また遅刻か、バリー」

 

いつものことであるがゆえに、知的な風貌の室長はやれやれと首を振った。

周りはすでに仕事に取り掛かっており、

仕事仲間が苦笑混じりに横目で見ていた。

 

「今日もやることはたくさんある。

 また残業なんてないようにな」

 

「えっと……気をつけます」

 

「言っても無駄ですよ、室長。

 こいつのワーカーホリックっぷりは本物ですから!」

 

周囲の茶々を受けて室長はバリーを仕事に取り掛からせた。

鑑識課で働くバリー・アレンの仕事は最速であり、丁寧。

だが多くの仕事を率先して抱え込む性癖がある。

セントラルシティの犯罪件数はゴッサム・シティや日本の風都などの魔窟よりかなり少ないが、

個人の力に頼るのにも限度があり、バリーの時間がなくなっていく。

 

それでも、すべてをこなす力が認められて、遅刻癖を見逃してもらっているのが現状だ。

どうにかしなければならないと、仕事前の熱々の珈琲を飲みながらバリーは思う。

 

目の前の机に散らばった書類を整頓し、バリーは作業にかかる。

毎日、一つ一つの痕跡を詳細に分析して検査する。

バットマンには及ばないかもしれないが、バリーはこの作業を愛していた。

知的でスリリングで、犯罪者のしっぽを探し、掴んだ時の達成感は代えがたい。

それをブルースに話したら同意を得たが、ハルに話したらヲタクかよと笑われたものだ。

 

とにかく始めよう。椅子の高さを合わせてバリーは集中する。

時間はすぐに経つものだ。特にこのセントラルシティにおいては。

 

######

 

「ハル? どうした」

 

「ヤバいことになったぜ……」

 

昼の休憩に入って一人で食堂にいると、バリーに電話が来た。

気心の知れた親友ハル・ジョーダンからだ。

いつもは明るい彼の声が、暗く陰鬱なものとなっている。

バリーはテレビから流れるワイドショーを観ながらハルの話を待った。

チョコレートを齧ると疲れた頭に糖分が行き渡っていく。

 

「あのさ……エクスペンダブルズをレンタルしたんだけどさ。

 OAから招集が来てさ。無視しようかなって思ったけど、

 できるわけないし、やっぱり行ったんだよ。

 んで、それが4ヶ月前の話で今朝帰ってきた」

 

「それは大変だね。OAの経費にしてもらえば?」

 

「なんでか、あいつらケチなんだよ」

 

テレビの中で司会者とタレントが益体もない話をしていた。

興味がなくなったので、空いた時間に読もうと思っていたコミックを取り出す。

メガマンという日本のゲームのコミカライズだ。

バリーはアクションゲームが苦手だからプレイしたことはないが、

コミックである程度の説明はしてくれるし、なかなか興味深い物語なので好んでいた。

 

「こっちに来て延滞料、払ってくれないか?」

 

「仕事中」

 

すげなく告げてコミックを読み進めていく。

一コマ一コマじっくり読んでいくのがバリーのスタイルだったが、

超スピードにアクセスできるようになってからは、

一ページを3秒で読めるようになっている。

 

「バリー」

 

周囲から見ればパラパラと乱雑に本をめくっているようにしか見えないが、

彼の目はページの隅から隅まで捉える。

 

「バリー……頼むよ、バリー。

 俺の代わりに300ドル払ってくれよ、親友」

 

「わかったよ、どこに行けばいい?」

 

「やったぜ! いつものレンタルショップの前にいるから来てくれ!」

 

読み終わったコミックを閉じると、昼食を乗せたトレーを持ち上げようとした。

立ち上がってあまり目立たない場所に行こうとした矢先、

眼鏡の理知的な女性がバリーの向かい側に座った。

 

「今日は休憩に入るのが早かったのね」

 

「うん、君はどんな感じ?」

 

ツンとした印象を与えかねない彼女はパティ・スパイヴォット。

バリーの恋人であり、同棲相手でもある。

一見すると冷たいように受け取られるかもしれないが、

その実、誰よりも優しい心を持った女性だ。

 

だがパティは心配そうな顔でバリーの瞳をまっすぐ見ている。

 

「今朝、上空でスーパーマンが目撃されたんだけど、なにか知ってる?」

 

「本当に? 僕は何も聞いてないな」

 

「そう」

 

食事を終えたバリーの前でパティが食事にとりかかる。

形の良い頬が咀嚼に動き、水で押し流してから、彼女が躊躇いがちに口を開いた。

 

「最近、忙しすぎない?」

 

「そうかな。今もコミックを一冊読み終えたばかりだよ」

 

「前は一冊にもっと時間をかけていたわ」

 

含みのあるパティの発言にバリーは眉を上げた。

 

「最近、なんだか急いでないかしら」

 

「そんなつもりはないけど」

 

「昨日だって帰って来なかったわ」

 

「ごめん、色々やることが多かったんだ」

 

「ここのところ毎日よ。

 バリー。あなたの気持ちもわかるけど、もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃない?」

 

「僕は……できることをやってるだけなんだけどなあ」

 

パティには話題を変える気がなさそうだが、

用事があったバリーは申し訳なさそうに頭を掻いて立ち上がった。

それをパティが呼び止める。

 

「ねえ、あなたが読んでいたコミックの元になったゲームを

 知人から借りたんだけれど、興味ないかしら」

 

「僕はいいよ。アクションゲームは昔から得意じゃないんだ。

 そういえばシャザムがゲームをやりたがっていたから……又貸しはダメか」

 

「私も手伝うから」

 

食い下がる彼女を不思議に思うが、バリーは丁寧に断った。

 

「やらなければならないことがたくさんあって時間がないんだ」

 

スピードフォースによって高速行動と思考ができる彼だが、

それでも仕事というのは一向に無くならず。

人の役に立つために率先して仕事を引き受ければ、永遠に時間ができない。

おまけにアクションゲームは高速行動があまり役に立たない。

バリーには向かないものだ。

 

「ごめん、ハルに用事があるから

 コーストシティまで行ってくるよ」

 

手を挙げて別れを告げるバリーに、

眼鏡が鼻からずれようとかまわずにパティが立った。

 

「ちょっとバリー!

あなたこの頃、ほとんど寝てないわよ!?

昼くらいもう少し休んだら――」

 

「大丈夫だよ、スピードフォースがあるし。

 心配してくれて、ありがとう!」

 

小走りでトレーを戻し、人がまばらになった食堂から出ると、

瞬時に走りだし、窓から飛び出してリングからコスチュームを出した。

真紅の破片が体に一つ一つ装着され、フラッシュは緩慢となった世界で韋駄天となる。

途中でスリに遭った人から金を取り戻し、婦人が落とした買い物袋を拾い上げ。

細々とした人助けをしながらハルの元へ行った。

 

コーストシティは恐怖のない街として知られている。

一度は700万の人が死ぬ憂き目に遭い、ゴーストシティになったが、

シネストロ・コァとの戦いによって人々の中に勇気が芽生え、

ウェイン産業の多大な出資もあってかなり復興している。

 

ハルが住むアパートの近くにあるレンタルショップに着いたが、

肝心の待ち合わせした相手がいない。

困惑して辺りを探すと、近くのコンビニからグラマラスな女性とにこやかに話しながら出てくる

最高のグリーン・ランタンが見えた。

即座にハルを人気のない場所に連れて行く。

 

「何をやっているんだ!?

 こっちは休憩の途中だったんだぞ!」

 

「せっかく捕まえたのに……」

 

「普通、待ち合わせしているのにナンパはしないだろ!!」

 

「だってお前、来るのが遅かったしぃ」

 

反省した様子もなくハルが口を尖らせ、フラッシュは頭を押さえた。

初めて会った時は絶対に仲良くできないタイプだと思ったが、

正直、今でもそうだと思っている。

それでこんなに長い付き合いなのだから不思議だ。

 

「じゃあ、ほら。代わりに払ってやるから。

 お前はまたナンパしときなよ」

 

「なんでだ? まだ時間あるだろ。

 ちょっとくらいそこでダベろうぜ。

 ……あっ、そうか。お前、恋人と職場が同じだったな」

 

一転、ハルがニヤニヤしながら肘で小突いてくる。

 

「何を想像してるのか知らないけど、

 最近はあまり一緒の時間をとれてないよ」

 

「なんでだ?」

 

「仕事とヒーロー業やってたら、どうしてもね。

 あと、目の前の誰かさんが延滞料を払えないとかで

 せっかくの時間をだね」

 

「マジかぁ。べつにダメなら他の奴から借りるからいいのに。

 ブルースとか金持ちだしさ。

 まあ、それはそれとしてだ――」

 

バリーの親友が考え事をするように腕組みをして首を傾げた。

 

「恋人との時間が取れないくらいに追い込むのはよくないぜ、バリー。

 一緒にいてもスマフォの方がエキサイティングな

 のんびり屋が、お前だろ」

 

深刻な顔でハルが警告してくる。

だがバリーはそれに全く同意できなかった。

呼び出しておきながら、いけしゃあしゃあと何を偉そうに、ということではない。

スピードフォースの恩恵を社会や人々に還元しているのに、

それの何処が悪いのか。

 

「まあいいや。今度、俺の家に来いよ。

 あんまり無理しないようにな」

 

釈然としないバリーに、ハルはそう言って帰っていった。

返却期限から一ヶ月超過したDVDが入った袋を手に、

最速の男はぼやいた。

 

「まったく、好き勝手言って」

 

 

---

 

「こんの馬鹿野郎がぁ!!」

 

ローグスの日課は銀行強盗。

社交場で金持ちを脅して金を貰うのも常套手段ではあるが、

ああいった上流社会の匂いがする場所は好まない。

 

今日もキャプテン・コールドは銀行を強盗していた。

怒声とともに頬を殴り飛ばしたのは、まだまだ若造のトリック・スター。

逆立てた金色の髪にサイケデリックなアクセサリーの数々。

よくいる不良少年めいた外見だが、

彼の安物から優れた機器を発明する才は超人的だった。

 

だがトリック・スター、アクセルはローグスの心に疎い。

これが今風の若者というやつなのか、飽きっぽさがあった。

以前はもうこの街を諦めて別に行こうと提案した始末。

少年のためにローグス・ハンドブックを徹夜で作成して、

渡しはしたが、果たして読んでいるのかという疑問もあった。

 

「テメエ、何考えてやがる!!」

 

「ヒィッ!! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

ロビーにいるのは二人だけ。

客と職員はすでに銀行から出している。

人質を解放するのは愚行ではあるが、

銀行の床と壁はひどく焼け焦げており、

人にあたれば命が喪われることだろう。

 

コールドはトリック・スターを折檻し続け、

ようやくフラッシュが走ってやってきた。

 

「ちょっ、ちょっとどうしたんだい、二人とも!?」

 

「おう、来たか。フラッシュ」

 

いつもなら満面の笑みで世界最速を迎え撃つのがローグス。

しかし、今日は一瞥して、目の前の少年に視線を戻した。

 

いぶかしむフラッシュだったが、

彼は基本的に暴力沙汰や体罰を好まない。

慌ててコールドを宥めようとするが、

コールドの怒りは収まらない。

 

「止めるんじゃねえ!

 このガキ、とんでもねえことをやらかしやがった!!」

 

「待ちなよ。そういうことは護送車の中でやればいいだろ!?」

 

「周りをよく見ろ」

 

鼻息荒くしたコールドに促されて、

フラッシュは辺りを確かめる。

 

焼け焦げた床と壁、

散乱するおもちゃの形をした兵器群。

どれもが致死傷レベルと見受けられる。

 

ローグスにしてはやりすぎな有り様に、

フラッシュは眉をひそめた。

これではあまりに危険すぎる。

フェアプレーと人命には最大限の敬意を払う、

彼ららしくないものだった。

 

「この小僧。

 功を急いで爆薬の量を増やしてやがった!!

 放っておいたら死人がどれだけになってたか」

 

「で、でも!

 これくらいしないとフラッシュには勝てないよ!」

 

「言い訳するんじゃねえ!」

 

フラッシュの存在によって暴力を自制する程度には

冷静になったようだが、

コールドの怒りをようとして鳴りを潜める気配はない。

 

ここは静観すべきと考えたフラッシュは、

ロビーの椅子に座って事態を見守ることにした。

 

「テメエも見ただろう。

 ガキと両親にビーズ型爆弾が転がっていくのを。

 俺が咄嗟に氷の壁を出さなかったらどうなってた?

 なんの罪もねえカタギを殺しちまうところだったんだぞ」

 

「ご、ごめん……オレ……まだ半端者扱いだし、

 もっとみんなに認めて欲しくて……」

 

涙目になったトリック・スターに、

ローグスの長であるコールドはようやく鬼迫を抑えた。

 

「あまり焦るな。

 フラッシュをぶちのめしたいのは俺達も同じだ。

 だがよ、もっと俺達に相談しろよ。

 ローグスはファミリーなんだぜ?」

 

懐からローグス・ハンドブックを取り出し、

該当箇所をトリック・スターに見せる。

日々の仕事に駆り立てられるあまり、

大切なものを見失っていた若きローグスの目に涙が浮かんだ。

 

「俺達はチンケなこそ泥だ。

 だがな、堅気を殺した金で飲む酒をありがたがるのは

 ローグスじゃねえ」

 

嗚咽を漏らして肩を震わせる少年の肩を、

コールドが優しく叩いた。

 

謝罪の言葉を繰り返すトリック・スターと、

それを受け止めるコールド。

フラッシュにも感慨をもたらす光景だった。

 

胸が熱くなり、

自然と拍手をしたバリーは、

何度も頷きながら二人の元へ近づいていく。

 

「感動したよ。

 どうやら君たちに教えられたみたいだね」

 

「よせやい」

 

照れくさそうに鼻の下を擦って、

コールドが笑った。

 

「君もわかっただろう? トリック・スター。

 セントラルシティは忙しい街だけど、

 それでも忘れてはいけないものもあるんだ。

 お互いに、それを胸に刻むようにしようよ」

 

トリック・スターとコールドの肩に手を置き、

フラッシュは二人を外へと導いた。

 

「…………ん?

 どこへ行くんだ?」

 

「……あれ?

 自首の流れじゃないの?」

 

顔を見合わせるヒーローとアークヴィラン。

 

互いに距離を取り、

戦闘態勢に移行するのは同時だった。

 

赤い影と、

青い氷が激突する。

 

 

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了解。

削除なし・文意保持・欠落補完なしでの校正続きを出します。

以下は 夜の帰路~再度の銀行強盗~コールド初勝利直前 です。

 

 

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夜が更け、月明かりが街を照らす。

あの後、二人には結局逃げられてしまったが、

それはそれだ。被害もなく、深追いしても仕方がない。

 

パティと腕を組み、

バリーは街灯の下を歩いていた。

 

「一緒に帰るのなんて、久しぶりね」

 

嬉しそうにパティがバリーになだれかかる。

腕と肩に感じる温もり。

こうして二人でいるからこそ、

こうして一緒に帰ることにして本当に良かったと思えた。

 

「まっすぐ帰る?」

 

「そうでしょ。どこに行くのよ」

 

「んー……こういう時って、

 特別な場所に寄るんじゃなかった?」

 

困惑してバリーは頬を掻いた。

そんな彼を見て、パティは笑って首を振る。

 

「今は本屋もカフェも遅いわ。

 いいのよ。あなたはあなたのままで、

 無理しなくても」

 

安心していいのかわからないが、

ひとまずバリーは納得した。

 

多くの人々が仕事を終えて家路につく時間帯。

一方で、今から遊びに出かける者たちもいる。

もう少し気の利いた場所に行けたら、

と思わなくもない。

 

「じゃあ、家に帰ろうか。

 そういえばMEGAMAN、借りたんだよね。

 ゼロやブルースって操作できるのかな。

 真っ赤でクールだから好きなんだ」

 

「ごめんなさい、

 そういうのには詳しくなくて。

 でもいいの?

 苦手なジャンルだったでしょう?」

 

そんなパティに、

バリーは柔らかく笑いかけた。

 

「一緒にやってくれるんだよね」

 

二人で仲睦まじく笑い合う。

その横を、

やかましくサイレンを鳴らすパトカーが

何台も通り過ぎていった。

 

警官たちが集まる先と、

隣のパティを何度も見やり、

バリーは歯を食いしばる。

 

だが、

パティは自ら腕を離し、

彼の背中をそっと押した。

 

 

#####

 

セントラルシティ銀行。

人通りのない深夜。

 

昨日の今日どころではない。

わずか半日という驚異的な速さで、

ローグスは再び銀行を襲っていた。

 

「また始めたのか!?」

 

摩擦熱と火花を生み出して停止したフラッシュを、

不敵な笑みを浮かべたキャプテン・コールドが迎えた。

 

すでに盗みは終わっており、

銃を構えて遠巻きにする警官隊を

一顧だにしない。

 

「ローグスに休日はねえぜ」

 

「普通、銀行強盗は一日一回だろ!

 なんで間を置かないんだ!!」

 

フードの下、

鷲鼻が特徴的なコールドは、

もどかしげなフラッシュの抗議にも耳を貸さない。

 

これが本来のヴィランの在り方。

そして彼は、

フラッシュの宿敵だ。

 

「……もしかして、

 用事でもあったか?」

 

「……別になかったよ!!」

 

吐き捨てるように否定するフラッシュに、

コールドは一瞬だけ訝しげな視線を向けた。

 

だがすぐに、

これから始まる戦闘へと意識を切り替える。

 

「他にローグスメンバーはいないのかい?」

 

「俺たちも強くなった。

 前みたいに集団で襲えば、

 フェアプレーじゃなくなる」

 

「なんでそういうことに気を回せて、

 犯罪をやめないんだっ!!」

 

久しぶりの恋人との時間を邪魔され、

さすがにフラッシュの血が上った。

 

赤い影が残像を引き連れて突進する。

だが、

周囲十メートルに張り巡らされた氷の床が、

その速度を削った。

 

頬を掠めた深紅の腕。

フリーズガンの銃口が向けられ、

引き金が引かれる。

 

冷気線が追いすがり、

疾風となってフラッシュは走り続けた。

 

角度はコールドの背後三十度。

勝負を急ぐフラッシュから、

相対的に鈍重な足を必死に動かし、

コールドは距離を稼ぎ続けていく。

 

一地点、二地点、三地点。

次々と生み出される氷結。

 

「今日は急がせてもらうよ!」

 

フラッシュが無氷の道を駆け抜け、

コールドに痛打を与えようと拳を振り上げ――

寸前で、その動きが止まった。

 

コールドとフラッシュの間。

虚空を、

硝子の粉塵のようなものが舞っている。

 

「気付いたか」

 

にやりと口の端を吊り上げ、

コールドは片手に握っていたビーズを

大きく振りかぶった。

 

バリーの脳内を、

音より速くシナプスが駆け巡る。

 

この光吹雪めいた代物は、

大気中の水分を凍らせた氷粒だ。

 

あのまま突っ込んでいれば、

大ダメージどころか致命傷になっていた。

 

だが――

それが本命なはずがない。

 

アークヴィランの手元にあるのは、

トリック・スターのビーズ爆弾。

 

投げれば、

空気中の極小の氷粒に何度も弾かれる。

 

フラッシュ、

バリー・アレンの真骨頂は、

状況から導き出す超高速並行演算。

 

だが、

これほどの障害物、

視力が上がるわけでもない超スピードで、

どこまで正確な予測が可能か。

 

――不可能だ。

 

数十のビーズ爆弾が、

複雑な軌道を描いて弾かれ、

フラッシュとコールド双方へと降り注ぐ。

 

氷の壁で身を守るコールド。

対してフラッシュの逃げ道は――

速度のみ。

 

だが後方も、

氷で塞がれている。

 

瞬間、

バリーの頭に閃きが走った。

 

主観では超スローに落ちてくるビーズ。

塞がれた氷の逃げ道。

 

バリーは両手を合わせ、

超高速で擦り合わせた。

足元では、

超高速の足踏み。

 

圧倒的な速度が熱量を生み、

周囲の空気が上昇していく。

 

すべてを溶かす必要はない。

薄い壁一枚、

軌道が素直になればいい。

 

幾何学的に迫っていたビーズ爆弾が、

直線的な挙動へと変わる。

 

バリーは一つ一つの直下に手を差し込み、

とてつもない速さで手首を弾いた。

 

微風に押し上げられ、

ビーズが上空へと逃げていく。

 

さらに、

全身の回転による竜巻へと切り替え、

それらを遥か上空へと巻き上げた。

 

――落下する前に、決める。

 

加速する視界。

だが次の瞬間。

 

コールドを守っていた氷の壁が、

根元から折れ、

砕け散った氷粒が一斉に襲いかかる。

 

予想外の一撃。

ただの打撲でも、

まともに受ければ動きが止まる。

 

その一瞬を、

コールドは逃さなかった。

 

フリーズガンが、

世界最速を捉える。

 

放たれた冷凍光線が、

フラッシュの真紅のスーツを

完全に青く凍りつかせた。

 

無防備となったヒーローの前に立つのは、

ローグスのリーダー、

キャプテン・コールド。

 

レオナルド・スナートは、

信じられない光景に目を瞬かせ――

やがて、

万感を込めて両腕を天へ突き上げた。

 

「やったーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 

初めての勝利。

スマフォを取り出し、

何度も写真を撮る。

 

「おい、見たか今の!?」

 

通話先で、

眠たげな声が返る。

 

『なにが?』

 

「フラッシュだよ!

 俺が倒したんだ!!」

 

『……マジかよ』

 

浮かれきった笑顔で、

コールドは凍りついた英雄を背に笑い続けた。

 

――だが。

 

セントラルシティは、

異様なほど静かだった。

 

歓声も、

怒号も、

混乱もない。

 

勝利の余韻を噛みしめていたキャプテン・コールドは、

ようやくその違和感に気づき、

ゆっくりと周囲を見回した。

 

警官たちは銃を構えたまま、

誰一人として前に出ない。

 

「……上を見ろ、コールド」

 

一人の警官が、

震える声で叫んだ。

 

促されるままに、

コールドは夜空を見上げる。

 

そこには――

いるはずのない存在が浮かんでいた。

 

青のスーツ。

深紅のケープ。

ただ“そこに居る”だけで、

空間そのものを支配する圧倒的な存在感。

 

スーパーマン。

 

だが、

どこかおかしい。

 

見下ろすその瞳に、

慈悲も、

正義もない。

 

あるのは、

露骨な侮蔑と、

底知れぬ嫌悪だけだった。

 

「お前たちが呼んだのか?」

 

低く、

感情の抜け落ちた声。

 

「い、いや……違う」

 

警官が首を横に振る。

 

スーパーマンは口元を歪めた。

まるで、

この街そのものを嘲笑うかのように。

 

「このクズどもが」

 

――ざわり。

 

警官たちが、

一斉に動揺した。

 

コールドもまた、

背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

フラッシュが信頼し、

世界が信頼しているヒーローが、

こんな言葉を吐くはずがない。

 

「よぉ、スーパーマン」

 

コールドは両腕を広げ、

あくまで軽口を装って声をかけた。

 

「フラッシュを助けに来たのか?

 残念だったな。

 あいつは、ついさっき俺が倒したぜ」

 

スーパーマンは、

ゆっくりと地上へ降り立った。

 

その足取りは、

あまりにも重い。

 

「……そうか」

 

次の瞬間、

空気が凍りついた。

 

「なら、もう用はない」

 

そう言って、

スーパーマンは凍りついたフラッシュの前に立ち、

迷いなく腕を振り上げた。

 

「やめろ!!」

 

警官たちの叫び。

 

だが、

振り下ろされた手刀は――

氷に阻まれた。

 

キャプテン・コールドの即断だった。

 

「なんでフラッシュを殺そうとする。

 あんたは誰だ?」

 

スーパーマンは、

ゆっくりと視線を向ける。

 

その顔は、

テレビで見る“鋼鉄の男”とは似ても似つかない。

 

歪み、

濁り、

憎悪に満ちていた。

 

「ボクは……スーパーマンじゃない」

 

背後に、

灼熱の視線が走る。

 

建物が、

音もなく切断された。

 

「ボクは――」

 

その男は、

狂気に歪んだ笑みを浮かべて叫んだ。

 

「スーパーマン・プライムだ」

 

キャプテン・コールドを追尾するように、

スーパーマン・プライムが踏み出した。

 

その一歩で、

背後の建物が爆ぜるように崩れ落ちる。

 

「クソッ!

 おい、警官!

 今すぐ周囲の住民を避難させろ!!

 見りゃわかるだろ、こいつは――ヤバい!」

 

「そんな必要はないさ」

 

プライムが、

嘲るように言い放つ。

 

「お前が今すぐ死ねばいいだけだよ」

 

一瞬で距離を詰め、

氷の光線すら意に介さず、

プライムはコールドの首を掴み上げた。

 

宙に浮かされ、

気道を圧迫されるレオナルド。

 

「ぐ……っ!」

 

「弱いな。

 こんなクズどもが、

 この世界でのうのうと生きているのか」

 

そのまま、

頭を殴り飛ばそうと腕を振り上げた――

瞬間。

 

「――今だ!」

 

背筋に走った悪寒に、

プライムの動きが止まる。

 

顔面へと、

至近距離から放たれたフリーズガン。

 

口内まで凍結し、

呼吸を封じられたプライムが

大きく仰け反った。

 

「よくやった、ミラー!」

 

鏡面から半身を出したミラー・マスターが、

短く頷く。

 

続けて、

ジェットブーツで飛来したトリック・スターが、

ラジコンヘリからミサイルを乱射した。

 

だが、

プライムは氷を砕き、

突き出した腕一本でそれらを受け止める。

 

「無駄だ」

 

怒りに歪んだ顔。

 

「このプライムに、

 お前たちごときが相手になると?」

 

「ウェザーを今すぐ出せないか!?」

 

「無理だ!

 時間がかかりすぎる!」

 

現存ローグスは、

コールド、ミラー・マスター、トリック・スターの三人。

 

ヒート・ウェーブは倒れ、

ウェザー・ウィザードは収監中。

 

過信。

それが、

今になって牙を剥いた。

 

プライムは歯噛みし、

空へと飛び上がる。

 

次の瞬間、

大気圏外から戻ってきた彼の腕には――

燃え盛る隕石が抱えられていた。

 

「おおおおおおおおお!?」

 

だが、

ローグスは怯まない。

 

ミラー・マスターが鏡を展開し、

上空二十メートルで隕石とプライムを受け止めようとする。

 

だが、

耐えきれず、

鏡面は砕け散った。

 

「クソッ!」

 

コールドが全出力で隕石を凍結する。

 

それでも、

完全には止められない。

 

砕けた隕石が、

街へと降り注いだ。

 

粉塵、

悲鳴、

瓦礫。

 

逃げ遅れた市民を、

ローグスは可能な限り救助した。

 

そして。

 

焦げ付いた程度の姿で、

プライムが立ち上がる。

 

「……どうする?」

 

狼狽するトリック・スター。

 

コールドは、

短く息を吐いた。

 

「時間を稼ぐぞ。

 セントラルシティの連中が逃げ切るまでだ」

 

「……逃げないのか?」

 

「それがローグスの流儀だ」

 

だが、

それすら限界だった。

 

武器は破壊され、

体力も尽きかけている。

 

プライムが、

再び腕を伸ばした。

 

「終わりだ」

 

――その瞬間。

 

世界が、

轟音とともに歪んだ。

 

プライムの身体が、

横合いから吹き飛ばされる。

 

上空に打ち上げられ、

頭から地面に叩きつけられた。

 

赤い影が、

コールドの隣に立つ。

 

「おまたせ」

 

「……フラッシュ」

 

「フラーーーーーーッシュ!!」

 

凍結を破り、

世界最速が帰ってきた。

 

コールドの氷から解放されたフラッシュが、

スーパーマン・プライムの前に立ちはだかる。

 

「あれは……スケアクロウの恐怖ガスか。

 トリック・スターも、随分と物騒なものを持ってきたな」

 

「状況はわかるな、フラッシュ」

 

「ああ。

 フラッシュ&ローグスのチームアップだね。

 正直、心強いよ」

 

コールドが転がったフリーズガンを拾い上げ、

動作確認をする。

ミラー・マスターは鏡の中に身を隠し、

トリック・スターは息を荒くしながら立ち上がった。

 

粘ついた涎を垂らしながら、

プライムが顔を上げる。

 

「ヒーローのくせに……ヴィランと組むなんて……!

 やっぱりそうだ!

 それがスピードスターの本性なんだろ!?

 ボクを……ボクを、いつもいじめて!!」

 

「君が何を言っているのか、

 正直よくわからないけど」

 

フラッシュは肩を竦めた。

 

「セントラルシティは、

 僕たちの街だからね」

 

怒号とともに、

プライムが拳を突き出す。

 

速い。

スピードフォースを得たバリーと同等、

あるいはそれ以上の速度。

 

フラッシュは掌底で顎を打ち上げ、

即座に距離を取る。

 

怒りで判断力を失ったプライムに、

速度に乗った打撃が次々と叩き込まれる。

 

全方向からの攻撃。

コールドの冷気、

ミラーの撹乱、

トリック・スターのトラップ。

 

プライムがコールドの腹を打ち抜いた瞬間、

フラッシュが軌道を逸らし、

致命傷を回避させた。

 

「無駄だ、無駄だ!

 ボクはスーパーマン!

 プライム!

 胸に“S”を宿し、

 より良い世界のために――」

 

「てめえが何者かなんて、

 興味ねえが」

 

その瞬間、

フラッシュの姿が消えた。

 

空間に浮かぶ、

無数の氷粒。

 

月光を反射し、

粉雪のように煌めく。

 

助走。

氷粒を足場に、

スピードフォースを纏った一撃が、

プライムに叩き込まれる。

 

「少しは、

 尊敬される生き方をしな」

 

膝をつくプライム。

 

それでも、

倒れない。

 

耐久力は、

この世界のスーパーマンをも凌駕している。

 

フラッシュは、

クラウチングスタートの姿勢を取った。

 

ローグスが目を見開く。

 

「一分、

 時間を稼いでくれ」

 

「任せろ」

 

「……それと、

 気が向いたらでいい。

 この街を守ってくれ」

 

「何だと?」

 

答えを待たず、

フラッシュは走り出した。

 

残されたプライムは、

涙を滲ませながら喚く。

 

「なんでだよ!

 なんでみんな、

 ボクの邪魔をするんだよ!!

 何一つ、

 間違ってないだろ!!」

 

だが、

ローグスにとってはどうでもいい。

 

凍結、

鏡像、

拘束。

 

そして――

戻ってきたフラッシュ。

 

残像が、

街全体に広がっていく。

 

十秒。

二十秒。

三十秒。

 

速度が、

限界を超えていく。

 

「やめろ……!

 やめろよぉ!!

 ここは嫌だ!!

 あのクソッたれなバートを

 思い出すだろ!!」

 

「……少しずつ、

 わかってきた」

 

フラッシュの手が、

プライムの肩を掴む。

 

引き剥がそうとしても、

指一本動かない。

 

「でも、

 君がやっていることを

 許すわけにはいかない」

 

速度が、

世界を引き剥がす。

 

音を超え、

光を超え、

思考すら追いつかない領域へ。

 

他を圧倒する速度は、

孤独を生む。

 

だからこそ必要なのは――

遅さを選ぶ意志。

 

世界が歪み、

溶け、

一つだけ残ったもの。

 

それは、

一人の女性の顔だった。

 

-----

 

あの後、

パティはローグスたちと共にフラッシュを探し回った。

 

信頼していいのか、

行動を共にしていいのか、

正直、迷いはあった。

 

だが、

ローグスはこれまでもセントラルシティを守ってきたし、

彼らは口を揃えて言った。

 

――バリーは信じられる、と。

 

多少荒っぽくはある。

だが、存外に紳士的で、

妙なところで線を越えない。

 

バリーが奇妙な友情を感じる理由も、

少しだけ理解できた気がした。

 

それでも。

どうして彼らが犯罪に拘るのかは、

やはり理解できない。

 

まさか、

フラッシュと戦いたいから、

なんて馬鹿な理由なはずがない。

 

そう思いたかった。

 

だが、

肝心のフラッシュ――

バリー・アレンは、

どこにもいなかった。

 

早朝のクライム・ラボは慌ただしい。

 

彼の不在に、

まだ誰も気づいていない。

 

パティは、

彼のデスクの前に立ち止まった。

 

乱雑に見えて、

実は几帳面に整えられた資料の山。

 

そっと、

指先で撫でる。

 

その瞬間、

微かな電気が走った。

 

反射的に手を引っ込め、

自分の指を見つめる。

 

――何もない。

 

「……バリー」

 

小さく、

名前を呼んだ。

 

「私は、信じてるから」

 

そう呟き、

仕事に戻ろうとした、その時。

 

廊下の奥から、

けたたましい足音が響いた。

 

早すぎる。

速すぎる。

 

けれど、

聞き覚えがある。

 

すれ違う人々すべてに、

律儀に挨拶しながら。

 

遅刻常習犯が、

慌ただしくオフィスへ飛び込んでくる。

 

「すいません!

 またやっちゃいました!!」

 

「遅いぞ、バリー!!」

 

室長の怒号。

 

息を切らし、

汗だくで、

少し照れたように笑う男。

 

――バリー・アレン。

 

パティは、

何も言わなかった。

 

ただ、

彼がそこに“戻ってきた”ことを、

胸いっぱいに噛みしめる。

 

世界は今日も、

完全には救われない。

 

犯罪はなくならず、

悲劇は起き、

ヒーローは走り続ける。

 

それでも。

 

遅刻して、

叱られて、

コーヒーを零して。

 

それでもまた、

人を救うために走る。

 

そんな男が、

ここにいる。

 

パティは小さく息を吐き、

自分の席に戻った。

 

机の上に置かれた、

借りっぱなしのゲームソフト。

 

――MEGAMAN。

 

「今夜は、

 一緒にやってみようかしら」

 

誰にも聞こえない声で、

そう呟いた。

 

セントラルシティに、

今日も朝が来る。

 

雷光は、

人知れず、

街を照らし続けていた。

 

 

 

 

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