何もしてないのに壊れました~異世界漂着物調査課~ 作:包紙くらげ
拝啓、親愛なるお母さん、お父さん、そして愛しの妹へ。
お元気ですか?皆は今頃こたつでぬくぬくと温かいカニ鍋でもつついている頃でしょうか。
僕?僕
白い砂浜、朝日が照り付け、体に巻き付く不愉快なワカメや藻屑、ぐちゃぐちゃのボロボロになった服、ざざーんと無慈悲に打ち寄せる波。
どこからどうみても恥ずかしくない立派な遭難者って感じだ。波が来る度引き潮と共に流されつつある意識で我ながらそう思う。
ここがどこかまったくわからない、たしかベーリング海でカゴいっぱいのズワイガニを引き上げる時に足を滑らせてカニと一緒に海に落ちた所までは覚えてるんだけど……家にはカニ届いたかなあ。
そんな薄れゆく意識の中のんきな声が僕の耳に届いた。
「はわぁ~ゴリウスさんゴリウスさぁん、今日の漂着物さんは『にんげん』さんみたいですぅ~。こんなの初めてですねえ」
「お手柄だなシプル、さておい聞こえるか?大丈夫か、……意識はありそうだな」
「う、うぅん……」
塩水で霞む視界を擦り、首だけを上げた僕を見下ろしていたのは白衣の天使でもお迎えの死神でもなくて黄色いネクタイが目立つ黒いスーツ姿の二人組だった。
1人目は羊のようにふわふわとした白いロングヘアーでタイトなスカートから見える足やメリハリのある腰、スーツの上からでもわかる胸の巨大さ、女性らしい起伏に非常に恵まれた美少女だった。ただ普通の人間とちょっと違うのはその頭に羊のような角が生えていること。
そして二人目のわかることはたてがみのようなツンツンした茶髪と男って事と……で人間であってほしい、多分。
「どうした、俺の顔になにかついてるか……ちっまたボタンがはじけ飛んじまった」
前言撤回、こんな見上げるほどデカくて、スーツが悲鳴を上げるほど引き絞り、動くたびにボタンが弾ける大胸筋を持つ奴が人間なわけがない、服を着ることを覚えたてのゴリラなのかな。
というかそのボタンがはじけ飛ぶラッキースケベ的現象もちっとも嬉しくもないどころか暑苦しい胸筋が見えても網膜にダメージが来る、どうせなら隣の女の人が良かったと思うのはきっと僕だけじゃないはずだ。
「なにか失礼なことを考えてる気もするがまあいい、立てるか?」
「は……はい」
「よいしょー掴まってくださーい!あららふらふらじゃないですかぁ」
地響きのような重低音のゴリウスと呼ばれた男の人の声と耳を優しく包み込むシプルと呼ばれた柔らかい高音、二人に肩を貸してもらいながら僕は立ち上がった。うん、口の中がジャリジャリする。
「ふむ……意識はあるなじゃあ……」
「な……なんですか」
二人とも僕を見て何か考えてる、なんだろう品定めをされてるようなそんな感覚だけど……あっこれから僕をどうするかとかかな、何にもわからないしとりあえずボロボロだからお水とかお洋服も欲しいなあなんて、まさかこれ以上何か取られるわけもないし多分二人とも善人だろう、とりあえず寒いし服を貰いたい、このゴリラみたいな人に頼もう。
そして僕らは同時に言った。
「検品と動作確認は漂着物調査の基本だからなとりあえず、脱げ」
「あの着てる服をくれませんか、上下でいいんで」
「「へ、変態だぁぁぁーーーーーーーー!!!!!」」
「どちらも言い方ってものがありますよねぇ~」
これこそが僕の人生って感じの『理不尽』との出会いと始まりだった。
☆
あれは確か、二週間くらい前だったかな。
妹に『誕生日プレゼントは何がいい?』って聞いた時だったっけ。
『カニ!獲れたてのおっきなカニが良いなズワイガニとかタラバガニとか!……でもウチ貧乏だから、やっぱりザリガニ、ううんちりめんじゃこでいいよ、テトお兄ちゃん……たまにちっちゃなカニ入ってるから……』
妹は僕と家庭の懐具合を気遣ってこんな悲しいセリフを吐いたんだ、まるで『自分の人生にはカニなんて贅沢品は一生縁遠いものなのだ』とぽかんと虚空を眺める妹、ミコの横顔を見ていたらどうにも我慢できなくって。
気が付いたら僕はベーリング海に向かうカニ漁船の甲板に立っていた。
マイナス10度の極寒。荒れ狂う海と怒号。
『死にたくなければしっかりロープ掴んでろテト!』
『はい船長!船長こそ必ず帰って妻とやり直すんでしょ?絶対生きて帰りますよ!』
『へっ、わかってらぁ!』
そうこんな感じに船長と僕は熱い友情を芽生えさせながら海を渡り──
「よし上着は脱がしたぞ変態め、次はズボンだ……シプル、ナイフ持ってきてくれ、どうにかこじ開ける。」
「はわわ~、どんどん脱ぎ脱ぎしちゃってますね~説明しなくていいんでしょうかぁ~?」
「はわわ~じゃあない!変態でもない!待って待って、普通待つよね!?いまこっちは回想してたのに!船長との友情が芽生えてたのに!」
「やかましい!改造でも海藻でもなんでも検品が終わったら勝手にやってろ!こっちは仕事でやってるんだ変態」
「仕事で遭難者の人の服を脱がせるのか!?どんな仕事だズボンから手を放せこの変態!」
こんなゴリラにカニのごとくパン一のむき身にされてたまるか!僕はとっさにバク転して距離を取った。じりじりとお互いににらみ合い距離を保つ。
「ちょっといいですかぁ~なんだかお互いに誤解がありそうですねぇ~」
ふわふわと髪をなびかせながら柔和な笑みを浮かべながらと僕の前にやってくる女の子、すごく可憐だ……それにしても胸がおっきい、スイカでも入ってるのだろうか……じゃなくて!消え去れ煩悩!ええと確か……
「私はシプル、シプル・オーガストです、ポイス島ふれあいセンターの漂着物調査課って所に所属していますぅ~」
と羊の角のようなものが生えてる女の子、シプルさんは説明してくれた。聞きなれない単語が多かったがここはポイス島っていうのかな……それに誤解もあったみたいだ。
「そのふれあいセンターが何かは置いといてなるほど……確かにお互い誤解があったみたい……って、あるか!どんな仕事なら初対面の男をパンツ一丁にすることがあるんですか!」
「それは誤解だ」
「えっ……」
「パンツも脱がせる」
「最悪だよ!」
「もぉ~最後まで二人とも話を聞いてくださいぃ~」
シプルさんは小さくこほんと可愛らしく咳払いして説明に入った。
「こっちの彼はゴリウスさん、同じ漂着物調査課で変態さんじゃないんですよぉ」
「……ゴリウス、ゴリウス・パンプオーレだ、よろしくな変態」
なるほどこっちの変態はゴリウスっていうのか、見た目通りのゴツくて厳つい名前だ。
「他にもメンバーはいるんですけどそれは追々ですね、こほん私たちポイス島ふれあいセンターの漂着物調査課はこの海岸に流れ着く色んなものを調査、研究、そして使用しても安全か調べてるんです」
「いろいろ流れ着くんだよそれはもう色々な……」
ゴリウスの顔に疲れが見えた、ほんとに色々流れ着くんだろうなぁ苦労してるんだろうか…ちょっぴり同情。
「えっとじゃあ僕も自己紹介を……」
「いや説明も自己紹介もいらん」
「大丈夫ですぅ、これからわかりますからぁ」
じ、自己紹介もいらないってそ、そんなに嫌われるようなことをしたかな……。
「ああ違う違う別に嫌ってるわけじゃねえよ変態」
「漂着物には必ず『説明書』がついてるんですぅ~だからそれを見たらわかるんです」
多分
「流れ着いた物体のどっかに必ず張り付いてんだ、お前も漂着物なんだからそれを確認するために脱がそうとしてんだよ、わかったか?」
「大体わかったけどわかりたくないです」
モノ扱いだし脱がされるし最悪だ、だいたい説明書なんてついてるハズがない僕は人間なんだし。
「だからズボンの下を確認しようとしてるんだ、わかったら脱げ」
「だからはいそうですかって脱ぐわけないでしょ!?だいだい自分で確認できますしもしそんな説明書が僕についてたら大声で叫んでやりま……」
バカバカしいさっさと証明して終わらせよう、僕はぴらっとズボンの下、パンツを見てみる。
『説明書』
「ほんとについてるぅぅぅーーーーー!!?」
ご丁寧にパンツの上に『説明書』が張り付けてあった。
☆
「これが……僕の説明書です……」
結局僕はパンツ一丁になった、シプルさんの前だしとても恥ずかしい。
変態と思われてないだろうか、馬鹿とおもわれてないだろうか、もうだいぶ手遅れではないだろうか……。
「パンツに説明書がついてるなんてかわいいですねぇ~」
「なんでこんなところにつけてんだ……ホントに変態なのか?」
「僕が自分でつけたわけないじゃないですか!?誰が好き好んでこんなことするもんか!」
でもまあついてたのだから仕方ない……それにちょっと興味もあった、自分の説明書って何がかいてあるんだろう、『有能な人材』とかかなそれとも『取り扱い注意』って危険な奴扱いされたりして……
僕が悩んでる間にふたりは僕のパンツから説明書を取り外した。案外簡単にぺりっとはがれて少し安心、全部丸出しの生まれたままの姿にならずに済んだ。
「んじゃ説明書開くぞ、ずいぶんペラいっていうか薄いな」
「なんだかワクワクしますね~」
「あっもう見るんですか!?見たいような見たくないようなー!」
よいしょーと僕の説明書が開かれた、なんだ、なんて書いてあるんだ!?
シプルさんの前だしやっぱりかっこいい感じの説明書だといいかな『取り扱い注意』ってちょい悪っていうかワイルドなほうが好みかな……でもでも野蛮なのは嫌いかもだし『割れ物注意』とかなら優しくしてくれたり?……とにかくシプルさんに嫌われたくない!
僕の葛藤をよそに開け放たれた説明書にはこう書いてあった。
『たちつてと 18歳 すごいバカ』
「……」
「……」
僕の説明はたったの五文字でおわった抜き出して言えば『バカ』の二文字だ、二人の無言が辛い、僕だってなんていえばいいのかわからないよ?
シプルさんも黙ってた、違うからね?僕バカじゃないからね?ちょっと勉強が苦手なだけだからね?
数秒の沈黙の後、ゴリウスはゆっくり口を開いた。
「まあなんだ……その……どっちがお前の名前なんだ?」
「すごいバカって名前のわけないでしょ!?そう見えるってことですか!?そんなにバカに見えるってことですか!?」
「割と見えちゃいます」
「最悪だー!こんな異界の地まで来て紙にまで馬鹿にされるのか!ちくしょぉぉー!」
ポイス島、様々なものが流れ着く海岸で僕、田秩テトは説明書をくしゃくしゃにして走った、パンツ一丁で。体に当たる潮風がなんだか心地いい。
「何だかおもしろい子が流れてきましたね~不憫でかわいいですぅ」
「少なくとも変態ではないようだが……すごいバカ、ね」
「うわああああああん!初対面の二人にバカって思われたぁ!シプルさんには笑われたくなかったのにぃ!」
これはアレだな、とゴリウスさんとシプルさんは頷き、
「報告書にはそうだな…安全ではあるが……」
『何もしてないのに壊れた』 と二人は印を押した。
僕、田秩テトの新しい世界での幕開けはこんな最悪な始まりだった。