何もしてないのに壊れました~異世界漂着物調査課~   作:包紙くらげ

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ひょうちゃくぶつ3 『かに②』

「明日には漂着物調査課は解体じゃ」

 

 エリスセンター長は淡々と言い放った。

 シプルさんもゴリウスさんも、たらりと冷や汗をかいていた。

 少なくとも、ただごとじゃなさそうだ。

 

「解体って……解体ってことですか!?」

 

 ゴリウスさんはわたわたと手を振り、小さな抵抗を見せる。

 解体ってこの場合、この部署がなくなるってことだよね?

 

「そうじゃよ。前から言っておったろうが、漂着物調査課は30日以内に成果を出せなければ解体すると」

「まだ2日ありますよ、ババア!……すいません、間違えました、センター長」

 

 あっ、やっぱりババアって思ってるんだ。

 

「誰がババアじゃ! そういう態度が良くないといっておるのじゃが……まあワシは寛大な心を持っておるからの~。今回は許してやるわい」

「あの~、寛大な心を持ってるなら、まだ解体は待っていただけるとうれしいんですがぁ~」

 

 シプルさんがおずおずと手を上げて抗議していた。

 

「いくら待っても、ろくなものをもってこないではないか。今のところ、使える漂着物はパイプ椅子とテーブルくらいかのう」

 

 エリスさんは『半か丁課?』の方へ視線をやった。

 

「あとはサイコロじゃったかな……それくらいしか大した成果はないではないか。どれももう60日以上前の話じゃし、実用的なものはほかにあったかのう?」

「あぅ……その流れてくるものは、こっちでもコントロールできないのでぇ……」

「それはわかっておる。わかっておるからこそ、そんなランダム性の高い、いるかいらないかもわからん部署は、経費の無駄じゃないかと思ってるんじゃよ」

 

 なるほど。でも、半か丁課とか責任転課とか、アホみたいな部署があるのはいいんだろうか。

 それに比べれば、漂着物調査課は真面目だと思うんだけどな……

 

「そこのアホ毛、今おぬし、『半か丁課とか責任転課とか、アホで役に立たないスゲーバカみたいな部署があるのはいいんだろうか』と考えておるな?」

「えっ!?」

 

 そこまでは思ってないけど、なんでわかったんだ!? さてはエスパーか?

 

「年寄りの勘……じゃなかった、女の子の勘じゃ」

「さすが300歳にもなると、一味違うんですね」

「ほっほっほー、もっと褒めても構わんのじゃぞ。さて、おぬしはよそ者だから知らんのじゃろうが、あれはあれで役に立っとるんじゃよ」

 

 そう言って、エリスセンター長は控えめな(シプルさんと比べて)胸をふふんと張った。

 

 どっちもギャグみたいな名前だけど、意外と超有能部署だったりするのかもしれない。名前だけで判断してごめんなさい。

 

「責任転課はワシのミスをこの課のせいにできるし、尻ぬぐいをしてくれる心強い部署じゃし」

「かわいそ……」

 

 クソみたいな理由だった。

 このロリっ子センター長のミスと不祥事を肩代わりしているんだろうな……なんてかわいそうな部署だ。

 そりゃエリスさん(ババア)にとっては必要な課なんだろうけど、じゃあ『半か丁課?』はどうなんだろう。

 

「半か丁課?はワシの暇つぶしができるし、おもしろいではないか。賭けに負けたやつの顔を見るのは」

「かわいそ……」

 

 クソみたいな理由だった。

 つまり、このババア(エリスさん)の暇つぶしのための部署ってことか。しかも、負けた人を見るのが楽しいって……性格悪いなこの人。

 

「まあ、とりあえずその部署の話は置いといてじゃな。ワシにとって面白い……おっと間違えた。このポイス島ふれあいセンターや住民の方に有意義な漂着物を持って帰ってきてくれれば、考えてやらんこともないわ」

 

 いつ流れ着くかもわからない漂着物。

 それを明日までに……実質、死刑宣告だ。

 

「期日は明日までですかぁ……」

「まあ、無理じゃと思うがの。それと、別に無くなったっていいと思うんじゃがな~。そんなに思い入れのある部署でもあるまい」

「こっちにはあるんだよ、ババア……いや、センター長」

「そうです。この仕事、辞めたくありませんし」

 

 シプルさんたちの表情は真剣そのものだ。

 僕は二人のことをよく知らないけど、この課が大切な場所だというのはしっかり伝わった。

 

「明日の朝まで待っておるから、まあ頑張ってみるんじゃな」

 

 そう言ってババアはどこかに歩き出した。その時、僕の体は勝手に動いていた。

 

「待ってください、ババア」

「だれがババアじゃ」

「テト君……?」

 

 僕はエリスさんを追いかけ、目の前に立った。

 自分でも不思議だけど、どうしても言ってやりたくて、僕にできることなら何でもしてやる、そんな気分だった。

 

「僕がどうにかしてみせます。僕が漂着物調査課を存続させてみせます」

「テト……」

「おぬし……」

 

 エリスさんはふっと笑った。

 

「いい加減、何か着ろ。目に毒じゃ」

「あっ、はい」

「これ、備品のシャツとズボンですぅ」

 

 そういやまだパンツ一丁だった……かっこつかないなあ、僕。

 

 

 エリスさんが去ったあと、僕らは部屋に入った。

 『漂着物調査課』と書かれた、拾ってきたのかと思うほど雑な木製プレートが扉にぶら下がっている。

 

 中はガラクタだらけで、かろうじて足の踏み場がある程度。

 ほぼ倉庫だ。

 

「とりあえず座ってください~、テト君♪」

「ど、どこにですか?」

 

 シプルさんは鼻歌まじりに「よっこいしょ」と言いながら、ガラクタの山から錆びたパイプ椅子を三つ引きずり出した。

 床のわずかなスペースに並べられたそれに、僕らは腰を下ろす。

 

 シプルさんは上機嫌だった。

 部署解体が迫っているのに、どうしてだろう。

 それに、元気に動くたびに揺れる胸が目にまぶしい。

 

「さっきはかっこよかったですぅ、テト君。ちょっとキュンとしちゃいましたぁ」

 

 ……パン一でセンター長の前に立ったことが、だろうか。

 あんな情けない姿でも「かっこいい」なんて言ってくれるなんて、なんて優しい人なんだろう。

 

「お前、ほんとパン一好きだよな……やっぱ変態じゃないのか?」

 

 そう、こういう反応が正しいんです。

 

 気を取り直して、前から気になっていたことを聞いてみる。

 

「そういえば、他にもメンバーがいるって言ってましたけど……」

「一人はバイト狂い、あと一人は……まあ、なんだ」

「ひきこもりなんです~。ウチのメカニックなんですけどねぇ」

 

 バイト狂いに引きこもり。

 ……聞かなきゃよかった。

 

「でも、二人ともすごくかわいいですよぉ~」

 

 ――聞けてよかった。

 

「こほん。二人とも、この課が好きなんですね」

 

 さっきの真剣な眼差しを思い出す。

 言われなくてもわかっていた。

 二人は力強く頷いた。

 

「色んなものが流れ着いて、苦労したり振り回されたりするけど……でも、愛着が湧くんですよねぇ」

「これ、どう使うんだって悩んでさ。正しい使い方がバシッとわかった瞬間は、最高だな」

 

 それに、とシプルさんは続ける。

 

「ここに流れ着いてきてくれた子たちが、誰かの役に立つって……なんだか素敵じゃないですか」

 

 名前も知らない、使い方もわからない。

 それでも、ここに流れ着いてきたことには、きっと意味がある。

 

「私も、なかなか就職が決まらなくて……このセンターに拾ってもらえたようなものだから。拾ってあげる側になれるのが嬉しいんです」

 

 いつものふわふわした雰囲気は、しっとりと落ち着いていた。

 僕は思わず息を呑む。

 

 ――そっか。

 この人たちは、この仕事に誇りを持っているんだ。

 

「まあ……嘘でも嬉しかったぜ。どうにかしますって言ってくれたのはよ。ありがとな、テト」

「ふふ……今日で、このふれあいセンターともお別れなんでしょうか……ちょっぴり寂しいですね」

 

 ぽたり、と。

 シプルさんの頬を涙が一滴伝った。

 

 その姿が、僕の中で妹と重なる。

 

『取れ立てのカニが食べたいけど……うち貧乏だから、ザリガニ……ちりめんじゃこでいいよ、お兄ちゃん』

 

 本当は嫌なのに我慢して。

 本当は続けたいのに、しょうがないよねって諦める。

 

「──嘘じゃないですよ」

 

 昔から、こんな困った顔をされるとダメだ。

 

「僕がどうにかします。だから、待っててください」

 

 そう思ったら、どうにかせずにはいられなかった。

 

 

 それからの僕の行動は、とにかくシンプルだった。

 ふれあいセンターを飛び出し、僕が流れ着いた砂浜を目指す。

 

「はっ、はっ、はっ……多分、僕が流れ着いてるなら……」

 

 きっとアイツも流れ着いているはずだ。

 確信はないけど、そう思った。違ったら違ったで、絶対どうにかしてやる!

 

「ついた……」

 

 海岸に着くや否や、僕は服を脱ぎ、パンツ一丁になる。

 ……いや、違うんだ。脱ぐのが好きとか、露出に目覚めたとかじゃない。

 泳ぐんだ、濡れるんだ、邪魔になるんだ。理由はそれだけ。

 

 時間は不明、日も暮れかけている。

 急がないと、探すのは難しくなる。

 

「もう決めたんだ、やるしかない!」

 

 勢いよく海へ飛び込んだ。

 遭難してすぐに海に飛び込むなんて、普通ならバカだと思うだろう。

 ……うん、僕はバカだ。

 

 でもいいんだ。こんな異世界で元の世界に戻る方法も探さず、悠々自適に生きるわけでもなく、僕が最初にやることはたったひとつ。

 

 ──拾ってくれた二人に恩を返すことだ。

 

「!」

 

 海中を必死で探し続けること一時間。

 ついに、そいつを見つけた。ちょっと懐かしい感じがする。

 

「タラバガニ、GET!」

 

 やっぱり流れ着いていた。

 僕がここに流れ着くなら、カニも来てるだろうと思ったんだ。

 海岸には打ち上がっていないけど、立派な漂着物だ。

 

 一匹、一杯……数え方はどうでもいい。

 今はそれどころじゃない。

 

「大量に捕まえて、あのババアに叩きつけてやる!」

 

 辺りはもう夜の海。

 異世界の海だから、何が潜んでるか分からないし、ちょっと寒いし、体もガタがきている。

 でも、ベーリング海と比べれば楽勝だ。

 何匹だって捕まえてやる!

 

「僕はシプルさんに、笑っていてほしいんだ! よいしょー!」

 

 ゴリウスさんは……まあオマケだ。

 ゴリウスさんも笑ってほしいけど、これは照れ隠しじゃない。

 

 そして僕は、日が昇るまでカニを取り続けた。

 何匹捕まえたか、もう覚えていない。

 

 あれ……くらくらする……そろそろ限界か……?

 あっ、これ……また遭難するパターンだ。

 

 僕の意識は、とぷんと朝焼けに包まれた海に消えていった。

 

 

 拝啓、親愛なるお母さん、お父さん、そして愛しの妹と……シプルさん。

 

 って、これ前にも言ったっけ……?

 また僕は、同じ場所で遭難していた。

 

 白い砂浜、朝日が照り付け、前と違うのは、体にワカメだけじゃなく、カニもぶら下がっていること。

 ざざーんと砂浜に打ち上げられた僕に、聞き覚えのある声が届いた。

 

「バカ! お前バカか! 農林水産課がお前を見つけてなかったら、どうなってたと思ってるんだ……!」

 

 ゴリウスさんに、めちゃくちゃ叱られた。

 

 シプルさんはうるうるの目で、僕をじっと見つめている。

 

「おバカです……ほんっっとにおバカです……!」

 

 両手を振り上げ、僕を抱きしめる。

 ……おっぱいが大きくて、柔らかくて……いや、要するに最高。

 

「テトくんはおバカです……ほんとにおバカ……よしよし、全部わかってますから」

「苦しいです……シプルさん」

 

 僕のためにしてくれたこと、ちゃんとわかってますから――頭まで撫でられた。

 僕、バカでよかった。

 バカで向こう見ずで、真っ直ぐ突っ込む性格だったから、こうして撫でられてるんだ。

 だから、バカでよかった。

 

「それがお前の拾った漂着物か……説明書にはカニって書いてあるぜ……うまいらしい」

「ゴリウス……さん、僕やりましたよ! このカニ、あのババアに叩きつけてやりましょう!」

「ふっ……そうだな。遭難者はこういうとき、だいたい気を失うんだが、ほんとに頑丈だな、テト」

「あのババアのぎゃふんとした顔を見るまでは、倒れられませんよ……!」

「よく言った、テト!」

 

 ワシワシとゴリウスさんにも撫でられた……ちょっと嬉しかったのは内緒だ。

 

「そんじゃあ、このカニ持って、センター長に叩き付けに行くか!」

「はい!」

 

 こうして僕らは、カニを両手いっぱいに抱え、ふれあいセンターへ戻った。

 へへん、どうだって感じで、センター長の部屋をノックする。

 これが僕らの成果だ……喰らえ!

 

 

 結果から言うと。

 

「ダメじゃなこれは、海の中の物は『漂着物』じゃないじゃろう」

 

 僕は盛大にずっこけた、そんなとんちが通ってたまるか!

 

「何がダメなんですかこのタラバガニ!茹でたら超うまいんですよ!多分」

「ええい、なんでいつもパンツ一丁なんじゃお主は……そんなにセクシーな腹筋を見せつけられても結果は変わらんぞ」

 

 茹でたらうまいのは説明書を見たらわかる、とセンター長は僕らに向き直った。

 

「お主ら漂着物調査課は、海岸に打ちあがったものを調査する課じゃ。海のなかに生息しとるものは農林水産課の管轄じゃ」

「で、でも…これはテトが暮らしてる世界に生息してるやつらしいですよ!」

「それがどうした、前からここに住んどる生物が昨日見つかっただけかもしれんじゃろ」

「じゃあ……調査課は……解体ってことですか……?」

 

 シプルさんが悲しそうな声でそう絞り出した、ババアの返答次第で僕もこのババア(エリスさん)をぶっとばす覚悟は決めている。

 

「?……なにを言うとるんじゃ?有益な漂着物は今おぬしらが証明したじゃろ?」

「でもカニはダメだってセンター長が……」

「だからカニじゃなくて、そのパン一、タチツ・テトが有益な漂着物と言ってるんじゃよ」

「ほよ?」

 

 ほえ?どういうこと?

 

「そいつは、砂浜に二度も流れ着いた『漂着物』じゃろ?こうしてカニを集めてくれるバイタリティー、まあまあの肉体美、そしてそのバカじゃがまっすぐな性格」

 

 我がポイス島ふれあいセンターに有益な男と認めると、そうセンター長は言った。

 えっと…つまり漂着物として僕が認められたってこと!?でも僕、モノ扱いってことじゃん!

 

「じゃあ解体はぁ……」

「ふっ……当然なしじゃよ安心せいシプル、ワシに二言はない、これからも有益な漂着物を見つけたらワシに報告するように」

 

 それに、とセンター長は僕を見た。

 

「その『備品』も好きに使って良いぞ、異論は無いなテト」

「いやあるに決まって……!」

「私テトくんと一緒に働けるの嬉しいですぅ~ぎゅ~、もう私たちのものですからね~?」

「無いです異論、備品万歳です」

「ほんとにバカな男じゃなお前は……」

 

 うるさい、こんな美人なシプルさんに抱き締められて、文句がないわけないじゃないか。

 それにこんなに喜んでくれてるんだ、感無量って感じ……あれ?なんだか凄く目蓋が重い、そっか二度も遭難してるんだったそろそろ……限界かも。

 僕は久しぶりに気を失った。

 

 

「あら?テトくん寝ちゃいました、これからお祝いのカニパーティでしたのにぃ~」

「寝かせといてやれシプル、じゃあセンター長俺たちはこれで」

「あいあい、あとはお前らのすきにせい、またの」

 

 バタン、と二人がテトを抱えて出ていくのを確認してエリスは一息。

 

「タチツ・テトのう…」

 

 しわしわになったテトの説明書を指でなぞる、たちつてと、たちつてと。

 

「異世界から流れ着いた人間……はてさてこのふれあいセンターにどんな風を吹かせてくれるのやらじゃな」

 

 それにしても……それにしても……だ。

 

「いい腹筋をしとったのう~、はあ触りたかったぁ……備品ってことならワシも好きに使っていいのかのう~テトォ」

 

 重度の腹筋フェチ、エリス・コンセプトは恋する乙女のようにため息をはくのだった。




テトの第一話がようやく終わったって感じです!
愛すべきおバカの田秩テトのお話、これからも見ていただけると幸いです。
どんな感想でもいただけるとうれしく思います。
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