何もしてないのに壊れました~異世界漂着物調査課~   作:包紙くらげ

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ひょうちゃくぶつ3.5 『かになべ』

「あっテト君やっとお目覚めですかぁ?」

「う、うぅん…?」

 

 シプルさんのゆるふわボイスでゆったりと意識を呼び覚まされる、僕寝ちゃってたのかな……すごく

夢見心地が良かった、ってなんだか柔らかいものに頭をのせてる気がするけどなんだろう、クッションとかかな?

 

「まだ寝ぼけてるみたいですねえ~おーいテトくぅ~ん」

 

 やけに声が近くから聞こえる気がする、僕の明晰な頭脳で分析してみるか……この後頭部の柔らかさ、ハッ!もしやシプルさんに膝枕されてる!?

 なんて嬉しいシチュエーションなんだ!ああ、このまま目を覚ましたくない……。

 

「ほら起きたならシャキッと目覚めないとダメですよ~?」

「あとちょっと……ちょっとだけ……」

「そんなに気にいったんですかぁ膝枕?でもシャキッとしないと~」

 

 やっぱり膝枕!?ひゃっほいシプルさんの膝枕だぁ!このことは僕の脳内に記憶しておこう……

 

「そんなにゴリウスさんのお膝が好きなんですねぇ」

「シャキッとぉ!!」

 

 消え去れ記憶!あんな筋肉ダルマのお膝でスヤスヤなんてできるかぁ!!

 ガバっと勢いよく跳ね起きて距離を取るとすっかり掃除された漂着物調査課の部室だった。

 

「ふふっ冗談だったのに勢いよく跳ねちゃって……やっぱりかわいいですっ」

 

 部屋にいたのは口元に手を当てくすくすと笑うシプルさん一人だった、あれ!?ゴリウスさんは?いないってことはさっきのは嘘でほんとにシプルさんの膝枕だったってこと!?

 

「うわああああああ!もったいないことをしたぁ……!」

「よくわからないけど元気出してください、ふぁいと、おーです」

 

 もっとシプルさんの柔らかさを記憶しておけばよかったぁ!僕のバカァ!

 

「起きて早々騒がしいな、発作か?」

 

 開けっ放しのドアの向こうから来たのはゴリウスさんだった、手には鍋のようなものを持っている。

 

「ちょうど今説明書通りに茹で上がったぜ、お前の取ってきた漂着物」

「あっそれ、僕が捕まえたズワイガニ……」

 

 真っ赤っかに茹で上がったカニさんが鍋から覗いていた、そういえば僕ここにきてからまだ何もたべてないや。

 鍋がテーブルに置かれると同時に僕のおなかが盛大にぐう、と鳴った。

 

「そろそろ飯にするかシプル、テトも起きたことだし」

「そうですね、あっそうだテト君、調理なら私がするって言ったのにゴリウスさん自分がするって聞かなかったんですよぅ?」

「お前の作る飯は……まあ、今度な」 

 

 なんだろうゴリウスさんの顔が一瞬すごく辛そうな顔をしたような……シプルさんの手料理僕は食べてみたいけどなあ。

 

「さて、今夜はパーッといこうぜ、テトが俺たち調査課の備品になった記念だ」

「備品兼メンバーですぅ~これからよろしくお願いしますねテト君」

「そういえばそうでしたね……」

 

 僕は備品扱いでここで使われることになったんだった、行くところもなかったしそれに別にモノ扱いも悪くない、シプルさんと一緒に働けると思うと嬉しさでいっぱいだ!

 でも家族は今頃心配とかしてるのかな……いやでも僕がベーリング海行ってくるって言った時も『ああそう』の一言で終わった両親だ、たいして心配もしてないだろう……それよりカニは無事に妹の元に届いたのかなあ?

 

 色々不安や疑問はあるけどとりあえず今は。

 

「テト君一緒に食べましょう~、ほらこっちこっち」

「はぁい!」

 

シプルさんと後ゴリウスさんと一緒に鍋を囲んでお祝いだ!悩んでてもしょうがないよね、僕バカだし今は目の前のことだけに一生懸命になっておこう。

 

「テトくんお酒飲めます?」

「えっとまだ18なんで……い、良いのかな?」

「この国じゃ18から飲める、まっ心配なら少量にしとけこういうのは形式が大事だ」

 

 三つのグラスにとくとくとワインのようなものが注がれる、飲むのは初めてだ。

 

「それじゃみんなグラスは持ったな?」

「はい!」

「テトくんの漂着と調査課の備品になった記念に~」

 

 すごく嫌な記念だ。

 

「「「かんぱーい!!!」」」 

 

 かちんとグラスを合わせワインを口に運ぶ。

 

「な、なんかクラ~ってきますね!?」

 

 口の中がカーッとする、体も頭もポカポカするしすごく度数が高いお酒だ。

 

「おいしいですねぇ~漂着物とは思えない味ですぅ」

「何かの祝い事の時にと、取っといて正解だったな」

 

 あっこれ漂着物なんだ、そういや僕が流れ着く前にも漂着物はあったんだよね……歴史ある部署だったりするのかな?

 

「そうだ今のうちに渡しておくぞテト、これがお前の制服と名札だ」

 

 ゴリウス先輩からスーツとネクタイ、名札を手渡された、黒い上着とズボン、白いシャツに黄色いネクタイが良く目立つ。

 黒と黄色、なんだかかっこいい色合いだ何か意味とかあったりするのかな?

 

「この制服なんていうかデザインかっこいいですよね、何かモチーフとか意味あるんですか?」

「ああもちろんあるぞ」

 

 なんだろうもしかして龍とかそんなかっこいいモチーフかな?

 

「ヤバい部署だから近寄らないようにって意味だ」

「警告色!?」

「普通は白のスーツに青のネクタイなんですよぉ~」

 

 蜂とかと一緒ってこと!?

 

「あといつ消えてもおかしくないですよっていう警告も込められてる」

 

 一気にこの制服のデザインが嫌になってきた、かっこいいと思った僕の気持ちはどこへやら。

 

 気を取り直してあとは名札か、ふんふんネームプレートにはちゃんと……

 

『アイウ・エオ』

 

「ゴリウス先輩」

「どうした気に入ったか」

「名前間違ってます!!僕の名前はタチツ・テトです!」

「似たようなもんだろ気にすんな」

「違う!断じて違う!こんな適当な名前じゃない!」

「うそうそ冗談だ、こっちがほんとの名札だ」

 

 なんだ冗談か……まったくこんな適当につけられちゃ困るんだよね

 受け取った名札にはこう書いてあった

 

『ああああ』

 

「もう原型無いじゃないですか!こんなやる気の無い名前に見えるってことですか!?」

「まあ割とな」

「そのふわっとした名前の適当さがかわいいって私は思いますよぉ」

 

 そんなぁシプルさんまで……僕の名前ってそんなに適当……いや良く考えると適当な気がしてきた。

 

「市役所にいって名前変更してきます、アイザック・シュナイダーとかに」

「ほんとにからかいがいのあるやつだなぁテトは、冗談に決まってるだろ」

 

 からから笑いながらちゃんと『タチツ・テト』と書かれた名札をゴリウスさんは渡してくれた。

 僕からかわれてばっかりだ、そんなにからかいやすいやつに見えるのかなぁ……

 

「ところでこのカニってどうやって食べるんですかぁ?カチカチでどこから食べたら……」

 

 ワクワクとした表情でカニをつまみ上げているシプルさん、僕も食べたことはないけど食べ方くらいはテレビで見たことあるし、いっちょ教えてあげよう!

 

「シプルさんここは僕が教えてあげます!まず足を分解してですね!」

 

 ぱぱーっと解体して見せて良いとこ見せてやるぞ!たしかこうやって……こうやって……?

 

 

「テトくんはいハサミのおいしい所ですよ~今取り分けてあげますねぇ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 いやイメージトレーニングで簡単に解体できたんだよ?でもこの部室にハサミとか無くてナイフしかなかったから指とか切っちゃって、シプルさんが見かねて僕の代わりに解体したら……僕よりはるかに上手なだけだっただけだからね!?

 

「いやー最初はゲテモノかと思ったが食ってみると旨いもんだ、そっちの世界でカニ最初に食ったやつは中々の英雄だな」

 

 ゴリウスさんはこれで三杯目だ、お酒もカニも気に入った見たい

 

「どれどれ僕も一口……」

 

 ベーリング海まで出てなんだけど僕の家はすごく貧乏だったからカニ食べたこと無いんだよね、すごく旨いらしいってのは知ってるんだけど。

 

 シプルさんに選り分けて貰ったハサミの所を一口。

 

「ん……おいし」

 

 手が勝手にパクパクと口へカニを運ぶ、想像上のものでしかなかったけどカニってこんなに美味しいんだ!

 よかったぁ苦労して取ったかいがあった、ちょっと体がピリピリするけどこんなもんなんだよねカニって?

 

「おいしいです!なんかお腹がギュルギュル言うけどすごくおいし、ぐぉぉぉぉ!?」

「どうした!?毒か!?」

「多分違うと思いますけど……!!お腹痛い!!すごく痛い!!と…トイレありますか!?」

「はいこっちに……見た感じアレルギーって感じでしょうかぁ?とことん不憫ですねテトくん」

 

 人生初カニでわかったのは僕はカニアレルギーってこと、呼吸器系に症状が出るタイプじゃなくて良かった……

 お祝いムードもおいといて僕はトイレに駆け込んでいった、当然ウォシュレットとかはついてなかったけど座れるタイプで助かったぁ……

 

「とほほ……しばらく出れそうにないや……」

 

 トイレで踏ん張って、頑張っているとドアの外からシプルさんの声が聞こえてきた。

 

「テトくん今いいですか?」

「いや全然良くないですね」

「テトくんにお礼が言いたいなってずっと思ってて……」

「あれ?僕の返答は聞こえてないのかな?」

「こうしてゴリウスさんと私とそれからテトくん三人でカニを食べて楽しく笑いあえているのはテトくんが踏ん張ってくれたからです」

「今も踏ん張ってはいるんですけど……」

 

 すっごいマイペースだなぁ!シプルさん!そこがいいのかもだけど……

 

「改めてお礼を言いますありがとうございますテトくん、漂着物調査課が今こうしてあるのはテトくんのお陰です」

 

 なんとなく扉の向こうで頭を下げるシプルさんが見えた気がした。

 

「もうダメだって諦めてたときテトくん一人で立ち上がって……諦めないってこういうことだって思わされて」

「もうダメだって思いで今僕いっぱいいっぱいなんですけどどうしたらいいですかね?」

「テトくんったら謙遜して……あの時のテトくんすごく素敵でした」

「今の僕はとても素敵とは思えないんです……あのせめてこういう話はトイレ終わった後でも……」

 

 ほんとにほんとに今僕は素敵なわけもないから!謙遜でもなくてほんとにトイレで踏ん張ってるだけだから!

 

「二回も遭難して海岸に打ち上げられちゃうなんてほんとにおバカ……でもとっても優しい頑張り屋さん……」

「すいません今じゃないとその話ダメですか!?ほんとにこっちも大変で!」

 

 こつんとドアの向こうで音がする。

 

「ほんとかっこよかったですテトくん……大好きです……」

「っ……」

 

 シプルさんの声がより近くに、より囁くように感じて、ドアにシプルさんが額を当ててることがわかった。

 

「頑張り屋のテトくん……すごくキュンと来ちゃいました、もしこれからテトくんが困ったら今度は私が助けてあげます」

「…」

「ありがとう、テトくん」

 

 困ってると言えば今困ってるけど……それは今は言うべきじゃないって思った

 まあそのどんなに今かっこつけてもトイレに座ってるからかっこわるいんだけど、それでも。

 

「……どういたしまして!シプルさん」

「はい!これからもよろしくお願いいたします」

 

 どういたしまして、真正面からとそう返すのが正しいってそう思ったんだ。

 

「じゃあ先戻ってますね、カニ以外の何か食べられそうなもの準備してますから」

 

 何かあったら言ってくださいねーとたったったとシプルさんが去っていく音が聞こえた、大好きです……かぁ、そういう意味じゃないんだろうけど僕はドキッとしちゃった。

 

 これまでの僕の軌跡を振り返る、遭難してパン一になって遭難して……そしてカニ食べてトイレに籠って、それからシプルさんのお礼が一つ。

 得たものなんてほとんど無いし我ながらバカみたいだけどそれでいい、僕はこれでいいって思えたからそれでいい。

 

 それでもそうだなぁ何か欲しいとそれでも願うなら。

 

「あの、シプルさぁぁん……ゴリウスさぁぁん、紙をくださぁい……」

 

 まったくかっこつかない〆で僕の歓迎会は幕を下ろした。

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