私はいま、全く休まらないド派手な部屋で、ゆっくりするよう命じられている。
なんでこんなことになったのだろう、と考えることはもう止めている。私の脳みそで追い切れるものではないし、自分の現状を再認識して悲しくなるだけだからだ。
同時に、トパーズ総監のことを考えるのも止めた。しばらく──おそらくは次のプロジェクトが終わるまで、あの自分を甘やかさない彼女のお世話を甲斐甲斐しくすることは叶わないのだ。だから、考えない方が、自分の身のため。
溜息をついてから、何か気が紛れることを、と思いついて、あの孔雀みたいな男のデスク周りを窺ってみたが、驚くべきことに私ができそうなことはありそうもなかった。そう、ものすごく整頓され、軽い仕事は既に片付けられ、残るは十の石心全員で行うらしい、例の大掛かりな業務の資料だけなのだ。思いの外、几帳面なのかもしれない。もしかしたら、トパーズ総監よりも細かいかも、なんて少しばかり失礼なことを思ってから、それでも自分にできそうな仕事はないか考えた。
アベンチュリン総監は今、別の小難しいプロジェクトの会議だとかで、席を外している。戦略投資部に在籍している身からしても、彼らの仕事内容はややこしく、その概要を聞くだけでも大変そうだと感じて辟易してしまう。私が事務寄りの人間だからだろうけれど、やっぱりすごいことをこなしているらしいので、総監という役職についているだけあるなと改めて感じる。
掃除すべき場所も、整理すべき場所もない私は、観念して自身のデスクに掛けた。それから、適当な事務連絡やちょっとした対応を求められるメールをチェックしながら、しばらくを過ごすことにした。
◯
ドアが開く音がして顔を上げると、眩しい光を放っていそうなアベンチュリン総監が戻ってくるのが見えた。
「お疲れ様です」
そう声をかけると、少しだるそうな瞳がこちらを向いた。
「ああ、もふこちゃん。何も問題はないかい?」
「ええ」
最低限の返事で済ませれば、彼も小さく頷き、あの整頓されたデスクに掛けた。
どうやら、少し疲れているらしい。態度からはそこまでは分からないが、なんとなく覇気がないし、彼の綺麗な目が少し閉じられ気味になっている。それほどまでに、さっきの会議は大変だったのだろうか。
そこまで観察したとき、ある考えがぱちんと頭に浮かんだ。
秘書としてのやるべきこと。
そうだ、彼の好きなお茶を探さなくては。
トパーズ総監についていたとき。彼女には毎日、気に入っていた茶葉でお茶を淹れていた。それが忙しい彼女のリフレッシュできることのひとつだったようだし、同時に、自分に厳しい彼女を強制的に休憩させられる優れものだった。
アベンチュリン総監もお茶が好きだといいけど、と思いながら、手際よくお茶の準備をする。
彼の好みは、よく分からない。
とりあえず、万人受けするものから始めよう。
よろしければどうぞ、と小さい声を添えながら、彼の横にソーサーを滑らせた。
パソコンの画面にあった視線が、カップに、それから私に注がれる。
「ありがとう」
いつものように緩く弧を描いたままの口から、小さなお礼が漏れた。
軽くお辞儀をして、自分のデスクまで下がる。なんとなくパソコンを操作するふりをして、彼の反応を待つ。自慢の茶葉に、磨いた腕前。あのお茶で、なんと言うだろう?彼の好みに合うだろうか?
彼はしばらく画面を見つめてから、手元も見ずにカップを口に運んだ。
喉が小さく動くのが見える。
一瞬、顔を綻ばせるトパーズ総監の表情が彼の顔に重なって見えたが、実際はなんの変化もなかった。
これは…失敗?
彼の少しめんどくさそうな表情が晴れることはない。画面を見つめたまま、ついでにカップを持ち上げているような格好。
なんとなく、負けたような気持ちになる私は、大概子供っぽいのかもしれない。気づいたら彼を不躾に見つめていたらしく、不思議そうな瞳がこちらを見た。
「…ああ。これ、美味しいね」
にこりと完璧に笑んだ彼を見て、思わず肩を落とす。
これは、完璧に失敗だ。