月光の彼方へ 作:9kv8xiyi
狩人がほぼオリ主です。
狩人が非常に俗っぽいです。あとよく喋ります。
ご都合主義と独自設定を多分に含みます。
全体的に文字数少なめでサクサク進みます。行間を読んでください。
書き溜めなので途中で止まっています。
ちょっとカプっぽいです。ご注意ください。
幾許か、昔の話である。
その"少女"が、まだ『クータル』と呼ばれていた頃の話。
もうひとつの──そう、もうひとつの彼女の
凄絶な戦争と、残酷な虐殺とがあって、国が興り、争い、滅んだ。一柱の神が隕落し、次の神が生まれ、人々が大いなる災いに向かい合ったり、あるいは、比較的穏やかな泡沫の平和を享受していた頃。
月の少女は、ただ歩いていた。
目的はない。行き先もない。当てどもなく、付き人もなく、神と崇められる少女は、しかし思春期の子供のようにふわふわと漂っていたのだ。
それは帰る場所すらない彼女の不安定さの現れと、内に秘めた無邪気で自由な気質の発露、宝物のように丁重に祀り上げられることへの些細な抵抗であった。
そうやって彼女は、ただ月霊だけを友として、ナド・クライの片隅にいた。
少女は夜が好きだった。
テイワットの空は偽物だけども、それでも確かに月が浮かぶ。そしてその向こうに、天蓋の向こう側に、追放されたはずの月を確かに感じる。
彼女の帰るべき場所は遥かに遠いけれど、それでも微かな導を頼りに月が少女を誘っているということが、ほんの少しだけでも感じ取れるような気がするから。
だからこうやって、夜空を眺める。
偽りだらけの空が嫌になって瞳を固く閉ざしながらも、クーヴァキの流れを辿って歩き、けして届き得ない月を求めて彷徨う。
足を踏み入れたことさえない
夜空を見上げる度にそれを認めることの、なんて惨めで、悲しいことか。
少女はただ、家に帰りたいだけなのに。
「……あ」
自ら瞳を閉ざした少女は、しかしクーヴァキの術によって並外れた感知能力を持つ。
そんな彼女だから、彼女と同じようにナド・クライの片隅を彷徨う人影を見つけるのはとても早かった。
人。人影。黒い人影。
大きい。遠目からでも分かるそのシルエットは、大人の男だろうか。
嫌だな、と、少女はにべもなく思う。
彼女は決して人間嫌いではないけれど、『クータル』と呼ばれ、月の神と崇められることにはとっくに嫌気が差していた。
帰るべき月も無い神に、如何様な奇跡が起こせようか。少女だけが自分自身の無力さを知っているのに、人々はそのことを知ろうともしない。そして、少女に奇跡ばかりを求めては月神様、月神様と諂うのだ。
ちょっと道行く子供に手を貸しただけでもそんなことになるのならば、少女はナド・クライの民と関わるべきではない。
彼女はそう考えていたし、その考えは概ね間違ってもいなかった。
月の三女神は、とっくに死んだのだ。
彼らが信仰する月は、偽りの天蓋に隠されたのだ。
人々はその事実を正しく認識しなければならなかったが、しかしそのためには、まだ数百年ほどの年月が必要だった。
ともかく、少女はナド・クライ、ひいては霜月の子の人間と出会うことをあまり良しとしていなかったし、だからこそこうやって一人で歩いていたのだ。
信仰心とは名ばかりの思い込みの激しい人間は、こうやって月霊を伴って散歩する彼女を見ただけで、またぞろよく分からない解釈を添えて声高々に信仰心を詠うのだろう。それこそが少女がまなこを閉ざした遠因だと言うのに。
引き返そうか。そう思う。
道を変えようか。そう悩む。
隠れようか。思案する。
月霊に問うても、不思議そうな素振りで揺れるだけだ。
少女よりもよっぽど無垢で無邪気なこの元素生命体は、お悩み相談にはとんと向かない。
そうやって一人で悩んでいると、ずっと遠くにいた人影が、もう随分と近くまで来ていることに気がついた。
とても速い。小走りかと思うほどの軽快な歩きは、その人物の身軽さを十分に思い知らせた。それと同時に、少女に道を変更する選択肢を失わせ、一抹の逡巡の末に静かに佇むという選択肢を取らせたのだ。
随分と思い切った選択だが、それを指摘する者はいない。月霊だけが、相も変わらずそこにいる。
「……ん?」
所在なさげに佇む少女は、やがて近付くその人影の姿が、あまり見慣れないものであることに気がついた。
霜月の子の民が纏うような、月のような白と夜のような青を基調にした服ではない。新月の夜に紛れ込むような、真っ黒な外套。口元を覆い隠すマスクに、烏のような意匠の帽子。
異物感。
霜月、ナド・クライ……いや、それどころか、テイワット。
そのいずれにも属さないと、そう感じさせる、違和感。光界の力たるクーヴァキをもってして、少女は唐突にそのようなことを思った。
或いは、少女自身が世界に拒絶されているからこそ、そのように思うのかもしれない。この地にあまりに馴染まない、だけど確かに地に足を付けて歩くその姿に、何かしらの空想を重ねてしまったのかもしれない。
だから少女は、その人物に意識を向けた。その時になって初めて、意識的に散らしていた"視線"を、一箇所に集中したのだ。
「…………」
その男を見た。黒い外套の彼。
その男を聞いた。まるで音を立てない、夜影のような姿。
その男に触れた。思ったよりもずっと長身な彼を、クーヴァキが撫ぜた。
それから、男は少女に一瞥もくれず、ただ少女の横を通り抜けた。
認識はしていても、興味がない。……あるいは、見えてすらいない?
なんとなしに、少女は不満のような感情を覚えた。まるで無視されているかのようだと、そう思ったから。
少女はこんなにも男を凝視しているのに、男はまったく反応しない。その事実は、少女がテイワットに生を受けて初めてと言えるぐらい、明確な感情表現として出力された。
一歩、足を踏み出した。
石像のように縮こまって立ち尽くすのを止めて、その男に向けて、確かに進んだのだ。
本当に、たったそれだけのことだった。
「──あっ」
ふわり、香るものがあった。それだけで、十分だった。
月。月だ。
月の香りだ!
気が付いた時には、少女は飛び出していた。
かつてない激情が彼女の内を駆け巡っていて、だから自分でも分からないままに、彼女の手は男に向けて伸ばされていた。
「待って!」
その細い手が男の外套の裾を掴んだとき、少女は自分自身のあまりに突飛な行動に驚いていた。
自分は、こうも衝動的に動いてしまう性格だったか。そんなことを思うけれど、だけど仕方ないとも思う。
だって確かに、彼に『月』を見たのだから。
果たして、少女に服を掴まれてようやく、男は歩みを止めた。
それから、マスクと帽子に挟まれた目線で少女を見下ろした。
いっそ睨まれているのかと思うほどの冷たく鋭い視線に、しかし少女は安堵していた。
「なんだ、貴公」
あぁ、間違いない。
この人は、
少女の感想は半分ぐらい正しくて、残りの半分は間違いだった。
それでも、たった一つだけ確かなことは──男は、『狩人』だということだ。