月光の彼方へ   作:9kv8xiyi

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十四話

脳に瞳を拝領するのだ。

 

狩人はただ、そう思考するだけでよかった。

大いなる者にとって、物質的な肉体の形など自我に追従するものにすぎない。

存在の本質は叡智に裏打ちされた自我であり、確固たる自我とは弛むことなく巡る超常的な思考によって組み立てられるものだ。

それ故に上位者にとって、思うことは在ることであり、「そうあれかし」と望むのならば、そうあるべきであった。

 

見る。聞く。知る。

それら全てに差異はない。狩人はただあるがままを悟り、受け入れるだけだ。

 

声だ。

 

姿なき者の声。言葉なき者の声。世界の声。

地の声。空の声。月の声。アビスの声。光界の声。世界を跨ぐ者の声。上位者の声。飲み干す者の声。龍の声。友の声。精霊の声。神の声。クーヴァキの声。三女神の声。

それから、星の声。

 

「やはり、貴様か」

 

「うぅ……あぁっ、いやっ、やめてっ!!」

 

頭を抱えて苦しむ少女の背から、その身にそぐわない大きな『翼』が現れる。

それは翼と呼ぶにはあまりに冒涜的であり、尋常の生物とはかけ離れた姿だが、しかしそれは翼なのであった。

 

⬛︎⬛︎の愛し子、  /⬛︎の娘、エ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ター⬛︎

 

「やめてっ!!」

 

叫びに呼応して、神秘に満ちた触手が伸びる。

少女本来のそれとは異なる冒涜的な力は、しかし狩人にとってはひどく見慣れたものだ。ヤーナムではその技を、先触れと呼ぶ。

 

幾重にも枝分かれして迫り来る触手達に、狩人は正面から向かい合った。

武器を振るう。弾き、割き、砕き、潰し、撃つ。生暖かく青白い血が四散し、狩人を正面から包み込む。

 

前へ、前へ。

 

狩人は飽和攻撃に弱い。幾らかの攻撃は避けきれずに被弾するし、そうなれば血が出て、体力が減る。

それでも狩人は立ち止まらなかった。負傷は血で治す。痛みは気付けになる。

恐れを知らず、退くことを知らず、敵を狩るまで止まらない。そのような面では狩人は、間違いなく狂っていた。

 

胸を抉られ血で治し、腕を飛ばされ血で繋げ、一歩一歩と進み続ける。

そら、もう少女は眼前だ。いくら本人のものではないとはいえ、確かに繋がっている触手を刻まれ続ければ消耗もしよう。

なれば狩人は、ただ白い柔肌に刃を突き立て、腹に腕を突き立てて臓物を撒き散らしてしまえば全てが終わる。

 

「呆気ないものだ」

 

うねる触手を叩き落として、狩人は呟いた。

その瞳には少女が映っていて、どうすれば殺せるかを懇切丁寧に教えてくる。……あぁ、だがしかし、なぜだろう。

その脳裏には、不思議と人形の言葉が過ぎったのだ。

 

狩る(殺す)のですか?』

 

その視線は人形から狩人への問いかけであり、同時に狩人自身への自問自答でもあった。

 

狩る(殺す)狩る(殺す)だと?

誰にものを言っているのか。狩人は、ヤーナムの狩人である。そうであるならば、必然として、ただ獣を『狩る』のだ。

 

たったひとつの真理を前に、いまさら何を迷うことがあろうか。

 

「隙だよ、貴公」

「きゃっ……!!」

 

大振りな触手を前に、狩人は水銀弾を撃った。

パリィ、致命。狩人が最も得意とする、獣にトドメを刺す時の仕草である。

 

狩人が少女の懐に飛び込むのと、少女の更なる触手が狩人へと襲いかかるのは、まったくの同時であった。

 

 

 

 

「貴公」

 

少女はその瞬間、ひとつの形を認識した。古代文字のようなそれは絵のようにも見えたし、文字のようにも見えた。そう……例えるのならば、それはまさしく、逆さ吊りとなった、人の形のような。

 

「内なる瞳に頼りすぎると、見るべきものを見落とすぞ」

 

脳裏に浮かんだその形を『見て』すぐに、少女は狩人の声を認識したのだ。

 

「偶には、直に世界を見るとよい」

「……狩人?」

 

少女は、そっと()()()()()

格子のアイマスクの下で、少女の瞳は、随分と久方ぶりに外界を視認した。

 

「わっ」

 

すると目前に狩人がいたものだから、少女は驚いた。

近い、なんてものではない。目と鼻の先、お互いの鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、狩人の冷たく鋭利な瞳は、少女の瞳を覗き込んでいた。

 

思えば、狩人の顔を本当の意味で見るのは初めてだ。

 

狩人は何故か、とてつもない至近距離で少女の目を覗き込んでいた。額と額が触れ合っていて、帽子の鐔までおでこに当たって擽ったい。

 

「狩人、何を……」

 

何をしてるの、そんな問いは、鼻をついた血の匂いに掻き消された。

痛み。全身をピリピリと走る痛み。血の匂い。星の匂い。月の匂い。脳みそが痺れるような高揚感。足元も視界も定まらない酩酊感。

 

「……狩人?」

 

狩人の武器が、いついかなる時も絶対に手放さないはずの武器が、どちらも地面に落ちている。

自由になった両手は少女の腕を掴んでいて、それだけなのに、全身が硬直しているかのように錯覚する。

脳裏でぱちぱちと電流が弾けて、それから少女は、匂い立つこの鮮血の香りが、眼前の狩人から立ち上っているのだと知った。

 

「狩人!」

 

腹に大穴を開けた狩人は、勢いよく後ろに倒れた。()()()()が流れて水に溶ける。マスクの下に隠された口元が僅かに動いて、少女にはそれが満足げに笑ったようにも、小馬鹿にして笑ったようにも感じられた。でも今は、不満を示すよりも先に、すべきことがある。

 

いつもならどんな攻撃を受けてもすぐに立ち上がる狩人が、横になったまま動かない。

その姿に、少女はしばらく前に見た光景を思い出した。狩人は、あの日もこんな風にお腹を貫かれて、そして消えかけた。

なんで? 誰が? そんな疑問が少女の脳裏をよぎって、でも少女は、すぐに()()()()()

 

少女が放った『先触れ』は、寸分違わず狩人を貫いたのだ。

狩人は避けもせず、弾きもしなかった。ただまっすぐ少女に近付いて、見せるべきものを見せたのだ。

 

「だ、だめ……なんで……!?」

 

困惑に乱れる少女を見て、今度こそ狩人は笑った。

 

「ままあることだ」

 

やっぱり狩人は笑っていて、いつもの調子でそう言った。

 

「全ては泡沫の夢だよ。借り物は返してもらうぞ、貴公」

「だめっ、狩人、待って!!」

 

今度は、前のようには間に合わなかった。

少女が狩人に向かって踏み出すよりも、狩人の全身が白い霧に包まれて、霜みたいに散って消える方が早かった。

 

「月光の彼方で、また会おう」

 

 

 

暗く、じめじめとした空間には、先程までそこにあった少女だけが残された。

少女が深淵の中に垣間見た美しい()()も、黒装束で血塗れの狩人も、もはや影も形もなくて、少女はただ、濡れた地面に膝をついていた。

 

ふわふわと定まらない思考の中で、彼女は自分の内に刻まれた文字を見る。

逆さ吊りのそれが狩人が少女に与えた最後にして唯一の贈り物であると、終ぞ少女は知らなかったのだ。

 

狩人の徴

脳裏に刻まれた逆さ吊のルーン。狩人の徴

これを強く思うことで、血の遺志を捨て、目覚めをやり直す

すべてのできごとが、まるで悪夢であったかのように

 

目を閉じる。

やがて、まるで全てが幻だったかのように、少女は長い夢から目覚めたのである。

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