月光の彼方へ   作:9kv8xiyi

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三話

「……三度目だが」

「うん」

 

狩人は、これまでの彼の言動からすれば考えられないほど丁寧に、そして慎重に言葉を選んだ。

 

「私は、貴公と()()ではない」

「うん」

 

元来、狩人はものごとに執着する()()ではあれど、執着されることはなかった。

強敵相手に何度悪夢を見ようと延々と立ち向かった彼は、しかし自身が反対の立場に立つことなどなかったのである。それは、彼がかつて悪夢を這い回る無力な人間であったからだろうか。

 

「そして、貴公の『月』は私のそれではない」

「うん」

 

よもや、狩人が追い立てられる側になろうとは。これが上位者たる者の宿命なのかと、狩人は今は見えぬ彼自身の月に心の内で恨み言を漏らした。

 

「なれば、離れたまえ」

「……いや、かな」

 

月。月、そう、月だ!

この、月の光を宿した儚い少女。月霊の主、テイワット本来の月の化身!

狩人自身と似た存在であるから、テイワットでは無闇な殺生はご法度だからと油断したのがいけなかった。

 

「邪魔しないから、別にいいでしょ?」

「勘弁してくれ……」

 

もう三日三晩である。

 

ウッカリと面を合わせてしまったのが運の尽き。狩人が少女の事情を理解するよりも先に、少女は狩人に何かしらを見出してしまったようだ。

それからと言うもの、この物静かなようでいて天真爛漫な月の化身は、狩人の行く先々に現れる。

 

ヤーナムより以前の記憶が存在しない狩人にとって、コミュニケーションとはあの辛気臭い街で経験したものが全てである。

殺意と悪意に罵詈雑言、言葉より先に凶器が飛び、例え会話が成立したとしてもなにやらブツブツと訳の分からない独り言なんだか忠告なんだかよく分からないことを言う奴ばかり。あとマトモな会話が可能なほど理性を保っている人物はたいていすぐ死ぬ。ギルバートとか。

そしてゲールマンも亡き後、上位者として羽化した狩人の会話相手はもっぱら人形だけである。

 

つまるところ、狩人はコミュニケーション能力がすっかり消えて無くなっていたのだ。

テイワットの住民と会話でもしていれば話は違ったのかもしれない。しかしそうしなかったのは、(アビス)狩りを優先した狩人としての本能か、異物たる自分がこの世界に根を張る訳には行かないという上位者としての自負か。

 

 

狩人の身のこなしは極めて軽やかだ。

それは盾を持たず回避に徹する狩人の流儀からなるもので、そしてヤーナムの端から端まで駆け回った末に身につけた果てなき持久力である。これをもって獣狩りを続けながらナド・クライのあっちに行ったりこっちに行ったり、広大な土地でどうにか件の少女を撒こうとするのだが、彼女は狩人以上の軽快さで着いてくる。

 

一踏みで柔らかく跳ね、ふわりふわりと漂うその姿は、なるほど確かに彼女が月霊の祖であると認めざるを得ない様相だ。

狩人の歩法(ヤーナムステップ)すら凌駕するとは、やはり腐ってもテイワットの(上位者)といったところか。

そして、これまでの狩人はそのような存在は狩れば良かったのだが、テイワットではそうも行くまい。

 

狩人は、この見知らぬ世界で自身が上位者であることを自覚し、常に厳しく己を律してきた。

狩人が青ざめた血を求めて(上位者)を狩り、テイワットをひとつの夢で覆うことは容易い。しかしそれは、かつての月の魔物がヤーナムを果てぬ悪夢に包んで赤子を求めた愚行となんら変わらないではないか。狩人の人間性は、自身がかの醜悪なけだものと同列の存在になることを唾棄していた。

あるいは、異なる世界の律を生きる狩人が下手にテイワットの星空に関与すると、その運行が確実に乱れるという天啓染みた予測があるからかもしれない。上位者としての視座は、世界をひとつの枠組みとして捉える。

 

いずれにせよ狩人は、横暴な立ち振る舞いによって自身の存在が世界樹に記録され、人々の、ひいてはこの世界の運命を間違った方向に導くことを懸念していたのである。

割と自由奔放にテイワットを彷徨う裏で、人知れず狩人はそんな配慮を巡らせていた。

 

ということを、テイワットの人間にも分かりやすく噛み砕いて、()()()()と説明してやる。五度目である。

 

「……うーん」

 

ダメだ、まるで響いていない!

 

狩人は頭を抱えた。

人の機知に疎い狩人であれど、小首を傾げるこの少女が狩人の言に納得し、了承を示したわけではないと理解できた。むしろどうやって自分の主張を押し通そうか考えている、そう確信させる仕草! 華奢な見た目からは想像もつかない。なんて図太い女なのだろう。

 

「私は最初からこの世界に拒絶されているから、異物(キミ)といても変わらないよ?」

 

おまけに寡黙に見えて弁も立つ!

 

「霜月、偽りの空の向こう側とて、枝葉末節には含まれるよ、貴公」

「でも、私の運命はテイワットの星空には浮かばないと思う」

「天理の律に思考を囚われるべきではない。思考を宇宙に向けたまえ」

「それならなおさら、キミに教えて欲しいな」

 

狩人は手で顔を覆った。三度目である。

 

 

実のところ、少女の要求はいたく単純なものであったのだ。

彼女はこの世界(テイワット)に手酷く拒絶されており、日々月神としての力を消耗している。常日頃からどうしようもない居心地の悪さと異物感に苛まれ続けているのだ。

彼女の望みはただひとつ、生まれ故郷たる霜月への帰還。そのためには莫大な力を要するが、現状でも力が不足している上に、日々スリップダメージが如く力を擦り減らし続けている。

今は大丈夫でも、数百、数千年後には消滅の憂き目に遭うことだろう。

 

どうにかして力を手に入れるにしても、まずは消耗を可能な限りに防ぐこと。

そのために砕かれた恒月、虹月の遺物を頼ってきたが、いかんせん出自が異なるために相性が悪い。そこにふらりと現れた狩人、つまり月の上位者、というわけである。

 

幸か不幸か──少女にとっては間違いなく幸運なことに、狩人の『月』と少女の『月』は似通っているらしい。

狩人の内の宇宙に存在する月は、狩人がそこにいるだけでその力を滲ませる。それだけで、少女は力の消耗を抑えられる、ということだ。

 

有り体に言って、狩人の傍は居心地が良いらしい。本人の供述である。

 

「近くにいるだけだから、気にしないで」

「私が気にする」

 

百戦錬磨、上位者狩りの狩人は、その本質からは考えられないほどに疲れた様子で、ひとつ大きな溜息を吐いた。数えて四度目の溜息であった。

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