月光の彼方へ   作:9kv8xiyi

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六話

その日、少女は歩いていた。

 

いつ? 偽りの月が綺麗に浮かぶ、美しい夜である。

どこを? 波が凪いだヒーシ島の海岸である。

誰と? 一人である。月霊を人数に数えないのであれば、という条件がつくが。

 

彼女は狩人から月の力を吸い上げて己が糧にしているが、かといって常に側にいるわけではない。むしろ、行動を共にしていない時間の方が多い。

なぜかと言えば、狩人はスネージナヤのみならずテイワット中を飛び回り獣狩りに勤しんでおり消息が掴めないことが多いから。そして少女も、生来の奔放さで行動に制限が設けられることを疎んだから。そのような原因があった。

気まぐれな二人の関係は、やはり気まぐれな気分で成り立っていた。

 

まぁとにかくそういうわけで、少女は一人で夜の散歩をしていて、そして、彼らを見つけたのである。

かつて狩人を夜闇の中に見たように、今回も先に姿を認めたのは少女である。狩人と出会ってから、クーヴァキによる感知能力は更なる高まりを見せているようだ。理由は知らない。

 

それは荷車だった。積荷を満載した荷車と、数人の人影。しかしその荷車は、遠目に見ても正常に機能を果たしているようには見えない。車輪が破損し、大きく傾いていたのだ。

なんとなしに、少女はふわふわと歩み寄った。

 

「大丈夫?」

 

気まぐれ、出来心。そんな気持ちで話しかけた。

過去に手を貸したら物事を大袈裟にされて以来、彼女が現地の住人に手を貸そうだなんて考えることは、本当に珍しいことだった。

 

はてさて近付いてみれば、食料やら衣類やらを満載した荷車から、世俗に疎い少女であっても相手が行商人だと分かる。

おおかた魔物にでも襲われたのだろう。ワイルドハントが頻発するこの地においては、他国よりもいっそうの警戒が求められる。フォンテーヌ人らしき商人には警戒心が足りなかったか、単に不運だったのか、あるいは両方か。

このナド・クライの地にまで来て可哀想にという憐憫が、助けてやろうかという思いつきに変わったのだ。

 

「ク、クータル……」

 

そして、内心で嫌だなと思っても、それがほとんど顔に出ないことが少女の特徴である。

いの一番に少女に気付き、そして声を上げた男は、青い服、鹿のような角。それは、間違いなく、霜月の子の人間だ。

 

「……」

 

少女の沈黙を如何様に受け取ったのか、男は慌てたように言葉を紡いだ。

 

「しょ、商人の道案内をしておりました! 護衛も雇ったのですが、ワイルドハントの規模が想定より大きく! ど、どうにか退けたはいいのですが、身動きが……!!」

 

この霜月の子の男に、行商人らしき外国人。あと、数人の戦闘員。いずれも少なからず負傷、あるいは消耗している。全員座り込んでいるのが何よりの証左。ナド・クライのならず者では力不足だったのだろうか。

図らずも少女は状況を理解した。どこかの血塗れ黒装束のせいで、血の匂いは散々嗅ぎ慣れている。

 

はてさて、どうしよう。

 

少女は悩んで、こてんと首を傾げた。

助けるべきか、助けないべきか。助けるにしても、どうしてやるべきか。

 

いくつかの考えが頭に浮かんでは弾け、消える。

 

「うぅ……」

 

商人が、力なく呻いた。今夜は月が出ている。

まあいいかと、少女は思った。

 

 

 

「月神様、本当にありがとうございます。このお礼はどうお返しすればいいか……」

「うん」

 

奇跡。その二文字は凡人にとっては非常に重たい意味を持つが、しかし神の視座からすれば容易いものだ。少なくとも俗世においては。

月の光が間隙を埋めた。荷車を直し、怪我を癒し、そうすれば多少怪我をした意識のない人間如き、すぐに回復させられる。少女の力は、少なくともテイワットにおいて『神』と呼ばれるに足るものだ。

 

「この恩は必ず忘れません」

「そうだね」

 

気にしなくてもいいよ、とは言わなかった。気にするだろうな、と思ったから。

ついでに治した用心棒の荒くれ者たちが少女に向ける視線に、確かに崇拝の色が含まれているのが分かる。無秩序な世界を生きる者には、『神』の存在は少々眩しすぎるのかもしれない。

 

「じゃあね」

 

元より通りがかっただけだから、少女はさっさと離れようとする。やはり、「そうすべき」と思ったからだ。

 

「そういえばクータル、今夜は新月の方はご一緒ではないのですか?」

「……新月の方?」

 

足を止めたのは、霜月の子の人間の言葉だった。

聞きなれない、しかし決して聞き逃せない言葉に、思わず男をじっと見つめる。

その視線、あるいは思いがけない月神との会話の機会に慌てたのか驚いたのか、焦りながらも男はどうにか言葉を紡いだ。

 

「い、いつも黒装束の、よくクータルと行動を共にしておられる方です! ご存知ありませんか? 」

「…………狩人のこと?」

「恐らくは、その通りかと」

 

知らない呼び名だ。少女は対面の霜月の子の男の困惑も気にせず、考え込んだ。

人付き合いをしない少女だから、突然変異の月霊でもなければその名が示すのは間違いなく狩人だろう。少女が誰かと一緒にいるなど、狩人でもなければ、詠月使がやってきた時ぐらいだ。

だが、あの無愛想で凶悪で狂暴な人物が、よりにもよって霜月の神であるクータル(少女)を信仰する霜月の子の人間に、新『月』の方などと呼ばれるとは何事か。

 

月は私なのに。そんな少女の当惑を知ってか知らずか、商人が説明を引き継いで言った。

 

「月の夜に現れては、あまねく魔物を殲滅する狩人様。月明かりの下でも闇に溶け込む御姿から、付けられた呼び名が『新月』。各地で噂は聞いていましたが、よもや月神様のご連枝だとは」

「頻繁に行動を共にしていらっしゃるようでしたので、わたくしどもはクータルのご眷属かと……もしや違うのでしょうか?」

 

む、と思った。理由は知らない。ただ、彼らの言葉を聞いて、むむ、と思ったのだ。

ただ、そう──あの傍若無人な狩人に、一発食らわせてやりたい。そんな衝動じみた欲求が湧き出てきて、だから少女は、挨拶もそこそこにその場を離れることにした。

 

 

 

「月神様、いつかフォンテーヌの我が家にお越しください。丁重におもてなしさせていただきます」

「うん、ありがとう」

 

少女は社交をしないが、社交辞令は心得ていた。だから、もしかしたら本音かもしれない商人の言葉に返事を返して、その場を後にした。

 

家、我が家。帰るべき場所。

 

「招待されちゃった」

 

自分の帰るべき場所もないのに、赤の他人の家に招かれる。変な話だ。

ちょうどいい。狩人を一発小突いてやるついでに、尋ねたいことがある。少女はふわりと跳ねて、月明かりの下を歩んだ。




Luna IV始まっちゃった……
このままストック吐き出しますが私の中であまりに大きな解釈違いが発生した場合は書き直します。
あと誤字報告ありがとうございます。いつも「ひいては」を「しいては」と誤字してしまうんですよね……
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