月光の彼方へ   作:9kv8xiyi

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七話

狩人は、自分の帰るべき場所を夢だと言う。

それ以上は説明する気がないようだが、少なくとも彼にとって、帰るべき場所はそれであるらしい。

 

今一度、真実を確かめるべきだ。

そう。曖昧な言説と思わせぶりな態度でそれっぽくはぐらかすのではなく、根気よく対話して聞いてみよう。

狩人とて、少し前に「会話は人間のみに許された極めて理性的で高尚な行為だ。獣には出来ぬよ、獣には……」などとしたり顔で語っていた。

なればこそ、彼と話すのだ。聞くのだ。きっと、それが良い。

 

少女の帰るべき「家」がかの霜月であるように、狩人の帰る場所はただのお屋敷ではないという確信があった。そしてそこへ行けば、狩人のことをもっと深く知ることができるという確信も、同時に存在した。

少女は知りたかったのだ。なぜ彼は狩人と名乗るのか。なぜ彼は執拗に獣を狩るのか。なぜ彼からは──月の香りがするのか。

それを知れば、何かが変わる気がしたから。

 

少女の「帰りたい」という切実な願いは、回り回ってそんなところまで来ていた。

 

 

狩人の場所は、なんとなく分かるのだ。仄かに香る月の光がある。その先に、彼がいる。

目を閉ざして世界を見ていないのならば、世界に映らないものはすべて見える。少女にとって、月の光がひとつの縁だ。

 

たぶんこっちかな、少女の天啓じみた直感が閃いて、その歩みに迷いはない。

長い時を迷子のまま過ごしている少女にとって、たとえ一時であろうとも、確かな道筋が示されることがどれだけありがたいことか。凭れかかるだけの寄木であろうとも、鳥は翼を休めることで再び羽ばたける。

そう考えれば、ほら、鳥籠までの道もそう遠くない気がしてくるではないだろうか。

 

 

ふと、歩む少女の元へ、一体の月霊が寄ってくる。

 

「どうしたの?」

 

少女の問いかけに、月霊は手足を()()()()と動かして応えた。

何かを伝えようとしている。月霊の主たる少女はすぐにそのことに気がついたし、そしてそこにある感情が焦りであることも理解した。

 

すっと、背筋を抜けるような冷たい感覚。

 

月霊が、焦ったように少女の手を引いた。

少女の祝福を受けた月霊の中には、絵を描くことを趣味にしたり楽器の演奏を好む個体もいる。しかし、ここまで明確に感情の色を露わにすることは稀であり、それが余計に少女の焦燥を加速させたのだ。

 

月霊に手を引かれて一歩目を踏み出し、二歩目には月霊を引っ張った。三歩目には月霊は風に煽られる布のようにたなびいていた。

駆ける。野を飛び、谷を越えた。次の瞬間には既に飛んでいた。その姿を見た者がいれば、月光そのものだと評しただろう。白銀の光の筋は最短距離を進み、ついでに道中の幾つかのワイルドハントをすり潰した。

 

一瞬で一つの島を横断した少女は、その優れた感知能力で察知する。

 

「アビス……!」

 

やっぱり!

 

確信と呆れが綯い交ぜになった感情は、狩人の日々の過ごし方を如実に示している。

 

気が付けばアビス()アビス()アビス()

ワイルドハントは無作為に出現する。狩人はひたすらにそれを狩る。むしろ、狩人がそうでなければ心配するほどだ。

しかしそうであれば、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう? 急がなければと駆り立てる心に従って、少女はさらに加速した。

 

 

やがて見えたのは、やはりワイルドハントだ。規模はそこそこ。アビスの魔物は……数は多いが、特筆して強力なものはいない。

杞憂だった? 少女の内にそんな感情が飛来して、それから狩人の姿を探す。アビスの獣よりもなお黒い装束は闇に溶け込むが、少女がその姿を見失ったことはない。彼はいつも通り血塗れで、アビス()の中にあって────

 

 

背後に現れた魔物に背中から貫かれ、血を撒き散らす姿を見た。

少女はふと、彼が相手が複数の戦闘が嫌いだと言っていたことを思い出した。少女の支援で敵を殺し切れたが、彼は全身血塗れの状態で、あの不可思議な血液が入った袋で傷を癒していたのだ。悪態をつく顔が、脳裏に過る。

 

「────ッッ!!」

 

怯んだ狩人へと更なる追撃が加えられた瞬間、少女は魔物の群れに突っ込んだ。白銀が獣を薙ぎ払い、狩人を回収して離れる。

 

前にも似たようなことがあった。不意打ちで腹部を貫かれた狩人は、だけどあの原理が分からない方法で即座に傷を治して、すぐに立ち上がった。だから大丈夫。

そう思うけれども、だけど、それならばどうして、抱えられた狩人はこんなにも力なく、薄いのか。

 

着地する。場所なんて見る余裕はなかったから、()()()場所を作る。

 

「狩人……っ!!」

「……なんだ貴公」

 

生まれてこの方出したことのない声量の呼び掛けに、狩人は胡乱な目で応えた。「なんだ」とはなんだと、不躾な返答がむしろ少女の中の焦燥を激しくする。

 

あまりにいつも通りの返事なのに、少女には狩人の存在が()()なっていることが分かった。

まるで、元素生物が消える時のような、跡形も残さない消滅。これまで永き時を地上で生きてきたからこそ、少女はその予兆を見過ごさなかったのだ。

 

「ままあることだ」

 

狩人が何か言っているか分からない。血の出すぎで頭がおかしくなったのだろうか。この男がそんな尋常な生物の理を生きているとはとうてい思えないけれど、それでも少女は、この男をどうにかしなければという衝動のままに動いたのだ。

 

「夢に還り、そして目覚める。貴公、全ては泡沫の夢だよ」

 

それに──狩人がここでいなくなってしまっては、少女も困るのだ。

 

「……ダメだよ」

 

せめて、私をお家に帰らせて。

 

少女は血に濡れることも厭わず、手を狩人の懐に突っ込んだ。

この摩訶不思議な狩人は、血を体内に打ち込むというなんとも珍妙な手段で回復する。

真っ当な生物のやり方ではない吸血鬼じみたあり方は、正直言ってアビスのことをどうのこうの言えないとも思う。

 

でも今は、関係ない。

 

「ダメだよ」

 

少女は、狩人の懐から探り当てた輸血液を握ると、勢いよく狩人目掛けて打ち込んだ。

 

「ぐぇっ!?」

 

聞いたことのない情けない声。でも、少しだけ存在感が確かになった気がする。

朧気に散りそうになっていた狩人は、やはり血をもって引き留めることができる。そう思うと、少女の更なる輸血液を握る手の力も強まろう。

 

もう一発!

 

「貴公待てっ、グワーッ!?」

 

狩人は盛大に吐血した。

真っ赤な鮮血が散って、少女の顔が染まる。口の中いっぱいに鉄の匂いが広がったけれど、少女は意にも介さなかった。

 

もう一発! さらにもう一発!

 

少女の熱烈な注射は、少女の知覚基準で狩人の存在感が安定するまで続いた。

数えて18の輸血液が打ち込まれ、夢に還りかけたのに無理やり蘇生された狩人はめちゃくちゃ血を吐いた。

 




tips:少女がいると雑魚を散らしてくれるので狩人はほとんど死なない
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