貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~   作:ありゃくね

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第11話:回らない車輪、空回りする甲斐性

 週末。マシロは不足した資材を買い集めるため、一人で市場を歩いていた。

 王都の大通りは、今日も活気に満ちている。

 

「……頭では分かってるんだけどな」

 

 マシロは深い溜め息を吐いた。

 視線の先には、荷車を引く逞しい女性たちと、その横を日傘を差して歩く男性たちの姿がある。

 知識としては理解している。この世界は、女性が肉体的に強く、社会を牽引している。男性は守られるべき「花」だ。

 

 だが、「男は強くあるべし」「女子供を守るのが男の甲斐性」という前世の昭和的な価値観が、その光景を拒絶する。

 

「……情けない」

 

 つい、本音が漏れた。

 

「重そうだね、手伝うよ」

 

 マシロの目の前で、カップルが通り過ぎる。

 買い物帰りだろうか。重そうな袋は女性が持っている。

 

「いいのよアレン君。君は手が荒れちゃうから」

「ありがとうマリー。君って頼りになるなぁ」

 

 マシロはこめかみを押さえた。

 理屈じゃない。生理的に受け付けないのだ。

 彼の中の男の魂が、あれは男の死だと叫んでいる。

 

 その時だ。

 通りの少し先で、人だかりができているのが見えた。

 

「くそっ、動かない!」

「誰か、手を貸してくれ!」

 

 困り果てたような声が聞こえる。

 行ってみると、大きな食料運搬用の荷車が立ち往生していた。

 どうやら車輪が溝にハマり、身動きの取れない状態になっているようだ。

 

 数人の逞しい女性たちが力任せに押しているが、後もう少しで溝から抜け出せそうなところで女性たちが限界を迎えて、また荷車は溝にはまる。

 あと一人分の押す力が加われば、何とか溝から抜け出せそうな塩梅だった。

 そして、それを遠巻きに見ている男性たち。

 

(……なんで手伝わないんだよ)

 

 マシロの中で、またしても義憤の炎が燃え上がった。

 見知らぬ人たちだが、女性が困っているのに、男が見て見ぬ振りなんてできるか。

 

 マシロは人混みをかき分け、前に出た。

 

「あの、手伝います」

 

「え?」

 

 作業をしていた女性たちが、キョトンとして振り返る。

 そこにいたのは、自分たちの肩くらいしか背丈のない、線の細い少年だった。

 

「あら、男の子? 危ないわよ、下がってて」

「そうよ。服が汚れちゃうから」

 

 彼女たちは口々に、マシロを気遣う言葉を掛けた。

 完全に「迷子の子供」か「手伝いたい盛りの童子」を見る目だ。

 

「大丈夫です。……せーのっ!」

 

 マシロは制止を聞かずに、荷車の後ろに手を掛け、ありったけの力を込めた。

 男なら、背中で語る。

 グググッ……!

 

「……ぬぬぬッ……!!」

 

 動かない。俺が加わる前と後で、少しも動く距離が変わっていない。

 

(お、重すぎるだろ……!? これ、本当に数人であそこまで動かしてたのか!?)

 

 マシロの顔が真っ赤になり、細い腕がプルプルと震える。

 額に玉のような汗が滲む。

 全力を出し切っているのに、荷車は嘲笑うかのように微動だにしない。

 

「ふふっ、無理しちゃって」

「可愛いわねぇ。手伝おうとしてくれる気持ちだけで嬉しいわよ」

「腰を痛める前にやめておきなさいな。ありがとね」

 

 女性たちが、頬を緩めて微笑ましそうに言った。

 完全に、重い荷物を持とうとして持てない小学生を見るお母さんの目線だ。

 マシロのプライドはズタズタだった。

 

(くそっ……! 力じゃ勝てないのは分かってたけど、ここまでとは……!)

 

 だが、ここで引き下がっては男が廃る。

 マシロは息を整え、冷静な錬金術師の目に戻った。

 

「……力で駄目なら、頭を使うだけだ」

 

 マシロは懐から小さな瓶を取り出した。

 『特製・浸透潤滑油』。

 獣脂に、松脂から蒸留した揮発性の高い油を混ぜて粘度を下げたものだ。

 普通の獣脂は固形で表面に塗ることしかできないが、これならサラサラとした油が固着した錆の奥へと吸い込まれていく。

 それを錆びついた軸受けの隙間に数滴垂らし、さらに周囲に落ちていた手頃な長さの棒を拾い上げた。

 それを車輪の下に差し込む。

 

「……えっと、俺が合図したら、もう一回押してもらえますか?」

 

「え? ええ、いいけど……」

 

 女性たちは半信半疑だったが、マシロの真剣な表情に押されて頷いた。

 

「いきますよ。……せーのっ、はい!」

 

 マシロが棒に体重をかけ、テコの原理で車輪を浮き上がらせる。

 同時に、女性たちが押した。

 

 ズルッ、クルクルッ。

 

「えっ!?」

 

 あれだけ固まっていた車輪が嘘のように滑らかに回転し、荷車が溝から脱出した。

 固着していた錆の隙間に油が浸透したことで、動きが復活したのだ。

 

「うそ、軽い!」

「動いた!? なんで!?」

 

 女性たちが驚きの声を上げる。

 マシロは鉄棒を置き、額の汗を拭った。

 

「浸透性の高い油で滑りを良くしたのと、テコの原理で荷重を逃がしただけです。……力任せじゃなくても、動かせるんですよ」

 

 マシロは少しだけ胸を張って言った。

 力では負けたが、結果では貢献できたはずだ。

 

 一瞬の沈黙の後。

 わぁっ、と女性たちが盛り上がった。

 

「すごーい! 魔法使いみたい!」

「君、頭いいねぇ! 助かったわぁ」

「見てた? 一生懸命考えてくれたのね、偉いわぁ」

 

 称賛の嵐。

 だが、そのニュアンスは「英雄への崇拝」ではなく、「賢い甥っ子を褒める親戚のおばちゃん」のそれだった。

 

「ありがとね、ボク。お礼にこれあげる」

 

 リーダー格の女性が、荷台から真っ赤なリンゴを一つ取って、マシロに手渡した。

 

「え、あ、どうも」

 

「君はいい男になるわよ」

 

 そう言って肩を強く叩かれ、マシロは少し恥ずかしいような、苦々しいような、そんな表情をした。

 周囲の視線が温かい。

 

「……どういたしまして。じゃあ、俺はこれで」

 

 マシロは足早にその場を去った。

 背中越しに、「可愛いわねぇ」「うちの息子も見習ってほしいわ」という会話が聞こえてくる。

 

(……まあ、役には立ったからいいか)

 

 マシロは自分を納得させた。

 男の威厳を示せたかは怪しいが、少なくとも男は見てるだけという現状に一石を投じることはできたはずだ。

 

 後日。

 市場での一件を聞きつけたアリサに、こっぴどく叱られた。

 

「あんたは……ほんっとに、目が離せないんだから! 今回はいい人たちだったから良かったものの、危ない人だったらどうするの!?」

 

「え、でも、困ってる人を助けただけで……」

 

「そういう問題じゃないの! 見知らぬ女の人たちに囲まれて、もし変な気を起こされたら……! 力じゃ絶対に敵わないんだから、抵抗もできないでしょ!?」

 

 アリサの顔は真剣そのものだった。

 

 マシロにとっては「困っている人を助けた」だけの出来事だったが、アリサにとっては「無防備な男性が見知らぬ女性たちに近づいた」という、極めて危険な行為に映ったのだ。

 前世の価値観で動けば、それは無謀な行為として映る。この世界では、男性は「守られるべき存在」だ。

 

「……ごめん」

 

 マシロは素直に謝った。

 アリサの心配は、決して過保護なものではない。この世界の常識に照らせば、至極真っ当な懸念なのだ。

 

「これからは外出するときは、ちゃんと気をつけなさいよね」

 

 アリサはそう言って、危うげな恋人を守ろうとする彼氏のように、強くマシロの手を握り締めるのだった

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