貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~   作:ありゃくね

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第15話:涙の洗浄革命

「……仕方ない、一旦爆破させよう」

 

「ええ。庭の廃棄場へGOよ!」

 

 二人は慎重にリングを運び出すと、庭の隅に土でかまくらのようなものを作り、その中にミスリルリングを置いた。

 ミスリル自体は貴重なので、爆発で彼方に飛んでいっては困るからだ。

 そしてかまくらの影から長い棒で突き、リングを変形させて接触を断つ。

 

 ドォォォォォン!!

 

 本日二度目の爆音。

 だが、今回は想定内だ。

 土煙が晴れた後には、ひしゃげたミスリルが残っている。

 

 三回目の実験はそのひしゃげたミスリルを再び溶かし、リング状にするところからスタートしたのだが……そこでシルヴィアが手を止めた。

 

「でも、何百周も巻くとなったら、線同士が接触してショートするわ。絶縁が必要よ」

 

「蜜蝋と松脂を使おう。これを混ぜてコーティングするんだ」

 

 二人は鍋に蜜蝋と少量の松脂を入れて火にかけた。

 蜜蝋は水を弾き電気を通さない絶縁性を持つ。そこに松脂を加えることで、冷えた時にカチカチに硬まり、被膜が剥がれにくくなるのだ。

 

「よし、その間に俺がミスリルを加工しないとな」

 

 マシロは道具箱から、大小様々な穴が空いた鉄の板を取り出した。

 

「こいつを使う。穴に通して引っ張ることで、金属を無理やり細く伸ばすんだ」

 

 マシロはひしゃげたミスリルを棒状に整えると、線引き板の大きな穴に通し、ペンチで掴んでグイと引っ張った。

 ヌゥ、と金属が伸びていく。

 通す穴を少しずつ小さくしながら、それを何度も繰り返す。単純だが、根気のいる作業だ。

 

「へぇ、面白い! ところてんみたい!」

 

「原理は似たようなものだよ」

 

 そうして長い時間をかけ、実験室の床にとぐろを巻くほどの、極細の長いミスリルワイヤーが完成した。

 

「よし、次はこれを巻いていく。シルヴィア、頼んだよ」

 

「任せなさい!」

 

 ここからは連携作業だ。

 マシロがワイヤーを送り出し、鍋の『絶縁液』にくぐらせる。

 それをシルヴィアが受け取り、絶縁液が固まる前に素早く心棒に巻き付けていく。

 ディッピングと呼ばれる手法だ。

 

 本来、通電中に発熱する銅線でこれをやると蝋が溶けてしまうが、発熱しないミスリルだからこそできる荒技だ。

 二人の連携作業により、数百周ものコイルがあっという間に形成されていく。

 

 そうして出来上がったのは、『高密度ミスリルループ』だ。

 たっぷりと絶縁剤を塗られ、何層にも重ねられたそれは、金属のコイルというよりは、松脂の色をした飴色の塊にしか見えなかった。

 だが、その中には数百周ものミスリルのループが確実に畳み込まれている。

 

「あとはスイッチだけど…」

 

「ミスリルの塊から、巻き始めと巻き終わりの二本の線を出してあるから、ここをスイッチでつなぐわ」

 

 シルヴィアは飴色の塊から飛び出している二本の銀線を指差した。

 

「普段はこのスイッチを閉じておけば、電気はここを通って永遠にこの塊の中を回り続ける。これが『充電モード』よ」

 

「なるほど。使いたい時は?」

 

「スイッチを切り替えるのよ。そうすると、行き場を失った電気が並列に繋いだ別の道──つまり水槽の方へ流れ込もうとする」

 

 そこでシルヴィアが、何かに気づいたようにハッとした顔をする。

 

「……スイッチを切る瞬間って、一瞬だけ何にも繋がってない状態になるわよね? その時、行き場のない電気はどうなるの?」

 

 シルヴィアの問いは鋭かった。

 

「確かに考えてなかったな……たぶん、バチッて凄まじい放電が起きる?」

 

 マシロは前世の記憶を思い出した。

 ドライヤーなどの家電をつけっぱなしのままコンセントから引き抜くと、プラグの先で火花が散る。あれと同じ現象だ。

 強引に断ち切られた電気は、空気を焼き焦がしてでも流れ続けようとするのだ。

 

「この規模のエネルギーでアレが起きたら、スイッチを切り替えるときに火災が起きるかもな……」

 

 マシロは腕を組んで唸った。

 空気が絶縁体としての役目を果たせずに電気が飛ぶなら、空気よりも電気を通さないものでスイッチを包んでしまえばいい。

 でも、スイッチは動かす必要がある。

 液体で、電気を通さなくて、身近にあるもの……。

 

「……水は電気を通す。でも、油は通さない」

 

 マシロが顔を上げた。

 

「シルヴィア、油だ! 油の中でスイッチを切るんだ!」

 

「油?」

 

「そう! 油は絶縁体だ。それに液体だからスイッチの隙間に入り込んで空気を追い出してくれる。これなら火花を抑え込めるはずだ!」

 

「なるほどね。……その方法で一度試してみましょう」

 

 二人は目に見えて完成が近づいていることを予感しつつ、黙々と作業を進めていった。

 

 †

 

 ついに、全てのピースが揃った。

 エネルギー源となる、『高密度ミスリルリング』。

 その暴れ馬を御するための手綱となる『オイルスイッチ』。

 そして、塩水と水を素焼きの板で仕切り、それぞれに電極を入れた水槽。

 

「今度こそ、成功させるよ」

 

「ええ。もう実験室を吹き飛ばすのはご免だわ」

 

 まずは回路の準備だ。

 二人は慎重に、『充電モード』になってループしている高密度ミスリルループの入力端子に、雷の魔石を接続した。

 防護ゴーグルを装着し、身構える。

 

「いくよ、充填!」

 

 マシロが魔石に魔力を流し込む。

 ジリジリと精神が削られるような時間が流れていく。

 

 瞬間、視界が白く染まり、バリバリバリという轟音が鼓膜を叩いた。

 

 ブゥゥゥン……。

 

 低い唸り声と共に、机の上の飴色の塊が微かに振動を始める。

 魔石の莫大なエネルギーが全て飲み込まれ、その内部で光速に近い速度で周回し続けているのだ。

 まさに、雷を封じた檻。

 

「……よし。チャージ完了」

 

 マシロは空になった魔石を取り外すと、慎重に切り替えレバーに手をかけた。

 油の中に沈んだスイッチのレバーだ。

 ゴクリ、と二人同時に喉を鳴らした。

 

「……スイッチ、オン」

 

 カチリ。

 

 硬質な音と共に、回路が繋がった。

 その瞬間。

 

 ブゥゥン……。

 

 リングの唸り音が、わずかに変化した。

 重たい負荷がかかった音だ。

 だが、爆発はない。

 代わりに、水槽の中の金と鉄の電極から、シュワワワ……と優しく泡が立ち上り始めた。

 

「……安定してる。爆発もしないし、熱も持たない」

 

「泡の色が変わってきたわ。……この臭い、成功ね」

 

 プールの消毒液のような塩素臭。

 試験紙を確認するまでもない。

 生成されたのは、『強アルカリ電解水』と、強力な殺菌水である『次亜塩素酸水』だ。

 

「できた……。俺たちの勝利だ」

 

「ははっ……やったわね、マシロ」

 

 二人は顔を見合わせ、ハイタッチを交わした。

 薄汚れた実験室に、二人の歓声が響く。

 

「さっそく試そう! シルヴィア、一番汚れてる工具を出して!」

 

「これよ! 油とサビでギトギトの金属やすり!」

 

 マシロは出来たての強アルカリ電解水をビーカーに汲み、金属やすりを浸した。

 そして、軽く揺する。するとどうだろう。

 こびりついていた頑固な油汚れが、まるで雲が晴れるように水に溶け出し、剥がれていくではないか。

 

「……嘘。擦ってもいないのに……」

 

 引き上げたレンチは、新品のような銀色の輝きを放っていた。

 シルヴィアはそれを手に取り、光に透かしてうっとりと見つめた。

 

「すごい……。これなら、整備の時間が半分……いや、十分の一になるわ。マシロ、これ最高の発明よ!」

 

「だろ? これで王都中の汚れを駆逐――って、ゴホッ!?」

 

「ケホッ、ケホッ! な、なにこれ? 目が染みる……!」

 

 マシロは慌てて口元押さえた。

 実験室に充満し始めたのは、プールの消毒液を数倍濃縮したような刺激臭。

 

 塩素ガスだ。狭い室内で電気分解を続けたせいで、有毒ガスが部屋に充満している。

 

「やばい、塩素のこと忘れてた! 換気! 窓開けてシルヴィア! 俺はスイッチを切る!」

 

「ちょ、ちょっと! 涙が止まらないんだけど!?」

 

 二人は涙目で窓を全開にし、実験室から逃げ出した。

 

 せっかくの大発明だというのに、成功の喜びを分かち合う暇すらない。

 洗浄水を使う前に自分たちが浄化されかけるという、なんとも締まらない幕切れだった。

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