貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~   作:ありゃくね

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第23話:磁石の鶏と卵

 数日後、契約の成立からすぐ。

 戻ってきたロッテが掲げた契約書を確認した瞬間、マシロたちによる大規模な清掃作業が始まった。

 

 全員が活性炭フィルター付きの防毒マスクを装着し、マシロの手には手動ポンプ式の高圧洗浄機が握られている。

 小屋の中は地獄絵図だ。

 床はヘドロでベタつき、巨大な水車の軸受けは黒い塊で完全に固着して動かなくなっている。

 

「……ひどいな。獣脂が酸化して、ゴミと絡まり合って石みたいになってる」

 

 マシロは、手動ポンプ式の高圧洗浄機をセットした。

 タンクの中身は、もちろん強アルカリ電解水の原液だ。

 

「アリサ、ポンプを押して!」

 

「力仕事なら任せなさい!」

 

 待ってましたとばかりに、アリサが怪力でポンプを上下させる。

 その腕力で噴射された高圧の洗浄液が、水車の軸受けを直撃した。

 

 固着していた黒い塊が、白く泡立ちながら溶け出していく。

 それを見届けたマシロはノズルをロッテに預けて、マシロは別の部分の清掃に取り掛かった。

 川底に溜まったヘドロには石灰を撒き、中和反応で硫化水素の発生を止めていく。

 

 作業開始から二時間。

 

「……仕上げだ。アリサ、水車のロックを外して! 俺は水門を開ける!」

 

「えいっ!」

 

 アリサが錆びついたロックを蹴り飛ばすと同時に、マシロが水門を開放した。

 堰き止められていた川の水が、勢いよく水路へと流れ込む。

 

 かつて、都市計画の変更で汚水が流れ込んだ時、この水車は回るたびに周囲に悪臭を撒き散らしたのだろう。

 耐えかねた持ち主は、水車を止めるために水門を閉じた。

 だが、それは大きな間違いだった。

 流れを止めたことで行き場を失った汚れが川底に沈殿・腐敗し、ここを猛毒のガス室へと変えてしまったのだ。

 

 その封印が今、解かれた。

 水流を受け、巨大な木製の輪がゆっくりと動き出す。

 

 数年ぶりの回転。

 建物全体が振動し、メインシャフトが力強く回り始めた。

 

「回った……! これならいける!」

 

 マシロは歓声を上げた。

 夢の全自動生産工場の心臓部が、今ここに動き出したのだ。

 

「……お見事ですわ、マシロ君」

 

 防毒マスクを外したロッテが、回る水車を見上げて微笑んだ。

 

「これで晴れて、この場所も、水利権も、未来永劫私たちのものですわ。……タダ同然でね」

 

「アリサのおかげだよ。人力じゃ絶対に汚れを落としきれなかった」

 

「えへへっ、私、ポンプ押しただけだけどね」

 

 アリサは照れくさそうに、しかし誇らしげに鼻をこすった。

 

「さて……次は引っ越しだ」

 

 水車が回れば、あとは中身だ。

 

「一度研究室に戻って、電気分解装置を運ばないとな」

 

 そこからは、まさに総力戦だった。

 シルヴィアの研究室に設置されていた『電気分解装置』を分解し、荷車に載せて運ぶ。

 心臓部であるミスリルのコイル、電極、そして配管。

 どれもマシロたちが苦労して作り上げた結晶だ。

 

「ううっ、重いですわ……!」

 

「ロッテ、足元に気をつけて!」

 

「もっと私に任せなさい!」

 

 ロッテがフラフラと軽いものを運び、アリサが重い金属パーツを軽々と担ぐ。

 デリケートなパーツはマシロとシルヴィアで丁寧に運び、往復すること数回。

 夕日が差し込む頃には、水車小屋の一角が異様な威圧感を放つ実験室へと変貌していた。

 

「ふぅ……なんとかなったな」

 

 マシロは汗を拭い、再組み立てを終えた装置を見上げた。

 あとは水車を発電機に改造できれば完成だ。

 

   †

 

 しかし、本当の戦いはそこからだった。

 

 警備隊の仕事がある二人には、作業が一段落したところで帰ってもらった。

 残されたのは、マシロとシルヴィアの二人だけ。

 川のせせらぎと、水車の回る重低音だけが響いている。

 

「……で? 水車が回ったはいいけど、どうやって電気にするの?」

 

 シルヴィアの素朴な疑問に、マシロは中学校の実験を思い出しながら答えた。

 

「発電には磁石が必要なんだ。コイルの中で磁石を回すか、磁石の中でコイルを回す。そうすれば勝手に電気が生まれる……はず」

 

「なるほどね。……で、その磁石はどこにあるの?」

 

「ないなら作ればいい。金属を強力な磁石でこすれば磁力が移るんだ」

 

「ふむ。……で、そのこするための強力な磁石はどこにあるの?」

 

 シルヴィアの追及に、マシロは言葉に詰まった。

 

「え? ……それは、作るんだよ」

 

「どうやって?」

 

「だから、磁石を使って……」

 

 マシロは言いかけて、口をつぐんだ。

 シルヴィアが、呆れたようにため息をつく。

 

「……卵が先か、鶏が先かってやつね。

 マシロ、その最初の磁石を持ってないのに、どうやって電気を産ませる気?」

 

 マシロは頭を抱えた。

 現代日本では、強力なネオジム磁石なんて100円ショップで買えた。

 だが、この世界で磁石を手に入れるにはどうすればいいのだろうか。

 

「……いや、待てよ」

 

 マシロの脳裏に、中学時代の理科室の風景が蘇る。

 鉄釘に銅線をぐるぐる巻きにして電気を流したら、方位磁石が反応するようになった実験。

 あれだ。

 

「……まずは確認させてほしい」

 

 マシロは道具箱から、あり合わせの材料を取り出した。

 その辺に転がっていた鉄の釘と、細い銅線。そして、実験用の小さな雷の魔石。

 

「いいか。俺がこの銅線に……」

 

 そこまで言って、マシロは動きを止めた。

 釘に銅線を巻き付けようとした手が、空中で凍りつく。

 

(……待てよ?)

 

 マシロは手の中の細い銅線と、部屋の隅で低い駆動音を立てている『ある装置』を見比べた。

 

 原理は合っているはずだ。電気を流せば磁石になる。

 こんな細い銅線と小魔石で作れる磁石なんて、たかが知れている。

 クリップを持ち上げるのが関の山だ。発電には程遠い。

 

 マシロの視線が、一点に吸い寄せられた。

 部屋の隅。

 休むことなくアルカリ水を吐き出し続けている、あの装置の心臓部に。

 

「……あるじゃないか」

 

 マシロはポツリと漏らした。

 

「え?」

 

「最強のコイルが、目の前にあるじゃないか」

 

 マシロは立ち上がり、アルカリ水生成機へと歩み寄った。

 正確には、その『動力源』となっていた部分だ。

 かつて電気分解を行うためにシルヴィアが作り上げた、ミスリルのループコイル。

 

「シルヴィア、装置を止めてくれ」

 

「は? なんでよ。いま順調に稼働してるのに」

 

「必要になったんだよ。あの『ループ』がね」

 

 シルヴィアが装置のスイッチを切り、待機モードに戻る。

 

「……何をする気?」

 

「実験だよ。俺の予想が正しければ、あの中に入れた鉄は、最強の磁石に生まれ変わるはずだ」

 

 マシロは先ほどの釘を手に、慎重にループへと近づけた。

 

 緊張感が走る。

 マシロは震える手で、釘をループの中心の何もない空間へと差し出した。

 

 フッ……。

 

 音が消えた。

 そう錯覚するほどの唐突さで、マシロの手から釘が消失した。

 いや、違う。

 見えない力にひったくられたのだ。

 

「うわっ!?」

 

 釘はループのど真ん中に、まるで何かに突き刺さったかのように静止していた。

 空中に縫い留められている。

 マシロが指で突いても、ビクともしない。

 

「ちょっと、これ取れるの?」

 

「やってみる」

 

 マシロはペンチを持ち出し、渾身の力で釘を引っこ抜いた。

 バキンッ! と何かが割れるような音がして、ようやく釘が外れる。

 

「どうだ……?」

 

 マシロは取り出した釘を、床の鉄くずに近づけた。

 ジャラッ!

 鉄くずが一斉に釘に吸い寄せられた。

 

「やった! ちゃんと強力な磁石になってる!」

 

「……いや、見てて」

 

 そのままの状態でずっと維持する。

 時間が経つほど、パラパラと鉄くずが落ちてしまった。

 

「……失敗か」

 

 マシロは悔しそうに唸る。

 一瞬磁石になっても、出せば元通り。これでは意味がない。

 

「なんで? ねえマシロ、なんで戻っちゃうの?」

 

 シルヴィアが不思議そうに尋ねる。

 マシロも首をひねった。理屈は分からない。だが、事実としてこの釘ではダメなのだ。

 

「素材が悪いのかもしれない……」

 

 マシロは顔を上げ、部屋の隅にあるガラクタ箱を見た。

 鉄ならなんでもいいわけじゃないようだ。

 

「片っ端から試そう」

 

 そこからは、手当たり次第の実験だった。

 錆びたスプーン。鍋の取っ手。折れたナイフ。工具の破片。

 

 マシロは恐る恐る、それらをミスリルコイルの中心へと差し入れていった。

 

「……だめか」

 

 十個以上の金属を試し、全滅。

 場の空気が重くなる。

 強力な磁石のことをネオジム磁石と言ったりすることを思えば、ちゃんとした磁石を作るには何かレアメタルなどを混ぜる必要があるのだろうか……。

 

 マシロが諦めかけたその時、手元にあった一つの道具が目に入った。

 金属を削るために使っていた、古びた棒ヤスリ。

 

「……最後。これで駄目なら諦める」

 

 マシロは祈るように、黒ずんだヤスリをループへと差し出した。

 ガキンッ!!

 今までで一番重い音がして、ヤスリが空間に固定された。

 凄まじい反発力。

 

「……くっ、重い!」

 

 マシロは両足を踏ん張り、玉のような汗を流しながら、時間をかけてヤスリを引き剥がした。

 肩で息をしながら、それを鉄くずの山にかざす。

 

 カシャンッ!!

 

 鋭い金属音。

 鉄くずの塊が、まるで生き物のように跳ね上がり、ヤスリに食らいついた。

 マシロが振っても、叩いても、落ちない。

 

「……できた。永久磁石だ」

 

 マシロの声が震えた。

 シルヴィアが目を見開いて、その黒い棒を覗き込む。

 

「なんでだ……? 釘と何が違うんだ? 硬さか?」

 

 マシロには知る由もないのだが、鉄という物質は、焼き入れによって物理的に硬くなればなるほど磁力の変化を妨げ、保磁力が強くなる性質を持つ。

 軟らかい鉄がすぐに磁気を手放してしまうのに対し、硬く焼き入れされた炭素鋼は、一度整列した磁気の向きをガッチリと維持し続けるのだ。

 

「原理は後で考えればいいのよ! まずは完成した磁石でマシロの言う発電ができるか試しましょう!」

 

   †

 

 それから数時間後。

 まずは単純に水車の回転軸に磁石を取り付け、そこに銅線コイルと通電確認用の小さな電気分解装置を取り付けた、試作発電機が完成していた。

 

「……動かすわ」

 

 水門が開かれ、水車がゆっくりと回り始めた。

 ゴウン、ゴウン……と重々しい音が響く。

 

「どうだ……?」

 

 マシロは固唾を呑んで、出力端子を浸した『試験用の塩水コップ』を見つめた。

 だが、

 

「……ダメね」

 

 シルヴィアがポツリと漏らす。

 電極の先から、極小の泡がプツ……プツ……と、思い出したように浮かんでくるだけだ。

 

「失敗か……」

 

「発電の理屈には詳しくないけど、こういうのは大抵速さが足りないのよ!

 こんな牛歩みたいな回転じゃ、ちんまい電気しか起きないんじゃないの?」

 

 シルヴィアの直感は、科学的に正しかった。

 ファラデーの法則。誘導起電力は磁束の変化率に比例する。

 要するに、コイルの中で磁石が動く速度が速ければ早いほど、発生する電流の量が大きくなるのだ。

 

「まあ、ものは試しよね」

 

 落ち込むマシロの横で、シルヴィアが不敵に笑った。

 彼女は工具箱からノミと木槌を取り出し、予備の木材に向き直った。

 

 そこからは、シルヴィアの独壇場だった。

 彼女は迷いのない手つきで硬い樫の木を削り出して様々な歯車を作り上げ、それを組み合わせ始めた。

 設計図を描く暇すらない。彼女の頭の中には、すでに完成図が見えているのだ。

 

「できた。ギア比は1:100。これで回転数は100倍よ!」

 

 即席のギアボックスが組み込まれ、再び水車が回り出す。

 今度は違う。

 水車が稼働する重低音に加え、磁石が回転する風切り音が響き渡る。

 

「いくぞ……接続!」

 

 ボコォッ!!!

 

 コップの水が、一瞬で沸騰したかのような音を立てた。

 猛烈な勢いで発生した水素と酸素の泡が、白濁した奔流となってあふれ出したのだ。

 電極が熱を持ち、水中で赤く発光している。

 

「うわっ、すごっ!?」

 

「ははは! 見た、マシロ!? これが私の技術力よ!」

 

 マシロは目を細めながら、その光景に見入っていた。

 成功だ。

 魔力を使わず、ただの水流から、これほどのエネルギーを取り出すことができた。

 これでミスリルコイルを充電すれば、雷の魔石に魔力を充填する必要はもうないだろう。

 

 「「これで地獄の魔力枯渇生活とはおさらばだーっ!!」」

 

 水車小屋には二人の技術屋の歓喜の声と、頼もしい水車の音が響き渡るのだった。

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