貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~   作:ありゃくね

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第24話:白色革命

 王都の外れに建つ水車小屋。

 表向きは製粉所に見えるその建物の中では、マシロによる秘密の生産活動が行われていた。

 

 ゴウン、ゴウン、ゴウン……。

 水流を受け止めた巨大な水車が、腹の底に響く重低音を立てて回転している。

 そこから生成された電気はミスリルコイルへと蓄えられ、さらにその先にある巨大な水槽へと送られていく。

 

 水槽の中では、溢れんばかりに洗剤が生み出されていた。

 人の姿はまばらだ。

 この重要拠点を守るのは、アリサが選抜した数名の精鋭のみ。

 彼女らは沈黙を守り、淡々と影から工場を警備していた。

 

 ここで生み出された原液は、偽装された荷馬車によって秘密裏に王都へと運ばれる。

 行き先は、第三警備隊屯所の裏手に新設された倉庫兼物流拠点だ。

 

 静寂に包まれた水車小屋とは対照的に、ここでは活気で溢れていた。

 

「……信じられませんわ。これほどの需要があるなんて」

 

 工場の責任者であるロッテは、積み上げられた伝票の山を前に、嬉しい悲鳴を上げていた。

 彼女の目の前では、十数人の作業員たちが、樽からガラス瓶に液体を詰め、木箱に梱包していく作業に追われている。

 

「騎士団からの追加注文、さらに500本です! 飲食店向けも倍増! ああもう、瓶の仕入れが追いつきませんわ!」

 

 ロッテは羽ペンを高速で走らせながら、現場に指示を飛ばす。

 作業員たちは忙しなく動き回り、次々と木箱を積み上げていく。

 この倉庫から出荷された『魔法の水』は、ここで働く人たちの手によって王都中へと拡散していく。

 マシロの生み出した洗剤は、もはや王都のインフラと化していた。

 

   †

 

 王都第三警備隊の詰所。

 ここには、以前のような殺伐とした空気は微塵もない。

 

「よし、整備完了! めちゃくちゃ早いな!」

 

 中庭では、隊員たちが愛用の武具を磨き上げていた。

 かつては数時間がかりだった武器の手入れは、マシロの開発した『鎧整備セット』のおかげで、わずか数十分に短縮されていた。

 浮いた時間は休息や訓練に充てられ、隊員たちの顔色は見違えるほど良くなっている。

 

「それに、この新しい装備……『催涙玉』だっけか? こいつの効果も凄まじいな」

 

 中堅の隊員が、腰に下げた革袋を撫でながら同僚に話しかける。

 中身は、卵の殻に香辛料の成分を濃縮した液体を詰めたものだ。

 足元や顔面に投げつけることで、殻が割れて激辛成分が飛散する。

 

「昨日の夜、酒場で暴れてた傭兵崩れに使ってみたんだが……一発だ。

 顔面に投げつけた瞬間、割れて中身が飛び散って……相手は泣き叫んでうずくまったよ。剣を抜く必要すらなかった」

 

 これまで、警備隊の仕事は常に死と隣り合わせだった。

 安い給料で命を張り、怪我をすれば使い捨てられる。それが彼女らの常識だった。

 だが、今の第三警備隊は違う。

 

「それに、安心なのは現場だけじゃねぇよ」

 

 一人の年配の衛士が、しみじみと口を開く。

 

「この前、大怪我をして引退した『鉄腕のエリゼ』を知ってるか?

 あいつ、もう剣は握れねぇ身体になっちまったが……今、マシロ様の工場で働いてるらしいぜ」

 

「工場で?」

 

「ああ。瓶詰めや梱包の仕事だそうだ。座ったままできるし、給料も家族を養うのに十分だってよ。

 家族を路頭に迷わせずに済んだって、泣いてたぜ」

 

 その言葉に、周囲の衛士たちが静まり返る。

 彼女らにとって最大の恐怖は、死ぬことではない。怪我をして働けなくなり、家族を飢えさせることだ。

 だが、今の職場には「セーフティーネット」がある。

 

「マシロ様と隊長が、受け皿を作ってくれたんだ。

 俺達がもし倒れても、あの人達なら絶対に見捨てねぇ……そう思えるだけで、先のことまで考えて生きていける」

 

 彼女らの視線は、自然と屯所の二階、隊長室の方へと向く。

 そこには、指揮官への畏怖だけでなく、家族を守ってくれる庇護者への、温かい信頼が宿っていた。

 

「……一生ついていくぜ、アリサ隊長に」

 

 その時、中庭に呑気な声が響いた。

 

「あれ? みんな休憩中? ……今日もみんなに差し入れを持ってきたんだけど」

 

「あ! マシロ様だ!」

 

「技術顧問! これ見てくださいよ! 俺の剣、ピカピカっすよ!」

 

 マシロが顔を出すと、屈強な衛士たちがわっと彼を取り囲んだ。

 

「マシロくん、こっちでりんご食うか? 実家から送られてきたんだ」

 

「あ、こら! マシロくんを独占するなよ! 私が肩揉んでやるよ!」

 

「いや、肩は凝ってないかな……ありがとね」

 

 マシロは今や、第三警備隊の「アイドル」兼「守り神」のような扱いを受けている。

 彼女らの職場環境を劇的に改善した少年に対し、衛士たちは親愛の情を隠そうとしない。

 自分の成した成果によってこうして真っ直ぐな好意を向けられることは、マシロにとっても満更ではないようだった。

 

 その様子を、詰所の二階から見下ろしている人物がいた。

 第三警備隊隊長、アリサだ。

 

「……みんな、楽しそうね」

 

「ああ。隊長のおかげっすよ」

 

 隣に立つ副隊長のガルドが、満足げに息を吐く。

 

「普通、隊長クラスになれば、予算を懐に入れて私腹を肥やすもんっす。……でも、隊長は違う

 マシロを連れてきて、予算を全部俺達のために使ってくれてるんすから」

 

 彼女らの視線は、マシロを取り囲む隊員たちの笑顔に向けられる。

 そこにはマシロへの親愛と共に、そんな彼を登用し、部下のために尽くす指揮官への絶対的な信頼があった。

 

「よしてよ。全部マシロのおかげよ」

 

 殺伐としていた屯所に溢れる、部下たちの屈託のない笑顔。

 それを生み出した少年を見つめる彼女の瞳には、一人の女性としての温かな感情が宿っていた。

 

   †

 

 午後。

 アリサは部下を数名引き連れて、王都の巡回任務に就いていた。

 隣には、先ほどまで衛士たちに揉みくちゃにされていたマシロも一緒だ。

 

(……空気が、違うわね)

 

 かつての王都は、酷かった。

 石造りの壁は湿った苔に覆われ、路地裏にはネズミが走り回っていた。

 大通りの端には汚水が溜まり、生ゴミの腐敗臭とアンモニア臭が立ち込め、歩くだけで気分が悪くなったものだ。

 

 だが、今の王都はどうだ。

 不快な悪臭は劇的に薄れ、代わりに乾いた土と、ほのかに香る石鹸のような清潔な匂いが風に乗ってくる。

 

「おーい! 隊長さん! 今日もご苦労さま!」

 

 大通りを歩いていると、パン屋の店主が笑顔で駆け寄ってきた。

 その手には、焼きたてのパンが握られている。

 

「これ、差し入れだ! みんなで食ってくれ!」

 

「……いいの? 店の商品でしょう」

 

「いいってことよ! 隊長さんが配ってくれた『激落ち水』のおかげで、店の壁が真っ白になったんだ。

 客からも清潔な店だって評判でね、売り上げも右肩上がりさ!」

 

 店主は自身の店と、その店先を指差して豪快に笑う。

 確かに、以前は煤けて黒ずんでいた看板や壁が、見違えるほど白くなっている。

 マシロが安価で卸した洗浄液は、今や王都の商店主たちの必須アイテムとなっていた。

 

「おかげで、ハエも減ったしな。……へへっ、ありがとな、隊長さん」

 

「……そう。精々励みなさい」

 

 アリサがパンを受け取ると、周囲にいた他の市民たちからも歓声が上がった。

 

「第三警備隊万歳! あんた達は街の誇りだ!」

 

「頑張ってくれ、隊長さん!」

 

 通り過ぎる人々が、口々に感謝の言葉を投げかけてくる。

 子供たちがピカピカに磨かれた鎧を着た衛士たちを見て、憧れの眼差しで手を振っている。

 かつて「税金泥棒」「役人の手先」と陰口を叩かれていた警備隊の姿は、もうどこにもなかった。

 

 洗浄液の売上からの寄付で潤沢になった予算は、福利厚生の充実と人員の拡大を可能にした。

 慢性的な人手不足が解消され、質の高い隊員による密な巡回が行われるようになったことで、第三警備隊の担当区域の治安は圧倒的に回復していたのだ。

 それに加え、マシロの事業が職にあぶれた人間を大規模に雇用したことで、食うに困って犯罪に走る者の数自体が大幅に減っていたことも大きい。

 

(……不思議な気分ね)

 

 アリサは、歓声に応えて手を振り返す部下たちの姿を眩しそうに見つめた。

 彼女らは誇らしげに胸を張り、堂々と歩いている。

 配属当初は酒に溺れていて頼りにならないという第一印象だった部下たち。

 その背中は以前よりもずっと大きく、頼もしく見えた。

 

 これを成したのは、自分ではない。

 隣を歩く、華奢で穏やかな少年。

 

「……マシロ」

 

 周囲に聞こえないよう、小声で呼びかける。

 

「ん? どうしたの、アリサ」

 

「……マシロは、ほんとに凄いね」

 

 その言葉は、小さな微笑みで返されるのだった。

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