貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~   作:ありゃくね

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第28話:決戦

 王城、円卓の間。

 重苦しい空気が漂う中、貴族たちの怒号が飛び交っていた。

 

「どういうことだ! 騎士団の威信が地に落ちているぞ!」

 

「平民どもが噂しているのだ。『騎士様より警備隊のほうが頼りになる』とな!」

 

「経済もガタガタだ! 我がギルドの石鹸が、奴の安価な製品に駆逐されかけておる!」

 

 口々に叫ぶのは、国の要職にある重鎮たち。

 彼らは恐怖していた。たった一つの新興勢力がもたらした急激な変化に。

 

「それに奴ら、『催涙玉』なる妙な武器で武装しているぞ!

 ……あれは、力の秩序を崩壊させる」

 

 ある貴族は拳を握りしめ、重々しく語る。

 

「我々貴族が支配階級たり得るのは、騎士という圧倒的な武力を独占しているからだ。

 だが、子供でも扱える武器一つで騎士が殺せるとなれば……封建社会の根底が覆る。

 領民は領主に牙を剥き、国は内戦の炎に包まれるだろう」

 

「で、ではどうすればいい!? 奴を殺すか!?」

 

「馬鹿な、それでは民衆が暴動を起こすぞ!」

 

「だが、放置すれば我々が死ぬ!」

 

 再び紛糾する会議。

 その時、上座で沈黙を守っていた人物が動いた。

 

「……皆の言い分は心得ましたわ」

 

 女王、アルバート三世。

 派手な装飾を好まない、質実剛健な老婦人だ。

 彼女の一言で、再び静寂が戻る。

 

「陛下。では……」

 

 女王は深く息を吐き、苦渋の決断を下した。

 

「許可いたします。

 ただし、彼の命を奪うことは許しませんわよ。

 丁重に、余の元へお連れしなさい」

 

「御意」

 

 女王は窓の外、広がる青空を見上げた。

 その瞳には、これから始まる争いへの憂いと、諦観が宿っていた。

 

   †

 

 王都の大通り。

 マシロは催涙玉の工場を改良した帰りである。

 

 石畳の道はかつてのような汚物や汚れはなく、清潔に保たれている。

 マシロ商会が安価な石鹸と掃除道具を普及させ、さらに衛生観念を啓蒙した成果だ。

 風に乗って漂うのは、腐敗臭ではなく焼き立てのパンや果実の甘い香り。

 

「あ、マシロ様だ!」

 

「マシロ様、こんにちは!」

 

「これ、うちの畑で採れたリンゴです! マシロ様の肥料のおかげで3倍収穫できたんですよ!」

 

 通りを歩けば、四方八方から声がかかる。

 子供たちが駆け寄り、商店の主人が笑顔で手を振る。

 街を浄化する『衛生』のマシロと、悪を断つ『治安』のアリサ。

 今やこの王都の下町において、二人は王族すら凌ぐほどの敬愛と支持を集めているのだ。

 

「ありがとうございます。……わぁ、美味しそうなリンゴ」

 

 マシロは子供からリンゴを受け取り、目尻を下げた。

 この平和な光景。

 人々が笑顔で暮らし、清潔な服を着て、明日への希望を持っている。

 

 傍らには、第三警備隊副隊長のガルド。

 彼は苦笑しながらも、腰の剣から手を放さず、周囲に鋭い視線を配っている。

 

「あんまり無防備になるのは良くないっすよ」

 

「ええ、分かってます。だからガルドさんがいてくれるんでしょう?」

 

「……そんなに信頼されると、こっちも気が抜けないっすね」

 

 ガルドは照れ隠しに鼻を鳴らした。

 だが、その目は笑っていない。

 平和に見える大通りだが、人混みに紛れた異質な視線、殺気、あるいは尾行の気配……そういったものを、彼女の研ぎ澄まされた感覚は捉えようとしていた。

 

(……妙だな)

 

 ガルドは内心で舌打ちする。

 静かすぎる。

 いつものチンピラや、小悪党の視線がない。

 まるで、嵐の前の静けさのように、不気味なほど「整えられた」空気。

 

 天気は快晴。だが、ガルドの背筋には冷たいものが走っていた。

 

「――危ないっ!!」

 

 唐突に、悲鳴が上がった。

 人混みを割って、一台の馬車が猛スピードで突っ込んできたのだ。

 制御不能の暴走馬車だ。

 

「チッ、マシロ下がれッ!」

 

 ガルドが間一髪のところでマシロを突き飛ばす。

 馬車は二人の間を分断するように、凄まじい勢いで滑り込んできた。

 

 ドォォォォンッ!!

 

 激しい衝突音。舞い上がる砂煙。

 横転した馬車が、完璧な壁となってガルドとマシロの視線を遮断する。

 

「マシロ! 無事か!?」

 

 ガルドが叫び、砂煙を払いながら馬車を回り込む。

 時間にして、わずか数秒。

 

「……は?」

 

 ガルドは絶句した。

 いない。

 馬車の向こう側に、マシロの姿がどこにもないのだ。

 血痕も、争った形跡もない。ただ、忽然と消えていた。

 

「嘘だろ……一瞬だぞ……!?」

 

 背筋が凍りつく。

 暴走馬車はただの囮。

 その一瞬の隙に、標的だけを音もなく攫っていく神業。

 

「くそっ……! やられた!」

 

 ガルドの怒号が大通りに響き渡る。

 あまりにも鮮やかな、プロの犯行だった。

 

   †

 

 衛兵隊の詰所。

 報告を受けたアリサの表情は、能面のように凍りついていた。

 ガルドは床に額を擦りつけ、血が出るほど拳を握りしめている。

 

「……暴走馬車による分断。

 偶然を装った、計算され尽くした犯行ね。

 一瞬の死角を作り、その隙に標的だけを回収する……王直属の特殊部隊か」

 

 アリサが淡々と分析する。

 ガルドを責める言葉はない。暴走馬車から身を呈してマシロを守った結果、分断されたのだ。

 プロの連携を相手に、個人の武力だけで全てを防ぐのは困難であることは十分に理解していた。

 

「……許さない」

 

 その声は低く、地獄の底から響いてくるような怨嗟に満ちていた。

 腰の剣に手をかけたその瞬間、詰所の空気が凍りついた。

 比喩ではない。物理的な圧力すら感じるほどの濃密な殺気。

 周囲にいた警備隊員たちが、生存本能に従って無意識に後ずさる。

 彼らは見てしまった。美しい少女の皮を被った、制御不能の怪物の姿を。

 

「私のマシロを奪った連中……。

 ただで済むと思わないことね。今すぐ騎士団ごと消し飛ばして――」

 

「お待ちください、アリサさん」

 

 暴発寸前のアリサを、ロッテが静止した。

 その声は、異常なほど冷静だった。

 

「これは、想定の範囲内です」

 

「……どういうこと?」

 

 アリサの目が鋭く細められる。

 ロッテは事もなげに言った。

 

「はい。敵の目的はマシロ君の知識です。

 彼らにとっても、乱戦の流れ弾でマシロ君が死ぬことだけは絶対に避けたいはず。

 ですから、派手な制圧戦を仕掛ける前に、必ず身柄を確保しに来る……そう予想していました」

 

 ロッテはガルドに視線を向けた。

 

「ですが、半端な刺客では手加減できず、マシロ君を傷つける事故が起きかねません。

 ガルドさんには、そういった有象無象を蹴散らすフィルターになっていただきました」

 

「なっ……俺は、そのための……!?」

 

「ええ。あなたのおかげで、マシロ君を最も安全に捕獲できる『プロ』だけを選別して、引き渡すことができました。感謝いたします」

 

「……本気? みすみす敵に渡すなんて」

 

「では、この後の乱戦で、貴女はマシロ君を背負いながら彼に指一本触れさせずに戦えますの?」

 

「っ……」

 

「無理でしょう? 流れ弾で怪我をする確率の方が遥かに高いですわ。

 それに、相手は合理的な国家です。知識を欲する彼らが、マシロ君を無意味に傷つけることはありません」

 

「人質として、盾に使われる可能性は?」

 

「ゼロではありません。ですが、価値ある財を盾にするのは最後の手段……交渉の余地はあります。

 対して、乱戦の流れ弾には悪意も計算もありません。ただ無差別に命を砕くだけです。

 問題点があるとするなら、この安全地帯は……貴女が突入して、彼を奪い返すことが前提という部分だけですわね。 ……まさか、不可能ですの?」

 

「…………」

 

「それに貴女、あの子が後方で待てと言われて、大人しくしてくれると思ってまして?」

 

 アリサは深く溜め息をついた。

 確かに、変な発明品を持って前線に飛び出してくる姿が容易に想像できる。

 

「分かったわ。……その方が安全なら、そうする」

 

 アリサが剣の柄に手をかける。

 その瞳から迷いが消え、剣呑な光が宿った。

 

「彼がいない方が、私たちは遠慮なく戦えますもの」

 

 その時、窓の外から地響きが聞こえてきた。

 王城の方角から進軍してくる、銀色の軍勢。

 騎士団だ。

 マシロを捕縛し、仕上げとばかりにこの組織を潰しに来たのだ。

 

「……来たわね。

 総員、戦闘配備! この国を相手に戦争よ!!」

 

 アリサの号令が、雷鳴のように轟いた。

 その瞬間、衛兵隊の詰所が、そして工場全体が、一つの巨大な「要塞」へと変貌する。

 

「野郎ども! 在庫を全部出せ!」

「工場区画を封鎖! 非戦闘員は地下シェルターへ!」

「バリケードを組め! 道を塞げ!」

 

 かつてはゴロツキや傭兵崩れだった女たちが、今は統率された兵士として動いていた。

 彼らの目は血走っている。

 マシロが与えてくれた「まともな仕事」。

 埃まみれの工場で、泥だらけになって働き、初めて手にした「誇り」。

 それを奪おうとする理不尽な暴力に対し、彼らは本気で怒っていたのだ。

 

「へっ、相手は騎士団だそうよ?」

 

「上等だ! 私たちに手ぇ出したことを後悔させてやる!」

 

 誰も恐れていない。

 誰も逃げ出さない。

 彼らは知っているのだ。自分たちが守るべきものが、金や名誉よりも大切な「居場所」であることを。

 

 マシロというたった一人の錬金術師を巡り、国を揺るがす大乱が幕を開ける。

 ついに雌雄を決するときが来た。

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