FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
※都合上オリ要素もありますが、原作を理解していると読みやすいと思います。
【警告】本作は一部過激な暴力・欠損等の残虐描写を含みます。
プロローグ:遊色の縁
その縁は、祝福か、
あるいは、災厄か、
深淵の境が、いま静かに歪み始める。
*
法王庁教圏──
とある避難の徒営。
白い石造りの塔を遠景に望む、避難民居住区の一角。
塔へと続く街道を挟み、荒れた土地の上に、
白い布地の天幕が所狭しと並んでいる。
時はすでに日没の刻。
異国の無慈悲な蹂躙から逃れてきた避難民たちが、
眼前に両手を合わせ、夕陽に向かって祈りを捧げている。
まるでこの世の禍から身を隠すかの如く、
陽は今日も地平へと沈んでいく。
避難民たちはどこか羨望の目でその茜色を拝みながらも、
静かに頭を垂れ、いつものように一刻も早い帰郷を祈願していた。
夕餉。
並ぶ天幕のひとつから、女の高い声が上がる。
「ごはんよー」
母親が豆と痣だらけの両手を口に添え、
近くで遊んでいるであろう子どもたちに声を張っていた。
だが、返事はない。
天幕を出て、辺りを見回す。
焚き火の煙が漂い、人々はそれぞれの天幕の前で足を止めている。
だが、呼んだはずの兄妹の姿はどこにも見当たらなかった。
「もう……今日はどこまで行ったのかしら」
それはいつものことだった。
いつ戦火が再燃してもおかしくない。
だから遠くへ行くなと、あれほど言い含めているのに。
だが、
小言だけで子どもの純粋な探求心を遮ることは難しい。
それはよくわかっていた。
なにせ、春先の小鳥のような、好奇心盛りの年頃だ。
どれほど口を酸っぱくしても、言いつけを守らず、
ふらりと冒険に行ってしまうのはもはや日常の延長だった。
「まったく………帰ってきたら、うんと絞ってやらなきゃ」
それでも、腹を空かせれば大人しく帰ってくる。
それもいつものことだった。
母親は小さく溜息をつき、
避難キャンプの中へと戻っていった。
粗末な鍋から出来立てのスープの香りが立ちのぼっている。
「よし、いくぞ。今度はちゃんと取れよ!」
「うん、いいよー」
居住区から離れた、
二つの断崖が向かい合う片岸。
赤く染まりゆく空の下、
年端もいかぬ兄妹が、親の目を盗んで球戯に興じていた。
「それっ───あ!」
勢いづいたのか、
兄の手を離れた球は思いがけず弧を外れ、あさっての方向へと飛んでいく。
飛んでいった球は地面に弾かれ、転がり、
やがて溝の縁へと吸い寄せられるように近づいていった。
「いけねっ……手がすべった!」
「もう! 強く投げすぎだよ~」
唯一の遊び道具だった球は、
まるで何かに誘われるかのように、真っ逆さまに崖下へと消えた。
その落ち方を見れば、
もう取り戻せないことは明らかだった。
「ああ……だめだ。ありゃ、諦めるしかないや」
兄が肩を落とす。
だが妹はその横で、崖の先をじっと見つめていた。
──まだ、どこかに引っ掛かっているかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、彼女は崖へと駆け寄る。
そして、
二つの断崖を隔てる、暗く深い溝をそっと覗き込んだ。
「バカ! やめとけって!」
「……」
そこに広がっていたのは、
漆黒の裂け目だった。
深く、
何処へも通ぜぬ深淵。
視線の先では、底の見えぬ闇が蠢き、
湿った風が呻き声をあげて這い上がってくる。
「おい危ないって……落ちたらどうすんだよ!」
兄の叫びも届かず、怖れを知らぬ妹は、
なおもその絶壁を覗き込む。
何か特別なことをしているつもりはない。
ただ球を探しているだけだ。
本当に落ちたかどうかは、
まだわからない。
ひょっとしたら、
このずーっと下に誰かがいて、
親切に球を投げ返してくれるかもしれない。
「お、おい……もういいだろ。暗くなってきたし早く帰ろう」
兄の怯えるような声に反して、
妹の夏の雲のような楽観的観測は止まることを知らない。
だが、ついに──
「……ないねー」
幼い声が、暗い底へと落ちていく。
──その刹那。
視線の先で、何かがきらりと光った。
「……? なんだろ、あれ?」
霧に濡れ、苔むした岩肌の奥から、
微かな輝きが滲み出している。
「宝石……?」
それは不思議な光だった。
無明の闇に沈むその場所で、
多の彩を抱いたまま、その石は静かに輝いていた。
まるで、
闇の中で黒一色に塗り潰される運命を小さく拒むかのように。
「お兄ちゃん、見て。宝石だよ」
「はあ……?」
「見てごらんって。すっごく綺麗」
兄は恐る恐る妹の傍に歩み寄り、
彼女の背後からその視線の先を追う。
──直後。
宝石はまるで息を吹き返したかのように、
強く瞬いた。
「───ッ!」
底知れぬ漆黒を切り裂き、
赤・青・黄・緑の鮮烈な刃が幾重にも交錯する。
脈打つ虹光が奔流となって見る者の瞳へと流れ込んだ。
焼き付くような光に、
妹はとっさに頭を引き、両手で目を覆う。
「いやーっ!」
「セラ! だ、だから言ったろ! 早く、早く帰ろう!」
─────────
因果か、偶因か。
“それ”は、人里離れたこの地で、突如として覚醒した。
それは、二つの世の理を縫い合わせるかのように。
それは、二つの世の禍を重ね合わせるかのように。
それは、二つの世の記憶の暈を絡み合わせたる虹のように。
人魂を惑わす妖光の如く、
あの世とこの世の狭間を──
遊色に染め上げながら。