FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
村外れの風車小屋。
ファルネーゼはキャスカを庇い、声を殺して樽の影に身を潜めていた。
手にあるのは、シールケから借り受けた銀のナイフただひとつ。
護符を施された鎖帷子を纏ってはいるが、今回の魔獣には効き目が薄いらしく、
冷たい甲殻の脚はじりじりと距離を詰めてくる。
震える手を必死に押さえながら、彼女は己を責め続けていた。
(また……焦って離脱してしまった……。また私のせいで皆さんに、
ガッツさんに迷惑を……)
恐怖から目をそらすように、
必死に逃げてたどり着いた先がこの荒れ果てた風車小屋だった。
そしていま、再び闇の只中で息を潜める。
暗い森でキャスカを見失い、孤独にさまよったあの夜が脳裏をよぎる。
あのときは皆が駆けつけてくれた。だが今回は──。
「……へくしゅん!」
「キャ、キャスカさん……!」
間の悪いくしゃみが、静寂を破り、同時に死の音を呼び寄せた。
アラクネの群れが血に飢えた咆哮を上げ、嗅覚と聴覚を研ぎ澄ませながら二人を取り囲む。
甲殻がきしむ不快な音。
影を作っていた樽が無惨に砕け散り、無数の眼がぎらつく。
その奥に、慈悲的な光はいっさい感じられなかった。
「ひっ…!」
今度こそはもう助からない。
ファルネーゼはいまや無意識に恐怖の声をあげていた。
威嚇、そして牙を剥き出しにして一斉に跳びかかってくる。
ファルネーゼはキャスカを強く抱きしめ、固く目を閉じた。
(ガッツさん……セルピコ……!)
その刹那──
紅の剣光が闇を裂いた。
(……熱気!?)
豪快な太刀筋と灼けつくような熱に、身も心も焦がされたような感覚を覚える。
炎を纏う軌跡が蜘蛛の群れを一閃し、燃え上がる刃が魔獣を両断する。
轟音が大気を震わせ、宙を舞うのは黒焦げとなった大蜘蛛たちの残骸。
揺らめく焔の向こうから、ひとりの男が姿を現した。
漆黒の衣に身を包み、手には灼熱を宿す長剣。
刃を振り抜いたままのその瞳には、
助けを求める二人の姿が鮮烈に映し出されていた。
*
(ガッツ……さん?)
ファルネーゼは怯えたまま視線を上げる。
そこにいたのは、ガッツでも、セルピコでもない。──見知らぬ漢。
その長剣の威容と、揺るぎない立ち姿から漂う圧倒的な気配。
人域を超えた存在だと、直感した。
──黒い…剣士?
胸に押し寄せるのは、恐怖と畏怖。
全身を駆け抜ける戦慄は、かつて修羅のごとき男──ガッツと初めて相対した時の感覚を思い起こさせる。
散乱する黒い残骸が視界を染め、灼熱の閃光の余韻が、まだ空気を焦がしていた。
「……大丈夫か?」
低く、落ち着いた声。男はゆるやかに手を差し伸べる。
けれどファルネーゼは、その手を掴むことができなかった。
「あ……あの……」
──似ている。だが違う。
修羅の気とは別の、底知れぬ深淵から立ち昇るような存在感。
善か悪か、掴めぬまま、ただ本能が告げていた。
これは”抗えぬもの”──
現実感が遠のく。
これは夢なのか──心の奥で、逃避にも似た声が囁く。
その瞬間、頬をきゅっと引っ張られ、思わず声が漏れた。
キャスカだった。
無邪気にファルネーゼの顔をつまんで「イタタッ」と言わせ、
現実を引き戻してくる。
さぞや場にそぐわぬ光景に映ったことだろう。
それを見た男は、差し伸べていた手を、静かに引っ込めた。
「心配はなさそうね」
澄んだ女の声が重なる。
その音色は、ファルネーゼの震えをわずかに鎮めた。
氷の刃のように鋭く、それでいて胸を温めるような穏やかな響き。
振り向けば、そこに立つのは銀髪の若き女。
清楚な白と青の衣をまとい、透き通るような瞳でこちらを見据えている。
貴族のような、静謐で淑やかな佇まい。
何もかもが男の方とは対照的に思えたが、その内に潜む気配は、
やはり常人のものではなかった。
そして──
「キャッ……!」
思わず息を呑む。
彼女たちを射抜くような眼差しを放つ、巨大な狼がそこにいたのだ。
ただ獰猛なだけではない。
その身に宿るのは、狩人のような鋭さと、王者のごとき威容。
その気配に全身が粟立ちながらも、ファルネーゼはどこか“神々しさ”を感じずにはいられなかった。
(この人達は……一体……)
かつて魅入られた、おぞましく揺らめく“もの” ──
だが、その忌まわしい揺らめきは形を変え、激しく猛り、
そしていま彼女の身を救った。
それはまるで、闇に沈む彼女の魂を照らす一筋の光のようだった。