FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
修道院を後にして山道を下り、邪なるものの眼が光る鬱蒼たる森を抜ける。
気配を殺し、うまく搔い潜りながら緩やかな丘陵に差し掛かると──石壁に囲まれた堅牢な町が現れた。
先の院長の話では、この辺りで迷い人が身を寄せる場所は、
この小規模な城郭都市しかないという。
クライヴもジルも半信半疑だったが、唯一の手掛かりがある以上、
向かわぬわけにはいかない。僅かでもオスカーの行方につながる可能性がある。
腰に据えたオスカーの剣は、まだ光を失ってはいないのだから──。
衛兵らしき姿は見当たらない。三人は慎重に城壁門をくぐった。
広がるのは石畳と重厚な木造家屋。
通り沿いには店や工房が連なり、穹窿形の建築がところどころに影を落とす。
赤い屋根の家々と尖塔が立ち並ぶその先には鐘楼がそびえ、”ゴーンゴーン”という古びた鐘の音が日没の時を知らせていた。
しかし、門をくぐった瞬間に胸を刺したのは、生者の匂いではなく──死の国を思わせる沈黙。
人影は見えない。だが気配はある。
住民は生きているはずなのに、皆、家々の奥に押し込められ、息を潜めているようだった。
三人は辺りを見回しながら、ゆっくり町中へと進んでいく。
「手がかりを得られると思ったが……浅慮だったようだ。それにしても、ただの警戒にしては異様だな」
「……誰ひとり外に出ていない。院長様から聞いた話とは随分違うわ」
もし話が本当なら、
この町は戦時下の補給拠点として一定の活気を保っているはずだった。
それが今は、音すらも押しつぶされたような静寂に沈んでいる。
「本当に…オスカーはここのどこかにいるのか」
「誰か、話を聞ける人が見つかればいいのだけれど」
聞こえてくるのは、硬く冷えた石畳を踏みしめる足音と、
どこか生暖かい風がひっそりと吹き抜ける音だけ。
──だがそのとき、
その静寂を打ち破る様に、トルガルが首を左右に振りながら低く唸り声を上げた。
「どうした? トルガル」
「クライヴ……周りを見て」
「周り?」
見ると、周囲の家々の窓や扉の隙間から、無数の瞳がこちらを覗いている。
「……! なんだ?」
言葉もなく、息遣いすら感じられない。
ただ、生の温度を失った亡者のような視線だけが冷たく刺してくる。
見知らぬ街での薄気味悪い“歓迎”に、二人は強い心理的な抵抗を覚えずにはいられなかった。
「まるで、檻に入れられた猛獣のような気分だな」
「襲ってくるような気配はないわ。でも、この感じ…なにか」
「用心に越したことはない…か」
重く濁った空気。住民たちは圧政か侵略か──
何かに怯え、心を縛られているような印象を受ける。
いずれにせよ、知人の行方を気軽に訊けるような雰囲気ではない。
──どうする?進むか、いったん外へ退くか。
クライヴは沈黙の中、思案に耽ろうとする。
だが、先ほどからトルガルの唸りは強まるばかり。
彼が牙を剥くのは狂気の住民ではなく、この町のどこかに感じる──どこか馴染みのある気配だった。
「クライヴ…この感じ…!」
ジルがはっとし、クライヴへ振り向き共鳴を確かめる。
当然のように、彼もそれを既に感知していた。
「ああ。これは………エーテルだ!」
間違いない。
ヴァリスゼアに根付く大地の生命力、そして己の体内に宿る魔力の源。
だが、先ほどまでの道程では一切感じられなかったものが、なぜこの町で。
クライヴはトルガルが牙を剥く方向を鋭く見据えた。
「向こうか!」
声を発した刹那、狼は一瞬の躊躇もなくその方向へ疾駆する。
「追いましょう!」
トルガルは驚異的な速さで石畳を駆け抜ける。
未知の領域に漂う、古巣の匂い。
気づけば自分たちも藁にもすがる思いでその後を追っていた。
三人は石壁の影が色濃い通りを抜け、
居住区や倉庫が立ち並ぶ緩やかな坂を上っていく。
すると天使の彫像が立つ開けた場所が視界に入ってきた。
──この先は、
まさに町の中心部と推測される場所へ、トルガルは疾走していた。
狼は徐々に速度を下げ、広場の入口前で足を止めた。
二人もそれを察知し、自ずとそれに続いて立ち止まる。
「……ここか」
目に映ったのは、石造りの大広場。
中央には古びた井戸が据えられ、その周囲を木骨や石造りの家々が、肩を寄せ合うように立ち並んでいる。噴水の跡が残る広場は、本来なら町人たちが集い、互いの暮らしを語らい合う穏やかな場であったはずだ。
──だが、そこに広がっていた光景は。
この世の理から切り離されたような、言葉の届かぬ惨劇だった。
「──ッ」
ジルは目を見開き、たまらず両手で口を抑える。
規則性など一切ない。
刺されたのか、吊られたのか、喰われたのか──
ただ、“壊され方の違う死”が無数に積み重なっている。
空には死肉を求める黒い翼が、不吉な鳴き声とともに宙を舞っていた。
冷たい石畳にこびりつく血痕、影のように地を這う砕け散った肉片。
生前の面影をかろうじて残す面々の瞳が、虚ろな視線でこちらを見つめていた。
そこにあるのはただ、底知れぬ闇の中で朽ち果てた骸の沈黙だった。
*
古巣の匂いに釣られてたどり着いた大広場。
だが、そこに広がっていたのは──
見渡す限り、広場を埋め尽くすほどの無数の死肉の残骸。
その様は、一介の人力で成されたとは到底思えぬほどの損じ方だった。
腐敗と血が混じり合った、甘く濁った臭気が鼻を突く。
吸い込んだ瞬間、肺の奥に粘りつくような重さが残る。
「誰が、一体こんなことを……!」
絶望の果てに力尽きた痕跡──目前の惨状には、まさにそれが強く残っていた。
もはや原型すら留めていないが、腐敗の進みようからして、まだそれほど時間は経っていないことがわかる。
クライヴは警戒を強め、一度この場から身を引くことを決意した。
「……いったんここを離れよう!」
三人は地獄と化した広場を後にし、左右に高階層の家々が並ぶ、薄暗い路地へ身を潜めた。
「クライヴ、あれは、まるで……」
「ああ………まるで“餌”だ」
二人はすぐに察した。
何かが、この町を、そして人々の暮らしを侵食している。
人々がなぜ建物に身を隠しているのかようやく合点がいった。
彼らは、恐怖に取り憑かれ、ただ狭い空間へ逃げ込むことでしか心を守れずにいるのだ。
クライヴは息を整えながら、再度町の様子を探ろうとした。
だがジルの呼吸が少し激しい。
必死で胸を抑えながら、動悸を静めようとしている。
「──ジル?」
「……ごめんなさい、少し……息が苦しくて」
無理もない。
あの光景は、かつてロザリアの旧造船所で目にした奴隷たちの粛清場と重なるものだった。
あの時も彼女はこうして──。
クライヴは優しくジルの肩に手を置き、その緊張を和らげようとした。
「少し休むといい…俺は辺りの様子を見てくる」
「ええ…ありがとう」
ジルの落ち着きを確認すると、クライヴは再び路地の外へと身を乗り出す。
そして見渡せる範囲をじっと見据えた。
(何があったんだ、ここで一体……そして、あの残されたエーテルの気配は……)
目を覆うような殺戮の痕。
だが、それ以上になぜあそこからエーテルの気配が流れ出ていたのか。
自分たちは一体何と共鳴していたのか。
可能性の域は出ない。
だが、あの様子を見る限り、クライヴの中であるひとつの仮説が浮かび上がってくる。
(まさかとは思うが………あのエーテルは──)