FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
思惑に沈みかけたそのとき──
路地の奥で、かすれた老婆の声が闇を裂いた。
「坊や!出ては駄目ッ!」
戸口の軋む音がする。
その影から出てきたのは──裸に近い身体をぼろ布で包んだ痩せた少年。
見るに、まだ十にも満たない齢頃だ。
少年は黙ってこちらに向かって歩いてくる。
その瞳は恐怖に呑まれながらも、どこか澄みきっていた。
小さな炎のように、確かな光を宿して。
「……子ども? この町の住人ね」
「どうやら、そうらしいな」
クライヴは周囲に視線を走らせる。
建物の窓という窓に、人の気配。
だが──誰も姿を現さない。
隙間から覗く瞳だけが、じっと、息を殺してこちらを見つめていた。
まるで死者の群れが、生者を値踏みするかのように。
少年は震えながらも、意識ははっきりしていた。
「お兄さんたちは誰……? あいつらの仲間じゃないよね?」
その声音は幼いのに、不思議と澄明。
窓の隙間から覗く濁った瞳の群れとはまるで異質だった。
「俺たちは怪しい者ではない。……君はこの町の者か。ここで何があった」
「私たちはたった今ここに来たばかりなの。詳しいことを教えてくれる?」
少年は一度息を呑み、それから小さく答えた。
「一刻ほど前に……野盗の群れが来たんだ……」
「……野盗だって?」
──先ほどの凄惨な現場はそいつらの仕業なのか。
クライヴは眉をひそめた。
ただの野盗風情が果たしてあそこまでするだろうか。
あの焦げた肉の臭い。
串刺しにされた死体の群れ。
剥がれた皮膚が、まるで旗のようにはためいていた光景。
できるとすれば──それはもはや怪物だ。
少年は続ける。
「この辺りで幅を利かせてる連中だよ。あいつらが来たとき、みんな必死に近くの建物に逃げ隠れたんだ。真っ先にお姉ちゃんと、その仲間たちが僕を匿ってくれて……だから、今はおばあちゃんと一緒に……」
顎で示された二階の窓から、皺だらけの女の顔が怯えたように覗いていた。
「……」
二人は再度周囲を見渡し、戦いの余波が残っていないかを確かめる。
だが、この町を覆う沈黙は依然として不気味だった。
「他の町人たちは? あれからもう被害は出ていないのか?」
「わからない……あ、でも──」
少年は上目遣いでひねり出すように声を出した。
「家の中にいたとき、ときどき小さな悲鳴が聞こえてきたんだ。まるで連れていかれるような声………でもおばあちゃんに見るなって言われてたから。それからは……どうなったかわからない」
悲鳴はおそらく逃げ遅れのものだろうことは容易に想像がつく。
何処に連れていかれたのか。そして、なぜそれが途絶えたのか。
二人の中でもうその答えは出ていた。
「もう終わったのかな……。お姉ちゃんと、その仲間たち……出ていったきり戻ってこないんだ」
小さな拳が震えている。残酷なほど無垢な願いが、唇から零れ落ちた。
「……きっと、まだどこかにいるはずなんだ…だから探しに行かなくちゃ。そうしないと……」
「……」
クライヴもジルも答えを失った。
広場で見た惨状を思えば、希望を支える言葉など軽々しく紡げない。
あの肉塊の中に、少年の姉がいたかどうかまでは確かめる術もない。
あるいは──まだ、どこかで。
「坊や、早く戻るんだ!」
再び老婆の震えるような声が響いた。
だが、少年にはもう届いていない。
彼は必死にクライヴの手にしがみつき、断崖の縁に立つような切迫感を声に滲ませる。
「……あいつらの大将は特に残忍だって聞いてるんだ。人の皮をはいで……串刺しにして……生きたまま、ゆっくりと……」
少年の声が震える。
その小さな喉から搾り出される言葉は、あまりにも具体的だった。
「……もし、もし、姉ちゃんが───」
少年の追い詰められた様子に、クライヴとジルは互いに短く視線を交わした。
「落ち着け。大丈夫だ、今はまず───」
クライヴの声が言葉を結ぶより早く。
町の裏口から、地を揺るがすような足音と怒声が押し寄せた。
生者のものとは思えぬ圧迫感が、闇の底から湧き上がるように広がっていく。
──そして、風が変わった。
濃密な血の臭いが、一気に押し寄せてくる。
*
直に外は暗くなる。
もしこの町が何かに侵されているのだとすれば、この状況下で町人を外に出すのは危険だ。
クライヴは怒号に応えるかのように背に手を回し、長剣を引き抜いた。
その横でジルが細身の剣を構え、月光を鋭い閃きに変える。
「……あ……あいつらだ……戻ってきた……。でも、なんで……」
震える少年の声には、恐怖と憎しみが綯い交ぜになっていた。
ジルはその怯えを断ち切るように、静かで凛とした声を向ける。
「いい? あなたは中へ戻っておばあさんと一緒に。決して出てきては駄目よ」
クライヴとジルの表情は一変し、状況の切迫さを物語っていた。
「……お姉ちゃんは……生きてるよね?」
「話は後だ。今は生き延びることが先決だ。隠れていろ!」
押し寄せる足音と怒声は、もはや路地のすぐ傍まで迫っていた。
聞こえてくるのは足音だけではない。
人語とは思えない、強い語気が入り混じった謎の言語。
「さあ、早く!」
狼狽える少年を建物へ促し、すぐさま三人は駆け足で中央広場へと戻る。
再び鼻をつく死臭。
そこに広がっていたのは──三十を超える兵の群れ。
死と血で満ちた広場を踏み荒らし、まだ新鮮な肉を探し回っている。
先陣に立つは、野盗とも怪物ともつかぬ肌黒き巨躯。
金糸の刺繍を施した肩掛けと胸当てを纏い、巨大な斧を片手で軽々と振るう。
飢えた獣の眼光と下卑た笑みは、「暴虐そのもの」が歩いているかのようだ。
「……奴が首魁か」
その背後に続く兵たちも、人の皮をまといながら明らかに人ではない。
消し炭と見紛うほどの黒い肌。裂け広がった口から突き出た歯は血肉を求めて涎を垂らし、足元の屍をなお貪っていた。
どこをどう見ても、ただの悪党どもの所業ではない。
「あの惨状は……どうやらこの連中の仕業のようね」
「……ああ、何者かは知らないが、まさにケダモノといった風貌だ。何かに憑かれているようにもみえるが」
理由はどうあれ、奴らはまだ飢えている。
見知らぬ異邦の地とはいえ、狙われているのは人だ。
ならば、いま“シド”として為すべきことはただひとつ──
「放っておけば、今度は建物に隠れている人たちが犠牲になるわ」
クライヴは剣を握り直し、左手に熱い炎を灯した。
「いいさ、ここで迎え撃つ!」
トルガルは喉を低く鳴らし、巨漢へ鋭い視線を突き刺した。
狩るべき獲物を定めた獣の眼だ。
直後──
その声に反応するかのように、不気味な賊たちの狂眼が、
一斉にクライヴたち三人に注がれた。
その存在に気付いた数体の弓兵が一斉に弓を引き絞った。
数十の矢が放物線を描いて飛んでくる。
だが、三人は微動だにしない。視線ひとつ揺らさず、その軌道を見据えていた。
矢が体を射抜こうとするその瞬間──
クライヴは左手をかざし、紅蓮の炎を解き放った。
炎の翼が天へと広がり、轟音とともに立ち昇る。
矢は燃え尽き、黒煙となって夜空へ弾き飛んだ。
フェニックスの力。
クライヴが若き日より身に宿してきた、鮮烈なる炎の加護。
──!
賊徒らは目を剥き、言葉を失う。
巨漢の将はその炎に反応したのか、怒声とも嘶きともつかぬ咆哮を上げた。
「行くぞ、トルガル!」
怒りと覚悟が交錯する。
トルガルが主に応えるように獰猛な咆哮を上げ、
広場は瓦礫と黒煙の渦巻く戦場と化す。
背中合わせに立ったジルが、遠方の異変に気づき声を張る。
「クライヴ! 東の方角からも声がするわ! 挟み撃ちにされる……それに住民も──さっきの子も危ない!」
「……二手に分かれよう。ここは俺が食い止める! ジルはあの子を頼む」
クライヴは剣に燃え盛る炎を纏い、激烈な攻撃の渦中へ飛び込んでいく。
一方のジルは振り返ることなく、刃先に淡い蒼白の光を灯して、流れるようにその場を後にした。