FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
風の大陸と灰の大陸──。
二つの大陸がせめぎ合う、クリスタルに愛されし地《ヴァリスゼア》。
かつてその世界は、
大地の方々に存在するマザークリスタルの恩寵に満ちていた。
人々はその加護のもとで肥沃な土を耕し、
清らかな水を浄化して暮らしに潤いをもたらした。
生きとし生けるものはその息吹を享受し、日々を穏やかに紡いでいたのだ。
だが今、
その輝きは失われ、《原初の楔》が大地を蝕みつつあった。
空は渦を巻く陰のヴェールに覆われ、
人々の暮らしに忍び寄る災厄の影が、誰の心にも落ちてゆく。
慎ましくも耐え忍んできた営みは、もはや崩れ去る前夜の夢のよう。
この世界は、静かなる絶望の前触れに満ちていた。
風の大陸のほぼ中央。
大湖の水面に、かつての飛空艇の残骸が静かに浮かぶ。
その遺跡を拠点とし、
《大罪人シド》ことクライヴ・ロズフィールドは大陸の命運を懸けた戦に向けて準備を進めていた。
クライヴと幾多の戦いを共にしてきた馴染みの友ジル・ワーリック、
そして弟のジョシュア・ロズフィールドもその参列に加わっている。
為すべきことははっきりしている。
そう、灰の大陸を支配するウォールード王国へ、もう一度向かうのだ。
王都ストーンヒルに眠る、
最後に残されたマザークリスタル《ドレイクスパイン》を破壊し、
その地を統べるウォールード国王との決戦に挑む──
そのために、三人は武器の強化や素材の収集など、入念な戦支度を整えていた。
しかし、協力者の救援や討伐依頼の対応も重なり、
すぐにでも灰の大陸へ渡るはずだった旅は、幾度も足止めを受けていた。
日の光が真上に昇る昼の刻、
クライヴはデッキに立ち、湖面をなでる風と波音に耳を澄ませていた。
先代シドから受け継いだ理念、消えゆくクリスタル、
枯渇する生命潮流、そして荒れ果ててゆく大地。
そのどれもが、すぐには手の届かぬ“終末の徴”であると知りながらも、
彼は時折こうして立ち尽くし、自らの罪業と責務を見つめ直していた。
いまさら“大罪人”の名誉挽回など望むべくもない。
だがたとえ、人々から蛇蝎の如く忌み嫌われようとも、
“人が人として生きられる世界”を築くためには、
自分が導き出した道から決して目を逸らしてはならない。
それが残された選択だった。
もし、自分がその世界の幕開けに必要な犠牲なのだとするなら、
喜んでこの身を捧げよう。
──それが本当に誰の手にも変えられることのない因果の”律”なのであれば。
そんな思考の折、隠れ家の世話役のオットーが険しい面持ちで現れる。
「クライヴ、少し時間をもらえるか」
「どうした? 顔色が優れないようだが」
「お前、この間旧ロザリアの将軍の甥っ子を連れてきただろう? 名は……なんと言ったか」
「……オスカーのことか」
オスカー・マードック。
ロザリア公国の名将、ロドニー・マードックの血を引く士分の若者。
無鉄砲ながらも志高く、クライヴたちの信念に共鳴して隠れ家に加わった。
幼い頃、将軍から受けた恩義もあり、クライヴは彼を半ば家族のように見守っていたのだが──。
「そのオスカーが、ロザリアのフェニックスゲート跡地に向かったきり戻らない。ここを出てもう三日になるそうだ」
「フェニックスゲートだって……? なぜ、あんな場所へ」
「さあな。渡し守のオボルスの話では、何かに取り憑かれたような様子で、行き先だけを口にして飛び出していったそうだ」
フェニックスゲート跡地。
かつてはロザリアにおいて神聖視された場所であり、
召還獣フェニックスをその身に宿すドミナントが啓示を仰ぐ儀式の地であった。
だが十八年前──炎と血が渦巻いた惨劇の舞台となり、今は荒れ果てた廃墟でしかない。
「許可なしに勝手な行動はするなと釘を刺しておいたはずだが……それも、よりによってこんな時に」
「そういう無茶は、どこか昔のお前に似ているな。……だが、冗談を言っている場合じゃない。お前にとっても縁深い地だろう? 急いでいるのは分かるが、オスカーの捜索を頼めないか」
「近くには“石の剣”が派遣されているはずだ。知らせを飛ばせば──」
「とっくにストラスを飛ばしたさ。だが、連中も知らないというんだ。あの辺りの人里でいずれ落ち合うだろうと思ったが、影も形もない。何事もなきゃいいが……」
クライヴは短く息を吐いた。
オスカーの理解不能な行動に対して納得のいく答えを引き出せなかった。
“何かに取り憑かれたように” ──なによりこの言葉に、胸の奥の小さな違和感が疼く。
本来ならすぐにでも出立し無ければならない状況だが──
この混沌と化した世で、帰らぬ仲間を見捨てるわけにはいかない。
ましてや、マードック将軍の甥を失うなど──決して許されぬこと。
いつもの依頼以上に力が入る。クライヴは改めて拳に覚悟を秘めた。
「……わかった。必ず探し出して連れ戻してくる」
「事が事だし、場所も場所だ。ジルも一緒に連れていった方がいいだろう。なに、転ばぬ先の杖ってやつだ」
「ああ、そうしよう」
クライヴは傍らの忠実な狼トルガルに視線を送り、軽く手で合図をした。
トルガルは静かに立ち上がり、その瞳に決意の色を宿す。
「弟さんはどうする?」
「ジョシュアか……」
ジョシュアはナルディアで受けた傷がまだ癒えていない。
それに、書斎での会話を聞く限りでは、おそらくいま他のことは考えられない心境のはずだ。
何より、大船出を控えたこの時に、貴重な戦力すべてが拠点を離れるのは得策ではない。
「ジョシュアは引き続き戦支度に専念してもらおう。今回は俺とジル、そしてトルガルだけで向かうことにするよ。順調にいけばそれほど時間もかからないはずだ」
「そうか、わかった。オスカーのやつを見つけたら、げんこつの一発でもくれてやれ。心配かけるなってな」
クライヴは「ああ」と軽く微笑を返して頷いた。
目の前に広がる湖面に視線を戻し、胸にもう一度決意を収める。
己の内に眠る“真実”を見た場所──フェニックスゲートへ、再び足を向けるために。