FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
その瞬間、空気が変わった。
エルフの小さな身体がぶるりと震える。
(……ッ!?)
町のどこかで、強大な“何か”が目を覚ました。
得体の知れぬ激しい閃熱が、針のように全身を貫き抜ける。
妖精特有の感応は、その“異質さ”と“危険”を本能の領域で察していた。
(なんだ……この、爆ぜるような感覚……!)
覚えがある。
あのときと同じ強烈な熱の波動。
──だが何かが違う。
空気を焼き焦がす灼熱の渦が意思を持ったように、爆発的に広がっている。
それは、もはやあの村で感じたものとは比にならない熱量だった。
──流れ込んでくる。
あまりの激しさに、パックは身を縮め、手足を胸元へと引き寄せていた。
(う……あ……!)
(あ……熱い! 身体が……焼けただれそうだ)
感応だけで身が焦がれそうなほどの熱波。
パックは身を守るかのように縮こまり、固く瞳を閉じる。
しかし、
瞼の奥でも、容赦なくその炎は咆哮とともに激しく燃え上がる。
そして──
(なんだ? 何かが炎の奥に……)
浴びせかける炎の彼方で何かが蠢いている。
巨大な黒影。
そして、その頭部から業火とともに聳える、角のような禍々しい突起。
それは、見る者すべてを焼き払うかのような“炎の権化”だった。
黒鉄のように重く歪んだ四肢が大地を抉り、溶けきらない溶岩のような赤光をどくどくと脈打たせている。
───怪物!?
膝は笑い、羽はこわばる。
呼吸が荒くなり、心臓が激しく鳴る。
これ以上は耐えきれそうにない。
この激しさをいますぐ誰かと共有せねば、今にも心身が焼き尽くされてしまいそうだった。
気づけばパックは、イシドロの頭から身を乗り出して声を張り上げていた。
「ドロッ!」
「うおっ!? な、なんだよ急に!」
驚くイシドロの頭から飛び降りると、パックは羽を激しくはばたかせて彼の前に浮かび上がる。
「ここはまずい! 引き返すぞ」
「はぁ?」
「シャレにならない、やばい気配だ……」
パックは胸を押さえ、苦悶のように息を吐いた。
胸奥では、まだ火柱が立ち上り続けるかのような衝撃が止まない。
……桁外れだ。これまでのどんな化け物よりも──
*
パックの突然の呼びかけに、イシドロは燃え上がる闘志に冷水を浴びせられた気分になった。
ここで引いたら、先の威勢のいい啖呵がただの虚勢で終わる。
こいつ、悪ふざけだけじゃ飽き足らず、ついに俺様の見せ場までも邪魔しようってのか──?
「おい、パック。お前、いきなり出てきて何を言うかと思や……」
「本当だよ! 凄まじい気配を感じるんだ! 地獄の大王みたいな、とんでもない怪物がこの先にいるって!」
身振り手振りで訴えるパックの必死さに、イシドロは鼻で笑って受け流す。
「怪物ぅ? ハッ、どーせこいつらのボス猿じゃねーのか? 手下がこのザマなら親玉だって大したことねーって」
トロールの洞窟で奴らのボスを倒したのは、紛れもなく自分だ。
低空滑走からの二刀流──あの技は今や完全に自分の形。
間違いなく、あの勝利は確実に少年をひと回り大きくさせていた。
「それにみろよコイツを。なんでか分かんねーけど、いつもよりもギンギンに燃え上ってるぜ! きっと早く暴れたくてウズウズしてんだ。火の主としてもここは期待に応えてやんねーと」
イシドロは左手のサラマンデルの短剣をかざした。
見ると確かに火の元素霊たちがいつも以上に激しく踊り、刃を覆う光も濃密に揺らめいている。
パックはハッとするように短剣を見据えた。
「もしかして……それって」
サラマンデルたちの荒ぶり。
それは、まるで同じ属性の“何か”と共鳴しているような動きだった。
「ドロピー、それ………ただの火の精の高ぶりじゃないぞ」
「えっ?」
「呼応してるんだ。あの力に──」
「あの力?」
パックは見たもの、感じたものを余すことなく少年へ叩きつける。
これは、いつものパックではなく、ひとりの“エルフ”からの忠告だった。
──────
「……べ、別にお前を信用しないわけじゃねーけどよ、そりゃあ流石に……」
「信じられないのも無理ないさ。オレだってあんなの初めて見た。あれは……まるで“炎の悪鬼”だ。とても人の手に負えるものじゃない」
「で、でももしそんなモンが暴れてるんだったら、こんな町なんてもうとっくに火の海だろ? それに、シールケの奴だって気づかねーはずが……」
そんなイシドロの狼狽を前に、パックはなんとか冷静を装っていた。
だが、その小さな身体の震えは、まだ完全には収まっていない。
「多分……制御してるんだと思う」
「制御……?」
「うん、きっと意図的に力を抑えてるんだ。もし、あの怪物の力が本格的に目覚めたら、それこそお前の言う通り……」
「い、一体どんなバケモンなんだよそいつぁ………!」
「分からない……正体までは見えなかった。でも……」
ヘソ曲がりの少年も、ようやく気づきかけてきた。
今のパックの言葉には、いつもの軽口がひとかけらもない。
それは、漠然とした“不安”ではなく、“具体的な脅威”そのもの。
普段から共にいるイシドロには、その違いがはっきりと感じ取れた。
「……で、この先にいるってのか? ソイツが……」
「多分だけどこの先、町の中心部からだ」
「でもよパック、こっちにはあのガッツがいるんだぜ? 相手がどんな化け物だろうが、こっちにはそれ以上の化け物が───」
パックがイシドロの言葉を断ち切るように、首を横に振る。
「ちがうんだドロ。あれは、“敵”とか“化け物”とか、そういう類じゃない」
「………?」
「近づいたら、戦う前に焼けてなくなる。お前が持ってるその短剣とは根っこから性質が違う力なんだ」
「………」
その正体が善か悪か──それはもはや問題ではなかった。
紛れもなく“普通の人間が踏み込んではならない領域”であることを、目の前のエルフは教えてくれているのだ。
「うおっ、熱!」
とっさに左手の短剣を見る。
サラマンデルたちの蠢きは、先ほどより明らかに激しさを増していた。
(こいつら……マジで呼応してるってのか!?)
先程のパックの言葉が脳裏を過ぎる。
いつもとは明確に違うその高ぶりは、もはや少年の前進を後押しするものでは無くなっていた。
ゴクッ──。
自分でも意識しないうちに、喉の奥で唾を飲み込む音が鳴る。
一方、
前方を見やると、ガッツたちがすでに穹窿の
「あ、おい! あいつら先に行きやがった……!」
ぐずぐずしている間において行かれた。
どんな状況だろうと“戦力外”とみられるのだけは、もうゴメンだ。
「と、とにかく……おりゃ行く! 先に行くぜ!」
「えっ!?」
「お、お前の言いてえことはわかった。でも、俺にゃ俺の事情があんのよ」
イシドロの視線の先には、ガッツの黒い背中。
あの向かうところ敵なしの背に少しでも追いつくために、ここまで剣を振り続けてきた。
曲がりなりにも技術を身につけたし、修羅場もくぐってきた。
パックの言う通り、相手は確かにとんでもなく強大なのかもしれない。
だが、ここまでやってきて、今更あの背中を追う足を止めるわけにはいかない。
なにより──どんな状況だろうと、
あのイーノック村で覚えた苦い屈辱だけは、もう二度と味わいたくない。
「イシドロ……」
パックの声には、いつもの覇気がなかった。
パックには見えているのだ──少年の身体が猛炎の波に包まれ、一瞬で灰燼に帰す未来が。
イシドロは、胸の奥から絞り出すように叫んだ。
「進むしかねえ!」
徐々に遠くなるガッツの背中。
武器を握る両腕に再び力が籠もる。
「こんなとこでじっとしてられるかよ! 俺は……」
喉はわずかに震えている。
だが、その気迫は屈辱を踏みしめ、前に進む者のそれだった。
「俺は……行──」
踏み出そうとする一歩。
──が、
……身体が動かない。
まるで金縛りにあったかのように。
前へ進もうとする意思ははっきりしているのに、コイツが言うことを聞かない。
何度も自分を救ってくれた、信頼する“相棒”が、地面に根を張ったように動かない。
(どうしたんだよ……踏み出せよ……はやく!)
理性は指し示すも、身体はそれに逆らい、まるで魂の鎖に縛られたかのように動きを拒む。
「ちくしょう……動けねえ! どうしちまったんだよ、おれの身体!」
その間にも、ガッツたちの姿は容赦なく遠のいていく。
イシドロはなおも必死に手を延ばすが──もう、その背中は見えなくなっていた。
「クソォォォ!」
──それは魔法でも妖精の悪戯でもない。
少年の胸奥から溢れ出した、偽りなき恐怖心が、自らの脚を縛り付けていたのだ。