FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
城門を越えた先──
居住区の家々が肩を寄せる緩やかな坂道が続いていた。
豊かな丘陵の斜面に築かれたこの町には、風下からやわらかな熱を帯びた風が吹き抜ける。
そのぬくもりは、戦のただ中にあるとは思えぬほど、どこか祝福めいた気配を帯びていた。
坂を駆け上がる背にその追い風を感じながら、風の剣士はふと胸中で呟く。
(あの夜の湿った潮風よりも、よほど心地がいいですね)
いつぞやの月夜の海辺──あの時は満月だった。
だが、いま握るシルフェの剣は、あの満月の夜に匹敵するほど鋭利な“澄み”を増していた。
セルピコはその切れ味の冴えに、言いようのない高揚を覚える。
一方、
町の外れでは絶えず悲鳴が上がっていた。
賊が固く閉ざされた家の扉を刃でこじ開けようと荒々しく叩き壊し、建物の奥からは女たちの叫び声が散発する。
ガッツ一行は、すでに居住区の中核まで踏み込んでいた。
眼前の賊を片っ端から斬り伏せ、住民を守りながら中心部へと進んで行く。
中心付近の広場まで引き寄せることができれば、戦いは一気に片がつく。
散った連中の掃討にも移りやすい──それが目論見だった。
「幸い、家屋への侵入は防げているようですね」
セルピコは剣を腰に収め、背を合わせるようにガッツと位置を並べた。
「先の道のりの手掛かりなんだ。死なれちゃ困る」
ガッツはつっけんどんに返すや、風下から迫る二体の賊を巨剣の一薙ぎでまとめて屠る。
だが、敵影は途切れない。
木扉を蹴破り、石壁を軋ませながら突入を試みるその賊どもは、
すでに“人の形”を辛うじて保つだけの何かへと変じていた。
鳩小屋も厩舎も穀物庫さえ荒らし尽くし、暴虐の痕跡を撒き散らす。
彼らを動かしているのは、もはや肉と血と殺意だけ──。
これ以上、人も動物も犠牲にはできない。
シールケは即断した。
≪皆さん、少しの間だけ耐えてください! 四方の守護天使の力を借ります!≫
頭の奥に響く念話が、一行全員の胸中へ鋭く届く。
「……! シールケさん、まさかアレを?」
「本格的になってきやがったな」
「イバレラ!」
「オッケー! 指定の場所に札を貼ってくる!」
本来なら教会のような聖域で行うのが最も適している術式だ。
だが、いまこの町にそのような場所は見当たらない。
精確な方位を読み取り、街路や家並そのものを“陣”として組み上げる必要があった。
(結界……四方の陣……!)
ファルネーゼの脳裡に、イーノック村で見たあの光景がよみがえる。
幽界の魔を遮断した壮大な奇跡──
あれこそ、自分が魔術に惹かれ、道を踏み出す契機となった原点。
だが今、少女が行おうとしている術は、あの結界をも遥かに凌ぐ規模のものだ。
(お師匠様……まさか……この町全体に……!?)
その偉業を目にできる──
胸の奥から昂りが込み上げ、ファルネーゼは自らの使命すら忘れるほど心を奪われていた。
胸の前で両手を合わせ、力を込めて見守る。
背後では、キャスカが赤子のような瞳でただじっと彼女の視線の先を追っていた。
ここから何か大きなことが始まる──そんな予感を胸に抱きながら。
*
「おい、キャスカの守りは任せたぜ」
「は、はい……!」
胸の鼓動に囚われていた意識が、ガッツの短く鋭い声で一気に現へ引き戻される。
ファルネーゼは慌ててキャスカの手を握り直し、深く息をついた。
直後、前方で再び巨剣が唸りを上げる。
剣圧が地を震わせ、鉄の匂いと血飛沫が空へ散った。
「………」
いつにも増して苛烈な戦闘の気配に、
ファルネーゼは身を固くしながらその背を見つめるしかなかった。
「助けて! 上からもきてる!」
突如、建物の方から張り裂けるような悲鳴。
振り返れば、四人の賊が屋根からの侵入を試み、
塔や軒下のわずかな突起を器用に伝っていた。
「チッ……狡い真似しやがる。完全に人間やめてやがるな」
いかにガッツの巨剣でも、屋根上の敵までは届かない。
かといって軒を叩き落とせば、中の住民を巻き込む危険がある。
──空へ跳ぶしかない。
「風よ……」
セルピコは短く息を整え、フードに集まる風の気を感じた。
シルフェの力が布地をわずかに持ち上げた瞬間、彼は地を蹴り、一気に高所へ飛翔する。
風音とともに、空中を裂く一太刀。
屋根にいた数体は、斬られたことさえ悟らぬまま落下し、鈍い音を立てて地に転がった。
「ふぅ…」
静かに着地を決めると、セルピコは詠唱に集中する少女へ振り返り、声を放つ。
「シールケさんの護衛は私がやります。 あなたはこのまま突破を!」
「ああ……任せた!」
転がる骸を踏み越え、シールケは杖を掲げ、固い地を打つ。
カン──。
乾いた音が、周囲のざわめきを断ち切るように響いた。
少女の唇が開かれ、呪文が現世とは異なる律で紡がれ始める。
『虚空より、陸・海・空・火の、透明なる四人の王よ……』
声が漏れるたび、空気が震え、地脈のようなものが微かに鼓動した。
『幸いなれ、東の王──
その御霊は山より立ち昇る微風にして……』
『幸いなれ、西の王──
その御名は波の底にて戯るる水の精をも震わさん……』
『幸いなれ、南の王──
永遠の火より輝かしきは汝の威厳……』
『幸いなれ、北の王──
この大地のすべての生けるもの、汝の支配を喜びたるが故……』
少女の精神はすでにこの世の深層から遠く離れ、
幽世の守護へと沈み込んでいた。
杖が振り下ろされると同時に、結びの呪文が発せられる。
「──レ ・ オラーム!」
轟──。
天蓋が裂かれたかのような衝撃。
淡青と翠の光が空を走り、漆黒の夜へ虹の帯を描き出す。
オーロラのごとき光幕が四方から町を包み込み、
邪の群れに触れた瞬間、その肉体は蒸気となって弾けていった。
──いつ見ても現実離れしてやがる。
大いなる自然の力を借りた魔術。
自分の磨いてきた剣技すら子供の戯れと錯覚させるほどの規模。
ガッツは肩越しに剣を下ろし、しばしその光景を見上げた。
その虹色の天は、
町の別区画で戦うクライヴ、トルガル、ジルの視界にも流れ込む。
天上から落ちてきたような光──
その神聖とも灼熱ともつかぬ輝きに、三人は一瞬、敵も忘れて立ち尽くした。