FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
天からは破邪の光が闇を蹴散らし、地からは極寒の輝きがその狂を包み込む。
少年を背にかばい、ジルは片手をそっと後ろへ伸ばした。
指先が触れる距離で、微かに震える気配を確かめると、静かに息を整える。
「いい? そこから動かないで。光のある場所にいれば、少しでも安全だから」
怯える少年を光の帯が強く差し込む位置に誘導すると、
ジルは追いすがる最後の一体へと視線を移した。
刃先がわずかに下をなぞった瞬間、石畳の上を薄く澄んだ氷が音もなく走る。
ジルはその上を、まるで風に押し出されるように滑り出した。
──これで終わらせる
宙に白い残光が走り、瞬間冷気が辺りを吹き荒れる。
ジルは光に遮られた賊に向け、空間ごと砕けさせるほどの鋭い一突きを放つ。
それは寸分のたがいもなく、命の芯を正確に捉えていた。
抵抗する間もなく、心の臓を貫かれた醜い賊徒は悶絶───黒水のような血反吐を吐き散らす。
だがまだ倒れない。
いまにも崩れそうな膝を震わせながら、冷たい息を吐き、
なおも生き延びようと必死にその剣先を掴み締める。
その、恐るべき執念──
外法に身を委ね、欲望に呑まれ、自我を失いながらも、
それでもなお、本能のままに生へと縋りつこうとする姿。
ジルは、深い哀れみを禁じ得なかった。
──そう、生きたいのね。あなたも…………そんな姿に堕ちてまで
その姿に、古巣で幾度も見たあの“成れの果て”の像が重なる。
理性を失い、ただ剥き出しの本能のままに獲物を貪り喰らう亡者たち。
そしてあまつさえ、誇りも尊厳も脱ぎ捨て、自らその渦に身を投げ出さんとする愚昧なる者ども。
自我を捨て、思念を断ち切り、魂を捨てた
温かな鼓動と熱き血潮を求め、あてもなく彷徨い続ける存在。
──あの“創造主”なる者は、
こんな姿すら“救い”だと、“穢れからの解放”だと、そう言うのだろうか。
私は──いえ、私たちは知っている。
自我を持ち、思念を重ね、限りある生を自らの意思で紡ぐこと。
それは穢れなんかじゃない。
それがあるからこそ、人は──
「……人で在り続けられる」
目の前の賊徒は苦しそうな声を上げ、目は確実に許しを乞うていた。
血に染まる剣をぎゅっと握るその手は、曲りなりにも“生”への執着の証。
いま胸に刺さっている剣こそが、己の命そのものなのだ。
──だが、
氷の刃は容赦なくその生命を奪い去る。
ジルは一歩踏み込み、その枯れ木のような細い身体に剣先を鋭く突き上げた。
「ギギィアァ―ッ!」
苦悶の声。
冷えた液体を滲ませながら白眼を剥き、その握られた刀身からゆっくりと力が抜け落ちていく。
「もし彼岸があるならば、償いなさい。 決して許されることのないその罪を」
残り香のような冷気が辺りに漂うなか、
ジルは素早く剣を引き、相手の膝が崩れ落ちるのを見守った。
“生”を諦めた者に、“生”は決して温もりを与えたりはしない。
賊の手を離れた細剣は、以前にも増して眩く、凍てつく輝きを放っていた。
*
氷片が静かに舞い降り、
冷たき刃はゆっくりと本来の輝きを取り戻す。
──終わった
ジルは静かに視線を巡らせた。
地に伏した群れは、なお冷気を吐きながら、完全に動きを失っている。
(こっちはなんとかなったわ。クライヴ)
あのとき、二手に分かれたのは英断だった。
まだ、遠くに微かな気配を感じるが、少なくとも、この一帯の命は繋ぎ止めることができたはず。
(そして、あの子も──)
ジルはレイピアを収めると、そのまま振り返り、少年のもとへ歩み寄る。
そして、その小さな手を──もう一度そっと握った。
「………」
少年は呆然としていた。
地を滑るような身のこなし。
一瞬で命を穿つ鋭い剣。
そして、粉雪のように舞う氷晶。
だが何より──
この女性の手は、あれほど冷気を纏っていたにもかかわらず、驚くほど温かかった。
超常的な異能を有しながらも、
決して、人であることを捨てないという強い意志と共に。
その温もりに触れた瞬間、少年の胸にようやく安堵が灯る。
そのとき──
「皆さん! 見ているのはわかっているわ」
凛と響く声が街路へ広がる。
それは先ほどまでの、怪物へ向けた冷酷な声ではない。
生きる者を導く、強く、気高い声だった。
「今なら出てきても大丈夫。誰でもいいの。私は先を急ぐから、どなたかこの子を!」
戸口や窓の奥で、人影が揺れる。
ジルは確信していた。
確かに、あのときの住民の瞳は澱み、潤いのない乾いた視線をしていた。
しかし、彼らは己を捨て去った化け物とは違う。
少なくとも、この言葉はきっと届く。
だが──もしそうでないならば。
ジルは視線を落とし、倒れ伏した者たちを一瞥する。
(そのときは、この子だけでもこの町から──)
そんな思考を断ち切るように、足音が聞こえてきた。
「……!」
ひとつではない。
屋根の上から、建物の奥から、無数の気配が連なる。
「……どうやら、通じたみたいね」
恐る恐る、住民たちが姿を現す。
入り口付近で感じた印象とはまるで違う。
今、その瞳には確かに人の光が戻っていた。
「お、おい」
「ああ……」
ざわめきが、ゆっくりと広がる。
中から、皺だらけの豊満な老婆が涙を流しながら、真っ先に駆け寄ってきた。
「坊や!」
それが、先ほど上階から見下ろしていた少年の祖母であることはすぐにわかった。
ジルはそっと手を離し、少年の背を優しく押す。
「……ほら、行きなさい」
老婆は泣き崩れるように少年を抱き締めていた。
他の住民はまだ実感がわかないのか、恐怖が拭えないのか、ただただ光り輝く空を眺めながら口々に祈りを囀るだけ。
「ど、どうなったんだ?」
「見ろ、奴らが……助かったんだ! ……神のご加護だ、きっと」
「全く冗談じゃないわ! これでやっと外に出られるのね?」
神に祈る者。
混乱して怒鳴る者。
無感情に呆然とする者。
ようやく解放された安心感からか、心の声を余すことなく吐露していく。
だれも、この場を解放してくれたジルに感謝の言葉一つ述べようとしなかった。
それでも──
彼女はただ、抱きしめられる少年の姿を見つめ、静かに微笑んだ。
「……ひとまず、安心ね」
自分の選択で、この命を守れた。
今は──ただそれだけでよかった。
そして彼女は、四色に輝く空を見上げる。
「誰の導きかは分からないけれど、この空の光に感謝しないと」
静かに祈りを胸に灯し、踵を返そうとしたそのとき──
「うわあぁぁぁっ!」
ざわめきのなか、突如立ち上がる幼い叫び声。
「坊や!? どこへ行くんだい!」
弾かれたように振り返る。
少年が祖母の手を振り切り、街路の向こうへ駆け出していた。
「──!」
荒い呼吸のまま、ただ前へ。
何かに引き寄せられるように。
「お、おい、なんだ?」
「ちょっと、どうしたのあの子」
「待って! どこに行くの?」
その小さな背が向かう先── それは、クライヴたちが戦っている広場。
「だめよ! 危ないわ、その先は……!」
ジルは人波を掻き分けようとする。
だが、溢れ出した町人たちが道を塞ぎ、それ以上進めない。
「……ッ」
止めようと思えば止めれただろう。
だが、どこかでジルも気づいていた。
少年は心の奥底で探していたのだ。
無事でいてほしいと願い続けた、たった一人の家族を。
かろうじて生き延び、歓喜の声を掛け合っている同じ町人の姿を見つめながらも──
その瞳はどこか遠くを見つめていた。
「おぉ、神よ……」
隣で、祖母の縋るような嗚咽が崩れる。
希望と絶望の狭間で。
小さな背中が、震えながら遠ざかっていった。