FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
瓦礫の崩れた町の入口。
煙と血臭が入り混じった風が、冷たく鼻を刺す。
戦いの轟音も悲鳴も──今は遠く。
見上げれば、天を染める四色の光が静かに揺らめいていた。
ひとり片隅で見上げるこの光景は、否応なくあの時の無力感を思い出させる。
(……これじゃあ、あの頃と同じじゃねぇか)
イシドロは立ち尽くしていた。
返り血ひとつないサラマンデルの短剣を、ただ見下ろしたまま。
胸に広がるのは空虚と無力、そして置いていかれた屈辱。
(トロールも、あのワニの化け物も……そこそこやれてたはずだろ)
いつの間にか、自分は“戦える側”だと思っていた。
どんな怪物にも斬りかかった。
命がけの修羅場をくぐり抜け、仲間にも認められつつあった。
ガッツの背中に、少しは近づけていると思っていた。
けれど──
(何も…………できなかった)
短剣の周りでは、火の元素霊サラマンデルが苛立つように揺らめいている。
まるで、何のために自分たちを使役しているのかと主を咎めるかのように。
イシドロは反発するように短剣へ怒鳴った。
「チッ……わかってんよ! さっきは様子見だ!
これからドカンと突っ込んで、お前らにも──」
だが、
(くっ……!)
脚が動かない。
歯を食いしばり、拳を握っても、震えが止まらない。
(クソッ……コイツさえ……動きゃあ……!)
悪態をついても、足は地面に縫い付けられたように動かない。
胸の鼓動だけが異様に速く、耳の奥で鳴り響く。
(なんで……なんで動けねぇんだよ……! ほんのちょっと臆しただけだ。大体まだ”ソイツ”を見てもいねぇじゃねえか!)
掌は汗でじっとりと湿り、短剣の柄が滑る。
赤い光を反射して揺れる刃先が、今の自分の心そのものみたいに震えた。
こんな感覚は、生まれて初めてだった。
勇気と臆病。
焦燥と恐怖。
その全てが、胸の奥で激しくぶつかり合う。
まるで、何かが──“自分を死地に向かわせまい”としているようだった。
「ざけんな! ビビってなんか、いねぇ! 見てろよ……俺だって……!」
唇を噛み、足に力を込める。
だが力めば力むほど、刃先はかえって震えた。
砕けた瓦礫の影の中で、その震えはやけに目立つ。
光を拒み、世界から置き去りにされる影のように。
少年はまだ、本当の意味で──
“剣を握る重さ”を知らない。
その現実だけが、冷たく胸を刺した。
*
シャク、シャク──シャク。
座り込んだイシドロの隣で、果物をかじる軽い音が途切れなく続いていた。
足元には食べ散らかした芯が何個も転がっている。
「お、お前……この状況でよくそんなに食えるな……」
前へ進む勇気を失い、ただそこで固まってしまったイシドロの横で、
パックは近くの木から失敬してきたリンゴを、相変わらず無心で頬張っていた。
「食う?」
「いらねぇ」
「……」
ふてくされたように視線だけを向けてくるイシドロを一瞥すると、
パックは気にする素振りもなく、もうひとつのリンゴにかじりついた。
「腹、減ってたんじゃないの?」
「……いいよ、べつに」
イシドロは両手を後ろにつきながら、ガッツたちが進んでいった先の通りを
半ば放心した目で見つめていた。
さっきまでの勢いは跡形もない。
「………」
自分の無力さに打ちのめされて立ち尽くす。
やり場のない怒りの矛先はすべて自分に。
……まあ、種族は違えど、そういう“人間の気持ち”は嫌というほど見てきた。
これまでも何度、こいつの悔しさに寄り添ってきたことか。
でも──今回はそれでいいんだと思う。
さっきまで感じていた“燃え盛るような力の奔流”
ただでさえ常人の域を超えた強者が、まるで何か巨大なものの力を借りてこの世に顕現した。
使徒たちのあの禍々しい変身とは全く違う。いや、むしろ逆だ。
自然の摂理を超えてるんだけど、どこか神秘的で……そう、世界の根っこそのものに触れたような、そんな底知れない“何か”。
イシドロが足をすくませるのも無理はない。
不本意で、情けなくて、悔しくて──その全部が混ざっているのもわかる。
でもそれでいい。
きっと──無理に立ち向かうことだけが……剣士の道じゃない。
最後のリンゴに手を伸ばしかけた瞬間、
隣にいたイシドロが唐突に立ち上がった。
「どした?」
「やっぱ……いくわ」
先ほどまでとは違う顔つき。
しかし立ち上がった直後も、震える足が完全には治まっていないことをパックは見逃さなかった。
「いいじゃん、ここでガッツたちが戻ってくるの待ってれば?」
パックの軽口に、イシドロは小さく、しかしはっきりと反論した。
「別に、ここの敵が怖いわけじゃねぇよ。残党くらい、どうにかなんだろ。
それに──」
言葉を区切る。
「それに、なんとかっていう港町に行くためにも……ガッツとキャスカねーちゃんのためにも、ここの人間に死んでもらっちゃあ困るしな」
「………………」
パックは呆気にとられ、その意外な決意に目を疑った。
震える脚を抱えつつも前へ進もうとするその姿は、無謀さなのか勇気なのか、
それとも言葉にしがたい何かなのか。
エルフとは異なる、人間特有の覚悟と行動原理を覗かせていた。
パックは目を覆って肩を震わせる。
「……今度はなんだぁ?」
「わが弟子、ここまで成長したか……師としては感無量じゃよ……」
「誰が弟子だ! 勝手に泣くな!」
言い合いの途端、風がふっと吹いた。
血と煙の匂いをさらうような、妙に澄んだ風だ。
粉塵が舞い上がる中──
その向こうに、ふと一つの“気配”が姿をのぞかせた。