FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
極度の緊張と焦燥が場を支配していた。
暗黒の体色に浮かぶ、白く凍てついた眼差しが真っ直ぐこちらを見下ろしている。
その目は、まさに研ぎ澄まされた殺意そのもの。
囲まれていた町人たちは互いに身を寄せ合い、震える息を殺しきれずにいる。
危機を悟ったセルピコは冷たい息をひとつ吐き、鋭く声を張り上げた。
「皆さん、早くどこかに避難を!」
見上げる先には──バルコニーに佇む、三体の影のような存在。
それは、これまでの賊とは明らかに異なる“黒き輪郭の怪異”。
膨れ上がった筋肉と歪んだ骨の突起。
皮膚の下では黒いオドが脈動し、肉を内側から泡立たせるように膨張させている。
その存在だけで、空気が重く沈む。
──何者なのか。
考えるより早く、イバレラの甲高い声がはじける。
「くるわよ!」
頭上の三体のうち、左右の二体が豪快に降りてきた。
地面を踏みしめるその一歩ごとに空気が震え、耳の奥が痛むほどの圧が走る。
魔術で気を逸らせるような相手ではない。
それを肌で悟るだけの修羅場を、一行はすでにくぐってきていた。
「皆さん、あの建物へ! 急いで!」
シールケが指し示したのは左手にある、比較的小さな戸建て。
とっさの判断。そこには、微かに守護精霊たちの気配が流れていた。
一行と町人たちは、導かれるように駆け出す。
だが、その中で──ただ一人、立ち止まった者がいた。
「セルピコ!!」
ファルネーゼの叫びが反響する。
「ファルネーゼ様。私がここで奴らを食い止めます。キャスカさんを連れて、お早く!」
「そんな……あなた一人では──!」
「何してるのよ! 早く来なさい! 殺されるわよ!」
イバレラの焦りの混じる声が響く。
それでも、ファルネーゼの足は動かなかった。
セルピコは振り返り、穏やかに笑った。
その笑みは、長い旅の中で何度も見た“安心させるための笑み”。
──けれど、今は違う。
その瞳の奥に宿る光は、まるで“この先に帰り道がない”ことを悟った者のようだった。
「……ッ」
唇を噛み、震える足を無理に動かす。
それが従者の決意を無にしない唯一の道だと知りながらも、胸の奥が裂かれるように痛んだ。
たどり着いた建物の中で、キャスカがその手をぎゅっと握る。
「あーぅ………」
掠れた声とともに、温かな掌が伝わる。
ファルネーゼは、キャスカの無垢な手に包まれながら、
自分の胸の奥に灯る“温かい痛み”を感じた。
従者を置いてきた罪、恐怖、そして守られることの哀しみと安らぎ。
言葉にならないそのすべてが、涙と共に頬を伝い落ちた。
その頃、シールケは静かに両手を組み、念話を放つ。
≪ここなら精霊の流れが強い……加護を増幅できます。セルピコさん、詠唱を終えるまで、どうか耐えてください!≫
──外では、風が舞っていた。
セルピコの細剣が円を描くたび、風の斬撃が宙を裂き、敵の攻撃を紙一重で受け流す。
一瞬、鈍い閃光が走り、一体の腕が飛んだ。
だが、もう一体が咆哮を上げ、地面を踏み砕きながら迫る。
大地が鳴動し、建物の壁が粉塵をあげて崩れた。
「お師匠様っ! セルピコが──!」
その焦りの声を、イバレラが制した。
「シーッ……静かに」
見ると、シールケは目を閉じ、深く集中していた。
息をひとつも乱さず、幽世の奥底に意識を沈めている。
空気が揺れ、髪が微かに浮き上がる。
周囲の空間が、音を失った。
──精霊たちの声が、確かに集まってくる。
世界の理に根差した調和が、再び少女の小さな身体を中心に脈打ち始めた。
*
人の形を模したような二体の黒影が、巨躯に似合わぬ俊敏さでセルピコに襲いかかる。
握られた大剣はまるで大気を断ち割るかのように重く鋭く、唸りを上げながら地面をえぐった。
しかし、彼らの猛攻を前にしても、セルピコの身は一筋の風のように軽い。
刃の軌跡を読み、ひらり、ひらりと舞うように身をかわす。
(思ったほどではないな)
大鷲の羽で編まれた剣には、風の精霊・シルフェの加護が宿る。
それは彼の外套にまで及び、彼の身体を風の流れそのものへと変える。
ひとたび風に乗れば、鋼の猛撃も届かぬ。
黒き一体が豪快な横薙ぎを放つ。
セルピコはふわりと身を翻し、風を裂くような放物線を描いて広場の中央へと舞い降りた。
──だが、その瞬間。
頭上から二振りの巨刃が同時に振り下ろされた。
「セルピコ!!」
避難先の建物から、ファルネーゼの悲鳴が響く。
声は切迫し、恐怖と焦燥が交錯していた。
イバレラが肩をすくめて舌打ちする。
「あいつら、着地の瞬間を狙ってたのよ! 見た目よりずっと狡猾ね」
だが、セルピコの瞳は一片の動揺もない。
(そうくると思っていました──)
大地を裂く轟音とともに粉塵が吹き上がり、瓦礫と破片が空を覆った。
広場全体が揺れ、視界は砂煙に閉ざされる。
「……セル──!」
ファルネーゼの悲痛な叫びが空気を震わせた。
胸の奥で、従者の笑顔が儚く砕け散る。
──しかし、
「ちょっと、よく見なさいよ」
イバレラの冷静な声が、絶望の縁からファルネーゼを引き戻した。
目を凝らすと、二振りの刃が突き立った地面の先──
そこに、セルピコの姿はなかった。
(い、いない……?)
セルピコは風を読むように敵の呼吸を見切り、わずかな刃の揺らぎを合図に身体を傾けていた。
着地と同時に重心を踵に移し、風の流れに身を預けるように──後方へ回避。
その姿は、まるで風が人の形をとったかのようだった。
イバレラが鼻で笑う。
「ね、もうちょっと自分の従者を信じなさいな」
「……は、はい……」
ファルネーゼは胸を押さえながら、安堵と驚愕の入り混じった息をこぼした。
今のセルピコの動きには、剣士というより“風の術師”のような、静かな優雅さがあった。
(この距離なら、彼らの剣は届かない。ですが、私のシルフェの剣なら──)
振り下ろしの勢いで体勢を崩した二体の異形が振り返る。
次の瞬間、回り込まれた背後から音もなく風が唸りを上げた。
斬──
風刃が閃く。
淡い風の光が通り抜け、二つの首が飛ぶ。
血煙は風と共に散り、頭を失った黒き肉塊は、
音もなくその場に崩れ落ちた。
風。
祝福の風がセルピコの頭上を強く吹き抜ける。
──いい風が吹いてきましたね。
刀身の羽が逆立つ。
外套が、今にも剣士を空へ押し上げんばかりの勢いで激しく靡く。
思わず自尊心さえ飛ばされそうになるほどの、完全な調和。
思えば、この時に──
気がつくべきだったのかもしれない。