FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
二体の巨影を
シールケたちの後ろから、恐怖と安堵が入り混じった町人の声が漏れる。
「す、すごい……あの化け物を……!」
「ママ…見た…!?あのお兄ちゃんお空を飛んでた」
「やるじゃねぇか、てるてる坊主の兄ちゃん!」
(………てるてる坊主、ですか)
セルピコはわずかに口元を緩めた。
戦場の只中にありながら、ふと人間らしい息遣いを感じた一瞬だった。
イバレラが得意げに胸を張る。
「ふっふーん! どうよ、恐れ入ったでしょ。ま、半分は我が家の用意した呪物のおかげだけどね!」
──だが、戦いが終わったわけではない。
周囲が束の間の称賛に湧くなか、ファルネーゼの顔からは笑みが消えていた。
彼女の視線の先──左方のバルコニーにまだもう一体、敵が残っていた。
「三体のうち二体撃破……残りはあいつだけね!」
イバレラが既に得意満面になっているが、ファルネーゼの顔には一抹の不安がよぎる。
「…………」
セルピコは深く息を吸い、再び剣を構え、前方のバルコニーに佇む最後の一体を見据える。
その目は鋭く、しかしどこか静謐で、風の流れのように澄んでいた。
目の前にいる第三の黒影。
その姿は明らかに異質だった。
腕らしきものはなく、奇妙なほどに長い二本の脚。
その輪郭は細く、空気の中で揺らめき、まるで“闇そのもの”が漂っているかのようだ。
そして──頭部と思しき箇所に白く光る二つの眼。
刃のように冷たい光が、セルピコを真っ直ぐ貫いていた。
「形なき影」──それこそが、この異形の呼び名にふさわしい。
(先ほどの二体とは違う……気配が重い)
四色の光が降り注ぐ広場の中央で、その黒い姿だけが異質だった。
明るい世界に、ぽっかりと穴を開けるような深い闇。
「申し訳ありませんが……この町で、なすべきことがあるのです。
どうか──早めに終わらせていただきます」
セルピコは片足を前に出し、腕を下ろすように剣を構えた。
「セルピコ……」
「なーに、余裕よ! フニャフニャしてるし、さっきのよりずっと弱そうじゃない!」
イバレラの軽口をよそに、ファルネーゼの目は微かに震えていた。
──その影の“揺らぎ”が、彼女の記憶を刺したのだ。
(………あの揺らぎ……どこかで……)
聖鉄鎖騎士団の時代。
彼女が信仰の名のもとに、数え切れぬ“異端者”を焼き払っていた頃の記憶。
夜空を焦がす火柱の中、揺らめく黒い影──。
燃え盛る炎が照らし出す無数の人影と、肉の焦げる匂い。
群衆の罵声、悲鳴、祈り、嘲笑。
──それらすべてが、ひとつの“闇”として心に刻まれていた。
「……あ、あぁ…!」
震える声にイバレラが眉をひそめる。
「ちょっとあんた、どうしたの? 顔色真っ青よ」
広場の中央では、風が静かに鳴っていた。
その音の向こうから、影の殺気がゆっくりと立ち上がる。
(……今度のは、別格か)
そして、静かに剣を掲げ、宿る力に再び祈りを込める。
(頼みますよ……精霊さんたち)
セルピコはほんの一瞬、視線をファルネーゼの方へ向けた。
避難先の軒下に、青ざめた主人の顔が見える。
風が頬を撫で、彼の決意を確かめるように吹き抜けた。
(ファルネーゼ様……大丈夫です。すぐに終わらせますから
──どうか、そこで)
そう心で呟き、再び視線を「形なき影」へ戻す。
風が止まり、世界が一瞬だけ静止した。
──嵐の前の静けさだった。
*
揺らめく影の異形を避難所の陰から見つめるファルネーゼの視線は、
ただその“存在”に囚われていた。
それは人の形をしていながら、人ならざる何か。
野盗の成れの果てか、あるいは幽世の深淵から溢れ出た魔の化身か──。
突如現れた得体の知れぬ存在に、一行の背筋を冷たいものが走った。
黒影は剣を構えたセルピコを前にしても、ただゆらゆらと揺れている。
その不自然な動きには、意志のようなものがあった。
まるで、こちらの一手を試すかのように。
「風よ…」
セルピコが一閃を繰り出そうと剣を引いた、その瞬間──。
敵の上半身が粘土のように歪み、伸び、収縮した。
そして上方から爆ぜるような速度で襲いかかる。
「──なっ!」
咄嗟に後方へ跳ね退いた。
だが、前に置かれていた靴先が音もなく真っ二つに裂け落ちる。
空気が凍りついた。
見守っていた避難民も、仲間も、息をすることさえ忘れていた。
「う、うそ……」
イバレラは言葉を失い、
ファルネーゼは両手で口を押さえたまま震えていた。
その瞳に、恐怖が映った。
──今までのどんな魔でもない。
あれは、別次元の存在だ。世界の理すら踏み破る、“何か”。
(セルピコ……逃げて!)
ファルネーゼの心の叫びは、轟く風音と衝撃に呑まれ、誰の耳にも届かない。
地に降り立った黒影は、形を変えながら触手のように伸び、四方に蠢く。
刃を思わせる突起が伸び、地を叩き、空を裂く。
一撃でも受ければ、命はない。
セルピコは培われた軽巧と風の加護を駆使して反撃するが、虚空を切り裂く刃はことごとく空を掠めた。
黒影は風を読み、嘲るように揺れる。
焦燥の中、イバレラが叫ぶ。
「シールケ、早く詠唱を終わらせて! まずいってば
だがシールケは幽世の深層におり、現世の声など届かない。
彼女の身体は静かに杖を抱えて直立したまま、微動だにしない。
焦りと恐怖が、胸を締め付けていく。
ファルネーゼの中に、ひとつの決意が芽生えた。
(……ガッツさん。ガッツさんを呼ばなきゃ……!)
今、ガッツは別行動中。
もし彼がここにいれば、セルピコと共にこの敵に立ち向かえる。
何より、あの人だけは、あの闇に抗える。
しかし──。
(私が戻るまでにセルピコが──)
その恐怖は鋭い痛みとなって胸を刺す。
それでも、ただ見ているだけの自分がもっと耐え難かった。
(今の私にできる唯一のこと……それは──)
ファルネーゼは深く息を吸い込み、温かいキャスカの手を離した。
そして町人に彼女の身体を預ける。
「この娘をお願いします!」
「え、ええ……!」
イバレラが声を張る。
「ちょっと、どーする気よ!?」
ファルネーゼはセルピコが鬼気迫る攻防を続ける姿を一瞥する。
祈りなんて今は意味をなさないのかもしれない。
それでも、胸の奥が自然と熱を帯びていく。
そして、意を決したように決然と走り出した。
「私、ガッツさんを呼んできます!」
「ちょ、ちょっと待って! ひとりで行く気!?」
返事はなかった。
ファルネーゼの瞳には、恐怖よりも強い意志が宿っていた。
──セルピコを絶対に死なせない!
彼女の足音が、静まり返った街路に響いた。