FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
とある町の小路の奥、朽ちかけた木戸の隙間から──
ぬるく淀んだ風が、ゆっくりと這い上がってくる。
いつかのベアラー救出劇を彷彿とさせる、地下の古びた酒蔵。
埃をかぶった樽と割れた瓶が並ぶ薄闇の只中に、クライヴが救い出した町民たちが身を寄せ合っていた。
ここが真に安全と言えるかどうかは定かではない。
だが、どうやら外の賊たちは、地下の存在までは感知できないらしい。
先の襲撃で家屋に押し込まれた住民が、偶然にもこの地下に逃げ延びていたことから、
クライヴはここを一時的な避難拠点と定めた。
運よく救えたのは十数人ほどだろうか。
この町にどれだけの人が暮らしていたのか、正確な数は知らない。
だが──ここにいない者たちの多くが、もう二度と戻らないことだけはわかる。
(そして、こうしている間にも、まだ──)
皮肉な話だ。
あれほど眩い光に満ちた地上のほうが危険で、こうして息苦しいほど薄暗い地の下のほうが、
まだ安全だとは。
それでも──
そんな地下に身を潜めていた貴族・平民たちは、はじめこそ恐怖と戸惑いに縮こまっていたが、
命の危機が去ったと悟るにつれ、少しずつ顔色を取り戻し始めていた。
クライヴは、その空気がほんのわずかに落ち着いたのを見計らい、一息ついて口を開く。
「……こんな時にすまないが、皆に訊きたいことがある」
低く響く声に、数人がはっと顔を上げた。
見れば、女子供と老人が大半だ。
年頃の男もいないわけではないが、重い怪我を負っていたり、
身体に不自由を抱えた者ばかり。
この中に、求める名の手がかりを持つ者が果たしているのか。
「伺いましょう」
すると、群衆の中から一人の初老の男が前に出る。
詰め物入りの短上衣に、上等なスカーフを纏った貴族風の男──
確か、先ほど屋敷から助け出した民の一人だ。
ビルと名乗るその男は、かつてヴリタニスという港町で船乗りをしていたが、
今は“法王庁大審院”とやらに雇われ、この補給所の監督を務めているという。
聞き慣れぬ地名に、異質な宗教機構の名──。
まったく別の天地の只中に立たされているという事実が、胸の奥で再び重く疼く。
──が、
(……今は考えるな)
クライヴは、その違和感をひとまず飲み込み、
探し求めている青年──オスカーの顔立ちや年格好、癖まで含め、思いつくかぎりの特徴をできるかぎり詳細に伝えた。
「──そういうわけで、俺たちはその青年を探しにここまで来た。誰でもいい、少しでも覚えがある者がいれば教えてほしい。どんな些細なことでも構わない」
薄暗い地下にざわめきが広がる。
だが、オスカーの名に頷く者は一人もいなかった。
やはり、ここにも姿を見せてはいないのか。
元々大きな期待はしていなかったものの、胸の奥底が、じわりと重く沈んでいくのを感じる。
案の定、ビルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「残念ながら、そのような者は見かけておりませんな。この時世、兵士稼業の若い者など、このあたりでは珍しくもありませんが……」
「……」
「ですが、少なくともこの町では、仰るような出で立ちなら、いればすぐに噂になるはずです」
背後からも、小さなざわめきが重なる。
「見てないわねぇ……」
「聞いたこともないな……」
「そんな青年、この町には……」
口々に首を横に振る町民たち。
中には、黙して申し訳なさそうに視線を逸らす者もいた。
命の恩人に応えられぬことへのやるせなさが、その肩の震えに滲んでいる。
「そうか……ありがとう」
クライヴは礼を尽くしたが、その瞳には微かな落胆が宿っていた。
(またか……)
何度目だろう。
この町に辿り着く前も、別の村で、別の集落で、同じように尋ねてきた。
だが、どこにもオスカーの痕跡はなかった。
まるで、この“世界”のどこにも存在しないかのように。
存在しない?
そうだ──そもそも、この世界に来ていない可能性だってあるのではないか。
自分たちだけが、あの遊色の光に呑まれて、この妙な空の下へ連れてこられた。
そんな可能性が、今さらのように頭をよぎる。
だが、あの幻惑の中で感じた気配は──
あれは紛れもなくオスカーのものだった。それだけは確かなのだ。
それが分かっている以上、ここまできて足を止めることはできない。
共に戦った同志たち、そして、今は亡きマードック夫妻の名誉のためにも。
「……」
クライヴは腰に下げたオスカーの剣を、静かに見つめ──
胸に秘めた想いを押し隠す。
ビルはその様子を横目に、男の胸中を悟ったのか、そっと視線を伏せた。
そして、ふとクライヴの腰で鈍く光る騎士剣に目を留める。
「その剣は……もしや」
この剣士の体格と強さにまるで似合わぬ、華奢で繊細な一振り。
それが失踪した青年のものであることは、説明されるまでもなく察しがついた。
「ああ。……必ず、本人に返すと決めている」
「左様ですか……」
ビルは居たたまれなさを飲み込みながらも、背筋を正してクライヴを見据え──
「力になれず、実に心苦しい……。だが、あなたは我らの命の恩人だ。今の状況ではなす術もないが、何か耳に入れば、すぐにでもあなた方へ伝えましょう」
そして、後方を振り返り、静かに促す。
「……皆も、それでよいな?」
背後で身を寄せ合う町民たちはその言葉に対し、各々で静かに頷いていた。
「……恩に着る」
クライヴの短く応じた声が、酒蔵の石壁に低く響く。
町人たちの視線を背に受け止めながら、
クライヴは振り返り、奥にある床扉の方にゆっくりと足を向けた。
(そろそろ、潮時か……次は、どこへ向かえばいいのだろうな)
金属音の重い足取りが薄暗い地下に響き渡る。
オスカーの行方の断片が、また一つ霧散した。
胸の奥に──冷たい喪失感だけが残る。