FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
ガッツの心は乱れていた。
幾度も敵とすれ違うなか、怒り、焦燥、嫌悪の感情が血潮のように渦を巻き、
胸の奥を黒く染めていく。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
冷たい汗が頬を伝い、喉の奥が焼けつくように乾いていた。
鼓動は剣戟のように鳴り響き、理性の縁を叩く。
──ドクン。
瞬間、その激情に呼応するかように、甲冑が蠢いた。
漆黒の金属が生き物のように脈動し、背の装甲が裂ける。
歯が噛み合い、甲冑全体が“呼吸”を始めた。
「……トキ……ハ……ナ……テ」
耳の奥に、あの声が囁く。
──“奴”だ。
血を求める魔獣の像が、黒い蜜のように脳髄に滴り落ちてくる。
憎悪と殺意が這い上がるたび、理性が削がれていく。
(……消えろ)
その暗闇の中で、かすかな理性の炎が燃え上がる。
(出てくるな)
隙を見せれば、奴は這い出してくる。
血の匂いを嗅がせれば、もう戻れなくなる。
(そうなりゃ……また──)
甲冑の不吉な軋みが増大していく。
そして、脳を締め付けるようなあの声が響いてくる。
「……コロ……セ」
「コロセ……スベテ……クライツクセ……ココ…ノ…スベテを」
暗い欲望の底で、狂気の塊が爪を研ぐ。
「ソシテ……ウシナエ……アノトキノヨウニ」
全身を灼けた棘が貫く。
血の気が引き、視界が赤黒く歪む。
甲冑そのものが、まるで飢えた獣のようにガッツの心を喰らおうとしていた。
──ッ!
だが、刹那──
耳をつんざく吠え声が、闇を揺らした。
「グオオオオッ!」
敵の咆哮だった。
ガッツは、皮肉にもその声をきっかけに、激情の底から理性を引きずり上げる。
「──ちっ!」
影のような黒獣の凶牙が襲いかかる。
ガッツは剣の腹を打ちつけるようにして、かろうじてそれを受け流した。
振り払われた刃の向こうで、黒獣が再び距離を取る。
「ハァッ…ハァッ……」
踏みとどまった。
だが、それもほんの一瞬の猶予にすぎない。
敵を弾いた瞬間から、また激情がせり上がる。
甲冑は容赦なく肉に喰らいつき、意識を喰い破ろうとしていた。
「うおおっ!」
ガッツは突きの構えを取り、そのまま黒獣へと躍りかかる。
研ぎ澄まされた神経が、刺突の軌跡を異様なまでに鋭く描く。
だが──。
「ギッ!」
黒獣は低く唸り、身を沈めて突きをかわすと、そのまま頭で剣ごと持ち上げた。
「……なっ!」
胴はがら空きに、
そこへ巨体の突進が叩き込まれる。
「ぐっ!」
鳩尾への痛烈な一撃。
鈍い破砕音とともにガッツは血を噴き、くの字のまま十数歩先まで吹き飛ばされた。
(なんて威力だ……力は使徒並みか……)
仰向けのまま首だけを持ち上げ、かろうじて敵から目を逸らさずにいる。
だが、その視界の上から、再び黒いものがじわじわと滴り落ちてきた。
ガッツが血を流すたび、“奴”が今か今かと解き放たれる隙を窺っていた。
「クソッ……! ひっこんでろ……!」
意識を
血泡が口から弾け、歯茎が裂ける痛みが脳を刺す。
冷汗が背を伝い、筋肉が内側から引き裂かれていく感覚に囚われる。
(……よし。感覚は……まだ、死んじゃいない)
僅かな意識をかき集め、剣を突き立てて身を起こす。
残った視界を無理やりこじ開け、正面にいる黒獣を捉えた。
だが──襲いかかってはこない。
黒獣は四つ足で立ち、ただ黙ってこちらを見ている。
暗い輪郭の奥で、毒々しい白い片目だけが浮かび上がり、狂気に沈みかけたガッツをじっと見据えていた。
「グフッ、フフ、フフフフ……」
くぐもった笑い声。
それは嘲りではない。
喜悦を漏らしているかのような──どこか歪んだ笑いだった。
甲冑の軋みとともに、嗤い声が脳の奥で反響する。
ガッツは、その音に強烈な嫌悪を覚えた。
何を嗤ってやがる。
何がそんなに可笑しい──。
頭上から流れ落ちた血が、口元へと伝う。
血の味が舌に広がり、理性の縁がきしむ。
「フーッ、フーッ、フーッ!」
荒い息を吐きながら、必死で踏みとどまる。
だが、内側からこみ上げる激情は止まらない。
シールケのいない今、この場で力を解き放てば、暴走を抑え込む術はどこにもない。
「グフフフフフッ……ハハハハハハ……!」
まだ嗤っている。
これは──呼び声だ。
自分と同じ狂獣を、自分と同じ性質の狂おしき鬼を、歓喜とともに誘い出そうとする声。
ガッツはなおも、迫りくる力の浸食に抗う。
だが今は、狂気の奔流以上に、別の感情が頭の中で渦を巻いていた。
「……ふざけろ」
次の瞬間──
甲冑の脈動が、硬直した。
鋼の継ぎ目から血が噴き出し、侵食の爪が僅かにとまる。
内部に潜む“何か”が、甲冑の意志そのものをねじ伏せたかのようだった。
「……一緒にするな」
ガッツの小さな、だが鋭い声。
黒獣の不気味な笑いがピタッと止まる。
「グルルルッ……」
狂獣の敵意に満ちた唸り声が響く。
暗い輪郭の白い片目が、再び殺意を宿し始めた。
「俺は……てめえらなんざとは違う!」
ガッツが吠える。
地に突き立てた剣を引き抜き、柄を握り返す。
そして、意識が僅かに明朗となるその刹那──
脳裏に、あのときのシールケの声がよぎった。
『思い出して。ガッツさん、いまあなたがここにいること、そして戦っている理由を』
シールケの言葉。フローラの護符。
そして、奇しくも強引に引き出された僅かな自我。
それらが一本の“楔”となり、狂気の奔流を食い止めていた。
「グアアアアアッ!」
敵が咆哮し、黒い輪郭を禍々しく震わせて突進してくる。
前より遥かに速く、殺意に満ちた突進だった。
視界の半分を黒が覆う中、ガッツはドラゴン殺しを振りかぶる。
「俺は骨の髄まで人間様だ! てめえらバケモンと一緒にするな」
突進が迫る。
あの狂暴な牙が、再び襲いかかる。
ガッツは剣を逆手に持ち替え、敵の動きに合わせて突き出した。
ガキッという鈍い音。
案の定、強靭な牙が刀身を咥え、動きを封じにかかる。
(──今だ!)
その瞬間──ガッツは剣先を血濡れた地面に突き立て、
柄を握ったまま宙返りの勢いで跳び上がる。
剣が抜けたら──この体勢では終わりだ。
だが、これがこの敵の死角に回り込める唯一の機会でもあった。
不安定な状態のなか、
ガッツは左腕の手首をひねり、義手の砲口を剥き出しにした。
──轟
大砲の炸裂音。
凄まじい反動が剣先を揺らし、地に突き立てた刃が抜けかける。
「くうっ!」
背中を撃ち抜かれた敵は、口から黒い血を吐き出し、贓物をまき散らす。
牙から剣が離れた瞬間、ガッツは重心をずらし、再びその眼前に着地。
そして、
体重を預けた梃子の勢いを乗せ、剣身をグンッと一気に振り上げる──
「おおおぉっ!」
それは鋭い斬撃音とともに、
黒獣の頭部を、縦に真っ二つに引き裂いた。
割れた頭から黒い鮮血が噴き上がる。
上に向かって振り抜かれた巨剣は──重力を求めてガンッと鋭い地響きを立て
敵の顔横に突き立てられた。
「……ハァ……ッ、……フゥ……」
ガッツは体勢を崩し、膝を突いていた。
打撃による損傷と精神的な消耗により、息を整えるのがやっとだ。
そんななか──
気づけば、狂戦士の甲冑はもうその浸食を止めていた。
(……収まった……のか)
視界はまだ完全ではない。
だが、甲冑は沈黙し、もはやあの声も聞こえなくなっていた。
(なんとか間に合った、か……ったく……奇妙な因果だ)
剣を支えに立ち上がり、ガッツは前を向く。
自我と思念で打ち立てられた一本の楔に、
己を繋ぎ止めながら──