FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
小柄な黒影の異形は、武器がなくなってもなお前にじりじりと接近してくる。
その暗黒の体色に光る禍々しい眼差しは、なぜかキャスカだけをひたむきに──どこまでも執拗に追い続けていた。
「クソッ……! 早く、逃げろ……!」
イシドロは満身創痍。
枯れた声を絞り出すだけで精一杯だった。
そのとき、パックが思いきって前に出る。
「よーし! こうなったら……これっきゃない!」
妖精はファルネーゼとキャスカを庇うように立ち塞がり、
その小さな身体から、夜を裂くほどの眩い光を放つ。
「くらえっ! パックスパーク!!」
瞬間、白閃。
敵味方もろとも目くらましの閃光が辺りを包む。
周囲の仲間たちは思わず目を覆う。
「二人とも! 今のうちに!」
数多の窮地で仲間たちを救ってきた妖精技。
これで視界を遮れば、いくらか時間は稼げるはずだった。
「──って、あら?」
しかし──。
漆黒の闇はその光を呑み込むように微動だにせず、
むしろ光を反射して影の濃さを増し、闇の中で不気味に膨れ上がっていく。
「しぇええ〜っ! お、おれの十八番がぁああ……!」
遠くで倒れこんでいたイシドロも、その異様な光景に切迫感を覚えずにはいられなかった。
(マ、マジかよ……こいつはヤバい……!)
黒影は怯むどころか、むしろ闇を裂いてさらに膨張し、
牙も爪も歪みながら、先ほどとは比にならぬ凶相を形成していく。
黒い瘴気が地を這い、空気そのものが腐るようだった。
丸みがかっていた瞳は縦に裂け、異様な光を宿していく。
パックの羽がしおれ、へなへなと地面に落ちた。
イシドロも先ほど対峙していた敵の真の姿を見て、驚愕を禁じ得ない。
「あ、あいつ……あんな化け物だったのか!?」
最後の砦。
ファルネーゼはキャスカを守るため、背中で庇いながらシールケから託された銀のナイフを構える。
(……いまは……これだけが……)
全身をつたう冷汗。
歯の震えが止まらない。
冷たい空気を吸うたびに胸が締めつけられ、
目の前の怪物の虚ろな眼差しが魂そのものを削っていくようだった。
震える手で、銀の刃を持ち上げる。
(怖い……)
不安と恐れが波のように押し寄せる。
それでも、心の奥底から小さな意志が芽吹いていた。
背後に感じるキャスカの温もり。
自分で選び取った決意。
それらが胸の奥に微かな希望を灯す。
(恐怖の向こう側へ──ほんの少しでも……)
狂暴化した黒い凶獣が目の前に迫るなか、
確かな覚悟がにじむ。
(この娘を守ること。そして──
魔術を学び、夜の闇に覆われた自分の心を照らすこと)
ファルネーゼは歯を食いしばり、震える瞳で恐怖を見据えた。
弱くても。
どんなに足場がもろく、頼りないものでも……
間違いなく──私だけの、確かな光なのだから。
*
──祈る手は持たない。
祈れば、手が塞がってしまう。
私が、いま私が手にしているのは……
黒い巨影が目の前まで迫る。
恐怖と動揺で喉が詰まり、息が思うように吸えない。
ファルネーゼはキャスカを背へかばいながら、震える手で銀のナイフを突き出した。
「──う、うわああ!」
恐怖に目を閉じたまま、握りしめたナイフを無造作に振るう。
遠くからイシドロの絞りだすような声が聞こえた。
「何やってんだ! …早く逃げろぉぉ!」
しかし、怖れの中にありながらも、ファルネーゼはその場から動かない。
いま彼女をその場に留まらせているのは、怯えだけではなく、その身を焼くほど強く静かな覚悟だった。
「ハァッ、ハァッ……!」
胸の鼓動が痛いほどに脈打つ。
トロールとはまるで異なる、桁外れの存在感。
圧倒的な夜闇が目前に立ちふさがり、全身が硬直する。
それでも──。
胸の奥に灯した小さな光だけは、失うまいと必死に意識を保つ。
それだけが、この暗闇に対抗できる唯一の拠り所だった。
一瞬、背後を振り返る。
(キャスカさん……?)
キャスカはまるで別の世界を見るように、十字路の左の方向を静かに仰いでいた。
その瞳には恐怖の影もなく、ただ穏やかで、どこか神秘的な気配すら漂う。
彼女の視線の先──。
木造の建物に挟まれた広い路。
そこの坂道を四色の空の光が淡く照らしていた。
高い角度から差す光が陰影を長く伸ばし、その一角だけが、まるで聖域のように輝いている。
キャスカの心が静かに耳を澄ます。
風に乗る勇ましい唸り。力強く地を蹴る足音。
──くる。
もうすぐそこまで来ている。
キャスカはただ”その先”を見つめていた。
まるで見えざる力に導かれるかのように。
「あぶねぇっ!」
イシドロの叫びが響く。
敵の方に向き直った瞬間、ファルネーゼの手から銀のナイフが弾け飛んだ。
(あ──)
鋭い音を立てて宙を舞い、カラン、と乾いた音を残して遠くの石畳に転がる。
心に宿した光の象徴が、無情にも闇の足もとへと落ちていった。
(やっぱり……私は……)
視線は下がり、視界がにじむ。
胸の奥で小さく灯っていた蝋燭の火が、風に吹かれたように消えかけていた。
「──あ、ガッツ!!」
突如響いたパックの声。
見ると、敵の背後から、黒い血飛沫を浴びたガッツが、巨剣を引きずるように握ってこちらへ駆けてくる。
(ガッツ……さん?)
虚ろな目にガッツの鬼のような形相が映る。
──しかし、その像が黒く塗り潰された。
巨影の両腕が膨れ上がり、尖った先端がファルネーゼの視界を遮るように迫る。
──間に合わねえ!!
ガッツが雄叫びとともに剣を振りかぶった、まさにその刹那。
「──あっ」
キャスカがふと声を上げた。
その瞳が向く先──左の大路。
一条の光が、裂帛の勢いで闇を貫く。
塵と風を巻き上げる轟音。
そして、魂を震わせるような咆哮。
次の瞬間、銀の閃光がファルネーゼとキャスカの眼前を横切った。
間髪入れず、右耳へ突き刺さる甲高い断末魔と地面を揺るがす激しい衝撃音。
そして、獣王の如き威厳あふれる唸り声。
”それ”は獲物の喉笛から牙をはなし、ゆっくりと首をもたげて身を起こす。
黒い血飛沫を浴び、なお威風堂々と立ちはだかるそれは──
白銀の毛を纏った凛々しき大狼だった。