FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
ガッツの巨剣──それは憤怒のうねりをまとい、
空そのものを断ち割るかのように振り下ろされた。
彼の瞳に映る狼は、救いの象徴などではない。
それは、自らの内に潜む黒き衝動の化身、狂気と血の渇望が形を得た幻影そのものだった。
銀狼の眼がぎらりと光り、雷鳴のような閃光を返す。
一瞬で距離をとり、風を切る速さで大地を駆ける。
巨剣の刃は地を裂き、石畳を砕いて鋭い衝撃音を広場に響かせた。
「すばしっこい野郎だ……!」
ガッツが唸る。
大狼は軽やかに体勢を整え、低く沈んだ姿勢から黒き剣士を真正面に見据える。
唸り声が地鳴りのように響き、白い牙が冷たい光を放っていた。
衝撃の風圧でキャスカの体が吹き飛び、地面に転がる。
「あうっ!!」
「キャスカさん!」
ファルネーゼが駆け寄り、抱き起こして庇う。
背後ではイシドロが必死に立ち上がろうともがいていた。
ガッツの剣が再び振り上げられる。
白銀の毛並みが揺れるたび、“あの影”が軋む音が聞こえた。
牙ではなく、記憶が襲いかかってくる。
「ぐっ……があぁぁ!」
──切り上げ、横薙ぎ、そして返し斬り。
暴風のような旋律が生まれ、鋼の怒涛が影を薙ぎ払わんと唸りをあげる。
夥しい粉塵が舞うなか、狼もそれを受け止めながら、確実に相手の呼吸を読むように身を翻す。
仲間たちはその光景に息を呑んだ。
大狼の異質さもさることながら、今のガッツにはもはや人間の理性の光がない。
その瞳は、闘志ではなく“飢え”に満ちていた。
「ど、どうしちまったんだよ……ガッツのやつ!」
「……正気を失ってる」
「ってことは、あの甲冑に取り込まれたのか? でも、それにしちゃいつもと様子が……」
パックは小さく首を振る。
「いや……違う。気配が違う。外からのものじゃない」
「たぶん……これはガッツ自身の内面そのものだ」
「内面……?」
パックの言葉の意味は重く、現実味を帯びていた。
「おれも何度か、あいつがああなるのを見てきたけど、ああなったガッツはもう誰にも止められない……」
パックの背後で、キャスカはファルネーゼに支えられるように立っていた。
その視界いっぱいに映るのは、狂気を纏い、巨剣を振るう剣士の姿。
──あのときの恐怖。
──叫んでも、声が届かなかった悪夢。
胸の奥で、それらが生々しく去来する。
「……う、あ……」
身体が小刻みに震え、キャスカは縋るようにファルネーゼの腕にしがみつく。
その声はおぼろげで、仕草には、はっきりとした怯えと、逃れられない恐怖が滲んでいた。
ファルネーゼは唇を噛み、震えるその身体を強く抱き締める。
──憎悪が、復讐の業火が、
いまガッツにとってかけ替えの無いものまで焼き尽くそうとしていた。
だが、誰もが気づいていた。
白銀の狼は一度も牙を向けていない。
反撃しようと思えばできるはずの間合いでも、ただ静かに、黒き剣士を見据えるだけ。
その眼差しは敵意ではなく、まるで“見極め”のようなものを孕んでいた。
──何かを待っているかのように。
「があッ!」
咆哮とともに、ガッツは飛び上がり、全身の力を解き放つ。
竜をも屠る剣が真上から振り下ろされ、白銀の毛並みへと落ちる。
誰もがその瞬間、終わりを確信した。
──だが
突如、赤い閃光が“消えるように”現れ、二つの影の間に割って入った。
甲高い衝突音が空気を裂き、火花が爆ぜる。
鋼と鋼が噛み合う剣戟が町全体を震わせ、瓦礫が宙を舞った。
──!?
イシドロ、パック、ファルネーゼ──そしてキャスカ。
息を止める四人。
次の瞬間──そこにいるもの全ての視線が、
一斉にその存在へと吸い寄せられた。
そこに立っていたのは、もう一人の剣士。
黒き衣。大剣。
そしてガッツの一撃を、片腕で受け止めたまま、微動だにしない背中。
双眸に宿るのは、揺るがぬ意志と、静かな決意。
刃と刃が交差する一点で──
二人の"黒き剣士"の視線が、真正面からぶつかり合う。
*
瞬間的な疾走とともに突如現れた一筋の鋭刃。
その刀身は紅の脈動を帯び、身の丈ほどの長さを誇る。
漆黒の刀身に走る光は迸る血潮を思わせ、柄から剣身にかけて古の神々を想起させる文様が刻まれていた。
もしガッツのドラゴン殺しが「地を穿ち闇を断つ反逆」の象徴ならば、
その剣はまさに「炎と宿命を纏う揺るがぬ楔」そのものだった。
そしてその使い手は──
黒と赤を基調とした戦闘衣を纏い、凛とした黒髪と鋭い瞳を持つ男。
筋肉質の体躯はガッツよりやや小柄ながら、その佇まいには一切の隙がない。
男が現れた瞬間の熱い火花が散るような感覚。
両腕を飾る炎の装飾が、秘めた力を静かに物語る。
「お、おいおいおい……!」
イシドロは戸惑いと驚愕を隠せない。
「おいっ、何モンだありゃ!? ……っていうか、今どっから出てきた!?」
一方、パックは凍りついたように剣士を見つめていた。
(!……この気配)
灼熱のオドが、肌を刺すように伝わってくる。
あのとき瞼の裏に映った獄炎の化身が、いまパックの瞳に明瞭に映し出されていた。
──互いに見知らぬ者同士。
だが交わる視線からは、それぞれが剣士として歩んできた壮絶な生き様と、
逃れられぬ運命の断片が浮かび上がる。
語るより早く、剣が語る。
もはや言葉は無粋だった。
「邪魔だ! どけぇ!」
「トルガル! あとは任せろ」
二人は激しく衝突し、弾き飛ばし合うように離れ、瞬時にそれぞれの剣を再び握り締めた。
そのわずかな動作の中ですら、相手の動きから一瞬たりとも目をそらすことはない。
「トル……ガル?」
パックはその聞き慣れぬ言葉に首をかしげる。
直後にハッとその方向を向いた。
──あの狼のことか?
案の定、男が命じると、狼はその場に立ち止まり、
主人を案じるように静かに身を低くした。
パックは確信した。
あの忠実ぶりと湧き出るオドから察するに、狼はあの剣士の従者にして戦友、
いや盟友とも言っていい存在なのだろう。
つまりあの二人は───
「おおおッ!」
ガッツの視界は狭く、ただ目の前の剣士だけを捉えていた。
ドラゴン殺しを振り抜く──地を裂くような重い一閃を放ち、半ば獣と化した眼光で、
相手の隙を執拗に抉ろうとする。
奴の反撃──馬鹿みたいな熱さを纏った巨大な回転斬りが迫る。
とっさに剣の向きを変えて防御に回る。
重い。熱い。コイツを通してさえ体に“それ”が叩き込まれてくる。
今度は剣が縮み、急に長さを増してくる。
──突きか。
だが構わず踏み込み、鉄の左腕で受け流す。
肉が焼け焦げる痛みなど、今はどうでもいい。
剣の重みで押し込み、さらに踏み込んで次の斬撃を叩き込む。
狂気の淵で哄笑が弾ける──
この程度で止まるかよ。奴の炎さえ、地に叩きつけてやる!