FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
シールケは自我を肉体から切り離し、幽世の浅層にその幽体を漂わせていた。
そこは、色も音もない世界──
静寂がすべてを包み、現と夢の境が曖昧に溶け合う場所。
深層へと沈み込むにつれ、厭世と寂蒻が深く影を落とす。
そして、微かに聞こえてくるのは風精たちの囁き。
けれど、その声はかすかに震え、どこか怯えているようでもあった。
『……わたしが……なんとか……しないと……』
さらなる深層の先──幻想のような丘に、淡い気流が揺蕩っていた。
その昔、きっとこの辺りは緩やかな丘陵地だったのだろう。
避難のために身を置いたこの家。
そこが、かつて風の精霊たちを祀っていたのは間違いない。
あのときの判断は、やはり正しかった。
『ここより…深く…もっと深く……精霊の座へ……』
意識を研ぎ澄まし、風の精霊の気配を探る。
だが、進めども進めども、感じられるはずの風の脈動がまるで掴めない。
静寂だけが、深層を満たしていた。
『どうして?……これ以上……進めない……』
焦りが胸を締めつける。
早くしなければ、セルピコも、残された町の人々も危ない。
だが、幽体の感覚は鈍く、精霊の呼び声はどこにも届かない。
『精霊……どこに……? 声が……聞こえない……どうして……』
そのとき──
闇の深層を貫くように、強烈な光が差し込んだ。
──!
まばゆい閃光。
同時に、内側を突き抜けるような圧倒的な“何か”の波動。
それは精霊の声ではなかった。
もっと原始的で、もっと荒々しく、──しかし、どこか懐かしい気配。
『……これは……干渉……? 外からの……強烈な……波動が……!』
意識が揺れる。
視界が歪む。
周囲の景色が波のように揺れ、潮流の流れを感じさせた。
『だれ……わたしを……妨げているのは……だれ……?』
──その瞬間。
『……あれは?』
見開いたまま、視線を足元に移す。
視界の下方に、何か炎に包まれた空間が見えた。
そこは、まるで城内のような場所。
崩れ落ちる天井、割れた石柱、吹き荒れる猛火。
人々の叫び、焦げつく空気──。
『……ここは……精霊の棲み処…じゃない……』
恐怖と興味が綯い交ぜになったまま、シールケはゆっくりと降下していく。
その赤橙の光に染まる空間は、誰かの記憶なのか、それとも過去の幻なのか。
理解できぬまま、ただ“存在の残響”のようなものを感じ取っていた。
『なにかしら……なんだか……とても悲しいことが……ここで起きたような』
そして──
上空を見上げたそのとき、鮮烈な光が目を射た。
炎をまとった巨大な影。
それは金色の羽根を広げた、不死の鳥。
『……火の……鳥……!?』
古き魔導書でしか知らぬはずの伝説が、いま眼前にあった。
羽ばたくたび、燃え上がる炎が空を裂き、金色の閃光が風に散る。
その鳴き声は、破壊と再生を同時に告げるような神聖な響きを持っていた。
『……そんな……はず……』
彼女はただ、言葉を失って見上げていた。
現実ではない、だが確かに“在る”──そんな気配。
不死鳥は、彼女の存在に気づくこともなく、ただ天を仰いで高らかに鳴く。
その哀し気な鳴き声が響くたびに、その両翼が華麗に羽ばたくたびに、幽体であるはずの彼女の自我が強く揺さぶられた。
『……どうして……不死鳥が……こんな所に……?』
息を呑んだ瞬間──
下方から別の“存在”の気配が這い上がってきた。
視線を落とすと、黒々と焦げた残骸のような塊が蠢いている。
その身からは、絶え間なく炎が噴き出していた。
不死鳥の炎とは異なる、獄火のような紅。
荒々しく、怒りにも似た熱が周囲を焼き尽くす。
それは──煉獄そのもの。
形を持たぬ、純粋な破壊の化身。
『……これの……せい……?……』
理解した瞬間、全身を貫く圧が走る。
この異質な“炎の力”こそが、精霊界を覆い、シールケの幽体を深層へと進ませまいとしている。
風の囁きが途絶えた理由も、呼び声が届かぬ理由も──すべて、この“干渉”が原因だった。
*
『これは……なに……? わたし……こんなの……知らない……』
黒き炎の化身。
漆黒の体躯の上で炎が溶岩のように唸り、ひび割れた体表からは脈動するように赤い光が走る。
腕や脚は硬質な鱗に覆われ、燃え盛る火焔が絶えず蠢くように揺らめく。
朱に染まる瞳孔が、シールケを射抜く。
その瞳には、見る者に焼き尽くすような冷酷な狂気を映し出していた。
『なんて……巨大な……なんなの……これは……』
静寂を貫くように、黒き幻獣は首をもたげ、鎧のごとき両腕を広げて雄叫びを上げた。
それは音ではない。
世界が裏返るような衝撃、幽世そのものを振るわせる「焼尽の咆哮」。
───ッ
シールケは思わず悲鳴を上げた。
幽体が震え、押し寄せる熱量に押し潰されるように身を縮める。
胸を焦がすほどの暴威。
魂そのものが焼かれていく錯覚。
『すごい……力……! かき消される……わたしの………!』
押し寄せる灼熱の激流に呑まれながらも、彼女はかろうじて自我を保ち、必死に意識を上方へ押し上げた。
ほんの少しでも明るい層へ。
『はやく…戻らないと……このままじゃ……!』
轟音が空間を裂き、炎が弾ける。
地平が揺れ、時間さえ歪むような圧力──
だが──その激流は、やがて次第に静まっていった。
爆炎の中心に、柔らかな紅の光が満ちる。
それは破壊ではなく、包み込むような温もり。
シールケの幽体はその光に抱かれるように、優しく照らされた。
『……光……?』
それは怒りの熱ではなかった。
焼き払うための炎ではなく、凍てついた世界を再び照らすための使命の光。
どこか、祈りにも似た意思がそこにあった。
『これは……あのとき……あの村で感じた……!』
そして、
紅い輝きがゆるやかに収束し、黒き幻獣が天へと手を伸ばす。
視線の先──見上げたシールケの視界に、かつて見た記憶がよぎった。
『……あれは?』
忘れもしない。あの凶々しい姿。
『……あれは……ガッツさんの……憎悪が……甲冑の……オドを帯びた……像……!』
炎の奔流の中に、黒い魔獣の様相が浮かぶ。
怨嗟と狂気をまとい、何者も寄せつけぬ絶望の塊。
幾度もあの人を、あの人の心を喰らおうとした忌むべき幻影。
だが、炎の中核に宿る光が、黄金へと変わってゆく。
『……!』
その瞬間、吹き荒れるような直線状の火炎が放たれた。
炎は奔り、黒き魔獣を呑み込む。
断末魔のような咆哮とともに、影は霧散した。
『憎悪が……ガッツさんの…闇が…かき消されて………!』
そして、その残滓の中で見覚えのある光景がシールケの視界に映った。
浮かび上がる光の紋章。
『……お師匠様の……護符……!?』
黄金の炎が編み上げるように、
フローラの護符の文様が幽世の亀裂をつなぎ合わせていく。
それはまるで、破滅の炎が秩序を再び紡ぎ直すようだった。
『こんなこと……って……』
ガッツの心に巣くっていた“憎しみの化身”が、
その光によって、静かに、しかし確かに遠ざかっていく。
己を焼き尽くしてでも秩序を取り戻す──
その幻獣の炎は、破壊のためではなく、「正すための炎」だった。