FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
(──妙な気分だ)
余裕をかませる相手じゃない。
それは、刃を交えた瞬間から骨身に染みている。
だが、
ガッツは剣を振るいながら、胸の奥に奇妙な昂ぶりを覚えていた。
(不思議な感じだ……どこぞの剣士様か知らねぇが……)
──この男と剣を交えてからだ。
血が、騒ぐ。
全身をめぐる高揚感。
頭の中で渦巻いていたあらゆる負の感情は、いまや晴れ渡った風のようにかき消されていた。
怒りも、悲しみも、背負うものも──この瞬間だけはない。
ただ己の剣と、肉体のすべてをぶつけ合う純粋な戦い。
(黒い衝動が……頭の中のざわめきが……すべて、かき消えて──)
巨剣を素早く翻し、振り抜きながら、心の中で呟く。
(ただ、この勝負に勝ちてぇ。あんたを叩き斬りてぇ…って思っちまう!)
守るためでも、復讐でもない──ただ剣を交える喜び。
あの白い鷹とも、あの不死の魔獣とも違う。
目の前の男だけが、今この瞬間、己の魂を同じ高さまで引き上げていた。
あれはいつだったか──
百人の兵士相手に剣一本で戦ったあの日が昨日のことのように思える。
あの頃の自分は笑っていた。
血煙と泥の只中にいるはずなのに、妙に冴えきって、清々しくて。
理由なんてなかった。
瀬戸際で奮い立つ感覚。
血肉湧き立つ鼓動。
剣と剣が弾き出す火花。
それが全てだった。それが自分の生き様であり、命の証そのものだった。
(……どこに、置いてきちまったんだろうな)
巨剣が唸り、剣先が地を這う。
ついさっきまであんなに重かった剣が、今は何倍も軽く感じる。
魂の底が熱い──驚くほど陳腐な表現だ。
だが、いまはそれ以外にこの高揚を表す言葉が見つからなかった。
──いくぜ
重量を帯びた刀身同士が、改めて正面から噛み合う。
耳を裂くような金属音。
力と力が拮抗し──次の瞬間、反発するように間合いが弾けた。
(振り上げた瞬間に、間合いを詰めてきやがる……やはり──)
音を置き去りにする踏み込み。
鋼どころか大地すら断ち割りかねない、雄渾な太刀筋。
どれを取っても、人の域には収まらない。
死地を幾度もくぐり抜けた者だけが纏う、濃密な圧。
だが、
最も恐ろしく感じるのは、そこじゃない。
この剣士の核にあるもの──
それは見切り、だ。
斬り結ぶたび、嫌でも伝わってくる。
動きの重み。呼吸の切れ目。斬撃の残響。
その全てを、奴は見透かしている。
まるで最初からすべてを知っていたかのように、一分の狂いもなく。
(読まれたら終い、か……)
冷や汗が背を伝う。
(……いや、すでにそこまできているかもな)
動きの選択肢が、一つずつ潰されていく。
逃げ場は、ない。
(だが……)
その中で、ひとつだけ。
ガッツは、確かに“違和”を感じていた。
(……この男には、ある)
(ある──致命的な"癖"が)
完璧に見える動きの中に、わずかに混じる歪み。
それは、読みすぎるが故の“偏り”。
選べる手は、もう多くはない。
だが──"そこ"をつけば、勝機はある。
ガッツは半歩分の間を取り、左方に剣を引いた。
予備動作なしの下段横薙ぎ。
案の定、飛んで躱された──が、これは陽動。
(捉えた!)
振り払った勢いのまま、
左から右へ回した巨大な刀身を、一気に振りかぶる。
逆袈裟──当たれば、胴から肩まで真っ二つだ。
が──
腕が伸び切る刹那、
鋭い一閃が差し込まれる。
ガラスが砕けるような、鋭い破砕音。
その反響とともに、空間が歪む。
(チィッ、合わせてきやがった!)
偶然じゃない。
明らかに狙って返してきた。
いや、それ以上に──反応が獣じみている。
巨剣が弾かれ、身体が仰け反る。
視線を上げた瞬間、すでに左鎖骨へ、長剣が振り下ろされていた。
(……な)
反射的に義手を放し、無理やり差し込む。
衝撃が左肩の骨を打つ。
「……くっ!」
素早く身を引く。
だが相手は後退を許さない。
続けざまに、流れるような連撃が襲ってくる。
上斜めからの薙ぎ、横一文字、下からのえぐり上げ。
鈍い鉄音が、三度虚空を叩いた。
(……なんて連撃だ! まるで隙がねぇ)
そして、最後は──全身のひねりを乗せた強烈な一閃。
腕が砕けたかと錯覚するほどの衝撃が、ガッツを襲った。
歯を食いしばり、軋む骨ごと耐え切る。
そして──
(この一瞬を……)
相手の剣先が大幅に下ぶれた、その瞬間──
ガッツは地を蹴り、間合いを一気に潰す。
(──待っていた!)
巨剣が唸りを上げる。
地で培った、十文字に裂く必殺の一撃。
一撃目は後退で躱された。
だが踏み込んだ二撃目──横薙ぎの刃が、確かに相手の剣を軋ませた。
「うおぉっ!」
力と重さが乗った一撃。
御大層な長剣が横へ弾かれる。
頭部ががら空きになり、剣士の黒い髪が勢いよく靡く。
(──今だ!)
すかさず渾身の真っ向切り──
横構えで受け止められるが、
巨剣の圧に抗いきれなかったのか、「ぬぅっ!」という苦悶の声が漏れる。
湯気が立ち昇るほどの分厚い衝撃に剣士の膝が折れかけ、大きく後方へと押し戻された。
(よく防いでくれたぜ。だが──)
片目が、獲物を射抜くように光を帯びる。
ガッツはそれまでの受け身を捨て──一気に攻勢へ。
(まだまだ、これからだ!)
踏み込み、軸を殺さず叩き続ける。
一撃ごとに、ありったけの力を込める。
だが、ありがたいことに相手の剣はまだ折れない。
(大した剣だ。その大仰さは伊達じゃねえってことか)
豪快な軌跡が風を切り、重い鉛を叩くような音がはじけ飛ぶ。
並の剣ならとっくにブチ折れている。
(……だが、いつまでもつかな?)
叩き込むたびに、わかる。
押し潰しているのは、剣だけじゃない。
熱が散る。
刃に宿るそれが、振り抜くたびに削げ、空に溶けていく。
このまま畳みかければ──
いける。
感覚ではない。確実に、押し込んでいる。
巨剣の連撃に、相手の身体はじりじりと後ろへ流れていく。
見切りも、猛る炎も、もう封じたも同然だ。
だが──
(……ちっ)
火花が散る。刃が弾ける。
その一瞬ごとに、視線がぶつかる。
(なんて眼ぇしてやがる……)
一歩も退かない眼光が、燃えるような瞳が、真っすぐにガッツを見上げている。
(これだけ打ち込んでるってのに……まるで折れてねぇ!)
押している。
有利なのは、間違いなく自分のはずだ。
なのに──
この射抜くような、怜悧な視線。
胸の奥を掻き立てる、拭いきれない既視感。
それは、
力を背負った者が持つ、確固たる意志の眼だった。
矛盾を知ってなお揺るがず、その責を、覚悟ごと引き受けて前へ進む者の眼。
何も見えない暗闇の中で、
自ら道を定め、自らの意志で歩き出す者の眼──
……………
剣を振るいながらも、ガッツの心だけが、ふと立ち止まった。
あのときの声が、
あのときの言葉が、
この男の眼を通して──頭の中で、鮮明にこだまする。
『決して人の夢に縋ったりはしない。だれに強いられることなく──』
(……)
『自分の生きる理由は、自らが定め、進んでいく者──』
(……違う)
『そして、その夢を踏みにじるものがあれば、全身全霊をかけて立ち向かう──』
(こいつは、違う)
『たとえそれが──』
(なのに、なぜ──)
『この私自身であったとしても』
(──なぜ、同じ眼をしてやがる!)
固い地に剣先を這わせ、
右足を軸に、勢いよく後ろへ振りかぶる。
──剣ごと首を断つ!
鉄塊の巨剣が、大きな弧を描──
止まった。
否、動けなかった。
剣筋を掠めるように、
一瞬で紅蓮の双翼が振り払われる。
──ッ!
さっきまでとは桁違いの猛威。
轟音とともに、炎の旋風が唸りを上げ、二人の黒き剣士の身を覆い尽くす。
咄嗟に義手を盾にしたが、
焼き尽くす熱と重い斬撃が一度に押し寄せる。
二重の力がぶつかり、巨躯が揺らぎ、膝が沈む。
(……この炎は……)
剣を突き立てて転倒は免れた。が、
黒い甲冑の隙間から絶えず黒煙が吹き出していた。
見上げる──
剣先に宿る炎は、なお激しく燃え盛っている。
まるで、運命の流れに遡上しながら、この世の業すべてを喰らい尽くすかの如く。
だが、何かが違う。
他人の絶望を焚き付けた炎じゃない。
屍を積み上げて燃やした炎でもない。
(燃えているのは──)
炎の奥で、何かが削げ落ちていく。
(この男が……燃やしているのは……)
ガッツの瞳に映る猛火の揺らぎ。
その奥に、はっきりと見えた。
──焼けながら立ち続ける、この剣士自身の姿が。