FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
激しい剣戟が、炎の光とともに夜気を裂く。
クライヴはその重圧に身を焼かれながらも、相手の気配の変化をはっきりと感じ取っていた。
(……変わった)
刃を受け止め、躱し、弾き返す。
先ほどまでの荒れ狂うような殺気が消えている。
代わりに── 研ぎ澄まされた刃が、静かに、しかし確実に迫ってくる。
(冷静さを取り戻したのか……いや──)
一撃ごとに無駄が削ぎ落とされている。
呼吸すらも計算に入れたような、過不足のない剣。
(これが……本来の姿か)
縦横無尽に襲いかかる“静”の殺意。
それは、召喚獣の力を宿す異能者でさえ、真正面から受ければ足を止めざるを得ないほどの、凍てつく剣意だった。
(さっきよりも、今のほうが遥かに──!)
鉄塊の巨剣が迫る。
長剣で受け止める── 骨の奥まで震えるような衝撃。
まるで大砲の直撃だ。
そして、その獲物を軽々と振るう膂力。
(……人とは思えない。一体この力は……)
人間とも、魔物とも──ドミナントとも異なる、得体の知れない“念”の強さ。
ただ重いだけではない。
ただ速いだけでもない。
斬撃そのものに、何かが“乗っている”。
──直後
その軌跡からクライヴは気づいた。
剣を振るうたびに、虚空に残る残光の存在に。
(この剣……ただの鉄塊じゃないな。何かを纏っている)
刃を受けた瞬間、腕を伝ってくるのは質量だけではなかった。
何かが、流れ込んでくる。
(……闘気? いや、違う)
澱んでいる。 重く、粘つくような“何か”。
それは熱ではなく、冷えでもない。
だが確かに、魂の奥を掻き毟る感触だけがある。
(これは──)
理解した瞬間、背筋が軋んだ。
──怨念だ。
幾多の人ならざる者を屠ってきた巨剣。
夥しい量の返り血と、邪念を浴び続けたが故に纏いつく墨色の妖気。
そのすべてが、刃に沈殿している。
黒く、濁りきったまま、なお生きているかのように。
終わりなき闇を携えた一撃必殺の太刀──それはまさに、
(……似ている。あの男に)
一点の曇りもない純粋な強さ。
一撃にこもる、凄絶な執念。
だが、この男から漂うそれはどこか違う。
《斬鉄剣》のような死の陰を引く気配ではない。
もっと原始的な、生々しく、重く、叩き潰すような物理の極致。
叩き斬ると決めたものを、必ず叩き斬る。
それだけで成立しているような、剥き出しの暴力。
刃を受けた瞬間に心魂まで響く感覚──それが、この男のすべてを物語っていた。
──闇をもって闇を断つ、か。
この地に足を踏み入れた時点で、
何かが歪んでいることは理解していた。
地の底から聞こえる怨嗟の声。
木々の間から浮かぶ破滅の影。
そして──どこまでも広がる空虚な大地。
逃げ場など、最初から存在しない。
ここがヴァリスゼアの最果てだろうと、そうでなかろうと──自分たちが辿り着く先はいつも同じだ。
だからだろうか。
この光景に見覚えはあっても、心は微塵も揺らがなかった。
《黒の一帯》──
大地そのものが呪詛に侵され、あらゆる存在を寄せ付けない領域。
風は腐臭を孕み、影さえも喰らい尽くす闇が、脈打つように満ちている。
だが、それはあの地にのみ現れる特異ではない。
姿を変え、在り方を変えながら、あらゆる世界に滲み出る“歪み”のひとつ。
どこにでもある、“世界の形”なのだ。
──だが。
この男だけは、違う。
(一体何が、お前をここまでさせた?)
世界か。
それとも──
(この男自身か)
この世の禍と悲劇を凝縮したかのような鉄塊が、黒く冷たい妖光を滲ませながら、ゆらりと持ち上がる。
──次の瞬間、
それは宙にあるクライヴめがけて振り上げられていた。
狙いは明確だった。
巨剣が体を掠める、寸前。
(──ここだ!)
ガラスが砕けるような衝撃音。
空中で振り払いを返し、巨躯が揺らぐ。
その後の一閃は確実に相手の左肩を捉えていた、しかし──
受け止められた。
それも剣ではなく、腕で。
耳に響いたのは、金属とも肉ともつかぬ硬質な音。
(……鋼鉄の腕!?)
防具の小手でないことはすぐに察した。
そして── その感触が語る、異様な耐久と殺傷力も。
(迂闊に踏み込むな、ということか)
だが相手は後退している。
好機──続けざま、基本の四連撃を素早く叩き込む。
三撃目までは受けられたが、渾身の最後の一閃で相手は大きく後退。
「──よし!」
だがその直後、構えを戻すよりも早く──
黒い剣士は一気に踏み込んできた。
まるで機を見据えていたかのように。
(何て奴だ……あんな超重兵器を抱えたまま!)
容赦のない打ち下ろしがくる。
見切りは容易だった──が。
刃はわずかに左へ流れたかと思うと、そのまま躊躇なく横薙ぎへと繋がってくる。
(なに……!?)
十分に退いたつもりでいたクライヴの右肩を、巨剣の先端はなお余裕をもって掠めていた。
クライヴは足運びを殺して全力で受け止める。
だが──
伝説の刀身が弾かれる。
重心が、崩れる。
(しまった……!)
男の片目が冷徹に光る。
獲物を逃さぬ猛獣の眼。
刹那── 巨剣が落雷のごとく振り下ろされた。
──速い!
回避が間に合わない。
咄嗟に剣の腹を突き出す。
轟音とともに大地が裂け、火の粉が弾けた。
クライヴは衝撃に押され、大きく後退する。
(くっ……まずいな!)
ラグナロクの刃をも軋ませる、渾身の一撃。
だが男は、まだ足りぬとでも言うように、あらゆる角度から黒鉄の塊を振り下ろしてくる。
一撃。
二撃。
三撃。
……
巨剣が縦に、横に、斜めに── 畳みかけるように振り下ろされ、
闇の残光がその軌跡を追う。
何撃、受け止めただろうか。
今はただ、この剣の頑強さに感謝するしかなかった。
(だが、どうする……このままでは……!)
揺れる炎の剣越しに、男と目が合う。
鋭い片目が、闇を裂く稲妻のように光っている。
だが、気のせいか。
男の剣筋からは、先程までの研ぎ澄まされた気が感じられなくなっていた。
猛攻と威力は微塵も変化していないのだが、その一撃一撃からはどこか迷いのようなものが滲んでいる。
炎に照らされた男の顔。
さっきとは目つきが違う。
(なんだ? ……俺に何を見ている?)
憎しみか、憧れか。
それとも──そのあわいにある、言葉にならない何かか。
次の瞬間、殺意に満ちた巨刃が、
一寸の狂いもなく首めがけて振り払われる。
(──くるか!)
視界を覆うほどの大振り。
乱撃の流れを断ち切る、唯一の隙。
抜けるなら今──。
だが、
刃が迫る、その刹那──
胸の奥で、何かが脈打った。
『乱…シ秩序……復せん』
『使者…再ビ…彼の地へ…』
あの幻惑の中の言葉が再び脳裏をよぎる。
意図したわけではない。
呼び起こそうとしたわけでもない。
"それ"は、気づく間もなく溢れ出していた。
──ッ
異質だった。
自分の意志から生まれた炎ではない。
もっと深い、根の部分から──何かが目を覚ましたような。
気づけば紅蓮の双翼が展き、内に宿る"力"が唸りを上げる。
「──ぬおぉ!」
轟音。
熱波。
炎の渦が黒き剣士を包み、粉塵と火の粉が舞い上がった。
──やがて、静寂。
炎の余熱だけが、空気の中に溶け残っていた。
「フウゥゥー……」
男は膝をついている。
粉塵と煙の向こう、巨剣を地に突き立て、その柄を握りしめたまま──それでも、倒れない。
クライヴは一歩も動かなかった。
(……今のは)
胸の奥にまだ、見知らぬ殺意の残滓が燻っている。
自分のものとは思えない、冷たく鋭い感触。
それが何なのか、今は分からなかった。
ただ──
視線が、膝をついた男の顔へと落ちた。
荒い息。
滴る汗。
傷だらけの躯。
それでも、前だけを見据える、その片眼。
この男のことは何も知らない。
だが、踠き、地の底を這いずり回るようなその目だけは、誰よりもよく知っていた。
(……お前は、何を背負っている)
答えを求めた問いではなかった。
ただ、その言葉だけが、
静かに胸の中で燃えていた。