FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
黒い太陽──
あの瞬間、世界の皮が裏返った。
空も地も、生も死も、全部が混ざって、ひとつの巨大な臓器みたいに脈打っていた。
見上げた空は腐りかけた胎内の壁のようで、触れれば熱を持ち、血の匂いがした。
それは“祝祭”と呼ぶにはあまりに汚く、
“地獄”と呼ぶにはあまりに美しかった。
どっちにせよ、逃げ道なんてなかった。
叫びは喰われ、祈りも歪み、肉だけが真実だった。
狼狽え、怯え、恐怖に取り憑かれた仲間達を見下ろしながら、あいつが振り返った。
断罪から解き放たれたみたいに、穏やかで、眩しいほどに静かな笑みを浮かべて。
口が動いた。
ただ一言──捧げる、と。
その言葉が空気を裂いた瞬間、俺は堕ちた。
どこまでも堕ちていった。
心臓を踏み抜かれたみたいに、深く深く、底の見えない血海へ。
沈んだ先は、まだ温かい死体の山だった。
肉は潰れ、骨は軋み、臓腑は泥濘み、どれが誰のものともわからない。
ただ、残り物の食いカスのように、血の池に打ち捨てられていた。
漆黒の闇を裂いて響いてきたのは──歪な嗤い声。
見たこともない醜悪な化物が最後の獲物を捉えながら、この世のものとは思えない強烈な腐臭を放つ。
剣を振るった。
理由なんていらない。ただ殺すために。
剣を振るうたび、身体中の神経が、何かおぞましい波に侵食されていくのがわかった。
胃の奥が焼けるように熱く、血と胆汁の味が口に広がる。
その味だけが、自己を認識できる唯一の証だった。
そして、降りてきた。
真夜中の闇ごと形を得たような、黒翼のものが。
神の影か、堕ちた理性か──そんなことはどうでもよかった。
ただ、その瞳だけが、俺を貫いた。
栄光をまとったあの兜の隙間から覗く、誇りと強さを宿した光。
あいつの目だった。
だけど──それは、もう俺の知っているあいつじゃなかった。
あの穏やかだった光は、今や世界の理ごと踏みにじる、渇望に満ちた怪物の眼光になっていた。
愚かにも問わずにはいられなかった。
──これが……お前の望みか。
──これが……俺たちに突きつけた、お前の答えなのか。
答えは沈黙の奥に沈んでいた。
血と欲望の渦の只中で、
あいつはキャスカを──俺の中で最後に灯っていたかがり火をその手にかけ、
冷徹な神の手で──その答えを返す。
やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!
ただ、叫んだ。
喉が裂けるほどに。
血に濡れた歯の隙間から、あいつの名が、呪いのようにこぼれ落ちた。
右目は血に閉ざされ、左腕は闇に溶けた。
残された片目に映るのは、悪魔の静謐を湛えた双眸。
泣くことすら許されない地獄の底、その中心に立つ王の瞳だった。
だが、その刹那──
炎が、吠えた。
どこから来たのか分からない。
閉ざされた心臓の奥から、何かが突き破るように。
黒翼が燃える。
烈火が形を奪う。
神に選ばれたはずのあいつが、炎の中へ溶けていく。
次に見えたのは──
ひび割れた装甲の隙間から漏れる、赤い光。
夜を断ち切る、赤熱した剣。
そして、燃える風の中に立つ、見知らぬ剣士の影。
──そこには、一人の炎の剣士がいた。
闇を断ち、なおも罪を背負うその影は、 焦げついた翼をゆっくりと広げ、やがて蒼穹の狭間へと舞い上がっていった。
舞い落ちる火の尾羽。
その中の最後のひとつが、片眼の瞳に焼き付く。
あのとき失われたものが、
形を取り戻し、再び息を吹き返そうと──
…………
ガッツは静かに目を閉じた。
耳の奥に、炎の呼吸と、自分の心臓の鼓動だけが残る。
──わかっている。
もう、考えたところで何も戻らないってことくらい。
振り払われた炎の羽根の残像が、瞼の裏で滲み、やがて暗闇へと消えていった。
けど──
その消え際に、ひとつの言葉が小さく脈打つ。
もし、あのとき
もし、あいつが
違う選択をしていたなら──
受けた炎の熱さが、まだ鎧の中で燻っていた。