FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
爆ぜたのか──
薙いだのか──
羽ばたきにも似た一動作。
息一つで舞い散るほどに薄く儚いものが、
灼熱の嵐と鋼の如き重みを帯び、眼前で炸裂するように払い薙がれた。
息を呑む四人。
ただ、黙してその光景を見つめるしかなかった。
「い、いまのは……!?」
「うおあっつ! こっちにまで火が!」
吹き荒れる烈風と火の粉。
イシドロは思わず片手で顔面を覆い、
パックは半ば悲鳴を上げながら空中を飛び回る。
ファルネーゼは両手で口元を覆い、視線だけでその炎の化身を見据えていた。
(いまのは炎……?)
違う、と直感が告げる。
(炎を──変えた……??)
熱ではない。
在り方そのものが、歪められている。
パックはあの時の、肌が粟立つような感覚を思い出していた。
あの村で感じた、魂を掴まれるような圧。
理屈ではなく、本能が逃げろと叫ぶ“何か”。
あのときの怪物が、
獄炎の化身が、
いま、その力を解き放とうとしている。
(ガッツ、やばいぞこれ……!)
──燃え残る煙の向こう、
黒い鎧が、ひび割れた地面を踏みしめてゆっくりと立ち上がった。
剣の切っ先を支えに、炭のように焼けた肩を揺らし── 低く、地の底から唸るような声。
「……ったく、何かと思や──」
口から吐き出される息は、焼けた鉄の匂いを帯びていた。
「とんでもねぇ手品、見せてくれんじゃねぇか」
甲冑の隙間から黒煙が噴き、 それでも片目の光は濁らず、まっすぐに炎の男を射抜いている。
「反則だろ、今のはよ……」
甲冑を軋ませながら立ち上がる男の顔には、未だ不適な笑みが浮かんでいた。
──化け物か?
クライヴは目を疑った。
予期せぬ意志によるものとはいえ、本気で放ったフェニックスの奥義と、鋭く踏み込んだ一閃。
それでも後退せぬ男の、鋼のような強靱さに。
(……効いていない、わけじゃない)
だが──倒れない。
その事実が、何より異様だった。
「お前もまだ力を隠し持っているんだろう?」
「だったら早くそれを見せたらどうだ」
「力、ねぇ……」
ガッツの低い声が、熱を裂いて響く。
言葉にせずとも──互いに理解していた。
相手が自分と同じく、何かを背負い、喰われ、
それでもなお立ち続けている存在だと。
両者の間に開いている間合い。
たった数歩分の距離。
だがそこにある空間は──
もはや“隙間”ではなかった。
いまや、その空間は巨大な怪物の口腔だった。
不用意に踏み込む者を、容赦なく噛み砕く、飢えた顎。
野暮な好奇心も、浅い探究心も、等しく食い千切られる。
飲み込まれれば最後、噛み砕かれた肉叢としてしか出ることを許されない。
理解は、全員同じだった。
どちらかが喰われるまで──この闘いは、終わらない。
*
「……まだやんのかよ、あの二人……」
「このままじゃ、どっちか死ぬまで終わらないかもな」
極限状態ともいえる膠着に、イシドロとパックは動くことすら忘れたように立ち尽くす。
「まずいぞ……このまま続けたら──今すぐ止めないと!」
「ん、んなこと言ったって誰が」
パックの胸に悪い予感が走る。
今はまだ、剣と剣のぶつかり合いに収まっている。
だが一線を越えれば──あの二人は“それ”では済まない。
そうなれば、その犠牲は当人だけに留まらない。
おそらく、ここにいる自分たちも無事では済まないだろう。
(いや、下手をすれば、ここ一帯ごと──)
あの炎の剣士の底は見えないし、ガッツの方もいつまた甲冑が牙を向くか分からない危うい状態にある。
──いや、分かっているはずだ。あの二人自身が。
だからこそ、今この均衡で踏みとどまっている。
だが、このままではそれも長くはもたない。
(今、止めなきゃ──終わる)
──けど、誰が?
そんな芸当、この中で一体誰にできるというのか。
(とてもムリだ。それに──)
遠くにいるシールケとセルピコの事も気がかりだ。
激しさを増す戦いの中で、二人の気配は徐々に薄れつつある。
結界がまだ保たれている以上、少なくとも彼女は無事なのだろうが──
パックの内心がざわつくなか、
「……ん?」
イシドロはふと視線を外した。
二人の傍に佇む、銀狼へ。
この緊迫の中でも、その獣はただ戦いを見守るだけでなく、鼻先を地面へと近づけ、何かの匂いを追っている。
「おい、そこの犬っころ!」
イシドロは堪えきれず、狼を指差して叫んだ。
「お前……あのおっさんのペットだろ? だったら止めろよ! このままじゃ──マジで取り返しつかなくなるぞ!!」
狼は、白銀の毛を靡かせながら、ゆっくりと首をもたげた。
そして静かに、けたたましい少年と小妖精を一瞥する。
「……っ」
イシドロは発しかけた言葉が喉に詰まり、反射的に構えをとった。
「な、なんだよ……やろうってのか? じょ、じょ、上等じゃねーか」
──いざとなりゃあ差し違えてでも。
もちろん、そんな度胸はなかった。
目の前の獣は、自分が歯も立たなかった怪異を、一瞬で屠った存在だ。
だが。
へし折られきらなかった、ほんの僅かなプライドと、先ほどの剣戟で火をつけられた心が、その視線に屈することを、許さなかった。
銀狼の瞳が、淡く光る。
まるで、少年の内側を──そっと覗き込むように。
視線が交差する。
イシドロの心拍数が上がる。
……次の瞬間。
何事もなかったかのように、狼は視線を外した。
そして、軽く身体を振り、再びその鼻を地面へ。
「──ッッ」
「見透かされてるな、お前」
パックの言葉が容赦なく追い打ちをかけ、
イシドロの視線はガクッと地面へと落ちた。
「…………」
混乱の渦中、ファルネーゼは息を呑んだまま言葉を失っていた。
だが──炎の破片が舞い散り、二人の視線が再びぶつかったその瞬間。
彼女ははっと気づく。
燃える光の中で、
互いを見据えるその瞳に、 純然たる敵意はもう宿っていなかった。
──もう、殺し合う目じゃない。
二人の間に何があったのかはわからない。
それでも確かに感じ取れる。
舞い散る炎の向こうに、わずかに差し込む“理解”の気配を。
確信があったわけではない。
けれど──
幾度も負の感情に翻弄されてきた彼女だからこそ、そのわずかな変化を見逃さなかった。
騎士団を離れて以来、
ガッツたちとの旅路の中で。
恐怖、恥、憧れ、嫉妬、安堵──そうした感情の波に幾度も呑まれてきた。
その経験が、他者の心の揺らぎや機微を読み取る、彼女ならではの感受性を育てたのかもしれない。
──それは、
彼女だけが、ファルネーゼだけが持つ、
痛みを知る者の勘だった。
(い、いまなら……!)
戦いの潮時──
そう悟った彼女は、胸の奥に強い意志を宿し、震える息を押し殺して、声を振り絞った。
「ガ、ガッツさん!」
「その方は……その方は違うんです!」
その叫びが、空気を裂く。
──ぴたりと。
二人の剣士の足が、同時に止まった。
そしてその視線は、互いの相手から即座に叫びの主へ。
「──!?」
ガッツは片目を見開き、露骨な当惑を浮かべた。
一方、クライヴは声の主をつぶさに見る。
その容貌と声は微かに覚えがあった。
(あの娘は、確か……集落で──)
火の粉が静かにひとつ、またひとつと落ちるなか、
黒鉄が地に落ち、炎が鎮まる──
轟然と渦巻いていた戦意が、
行き場を失い、静寂へと吸い込まれていく。
舞い散っていた最後の火の欠片が、ゆっくりと地に触れ──
淡い、灰となって消えた。