FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
声は──届いた。
ぶつかり合っていた両雄の刃は、力を失ったように地へ落ちる。
荒れ狂っていた気配もまた、嘘のように静まり返っていた。
気づけば、叫んでいた。
止めたかったのか、縋りたかったのか──それすら分からぬまま。
静寂の中心で。
二人の精悍な視線が、同時に突き刺さる。
鋭く、重く、逃げ場のない眼差し。
その只中に立たされ、ファルネーゼは息を詰めた。
(一刻も早く、お師匠様たちの元へ)
焦燥は確かにある。 だが、それ以上に胸を占めていたのは、
──これ以上この二人に、争ってほしくない。
命を救われた者として。
そして、断罪に縛られ、なお迷い続ける者としての──もうひとつの叫び。
どちらかが傷つけば。
どちらかが倒れれば。
きっと、自分の中の“何か”が、取り返しのつかない形で壊れてしまうから。
「……っ」
声が、喉に絡む。
そのとき──
「知り合いか?」
聞き慣れたガッツの短く、低い声が心のざわめきを断ち切った。
「…あ」
逃げ場のなかった意識が、ようやく“外”へと引き戻される。
「はい。あ、あの……」
かすかな一言をきっかけに、彼女の声音がいつもの調子を取り戻していく。
「この方なんです。私とキャスカさんを……あの村で助けてくださったのは」
その言葉で、ガッツの目がわずかに細められた。
あの村での大蜘蛛の焼死体が鮮やかに蘇り、同時に首の烙印が僅かに反応する。
あのときの肌を焼くような熱──
(………これが……)
ファルネーゼは、なおも言葉を継ぐ。
「あのときのおかげで、私たちは今ここにいます。だから……どうか」
いつの間にか、両手を胸の前で組んでいた。
今だけは、縋りたかった。
どんな神でもいい。
たとえ、それがかつて自分を縛っていた虚ろな信仰であっても。
「どうか、剣を──」
その言葉に続き、パックがふわりと飛び出す。
そしてガッツの肩口へ寄り、そっと囁いた。
「ガッツ…ほら、あれ」
視線の先──
キャスカが、白銀の大狼の傍らにしゃがみ込み、
無邪気な笑みを浮かべながら、その頭を撫でていた。
狼も目を細め、静かにその手に身を委ねている。
その仕草には、彼女の胸に刻まれた烙印を気遣うかのような、繊細な気配が感じられた。
理由は分からない。
だが、確かなことがある。
あの獣はキャスカを守ろうとしていた。
そして、今も彼女の身を案じている。
「…………」
ガッツの瞳が揺れる。
──あの瞬間。
胸の奥から噴き上がった、あのどす黒い衝動。
狂気は、外ではない。 自分の内に巣食っている。
その事実が、今更ながら胸に重くのしかかる。
だがそれ以上に──
キャスカが、笑顔で身を預けるほどの存在に。
キャスカの身を、あれほどまでに案じている存在に。
自分は、手をかけようとしたのだ。
「………」
ガッツは短く息を吐き、目を閉じる。
(また……遠くなっちまったな)
すぐそこにいるはずのキャスカ。
だが、その距離は、視界以上に隔たっている。
胸に渦巻くのは、空虚と後悔。
そして──
「………ってわけだ……もう、戦う理由はねぇ」
背へ剣を収める。
鈍い金属音が、力の抜けた声に重なった。
クライヴもまた、剣を収める。
高く澄んだ音が響く。
戦いは終わった。
だが──空気はまだ張り詰めたままだ。
「彼女の意志は尊重しよう。ただし──」
クライヴのガッツを見据える眼は、なお鋭い。
「トルガルは俺の大事な相棒だ。お前はそのトルガルに剣を向けた」
ファルネーゼの胸が、強く締めつけられる。
その理由は、彼女自身も察しがついていたから。
「剣を収めるのは構わない。だが──」
クライヴの声が、静かに圧を帯びる。
「トルガルは理由もなく人を襲ったりは決してしない。お前が何故あいつにあれ程までの殺意を向けていたのか──それを聞かずに引き下がるわけにはいかない」
「………」
ガッツは沈黙した。
説明できる気がしない。
それ以上に──この男に対する、僅かな気後れがあった。
ほんの短い間とはいえ、 己の呪縛全てを忘れさせてくれた存在。
その余熱が、まだ胸に残っている。
空気は、依然として硬い。
ファルネーゼはなんとか場を和ませようと、声を絞り出そうとする。
「そ、それは……」
「アー、オホン」
横から、不自然なほど可愛らしい咳払い。
「それにつきましては、ワタクシからご説明いたしますです」
いつの間にか、パックがファルネーゼの顔の横に移動していた。
「パックさん……?」
ここはおれに任せて、ファルねーちゃんはキャスカを頼む──パックはファルネーゼに小声でそう告げると、ひらりと飛び出し、堂々と割って入った。
剣を収めた二人の間へ。
もう怪物はいない──
*
「ほい、お手」
すっかり警戒を解いたのか、イシドロは狼に気軽に手を差し出した。
とりあえず噛まれる心配はなさそうだ。
先ほど“あれ”を一瞬で仕留めた獰猛さが、嘘のように遠い。
「あい、あい」
キャスカも楽しげに真似をして、手を差し出す。
僅かに反応を見せようとする狼の左前足には金の腕輪が光っていた。
「しっかし、すげぇ戦いだったぜ」
イシドロは少し離れた位置にいる、黒い甲冑の二剣士に顔を向けた。
まだ、一触即発の雰囲気は解けていないように見える。
「いまはパックさんが事情を説明してくれています」
その声を聞きながらも、イシドロの胸の奥では、まだ火が消えていない。
鋼の激突。 命を削る気配。
“頂”というものの意味。
あの一瞬一瞬が、まだ熱を持って焼き付いている。
なにより最後の──あの炎の絶技。
「………」
戦いの痕を残す広場を見つめるその瞳の奥には、少年が抱く“憧れ”と“悔しさ”が、確かに灯っていた。
「──ということでありんす……ワタクシの拙い説明でご理解いただけましたでしょーか」
おどけた調子を崩さぬまま、パックは二人の間に浮かぶ。
軽口の裏で、空気の棘だけを器用に抜き取っていく。
「……事情は、分かった」
クライヴは腕を組み、項垂れていた。
思考を過去へと向ければ、否応なく浮かび上がってくるものがある。
力の暴走──
守護者として崇められながらも、理性を失ったドミナントがその後どうなったか知らないわけではない。
内に巣食う憎悪と狂気──それがどれほど危ういものであるか。
自分たちも、この黒衣の剣士も、根底にあるものは、同じだ。
一度呑まれれば──
燃え尽きてしまう。
大切なものも、そして自分自身でさえも──
「……」
パックはその反応を見届けると、くるりとガッツの背へ向き直る。
「ガッツ」
妙に澄ました声。
「ほれ、ごめんなさいは?」
「……」
「ガッツー?」
「……」
「ごめんなさい。もう二度といたしませんは?」
「……ッ」
──捻り潰す。
いや、今度はそれでは済まさない。
羽をむしって、看板桶の冷え水に浸してやろうか。
パックはガッツのそんな思いを他所に、
「いやー面目ない。なにぶん捻くれモンでして。まあ、あの様子を見る限り反省はしてるっぽいんで。あとはこのワタクシが、きっちり言い聞かせておきますから」
愛想笑いとともに、ふわりと光を散らす。
「…そうか」
クライヴは短く応じた。
そのとき、足音が、静かに近づく。
ファルネーゼだった。
一歩進み、胸に手を添え、ためらいがちに頭を下げる。 この礼が通じるかも分からない。
それでも、伝えずにはいられなかった。
「あの……あのときは助けていただき、本当に……その、うまく言葉にできませんが……」
作法は整っていても、声はわずかに揺れている。
クライヴの脳裏に浮かんだのは、あの村で魔物に追われていた二人の姿。
「……そうか、仲間がいたのか。無事で何よりだ」
簡潔な言葉。
だが、それで十分だった。
ファルネーゼの頬が、やわらかく緩む。
張りつめていた熱がほどけ、空気が静けさへと沈んでいくのを感じた。
「さてと──」
鈍い金属音。
「足止め食っちまったな。急がねえと!」
ガッツは、向かうべき先を見据えた。
だが、そのような無骨な動作の中にも、焦りと疲労が見え隠れしている。
この短時間のうちに、二度の死闘。
荒い息と血の量が体の損傷を物語っていた。
癪だが、またしばらくはパックの回復に頼ることになりそうだ。
(いまは……あいつらの無事を祈るしかねぇ)
クライヴが静かにファルネーゼへ視線を向ける。
外見には平静を装っているが──その奥で、何かが軋んでいるのが分かった。
(仲間の危機……か)
その重さは、理解できる。
痛いほどに。
一呼吸置いて、クライヴは改めて言葉を投げかけた。
「火急のようだな」
「ああ、見ての通りさ。だが……アンタを責める気はねえよ」
短い応答。
その言葉に、クライヴの表情がわずかに緩む。
そして腰のポーチから小瓶を取り出し、軽く放った。
「詫びになるかわからないが、よかったら使ってくれ。全快とまではいかないが、少しは……もつはずだ」
ガッツは瓶を受け取り、無言で一瞥した。
青みがかった硝子がオーロラの光を受け、淡い輝きを放つ。
「な、なんだそれ?」
イシドロが身を乗り出し、キャスカも興味深そうに覗き込む。
「あ、あの……」
ファルネーゼは足を止め、ガッツの手元を一度見てから、クライヴへと歩み寄った。
「気にしないでくれ。貴方方の仲間を傷つけてしまったのは、俺も同じだからな」
その顔に、もはや先ほどまでの険しさはない。
「ありがとうございます。お礼は……いずれ、必ず」
「さあ、急ぐんだろう」
一行はその言葉に背を押されるように、駆け出す。
向かう先は、まだ終わっていない戦場だ。
去り際。
ガッツは一瞬だけ足を止め、トルガルへ視線を向けた。
白銀の狼もまた、じっと見返す。
言葉はない。
だが──
(……すまなかったな)
トルガルはわずかに目を細め、 その想いを受け止めていた。
「いや〜今回はほんっと失礼しました!」
パックが大げさに一礼する。
だがその笑顔は、先ほどまでの作り物とは違っていた。
「じゃ、オレたちは先を急ぎますんで! あ、じゃあな、トルガル! またあそぼーな!」
ひらひらと手を振り、次の瞬間には風に溶けるように飛び去っていく。
一行の背が、遠ざかる。
どこかで窮地にある仲間のもとへ。
その背を見送るように、暖かな風が十字路を優しく撫で抜けていた。
いまはこれでいい──
戦いは終わったのだ。
いまだけは、ただ、この四色に輝く空と白い大地に祈ろう。
彼らの重い背の枷が、僅かでも解けるように。
クライヴ自身も、もう思い残すことはなかった。
──ただひとつを除いて。
瞳に映るのは、一行を飛んで追いかけてゆく小さな種族の背中──
「……何だったんだ? あれは………」