FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
戦いの余韻だけが残る広場。
静寂の中、焦げた匂いと暖かい風だけが過ぎていく。
クライヴはその場に立ち尽くしていた。
先ほどまでの剣戟の残響が、まだ身体に染みついている。
ふと右手を見下ろす。
指先は、わずかに震えていた。
あの鉄塊の衝撃によるものか。
それとも、戦いの昂りか。
あるいは──恐れか。
もはや自分でも、判別がつかなかった。
(あの眼──)
真っ先に思い出すのは、
炎の欠片が舞い散る中で、わずかな間、確かに重なった視線。
(間違いない。奴に何があったのかはわからないが、あの澱んだ輝き……)
あれは──復讐の眼だ。
それはまさに、“あの頃”の自分の眼だった。
かつて自分が宿していたものと、寸分違わぬ光。
思い出す。
復讐のためなら命すら投げ出すと決め、 過酷な奴隷生活も、不条理な戦いも、すべてを呑み込んで耐え続けた日々を。
来る日も来る日も、自らの無力さに打ちのめされながら、剣も、感情も、叫びも、すべてを煮え滾る業火に捧げていた。
正義も悪も切り捨て、ただ“来るべき日”だけを見据えて。
その果てに、気づけば自分は強くなっていた。
幾度も敵を屠り、血と屈辱を噛みしめながら、着実に力を積み上げていった。
だが── どれほど強くなっても、心は癒えない。
むしろ、削れ、荒れ、崩れていくばかりだった。
弟の盾になれなかったこと。
故郷を守れなかったこと。
どれだけ時が流れても、そんな自分を許せる日は来なかった。
そこから逃げるように、ただ憎しみと戦いの中へ沈んでいった。
まるで、血錆びた剣を、さらに血溜まりで研ぐかのように。
闇の中で、心は少しずつ削ぎ落ち、 気づけば、さらなる闇へと染まっていく。
──それが、あの頃の自分だった。
「……ガッツ……といったな」
思案に暮れる。
まるで、鏡写しだったあの男との巡り合わせ。
これは何かの因果なのだろうか。
最後に放ったフェニックスの奥義──
あの力は、単なる反射ではなかった。
内奥に潜む何かが呼応し、そしてそこには確かに──あの男へ向けられた冷徹な感情があった。
(……憎悪……いや殺意、か)
初対面の相手だ。
むしろ、わずかながら共鳴すら覚えた相手に、戦意こそあれ憎しみを抱く理由などない。
(ならば……あの衝動は、どこから湧いた?)
遊色に呑まれたあのとき。
そして、トルガルを見失ったあの瞬間もそう。
抑えていた召喚獣の力が、確かに“こちらを見た”。
(……似ている)
──あのときと同じだ。
アルテマに力を引き出されたとき。
己の内側に別の“何か”が目覚めるような、意識そのものを鷲掴みにされたような、あの忌まわしい感覚。
クライヴは再び右手を見つめた。
指先に、まだ燻るような熱が残っている。
(やはり、何かに導かれているのか。それとも……)
そのとき──
沈黙を裂くような、低い吠声。
視線を向けると、トルガルがじっとこちらを見つめている。
勝手に主人の元を離れた故か、その瞳には、どこか後ろめたさのような色が滲んでいた。
「どうした? 別に怒ってなどいないさ」
握っていた拳をほどき、クライヴは静かに歩み寄る。
かすかな笑みを浮かべながら、手を伸ばし、いつものようにその頭を撫でた。
「今回ばかりはお前の行動を読めなかったな。だが間に合ってよかった」
トルガルは喉を鳴らして応じる。
その横顔には、戦場を見届けた誇りと、再会による安堵が確かに宿っていた。
──だが、
その感触を確かめながら、クライヴの思考は別の場所へと沈む。
(一体、どういうことなんだ?)
思考は、やがて深い疑念となって頭の中で渦巻く。
(……トルガルは、明らかにあの娘を守ろうとしていた。だが俺は──無意識にあの男を斃そうとした)
あのとき、自分とトルガルが感じた“共震”。
同じものに導かれたと、そう思っていた。
だが──辿り着いた先は、極めて対照的なもの。
偶然か。
それとも何か関係があるのか。
『使者……再ビ……彼の地へ……』
あの地獄の底から響くような囁き。
力を解き放った瞬間、確かに聞こえた。
だが、もうひとつ。
『ソシテ………カレラヲ………』
(あれは聞こえてこなかった……)
幼子のような、あのもうひとつの声。
あれは一体何なのか。
そもそも何故あの時、二つの声が重なったのか。
『ソシテ……カレラヲ…………』
──彼ら
それは誰なんだ。
あの二人のことか。
もしそうなら、彼らをどうしろというのか。
──思考は、そこで途切れる。
突如トルガルが鋭く吠え、駆け出した。
「……?」
追いかけた先にあったのは、黒く歪んだ巨躯の残骸──
「これは……」
クライヴは、その異様とも言える死体を見下ろす。
顔と思しき部分は縦に裂かれ、原形を留めていない。
腹は破れ、臓器がぬめりを帯びて地に這い出ている。
流れ出た血は黒く濁り、すでに大地の養分と化していた。
「………あの男がやったのか」
──かすかに残る、生前の気配。
それは、自らが葬った賊徒の群れと、どこか不気味に重なっていた。
見ての通り、すでに息絶えている。
動く兆しなど、あるはずがない。
だが──トルガルの吠え方は違う。
警戒が解かれていない。
それどころか、何かを訴えるように低く唸っている。
「……どうした? もう死んで──」
瞬間──
黒き屍の奥底から、“何か”が立ち上がっているのが見えた。
霧のように。
見覚えのある、青みがかった微粒のような気配。
それは、ヴァリスゼアの大地を巡る生命の流れ。
そして同時に、自らの内に宿る力の源。
──!
脳裏に閃く。
この町に来たとき最初に見た、あの凄惨な殺戮現場の光景が。
内なる力が、再び共鳴を始める。
「これは……エーテル……!」
黒塊から流れ出る古巣の気配。
これこそが、この歪んだ存在を生み出した元凶──
「やはり、そういうことだったか!」
クライヴは空を仰ぐ。
広がるオーロラ。
以前は祝福のように見えた光が、いまは不吉な兆しにしか映らない。
胸を締めつけるような予感が走る。
「──ジル!」
まだ、どこかで戦いは続いている。
青白いエーテルが揺らめきながら、静かに大気へと溶け込んでいく。
二つの世の理を縫い合わせるかのように。
二つの世の禍を重ね合わせるかのように。
※次回から新たな舞台へ