FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
幽世から、現世へ──意識の糸をたぐり寄せる。
透き通っていた自我が、ゆるやかに形を取り戻し、あたたかな空気が肌を包んでいく。
肉体へと帰還したその瞬間、視界に映ったのは、慌てふためくお目付け役の顔だった。
「シールケ! やっと起きた!」
「イバレラ……」
かすれた声。青ざめた頬。
目覚めたばかりの彼女の表情には、ただならぬ状況への戸惑いが浮かんでいた。
「どうしたの? 怖いものでも見たような顔して」
「う、うん……」
戻っては来られた。
けれど、幽世での深奥への探求は途絶え、精霊との対話も果たせなかった。
策は霧の中。
シールケは杖を握りしめたまま立ち尽くす。
まだ、現の輪郭が曖昧だった。
「……」
風の声を掴めなかったこと── そして何より、あの深奥で出会った“異質なる存在”と、圧し掛かるほどの力。
それが、彼女の心をいまも締めつけている。
「シールケ、それより精霊は? 力は借りられたの?」
「そ、それが……」
震える声には、自責の念が滲んでいた。
仲間が危機にある中で、術者として応えられなかった悔しさ。
セルピコの奮戦が無に帰すかもしれないという焦り。
考えるより先に、言葉が零れ落ちていた。
「ご、ごめん、イバレラ……できなかったの」
「え……?」
シールケの声は微かに震えていた。
「届かなかったの……精霊の声にも、風の響きにも……」
「ど、どうして……?」
首を横に振る。
その問いに上手く答えられるはずもなかった。
とんがり帽子の影に隠れた目元には、深い落胆と疲弊の色。
この町は風の通り道にあり、避難に使っているこの家も、かつて風の精霊を祀っていたのは間違いない。
条件は整っていた。──それでも
「……シールケ」
イバレラは彼女のオドを感じ取る。
けれどそこには、術者としての自信を失ったかのような沈黙があった。
ただの失敗ではない。
何か、強大で、触れてはならぬ“何か”に接した者の畏怖が、彼女を内側から蝕んでいた。
イバレラはその気配を敏感に察しながらも、切迫した現状を訴える。
「そ、それより大変なのよ!」
シールケは力なく目を見開き、視線を外へと向けた。
そこには──セルピコがいた。まだ戦っている。
眼に映るのは、黒く細長い揺めき。
黒い靄のような"それ"は、実体を持たず、ゆらゆらと蠢きながら形を変える。
怨念が寄り集まり、ひとつの“意思”を宿したかのようだった。
闇に染まった腕のようなものを伸ばし、振るい、収縮しながら襲いかかる。
セルピコの真空の刃も、空を裂く光も、ことごとく躱していく。
広場には、形を持たぬ殺意が流体のごとく満ちていた。
「シルフェの力が効いてないのよ!」
セルピコが一閃を放つ。
だが、その斬撃は闇に呑まれるように消えた。
よく見ると──そもそも剣そのものに“風”の加護が宿っていない。
シールケは息を呑んだ。
(どうして……?)
思考が追いつかない。
ただ、目の前で押し込まれていくセルピコの姿を、息を殺して見つめるしかなかった。
*
霊樹の館にて、魔女フローラから譲り受けた、大鷲の羽を素材とした剣。
──それは風の元素霊シルフェの加護を宿す、希少なる呪物だった。
風は真空の刃となり、音すら置き去りにする速さで放たれる。
その一閃は、敵を触れるより先に断ち切る。
まさに“見えぬ死”と呼ぶにふさわしい切れ味を誇っていた。
セルピコはこの力と、生まれ持った剣才、そして冷徹な洞察力で、いかなる強敵も攻略の範疇に収めてきた。
──だが。
「……遠い」
放った斬撃は、ただ空を裂くだけに終わる。
軌道は捉えている。間合いも誤っていない。
それでも、“それ”には触れない。
揺らめく。
影のように、煙のように、あるいは液体のように。
輪郭を保ちながらも、常に崩れ続ける存在。
先ほどの一閃も、完璧に捉えたはずだった。
太い幹すら断ち切る斬撃が、まるで幻を斬ったかのように虚空へと消えた。
(……参りましたね)
浅く息を吐く。
呼吸が乱れていることに、今さら気づく。
(こちらの攻撃は、すべてあの妙な揺らぎに逃がされてしまう……)
経験が通じない。
読みが成立しない。
積み重ねてきた戦いの理が、根底から否定されている。
(加えて、あの斬れ味……一度でももらえば致命傷は免れない。我ながら、よくもっているものです)
敵の速度だけでなく、その一撃一撃が尋常でない。
広場に並ぶ堅牢な銅像が、すでにいくつも一刀のもとに両断されていた。
(せめて、一太刀───浴びせることができれば)
神経を極限まで研ぎ澄ます。
視るのではない。読むのでもない。
“流れ”を感じ取る。
あの変幻自在の動きにも、どこかに“律”があるはず。
一方的に翻弄されていては、体力が尽きるだけだ。
(ゆらゆらと、掴めぬ動き……ならば──)
呼吸を殺す。
意識を沈める。
──来る。
影が、収束した。
上段から素早く振り下ろされる腕。
その瞬間、わずかに“形”が定まる。
(いまだ……!)
攻撃が来る瞬間だけは動きが止まる──セルピコは即座に身を沈め、その勢いを利用して剣を横ざまに払った。
(よし──入った)
風を纏った一閃。
鋭い刃の軌跡が、敵の足元を捉える。
──だが、
手応えがない。
斬ったはずの感触は峰打ちにも似て、切断の抵抗がない。
「……え?」
黒影は一瞬、揺らぐ。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように形を戻し、ゆらゆらと歪みながら立ち上がる。
──嗤っている。
そう錯覚するほど、不気味に。
(両断できない……? これでは、ただの打撃……)
人も、魔獣も、死霊さえも斬り伏せてきた己の剣。
それが通じない。
躱されるだけでなく、斬れもしない。
(まさか──)
握る手に力が入る。
次の瞬間、セルピコは悟った。
───風が、ない。
常に寄り添っていた風の精霊の気配──それがまるで途絶えている。
刃を包んでいた微かな流れも、いまは沈黙していた。
(シルフェの……加護が、弱まっている……?)
その現実は、遅れて突き立つ刃の如く──冷たく胸を刺した。