FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
──このままでは!
足を止めたセルピコの気配を察し、シールケは即座に念話を飛ばした。
極度の疲労と緊張で意識は霞みかけているが、近くにあるオドなら、まだ掴める。
≪セルピコさん、私の念話が聞こえますか!? 聞こえているなら、どうか返事を……! ≫
遠目にも、彼が深く項垂れているのが分かった。
もはや立っているだけで精一杯に見える。
だが次の瞬間、返ってきた声は意外にも、憔悴より静かな冷静さを帯びていた。
≪……シールケさん≫
掠れながらも、その声音は普段の彼に近い。
≪……雲をつかむような話ですが──勝機を、見い出せるかもしれません≫
その言葉を受けた瞬間、シールケの胸に一筋の熱が灯る。
微動だにしていないように見えるセルピコ。
だが、その声は敗北を悟った者の精神から発せられたものではなかった。
≪……どういうことですか?≫
≪不躾なお願いかもしれませんが、先ほどのシールケさんの案を──もう一度、試していただけませんか≫
今度こそ、歓喜にも似た熱がシールケの内に満ちる。
あの冷静な戦士は、まだ諦めていなかった。
≪そ、それでは……!≫
「そーそー、最初からそうやって素直に言えばいいのよ。カッコつけちゃって……もう」
イバレラが念話を解き、安堵と照れの入り混じった声で笑う。
≪もちろん、烏滸がましいのは承知の上です。環境的要因はあったとしても──最大の原因は、精霊さんとの同調が乱れたこと。それに対して弁解の余地はありません≫
≪セルピコさん……≫
≪ですが、あの方の術を見て閃きました。僅かですが、道が見えた気がするのです ≫
あの女性が纏っている、凍てつく冷気。
精霊術とも異なる、あまりにも異質な力。
それをどう活かせば、この絶望的な局面を覆せるのか──
だが、思考を巡らせる時間はもうない。
シールケは短く息を吐き、迷いなく頷いた。
≪わかりました。やってみます!≫
≪ただ……以前のように精霊さんたちが私に集まるかどうかはわかりません。そこは……賭けですね≫
霊樹の館でシルフェの呪具を授かって以来、セルピコは驚くほどの速さで風の力を剣技に組み込み、己の身体の一部のように操ってきた。
それ故、シールケは信じていたのである。
(彼らがそんな簡単に……セルピコさんの元を離れるはずがない)
杖を握り直し、石突きを地に打ちつける。
再び、幽体を離す準備。
「負担を感じたらすぐに──」
そんな声が届くが、構わない。
詠唱。
今の彼女には、はっきりと聞こえていた。
この地に満ちる精霊のざわめきが。
風の囁きが、先ほどよりも確かに近い。
理由はわからない。
この地の危機に、風が応えたのか。
あるいは──何か“大きな力”が、彼女と精霊との距離を縮めているのか。
(でも、今は……何よりも!)
唇を強く結ぶ。
もう、失敗は許されない。
たとえ自我が揺らぎ、幽世に取り込まれようとも。
使命を果たすために──
(大丈夫……今度こそ、やり遂げる!)
セルピコは冷気が頬を刺すなか、敵の攻撃をすり抜けながら、ジルの元へと辿り着く。
氷晶が舞うその中心で。
レイピアを構える女性へ、セルピコは静かに一礼する。
「──淑女にこのようなことをお願いするのは心苦しいのですが……どうか、お力をお貸し願えますか」
どんな状況でも礼節を失わぬその口調。
その声音と所作は戦人とは違う、まるで長く誰かに仕え続けてきた従者のそれだった。
ジルはわずかに目を見開く。
その在り方が、不意に重なって見えた。
《不死鳥教団》の名の下、ジョシュアの傍らに静かに寄り添い、決して一歩引かぬまま支え続ける、あの侍女の姿に。
誰かの痛みを受け止めるように。
誰かの歩みを陰から支えるように。
目の前の若き剣士には──
そうした者だけが持つ静かな強さがあった。
己を削ることを厭わず、誰にも知られぬまま前へ立とうとする者の、高潔さが。
ジルの表情が、わずかに和らぐ。
彼女はレイピアを下ろし、白い息を吐きながらセルピコの言葉に耳を傾けた。
そして──
「……わかったわ。やってみる。あなた、何か策があるんでしょう?」
セルピコは静かに頷く。
「ええ。ご助力に、感謝します」
直後、二人は揺らめく怪異に視線を移す。
その姿は今や、先ほどまでの不定形な揺らぎを超え、全身を痙攣じみた動きで波打たせている。
それは目の前の二人──いや、この場に存在する命すべてに向けられた、剥き出しの殺意として蠢いていた。
(果たして──上手くいくか)
わずかな時間、限られた空間。
成功率など、決して高くはないだろう。
それでも──
今のセルピコの瞳には、静かな激情にも似た鋭さが宿っていた。